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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第1幕 第1場 ―冒険者―
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Episode4 リンジー


 ――話は1週間ほど遡る。


「じゃあ、リンジー。留守番頼むわ」


 大剣を背中に背負った赤毛の戦士が玄関口で振り返ってそう言った。

 鎧も布地の部分は赤く染め上げて、全身赤色だった。その両脇には同じく仲間内の男2人、女1人がそれぞれ声をかけてくる。


「くれぐれも、火の扱いには注意してね。あと例の件、よろしくね」


 仲間内の女性が言う"例の件"とは簡単に言ってしまえば、仲間集めのことだ。


 彼らとは若い頃から幼馴染としてずっと一緒だった。かれこれ5年前に、冒険者としてパーティーを組み、一緒に旅をしていた。

 パーティメンバーの5人は、前衛の剣士2人、後衛の魔法使い2人、弓使い1人と、上手い具合にバランスが取れていた。

 徐々に冒険者ギルド内でも、ダンジョン攻略組としてその名を馳せてきていた。

 しかし、それだけではまだ甘い。


 より強力なダンジョンには、さすがに命を落としかけた事もある。

 そして5人とも20代を目前に控え、日々の鍛錬やスキルアップにも限界が見え始めた頃合いだった。

 赤毛のリーダーは、仲間を増やそうと提案してきた。

 

 5年もの間、幼馴染の仲間内でやってきたパーティーだったため、メンバーの間にも少し戸惑いがあった。だが、将来的なことも徐々に考え始める年頃の男女。賛成多数で仲間を増やすこととなった。


