Episode43 ロスト
町までは険しい道のりだった。
街道というわりに道が舗装されていないようで、やけに馬車の中は揺れた。数時間経過してようやく大森林を抜けたわけだが、その間も気まずい空気が流れていた。冒険者パーティーの男弓師はなんとか話題を繋ぎたかったのか、観光ガイドのようにその土地その土地の名前や歴史をベラベラと喋り続けていた。
ルクール大森林を抜けるこの1本の街道は、ドワーフ街道と呼ばれてる。その昔、一部のドワーフが森へ移り住むときに開拓した道がこの街道の由来だそうだ。ということは俺がさっき出逢ったドワーフたちは、その子孫ということだろう。
「森を抜ければ、町はすぐだ」
俺は気になって馬車の幌の隙間から、外の様子を眺めてみた。
そこには荒涼とした町並みが大きく広がっている。
「で、でかっ!」
町というには恐ろしく広大な風景だった。
見渡す限り土色の建物が何重に折り重なっていて、地平線の果てまで続いているみたいだった。間違っても、"華やかな"とか"お洒落な"なんて言葉は似合わない。土埃でも舞っていそうな小汚い街だ。
「迷宮都市アザリーグラード。地下には大迷宮が広がってる冒険者の街だ」
男弓師が俺の反応を見て、そっと教えてくれた。
―――"アザリーグラードの迷宮"。どこかで聞いたような気がする。
○
冒険者パーティーの人たちは、町の入り口で俺を降ろすとすぐさまどこかへ行ってしまった。俺のことを不気味がっていたし、ましてや自分自身のことも知らない人間なんて余計に怖かったんだろう。
というか俺自身、人間かどうかも疑わしい……。
そもそも俺は何歳なんだ?
大人か? 子どもか?
背丈はないけど、なんとなく大人のような自覚がある。いろんな経験を積んできたような、そんな感覚が漠然とある。だから多分、大人という認識でいいんだろう。
身に着けている服装も子どもっぽくない。
記憶の片隅に登場してくる人たちも、全員大人だっていうのも一つの根拠だ。同世代の知り合いなんていない。
激しい戦いに巻き込まれて、海に投げ出され、打ち所が悪くて記憶が飛んだってとこだろう。
それでこれからやるべきことだが、当然、記憶を取り戻そうと思う。
でも何をすればいいか分からない。
知り合いを探すにしても土地勘がないし。
先々のことまで考えて、宿探しが先かな……。
でもこんな乱雑に入り組んだ迷宮都市で宿探しするのも大変そうだ。
「ん~、どうしようかな………」
「そうですね。とりあえず腹ごしらえする、というのはどうでしょうか?」
「………」
聞き覚えのある声に後ろを振り返ると、青い髪の女の子が金色の目をじーっとこちらを見て佇んでいた。
シア・ランドールという少女だ。弓師は身軽な服装が好ましいのか、ベージュ色のチュニックをかぶり、腰の細い革ベルトで袖を留めている。
下はハーフパンツを履いて、動きやすそうな格好。小さな背中には不釣り合いな大きな弓と矢筒を背負っていて、腰にはダガーナイフを1本携えている。確かに冒険者のような格好ではある。
「さっきの冒険者パーティーは?」
「どこかへ行ってしまいましたよ」
「一緒に行ったんじゃなかったのかよ」
「それは、気のせいというやつです」
なるほど。
熱烈な勧誘を受けてたから、てっきり一緒に行ったのかと思っていた。
「………」
「………」
しばらく沈黙が続いた。
「シアさんだったっけ」
「シアでいいです」
「お父さんとお母さんは?」
「両親はいません」
なるほどなるほど。
さらりと嫌なこと聞いてしまったようだ。
でもシアは淡々としていて特に悲しそうな素振りもない。
「………」
「………」
またしても沈黙が走る。
―――ぐぅぅ、という音が沈黙を破った。シアのお腹からだ。
…
町の奥へと入り、日陰を見つけて2人で座り込んだ。
シルフィード様とドワーフ一族からもらったイノシシの干し肉を頬張る。
ジューシーな味わいと香辛料の風味が広がってとても美味しい。
ほっぺたが落っこちそうだ。
俺も思っていた以上に腹が減っていたようで、一度食べ始めると手が止まらなかった。
ちらりと隣に座るシアを見る。
肌は色白で、尖った耳にかかった青い髪は艶やかで綺麗だ。
さらには珍しい金色に輝く瞳。
これは間違いなく将来、美人さんになることだろう。
「なんでしょうか?」
「いや、なんでもない」
俺の返事を聞くと、シアはまた黙々と肉を食べ始めた。
俺は一足先に肉を食べ終え、他に貰ったものを漁ってみた。
と言っても、食料以外にはお金しかもらってない。
ぼーっと金貨を眺める。
そういえば金銭価値も分からなかった。
金貨のわりに荒々しい加工だ。
こんな武骨なもんだったっけ?
