Episode65 バイラ火山Ⅱ
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迷宮都市アザリーグラード。
ここの地下には神秘の力"リゾーマタ・ボルガ"が眠っているとされる。そのボルガは、五大賢者が作りあげた5つのボルガ・シリーズによって迷宮に封印された。
というのは事前に調べてきた事だ。
その5つのボルガは五大賢者が守護し、封印から千年弱経過した今でも、持ち続けているという。
「へへっ、リズ、グノーメが住む工房ってのはこっちの路地でいいのかい?」
「えぇ、そうみたいだけど……」
コリン・ブリッグズ。
彼は聖堂騎士団第4位階を叙された程の腕前だが、普段はひょうひょうとしている。彼の拳闘術は蛇蠕流という流派のものらしく、放たれる拳はアルフレッドが得意とする真っ直ぐな弾丸のようなものではなく、しなやかに、そして素早く振るう蛇のような拳闘術だ。
私は今、聖堂騎士団の2人組と一緒にその賢者の一人、土の賢者グノーメにアーセナル・ボルガを貰い受けるために、その住居兼工房へと訪問中だった。
土の賢者グノーメは特殊だ。
他の賢者に比べて、冒険者たちの暮らしに混じって生活している。
アンファンやジーナがバイラ火山へと旅立った今、アーセナル・ボルガを交渉の末、入手せよという指令を受けていた。
街中ということもあり、派手な行動はとれない。
武力行使による強引な奪取は魔術ギルドの悪評に繋がる。
だからグノーメが一番厄介だ。
だが、彼女には致命的な弱点がある。それは未来的兵器の類に目がない、ということだ。一応手土産として、いくつか魔道具作製用のラウダ大陸産の魔石を持ってきた。
「こんなものでボルガと交換なんて、図々しいかしら?」
「それはリズの交渉次第だぜぇ」
「コリン、あなたも仕事しなさいよ」
「俺は一暴れするしか興味がねぇからよ~。今日はお前のお守役だぜ」
まったく不真面目な事だ。冒険者をやっているときは、聖堂騎士団という輩はもっと堅物のようなイメージが強かった。それこそ背後に立つジョバンバッティスタのように堅そうな人物ばかりかと。
「土の賢者グノーメ、こんにちわ。魔術ギルドのものです」
私はその工房の戸口を叩いて返事を待った。
「………」
「返事がないわね」
「くくっ、居留守つかってんじゃねぇか?」
私はもう一度、戸口を叩いて反応を見た。
やっぱり何の反応もない。
「ダメね。まだボスの帰還まで日にちはあるし、出直しましょう」
そう私が言って、踵を返したときの事だ。
轟音が鳴り響く。
一瞬、我が目を疑った。
コリン・ブリッグズがその工房の扉を殴り、粉々に破壊したのだった。
「なっ……!」
「ほぅらっ!! 出てこいや、グノーメぇ!」
暴力による解決。
それはアンファンの命令では控えるように言われていた事だった。
「コリン、なんて事をするのっ!」
「出直し出直しってなぁ、のんびりやってたって終わんねーんだよ! おらぁ!」
野蛮だ。なおもその暴力は続き、グノーメの魔道具工房の正面入り口は人が2人ほど通れるくらいに開通してしまう。
「引きこもりの魔道具オタクがッ! どうせ居留守だろ?!」
コリン・ブリッグズは工房の中にひょいと乗り込んだ。後ろにはジョバンバッティスタも静かに続いて入っていく。
「ジョバンも、コリンを止めなさいよっ」
「目的は騒ぎを起こさずにアーセナル・ボルガを確保することだろう? こんな人通りの少ない路地裏なら騒ぐ人間もそうは通りかかるまい」
冷徹な表情だった。目的のためなら手段を選ばないその姿勢。まだ魔術ギルドに入って間もないが、ここまで手荒な連中は魔術ギルドにもそうはいない。私も仕方なく、コリンとジョバンの後に続いた。
しかしコリンがその工房の奥へと踏み込んだその時の事だった。
―――ギュィィイン……という聞き慣れない不快音が耳につく。
奥の方から何か聴き慣れない音が鳴り響いた。低音であるけれど、振動によって生まれた音のよう。張り詰めた糸を指で弾いたときの音に似ている。
「コリン、下がれ」
「んん――――?」
