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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第1幕 第5場 ―女神争奪戦―
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Episode42 vs黒い魔女Ⅱ


 ヴァージナル・アームズの炸裂音が聖堂兼用のコンサートホールに鳴り響く。

 破裂するのはヴァージナル・アームズから放たれる特大の魔力弾。そしてそれを放つ魔女の背後のパイプオルガンからも、続けて魔力弾が大量に降り注いできていた。


 俺はそれを、右腕の能力だけで弾き返した。

 会場はぐちゃぐちゃに破壊され尽くし、もう見る影もない。


 右腕だけじゃ間に合いそうにないほどの弾丸の嵐。

 俺の完成された体は半分だけだ。

 土石流のように注がれる魔法の嵐をなんとか躱しながら、右腕で殴り散らしながら、逃げ続けた。

 逃げ惑うたびに俺の足や脇腹がやられ、血がびしゃびしゃと飛び散った。


「ははっ! ほらほらほら、逃げてばかりじゃいつまでも続くよ!」


 壇上の魔女は不敵な笑いを浮かべながら叫んでいた。

 その綺麗な立居姿も、綺麗な声色も、もう狂気しか感じない。


「それにしてもつまらない……キミは弦楽器でも弾いていればスターになれたかもしれないのに。もったいなくて吐き気がするよ! だから消えてなくなれ! ―――Cocking!」


 繰り返される暴言の数々とそれと対称的に軽やかに舞うドレススカートの丈。以前親しんでいたメドナさんはもういないのだ。


「そうだ、そろそろステージを変えるとしようか。グレイス!」


 団長のグレイス・グレイソンがフルートを吹いた。甘いフルートの音色さえもこの場では俺の敵だ。

 それに呼応するようにギャリギャリとヴァージナル・アームズの鍵盤をメドナさんも弾きはじめた。


「私の真髄はここから。ジャックくんには最期、歌の素晴らしさを教えてあげる……! その道を捨てたことに後悔させてあげるよ!」

「なにをするつもりだ……」


 音色が一つの音楽を奏で始める。

 それは以前にも聞いたことがある曲調だ。



 ――――いつの日も、雪原は静かに心沁みる。


 ――――母に慕われ、人に慕われ、しかし彼女は忌むべき子。


 ――――母の愛は温かくも、されど大地の風は冷たく吹き荒ぶ。



 フリーデンヒェンの魔女。前夜祭でも聞いた歌だ。

 でも夢中になって音楽を奏で、歌声を響かせるメドナさんは隙だらけ。

 今がチャンスだ。


「…………ッ!」


 ライトスラスターで飛び上がり、一気にメドナさんへと迫る。スレッドフィストで殴り飛ばしてやる。

 狂った魔女の、その黒い影を。



 ――――"銀色の世界は私を祝福してくれるの?"


 ――――少女の疑問はいつしか膨らんだ。


 ――――少女が禁忌を知ったらば、光も闇へと沈んでしまう。



 歌声は続く。メドナさんはもう目の前。俺は振りかぶって全力でスレッドフィストを彼女の顔面へと向けて叩き込もうとした。

 その瞬間、その怪しい眼が赤く光った。



 ―――――少女の力は、世界をも干渉する……!



