Episode39 総力戦Ⅰ
最悪を告げたドウェインの様子は明らかにおかしかった。
「リベルタ……自由の戦士たちが担う……"英雄の初陣"が……」
割れてしまった魔道具の指環を見て、ああでもないこうでもないと論争をする俺とアルフレッドに脇目も振らず、ぶつぶつと呟いていた。
「トリスタン……は死んだ……みんなで行かないと……」
「さっきからお前は何なんだ?! 変なこと口走ってんじゃねえ!」
山間の岩陰に隠れているとはいえ、敵に聞こえたらまずいので小声のトーンでアルフレッドはドウェインを叱りつけていた。
しかしそれが合図になったように、ドウェインは突然に楽園シアンズの方へと一心不乱に駆け出した。
「………ぁぁああああああああ!!!」
その有り様は、狂戦士のそれだった。後ろ姿からでも伝わる必死さ。
腕を乱雑に振り回し、シアンズの正門に向かって走っていく。
めちゃくちゃな動きが、まるで操られた人形のようにも見える。
「お、おい……っざけんじゃねえぞ!」
アルフレッドがあまりの混乱ぶりにドウェインを止めに駆け出した。
俺もそのあとに続く。
「あ、あの、我々はどうすれば……?」
トリスタンとともに先に出発して待機していたストライド家の使用人たちも困惑している。
「と、とにかく付いてきてください!」
俺が判断していいものかどうか迷ったものの、待機していてと言うわけにもいかなかった。
最悪このまま戦いに直行する可能性もある。
それにドウェインもあんな調子で飛び出していったら敵兵に見つかることは間違いない。
ドウェインを連れてきたのは失敗だったかもしれない……。
「ドウェイン待ってよ! 正面からいっても門が閉まってるからっ!」
そう言うとドウェインは走りながら両手を前に突き出して、叫んだ。
「ウィンドブラストッ!」
突如、ドウェインの両手から凄まじい突風が吐き出され、硬く閉ざされていた門が破壊された。
それほど門自体が脆弱にも見えなかったから突風の威力が桁違いだったみたいだ。
「ドウェ………ッ! あぁ、くそッ」
アルフレッドも思わず顔を手で抑えた。
「ジャック、いけるか?」
「もう迷ってられない!」
「だよなぁ………おっしゃあ、強行突破だ!」
アルフレッドも意を決してドウェインに続いた。
…
門をくぐった先のシアンズ入口前の広場。
ドウェインは足を止めて、敵前に立ち尽くしていた。
門の中には見渡した限り、30弱のダリ・アモール近衛隊が待ち構えていた。
「敵さんもお出迎えかよ!」
「俺たちが来ることを分かっていたのかな?」
「ちっ―――」
アルフレッドが舌打ちを交えた。
「……ふー……ふー……」
目の前でドウェインが肩で息をしながら敵兵たちを睨みつけているようだった。後ろからはその目を確認することはできないが、動揺している敵兵たちを見る限り、相当狂った目をしてるようだ。
そこにアルフレッドが近寄ってドウェインの肩に手を置いた。
「ドウェイン、もう言うことはねえ! テメェの魔術、期待してんぜ」
ドウェインからは特に返事はない。
「悪いことは言わねえ! 俺たちを通せ!」
アルフレッドは堂々と言い放った。
「断る! 団長はここを死守せよとのご命令だ」
答えたのはクレウス・マグリール。他の兵士たちとこうして比べるとその鎧が少し違う。装飾が少し華美で、やっぱりリーダーのようだ。
「団長ってのはそのグレイス・グレイソンとかいう女か?」
「答える必要はない!」
「…………まぁいい。俺たちはここのガキどもを連れ戻しにきたんだ。ここに匿ってんのはお見通しだぜ?」
「あの子らは望んでここにいる!」
グレウス・マグリールは堂々としていた。ジャクリーンだった俺に接してきた甘い態度とはかけ離れた態度。
「テメェらが魔法で洗脳してんだろうがっ! その子らの親だって迷惑してんだ! 問答無用で返してもらう」
「ふむ、面白い。たった5人で何ができるというのだ」
俺とアルフレッド、ドウェインとストライド家の従士2人。
確かに30対5だったら明らかに劣勢だろう。
「バカか! 近衛隊だかなんだか知らねえが、俺たちを舐めてもらっちゃ困るぜ」
「そちらこそ我々を舐めないで頂きたい」
兵士たちが各々の槍や剣を握りしめた。
アルフレッドもそれに呼応するように背中の大剣ボルカニック・ボルガに手を添えた。
俺もリズベスからもらったグラディウスを腰から抜き去った。
「んじゃまぁ、派手に焼き上げてやるぜ!」
アルフレッドの大剣に炎がぶわりと纏わりついた。
戦いの火蓋が切って落とされた。
「っしゃぁ、いっくぜぇええ!!」
アルフレッドは炎の蛇のようだ。剣を一振りすれば焔が舞い上がり、敵兵を威嚇しては叩き斬っていった。
アルフレッドが狙うのは親玉のクレウス・マグリール。だがクレウスも隊長というだけあって一筋縄ではいかない。彼の武器は長竿の槍だったが、それを器用に振り回してアルフレッドのボルカニック・ボルガに対抗した。
さらにそこに他の隊員が襲いかかり、アルフレッド一人では手いっぱいのようだ。
「Kampf……Anfung………Ich schieße einen Windstoß」