「俺はガキがいいと思うなぁ。のびしろがあって鍛えがいのある奴がいいと思ってる」


 とはリーダーの意向だ。

 それに対して隣の弓術を得意とする女が反論する。


「何言ってるの。誰が面倒見るのよ」

「ガキは連れまわせば勝手に成長する。即戦力にはならなくても、将来的には俺たちよりもずっと強くなるはずだぜ」

「そんなのんびりしていられないわよ。他のパーティはどんどん力つけてるんだから」

「はは、ま、それもそうか。よし、それじゃあ気を取り直して行ってくるか。リンジー、悪いが土産話でも期待しててくれ」


 そうしてリンジーを除く、4人のメンバーは拠点となる共同住宅から歩き去っていった。

 この共同住宅も、アジトとして先日購入したばかりだ。

 今後の仲間の増員を考えたら、帰る場所と活動拠点が必要だろう。

 なるべく広い家が良かったけれど、ある程度の広さと安さを考えたら、立地条件を捨てるしかなかった。

 というわけで片田舎にあるソルテールの一軒家を買った。


 5人の仲間が家を手に入れてから、落ち着いてきた頃合い。

 いつものように狩り遠征へ赴くことになった。

 でも買い始めて間もない家を、いきなり空け離しておくのもどうかということで、リンジーが留守番役に回った。

 そのうち、家にもメイドを雇わなければならないだろう。

 そういった今後の事を考えるだけでも、リンジーは浮き浮きしていた。



     …



 そうして数日、何事もなく長閑な日々を過ごしたリンジーだったが、本当に何もしなかったわけじゃない。

 仲間集めの序盤の活動をしていこうと思い立った。


 とりあえず、冒険者としての腕利きがいないかの情報収集から。

 情報集めには田舎は適さない、ということで少し遠出して商業の栄えるバーウィッチに行ってみることにした。


 賑わう街の雑踏には、期待を膨らませた。

 これだけ大勢の人がいれば、きっと仲間候補が見つかるかもしれない。冒険者ギルドに立ち寄ってみたり、広場で人間観察に徹してみたり、初日にしては充実していたと思う。


「おじさん、最近この辺りで腕利きの冒険者って見てないかな?」


 リンジーは冒険者ギルドに併設されたバーのマスターに声をかける。


「なに言ってんだよお嬢ちゃん。ここらへんは腕利きばかりだぜ。パーティーでも組みたいのかい?」

「まぁそんなところかな。協調性がある人がいいな」

「そうだなぁ。そういや最近も似たような事、聞いてきた奴がいたな。怪しい黒尽くめの吟遊詩人だったが」


 余所でも勧誘活動が盛んになっているんだ、とリンジーは気づいた。

 これは思っていた以上にのんびりやっていられないかもしれない。


 いろんな冒険者に声をかけたものの、今のバランスが取れた仲間に和気藹々とやっていけそうな人材はいなかった。


 冒険者ギルドから外へ出たとき、冷たい雨が降っていた。

 暖かくなってきたとはいえ、まだ春とは言えず肌寒かった。

 皮の外套を羽織って、雨避けにした。


 先ほどの雑踏が嘘のように、街を行きかう人々が少なくなっていた。

 少し近道をしようと思い、リンジーは路地裏の方へと回った。

 長い間、冒険者をしているからバーウィッチの入り組んだ道にも精通していた。


 そして路地裏に差し掛かったとき、雨に晒され続ける子どもが目に付いた。

 やせ細っていて、放っておいたら死んでしまうかもしれない。

 リンジーは心配になり、近寄って体に触れてみた。


 ―――かなり冷たい。


 リンジーは何を考えたわけではなかったが、とにかく助けなければ、と思った。

 まだ息はあるみたいだ。少年を抱き上げて、外套をかけてやり、急いで家に連れて帰ることにした。

 その体は想像以上に軽くなっていた。


 乞食やホームレスにしてはあまりにも若すぎる。

 まだ親元にいてもいいはずの年齢だろう。それがこんな状態で野ざらしにされている。

 リンジーは助けずにはいられなかった。



     …



 少年を家に連れて帰り、暖炉を灯せる書斎で少年の体を温めた。濡れた衣類のままでは体温も奪われるだろう。

 少年が来ていたボロボロの衣類を魔法で乾かしてあげた

 そして自身もびしょ濡れであることに気が付いた。適当な作業着に着替えてやり過ごした。


 それからスープを作り、ひたすら回復するのを待った。


 1時間程度で少年は目を覚ました。

 声をかけても意識が朦朧としているのか、うまく声を出せないでいるようだった。


「こ、こ……どこ?」

「ここ? ここは私の家」


 会話してリンジーは気づく。少年の命を助けたことによって責任が発生したことを。


「君を誘拐して連れてきたの」


 適当にごまかす。

 とにかく少年から事情を聴かなければどう対応していいか分からない。

 一方的に会話を続けることにした。しかし少年は心を開くことなく、黙秘を決め込んでいた。

 まだリーダー達が帰るまで時間がある。とにかく打ち解け合えるまではそっとしてあげようと思った。


 そうして3日が経ったところ、このままじゃ埒が明かないということで、一緒に外出することに決めた。

 多少辛い環境で育ったとはいえ、所詮は子ども。

 一緒にショッピングにでも連れ出して、これ欲しい、と言ったものを買ってあげれば心開いてくれるだろう。

 そんな安易に考えていた。


 ―――それにもしかしたら、パーティーメンバーとして仲間に引き込めるかもしれない。


 リーダーも子どもが良いと言っていた。

 将来を見越して鍛えがいのある子どもが良いと。

 リンジーはこの少年を連れ去ったことが正解だったのではないかと考え始めた。


 どうやら少年には名前がなく、孤児らしい。

 ビンゴだ、と思った。


 そこでリンジーは少年を「ジャック」と呼ぶことにした。

 そうと決まれば、さっそくジャックの事が今まで以上に気になり始めた。好きな事は何なのか、戦闘の特性はどうなのか、どんな能力を持っているのか。

 

(魔法が得意だといいな。魔術師の特性が高ければ、私の弟子にして冒険に連れ出せる。これからのジャックの成長も見届けられる)