 殴った顔面は、ただの雪塊。ぶわっと、砕けた雪が舞いあがり、もともとメドナさんだったそれは雪の彫刻でしかなかった。


「なっ………!」


 周囲は雪原の世界。この光景は前夜祭のコンサートでも見かけたものだった。だがまだフルートとチェンバロの音色は続いていた。


「歌も魔法詠唱と変わらない。想いを込めれば、それは魔法へとかたちを変える」


 どこからかメドナさんの声が届いた。

 後ろに気配を感じて振り返った。そこにはこの銀白の世界には似つかわしくない黒い魔女の姿があった。

 ヴァージナル・アームズを両脇に抱えて、その姿はさっきと何も変わらない。

 それに比べて俺は……俺はただの子どもでしかない。

 ふと右腕を見るとスレッドフィストが無い。ただの子どもの右腕しかない。

 異様な赤黒い魔法の刻印もない。


「気づいたかな? ここは私の世界。キミはただの"名無し(ジャック)"くんだ」

「なんだこれは」

「これが私に与えられた奇跡の力。紡いだ物語で、無数の世界を作り出す―――"Tout Le Mon(三千世界)de"さ」


 メドナさんの力は楽器を武器に変える力でも、ヴァージナル・アームズという大砲そのものでもない。

 歌だ。

 歌の世界こそ彼女の力なんだ。


「まな板の上の鯉とはこの事だよ。後腐れがないようにそろそろお別れしようか」


 メドナさんはその大きな砲口で狙いを定めた。

 直撃したらやられてしまう。咄嗟に俺は雪結晶から氷の剣を生成しようとした。

 でもダメだった。

 降り積もった雪原からは何も出てこない。


 ズドンという大きな音とともに、白い世界に赤い大量の血飛沫がはじけとんだ。


「ぐっ………!」


 俺の左脇腹から左腕は、大きくふっ飛んだ。

 体の半分が消え、自重が軽くなる。


 間違いなく死んだ。

 呼吸ができないだけじゃない。頭もうまく働かない。ぐらぐらとして今にも闇に引き込まれそうだった。


「哀れだよ」

「ぶ………ぶはっ! ぐぁ……」


 その場で倒れて血反吐が出る。

 間に合わなかった……。

 視界がなくなっていって、暗闇が支配してきた。



「なっ――――なんで?!」


 でも思いのほか、その感覚はいつまでも続いていた。

 メドナさんから驚きの声も聞こえた。そんな余裕の無さそうな声を、初めて聞いたかもしれない。


「そんなのおかしい!」


 周辺の雪が俺の頭を冷やしてくれたのか、徐々に沸騰していた頭が冷静になっていく。

 かろうじて生き残っている視力を行使して辺りを見回した。

 俺のはじけ飛んだ血が、雪原を"溶かして"いた。


 溶かしているというより、血の赤と雪の白が不自然にぐちゃぐちゃに混ざり合って融け合っていた。

 解け合った場所から地面が露出し、さっきまで居たホールの床が一部露わになっている。


 "ヒトの魔力はその血に宿る"。

 女神ケアの言葉をまた思い出していた。

 俺の血は最強の消却剤……。


「その力は、私の世界まで侵そうっていうの?!」

「仕方ないわね。後始末は私に任せて」

「グレイス……! でも私は――」


 そうして朦朧とする意識の中、フルートの音が頭に鳴り響いた。

 倒れ伏す床には泥沼の闇が広がった。その黒い泥沼に嵌り込んでいくように、ずぶずぶと体が吸い込まれていく。


「この子、なかなか脅威ね」

「どこかに処分しておいて…………もう二度と見たくない」

「メドナが息を乱すなんて珍しいわ」

「………もうここもさよならだ。ダリへ転移するよ」

「はいはい」


 視界も黒い液体に満たされて、俺は完全に闇に溶け込んだ。



     ◆



「ジャック……」


 真っ黒い世界に声だけが響いた。それは慣れ親しんだ人の声だった。


「起きろ、ジャック……」


 黒い世界に、一つだけ白い影が浮かび上がる。

 その姿、その声。トリスタンだ!


「お前はまだ、行けるはずだ―――」


 どういうことだよ? 行けるってどこに?


「お前は……お前なら1人でも勝てるだろう」


 1人でも? トリスタンは?


「ここからは1人旅だ」


 そう言ってトリスタンは踵を返して奥の方へと歩いていく。これじゃ一生会えなくなるみたいだ。

 そんなの嫌だ。また修行つけてよ。


「甘えるな。剣士の道は日々の鍛錬。すべてがお前の力になるだろう」


 そんな……待ってよ!

 どこへ行くんだよ! 一緒にリベルタに戻ろうよ!


