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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第2幕 第2場 ―仲間入り―
64/322

Episode53 偽善と欲望


 朝、真横から差し込む太陽の光。穏やかな風。

 俺がいつも使ってる宿の裏庭は草っぱらになっている。

 ここで朝の筋トレなんかをしてから、剣の複製トレーニングに入る。

 草の上にあぐらを掻いて座ると気持ちいい。


 ではトレーニングに入ろう。

 イメージするのは重厚なグレートソードからハンディサイズの短剣まで、その一通りの刀剣類を、木の枝や岩を材料として複製してみる。既にだいたいのものは複製できる。だけれど一向に、槍や斧は複製できない。

 なぜだろうか。

 マナグラムに表示される「心象抽出S+」

 S+はランクが最大ということだ。現在判明しているスキル解説書に目を通したが、この"心象抽出"というスキルは、イメージした武器や防具をなんでも具現化できるスキルらしい。

 しかし、俺の場合だと剣しか作れない。あるいは剣に特化した"心象抽出"なのだとしたら、思い描く剣は何でも複製してしまえるのだろうか。

 たとえば、そう……たまに既視感に襲われたときに思い浮かぶ炎の剣。

 ボルカニック・ボルガを、複製するとか。

 精神を集中させてイメージ。

 赤い頭髪の男。炎を宿した重たそうな大剣。迫り来る男もまた、まるで炎のようで。


 ―――いてっ。

 頭痛が邪魔をする。

 頑張ってみたけど、やっぱりダメか。

 変換対象の岩は、少し反応を見せた後、それが剣となる前にボロボロと崩れ去ってしまった。

 やっぱり神秘の力で造られた剣なんて、そう易々と複製できるわけがなかった。



     ○



 さて、昼間の迷宮探索である程度の魔物を狩り終え、ご飯を食べて夜になった。

 今日はグノーメ様の魔道具工房に泊まり込みだ。こないだシアにプレゼントしたヒガサ・ボルガ作製の交換条件として、俺のこのおかしな右腕を調べたいという依頼を受けた。俺も自分のこの能力に興味があるし、一回専門家(スペシャリスト)に見てもらいたいと思っていたところだったから丁度いい。

 今晩はその件で泊まり込みだ。

 五大精霊の一人と一晩を共にするなんて緊張するな。

 見た目が幼女であるグノーメ様だが、精霊であり、賢者だ。

 偉い人との夜の会合なんてちょっと気が重い。


 宿に一回引き返し、荷物をまとめてラフな格好に着替えた。いつもの私服で、シャツと小汚いボロボロのレザージャケットを羽織った。この服は俺がルクール海岸に漂着したときに来ていた手がかり的な上着だ。傷はついているけど綺麗にしてまだ使ってる。でもこれは大しておしゃれな感じはない。……そろそろ服装とかももうちょっと格好よくしたほうがいいかな。シアは直接言わなくても、その辺を気にしてそう。


 "ロストさんは私服がダサいので、やっぱりよろしくしなくていいです"


 そんなこと言われたら死にたい。

 今度オシャレにも気を遣おうかな。

 部屋で着替え終わり、いざ行かんというちょうどそのタイミングだった。


「おーい、ロストー! ちょっと頼みごとがあるんだが」


 タウラスの声だ。ドア越しにその声が耳に届いたかと思うと、遠慮なく扉は開かれ、額にキズのある短髪で爽やかな男が、笑顔を浮かべながら入ってきた。

 部屋の入り口付近で会話が始まった。


「タウラスか。なに?」

「いや、急で悪いんだけどよ。もし暇だったら、夜の剣術指南に一緒に付き合ってもらえねえか?」

「剣術指南?」


 詳しく話を聞いてみると、先の話ではあるが、1年後にこの迷宮都市で、冒険者ギルド主催の5年に1度の大きなお祭りがあるらしい。そのお祭りの一貫で、町の外れに特設コロシアムを作ってトーナメント式のバトルが実施されるようだ。3人1チームによるチーム戦で、優勝チームには賞金と優勝トロフィ、景品が渡されるらしい。

 そのトーナメントバトルを見越して、タウラスは知り合いとバディを組んで、日夜トレーニングを積み重ねているとのことだ。俺とユースティンが暇さえあればキャッチナイフをしているような感じか。

 そこに、俺も誘い込んで、3人パーティーで優勝を狙うという話らしい。


「お前も知っての通り、俺の腕前は中途半端だからよ」

「そんなことないよ」


 タウラスは小恥ずかしそうに頬をかいた。俺はタウラスが司令塔として適性が高いのを知ってる。なかなか剣術が上達していないのは迷宮探索のとき、戦いよりもリーダー役を買って出ているせいだ。


「ロストがいりゃあ、ぜってー負けることはねーと思ってよ。だからチーム組んでくれないか?」


 タウラスの頼みで断りづらいというのもあるが、正直興味がない。

 お祭り………演奏会とかあるかな?

