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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第2幕 第2場 ―仲間入り―
67/322

Episode56 アーバン・フラタニティ 祭



 あっという間にアーバン・フラタニティ、通称バンフラ当日を迎えた。


 今日という日は隣のラウダ大陸からも多数の観光客が来るらしい。しかも今年のバンフラは、ラウダ大陸側の港町ダリ・アモールでしばらく祭りが自粛されていた現状もあってか、飢えた祭り野郎たちがこぞってリバーダ大陸へと押し寄せることが予想されていた。

 バンフラの開催期間は一週間。

 1週間の間、迷宮都市内は食えや踊れやのどんちゃん騒ぎになる。

 そして街の外では闘技場が建てられていて、そっちでは冒険者の各チームが凌ぎを削る戦いを繰り広げ、優勝を狙って腕試ししているのだ。



 そんな事情もあって、俺はいつもの安宿を追い出されている。

 宿代が高くなるというのと、客の回転率をあげて儲けたいらしい。

 宿の女将(おかみ)さんはそこで気転を利かせ、「愛しのエルフちゃんの家があるんだからそっちに泊まればいいじゃない」という無慈悲にて最高の提案を吹っかけてきた。


 確かにシアは家を持っている。実はアザリーグラードに初めて来たその日にシアの家で寝泊りしたことが一度だけある。

 その時はまだお互い11歳程度のガキだったからそこまで意識してなかった。

 だけど今の俺はもう14歳だ。シアだってもうすぐ14歳になる。

 もうあと1年も経ったら、人間族的にも成人扱いだ。

 年齢だけじゃなくて体の方も徐々に大人に変わっていってるのを感じる。

 気づいたら声変わりもしていたくらいだし。

 

 そんなお互いが成長しつつある状態で、部屋にお泊りなんてしたら……。


 理性がはじけ飛んで何をするか分からない。

 まだその一線を越えるべきではない気がしていた。

 一線を越えるべきではない、が……だけど一緒にいるくらいなら。

 俺は自分に甘えて、女将さんの計らいに乗っかることにしたのである。



 そうして一晩過ごしてみて朝を迎える。別に寝泊りするといっても部屋は別々だ。俺はリビングで寝させてもらっていた。


「ございます」

「おはよう」


 朝駆けに見るシアのぼーっとした顔。青いサラサラの髪は寝起きだというのにうるおいやツヤが失われない。もはやこの光景は芸術と言っても過言ではない。

 幸せだ。

 幸せなんだけど……。


「ロスト、今頃起きたか。気合いが足りんな」


 ダイニングテーブルに腕を組んでふんぞり返るアルバさんがその幸せを少し奪っていた。


「全くだ。僕の足手まといになるんじゃないぞ」


 同じテーブル、向かいの椅子に座るのは正義の大魔術師ユースティン。

 振り返りながらその濃紺で大きな瞳を強く俺に向けていた。バトルは絶対に勝つぞ、と言わんばかりの強い視線だ。


 こいつらも宿を追い出された組だ。

 シアの家が避難所的に使われている。



     …



 アザリーグラード中に、ありとあらゆる色の布が飾り付けられ、メインストリートとされるマーケット通りでは出店がたくさん出ている。土色一色だった埃っぽい街から一転し、一気にお祭りの雰囲気が醸し出されていた。

 普段から賑わっているここ迷宮都市が、今日にはその2倍騒々しい。


 バンフラ・バトルトーナメントには結局、俺とユースティンとアルバさんの3人で出場することになった。シアは対人戦が苦手らしい。というか極力戦いたくないらしい。

 そんなわけで俺たちは事前登録したトーナメント表を確認しにきた。

 街の外の闘技場入口に、各チームの対戦組み合わせと試合開始時間が張り出されている。

 闘技場はかなり巨大だ。巷ではコロシアムとも呼んでいるらしいが、観客席が周辺をぐるりと囲い、その内側に決闘フィールドとして石造りのステージが置かれている。ステージ上には障害物として石壁や支柱なんかも置かれていて、トリッキーな戦術もできそうである。