Liberta(自由)が欲しいなら、こんなところにいるんじゃない―――!」



     ◆



 トリスタンの影は消えてしまった。

 はっとなって口から吐き出した息が、ゴボゴボと泡になって頭上へと浮かび上がっていく。

 どうやら水の中にいるらしい。息ができない。

 腕の感触はしっかりとあった。左腕も無事。右腕もちゃんと俺のものだった。


 トリスタン……。

 トリスタンは死んでない。

 自由が欲しいなら、か。

 自由が欲しいなら戦い続けるしかないんだ。

 造られた平和は仮初めのもの。

 戦い続ける戦士こそが、真の自由と平和を勝ち取ることができる。

 それが答えだ。


 力を込めればスレッドフィストが唸りをあげて、暗い水の中に一筋の光を浮かび上がらせた。

 光の粒子を巻き散らせば巻き散らすほど、俺は浮力を得て、水上へと飛び出した。


 水面上へと飛び上がった。そのまま空へと急上昇。

 夜。下は海だった。陸地は近くに確認できた。

 街の明かりがその存在感を際立たせている。そこはダリ・アモールの街だった。

 ライトスラスターで空を飛びあがり、ダリ・アモールへと向かった。

 ずぶ濡れの体に風が掛かり、肌寒かった。



     …



 街の広場に到着した。

 いきなり現れた俺。

 ストライド家が新調してくれた鰐皮スーツもズタボロで、周囲の人も俺の姿を見てざわめいていた。


 やれ魔物が現れたとか、やれ暗殺者の亡霊だとか。

 やっぱりこの格好は戦士でも冒険者でもなく、暗殺者に見えるのか。


「なんで………殺したはずなのに――――!」


 その人混みの隙間に、忌々しいあの魔女の姿がちらりと見えた。

 魔女は逃げるようにサン・アモレナ大聖堂の方へと走っていく。

 偶然とは思えないタイミング。さっきまでシアンズにいた2人が、こうしてダリ・アモールの広場で目を合わせるというのは、偶然のいたずら?

 運命の女神が今度は逃すなと言っているんだろうか。

 大聖堂の扉に埋め込まれた女神のレリーフと目があった。


「今度は逃がさない……!」


 ライトスラスターを使って瞬時にサン・アモレナ大聖堂へと向かった。

 俺の高速移動に驚いたのか、周囲は余計に騒ぎとなって、警備の笛の音も俺の耳に届いた。


 サン・アモレナ大聖堂の大きな扉をぶん殴って破壊し、そこに飛び込んだ。

 広場からの騒ぎの音、声がやけに大きくこっちまで届く。


 大聖堂の中はシアンズと同じような造りになっている。正面に女神ケアの像があるが、違いとしてはその奥が大きな階段となっていて、二階部分へと直結していた。

 大聖堂というだけあってやたらと広く、荘厳な雰囲気が支配していた。


 その階段をかけあがると、すぐ教会部分になっていた。何列にも並ぶ椅子とともに、奥には教壇とパイプオルガンが存在している。両側の壁からバルコニーのようなものが外へ向かって突き出していた。


