Episode64 バイラ火山Ⅰ
朝、眩しい光が目に差し込んで眠りから覚めた。
テントの垂れ幕を誰かがずり上げている。
「――――」
「………うん?」
テントの入口を見やると、そこには昨日俺に槍の矛先を突き立てた青い肌をした青年が覗きこんでいた。特に武装している様子はない。俺の方を見守っている。
「―――。――――」
何か喋っているが言葉が分からない。意思疎通が取れないってのは不便だな。その青年は、俺が体を起こすのと同時にテント内へと入り込んできた。
「おいおいおい、俺は別に絶滅の予兆じゃないぞ!」
一瞬、何をしでかすか分からないその動作に怯んだ。まぁ武器も持っていないようだし、襲われても返り討ちにできる自信はある。その青年も表情や仕草から見て、俺のことを気遣っているようにも感じられた。
「………ウォーブル」
その青年は両手を自身の胸元へと向けて一言だけ単語を発した。
ジェスチャーだ。
きっと「俺の名前はウォーブルだ」と言っているんだろう。
「ウォーブル?」
俺の声に反応してうんうんと頷くウォーブル。
そして俺の胸を指差してきた。
「俺は……ロストだ」
「ウォストバ」
「違う違う!」
ここで間違えられたら俺の名前がウォストバになってしまう。全力で首を振って否定した。
「ロ、ス、ト」
「ウォ、ス、ト……」
発音できないようだ。
まぁそれはそれでいいか。
俺は魔族の間ではウォストになろう。
うんうんと頷いてお互いの拙い自己紹介が終了した。
「ウォスト、―――――」
それ以降の言葉が何を言っているか分からない。だが、ウォーブルは俺に何か小さい布の包みを渡してきた。布の包みを開いてみると、そこにあったのは小さな小さな短剣だった。
「なんだこれ」
ウォーブルは俺の疑問の声に対して、無遠慮に俺の腕を引っ張り、テント外へと連れ出した。そしてテント周辺に転がっているエマグリッジャーの死体の数々をそれぞれ指差しながら、剣術を振るうようなジェスチャーを見せつけてきた。
「俺の剣術のことか?」
昨日エマグリッジャーに襲われていたときは、かなり長時間戦っていた。
ウォーブルは自身の目を指差し、その差した指をまた、俺に向けてきた。どうやら昨日の俺の戦いを見ていた、ということが言いたいらしい。
そして続けてその短剣を指差して、その短剣がもう一個あるよー、みたいなジェスチャーを続ける。俺が昨晩、剣を複製していた事を言いたいのだろうか?
「心象抽出スキルのこと?」
俺はウォーブルに与えられた短剣を凝視して、その短剣と全く同じものを地面の土を材質にして引っこ抜いた。
「はい」
「――――っ! ―――――!!」
その様子を見てウォーブルはかなり驚いたようで、慌てふためいて俺から離れた。
「すぐ壊れちゃうけどな」
その複製した短剣を、俺は地面にたたきつけて見せる。その途端、短剣はボロっと元の土塊に戻った。
「ウォスト、―――――」
短剣を指差しながら何かを訴えるウォーブル。だが取り乱していて結局何が言いたいのか分からない。俺がその短剣を包みに戻して返そうとしたが、ウォーブルは決して受け取ろうとしない。どうやら俺にプレゼントしてくれるらしい。嬉しい。
「―――。サーマンド、――――――………。」
「ん? 今サラマンドって言ったか?」
ウォーブルは俺の疑問符に反応を示すことなく、物言いたげに見つめていた。
なんなんだろう、この青年。
この短剣を渡して結局何がしたかったんだろう。
さっぱり謎だ。
○
午前中に村の外で打ち合わせ。
アンファンさんは、俺の事を考慮してくれて、さっさと要件を済ませようという流れにしてくれた。そのため、今日の午後にはバイラ火山へと出発ということになった。
各々旅路の支度を整えてバイラダンジョンへ向けて出発することになったのだが、アイリーン一行にはストップの声がかかった。声をかけたのは執事のダヴィさんの事だが、アイリーンの様子やバイラ火山の難易度を考えて、アイリーンは魔族の村で待機するように進言した。
さすがに長旅の後にすぐダンジョン潜入というのは貴族令嬢にはきついようである。アイリーンがわーわー喚くので、執事のダヴィさんとリオナさんが頭を下げて、シアも村に留まることになった。アイリーンにとっては自分の知らないところで俺とシアが一緒にいることが気に食わないようだ。
なんだかんだ、村の中で過ごす上で通訳役も必要だろうという話し合いのもと、シアも村に残ることになった。というわけでバイラ火山へ向かうメンバーは俺、ユースティン、アンファンさん、ジーナさんの4人だ。
「ジャック、頑張ってね」
「まぁ適当にやるよ」
待機組の4人が見送ってくれるときのことだ。
「ロストお坊ちゃま」
執事のダヴィさんが声かけてくれた。清楚な旅装だが、執事としての身軽さを意識したような格好をしたダヴィさん。短い髪も常にきっちり整えている。何気にこの執事から俺に声をかけたのはこれが初めてじゃなかろうか?
