Episode55 アーバン・フラタニティ 備
水の賢者アンダイン様との謁見を終え、俺とユースティンは引き返してきた。
氷の橋を渡り、巨人族アルゴスさんが待つ氷の洞窟前まで戻った。
「………人間、どうだ」
「吹雪を止めてくれることになりました」
「本当か?」
アルゴスさんは少しそのくすんだ碧眼に光を取り戻したようだ。少し明るい表情でこちらを見返してきた。確かにこんな吹雪の毎日が続いたら気分も沈んで仕方ないだろう。
アンダイン様は俺たちとの約束で、すぐに吹雪を止めてくれることに同意してくれた。
「ロスト、僕と一緒にバトルトーナメントに出場するぞ」
3ヶ月後のアザリーグラードの冒険者を対象としたチームバトル。それの優勝賞品がアンダイン様の魔道具ということだ。無理やり冒険者ギルドから奪い返すということもできるかもしれないが、アンダイン様がそれはやめてほしいとストップをかけられた。
高圧的な態度だったが、あまり揉め事は嫌いなようだ。
「もちろんだ」
先に誘ってもらってたタウラスには悪いけど、3人一組で出場しないといけないってことは、タウラスのチームに混じったらメンバーが超過する。ユースティンと俺にもう一人加わってくれる人がいればな。
優勝賞品はいらないっていうもう一人のメンバーが。
というか優勝して賞品を手に入れたら、またこの雪山まで登山してこないといけないのか……。
魔道具"Cold Sculpture" 購入までの道のりは遠い。
○
それから巨人族の集落ギガント村には2,3日滞在して、吹雪が降り止んだことを確認してからアザリーグラードへ帰ることにした。結局、行き帰り合わせると1ヶ月半程度もアザリーグラードから離れていたことになる。
シア成分が足りない。
早く、早くシアに会いたい。
行きつけの酒場シムノン亭に訪れる。
ここに戻ってくるとなんだか安心する。もはや住んでると言っても過言ではないレベルで通い続けていた。きっとシムノン亭サイドも俺のこの1ヶ月半の不在を悲しんでいてくれたはずだ。
「お、ロストとユースティンじゃねぇか。戻ってきたのか。おかえりー」
「うむ、私を置いて巨人族を打倒しにいくとは、なんと薄情なガキどもだ」
そこにいたのはタウラスとアルバさん、それにシアの3人だった。
タウラスはリキュールボトル片手に卓テーブルに突っ伏し、アルバさんは背筋をピンと伸ばして食事を。シアも目を伏せながら水を飲んでいた。
もはやこの5人はいつも顔を突き合わせている気がする。なんだったらこの5人でトーナメントにも出場したいものだが人数制限が3人というのもあるからな。
「なさいませ」
「あぁ……! シア、ただいま!」
シアの最近の流行造語は「なさいませ」だ。
「おかえりなさいませ」を省略した挨拶。
みんな相変わらずでほっとした。というか俺とユースティンが徐々に身長も伸びている中、シアに関しては出逢った頃から全く変わっていない。エルフは長寿だと聞いているけれど成長期も遅いのだろうか?
「やれやれ、この2人は相変わらずイチャイチャしやがってよ」
タウラスがそこに茶々を入れてきた。
「タウラスさん、これはただの挨拶です」
そうとも。別にどんな関係だったとしても誰だって交わす普通の挨拶だ。
「そうだ、タウラス……もうすぐこの街でお祭りがあるんだよな?」
「お祭り―――あぁ、バンフラのことか」
「バンフラ?」
「"アーバン・フラタニティ"。略してバンフラだ」
アーバンは迷宮都市という意味で、フラタニティは冒険者の平和と活躍を祝う祝宴という意味だ。平たく交流していきましょうね、という意味合いらしい。
「それのトーナメントバトル、悪いけど俺とユースティンも出ることにした」
さくっと事実を伝えた。タウラス怒るかな?
出ない出ないの一点張りで誘いを断り続けてたのに、今更参加するなんて言い出したら、普通は怒ると思う。確かハーレムモード突入目指して、モテるために優勝を狙っているって言ってたし。
「……いいんじゃねぇのか?」
「あれ……」
「どうした?」
「いや、タウラス怒るかなと思ってさ。優勝狙うって言ってたし、俺たちも出るってなったら――」
余計なお世話だったのか、タウラスは不敵な笑みを浮かべた。
テーブルに腕を組んで突っ伏しながら、俺とユースティンを見上げてニヤニヤしている。
「へっへっへ、優勝はもちろん狙ってるぜ?」
おや、相当の自信があるらしい。
「俺はもう3人チーム組んじまっているから気にしなくていい。お前たちが出払ってるうちに、最強の助っ人が加わったからよ」
最強の助っ人?