 さらにそのステージ周辺は転移魔法陣が張り巡らされている。


 観客席には既に何人もの冒険者たちが出店から買ってきたであろうジャンキーな食べ物を並べて席を陣取り始めていた。

 観戦を楽しみにしている冒険者も多いみたいだ。


「えーっと、俺たちのチーム名って何にしたんだっけ?」

「あれだけ議論して決めた名前なのに忘れたのかっ! 本当に自覚が足りん」


 と不満を言うアルバさんだったが、文句を言いたいのはこっちの方である。事前にトーナメント出場の受付するとき、チーム名を考えるのだけで3時間も要した。

 というのも、考えつくチーム名が酷過ぎるのである。


 アルバさんの拘りとしては「最強」「栄光」「勝利」「覚醒」といったワードは必ず入れたいそうだ。

 一方でユースティンは「終焉」「暗黒」「審判」「正義」というワードを入れたい。

 そこにシアも口を挟んできて「シチュー」「マカロン」「シャーベット」「チーズパン」が食べたいと言い出した。

 もう収集がつかないのでそれぞれが選んだ単語を一つずつクジ引きで引いて、組み合わせた単語で決めようということになった。3時間にも及ぶ冒険者ギルド内での論争によって、俺ももう投げやりになっていたのかもしれない。


 斯くして「暗黒覚醒チーズパン」という腐敗臭漂うチームが結成されたのである。


「―――あ、これか? 試合自体は明日からみたいだな」


 トーナメント表には総勢約30チームくらいが名を連ねていた。

 闘技場は一つしかないため、1試合30分を一日に6試合くらいやってしまうらしい。


 俺たちはBブロック第2試合だ。初回の対戦チームは「スタルワート・ウォーリア」。

 名前的にめちゃくちゃ強そう。

 俺たちのチーム名なんて完全に記念参加かネタみたいなもんじゃないか。

 でも明日からということは、今日はお祭りをゆったり楽しめるというわけか。

 タウラスのチーム「闇夜の烽火(のろし)」チームもBブロックの第4試合のようだ。勝ち残っていればいずれは準々決勝で当たる位置。


「じゃあマーケットの方に行ってみようか。いろいろ出店も出てるみたいだし」


 俺がそう提案したところ、アルバさんとユースティンが怪訝な目を向けてきた。

 何言ってるんだこいつ、みたいな顔で。


「ロスト、お前は本当に優勝する気があるのか? ここで敵陣を分析するのが基本だろ」

「やはり自覚が足りんな。私たちは今回が初参加なのだからな。事前の情報収集は怠るべきではない」


 なんでこの2人朝からイラついてるの?



     ○



 <Aブロック 第1回戦 第1試合>


 初日はAブロックのうち、第1回戦の第1試合から第6試合までやるようだ。

 とりあえず第1試合を観戦することにした。


 第一試合は「マジックナイフ」チームと「鉄壁のオフェンス」チームの対戦だ。

 観戦席から闘技場を見下ろすと、かなり隅々まで見渡せる。


 石材ステージの上には石壁や石柱などの障害物がいくつもあり、遮蔽物として身を隠せるようだ。

 対戦は最初、四隅の対角線上にあるスタート地点から始まる。



 ――――試合スタート。


 と同時に湧き起る歓声。


 所狭しと観客席に並んだ冒険者たちは、各々が応援するチームに声援を送っていた。

 彼らが応援するのは自身が賭けたチーム。

 無論、今回のバトルはトトカルチョ的な事も裏では行われているようである。


 冒険者ギルドのスタッフは、今回の組み合わせを決める上で参加者の能力値やパーティーランク、戦闘スタイルを加味しているのだが、名の知れた冒険者パーティーとの相手はだいたい強い相手だと決められている。だけど「暗黒覚醒チーズパン」にお金を賭けようなんていう輩は少ないようで、俺たちのチームの裏オッズはかなり高額になっていた。


 それはさておき、マジックナイフと鉄壁のオフェンスとの対戦はかなり長丁場だ。

 両者慎重に歩を進め、対戦相手の出方を伺っているようである。


 マジックナイフのメンバーは、軽装備の魔法剣士の3人組パーティーだ。

 対する鉄壁のオフェンスは重装備の剣士、槍術士、斧術士の脳筋パーティー。


 マジックナイフの3人組は遮蔽物に身を隠しながら三方向に散開し、囲い込み作戦に出ている一方、鉄壁のオフェンスチームは隊列を崩さず、3人一緒に行動している。


 マジックナイフ側の一人の魔法剣士が、石ブロックの遮蔽物に身をひそめながら、片手に力を込めて魔法を詠唱する。

 その声に気づいたのか、鉄壁の脳筋3人はそちらに向かって突進し始めた。


 先手必勝!

