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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第2幕 第1場 ―記憶探し―
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◆ 魔術ギルドと聖堂騎士団


 ラウダ大陸の港街ダリ・アモール。

 その街は一度、街としての機能を失った。住民は去り、観光客も当面は訪れることはないだろう。

 貿易の輸出入量も以前に比べるとかなり減っていた。


 それもそのはず。

 街の象徴とも言われていたサン・アモレナ大聖堂が爆破された。

 否、爆発に巻き込まれたという形容が正しい。


 1年ほど前にこの土地で、ある組織が大きな事件を起こした。

 組織の名前は"光の雫演奏楽団"。吟遊詩人の旅団たちは、子どもの誘拐、洗脳、調教により世界を変えようと企てた。

 彼女らの目的は戦いの終焉。

 子どもを戦いから遠ざけることで、新たに養成される戦士を減らす。その結果に平和な世界を作ろうとしていた。

 しかし事件はシュヴァリエ・ド・リベルタという冒険者パーティーとバーウィッチに住む貴族ストライド家の協闘により終止符が打たれた。主謀ともされるフリーデンヒェンの魔女ことメドナ・ローレンはジャックと云われる少年にその力を封じられ、打ち倒されたとされる。

 遺体は損傷が激しかったとはいえ、フリーデンヒェンの魔女本人であることに間違いはなかった。

 サン・アモレナ大聖堂の半壊はその爪痕である。


 しかし、彼女たちはただ利用されていただけ、という事実を知る者は数少ない。

 本来の首謀はこの静け返った観光地の、寂れた喫茶店にてコーヒーマグを片手に怪訝そうな顔をしている初老の男―――オージアス・スキルワードだった。


「お連れの方が参りました」


 店員が案内したのは2人の男。メルペック聖堂騎士団第四位階コリン・ブリッグズと同じく第六位階ジョバンバッティスタ・ヴィンチェンツォーニの2名だ。その2人が同じ騎士団服に身を包んで歩いてきた。この3人はオージアスと同じメルペック教会の聖堂騎士団に所属している。オージアスは聖堂騎士団のドルイド。顔役として大司祭を務めている。

 つまり今来店した彼らにとってみれば、上司にあたる存在である。


「遅かったのではないか?」


 オージアスは、そのしわがれた顔にさらに深い皺を刻んで、その2人をちらりと睨んだ。

 その様子を見てコリンが両手を広げて大っぴらに返事をした。


「ボス、俺たちゃ別に道草食ってたわけじゃねぇんでさぁ。ちっとばかしこの街の変わりように落胆しちまってたんです」

「ふむ……」


 それはオージアスも同意見だ。これまで長年親しんでいた街がこの有り様。多少の感慨に耽っても許されるのではないかと毎日思っていた。


「まぁいい。客人はまだだ。もう少し待て」

「あいあい」


 軽い調子で席の右後ろに立つコリンと、堅い動きでその反対、左後ろにたつジョバンバッティスタ。軽い調子のコリンと比べてジョバンバッティスタは堅物という印象を振りまいている。長い金髪の髪を横に分け、髭もしっかりと切り揃えている。


「ところでジョバンバッティスタ……」

「うむ」

「ティマイオスとはどうだ?」


 オージアスは世間話とばかりにジョバンバッティスタに語りかけた。

 ティマイオスとは雷の賢者。世間では"天空の支配者"とも言われている。

 ティマイオスは、聖堂騎士団に力を貸す変わりに、小間使いとして騎士団員を一人、派遣として送らねばならない契約があった。

 聖堂騎士団にはオージアスを除いて、第一位階から第六位階まで1人ずつ、計6人の団員がいるが、ジョバンバッティスタが最下位。下っ端の彼がいつも派遣されている。


「どうとはな。我が覇道には邪魔というものよ」


 ジョバンバッティスタは詰まらなさそうに短く答えた。

 彼はその契約により、ティマイオスの命令がなければ下界できない。


「そう言うな。今回の仕事ではお前がこれまで苦汁を飲まされた甲斐もにじみ出てくるというもの。ティマイオスには臍を曲げられても困るからな。任期までは我慢してもらうぞ」

