Episode44 青い髪の妖精
せっかくマーケットにいる、ということで道具屋以外にもいろいろ店を見て回った。
マナグラムを買って無一文になったから冷かしにしかならないが、ソリドという通貨単位がどれくらいの価値があるのか見ておきたかった。
道具屋のように店舗を構えているところ以外にも、露天商としてテントを張っている人もいた。
武器屋、食料品店、薬屋、本屋なんかを見て回って、いろいろ分かったことがある。
まずソリド通貨には金貨含めて、合計6種類のコインがあった。
金貨1枚は1000ソリドだが、それ以外には大銀貨250ソリド、小銀貨100ソリド、大銅貨25ソリド、小銅貨5ソリド、鉄貨1ソリドといった感じだ。
慣れるまでは計算が大変そうだ。
マーケットで最初に訪れたのは武器屋だ。
武器の値段はピンきりだった。
安価のダガーナイフなら金貨1枚、つまり1000ソリドで買えるが、高価な大剣だったら50万ソリドのものもあった。
結論、武器屋を見ただけじゃ金銭価値は分からなかった。
まぁ、俺だったら剣ぐらいいつでも作り出せるから必要ないだろう。シアは能力を隠せと言ってたから、余裕ができたら買っておくことにしよう。
次に食料品。
これが一番分かり易かった。
たとえば俺がさっき食べてたイノシシ肉は、一切れで50ソリド。
ルクール大森林ですぐ獲れるから安いようだ。
他にはリンゴは1個75ソリド。キャベツは一玉250ソリド。
それから薬屋。
魔力ポーションが突出して高かった。
1本5000ソリド。金貨5枚だ。
しかもお喋り好きな店主から教えてもらったことには、魔力ポーションを飲んだときの回復量はその人によるらしい。例えば1本飲んで500ある魔力が全回復する人もいれば、100ある魔力のうち20しか回復しない人もいる。ちなみにシアは1本飲めば全快するらしい。
実際、これも魔力0の俺には関係ない話だ。
あらためて自分のマナグラムを眺めた。
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種族:人間(魔) 年齢:11歳7ヶ月
生命:4096/4096
魔力: 0/0
筋力 B
敏捷 A
<能力>
直感 A
拳闘 B
剣術 B
魔力放出 S
心象抽出 S+
魔力纏着 S+
時間制御 A
隠密 E
自己修復 C
================
魔力0のくせに、能力欄に「魔力放出」や「魔力纏着」という文字があるのはどういうことだろう。
最後に本屋だ。
正直なところ本が一番欲しかった。
露天商で並んでいる本の数々を見た瞬間、衝動的にそれらが読みたくなった。俺がもともと本好きっていうのもあるんだろうが、それに加えて何でもいいから情報が欲しい。自分自身のことだけじゃなく、この迷宮都市アザリーグラードのこともよく分からない。
それから地理だ。
世界地図か、世界ガイドの本があれば読んでみたい。
だけど本全体が高かった。物によるとはいえ、1冊30万ソリドから100万ソリドするものもあった。よくよく見ると、この書籍商だけは他の店と比べても気品のある店構えで、高級感漂っている。
良い商売してんだろうな。
○
というわけで充実した冷かしだった。
ぼんやりと金銭価値は分かってきた。
ところで何でシアはここまで俺に協力的なんだろう。
迷宮都市を徘徊し続けて、すっかり日が傾いてしまった頃合い。
俺は目の前を歩くシアの小さな背中を見ながらふとそんなことを思った。
今日一日こうして付き合わせてしまったけど、こんな小さい子どもが1人でふらふらと歩いていて危なくないのか。
「なぁ、なんでそんなに俺に親切にしてくれるんだよ?」
「………」
シアは歩を止めて、すっと素早く振り返った。
長くて青い髪がふわりと宙を舞う。さっきのマーケット巡りで買った食材を手提げ袋に入れて、片手にぶら下げている。
「家に帰らなくていいの? 親がいなくても保護者はいるんだろ?」
「………」
何も答えてはくれない。
ただ黄金色の眼が俺を見据えていた。
「……11歳ってことは、まだまだ子どもじゃないか」
「同い年のロストさんに言われたくないですけどね」
「俺は魔族とのハーフらしいからな」
「私はエルフとのハーフですよ」
矢継ぎ早に繰り出される言葉。
シアは物静かそうに見えて、実際は饒舌だ。
「俺は化け物だし、きっと自立が早かったんだろう」
「私ももう自立してます」
「じゃあ1人で過ごしてるのか?」
「はい」
まじですか。
こんなひ弱そうな女の子が?