「その短剣はどこで……?」
「あ、これはあの門番の人がくれたんですよ」
「これは………」
ダヴィさんが俺の腰に携えた短剣をまじまじと見る。
顎に片手を添えながら。
「なにか?」
「いえ、リバーダ大陸産にしては高価に見えましたので。ラウダ大陸の一級鍛冶師の技巧に似ています」
ラウダ大陸産?
ウォーブル、なんでそんなものを?
○
バイラ火山の登山道は険しい道のりだったが、それ以上に険しいのはその内部のダンジョンだった。今回の目的は火の賢者サラマンド様と会い、ボルカニック・ボルガを確保することだが、事前の調査によると、サラマンドはダンジョン奥地に引きこもったまま何年も出てきていないらしい。
賢者って引き籠りが多いような気がするのは気のせいだろうか。
ダンジョン入口はバイラ火山の中腹にひっそりと口を開いていた。一見、ただの空洞にしか見えないが、その洞窟の中に入ると、遺跡のような構造が奥底へと続いている。
「サラマンドはもう僕たちの侵入に気づいているだろう」
「でも、特に変化は見られませんね」
「今日は機嫌が良いということかな。ジーナ、念のために魔法の準備を怠るなよ」
「はい」
アンファンさんとジーナさんの会話。アンファンさんはボルガ・シリーズを保護するとか何とか言っていたような気がするが……。
こんな危険地帯にあるようなものなら早々他の人も奪いにくることなんて出来ないだろうし、放置しても良い気がするんだけどな。
…
バイラダンジョンの出没する敵としては「人狼」という狼男、「ティースヘッド」という頭から上が口だけのグロテスクな巨人が出てきた。
「Eis Spear!」
ユースティンがワンフレーズ詠唱で氷を生成し、ティースヘッドに放つ。
ティースヘッドはその氷を食らってもビクともしていない。
「ユウ、頭を使え! 火力で押し切ろうとするんじゃない!」
そこに別のティースヘッドを相手にしているアンファンさんが息子の戦いぶりをちらりと見て指導を入れる。
「Eis Bereich」
アンファンさんはティースヘッドの足元に氷を張り、足で蹴り上げることで転ばせていた。そして転んだ拍子にあんぐりと開けた巨大な口に続けざまに炎魔法を放ち、内部から爆散させた。
その手慣れた身のこなしはさすがと言わざるを得ない。魔術ギルドのお偉いさんということだから、実戦の腕前はそれほどかと思っていたが、体術に関して申し分なかった。
「……ふん、僕だってそれくらいできる」
「あとお前はチームワークを大事にしろ。前衛にロストくんが戦闘しているんだから後衛としてサポートするか、あるいはトドメを任せる方がより効率的だろう」
「わかった!」
父親の公然の指導に恥ずかしいと感じ、膨れあがるユースティン。
だが以前と比べたらまだ素直な方だ。
気を取り直して、新たな敵を見据えながら俺へと声をかけた。
「ロスト、僕がサポートする。お前が倒せっ」
「了解!」
俺はティースヘッドの群れに突っ込んだ。巨大な敵に対しては巨大な大剣ツーハンドソードで応戦する。両手で構えていざ駆け寄る。ユースティンが他のモンスターのヘイト管理をしてくれるから安心して倒せた。
その様子を見て、ジーナさんが感心の声を漏らした。
「ふむ、なかなか良い連携ですね」
「そうですか?」