ドウェインは聞き覚えのない言語で詠唱を開始した。
本当になにかに操られてるみたいに見える。
だが戦いに関してはキレのある動きだった。拳闘術と魔法を繰り広げて、5,6人の兵を一人で相手にしている。
風の魔法で敵兵を吹き飛ばしたかと思ったら、器用に1人だけは電撃魔法でその場に拘束し、掌底で顎を砕いたり、敵の鎧の隙間を突いて関節を潰したり。
あと従士2人は兵士たちと五分五分の戦いを続けている。
「……この子も敵なんだよな……?」
「情報によるとこないだ潜入した子どもらしいが……」
気づけば俺の周囲にも3人ほど兵士たちがいて、いつのまにか取り囲まれていた。
それもそうだ。
俺は実況解説要員じゃない。
戦力の一つだ。
「斬りつけていいのか?」
「いいだろう。敵なんだから」
子どもで得するのはこういうときくらいだ。
相手を油断させられる。
「おじさんたち、隙だらけだよ……!」
「なに?」
スレッドフィストが唸りを上げ、光の粒子が飛び散る。
「なっ―――」
戸惑いの声を上げたのは真ん中の兵士だった。その右隣りの兵士の鎧が俺の右腕によって粉砕され、血反吐を吐き散らした。
グラディウスを持ち替えてすぐさま真ん中の兵士、左の兵士へと斬りかかる。
トリスタンとの打ち合いに比べたら、兵隊の剣技は止まって見えた。
敵の脚を切って、腕を切って、腹を切って………。
人の肉を斬りつける感触は、機械の腕が紛らわせてくれたような気がした。
…
スレッドフィストで身軽に飛び回れるのはとても便利だった。
飛翔できるからアクロバティックな戦い方も可能。
高いところから戦況を見渡したが、あっという間に残りの敵兵は3人程度になっていた。
「くっ……リベルタの実力がまさかここまでとは」
「おっさんもなかなかやるけどな、部下の鍛え方が足りねえよ」
「私はおっさんではない!」
アルフレッドは平然としていた。さすが歴戦の冒険者というだけある。街一つの衛兵では太刀打ちできないんだ。
「さて、観念するなら命だけは取らねえ。だが前に進ませてもらうぜ」
「なにを言っている。私たちはまだ諦めたわけではないぞ」
「なんだ、殉職か? 華は自分で飾るもんじゃねえぜ」
クレウスは槍を持ち直し、懐から何かを取り出した。
「ふ……我々にはまだ策はある」
それは単なる笛だった。ピィーっという甲高い音が楽園シアンズ中に鳴り響いだ。
「まだ犠牲者増やそうってのか?」
「舐めてもらっちゃ困ると言っただろう。私の役割は"足止め"だよ」
刹那のことだった。
アルフレッドとクレウスの間に轟音とともに一本の槍が舞い降りた。それが激しい音を立てて地面に突き刺さる。
眩しい雷光を纏って、ちゃんと目視できない。
その雷光が大人しくなったかと思うと、その槍とともに一人の男が威風堂々と立っていた。
「メルペック聖堂騎士団第六位階ジョバンバッティスタ・ヴィンチェンツォーニ、召喚に応じ参上した」
名前がよく聞き取れなかった。
「ジョバンバッティスタ様、申し訳ありませぬ。我々ではどうにも……」
「ふむ。この惨状、そこの赤毛の仕業か」
どこからともなく現れたジョバンバッティスタと名乗る人物。長い金髪をしなびかせ、髭を綺麗に切りそろえていた。身分の高そうな人だ。
しかも聖堂騎士団と言っていた?
やっぱり聖堂騎士団の関与があったのか。
「今度は手応えのありそうな奴が出てきやがったじゃねえか」
アルフレッドも強敵を前にしてちょっとワクワクしているようだ。しかしよくよく見ると汗を一筋垂らしていた。その表情に余裕はない。
「俺の名前はアルフレッド。元シュヴァリエ・ド・リベルタのリーダーだ!」
「ほう? 自由の騎士団の団長とな。異国の騎士団には知り合いは多いが聞いたことがない」
「あったりめえよ。俺はただの冒険者だからな」
アルフレッドはボルカニック・ボルガを肩にかけ、余裕っぷりを見せつけていた。
だが顔の表情はひきつっている。
「冒険者風情が粋がるな」
「テメェも聖堂騎士団だかなんだかしらねえが、悪道に手を染めちゃぁいけねえよ」
「はて、何の話かな」
両者、微動だにせずに睨み合っていた。相手の力量を目測しているのだろうか。
「何はともあれ、面倒事は恫喝で鎮めるのが手っ取り早い。お前だけでなく他の者たちも一緒でいい。一度に相手にしてやろう」
「へぇ……舐め腐った事抜かしやがってよ。俺はそういう傲慢な奴が野垂れ死んでくのを何度も見てきたぜ」
「構わん。生きるか死ぬかに傲慢も無様も関係ないのだ」
「気取りやがって……」
アルフレッドは悪態をついて地に唾を吐きつけた。
「ジャック、ドウェイン、こいつは俺一人でいい! お前らは先に進め!」
どんな強敵だろうとリベルタに叶う敵はいない。アルフレッドがそう言うからには従う。本来の目的は戦いじゃないんだ。子どもたちと女神の奪還。そして今はトリスタンの安否の確認だ。
「いずれも通すわけにはいかん。契約とはお前たち荒くれが想像するよりも堅く、絶対遵守のものなのだ」
ジョバンナントカの槍から鋭い雷光が放たれ、俺たちの視界を覆い尽くした。




