Episode41 vs黒い魔女Ⅰ
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日が暮れてしまった。
灯る松明が戦場を照らしていた。
リズのおかげで何とか勝てたが、今回ばかりは強敵だった。
ジョバンバッティスタとかいう槍遣いのおっさん。ハラワタを串刺ししてやったからか、もう絶命しているようだ。仰向けに大の字でぶっ倒れている。
「さて、まだ引けるカードはあるのか?」
俺も息は絶え絶えだったが、クレウス・マグリールとかいう隊長に声をかけた。
もう勝負は決まってるだろう。
「………完敗だ。聖堂騎士団すら打ち勝つ実力、お見事だ」
クレウスもドウェインとの戦いでかなりボコボコにされたようで、口から血反吐たらしてやがる。
「俺たちゃ力合わせりゃ最強よ」
1対1では敵わなくても……リベルタが力を合わせれば何だって自由に変えちまえる。
そんな仲間を求めて俺はここまで来たんだ。
「まぁ、1人相手に卑怯だったかもしれねえがな」
「そんなことはあるまい。人の生き死にに、傲慢も無様も、あるいは卑怯も関係ないという事だ」
「ははっ、そうか………ん?!」
後ろを振り返る。
さっきまで大の字でぶっ倒れていたおっさんが、むくりと体を起こして立ち上がり始めた。
びちゃびちゃと腹から大量に血を流しているのに平然としている。
「な、なんだテメェ、死んだんじゃねえのか?!」
「我は聖堂騎士団第六位階ジョバンバッティスタ・ヴィンチェンツォーニ。死は疾うに克服した」
「な、ん……だと……」
背筋がひやりとした。
「まだやるってのかよ?」
「もう我の契約は破綻した。1人通してしまったのだからな。戦う理由はあるまい」
それを聞いてほっと肩を撫でおろした。
まさかまだやろうっていうんなら今度こそは文字通りこっちの骨が折れるだろう。
「して、そなたの名は何という?」
「さっき名乗っただろ?」
「倒されるだろう男の名はいちいち覚えんのでな。だが討ち取られた者の名は一生刻む。それが聖堂騎士団の騎士道よ」
騎士道とはなんだというところだが、まぁいい。
「俺はアルフレッド。シュヴァリエ・ド・リベルタのリーダーだ」
「自由の騎士アルフレッドか。うむ、その名を刻もう」
それはありがたいが、特に名誉でもないな。それにこっちは覚えてやれそうにない。
「それより、おっさんの槍―――――」
その武器の秘密を聞こうとした途端の事だった。
大地が大きく揺れ始めた。震源はシアンズ自体のようだった。
「なんだ?!」
「魔女が暴れておるのだろう。災いを蒙る前に我は退却する」
「おい、まて! 何が起こってんだ?!」
「我にも分からぬ。アレの力は規格外の神通力だからな」
神通力……神の力ってことか。
ジャックはどうなってんだ?!
「それではな、アルフレッド。今度は一騎打ちで決闘してみたいものよ」
そう言うと金髪の槍遣いのおっさん、ジョバンバッティスタは登場のときと同じように、雷光が空から落ちてきたかと思ったらその光に吸い込まれるように消えてしまった。
突然現れては突然消えていく。
聖堂騎士団の一人ということだが、結局正体不明だった。
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メドナさんは平然と立ち尽くしていた。リュートを弾きはじめ、いつもの調子で音楽を奏で始めた。
……これは幻惑。俺に対するフェイントだ。
「これはキミへ捧げるレクイエムだ。戦士として完成されてしまったジャックくんはここで」
メドナさんはゆっくりと喋りかけてきた。
それに合わせて彼女の周囲を黒々とした魔力のオーブが纏い始めた。
「死んでしまえ――――」
そのオーブが瞬間的に大きく拡大したかと思ったら、周囲に置かれっぱなしになっていた楽器が反応し始めた。楽器の数々が浮かび上がり、メドナさんの周囲を漂い始めた。
「私のConcertoへようこそ……」
不協和音が鳴り響く。
ヴィオラが、マンドリンが、チェンバロが、不均一な音を奏で始めた。
その音色は俺の耳を支配して、それ以外に何も聞こえない。たまらず耳を押さえつけた。次第に痛みに変わり始めて、耳から血が吹き出る。
「キミは音楽が好きなんだろう?」
ライトスラスターを起動させて楽器の破壊に向かった。女神の力はどんな力をも無効にする。
光の帯は不協和音を打ち消していくようだった。
瞬時に飛び上がり、光の軌道を作りながら彼女のコンサートホール内を翔け抜ける!