「承知」


 ジョバンバッティスタはそれが仕事だと理解していた。否、それは彼にとって仕事以上に世の道理として割り切れた。



     …



 それから少しして客人の3名が同じ店に来店した。今回オージアスがビジネス相手として招き入れたのは魔術ギルドの幹部の一人にして、魔法の名門貴族出身の有名人だ。

 有名なのはその肩書きだけではない。銀髪に濃紺の瞳、線の細い顔立ち。そのすべてが美形を象徴している。そんな容姿を持ち合わせながらも、冷徹な三白眼が第一印象としては最悪で、彼自身も悩みの一つとなっている。


「ふむ。よくぞいらした。若き大魔道師アンファン・エーヴィヒ・ツー・シュヴァルツシルトよ。こんな街では気も滅入るかな?」


 若き大魔道師……しかしそう呼ばれた彼自身は既に40歳を迎えようとしていた。見た目が若いというのはもちろんあるが、オージアスから比べたらまだまだ若造という意味を込めているのだろう。

 そんなオージアスは自嘲気味にため息を吐き、窓の外をちらりと見やった。彼にとってはこの街は庭も同然。その庭がこの廃れ様。自嘲の材料としても不思議はあるまい。


「いや、それほどでもない。素晴らしい街並みだ」


 銀髪の男――アンファン・エーヴィヒ・ツー・シュヴァルツシルトは短く、はきはきと答えた。先手を取られそうになった彼は、事も無げにそう告げる。彼がエリートと言われる由縁はここにある。ビジネスの場では対等に取引を進めさせるため、決して下手(したて)に出ることはない。かといって相手に合わせないこともない。その柔軟な態度が、これまで彼を押し上げた。


「後ろの2人は?」


 オージアスはアンファンの後ろの2人をちらりと見た。その2人はまだ年増もいかない女だった。アンファンが座席についているというのに、直立不動で立ち尽くしている。


「今回僕と同行する魔術ギルドの2人だ。遺跡調査では役に立つ。失礼だが紹介は割愛させて頂こう」

「構わぬ。さては愛人2人を連れてやってきたのではと、邪推してしまったのでな」

「まさか。僕にも節操はある。子どもも2人いるから羽目を外せるような歳ではない」

「なるほどな、それは失礼。―――私の方からは後ろの2人を紹介しよう。聖堂騎士団第四位階コリンと、第六位階のジョバンバッティスタだ。今回の仕事に協力してもらう」


 オージアスはそれぞれ手で指し示して部下2人を紹介した。


「ジ………!」


 それに反応を示したのはアンファンの右後ろに立つ女性だった。彼女はジョバンバッティスタの方を見ながら驚愕の顔を浮かべている。脇に抱えた武具を落とし、慌てて拾い上げている。


「なにかな?」

「―――い、いえ、失礼しました」


 声をかけるオージアスに対して女性は明らかに取り乱している。ジョバンバッティスタもその様子を少しだけ眺め、さもどうでもよさそうに目線を逸らした。

 それもそのはず、彼女は1年ほど前にこのジョバンバッティスタに仲間とともに挑み、致命傷を与えたことがある。そのとき仲間がトドメを刺したと思っていたものの、まさかこうして打ち倒した敵が目の前で平然としているともあれば、驚かないのも無理はない。


「リズベス、どうかしたのか?」


 そこにリーダーに当るアンファンが声をかける。アンファンは部下の女性に対する扱いを心得ている。部下とはいえ気遣いの言葉をかけるのが彼にとってのビジネスマナーだ。


「なんでも……なんでもありません。本当に申し訳ありません」


 リズベス・ヘッカート。魔術ギルドに加わり、デスクワークからアウトワークまで手際よく熟す期待の新人。それ以前は冒険者をしていたという事実は魔術ギルド内では有名な話だ。本来であれば魔法大学からの採用が多い魔術ギルドに、冒険者出身が入ったともあれば注目されても仕方ない。