 まさにリンジーは弟でもできたかのように浮かれていた。雑貨屋の店主から旧型の能力値測定用の"マナグラム"を購入して装着させて覗き込んだ。


「うそ!?」


 自分の期待に反する数値がたたき出された。

 生まれながらに魔力を持っていない人は確かに存在するが、まさか自分が助けた少年がそうだとは思いもよらなかった。

 しかも他、近接戦闘の面においても突出して秀でた能力もない。


 リンジーはそれを見て、落胆をしたわけではない。

 自分自身に反省した。


 非力な子どもに期待をかけてしまった。

 こちらの都合で勝手に思い上がり、健気な子どもにプレッシャーをかけ、そして能力値の低さを露呈させてしまった。

 そうなると、考えたのはやはりこの子の両親のことだった。もしかしたら心配しているのではないか。

 子どもの話では捨てられたと言っていたが、何か事情があってはぐれてしまい、ジャックも捨てられたと勘違いしているのではないか。


 もし本当にジャックが身寄りない孤児だとしたら、リンジー自身が責任を持って面倒を見て行こうと考えてはいた。

 しかし、こんな可愛らしい子どもの両親だ。どんな非情な人間であっても、子を生めば誰しもが、まず親であるはずだ。


「結局、家には帰らなくていいの?」

「帰っても家の中に入れさせてもらえないよ」


 ふとそんな言葉を投げかけた。もう一度詳しい事情を聴かなければならない。


「せめてバーウィッチに行けば―――――」

「俺はどうせ弱いし、一緒にいても迷惑をかけるだけだって! 分かってるよ!」


 急にジャックは怒りをあらわにした。

 しつこく聞き過ぎたからか、ジャックは自分の非力さを疎まれたと勘違いをしてしまったようだ。

 そう感じさせてしまったのはリンジーに非がある。


「え? いや、あの、そういう意味じゃなくて」

「俺だって、人に迷惑かけてまで生きたいなんて思わない!」

「あっ……! ジャック、待ってよ!」


 そのままジャックは駆け出してどんどん離れて行ってしまった。


 ――――やってしまった。


 一度は助けてしまった命、責任は重たい。

 これでどこかで野垂れ死んでいるジャックが発見されたら、後味も悪ければリンジーの責任だ。

 自分の非を認め、リンジーはジャックの後を追った。



     ○



 やってしまった。

 自分の言動に後悔する。

 行けども行けども、走り去るジャックには追い付かず、ついには見失ってしまった。

 ジャックは意外と足は速い。 


 それからしばらくは町の外れを闇雲に探していたけれど、拉致があかなかった。

 ジャックとは知り合って間もないから、どこへ向かったかも検討がつかない。

 次第に日が傾いて夕暮れ時になった。

 少し冷静になって町の広場まで戻ってきたところ、同じように人探しをしている女性を見かけた。

 家事の最中で家を飛び出してきたのか、エプロン姿で少し目立つ。


 事情を聴くに、その母親は子どもが学校から帰ってこないため心配になって町まで探しに来たのだという。

 おそらくジャックとは関係ないだろうとは思ったが、このタイミングが不安を募らせる……。


 その母親とも一緒に探し回ると、ある武器屋の主人が「見かけない子どもがメラーナダンジョンを探していた」という情報を掴んだ。

 メラーナダンジョンと言えば町の近くのメラーナ洞窟に形成されて出現したビギナー冒険者向けのダンジョンだ。

 でもビギナー向け、というのは昔のこと。

 かつては魔物化したコウモリしかいなかったが、現在はその奥地にガーゴイルが潜み、巣を作ってしまった、と聞いている。


 ガーゴイルは縄張り意識は高いが、縄張り外の事には無関心なため、町の住人も放置していたようだ。

 いつか訪れる冒険者がそのうち討伐してくれたらいいなという全く焦りのない依頼として、さびれた冒険者ギルドに申し訳程度にクエストとして依頼が出されていたのだ。


 武器屋の主人が言う子供の特徴は、ジャックと丸っきり同じだった。きっとジャックは報酬のために攻略しようと思いついたんだ。

 少し血の気が引く。

 ガーゴイルはあんなステータスの子どもが倒せる相手じゃない。


 そのジャックの無謀さ加減に、なんだか腹が立ってくる。

 もっと自分の命を大切にしてほしい。

 隣の母親の子どもが関係しているかどうかはわからないけれど、ひとまずメラーナダンジョンに急がねば。



     …



 何のためらいもなくダンジョンに単独潜入した。

 特に臆することはない。


 メラーナ洞窟は、まだ私がビギナーだったころに何度も入って、腕試しに使っていたところだ。

 構造が激しく変化する難易度の高いダンジョンとは違うから、ある程度、道のりも把握している。


 そして奥まで進んだところで、通路に突然、見慣れない石扉が現れた。

 他の冒険者が先に潜むガーゴイルとの防壁として使うため突貫工事で作ったものだろう。

 容赦なく石扉をこじ開け、その先の大広間の空間に到着する。


 そこは地獄絵図だった。

 入口近くでまだ幼い子どもが2人も無残な姿で倒れていた。

 どちらかは先ほどの母親の息子だろうか。

 後悔や苛立ちが混じりながらも、ジャックの姿も探す。


 広間の中央にジャックが突っ立ってる。

 それと対峙する形でガーゴイルが一体、息を荒げて対象を睨んでいた。

 対するジャックは戦おうという意志も見られず、無防備だった。

 いつ襲いかかるか分からない。

 

 すぐに全力で魔力を叩きつけるために、火属性特化のワンドを片手に持ち、詠唱を開始した。

 2人も若い命は失われてしまったけれど、まだジャックは生きている。

 助けなければ……!



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