って言っても、森のオークたちを駆逐できるんだから、戦いには精通しているんだろう。それでも何か複雑な事情がありそうだった。
…
それからすっかり暗くなってきて、連れてきてもらったのは一軒の酒場だった。店の看板には「シムノン亭」と書かれていた。
「酒場………? 酒でも嗜もうってのか?」
「いえ、酒場は情報が集まりやすいので」
「子どもだけで入って小馬鹿にされるってことは?」
「ロストさんは子どもと大人の境界意識が強いようですが、この都市では子どもの冒険者というのは大して珍しくないです。獣人族は10歳で成人扱いですし、魔族は100歳でも見た目が子どもの方もいますから」
淡々と言って、シアは臆することなく酒場のスイングドアを押して入っていった。文化の違いってやつだろうか。
どっかの文化と比較できるわけじゃないが、感覚の違いというのは記憶がなくても感じるものらしい。
店に入ると、むわっとした熱気が漂っていた。料理の匂いと冒険者たちの賑わい、その2つが熱気とともに伝わってきて心地よかった。
店の片隅のテーブルに2人で腰かけた。
壁にかかってるメニューをざっと眺めて、あることに気づいた。
「そういえば金がない」
マナグラム購入で一文無しとなった俺。
思えば、ボロボロになった戦闘服を着たままで格好悪かった。
でもさまざまな事情を持った冒険者が行き交う迷宮都市だ。
俺の格好をいちいち気にする人はいないか。
「今回は私の奢りでいいです」
シアは無表情のまま、そんなありがたい一言を差し伸べてくれた。
「いいのか?!」
「そもそも森のドワーフの方々からお金をもらえたのはロストさんのおかげですし」
「助かる! サンキュー!」
シアは店員に対して、適当な料理とドリンクを注文した。
その場で金貨や銀貨を2,3枚か渡した。メニューも見ずに慣れた会話でささっと注文している様子を見ると、行きつけの店なのかもしれない。
「………」
「………」
シアは特に喋らない。
今日一日行動を共にして分かったのは、この子がハーフエルフで、同い年で、両親がいなくて、それで無口だってことくらいだ。
かといって俺の方から喋れることは何一つない。
自己紹介しようか?
俺はルクール海岸に漂着した記憶喪失中の化け物(11)だ。
愛称はロスト。一文無し。
あー、そういえば金がないということは、今晩の宿もないんだ。
シアが宿代も奢ってくれる、なんてことは期待しない方がいいか。
「あえて言うなら暇だからです」
何の脈絡もなく、沈黙を破るようにシアはぼそりと呟いた。
なんだ今の。
誰に言った?
何の事だ?
俺を見ているんだから俺に言ったんだろうけど。
「ロストさんに手を貸す理由です」
「あー、その話か」
さっき道端で聞いたことの答えらしい。
暇だから助ける?
随分とボランティア精神旺盛な子だな。
「俺の記憶が戻っても何も良い事ないかもしれないぞ」
「………」
「もしかしたら恐怖の大魔王かもしれない」
「ステータス的にはそうですね」
俺の脅しにも怖がることなく、冷静に淡々と。
シアは感情の起伏が少ない。
「………」
「………」
またしても会話がとまる。
そこに「はいお待ち」と、シアが頼んでくれた料理が運ばれてきた。肉と野菜を適当に炒めたものと、何の果実のものか分からないがジュースだ。シアはお行儀よく「いただきます」と両手を合わせていうと、横から垂れる髪を耳にかけて、銀匙で皿を持ちながら食べ始めた。
尖った耳の全体が露わになった。その仕草は、周囲にいる粗野な振る舞いをする冒険者たちときわめて対比的だった。
服装や装備は冒険者とはいえ、仕草、振る舞いは礼節を知ってる子のそれだ。仮に貴族出身だと言われても不思議には思わないだろう。
「今度はシアのことを聞いてもいいか?」
「ええ、どうぞ」
飯を食べる手をとめて、俺の方を見た。
「なんでルクール海岸にいたんだ?」
「海が綺麗だったので」
「海を見にあんなところへ?」
「オーク狩りのついでに寄っただけです」
「ってことは……ドドロト村長のクエストを見てあそこにいたと?」
「はい」
なるほど。