 そんな彼女が仕事の場面でこれほど取り乱したのは初めてだった。

 アンファンは期待の意味を込めて今回大きな仕事に駆り出させてしまったこともあって、リズベスのことを気にかけていた。


「ではまず、あらためて今回の依頼について話を聞こうではないか」


 オージアスは仕切り直して話を進めた。後ろに立つ聖堂騎士団の2人は今回の仕事内容について話を聞かされるのは初めてである。

 そこにアンファンが手早く返事をした。


「いいだろう。隣のリバーダ大陸にあるアザリーグラードの迷宮のことだ。知っているな?」

「老いぼれの私とてこれでもメルペック教会のドルイドだ。大魔術師エンペドの事ぐらい子どもでも聞き覚えがあろう」


 オージアスはアンファンの言葉に眉を潜めた。


「失礼。今我々が狙っているのはエンペドの生み出したというリゾーマタ・ボルガだ」

「ほう、神秘の力をもその手中に収めようとな?」


 オージアスの口調には不愉快さが顕れていた。

 それもそのはず。メルペック教会のドルイドとは本来、魔法を秘匿にするために生まれた存在だ。魔法に対する価値観は信仰とともに形成されている。

 魔術ギルドは逆に信仰心などない。好奇心によってその力を解明し、暴こうとする連中である。そもそも教会とは馬が合わないのは自明の理なのだ。


「お前たちはいつだってそうだとも。寄ってたかって神の力を冒涜したかと思えば、後始末は我らに投げつける。20年前の"アーカーシャの系譜"のことも忘れたのではあるまいな?」


 アーカーシャの系譜。その聖典には魔力の系譜が描かれているとされる。本来であれば魔力の起源を探る上で最上級の価値のある聖遺物だ。

 20年前、ガラ遺跡内にてガウェイン・アルバーティ教授率いる民俗研究チームがその聖典を発見し、魔法大学へと持ち帰った。奇しくもその研究チーム内にアンファンの親友イザイア・オルドリッジも同行していた。彼ははっきりとその時の事を覚えていた。


「もちろんだ。だが今回に関しては満を持して臨む。だからこそ貴方たちにこうして協力を依頼しているんだ」


 アンファンはオージアスのその睨みに怯むことなどない。オージアス・スキルワードという人物の本質を理解していた。その本質とは彼が神以上に信仰しているものが金であることを知っていたからだ。

 アンファンはパチンと指を弾くと、宙から大俵に包まれた金貨をどさりと降ろした。突如として出現する大金にテーブル台が満たされる。5000万ゴールドはあろうか。隣のリバーダ大陸のソリド通貨に換算すると、その額5億ソリドである。


「ほう、噂の"ポータルサイト"とはこれか。人の魔術も究めれば神秘の力に近づくというものよ……良かろう。我が騎士団の力を貸そうぞ」

「協力感謝する」


 既にその眼には目の前のゴールド金貨しか映っていなかった。ドルイドとはいえ、歳を重ねれば悪意に満たされる例もある。オージアスはその1例だ。


「それで、リゾーマタ・ボルガの封印解除には5つのボルガが必要ということだが……」


 目線は金貨から外さず、オージアスは続けた。


「そうだ。まずは我々とそちらの2人でそれぞれの賢者のもとへ出向く。そして交渉や買収、場合によっては攻奪も考えている」

「なるほど。つまり我々に差し出されたこの金も、ティマイオスに対する買収行為と取って差し支えないと?」


 雷の賢者ティマイオスが造り出したケラウノス・ボルガ。その兵器は雷槍である。

 ティマイオスは雷槍を聖堂騎士団に貸し出す代わりに、ジョバンバッティスタを従者として身近に置いている。


「ケラウノス・ボルガが既に手中ともあればその解釈で構わない」

「………ジョバンバッティスタ」


 オージアスは左後ろにひっそりと立つ彼に一瞥をくれた。


「承知」


 ジョバンバッティスタは懐から一つの筒を取り出して、それをおもむろに前へと突き出した。そこから激しい雷光の音が轟くと同時に、筒から双方向へと雷槍が飛び出して実体化する。