 と思いきや、脳筋3人の後ろからも別の魔法剣士の電撃魔法が放たれた。相手を硬直させる初級電撃魔法「パラライズ」だ。背後から奇襲をかけられた斧術士はその場で蹲る。

 突進の最中で、先行く剣士と槍術士は、仲間の斧術士がやられていることに気づいていない。



 なるほど……。

 重装備の戦士たちは、一斉に相手にしてもなかなか場外アウトに持っていきにくい。鉄壁のオフェンスチームもそれを考えて隊列を崩さず行動していたんだろう。

 だがマジックナイフはパーティーを引き離すことで一人一人着実に消していこうという作戦のようだ。



 マジックナイフのうち、2人の魔法剣士が一斉に斧術士に襲い掛かる。1人が囮になっているうちに、他2人で1人を狩る。うまく立てられた作戦だと思う。事前に打ち合わせしてなかったらメンバーがばらばらになったときに上手く立ち回れないだろう。


 しかし甘かったのはマジックナイフの方だった。蹲った斧術士は2人の魔法剣士が現われた途端に、すくっと立ち上がる。

 電撃魔法パラライズによる痺れ効果がうまく利かなかったようである。


 斧術士はその大きな斧を振り回し、2人の魔法剣士相手に同時に斬りかかった。フルスイングとともに乱暴な物理攻撃の残響が場内に響いた。

 そして弾き飛ばされる2つの体。

 一方、鉄壁のオフェンスチームの剣士と槍術士は、動揺している残りの魔法剣士を2人がかりで弾き飛ばして場外アウトに持っていった。



 後はあれよあれよといううちに、鉄壁のオフェンスチームがマジックナイフ側のチームを全員場外アウトに持っていき、勝利を収めた。



     ○



 お花詰んできますと言って闘技場からこっそり抜け出した。

 第1試合を見ただけでなんとなく試合のやり方とかもわかったし、他チームのレベル感も伝わってきた。彼らも腕に自信があるからこそ出場しているんだろうが、俺とユースティンとアルバさんが本気出したら十分渡り合える気がする。

 舐めるのはよくないけど、正直見ていてもそんなに熱狂できないし。


 俺はウキウキとして街の門をくぐり、マーケットに向けて歩き出した。

 今日は面白そうな魔道具が販売されてないか楽しみで楽しみで仕方ない。


 それに今日という日のために金を溜めた。

 商人たちだって商品の仕入れに気合いを入れているに違いないんだ。

 レッツお買いものだ!



     …



 マーケット通りをふらふらと歩いていると、突如後ろからガバっと肩を掴まれた。


「ひぁあっ!」


 我ながら情けない声が発せられた。

 びっくりして振り返ると、そこには小奇麗なローブに身を包んで、腰に矢筒を、背中に弓を携える黒髪美人な女性が立っていた。

 歳は20代前半くらいだろうか。キリっとした目からは聡明な印象が伺える。



「………ジャック?」



 女性は俺の様子を伺うように尋ねてきた。

 ジャック?

 なんだ? 誰ですか、あなたは。


「え……どちらさま?」

「あ………いえ、人違い……かしら? ごめんなさい」


 女性の後ろには他にも4人の旅人がこちらの様子を見守っている。4人とも同じ正装用のローブに身を包み、冒険者というより、どこかのギルドの職員という印象がある。

 そのうちの一人、銀髪に濃紺の瞳を宿した男性がこちらに問いかけた。

 見開かれたかのような三白眼がこちらをまるで睨んでいるようで、ちょっと怖い印象を受けた。

 なんだかユースティンに似ている。


「リズ、どうかしたのか?」

「いえ、昔の知り合いに似ていたものですから」

「人違いならばいくぞ」

「はい………ごめんなさいね」


 女性は俺に一礼だけしてすぐにくるっと振り返り、反対方向へと歩き出してしまった。しかし、銀髪の三白眼の男性がまた俺の方へと振り向き、何か思い出したように駆け寄ってきた。