そして毎度のことながら最強という言葉にぴくりと反応を示すアルバ姉さん。
テーブルに両手をついて身を乗り出した。
「なに? 私はタウラスとともに戦う気など毛頭ないぞ」
「アルバさんじゃねぇよっ」
「じゃあ誰だよ」
「それは内緒だぜ」
タウラスのコネもすごいからな。どんな真打ちが登場してきても別に不思議ではない。だけど俺とユースティンだってその辺の冒険者なんかよりずっと腕には自信がある。俺は魔法なしのスピードパワータイプだが、ユースティンは魔法特化型だ。ワンフレーズ魔法に転移魔法もある。
バトル形式はどんなものか知らないが、俺たちも優勝するつもりで本気を出すさ。
そこにシアも加わったら、それこそ最強。
バランスの良いチームが完成する。
剣・弓・魔法の三強だ。
「ところで優勝賞品のことなんだが―――」
ユースティンが口を開いた。こいつは俺と二人きりのときはベラベラ話すくせに、集団での会話にはあまり混じってこない。あんまり集団付き合いが好きじゃないみたいだ。
「タウラスは何か知っているか?」
「ユーちゃん、知ってるも何も有名な品だからな。なんてったってあの水の賢者アンダインが、古代の大魔術師エンペドに授けたっていう魔道具らしい」
「大魔術師エンペドだと?」
大魔術師エンペドははるか昔にリゾーマタ・ボルガを造り出した歴史的戦犯だ。平和なアザレア王国が大迷宮へと変わり果て、迷宮都市アザリーグラードが生まれた根源に当る存在。そんな魔術師に、アンダイン様は何かプレゼントしたってのか?
しかも当の本人はそれを黒歴史だと言っている。
まぁ今では悪の象徴ともされる人物に捧げた魔道具なんて、賢者からしたら確かに"黒歴史"か。
「大魔術師エンペドの魔道具………僕のものだ!」
いや、優勝したらちゃんとアンダイン様へ返すんだよ、ユーちゃん。
…
シムノン亭からの帰り道。ほどよい夜風と灯る松明の熱。この土地はごちゃごちゃしているけど住みやすくて心地いい街だ。
久しぶりにシアと並んで歩く気がする。
先を歩くユースティンとタウラスとアルバさんがいつものどうでもいいやりとりで言い争っていた。
「ところでシアもチームバトルどうだよ。俺とユースティンのチームに加われば、剣、魔法、弓の最強の3人組になる」
「………」
ゆっくり歩きながら、シアはそのじとーっとした目を空中に這わせた。何か考えているらしい。
「私には無理です」
「どうして?」
「あまり対人戦が得意じゃないです」
どこか拒絶しているようにも感じられた。
残念だ。だったらアルバさんを誘い入れて3人組でいくしかないかな。
「それに、この弓矢は……人に向けたくないので」
シアはぼそりと呟いた。その表情はどこか曇っている。
そういえばシアの両親は魔術師に殺されたという話をシルフィード様から教えてもらったことがある。あるいは彼女自身、そのことを知っているんじゃないだろうか。
その背中に背負った大きな弓矢は両親の形見だという。それを人に向けて使うことは、親が大切にしていたものを踏みにじる行為に感じられるのかもしれない。
気まずい空気になってしまった。
他に何か話題を、話題を提供しないと……。
「そういえばシアの家っていくらしたんだ? 自分で買ったって言ってたよな?」
シアは廃墟のようにぼろぼろの一軒家に住んでいる。
「20万ソリド、くらいです」
「え?! そんな安いのか?!」
「このヒガサ・ボルガの25分の1です」
そう言ってシアは上機嫌に、黒い日傘をカチャリと構えるポーズを取った。気に入ってくれているようで何よりだ。その実、超危険物であることは間違いないが。
それにしても俺はとんでもない浪費をしていたかもしれない。そんなに安いならさっさと家を買ってしまってた方が宿代より安かった可能性もある。かれこれ俺は1,2年は宿住まいだし、いくら安い宿だとはいえ、それくらいの金は払っている気がする。
「ヒガサ・ボルガは一生大切にします。ロストさんがせっかく超大金をはたいて作製したのですから」
グノーメ様が俺から巻き上げた金額をシアに教えてしまったらしい。金額はどうでもいいけど、プレゼントを大切にしてくれるなら嬉しい限りだ。
プレゼントを大切に、か。
アンダイン様がエンペドに授けた魔道具も、もしかしたらプレゼントの類だったんだろうか。
自分からの贈り物が別の人の手に渡ろうとしているとしたら、それはきっと良い気分がしない。黒歴史かどうかは置いておいて、怒るのも無理がないだろう。
○
数日後、久しぶりに土の賢者グノーメ様の魔道具工房にお邪魔した。
相変わらず埃っぽいが、なんだかんだこの工房の雰囲気は好きだ。大きな倉庫にごちゃごちゃと詰め込まれた古い魔道具たち。
製作途中のまま投げ出された変わった形の兵器や道具がごろごろ転がっている。
奥の方からギーンという変な音が聞こえてくる。