 そこに子どもたちが座っている。

 シアンズに初めて潜入したときと同じように、子どもたちは一心に祈りを捧げている。

 既にこっちの大聖堂に移動していたのか。


「キミの体は一体どうなっているの?」


 教壇に立つ黒いドレスの、鍔の広いフェザーハットを被った妖艶な魔女。

 その表情には余裕はなく、顔は引きつっていた。


「体の半分はなくなって、海の底にも沈めた……そんな状態で生きて戻ってくるなんて、もう人外と言われても無理はないよ」

「俺は、自由の戦士だ。メドナさんがこの子たちを解放するまで、戦い続ける」

「怖い亡霊だ……」


 メドナさんは教壇の横に置かれていたチェンバロを軽やかに弾きはじめた。


「キミのせいでもう何もかもおしまいだ。この子たちを救う方法はもうこれしかない」

「殺すのか?!」

「その表現も間違ってはいないかもね。生殺しってやつだよ」


 それだけは止めなければいけない。子どもたちは何もしらずに純真無垢に祈りを捧げていた。この中にはアイリーンのお兄さん、チャーリーンもいるはずだ。


「ふふ………やっぱりキミの鎮魂歌(レクイエム)にはこの曲が相応しいかな」


 その曲調は俺とメドナさんの思い出の曲だった。



 ――――あぁ、目覚ましくや、暴君の侵攻を嘆き姫


 ――――草木も枯れた大地を前に、なぜ我が神ヘイレルは救わぬかと。



 ハイランダーの業火の第一楽章。

 異国の戦士が乱戦を駆け抜けて勝利した伝説。それを謳い讃えたものだ。



 ――――屈して祈りを捧げ続け、ついぞ戦士や舞い降りる。


 ――――漆黒の衣纏いし豪傑。瞳の色や、まさに万物の理を見えん。



 歌が詠唱へと変わり、大聖堂は赤土がむき出しの荒野に変化した。

 朽ち果てた聖堂。朽ち果てた椅子。

 ボロボロの廃墟は屋根すらなく、夜だったはずなのに赤い太陽が聖堂を照らしていた。

 その聖堂で座って祈りを捧げていたはずの子どもたちは、無数の(むくろ)へと変わっていた。


「そんな……死んだのか!?」

「大丈夫。ここにいるのは私とジャックくんだけだよ」


 正面、朽ち果てた大聖堂の壁際にひっそりと立つメドナさんの姿があった。


「2人の思い出の曲に、邪魔者はいらないでしょう?」


 ふふふと怪しげな笑みを浮かべ、メドナさんは影に溶け込むように消えてしまった。



 ――――城や宴や、夜ふけて時。忍ぶればこそや姫の恋。


 ――――夜風が星屑から舞い降りて、乙女の髪を揺らして囃す。



 第二楽章が始まった。

 またしても天から声が届くように、メドナさんの歌声が聞こえてきた。

 景色は一気に夕焼けから夜へと移り変わり、月夜が朽ち果てた聖堂を照らしている。

 目まぐるしく移り変わる世界に、頭が混乱して気持ち悪くなっていく。


「どこにいるんだ?!」


 1人取り残されてしまった世界。日夜の凄まじい移り変わりは俺の頭をおかしくさせた。


「――――すぐ傍にいるよ」


 ぞわっとした。背後から急に声をかけられた。

 瞬発的に後ろにバックハンドブローを使うものの、右腕は空を切って、何の手ごたえも感じられなかった。

 見慣れた右腕はそこにはなく、ただの子どもの右腕しかない。

 また能力を封じられたようだ。


「ふふふ……今度こそは出られないよ。キミは永遠にここを彷徨い続けるんだ」


 どこからともなく声が響いてくる。気がおかしくなりそうだった。でもそんな俺に構わず歌は続いていく。憧れの歌は今となっては狂気の歌だ。

 その場から走って逃げ去り、どこかも分からない世界を必死に走り回った。

 でも歌はどこまでも俺を追いかけた。



     …



 どれくらい時間が経っただろうか。

 誰もいないこの世界で、俺一人とメドナさんの歌声だけが存在していた。世界は暗転明転を繰り返して、一巡してまたしても夕焼けに染まる荒野とそれを望む丘にいた。

 この丘は………どこかで見覚えがあった。



 ――――いつか帰る場所は血に染められた。


 ――――彼の戦士は駆け抜けた。その時代、その歴戦。


 ――――斯くして民は救われん。姫は待ち侘び、戦士を迎える。



 初めてダンジョンに連れてってもらった日だったか。ガラ遺跡内で寝泊まりしたとき、女神ケアに見せられた幻想もこんな世界だった。

 そういえばシアンズで磔にされていたケアはどこへ行ってしまったのか?