ジョバンがコリンの前へと飛び出たその直後の事だった。工房の奥から、乱雑に詰まれたガラクタを吹き飛ばし、その稲妻はこちらへと迫った。
バチバチと激しい音が響き渡り、その稲妻を、ジョバンは雷槍"ケラウノス・ボルガ"で受け止めた。ケラウノス・ボルガは電撃で出来た槍だ。
放たれた稲妻とその尾を引いた弾丸を槍の中へと取り込み、槍の強度をより向上させた。エネルギーを飲みこんだ雷槍は、力を増したかのように周囲にバチバチと放電している。
「ほう。これはまた一興な魔道具だな」
「テメェら……あたしの工房を荒らしやがって」
工房の奥から出てきたのは余りにも小さい女の子だった。しかしその小さな体には大きな大砲を抱えている。
「賢者グノーメ、我らにアーセナル・ボルガを譲ってもらおう。なに、ここのガラクタとともに埃を被っているようでは、神の力も不憫で極まりないだろう?」
「ちっ、ケラウノス・ボルガか………ティマイオスもとんでもねぇ犬を遣しやがったな」
声も見た目相応に幼いが、口ぶりは乱暴だった。
だがその幼い少女の闘志はこちらにもひしひしと伝わってくる。
見た事もないような武器防具を次から次へと抱えて、私たちに襲い掛かった。
◆
バイラ火山の奥地の大広間。
そこは火竜サラマンドの闘技場だった。
サラマンドの猛攻はまるで暴れ牛。
突進に突進を続けて、ユースティンやジーナさんを吹き飛ばそうと襲い掛かる。回避してもその大きな尻尾を振り回し、追撃が飛んでくる。前衛がいないから魔術師には不利だった。
ユースティンもいくらアクアラム・ボルガを持っていようが、その扱いにはまだ慣れていない。ついにはボルガをはじかれて、地に落としてしまった。氷の杖は元の青いガラスの筒に戻り、カラカラと音を立てて地面に転がった。
――当初、俺たちは完全に舐めきっていた。
アンファンさんもユースティンもいる。
優秀な魔術師が2人もいれば、何かトラブルに巻き込まれようとも無事に帰れるだろうと思っていた。でも、まさか五大賢者の逆鱗に触れてしまうとは。この絶望的な状況を打破できるほどの力量が、俺たちにはない。
最悪、全滅の可能性も……。
「ユースティン、転移魔法はどうですか?!」
「大きすぎて無理だ。僕は父様ほど………ッ!?」
言い合いの末に、ついにユースティンがサラマンドの突進を食らって吹っ飛ばされる。遠くへと弾き飛ばされて大空洞の端で倒れ伏した。もう少し飛んでいたら溶岩マグマに落っこちるところだっただろう。
……危ない。さらにジーナさんにも、その突進の後のテイルアタックが今まさに振り下ろされようとしていた。
「きゃああ!」
俺はジーナさんの悲鳴を聞いて頭を振り、駆けだした。
この光景はいつかの焼き増しだった。
無力な自分と倒れていく仲間たち。
助けなければいけない。
助けられる可能性が少なくても、何もしないで終わってしまうのはもう嫌だ。
「やめろぉぉぉぉぉ!!!」
―――――バクッ、バクッ、バクッ……鼓動が高ぶる。
久しぶりに使う時間制御。時間がゆっくりになっていく中、俺一人が駆け巡る。図体のでかいレッドドラゴンの動作が、より緩慢に映った。だが、この能力は長くは持たない。しかも瞬時に駆け寄ることができても、その質量を止めきることはできない。
俺は苦し紛れにジーナさんの体を突き飛ばし、振り下ろされた巨大な尻尾の標的になることを決意した。時間が元通りになり、その尻尾は加速をつけて振り下ろされる。
俺は苦し紛れに、その場で持ち得た武器を取り出し、正面へと構えた。
武器とはウォーブルがくれた小さな小さな短剣だ。
こんなものでレッドドラゴンのテイルアタックを防げるとは思っていないが素手より多少はましかと思って咄嗟に取り出しただけだ。
そんな小さな小さな短剣。
レッドドラゴンであるサラマンドには小さすぎて、目に留まることもできなかっただろう。
だが、サラマンドはぴたりとその尻尾の攻撃を止めた。
「お前、そのダガーは………?」
「………?」
初めてサラマンドの暴走が止まった。
ウォーブルがくれたダガーだ。彼がどういう意図でくれた短剣か分からないが、もしかして何かのキーアイテムか?