楽器の破壊は容易かった。まずはヴィオラへ肉薄してグラディウスを振り回す。
無防備な楽器はすぐにバラバラになり、その音色を止めた。
「へぇ……デバフが効かないんだ。耐性が強いのかな?」
そのまま壇上へと登り詰めた。黒い魔女はもう目の前。グラディウスを彼女の首へと一閃、振るう。
「甘いね。まだ私との思い出を引きずってくれてるの?」
彼女はニヤリと笑うと、抱えたリュートを片手で持ち上げて、逆手で俺の刀剣と相まみえた。
何度もグラディウスを振り回したが、簡単に弾き返された。
「キミの振りには私の首を跳ねようという決意が見られない!」
その次の瞬間、彼女のリュートは禍々しい斧へと変わった。固有変換スキル。武器状のものは何でも武器に変えてしまうスキルだ。
メドナさんはその斧を静かに、しかし速攻で振り回す。
首を狙われて、俯いてそれを回避する。
次に足を斬りつけられ、ジャンプすることでそれを回避する。
さらには縦に一閃。俺の胴を真っ二つにしようと容赦のない一撃が迫る。それもライトスラスターの勢いで体を空中で回転させて回避した。
なんとか回避することはできる。
でもメドナさんが言うように、俺にはまだ決意が甘かった。
「じゃあ、これならどうかな?」
またしても斧はリュートへと形を変えた。それを弾きこなし、また魔女は音楽を奏でた。その音色は背後の巨大なパイプオルガンに伝わり、その様相を異形に変え始めた。
パイプはひしゃげ始め、筒の先端がこちらへと向かう。
無数の大砲を向けられたかのようだった。
「Load……Cocking!」
メドナさんの声に合わせてパイプが蠕動した。
オルガンの中に何か篭められた。まるで蛇がネズミを呑みこんだときのように、うねうねと動いては物体がパイプの奥へと飲まれていく。
「Fire!」
そしてその直後、無数のパイプオルガンの先端から魔力弾のようなものが放たれた。その速射は凄まじい轟音とともに俺に向かってくる。
「……ッ!!」
2発、3発と避けられても、次から次へと放たれる弾丸に
対処しきれず、ついには俺の体に直撃した。
吹き飛ばされた体。悲鳴を上げる体。ステージから弾き飛ばされて、観客席へと吹っ飛んだ。
「ははっ……いいよっ、いい響き! セーフティ! Rock'n-Roll!」
メドナさんは調子に乗ってきたようだ。俺の方も、弾丸の直撃が血飛沫を飛散させたおかげで、徐々に体が温まってきた。
この反応はいつもの事。血みどろの戦いをしてこそ俺の能力が一部開花するんだ。
「Fire!」
またしてもパイプオルガンから無数の弾丸が送り出された。
それと同時にライトスラスター展開。魔力のエネルギー弾をグラディウスで応戦した。弾を叩き斬るトレーニングならリベルタ時代に散々してきたことだった。
でも………。
「そんな武器じゃ無駄だよ!」
「くそ……!」
それも脆くも崩れ去る。リズベスから貰ったグラディウスはエネルギー弾一つ叩き斬ると同時に壊れ、はじけ飛んだ。
迎撃ができなくなっても次から次へとパイプから大きな魔力弾が射出される。
剣はダメになってしまったのなら殴るしかない。
スレッドフィストで、無数の魔力弾を殴り散らした。
魔力で出来た弾丸と反魔力を纏った拳の弾丸がそれぞれ拮抗し合って、いくつも破裂した。
全て拳でぶっ叩いて破裂させた後、ホール内に一瞬の静寂が走った。
「そうか、その力………それが女神ケアの力か」
メドナさんはようやく攻撃の手を止めた。息も切らすことなく、立ち尽くしている。その光景はやはりどこか人間離れしている。幽霊のように、虚ろな存在に思えた。
そこでメドナさんはゆっくりと語り始めた。
「キミは昔の私とよく似ている」
それは彼女自身の昔話。
「私はね、昔、北東の国で聖女として生まれたんだ。その国に古くから伝わるお告げの通り、私の歌には人々を癒す力があったんだよ」
その瞳は過去の栄光を語る人のものじゃなかった。まるで懺悔をしているかのように、悔いるような視線を俺へと向けていた。
「その力は本来、人々を幸せに導くはずだった。
でもその力は心は癒せても、使えば使うほど体の方はボロボロになっていくんだ。
国王は私の力を利用して、ある国を侵略しようとした。
私は拒絶したけれど、家族を人質にとられてね……」
「そんな………」
「私は利用されるしかなかったんだ………歌の力で、たくさんの人たちを殺したんだ」
似ている……似ているだろうか?