 それだったら無性に聴きに行きたい。

 無性に。


「タウラス悪いけど―――」

「そこをなんとか頼む! トーナメントで優勝すれば、俺も女の子からモテモテになってハーレムを築きあげられるんだっ!」


 動機が不純だ。俺は侮蔑の目を向けた。


「なんでタウラスがモテるために協力しないといけないんだよっ!」

「俺とお前の仲じゃねえか。お前だってモテることだぜ? 女の子にチヤホヤされたいだろ? なぁ」


 女の子にチヤホヤ……!

 されたい。

 されたいけどタウラスさん、俺には意中の女がいるんだ。


「そんな顔すんなって! シアだってお前が優勝したら、やっぱりロストさんはすごいですねって惚れ直すこと間違いねーって!」


 まぁそうだけど。シア・ランドールの性格はそんなミーハーじゃない。


「悪いけどこの後用事があるんだ。保留で!」


 俺はタウラスの脇を通り抜け、部屋から抜けて宿屋の階下へと向かった。


「あ、おい、用事ってなんだよ!」

「グノーメ様のとこー!」


 言いながら小走りに階段を駆け下り、そのまま宿屋を飛び出た。後ろからタウラスが何かごちゃごちゃ言っていた気がするけど、約束もあるし今回はごめんってことで。



     …



 そして宿屋から飛び出したタイミング。迷宮都市はいくつもの松明の明かりと夜の暗闇で良い感じの薄暗がりができあがっている。夜の涼しさと松明の温もりが妙にマッチしていて寒くもなく、暑くもない。その中を、冒険を終えた冒険者たちがだらだらと宿や酒場に向けて行き交い、帰宅ラッシュ感を漂わせる。逆に、俺はこれから外出だ。


 それにしてもタウラスとのやりとりでのんびりし過ぎた。ちょっと約束の時間に遅れ気味。不味い、急ごう。

 俺は迷宮都市の道を走った。

 本当に家々が入り組んでいて道が迷路のようだが、住めば都とはこの事か、もう1年以上過ごした町だったからなんとなく土地勘は分かっている。まぁこの迷宮都市はあまりにも広大だから、俺もアザリーグラードのリの字くらいまでしか知らないが。

 

「ロスト、待て!」


 さらにまた声をかけられる。その声の主はユースティン。

 視界に映るのは漆黒のローブをきた小さい正義の魔術師だった。

 もう面倒だから聞こえなかったふりしよう。


「あっ、待て――――!」


 全速力で通り過ぎる。

 だけど、通り過ぎたはずのユースティンは、また目の前にいる。


「こら、待てって!」


 ええい、無視だ、無視!

 俺は走り続けて無視を続けた。

 しかし抜かしても抜かしても、ユースティンは俺の目の前に現れた。


「ロスト、ふざけるのはやめろ」


 というか走っても走っても変わらない町並み。ユースティンが目の前に現れているんじゃない。俺が同じ道を何回も何回も走らされているだけだった。ユースティンの空間転移魔法ポータルサイトによって。


「すごいな……場所いらずのランニングトレーニングが出来そうだ」

「何を言っているんだ? 僕から逃れようとしても無駄だ」


 腰を手をあて、呆れた顔で濃紺の瞳を俺に向けた。

 俺は逃がさまいと、わざわざ魔力を消耗してまでポータルサイトを使うとは。


「お前って……実はそういう趣味があるのか? 俺を狙っているのか?」

「どういう趣味だ。僕は正義の大魔術師になる事以外、興味はないと何度言ったら分かるんだ」

「俺、急いでるんだけど」

「らしいな。グノーメのところへ行くと聞いた」


 様をつけなさい、様を。


「誰から?」

「タウラスからだ」


 あいつ、余計なことを……トーナメントじゃチーム組まないぞ。


「僕にも同行させてもらえないか?」

「いやでも泊まり込みだし、帰りは一人になるぞ。ユースツンにはそんな苦行耐えられないだろ」

「僕は少し顔合わせできればそれでいい」


 そうですか。

 まぁそれなら邪魔にならないし、いいか。


「あ、でも急ぎだぞ。俺の走りについてこれるか?」


 ついてこれるか、の部分をちょっと格好よく言ってみたつもりだった。こういうところを敢えて意識しちゃうのが思春期ってやつなんだろうか。


「走る必要はない」


 ユースティンはそういうと右手を正面に向けて魔力を込めた。空間に出現するポータルサイト。その開通先はここから二ブロック先のエリアに開けている。わざわざ走らなくてもこうやって転移しまくれば早いってわけか。