記憶がないにしてもお金の形に違和感を感じる。
「それ1枚で1000ソリドです」
「ソリド?」
「通貨ですよ」
「ふーん……」
ソリドというのも聞き覚えがない。
1000ソリドがどれくらいの価値なのかも分からない。ダメだ、冒険者という職業は覚えていたから少し期待していたけど、通貨に関しては記憶がない……。
お金の価値すら分からないなんて、これから暮らしていくのも不安だ。
「本当に何も覚えてないんですか?」
「あぁ……ソリドというのも初耳。この迷宮都市も見覚えがない。自分の出身も種族も年齢も……名前すら分からない」
「………」
なんとなくソリド金貨1枚を親指で弾いて真上に飛ばしてみた。
高速で回転して空中を浮き沈みする金貨をぼんやりと眺める。
「種族と年齢ならすぐわかります」
「え?!」
「マナグラムを知ってますか?」
「マナグラム……」
―――"血液のマーカー量を測って数値化したり、ランク化してるの"。
栗色の髪を2つに束ねた女性の顔が浮かんでは消えた。
「腕にまくと、種族と年齢、能力が表示される優れものです」
聞き覚えがあった。
「なんでそんなことが分かるんだ?」
「さぁ、私にはさっぱり」
「血を測ってるとかそんな感じか?」
「………? さて、わかりません」
シアは小首を傾げた。どうやら彼女の癖らしい。それから右の袖を捲くって、右腕に巻かれたガラスプレートのようなものを出してきた。
「量産型の魔道具の1種です。実際に見てみますか?」
「見ていいの?」
「知られて困るような情報はありませんし」
「あ、そう」
他人の情報を見るのに少し抵抗があるものの、せっかくなので見せてもらうことにした。シアの右手を取って、プレートを覗き込む。
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種族:妖精(人) 年齢:11歳2ヶ月
生命:88/88
魔力:272/272
筋力 F
敏捷 C
<能力>
弓術 C
空圧制御 B
魔 氷 C
魔 雷 D
魔 治 D
================
その不思議な光景を、俺はまじまじと見つめてしまっていた。ふと気配を感じて見上げると、シアは頬を赤らめている。いや、見ていいって言ったじゃん。
「この妖精(人)……ってのは?」
「私はハーフエルフですからそう表示されます」
「ハーフエルフ? 人とエルフの混血?」
「はい。母がエルフで、父が人間です。括弧の中が父親の血統ですね」
さっき両親はいませんと言っていたから、ちょっと気まずい。
もうその両親は亡くなっているということだろう。
「それがあれば多少は自分のことが分かるか」
気を取り直して自分の話題に変えた。
「高いですけどね」
「いくらするんだ?」
「10万ソリドです」
「……つまり、この金貨100枚か」
「大金です」
麻袋の中のソリド金貨を数えてみると、ちょうど100枚だった。
マナグラムを買ったら無一文だ。
情報か金か。
「………」
悩む。
素性は知りたいが、金は必要だ。
宿代とか飯代とか。
「買った方がいいですよ」
「なぜ?」
「クエストを引き受けられますし、お金も稼げます」
よし、買おう。
収入は必要だ。
一文無しになってもそこからお金が稼げる。
なら生産性を重視するべきだ。
○
シアに案内してもらって向かった道具屋で、さっそくマナグラムを買ってきた。その近辺はマーケットエリアになっているようで、大勢の冒険者たちで賑わっていた。どうやらこの迷宮都市、地下迷宮の探索目当てで集まった冒険者たちが作り上げた都市のようだ。