「お前……その闘い、その構え………」
サラマンドは鎌首を擡げて俺を睨み、ゆっくりと顎を動かして喋っている。
「お前、アルフレッドの子分か………」
"アルフレッドの子分か"。
アルフレッド。
アルフレッド……フレッド……。
その時、頭の中でアルフレッドなる人物の顔が鮮明に引き出された。このバイラダンジョンを初踏破した伝説的パーティー、俺が以前所属していたという"シュヴァリエ・ド・リベルタ"のリーダーだ。
「ずっと後に子分を送りつけると、あの赤毛猿から聞いていたが、まさかこんな早いとはな」
サラマンドが何か言ったかと思うと、その長い首を上にあげて咆哮をあげ、全身の鱗という鱗から炎を放出させた。それが大きな図体の全身を包むと、巨大な火災旋風となってレッドドラゴンを包み隠した。
「いいだろう! 俺様とタイマンしてぇってんなら、やってやろうじゃねぇかぁぁあ!!」
炎の中から絶叫が響き渡る。その声のトーンは、当初の野太いものから徐々に細くて綺麗なハスキーボイスに変わっていった。火炎旋風は舞い上がり、徐々にその旋風の勢いが小さくなっていく。
「悪いが宿命ってやつだ。せっかく生贄としてやってきたんだからなぁ! ボコボコにして俺様が奈落の底に突き落としてやろう!」
火炎旋風はその威力を失った。そして中から届いた声はハスキーな女性の声だった。燃え盛るように赤い瞳が、こちらを睨み続けている。現れたのは……さっきまでレッドドラゴンだったとは思えないほどの美少女。トカゲの鱗を皮膚に残しつつも、大きく膨らんだ谷間やら臍やらの部分が、人間の皮膚として露出している。
総合すると、とてもセクシーな美少女だった。
黒々とした堅そうな棘々した髪からは、まるで鬣のように角が飛び出ている。さらに尻からもドラゴン由来の長い尻尾が生えていた。尻尾は自由に動かせるようで、うねうねと動かして地面を叩いていた。
いや、それよりも……。
「女?!」
「なんだその驚きは、失礼なガキだ。俺様含め五大賢者ってのは皆、雌の外見をしているぞ」
さっきのドラゴンの印象が強すぎて性別とか考えてなかった。
「くっ……ロストさん……」
倒れていたジーナさんが体を震わせながら起き上がろうとしている。
「ジーナさん! 大丈夫ですか?」
「精霊は元より人外の化身です……あれの本来の姿は赤竜ですが、精霊としての能力を発揮するときは女性の姿となって擬人化し、その神聖さを際立たせると聞いてます……」
「つまり……?」
ジーナさんが次の言葉を発するよりも前に、ヒト化したサラマンドが付け足した。
「つまりここからが本領発揮って事だ。俺様との決闘で盛大にボコられるんだからこの状況、僥倖に思えよ、クソガキが」
なんて口の悪い精霊なんだ。
でもその姿の方が、さっきのレッドドラゴンより戦いやすそうだぞ。それに俺一人が戦えばいいんだったら他3人の体を休めさせる絶好のチャンスだ。その決闘、引き受けよう。
だけど気になることが一つある……。
「アルフレッドってのはなんて言っていたんだ?! お前と何の関係があるんだ?!」
もし命を散らすことになる前に、それだけはちゃんと聞いておかなければならない。アルフレッドは赤毛の戦士だ。炎を纏う大剣ボルカニック・ボルガを振り回す狂戦士。だけどそれ以上のことはまだダメだ。鍵がかかったように記憶が掘り起こせない。
「はっ」
その問いを、サラマンドは吐き捨てた。
「知らねぇとはまた気の毒だな……だがお前はアルフレッドの子分なんだろう?」
「そう……かもしれない」
「怖気づいたところでどうにもならないぞ。アルフレッドがいつか遣すと約束したんだからなぁ。あの時の鬱憤をお前で晴らさせてもらうぜ」
どうやらアルフレッドなる人物が、このサラマンドとのやりとりの中で将来、子分を送りつけて何かさせるという補償の約束をしていたようである。
「あの男、なかなか俺様の炎でくたばらねぇ稀に見る良い男だった。異常に火に対する耐性が強いようだったが、お前はどうかな? ……せいぜい楽しませてくれよ」
いまいちアルフレッドが俺とどういう関係なのか思い出せないからサラマンドの吐き捨てるようなセリフ一つ一つ理解するのが難しかった。
○
アンファンさん、ユースティンの2人を、ジーナさんと2人で大広間の入り口へと移動させた。俺とサラマンドの決闘の邪魔になるからだ。ジーナさんはその2人に懸命にヒーリング魔法をかけて回復を待っていた。
「得物はなしだ。男は"拳の叩き合い"が好きなんだろう? アルフレッドの子分よ」
「ロストだ」
「ロスト……? 脳みそのカスみてぇな名前だ」
俺はウォーブルから譲り受けた短剣をジーナさんに預けた。
そして大広間の中央へと移動し、サラマンドと対峙する。精霊との真剣勝負の決闘だなんて、なんでこんな目に遭ってんだという感じだが、さっきの絶望的状況を打破できたんだからまだマシだ。気になるのは、この精霊がボルカニック・ボルガの事でなぜ怒り始めたのかということだ。
だけどなんとなく検討はつく。
これまでの流れ、俺の片隅にある記憶を掘り起こす限り―――。
「サラマンド、ボルカニック・ボルガはここにはないんだな」
「………」
「アルフレッドに奪われた?」
「………」
サラマンドが消えるように動いた。
残るのは陽炎。
揺らぐ空気の残像がその場に残っているだけだった。
「――――うるせぇよ」
背後から声がする。
俺は咄嗟に回れ右するが、間に合わなかった。右腕のガードが間に合わず、裏拳を食らって吹っ飛ばされる。頬に食らったその拳は、燃え盛るように熱かった。予想以上に威力が強い……!