「キミはこの街の住人か?」

「……はい、まぁ、そうですけど」

「このあたりで僕と同じ髪の色をした子を見なかったか? おそらくキミと同じくらいの年齢だと思うんだが」


 同じ髪の色した俺と同い年の子? ユースティンしか思い浮かばない。

 というか、ユースティンの事なんだろうな。


「知りませんね」

「そうか……僕はアンファン・シュヴァルツシルトというんだ。同じ姓を名乗る子がいたら僕に教えてくれないか? 僕は冒険者ギルド近くの一番大きな宿にいる」

「……わかりました」


 とりあえずタヌキになって適当に返事をしておこう。

 この人、きっとユースティンの親戚かあるいは親父さんだ。


「ありがとう。なんだかキミを見てると学生時代の親友を思い出すよ」

「はぁ……」


 なんだそれ。

 全然嬉しくないぞ。

 さっきの女性といい、俺って誰にでも似てるような平均顔ってことだろうか。

 なんだかショックだ。


 知り合いに似てるって……。

 ん……?


 もしかしてさっきの女性、以前の俺を知ってる人か?!



     ○



 後々気づいて、慌てて追いかけたけど見失ってしまった。

 こんな荒廃した汚らしい街にあんな綺麗なローブ姿の男女5人が歩いていたら目立つと思うんだけど、まったく影も形もなかった。

 せっかく俺の以前を知ってるかもしれない人に出会えたのに。

 チャンスを逃した。


 最近、過去の自分なんてどうでも良くなっていたからな。

 今も別にどうでもいいけど、いろんな冒険者から家族の話を聞くたびに自分の過去についてもまだ気になっている部分はある。


「はぁ……はぁ……」


 迷宮都市のランニングは未だに息が切れる。それくらい広い。

 ひとしきり走り回ってからまたしてもマーケット通りに戻ってきた。

 建物の陰でしゃがんで休むことにした。マーケットは人通りが多すぎて、立ち止まってたら邪魔だろうし、陰の方が涼しくて気持ちいい。


 あの女性、どこに行ったんだろう。

 でもちゃんと顔は覚えている。

 強い眼差しだった。

 短めに切りそろえられた黒い髪に綺麗な茶色いローブ。

 あと弓師なのか、矢筒と弓矢を持っていた。


 今度見かけることがあったらこっちから話しかけてみよう。


 息を落ち着かせていると、一つの影が俺を覆った。真横に仁王立ちする誰かがいる。


「ロスト、見つけたぞ!」

「ん……?」


 そこにいたのは銀髪に濃紺の瞳をした黒いローブの同い年くらいの男。

 さっきのアンファンとかいう人が探していたまさにその人物。

 ユースティンだ。


「せっかく第二試合は面白い展開で――――」

「シュヴァルツシルト」

「………なに? 今なんと言った?」


 やっぱりか。


「お前の苗字か?」

「なんでそれを!」

「さっきお前の家族らしい人に会った。探してるって」


 ユースティンは目を真ん丸に見開いている。

 そう、そんな感じに三白眼だったぞ。


「アンファンとか言ってたかな。ユースティンの父親か?」

「………」

「家族が心配してるんだから、戻ってあげたほうがいいんじゃないのか」

「………」


 相変わらずユースティンは驚愕の表情を浮かべて黙っていた。

 俺には家族がいない。

 だから心配してくれる家族がいるってのは羨ましいもんだ。その感情までは分からないけれど、自分のこと気にしてる人がいるってことはそれだけで安心できる。


「………僕はまだ戻れない」

「なんで?」

「………僕を、認めてもらうためだ」


 ユースティンは悔しそうに握りこぶしを浮かべている。眉間に皺を寄せて、何かを思い出しているようだ。

 複雑な事情があるのかな。

 父親の方はエリートオーラがぷんぷん漂っていたし、きっと凄腕の魔術師なのだろうか。ユースティンが正義の大魔術師に拘るのも家庭の事情が関係しているのかもしれない。



「きゃぁぁああああ!!」



 そんな問答の中、突如として街中に響き渡る悲鳴。

 ユースティンと俺は同時にはっとなった。


「なんだ今の?」


 俺とユースティンは申し合わせることもなく、悲鳴の方へと駆け出した。

 ユースティンの家庭事情はこの際置いておこう。



     …



 マーケット通りから少し外れたところ。路地裏とまではいかないが、人通りが少ない道まで走ってきた。


「やめてください!」

「いいから、僕にパンツを寄越せ!」

「嫌です!」


 え……パンツ?