「ターゲット候補の意志疎通がしっかり取れてますね」
ユースティンとはもう長い間、一緒によく遊んでるしトレーニングも一緒にやってるからだろうか。なんとなくアイツがどの魔物をキープして、どの魔物をフリーにしておくか分かるような気がした。
○
一晩明かし、2日かけて最下層までたどり着いた。
最下層は5層にあるようだ。
このダンジョンを初踏破したシュヴァリエ・ド・リベルタというパーティーがどれだけすごいのかよく分かった。まずバイラの難易度が高い理由としては、敵が異常に強いというのもそうだが、ダンジョン内がとても暑いということが問題になってくる。
しかも砂漠の旅のように夜に涼しさがやってくるということもない。風通しが良いわけでもない。
むせ返るような暑さがずっと続くのである。氷魔法を使えばある程度冷えるのだが、それでずっと魔力を消耗してしまうと実際に敵と戦うときに魔法が使えなくなってしまう。だから徐々に体力が奪われ、後半になればなるほど攻略が辛くなってくるのだ。
最下層までつくのをある程度計算しながら、魔力を温存する必要がありそうだ。俺はただ暑がるだけで関係ない話ではあるが……。
「この扉の向こうだ」
アンファンさんの顔は涼しげだ。
人狼やティースヘッドをこの人がほとんど倒していたが、まったく疲れを見せない。この人、見た目は若いが、その実けっこう歳いっていると聞いた。多分30代後半~40代くらいだよな……。
どんな鍛え方しているんだろう。
アンファンさんは石扉をこじ開け、その大広間の奥へと入っていく。
ジーナさん、ユースティン、俺の順に続く。
大広間は天井も高く、ダンジョン攻略中の圧迫感はなかった。だが、その床よりも下、俺たちが立っている場所より下層には溶岩がぐつぐつと煮えたぎっており、暑いことに変わりはなかった。
落下すればマグマにやられて即死することだろう。
周囲の一部の壁からも溶岩マグマが、絶えず下層へと垂れ流されている。
この場にいるだけで汗が噴き出てくる。
だがそんな風景よりも一際目を引く存在が、広間の中央に君臨している。
大広間に入った瞬間、それは目についた。中は大空洞だが、その大空洞を埋め尽くしてしまうほどの巨大な生物が横向きに倒れている。
刺々しい鱗がぎっしりと張り詰められた堅そうな皮膚。その鱗一枚一枚が鋭く、下手したら俺たちの体を容易く突き破ってしまいそうだ。
巨大トカゲだ。
いや、トカゲというよりもこのサイズになると……。
「ドラゴン?」
ジーナさんが俺と同じことを考えていたらしい。思わず言葉として発してしまったようだ。
ドラゴンは絶滅危惧種だ。人類未踏の地にしか生息していないと言われているが、最近でも目撃報告があるからちゃんと生きていることは間違いない。だがその目撃される例もここまで巨大な種は本にも紹介されていない。
アンファンさんがそこに解説を挟む。
「そうだ。バイラ火山の主、つまり火の賢者サラマンドの正体はレッドドラゴン。火の竜だ」
なに、じゃあこのでかいのがサラマンド様か。
今まで会ってきた賢者3人は全員人間と似ていた。まぁアンダイン様は全身真っ青だったけど、それでもヒト型だった。
だからこの形態は予想外だ。
しかも、そのドラゴンは俺たちのやり取りに気がついて、首をむくりと起こした。
怖い……!