「ショートカットだ」


 さっきも無駄遣いしまくってたみたいだけど、ユースティンの魔力って無尽蔵なのだろうか。枯渇したところを見たことがない。

 そんな魔力がありながらなんでこの街にいるのやら。本で読んだが、別大陸には魔法学校やら魔法大学というものがあるらしいし、そういうところに通った方が才能を発揮できそうな気がするんだが……。なぜあえてこんな汚らしい街で冒険者として生活しているのか理解しがたい。



     ○



 そして辿り着いた魔道具工房。ユースティンの魔法能力がチートすぎて、何回か転移魔法を潜り抜けただけですぐ着いた。

 魔道具工房の入口である大きな玄関扉をノックする。


「グノーメ様ー! 約束通り来ましたよ」


 すると、奥の方から小走り気味に何かが近寄ってくるのが感じられた。乱暴にバンっと開け放たれたその扉。開け放ったのは臍だし幼女だ。黒い鍛冶師ゴーグルを額に巻いて、いつも通り大きな金槌を持っている。


「おうおう、待ってたぜ!」


 幼女の声で乱暴な口調。しかし見せる笑顔は本当に屈託のない笑顔だった。だが、その表情も俺の後ろ隣りに立つユースティンの顔を見て怪訝なものに変わっていく。


「む―――なんだ、ユースティン、だったか……あんたは何用だい?」

「土の賢者グノーメ」

「なんだい、あたしになんか文句あるのか?」


 グノーメ様はなんとなくユースティンに対して喧嘩腰なところがある。いつぞやその理由を聞いたことがあるが、精霊というのは魔術師というのを毛嫌いしているらしい。なんでも古代から生きる五大精霊にしてみれば、魔法の力は"神秘の力"。秘匿にしてなんぼというところを無理やり道をこじ開けるのが魔術師というものだそうだ。

 だからあまり好きになれないらしい。


「あんたにはあたしの技を教えたりしないよ。あっちにいきなっ」


 しっしっと、手を振り払ってユースティンを邪見に扱うグノーメ様。

 露骨だなぁ。


「いや、それはいい。だが頼みがある! 僕にアーセナル・ボルガを譲ってくれっ!」


 そう言ってユースティンはグノーメ様に詰め寄った。

 グノーメ様が造りだしたボルガ・シリーズの一つ、アーセナル・ボルガ。

 ユースティンは何の前置きもなく突然そんなことを要求した。なんとなく切羽詰っているように感じられるんだが気のせいだろうか。グノーメ様も驚いたようで、大きなつぶらな瞳をぱちくりさせて唖然としていた。


「……アーセナル・ボルガを何に使おうってんだよ?」

「それは話せない」

「なんだいそれは! そんな理由もなくあたしの最高傑作をおいそれと魔術師に渡すわけがねえだろっ!」


 まったくもってその通りだ。しかしユースティンは諦める様子もなく、俺の方に振り返った。その眼はちょっと血走っている気がしなくもない。


「ロスト、お前からもなんか言ってやってくれ」

「いや何で俺が……というか俺は別に欲しくないし」


 グノーメ様は苛々とした表情を浮かべて、俺やユースティンを睨んでいる。

 あ、これはまずい。この人の場合、最悪「テメエらには漢の礼節ってやつを教えてやるぜ」とか言って、あの数々の機械兵器をぶっ放してきそう。でも込み上げる苛々を押さえてくれたのか、グノーメ様は肩の力を抜いて溜息をついた。


「なんでアーセナル・ボルガが必要なのか、それ次第だ」

「………そ、それは僕が……正義の大魔術師に……なりたいからだ」


 ユースティンは歯切れ悪そうに言った。正義の大魔術師になるのがユースティンの拘り。だけどユースティンの正義は何か履き違えている気がする。正義に拘って、本当の正義が何なのか分かっていないような……。実際、ユースティンは善悪の分別のあるしっかりした人だとは思うけど。