グノーメ様、たぶん作業中なんだろうな。
「グノーメ様ー」
工房の奥ではグノーメ様が黒いゴーグルで目を覆い、何やら溶接しているのが視界に入った。幼児体型のグノーメ様が大型の機械を作っている姿を見ると、ちょっと滑稽だ。
「ん、ロストか? おうおう、よく来たじゃねぇか」
「お久しぶりです」
「久しぶり? ついこないだ会っただろうがっ」
ついこないだって、最後にあったの2ヶ月前なんだけど。精霊たちからしたらその程度の期間はついこないだって程度なのかな。
「まぁいいですけど、グノーメ様にまた教えてほしい事とお願いがあって来ました」
「なに? テメェ、あたしのことを便利屋か何かだとでも思ってんのか?」
まぁ間違ってはいない。それくらい気さくにフレンドリーに関われる五大精霊なんて他にいないし。それにグノーメ様も何だかんだいつも俺には協力的だ。
魔改造されつくした俺の右腕がお気に入りみたいだからな。
「アンダイン様のことで知りたいことがあります」
「……アンダインに会ったのか?」
グノーメ様はそこで初めて作業を途中で止めて俺の方に向いた。俺はアンダイン様の事を教えてもらうことにした。性格や今度のバンフラのチームバトルの賞品のことなんかを。
アンダイン様の言う黒歴史……それについてはグノーメ様も心当たりがあるらしい。
「あいつは……恋愛体質を拗らせて病んじまったからな」
「恋愛体質?」
「惚れ込んだ男のために何でもやらかしちまうのさ」
俺の推理が間違ってなければ、その惚れ込んだ男っていうのは―――。
「エンペドのことだぜ?」
「あぁ、やっぱりですか。アンダイン様は大魔術師エンペドにかつて魔道具をプレゼントしたってことですか?」
俺がシアにヒガサ・ボルガをプレゼントしたように。
アンダイン様はエンペドに恋をしていたのだろうか。
だとしたら、どういう想いでエンペドを打倒して封印したんだろう。
そういえばかなり前に、ルクール大森林に住む風の賢者シルフィード様も言っていた気がする。
エンペドは探究心が強いただの魔術師だった、悪い男ではなかったと。なんか現代で語られている歴史の悪人というのも、その当時の事をいろんな情報から探ってみると、別の一面が分かるのかもしれない。
「あいつがおかしくなったのもエンペドのせいだぜ。ネーヴェ地方も昔はあんな雪まみれの土地じゃなかった。アンダインが引きこもるためにあんな風にしちまったんだ」
最近まで続いた吹雪の原因もアンダイン様のせいだと言うらしいし、精霊ってけっこう自分勝手な人多いな。賢者というからにはもっとこう、悟りを開いたりとか、欲を捨て去ったような人たちだと思ってたけど、今のところ知り合いの賢者たちからはそんなオーラを感じられない。
唯一、シルフィード様くらいだろうか。
「ま、あの野郎は魔術に関しては一級品だったが、女に関してはからっきしダメな奴だった。その場その場で目移りしやがってなぁ……ったく、ロストも気をつけろよ?」
「なにをですか?」
「女だよ女。お前だって見てると危ういぜ……。シアに後ろから刺されないようにな」
「まさか。俺は一筋ですよ」
…
あとまだ頼みごとがもう一つある。
俺のこの右手首の機械の事だ。こっちの話題はグノーメ様も専門だから乗ってきてくれるはずだ。
「改造だと?」
ほら来た。
俺の依頼に対して目を輝かせるグノーメ様。
3ヶ月後にはアーバン・フラタニティで対人戦のチームバトルがある。
バトルのルールを事前に調べてきたところによると、30分間の時間制限制のバトルだとか。闘技場のフィールドからメンバーが脱落すると自動的にフィールド外の転移魔法陣が発動して、闘技場外の待機エリアへと転移させられる。試合終了までにより多くのメンバーを闘技場内に残していたチームが勝ち、あるいは全滅させれば勝ちだそうだ。
それに向けて、俺もアップグレードといきたい。
「はい、狩りをしてて思うんですけど、この右手首の機械の形態をいじれないものかなと思いまして」
「ロスト、お前―――」
アーバン・フラタニティのバトルトーナメントのルールでは飛行能力を有していても、場外アウト制を布いている以上、飛行は禁止らしい。つまり俺のこの右腕のサイドスラスターによる飛行能力は意味を為さないんだ。
グノーメ様は信じられない、といった驚愕の顔で俺を見てきた。しかしそれも束の間、すぐに明るい表情に変わり、俺に近づいてくる。
「お前も男のロマンが分かるようになってきたじゃねぇかっ!」
ばちんと背中を叩かれて喉がつっかえ、咽た。
やっぱりグノーメ様も俺の右腕をいじりたかったらしい。
すぐ俺の構想について話し、グノーメ様はその考えを図面に書き写して再現可能かどうかを議論しあった。
なんだかグノーメ様とは戦士と武器アドバイザーのような関係になりつつある。