 俺はあいつに協力するどころか、助け出すことすら出来なかった。


「……俺の力不足か。俺の負けだ………みんな、ごめん……」


 敗北だ。もう出られようがない。

 自分の体を傷つけて無理やり血でも噴出させればあるいはこの世界を壊すこともできるかもしれない。

 でも自傷するほどの腕力も今はない。吐き気がする頭をどうにかしない限り、そんなことをする余裕もなかった。


「俺の……負け………」


「―――傑作ね。この丘で最大の勝利を納めた"あなた自身"が、同じ丘で敗北宣言をするなんて」


「え……?」


 目の前に光の塊が現れた。ぎゅるぎゅると回転して、俺の目の前を浮かんでいた。その光が弱まったかと思ったら、その光の中にケアが姿を現した。


「ケア?!」

「ハイランダーの業火。歴史的大戦は誰の功績だったのか、それが語り継がれなかったのは、彼が無名の戦士だったから」

「………なに……してるんだ」


 怒りがふつふつと込み上げてくる。暢気にふらふら登場するなら最初から登場しろよ。


「あなたはまだ甘っちょろいのよ。こうして私が出てこないと何もしないくらいに」

「俺は必死だった……でも、これじゃもう何もできない……」

「そうやってネガティブな事を言うん"じゃねえ"」


 ケアはアルフレッドの口調を真似していた。最近人の口調を真似するのが彼女の流行りなのか?


「いいから、さっさと力を解放しやがれ。テメェはこんなところでくたばるタマじゃねえよ」


 まるでアルフレッドから叱咤激励されているようにも感じられた。

 いや、目の前にいるのはアルフレッド自身。

 見慣れた赤毛が目の前で対峙していた。


「ど、どういうこと?!」

「ジャック、早く帰ってきて。赤ちゃん産んだら、またおいしいご飯作ってあげるから」


 その背後からリンジーも現れた。急な出来事に理解が追い付かない。


「ジャックくん、迷惑かけたけど僕はもう大丈夫」

「ドウェイン?!」

「私のグラディウス壊しちゃうなんて……まったく女泣かせね」

「リズも?!」


 慣れ親しんだ人たちの突然の出現。

 混乱する。


「頑張れよ、ジャック―――ほら」


 アルフレッドは俺に右手を差し出してきた。


「握手だ、握手」

「………?」


 俺は事態が呑み込めないまま、なんとなくその右手を掴んだ。

 俺の右手はただの子どものものに戻ってしまっている。アルフレッドの右手は力強く、温かく、頼もしさがあった。


「なんで……握手なんか……」

「お前は強ぇ。今まで弱音吐かずに俺たちについてきたじゃねえか」


 アルフレッドは俺の目を真っ直ぐ見て微笑んだ。


「今度はお前が先に行く番だ」

「え……?」

「あばよ」


 4人はその直後、光に包まれて消えてしまった。

 あばよ?