 それこそユースティンも俺と同い年らしいからな。

 格好いいものに憧れる気持ちは分かる。


「そんな理由であたしのボルガを渡すわけにはいかねえ。さっさと帰りなっ」

「……頼むっ!」

「うるせえ! とっとと帰れ! ロストはこっちに来い!」


 グノーメ様は俺の腕を強引に引っ張り、工房の中に引きこんだ。

 同時に、乱暴に扉をバタンっと閉めてユースティンを閉め出した。


「お願いだ! 僕は大魔術師になりたいんだ!」


 扉越しに届くユースティンの叫ぶような懇願とドンドンと叩かれる扉。しかしそれもグノーメ様が背中で押さえつけていると、しばらくして収まった。


「はぁぁ……」

「グノーメ様、すみません。ユースティンは―――」

「いや、いい。あれぐらいの歳の子にはよくある事だぜ」


 それほど気にしてないようで安心した。グノーメ様も長い間いろんな人たちを見てきたんだ。あれくらいの事で怒り散らすほど人生経験短くないんだろうな。


「さーて、それじゃあロスト」


 グノーメ様は仕切り直して目を爛々と輝かせ、口元は極悪人のように釣り上げて俺に迫ってくる。

 手を握り握りし、危険性を露骨にアピールしながら。


「くっくっく、お楽しみタイムといこうじゃねえか?」

「いや、あの……本当に痛いことしないんですよね?」

「もちろんだともっ」


 それにしてはグノーメ様の鼻息が荒い。



     ○



 グノーメ様は工房の床にマットを敷き、まずそこに座るように指示してきた。


「じゃあまずはそうだな、その包帯を解こうじゃねえか!」


 俺の右腕にぎちぎちに巻きついた包帯。何度か剥がそうとした事があるが無理やりには外れなかった。でも力を解放するときには勝手に剥がれて浮き上がり、役目を終えるとまた縛り付けられる、そんな感じでこの包帯との付き合いは長い。

 ―――ドンドンと、また扉が叩かれる。いざというその瞬間にだ。グノーメ様は不機嫌そうにずしずしと扉へと近づいた。


「あー、もうなんだい。せっかくのお楽しみタイムのときに! 誰だ?」

「私だ! ロストがここにいると聞いたんだが、ちょっと夜の迷宮探索に―――」


 扉越しに聞こえたのはアルバさんの声だった。

 グノーメ様が乱暴に扉を開けて言い放つ。


「なんだい! 今日のロストは貸切だっ」

「貸切だと? ロストの今日のスケジュールにそんな予定はなかった」

「なんであんたがそんなもの持っているんだいっ!」

「持っているも何も、私が作っただけだからな」

「ふざけんなっ! ストーカーかっ!」


 グノーメ様は壊れるんじゃないかってくらいの勢いで扉を乱暴に閉めた。ドガーンと大きな音がして今度はアルバさんが閉め出される。

 ―――ドンドン。

 それからも何度も戸が叩かれた。


「あぁ、もうっ!」


 グノーメ様の苛立ちが貯まっていく。

 今度はタウラスだ。


「ロストー、やっぱり剣術指南の―――」


 何も言うまでもなく閉められる扉。

 それ以降も、シムノン亭の店員メイド、武器セールス、掃除業者、魔道具店アフターサービス、冒険者、迷い人、暇な老人、犬、猫、鳥など多数の来訪者が魔道具工房に来てはグノーメ様の邪魔をしていく。


「さすがグノーメ様。顔が広いんですね」

「ちげーよ! ぜっんぶロスト目当ての客だっ! あたしのところに訪れる物好きなんか居やしねぇよ!」

「ええ……」


 別に普段から俺を訪ねてくる人もそんな多くないんだけど、なんで今日に限ってこんなにいるんだろう。グノーメ様は俺に対して何か言いたいことがあるように唇を噛みしめて睨んできている。だけど不愉快に思われたって今日がたまたまで、まったくもって俺には非がない。