だけど、不思議なのはなぜ1人だったのか、というところだ。
「パーティーは組まないのか?」
「野良パーティーになら入ります」
「野良パーティー?」
「クエスト攻略のために一時的に組むパーティーの事です」
「ふーん……」
つまり野良ってのはソロ好きの冒険者がクエスト達成のために寄り集まったパーティーってことか。あまり仲間で群れるのが好きじゃないんだな。だけどこれ以上、この子の事情を聴くっていうのも野暮ったいかな。
シアは一度ジュースを一口だけ飲むと、再び口を開いた。
「ロストさんも野良パーティーでお金を稼ぐことをお勧めします」
言いたいことは分かる。
俺の目的は自分自身の記憶を取り戻すこと、その一つの手段として多くの情報が欲しい。つまり特定の仲間と冒険をするよりも、いろんな人と関わった方が効率が良いと言いたいんだろう。
「おい、お前たち! 野良パーティーが組みたいのか?」
声がした方を見る。
向かいのテーブルから、大きな声をあげて一人の青年が話しかけてきた。
「はい。私たちは基本的に野良でやってます」
シアが振り返って答えた。その返事を聞いて、その青年は勢いよく椅子を後ろに下げてから立ち上がり、俺たちのテーブルの方まで歩いてきた。
「俺はタウラスって言うんだ」
「シア・ランドールです」
「……ロストだ」
タウラスは右手を差し出してきたので、俺とシアはそれぞれタウラスに握手をして、名を名乗った。
まだ10代だろうに、手はゴツゴツとしている。
小汚いマントを羽織って、腰には2本剣を携えている。
剣士のようだ。髪の毛がツンツンに立ち上がった爽やかな男だったが、額に深い傷跡があって、経験を感じさせた。
タウラスはシアの背中の弓を見た。
「あんた弓師か? ちょうど弓が使える奴を探してたんだ」
「そうですか。どんなクエストですか?」
「今、迷宮の6階層付近でスケルトンの亜種が出没してんのは知ってるか?」
「いいえ」
「そいつの骨集めのクエスト報酬がなかなか美味いらしいんだが、手伝ってくれねえか?」
「いいですよ」
「ありがとう! そっちのあんたは? 剣士か?」
タウラスは俺の方に顔を向けた。
「あー、俺は……」
「ロストさんは拳闘士です。近接格闘なら得意です」
シアがフォローしてくれた。
「そうか! とにかく戦力が欲しい。お前も来てくれないか?」
「もちろん」
確かに子どもだからって差別されることはなさそうだった。
…
タウラスは俺とシアの座るテーブルに移動して、一緒に食事しながら世間話していた。タウラスは冒険者歴2年程度で、それほど実力はないと断言していた。額の傷も、駆け出しの頃にゴブリン(一般的には雑魚とされている)にやられたものらしい。
人柄は温和で、自虐的な話をしては俺たちを楽しませてくれた。
そこにシアがついでとばかりに俺の情報探りを手伝ってくれた。
「タウラスさん、ところでこのあたりに、仲間を失ったという冒険者パーティーを知りませんか?」
「仲間を失った? そんな奴ら山ほどいるし、俺も野良でやってるから他パーティーの事情はわからねえな」
まぁ最初の一歩だ。
いきなり有力情報は入らないだろう。
「そうですか。例えば近くで大きな戦いがあった、という事はないですか?」
「そうだな。俺が知ってる限りじゃ、ここ1年は特に冒険者同士のいざこざはねえ。モンスター狩りも大人しいもんだな―――あ、そういや、ここら辺じゃねえが、半年ほど前に隣のラウダ大陸の方でデカい事件が起きたな」
タウラスは顎に手を当てて、思い出したように手を打った。
「それはどんな事件ですか?」
「なんでも、吟遊詩人の一団が街とグルになって大勢の子どもを誘拐してたらしいぜ。吟遊詩人っつっても相当の実力者揃いだったらしいがな。最後は街一つ吹っ飛ぶぐらいの大騒動だ」
飯をかきこみながら喋り続けている。
「それがよ……んぐ……どうもその一団を……んぐんぐ……打ち破ったってーのが」
もぐもぐと飯を食べながら目をかっと見開いて喋るタウラス。
テーブルマナーは悪いけど、見てるだけで面白い人だった。
最後はごくりと音を立てて、口いっぱいに溜めた飯を呑みこんだ。