 白昼堂々、痴漢か?


 真っ黒な長い髪に真っ黒な衣装を身に纏った男が、エプロン姿の女性に襲い掛かっていた。


「パンツが渡せないなら全裸を見せろ!」


 なんて恥ずかしいセリフを次から次へと言えるんだ。恥ずかしくないのだろうか。

 漆黒の男は、その青い目を血走らせていた。

 まるで女に飢えた狼のように女性に掴みかかっている。


「やめろ! ―――Brandstift(燃えろ)er!」


 ユースティンがそこにすぐさま火炎弾を当てにかかる。

 男はその炎魔法に気がついて、ひらりと身を翻して女性から離れた。

 いいぞ、ユースティン。

 さすが正義の大魔術師だ。


「………」


 その青い瞳がユースティンを睨む。対するユースティンも濃紺の瞳で男を睨んだ。

 黒髪と銀髪が対峙する。

 両者ともに漆黒の衣装に身を纏っているものの、その髪色の対比がライバル的な何かを感じさせた。

 だけど決定的に違うのはその雰囲気だ。

 ユースティンと違って相手の男はなんだかキザっぽいというか、すまし顔で余裕そうな雰囲気を醸しだしている。


「た、助けてください!」


 エプロン姿の女性は俺たちの後ろへと身を隠した。

 俺はその女性に早く逃げるように促した。女性はぺこりと頭を下げて、ささっといなくなってしまった。


「僕のお楽しみを邪魔するとは、なんて失礼な奴らだ」

「お前こそ白昼堂々……! 僕の正義がお前を裁く」

「へぇ……僕を裁こうなんて、女神ですらできないさ」


 女神ですら……?

 変な言い回しをする輩だな。


 というかアーバン・フラタニティって、いろいろ変なの湧き過ぎだろ。

 お祭りになるとこういう頭のおかしな連中がどっかから湧いて出てくるんだろうか。


「――――"サタンよ、我が(しもべ)を遣わせ"」


 黒髪の男は不敵に笑い、何か詠唱したかと思うと、紫色の魔力がゆっくりと渦を巻いて寄り集まった。それが建物の影と交わると、その影から黒い犬のような塊が浮き出てきた。


「西の闇魔術……!」


 ユースティンがはっとなって何か言葉を漏らした。

 それも束の間、黒い犬の塊はユースティンめがけて突進してくる。

 突如としてやってくる戦闘モード。ユースティンも不意打ちだったのか、戦闘態勢に映るのに時間がかかっている。


 この光景、どこかで………。


 ―――疾走する黒い犬。襲われる薄紫色の髪の女の子。振り回される斧。


 痛い。頭痛がする。


「ちっ……Eröffnung(開らけ)!」


 開通する転移魔法ポータルサイト。ユースティンは俊足で迫りくる黒い犬を咄嗟に遠くへと転移させた。しかし速い。

 ユースティンには悪いけど久しぶりに興奮した。

 なんか本場の戦いが舞い降りたような昂揚感があった。


 黒い犬はかなり遠くまで転移させられたものの、屈することなく俊足で迫り来た。


「甘い……! ――――"我が身はシャイタンに捧し傀儡。その鎖で自由を奪え"!」


 黒髪の男はさらなる詠唱を続けた。

 青黒い魔力の渦がユースティンの周囲に纏わりついた。


「は……しまった……!」


 ユースティンの顔色がどんどん青ざめていく。


「なんだ、どうした!?」

「デバフだ……苦しくて、体が動かない……」


 ユースティンは呼吸も出来なくなっているのか、とても苦しそうにしている。

 その間にも黒い犬がユースティンめがけて襲い掛かる。


「ははっ、貰った! 僕の勝ちぃいい!」


 させるかよ。2対1だということを忘れてもらっちゃ困る。

 俺はユースティンの前に出て、黒い犬を迎え撃った。剣を生成している時間はないので拳闘術で対応する。単調に飛び掛かる黒い犬に対し右腕でぶん殴る。


 ―――ぎゃんっ!