 そしてグノーメ様は、最後に訪れたただの鳥を追っ払い、ようやく俺の身体調査が始まった。



      ○



「んっ……ロ、ロスト……もうちょっと上に……」


 緋色の髪の幼女の吐息が首筋にかかる。曝された背中に彼女の冷たい手が添えられて、ドキドキしながらも感覚が研ぎ澄まされるような気がした。


「こ、こうですか、グノーメ様?」


 俺はその吹き付けられる吐息にやられて力が抜けそうになるのを必死にこらえた。


「あっ……そ、そこ…! いい……っ! いいぜ……!」


 グノーメ様も頑張っている。


「も、もうちょっとで……っ! あっ……! い、いけそうだ」

「本当ですか?」


 そして俺はより高く右腕を挙げて、脇の下を見せた。グノーメ様が俺の右脇の下に何か傷口を見つけたようである。その傷口から例の包帯が伸びているため、まずそこを切ることで繋ぎ目を切って、包帯を引きはがそうという狙いだ。

 別にいやらしいことなど一切していない。


「今だぜっ!」


 そしてナイフで包帯を切ろうとしたものの、硬すぎて切ることはできなかった。だがグノーメ様は何かに気づいたようである。


「こ、こいつは―――アーカーシャの系譜?! 原聖典がなんでこんなところにありやがる?!」

「え、なんですか?」


 振り返ってグノーメ様を見ると驚愕の顔で俺の右腕を見ている。


「………」


 しかしその驚きの表情も次第に消え失せたかと思いきや、かなり深刻な顔に変わり、何やら考え事をしていた。その真剣な顔つき。これが賢者の顔つきなんだろうかと思えるほどキリっとしている。さっきまでのおふざけモードから一気に雰囲気が変わり、今は冗談の一つでも言ったら張り飛ばされそうなほどだ。


「わかった、ロスト、それはそのままでいいぜ。今度はその場で横になってくれ」


 そのおかしな反応に疑問を感じながらも俺は言われるままにマットの上に横になった。


「この右腕から少しばかり血をもらうぞ。あと手首の機械も調べるからな」

「お願いします」


 それから俺の右腕は調べに調べ尽くされた。両腕から血を抜かれ、皮膚を剥ぎ取られた。さらに右手首の機械。楕円形のガラスプレートと、その表面の数本の亀裂孔が手首に食い込んで融合している。いつもこの亀裂穴から光の粒子が噴出される。

 グノーメ様はガラスを叩いたり、引き剥がせるか試した後、簡単な魔法をいくつか当てて反応を観たりしていた。


 それから、光魔法が付与された魔道具"Particle Sc(顕微鏡)ope"で俺の腕の中の構造を調べた。そのスコープで覗くと、体の内部の骨や肉を観察することができるらしい。

 本当にグノーメ様は魔道具をたくさん持っていた。



     …



 俺はあまりに長い時間、マットの上で横になっていたので、検査をグノーメ様に任せっきりにして、うとうとと寝てしまってしていた。

 そこに声をかけられた。


「ロスト……」

「はい……あ、なにか分かったんですか?」

「正確にはまだだが、なんとなく気づいたことならある」


 なんだろう、しょんぼりしているというか、グノーメ様らしくない。表情は真剣そのものだが、さっきまでの活力がないというか。


「この包帯と思ってたもんの正体は、原聖典"アーカーシャの系譜"だ」

「アーカーシャ? なんですかそれ」

「アーカーシャってのは万象……つまり、この世すべての運命を綴った記録媒体のことだぜ」


 グノーメ様は俺にも分かるように解説してくれた。

 アーカーシャの系譜は世界創世から生命、魔力の起源がすべて綴られた聖典ということだ。この聖典自体に魔力が宿っていて、魔力を通じてアクセスすることで、これまでの人々の歴史やありとあらゆる事象を垣間見ることができるらしい。

 なんでそんな大それたものが俺の右腕を縛り上げているんだろう。


「これはな――きっとあんたの右腕をラッピングしているんだ」

「……プレゼントみたいにですか?」

「そうみたいだぜ」


 グノーメ様は溜息とともにそうぼやいた。


「この右腕……ぱぱっと見た感じだと鎖骨と肩甲骨以降、指先の抹消の部分まで全部作り変えられてる。戦いに特化させた魔法の義手みてぇだ」

「義手? 生まれたときからの物じゃないんですか」

「……あぁ、魔力で製造された右腕を、後から無理やり人間の体にくっつけてるんだ。その形態を維持させるために原聖典なんていう最高級のラッピングシートで抑えつけてやがる」