「だいたいいきなりヒトん家に侵入してボルガをよこせだぁ?!」
まだ吹っ飛んでる最中だったというのに、素早い動きで裏側へ回られ、上空へと蹴り上げられる。その鬱憤は俺に向けられたものじゃない。以前にここを踏破したパーティーに向けられた言葉だ。
「古代竜であるこの俺様に対して、図々しいにも程があんだよっ!」
「ぐぁっ!!」
上空へと飛び上がる俺のさらに上空へと回り、サラマンドは俺に踵落としを決め込んだ。
「ロストさんっ!」
ジーナさんの声が届くのと同時に、俺は地面に叩きつけられた。
それに追従するように、サラマンドは倒れる俺の真横に着地する。
「ボコしがいがねぇ。アルフレッドの子分だって言うから期待したんだが、とんだ勘違いだったようだな」
「くっ………うぐ……」
胃から何かが逆流するようだった。
咽ぶ口を押えて、なんとか起き上がる。
「もっと気合い入れてやれやっ! オラァ!」
起き上がる隙すら与えてくれないらしい。またしても腹を蹴り飛ばされた。転がる俺の体。痛みに慣れ、まるで他人の体のようだった。
「……くそ………」
体が熱い。こんなんじゃ勝つどころか一発くれてやることすらできない。こんな化け物級の敵に勝ったアルフレッドはどれだけの実力者だったんだ。
このバイラダンジョンを初踏破したという伝説のパーティー《シュヴァリエ・ド・リベルタ》。かつては俺もそのメンバーだったとアイリーンに教えてもらった。
でも俺は、このダンジョンには来ていない。
きっと彼らが足を踏み入れた後に加わったんだ。
なのに今、そのリベルタへの恨みを一心に請け負っている。
俺は起き上がり様に、上半身の衣類を脱ぎ捨てた。
熱くて服なんて着てられない。
そして拳を構える。
その戦い方、この拳闘術も、確かに彼に教わったんだ。
「それよ、それそれ……俺様の憎い憎い、赤毛猿の姿……」
サラマンドはゆっくりと歩み寄ってきた。
殺気を振りまきながら。
「その構えをずっとぶん殴りてぇと思ってたんだよ―――!」
またも瞬間移動の如く、俺へと迫ってきた。
俺は時間制御の力を使った。
「うらぁあ!」
迫りくる脅威に対して、俺は弾丸の拳を浴びせかけた。
サラマンドは俺の殴りを腕で受け止め、そのすべてを振り払った。
「まだ腕が足りてねえ!」
サラマンドは両腕以外にも尻尾で俺を振り払ってきた。手足も含めて5本の打撃の腕を持っていた。そうか……。人間との戦いでは本来存在しないもの。
尻尾だ。
尻尾が一本加わることでワンテンポずれる。
「くそ、まだだ……! まだやれるっ!」
俺もだんだんオーバーヒートしてきた。心臓の鼓動は既に鼓動の域を超えて打ち付ける豪雨の音のように聞こえた。戦いの中で、5本の攻撃を防ぐ方法を考える。
それに合わせるように時がどんどんゆっくりになっていった。
続く肉弾戦。
激しい攻防。
それは俺の時間間隔にしてかなり長い時間だった。
おそらく普通の人が見ていれば、ものの5分程度の戦いだっただろう。
時間制御は反則の能力だが、動悸の激しさが体力を奪っていく。
長期戦に持ってかれると自滅しえない諸刃の剣だった。
「………なんだお前、その動きは……!」
俺の攻撃速度がだんだんサラマンドのそれを上回ってきたかというところだった。バックステップの後に瞬速のドロップキックが心臓めがけて襲ってきた。それを両腕をクロスさせて防いだものの、勢いは殺し切れず、足を引きずるように後退した。
土煙が舞い上がり、一瞬の静寂が訪れる。
眼前の火竜の化身は俺を静かに見据えていた。
「お前……時間を操ってるのか?」