俺の力はとても暴力的なものだ。メドナさんのように癒しの力ではない。力に対抗するための力。魔力に対する反魔力だ。
「何も知らない少女には過ぎた力だったよ。私は使い方を間違えた」
過ぎた力か。その意味では、俺のこの力も子どもには過ぎた力なのかもしれない。与えられた力は違えど、使い方を見誤れば侵略の兵器となる。
その意味では同じ、ということか。
「――――そう、殺したんだよ。他国の人たちをたくさんね。本来人々を幸せにするはずだった力で」
「………」
「私はね、気づいたらそれが楽しくて楽しくて仕方なかったんだ。人を癒すより、人を殺めた方が楽しいって気づいちゃったんだ」
メドナさんはいつのまにか笑っていた。その悪魔のような笑みは、聖女と呼ばれていた人のものじゃない。
「気づけば私は魔女と呼ばれていた。敵国からも、自国の兵士からもね。
滑稽だろ? 聖女として祝福されて生まれてきた私の本質が、実は単なる殺し好きの魔女だったんだから!」
その姿は魔女と呼ばれるに相応しく、壇上では酷く似合っていた。
「ふ、ふふふ………それが私。でも戦いには敗れて、それは酷いことをされたもんだよ」
どちらの方が悲惨だろうか?
祝福されて生まれた子と、祝福されずに生まれた子、どちらも戦いに身を置いたとき、どちらの方が。
「でもね、そんな私を救ってくれたのがグレイスだよ。彼女は私にチャンスを与えてくれたんだ。もう一度存在意義を立て直すチャンスをね」
メドナさんはグレイスの方を少しだけ見やった。グレイスもアリサも、ただ俺とメドナさんの一騎打ちを見守っていた。
彼女たちがこの楽園を創設した理由。争いのない世界にこだわる理由。
それはそれぞれが抱えた過去に対する罪滅ぼし?
「戦いは何も生まない。誰かが誰かを喰い、喰った側がまたいつかは喰われる。そんな連鎖の繰り返し――」
それはわかった。もう十分わかったよ。
「だからジャックくん、キミの連鎖はここで断ち切ってあげるよ。私のような可哀想な思いはさせない」
「そう、か……」
もう何も言えることはない。俺のこの短い人生の中では測り知れないほど辛いことを経験してきたこの人に、俺はもう何も言えることはない。
だけど、だからって戦いを放棄していい理由にはならない。
俺は女神ケアにこの力を与えられた。
その目的は今までよく分かっていなかった。でも、この人を見て、ちょっと理解できた気がする。
神の奇跡の果てに生み出されてしまった人たちの後始末。
そんな掃除屋がこれから必要なんだ。
「俺は、戦士になります。戦いが何も生まないなんて、そんなものは嘘だ」
「は……可哀想に。相当毒されてしまったようだね」
メドナさんはまたしてもリュートを構えた。
俺はその隙を見逃さなかった。その弦に向けて、壊れた座席の破片から作った即席のナイフを投擲する。
勢いよく放たれたナイフはリュートの弦を斬るには十分だった。
「…………」
壊れたリュートを、メドナさんはただ呆然と眺めていた。
残念だ、と言わんばかりに。憐れんだ目を向けていた。
「キミも愛でていたリュートだったけど……ようやく本気になったようだね」
メドナさんはリュートを乱暴に放り投げ、両腕を左右に広げて大きな声を上げた。
「それなら、次はもう殺し合いになるよ!」
さっき俺が叩き壊して朽ち果てたチェンバロが、メドナさんの正面に手繰り寄せられた。
その鍵盤を弾くように両手をついてメドナさんが魔力を込めた。
その瞬間、チェンバロは人1人分の大きさの大砲へと姿を変えた。それを軽々と両腕で抱えるメドナさん。
ガチャリと物騒な音を立てるその凶器を、俺へと向けた。
握りしめた両手の部分が鍵盤になっていて、メドナさんが指で弾く度に様々な音が出た。
「初めて見るかな? Virginal・Arms……体が簡単にはじけ飛ぶから覚悟してね」
「なんだろうが、魔法なら打ち消してやる……!」
俺は拳闘術にモードを切り替えた。魔力弾なら殴り散らした方が手っ取り早い。
戦いの連鎖。
切ろうとすればするほど強くなる、天邪鬼な鎖だ。