巨大なものが怖いっていうのはあるけど、いくら俺やユースティンが強いって言っても、あんな大きなモンスターを倒すのなんて到底無理だ。
サラマンド様は俺たちに睨みを利かせている。
もちろん、ドラゴンという種は戦闘能力が高い
俺は両手剣を、ユースティンはアクアラム・ボルガを握りしめ、固唾を飲んで身構えた。いつあの首が俺たちを丸のみしようと襲い掛かってくるとも限らない。
そのドラゴンが今まさに顎を開いた。来る……!
「………なんだ、人間か」
だが、そのドラゴンは、吐き捨てるようにそう言うとまただらりと首を落として横になってしまった。
まるでやる気なし。というか、喋れるのか!
「火の賢者サラマンド、少し交渉の時間をもらえないか?」
アンファンさんがそのやる気無しドラゴンに声を張って話しかける。
それに対して当の本人は横になったまま答えた。
「………帰れ。俺様を独りにしろ」
「要件が終わったらすぐ帰ろう!」
「………うるせぇ」
「大事な話なんだ!」
「………俺様には関係ないね」
やさぐれてる!
このドラゴンに何があったんだろう。
「話を続けよう! 僕は魔術ギルドのアンファン・シュヴァルツシルトだ。ギルドの方針に従い、神秘の力の一つ、ボルカニック・ボルガを譲り受けにきた!」
「なに……?」
そこで初めてサラマンド様は反応を示し、再び鎌首をむくりと起こした。
「お前、今なんて言った……?」
気のせいだろうか。なんだかボルカニック・ボルガと聞いてサラマンド様の周辺から殺気のようなものが漂った気がする。視線もとても強烈だ。さっきまでいたやる気なしドラゴンから、やる気満々ドラゴンに徐々に変貌を遂げているように見える。
だがアンファンさんは構わず続けた。
「ボルカニック・ボルガだ。今のキミの様子を見てると、神秘の力が悪用される可能性を考慮せねばならない。我が魔術ギルドで保管した方が安全だ。渡してもらおう!」
「………」
黙った。
サラマンド様は固まったまま、アンファンさんを睨んでいる。
「………」
「………」
しばし沈黙が続き、周囲に垂れ流れる溶岩マグマのゴポゴポとした音だけが俺たちの耳に届き続けた。
だがそれも束の間の事だった。
アンファンさんが突如、戦闘態勢に移り、魔法を詠唱した。
「Eiswand!!」
それは渾身のガードのための魔法。
氷の壁を前面に展開し、守りの態勢に入った。
その直後、サラマンド様がその巨体には似合わない素早さで上体を起こし、突進してきた。アンファンさんのガードはそれだけで足りず、体を吹っ飛ばされて弾かれた。床に倒れ伏すアンファンさん。
意識を失ったようだ。
「なんだ?!」
「ちっ……Eis Spear! Triplikat!」
ユースティンがそれを見てすぐ詠唱。
氷の槍を空中に生成して、それを三発複製した。
―――グァァァァアアアアア!!!!
しかし、その詠唱もすぐさまサラマンド様の咆哮によって掻き消えた。
「き、消えた?!」
「ユースティン、アクアラム・ボルガを使いなさい! ロストさんはリーダーの救助を!」
ジーナさんが俺とユースティンに即座に命令を飛ばす。何が起こってサラマンド様が暴れ出したかよく分からないが、戦闘が突然やってきたんだから対処するしかない。俺の役割はアンファンさんの救出だ。
倒れた銀髪の魔術師の元へと駆け寄り、その体を支えた。
相変わらず意識を失ったままだった。相当の衝撃だったらしい。
安全な場所まで避難させよう。
俺がアンファンさんの両脇を抱えて引きずっている間、ユースティンとジーナさんは魔法を行使してサラマンド様に攻撃し続けている。
それは攻撃にもならない牽制程度だった。
アクアラム・ボルガを駆使して水魔法・氷魔法を放とうとも、サラマンド様には全く通じない。赤い火竜は吠えると同時に口から巨大な火炎を放ち、猛り狂っている。
「俺様のボルガが悪用だと?! 守れる力がないだと?!」
何か叫びながら、ユースティンやジーナさんに攻撃し続けていた。
"ボルカニック・ボルガ"の事で怒っているようだ。