 犬はどこから声を出したのか知らないが、俺に殴り飛ばされて後方へと吹っ飛んだ。地面に倒れ、それが紫色の魔力となって霧散した。

 このスピード感あるバトル。なかなか久しぶりで感動する。

 冒険者たちと迷宮探索しているとダラダラやってしまうからな。


「んん? お前も戦士か?」

「………一応、そのつもりだけど」

「いいねぇ。僕の為に、明日のトーナメントの準備運動相手になってくれよ」


 明日のトーナメント? まさかこいつも出場者かよ。


「戦士はその存在そのものが悪だ。僕がすべて殲滅してあげよう」


 そう言うと、目の前の男は腰の剣を抜いた。それは単なる細いレイピアだった。男は低姿勢にレイピアを構えた。得物ありでオッケーなら俺も。


 俺は地面から土製のショートソードを複製した。対レイピアだったらこれくらいの武器がちょうどいいだろう。

 抜き取り、構える。


 やっぱり俺は対人戦向きのようだ。なんだかワクワクしている。

 さぁ、早く来い。


「…………」


 だけど相手は一向に襲ってこなかった。

 なぜだろう。なんだか俺の初動を見て驚愕しているように見える。


「………その剣………その右腕の奇跡………お前まさか……」


 なんだよ、その反応。まさかこいつも知り合い?


「俺を知ってるのか?」


 問いかけたけど返事がない。

 青い青いその瞳がぶるぶると震えている。何かに怯えるように。さっきまでの余裕そうな態度がない。


「はいはいはい、そこストップー!」


 背後から聞き覚えのある声がかけられる。間の抜けたその声はこの張り詰めた空気を解除するにはちょうど良かった。その途端にユースティンに欠けられていたデバフの魔法も解かれ、ユースティンはその場で咳き込んだ。


 ちらりと後ろを見ると、大通りの方から曲がって入ってきた男が確認できた。

 爽やかな短髪に額の傷。

 タウラスだ。


「悪いが、そこの男は大事な仲間なんでな。この俺に免じて許してくれねぇか?」


 は? タウラスの大事な仲間?

 この白昼堂々パンツくれくれ男が?


「兄貴もちょっと冷静になってくださいって」


 だらだらと歩いてタウラスはその男に近づき、肩を組んだ。確かに仲間みたいな振る舞いだが、組まれた側の黒髪の男はまだ俺を見て青ざめた顔している。

 冷や汗みたいなのも垂れ流している。


 聞く話によると、その男こそタウラスの「闇夜の烽火(のろし)」チームに加わった助っ人らしい。優勝とハーレムを目指して声をかけたら乗ってきた男だったそうだ。


「はい、仲直りの握手」


 タウラスが強引にその男と俺の右手同士を手に取り、握手させようとしたが―――。


「うぁぁぁあああああ!!」


 男の方が大きな悲鳴をあげて振り払い、逃げ出した。

 最初に見せたキザったらしい雰囲気が微塵もない。


「タウラス、あいつ女の人に痴漢してたぞ。パンツくれ全裸見せろって」

「いやー……どうも手癖が悪いみたいで、俺も注意はしてるんだが、そんなに強く言えなくてな……」


 はははと申し訳なさそうに頭を掻くタウラス。

 あんな変態キザ野郎がタウラスのチームの仲間かよ。

 ちょっと幻滅したぜ、タウラス。


「ところであの男、名前なんて言うんだ?」

「あぁ、あれはラインガルドって言うんだよ。闇の魔法使いで、剣術もすげぇ。凄腕だぜ?」


 ラインガルド、ラインガルド……。

 うん、聞き覚えがない。

 個人的にあんな変態と知り合いであって欲しくない。


 まぁタウラスと同じチームってことはトーナメントで顔を合わせるかもしれないし、そのときにはこてんぱんにしてやろう。



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