「っぱー………シュヴァリエ・ド・リベルタのメンバーらしい」
「リベルタ!?」
シアが珍しく大きな声を上げた。
「そうだ、あのリベルタだ。俺もあれに憧れて2年前に冒険者を始めた。別大陸に移ってからはあまり話は聞かなかったがな。向こうでもまだ現役でやってるみたいだ。やっぱすげえよ」
「そのナニガシ・リベルタっていうのは?」
「ロスト、お前ルーキーか? あの伝説的パーティーを知らねえとはよ」
以前の記憶がないから仕方ない。
そんなに有名なら聞き覚えがあってもいいけど、一切ない。
「こっから川一本、砂漠一個超えたところにバイラ火山ってのがあってよ。今じゃ超難関ダンジョンになってるんだが、そこを初踏破したパーティーがリベルタだ」
「へー」
どこにでも猛者ってのはいるもんだ。
でも俺みたいな駆け出しのルーキーには関係ない話だ。
○
すっかり夜も更けて、タウラスとは明日の待ち合わせの約束をして別れた。店先で俺はシアに頭を下げる決意をしていた。
「悪いが、金を貸してくれ!」
俺は深々と頭を下げた。
深々と。
これでもかってくらいに。
酒場の飯代も奢ってもらっておいてこのお願いは情けない。
でも仕方ないんだ。
生きていくために頭を下げる。
別にかっこ悪いことじゃないさ。
「いいですけど、なにに使うんですか?」
「なににって宿だよ。こんな初めての土地で野宿はしたくない」
「はぁ……部屋なら貸しますけど」
「部屋?」
「私の家です」
「は……」
まさかそこまでしてくれるとは意外だった。
いいのだろうか。今日知り合ったばかりの見ず知らずの怪しい男を……って思ったけどお互いまだ子どもか。
「ただし一晩だけです。明日からお金を稼ぐんですから、それ以降は知りません」
「ああ、もちろんだ! 本当に何から何までありがとう!」
俺は感謝の気持ちを表すために、シアの両手を握ってぶんぶんと振り回した。暇つぶしとはいえこんなにしてくれるなんて、見た目もさることながら天使みたいな子だ。
「………」
「ん? どうかしたのか?」
シアは急に顔を伏せた。
「なんでもないです。こっちです」
そのまま踵を返して早歩きで歩いていってしまった。
本当に何考えているのか分からない子だ。
…
迷宮都市という名にふさわしく、街中は入り組んでいてどこをどう歩いたのか分からない。夜というのもあって余計にだ。
シアの家は酒場のあるところから何区画か通り過ぎたところにあった。
周辺は閑散としていて、ぼろぼろに朽ち果てた廃墟の平屋ばかりある。
シアの家はその廃墟の一つだ。
「お邪魔します」
家に入ると、シアは家中のランプに火を灯して明かりをつけた。弓矢をおろして壁にかけ、買い物袋から今日買ったものをすぐ仕舞っていた。
家はシンプルだった。扉をあけるとすぐ居間。奥には扉が2つあるから居間以外に2部屋くらいあるんだろう。1人で住むには十分な広さだ
「私は自室で寝ます」
「あぁ」
「ロストさんはこのソファでお願いします」
「もちろん。雑魚寝でもかまわない」
屋根があって壁があるだけでそれ以上望みはしない。
「ちなみに私の部屋に入ることは禁止です」
「そんなの分かってるよ」
「もし入ることがあったら……」
「あったら?」
「………」
その先は何も言わなかった。シアは勝手に想像を膨らませているのか、恐ろしい顔をしながら俺に侮蔑の目を向け、それからじとーっとした目で俺を見ていた。
その金色の目は俺のすべてを見透かしそうな雰囲気を漂わせている。
いやいや、やめてくれよ。
勝手に俺を悪者にしないでくれ。
「では、おやすみなさい」
「おやすみ」
バタンと扉は閉じられた。
そこからは物音ひとつしなかった。こうして家で寝ること自体久しぶりな気がするが、俺も硬いソファを借りて眠ることにした。
シアという子はきっと何か隠してるんだろうな。
複雑な事情がありそうだ。
その事情を無理やり教えてくれとは思わない。
ただ、もしそれが困りごとだったら相談に乗ってあげたいと思う。
ここまで親切にしてもらったんだし。
それになんとなくだけど、長い付き合いになりそうな予感がしていた。