俺の能力に気づかれた。
「クソガキ、どんどん加速する拳はそういうことか」
「はっ……武器だけじゃなくて時間もルール違反か……?」
俺は苦し紛れに言い放ち、溜まった痰を地面へと吐きつけた。
正直、体力が続かない。もう少しでサラマンドの腸に一発ぶちこめそうだったが、その前に体が壊れそうである。
「冗談じゃねぇ。反則なんて次元じゃねぇぞ」
サラマンドは両手をワナワナとさせながら空中へ向けて力を込めはじめた。体中から赤い魔力が両手に集まっていく。両手から炎が湧きあがった。
肉弾戦で戦っていたはずなのに、敵がまさか魔法を使い始めたのだ。
「拳同士の殴り合いじゃねぇのかよっ!」
「もう終わりだ。これ以上加速されたら俺様も手に負えねぇ」
「………っ!」
サラマンドはその両手を合わせることで、湧き起った炎を一か所に集めた。するとそこからさらに高火力の炎が湧き上がる。その炎が凝集したかと思うと、それは一つの大剣の形をしていた。
「……ボルカニック・ボルガ?」
「残念、ボルガじゃねぇ……こいつはただの"紅蓮剣"だ。そんじょそこらの炎の剣と一緒にするんじゃねぇぞ。人間程度なら一瞬で消し炭にできるくらいの火力は自負している」
それは、軽く剣閃を振るう度に、ぶわりと炎を舞い上げた。
「避けれるもんなら避けやがれよ。だが後ろの3人が消し炭だ……さぁ、準備はいいか?!」
「くっ……なんて卑怯な……! それでもあなたは精霊ですかっ!」
背後にはちょうどジーナさんがユースティンの頭を膝枕して座っていた。
アンファンさんも横になっている。
「精霊なんて呼称はお前らが勝手に名づけただけにすぎねぇ! 恨むなら"赤毛の呪い"を恨みやがれぇぇえええ!!」
紅蓮剣から炎が湧き立つ。
あれはただの剣じゃなかった。どちらかといえば火炎放射器の類だ。
振るえば高出力の炎が俺たちを襲う。
あと俺に残っている頼みの綱は右腕の"女神の奇跡"だ。
無色の反魔法は精霊の力をも消し去る事ができるだろうか。
「おおぉぉぉらぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」
湧き立つ紅蓮の炎。振り下ろされる剣。
その剣から止めどなく溢れ出る火砕流。
そのような炎が、俺たちめがけて襲い掛かった。
「ロストさん、受け止められません! 貴方だけでも逃げて!」
ジーナさんが俺に向かって叫んだ。
"貴方の中に、正義はありますか?"
砂漠の旅の道中、夜の焚火でジーナさんが問いかけた言葉を思い出した。
避ければ俺は生き残れる。だが避けたら後ろの3人が消し炭になる。
こんなとき、正義とはどの選択のことを言うのか。
正義の大魔術師ユースティンはどう考えるか
その答えは決まっている。
俺が全力で受け止めるしかないのだ。死ぬかもしれない。いや、死んでももしかしたら防ぎきれずに後ろの3人にも飛び火し、4人揃って全滅するかもしれない。だけど、俺の中にも正義はあるんだ。
右腕を構える。
土の賢者グノーメ様が造ってくれた"勲章の腕"だ。
俺はそれを、その反魔力のエネルギー弾を紅蓮剣から放たれた火砕流に向かって放つ。……だがそのエネルギー弾も、火砕流の前には飲みこまれた。
「え……?!」
「ハッハハ!! 人間風情が、業火に焼かれて消えろっ!!」
手段はもうなかった。
俺は体を張って、全身でその火砕流を受け止める。
「うぁぁぁぁぁああああああ………!!」
体が焼け爛れる実感はなかった。
ただ自分の感覚が徐々に無くなっていく。
意識が薄れゆく中、俺は彼の赤毛の戦士の後ろ姿が目に浮かんだ。