 ということは、この腕は作為的に作られたもの、ということか。


「この聖典がなけりゃ、あんたはもう魔族どころか魔法兵器そのものに置き換わってるだろうよ」


 魔法兵器に置き換わる……ヒトですらなくなるってことか。それは勘弁してほしい。


「誰が、こんな酷ぇことしたんだろうな……」


 グノーメ様は遠い目をしている。目の前のことじゃなく、何か別の事に思い耽るように。しかしそれも一瞬のことで、かぶりを振って俺の目を真っ直ぐ見てきた。


「ロスト、きっとあんたは……誰かに利用されてこうなったんだ」


 利用されて……。

 俺を戦いに特化させるために魔法の義手を無理やり引っつけた人物がいる。なんだ、そんなことだったのか。ってことは俺には仲間なんて最初からいなくて……使役してたマスターがいたってくらいか。


「利用されて……俺は捨てられたってことですかね」

「捨てられたかどうかは、分からねえが……」


 グノーメ様は気が抜けたように返事を返すと、次第にまた怒りに打ち震えるように握りこぶしを掲げ、我慢できなくなったのか俺に吠えた。


「だぁああ、もう! ロストっ! あんたは一体なんなんだいっ」

「えぇっ、突然なんですか?!」

「誰かに利用されてたとして、こんちくしょうって思ったりしねえのかいっ!」


 だって誰が利用してたのか分からないし。別に不遇な目にあったとも思ってないから、そんな風に考えた事は一度もない。


「だいたいあんたの生き方は何だっ!」

「俺の生き方、ですか?」

「そうともさ。しばらく見て思ったんだ。あんたは人並みの"欲求"ってものがありゃしない」

「そんなことないですよ。俺だってオカイモノしますし」


 あ、これ欲しいって衝動買いは欲求の一つだろう。


「ちげえ、それはただの興味だ! 自分が幸せになりたいとか、他人よりも優位に立ちたいとか、そういう欲望が一切感じられねえ!」


 確かにそういう願望はないかな。理想とか憧れはあるけれど。


「だからロストは、男のロマンってやつが分からねえのさっ」

「男のロマンの話はもう分かりましたから!」

「いいや、分かってねえ! さっきだって何だよっ! あんなたくさんの輩に付きまとわれて」

「あれはたまたま重なっちゃっただけです」

「関係ないっ! どうせ日頃からお人好しだからあぁやって付け込まれるんだ」


 これは……賢者様からの生き方についての有り難い説教だと思えばいいんだろうか。鼻息を荒くして怒っているみたいだし、長く生きた人の話だから大人しく聞いといた方がいいな。

 それにしてもここまで怒られることか?


「いいかい、ロスト……この右腕、きっとあんたを利用しようとしたヤツが作りあげた。でもあんた自身に欲求がないからそんな人間に利用されちまうんだぜ。あたしが苛つくのはそういうところさっ」

「うー………」

「じゃねぇと、あんたは、ここにある魔道具や兵器と同じじゃねえか……」


 ここにある埃を被った魔道具やグノーメ様自慢のメカ。

 それらに意志もなければ欲望もない。

 ただの力だ。

 俺はそんな機械に、なってるだけなんだろうか。

 戦士という名のただの機械に。


「あんたの在り方は人様の願望機さ。頼まれて、願いを叶えてあげて、見返りはない……そんなのあんたの為にもならねえし、相手の為にもなりゃしねえ」


 そう言われてもな。人が助けてって言ってきて助けてあげるのは良い事なんじゃないだろうか。グノーメ様はそこに悪意がある場合もあるから気をつけろよって言いたいのかな。

 俺だってそれくらい判断できるつもりだけど。


「ユースティンの事もそうだ」

「ユースティンですか?」

「あいつが悪いヤツじゃねぇことは分かる。だけど、あんたとあいつの決定的な違いは自分の夢に対する執着心さ。あの様子じゃ、無意識にユースティンはロストを願望機として使おうとしている」


 ユースティンは正義の大魔術師になりたいと言ってる。俺に対して迷宮に連れていけだの、トレーニングに付き合えだの言ってきてくれる。それは有り難いことだ。俺はユースティンのことを友達だと思ってるし、誘ってくれるのは嬉しい。

 だけどその行動は全部ユースティンがこうしたいと言ってきたことに俺が付き合っているだけ。

 そう言いたいんだろう。


「あいつが魔術師として踏み外さないよう、ロストがしっかりしてあげろよ」


 グノーメ様はそう言って、工房の奥へと引っ込んでいってしまった。

 取り残された俺はマットの上であとは寝るだけ。

 ユースティンが踏み外さないように、か。あいつ自身しっかりしてると思うんだけど、踏み外す事があるんだろうか。



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