 刹那、右腕が疼きはじめ、それは痛みへと変わった。


「………あぁぁぁ! いっ………! あぁぁぁぁああ!!」


 右腕に激しい稲妻が走る。

 それと同時に右手首からメキメキと金具が、ボルトが、機械が生え始めた。

 そこから縫うように俺の右腕を赤黒いラインが駆けていく。

 どんどん体の右半身が異様に変質していった。


 頭に鳴り響くのは戦士の歌。



 ――――かつて世界を救いし者、孤高の大地で何を愁う。


 ――――幾度の戦火に抱かれよう、無数の剣戟に晒されよう、


 ――――彼の者の揺るぎなき眼差しは屍の山にてその意を貫く。


 その戦士は俺だった。

 どんな悲惨な運命も、乗り越えられる英雄に。

 俺は成りたかったんだ。



 力を込めるだけで右腕の開口部から撒き散らされる光の粒子。その粒子は赤い世界を打ち消した。

 穴を開けたかのように三千世界は壊れていく。


 俺は飛び上がった。

 ライトスラスターの射出力でこの赤い大地を駆け回る。

 駆け回れば駆け回るほど、世界はぐにゃぐにゃと壊れ始め、やがてサン・アモレナ大聖堂の教会が顔を覗かせた。

 その教壇に立つ黒い魔女は、驚愕の顔でこちらを見ていた。


「………また………また破られた……」


 俺はその目の前に着地した。


「はぁ……はぁ……」

「くっ――――」


 黒い魔女はまたしても目の前の楽器をヴァージナル・アームズへと変え、俺に狙いを定めた。


「その意地汚さ……気味の悪さを通り越して爽快だ……」


 魔女は俺を睨んでいる。虫けらでも見るかのように。

 戦いがなくなれば、みんな平和に生きられるかもしれない……。

 でも、そんな何の理想も憧れもない世界じゃ、誰だってつまらない。


「戦士の亡霊が! いい加減、この世から消えろ!」 


 魔女が吠えた。それと同時にぎゃりぎゃりと弾けるチェンバロの音色。不協和音とともに繰り出される特大の魔力弾の連撃。

 崩壊した大聖堂の瓦礫から剣を作り出し、それで斬り伏せた。


 剣は一振りするだけで砕けた。

 でもその都度、何度も剣を生成して斬り伏せた。


「新しい世界にキミは邪魔なんだっ!」

「偽りの平和なんて誰も望んじゃいないんだよ!」


 ――――バクッ……バクッ……バクッ……!


 心臓が早く鼓動させる。でもこれじゃ足りない。

 もっと早く、早く、動かないと!


 俺の速攻の剣戟をメドナさんは両腕に抱えるアームズでガードした。

 その振りは早いが、でも限界があった。

 大砲はブスブスと変な煙を上げ始め、今にもクズ鉄になりそうだった。青黒い稲妻もバチバチと弾け飛び、暴発してしまいそうなほどだった。


「私のVirgin(散弾銃)が破壊されそうだ……! ……これが戦い……!」

「終わらせる! 一刻も早く!」


 どんどん黒い魔女を壁際へと追いやって、いよいよ突出したバルコニーへと追い詰めた。魔女がちらりと下層を確認した。


「ふ……ふふ……ふふふふ……! はははははっ! もう思想なんてどうでもいいっ! キミと戦っていると昔を思い出すよ! 殺し合いってのはどうやっても楽しいもんだね」


 黒い魔女はヴァージナル・アームズに魔力を込めて、唸らせた。俺もそれに全力で応える。女神ケアが、リベルタの仲間たちが、俺を応援してくれた。

 中途半端に終わらせるわけにはいかないんだ!


「私はこんな戦いを求めていた! ジャックくん、全力で来なよ!」

「言われなくても――――!」


 ヴァージナル・アームズとスレッドフィストが、両者の間で強烈なチャージ音を鳴り響かせる。


「その右手! いい音色だよ! 私が見込んだだけのことはある」

「くらえぇぇええ!!」

「Fire―――!」


 もはや何も考えることはない。

 ただ、正面から叩きつぶす!