 その光景を見て、魔術ギルド側の3名はいずれも驚嘆の声を漏らした。しかし右後ろに立つリズベス・ヘッカートは他2人とはまた別の意味で驚愕の表情を浮かべていた。

 1年ほど前、ジョバンバッティスタを打ち破ったパーティー仲間のアルフレッド。彼が苦戦した槍が、まさかボルガ・シリーズの一つであったこと。さらにはあの場の一戦が、ボルガ・シリーズ同士の戦いであったことを今更ながら知ったのである。


 ボルカニック・ボルガとケラウノス・ボルガの戦い。

 しかしケラウノス・ボルガの力に、アルフレッドが手にするボルカニック・ボルガは圧倒されていた。持ち手によってその力に歴然の差を生むのがボルガの特徴だった。


「ご覧の通り、ケラウノス・ボルガはここに」


 リズベスはこの取引を見ながら、内心どうするべきか思い悩んでいた。

 これから上司とともに向かうリバーダ大陸は、ボルガ・シリーズを巡る旅になろう。そしてケラウノス・ボルガをまず首尾よく手中に納め、ご満悦のアンファン・シュヴァルツシルト。

 その彼に、ボルカニック・ボルガが既にバイラ火山には無く、田舎でのんびり過ごす赤い頭髪をしたガラの悪い男が所持していることを伝えるべきかどうか、まだ考えあぐねていた。


 それは彼女にとっては裏切り行為だ。

 伝えれば旧友に対する裏切り。伝えなければ上司に対する裏切り。

 いずれを選んでもどちらかを裏切ってしまう。


 すなわち、これから向かうリバーダ大陸には、3つのボルガしかない。

 水の賢者アンダインのアクアラム・ボルガ。

 風の賢者シルフィードのエアリアル・ボルガ。

 土の賢者グノーメのアーセナル・ボルガ。


 果たしてリズベスは自分の予期せぬところで今回の仕事が失敗してくれることを願うしかないのであった。


「ところでアザリーグラードの迷宮内部のことだが、攻略自体に問題はないのかね? 噂によるとリゾーマタ・ボルガの封印エリアまで辿り着けた者はいないのだろう?」

「………うむ」


 オージアスの問いかけに、アンファンは困ったように額に手を当てて目を伏せた。


「そのことだが、大変すまない。僕も本来ならば公私混同を断じて許さない性質(たち)なのだが――」

「なんだ? どういうことだ?」

「迷宮に関しては事前に魔術ギルドの部隊を派遣して培ったデータブックがあるんだ。それさえあればおそらく攻略も難しくはない。だが……」


 アンファンは珍しく口ごもっていた。これまで対等の立場で会話を進めていた彼だったが、今ではかなり負い目を感じているようで、言葉の歯切れが悪い。


「僕の息子が盗んで持っていってしまったんだ」


 アンファンには娘が1人、息子が1人いる。どちらの子どももアンファンの尋常ではない魔力が遺伝して将来を期待されて止まなかった。だが息子の方は少し性格上の問題があり、親子喧嘩の果てに飛び出してしまったのである。

 そんな事情を話されて、オージアスも呆れて溜息をついた。

 聖堂騎士団のコリンやアンファンの後ろの女性2人も、その人間味のある話に少し心が和んだようだった。


「へへっ、シュヴァルツシルト家のお家騒動か。俺は協力してその息子くんを連れ戻してやってもいいぜぇ」


 コリンが面白おかしそうに提案した。だがそれを制したのはアンファン自身である。


「いや、これは完全に僕の家庭の事情だ。おそらく僕の息子……ユースティンもその迷宮都市にいるだろう。僕自身で早急になんとかする」


 銀髪に濃紺の瞳を持つ大魔道師アンファン。彼の息子もその容姿をそのままコピーしたように、容姿端麗な子である。

 ユースティン・エーヴィヒ・ツー・シュヴァルツシルト。

 このやりとりの一方で、その子自身は今まさにアザリーグラードの迷宮内部で大活躍している最中なのであった。



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