冒険者の中には普通の人間もいれば、獣の耳や角、尻尾が生えている人、肌の色が灰色や青色の人、さらには顔自体、鳥やトカゲ、犬みたいな人もいる。獣人族が多い印象。純粋な人間族もいるが、少なからず魔族も混じっているようだが、敵視する様子はない。おそらくこの街自体が異人種で構成された土地柄なんだろう。
それはさておき、期待に胸を膨らませて、店先で左腕にマナグラムを装着してみた。右腕の方は包帯でぐるぐる巻きにされていて、変な機械兵器めいたものも手首から突き出ているから装着のしようがなかった。
取り付けられたプレートは光を帯びて、青い文字が表示され始める。
================
種族:人間(魔) 年齢:11歳7ヶ月
生命:4096/4096
魔力: 0/0
筋力 B
敏捷 A
<能力>
直感 A
拳闘 B
剣術 B
魔力放出 S
心象抽出 S+
魔力纏着 S+
時間制御 A
隠密 E
自己修復 C
================
人間(魔)ってことは母親が人間で、父親が魔族って意味だろうか。
俺も混血だったようだ。
このおかしな右腕にも納得だ。
でも気になったのはそこじゃない。
「11歳ぃい!?」
そんなバカな。
ってことはこの隣にいるシアと同い歳ってことじゃないか。
「どうかしたんですか?」
シアは俺と一緒に、表示された文字列を見ていた。
俺の反応以上に冷静だ。
「11歳って子どもじゃんか!」
「それは最初から分かってましたけど」
なんだよ。
なんなんだよ。
さっきまで大人ぶってた俺がバカみたいじゃん。
恥ずかしい。
穴があったら入りたい。
「ところで、この能力値を見てなにか思い出しましたか?」
「………」
もう一回冷静になってマナグラムを見る。
「いや、さっぱりだ。能力もよく分からない」
「………」
シアは俺の方に視線を移して、こう言った。
「はっきり言いますが、あなたは化け物です」
「え? なんだって?」
「あなたは化け物です」
―――化け物です。化け物です。化け物です。
シアの一言が脳内で何度もエコーした。
なんで傷ついている人に追い打ちかけるようなこと言うのかな、この子は。化け物だって?
確かに見た目はどうだか知らないよ。化け物に見えるような容姿をしているのかもしれない。右腕もこんな浅黒くて赤黒い線模様が入っているし。
でも俺だって人間の血が入っているんだ。
人として見てくれたっていいじゃん。
……化け物呼ばわりするわりに、シアは特に態度を変える様子なし。何を考えているのか分からないけど、遠くを見るような目で俺のステータスをもう一度見ていた。
「このステータスはなるべく人に見せない方がいいです」
「なんでだよ?」
「さっきの冒険者の方たちの様子を思い出してください」
馬車でここまで運んでくれた冒険者たち。
馬車の中は気まずい空気が流れていた。
気まずい空気というより、不穏な空気といった方が正しかった。
あの雰囲気は俺に対する警戒心からか。
「自分自身の情報を探るのに、他の人と孤立してしまったら不便です」
「あぁ、確かにな」
この子、天然っぽい見た目なのに、けっこう賢いな。
「それから名前が必要です。愛称でもいいから何か名乗る名前を決めたほうがいいでしょう」
「……急に言われてもな」
自分の名前なんて、普通は自分で決めるもんじゃないし。正直、一時的な愛称でいいならジョンとかジョーとかジャックでいいだろう。
「ではロストさんというのはいかがでしょうか?」
「ロスト?」
「記憶を失ってるのでロストさん」
なんか安直だけど愛称だし、まぁいいか。もし知り合いがいて、この変な名前に気づいてくれた人がいれば、声をかけてくれるかもしれない。
というわけで俺は今日からロストと名乗ることにした。