 飛び出す高濃度の魔力弾。それに全力の拳を叩き込んだ。どんな魔力だって霧散させる、最大の反魔力の力。

 激突とともに弾け飛び、拮抗しあうエネルギーが膨れ上がって、俺、黒い魔女、大聖堂すべてを包み込む。

 地面へと吹き飛ばされた。

 俺はすぐ起き上がって周囲を確認した。

 光が眩しくてどこにいるのかよく分からない。



 その光の中、黒い魔女が揺らめいていた。ドレスはぼろぼろに破れて白い髪だけが綺麗に靡いていた。

 魔女が、ふらふらと斧を振りかざした。


「………ほら、とどめ……だ」


 彼女もダメージが大きかったようで、動作がとても鈍い。

 俺が受け流すにはあまりにも容易かった。

 その直後のことは、思いも寄らなかった。


 トドメとは、彼女自身への言葉だった。

 彼女は俺の剣を素手で鷲掴み、自身の鳩尾へとそれをあてがって剣を突き立てた。

 柔らかい肌に、ぐさりと刺さっていく俺の剣。

 メドナさんは自ら死を選んだ。

 自害した……。

 なぜ―――。


 彼女はどさりと仰向けで倒れた。流れるような白い髪、白い肌が、傷ついてもなお妖艶な雰囲気は漂わせていた。

 空を仰ぎ見ながら、喉はひゅーひゅーと変な音を立てていた。


 俺は、刺してしまったんだ。

 心を癒してくれた女性を。


「な、なんでっ! メドナさん――!」

「その手を………」


 俺は彼女の伸ばす手を握りしめた。

 掠れた声。もうあの綺麗な歌声を聞くことは2度とできないだろう。


「キミの………将来が見れなくて残念だ………」


 メドナさんは苦しそうにしている。俺はどうしていいか分からない。

 いろんな感情が入り乱れて何も言葉にできなかった。


「なんでこんなことをっ!」

「綺麗に、見えたから……」

「え……?」

「……私を殺したという事実は、一つの呪いだ………綺麗なキミの手を染めた、初めての女になれたかな……」


 メドナさんの手を握りしめる俺の両手は血でべとべとになっていた。

 その手は初めて人を殺したという感触が残っている。


「あとは穢れた戦士の姿を、あの世で見届けるよ……」


 俺には理解できない。 


「お願いだ。グレイスを、見逃してあげて……人は1人でも生きていける………でもその時、2人なら………」


 いつかメドナさんから聞いた言葉。ソルテールの長閑な広場で悩んでいた俺にアドバイスをくれたときの記憶が蘇る。人は1人では生きていけないというわりには、傍にいる人たちはすぐ移ろいでいく。

 俺だってそうだった。

 家族。友達。仲間。

 出会っては別れ、ときには死別して。

 だったらなぜ、人は誰かと寄り添って生きていくのか。


 ―――その時1人でも、その時2人でも、今の気持ちを大切に。


 そのときメドナさんは熱心にファイフという小さな笛を吹いていた。誰かの事を思い出しながら。それは自身を救ってくれた団長のグレイスの事だったのだろうか。


「お母さん………ごめん、子どもたちを……救えなくて………」


 メドナさんはそういうとゆっくりと目を閉じ、息をすることを止めた。

 元から白かった肌が、急激に青白くなり、一つの命が消えたことを告げていた。


「あ………」


 その瞬間、メドナさんと過ごした日々を思い出した。

 彼女にとっては些細な子どもの面倒だったのかもしれないけれど、俺にとっては貴重なとても温かい日々。

 陽気な日々の中、楽器を教えてもらって、歌を聞かせてもらって。

 もうその日々は失われてしまった。

 もう取り返せないんだ。


「あぁ……あ、あぁ………あぁあああ!!!!」


 もうなんだか訳が分からなかった。

 訳が分からないまま泣き続けた。

 人1人の死はあまりにもあっけなく、そして俺にとっては重すぎた。


 ―――――キィ………ィィィン!


「あぁぁあああ、あ……?」


 メドナさんの亡骸に突き刺さった一本の剣が、赤黒い光を帯び始めた。今までになかった反応にびっくりする。

 まるでメドナさんの魔力を吸い上げる樹木墓標のようだった。

 その剣が、大きく振動し始めたかと思ったら、急激に俺の目の前で魔力を爆発させた。


 視界は再び光に包まれ、爆発の衝撃を正面から喰らって、体が吹き飛んだ。

 これは聖女と呼ばれた人を殺した罰だろうか。

 俺は吹っ飛ぶ意識の中でも、その罪の意識が頭から離れなかった。


 ――――バシャァ……!


 意識がなくなる寸前、俺は海の中に体ごと放り投げられた。

 このまま海の藻屑になってもいいかもしれない。

 打ち付ける波が、俺の罪を洗いながしてはくれないだろうかと淡い期待を抱いて。




(第1幕「戦士と女神」 完)


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