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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第1幕 第4場 ―楽園潜入―
40/322

◆ オルドリッジⅡ

 ―約20年前のお話―



「はぁ……」


 俺ことイザイア・オルドリッジは、ダリ・アモールの中央広場の噴水前にしゃがみ込んで溜息をついていた。

 何故だかな。この街は初めてのはずなのに、ペテン師とトラブったり、近衛兵に追われたり、はたまたおっさんの女装癖を目撃してしまったような記憶がある。

 この既視感というやつには最近頻繁に襲われる。


 今回は研究室同期のリンダ・メイリーに誘われ、まったく関係ないゼミのフィールド調査に付き添いで来ていた。

 調査対象はガラ遺跡。

 この街では伝統的な牛肉料理が有名だが、かつてここの文明人の間では牛は祝祭典で食べる貴重な代物だったらしい。

 というのも、信仰する神の最高位が牛の神だとか。


 うだるような暑さ。強烈に差し込む日差し。ここが水の都でなければ、俺の魔法で街ごと水没させてやるレベルで暑い。かろうじて中央広場の噴水が涼しさを提供してくれている。


 なぜ俺がこんなところにいるかというと、リンダとその友達のミーシャの買い物に付き添っていた結果、はぐれてしまったからである。

 夏場のシーズンは観光客が多すぎて、迷子も多い。

 俺は迷子だった。

 3人の間で、事前に離れ離れになったらここに集合と決めていた。


「あ、いたいた! イザイアくーん」


 駆け寄る二人の影。両手には何やら買い込んだと思われる手さげ袋をぶら下げていた。

 リンダとミーシャだ。

 つまり俺とはぐれたまま、お構いなしで買い物を続けていたという事か。


 2人とも暑いというだけあって露出高めの動きやすそうなカジュアルルックだった。おみ足が曝け出されて輝いていた。足フェチじゃない男でも、あの健康そうな太ももには釘付けになるだろう。

 けしからんな。

 ちなみに俺は太ももが大好きだがな。


「お待たせ~」

「……なぁ、リンダ。俺が付き添いで来た意味はないんじゃないか?」

「え、そんなことないよ」

「だってもう終わったんだろ?」


 俺は二人の手荷物と太ももをちらりと見た。


「いや、ここから宿までけっこう距離があるんだから」

「………」

「ん、どうしたの?」

「俺は荷物係ってことかよっ」


 不満を述べる。その様子を見て、リンダも首を振って言い訳し始めた。


「違う違う。都会は物騒だからさ。か弱い女の子2人で買い物なんて変なのに目つけられても困るじゃん」

「か弱いとか自分で言うなよ」


 しかもそんな事を気にしてるならその格好はなんだというのか。


「まぁまぁ。ほら、男ならレディの荷物を持ってあげて」

「結局、荷物役じゃないか」


 見ると、リンダよりもミーシャの方がいろいろと荷物が多かった。リンダも俺も研究調査には関係ないが、ミーシャはその一貫で来ているため準備物も多いのかもしれない。


 ミーシャは物静かな子だ。リンダの紹介によると西方の公爵令嬢らしいが、そんなオーラを一切感じない。いつも俺に対してはオドオドしている。

 ダリへ来る途中の馬車内でも、俺が声をかけてもあたふたしていて反応がおかしかった。俺は決断力にかける女というのはそんなに好きじゃないが、ミーシャに関しては別だ。

 かわいいから許す。


「ミーシャ、俺が持つよ」

「………い、いいよ。イザイアくん疲れた顔しているし、なんか悪いから」

「疲れた顔じゃなくて老けた顔でしょ?」


 リンダが横やりを入れる。


「うるせえな」

「時間魔法の研究ついでに若返り魔法の研究でもすれば?」

 

 リンダはこんな調子で俺に茶々を入れてくる。しかしここで俺が怒り散らしても、俺が器の小さい男だと勘違いされてしまう。


「若返りもいつかは完成予定だ」

「え?! ほんとう?!」

「嘘に決まってんだろ」


 リンダが俺の冗談に悔しそうに腕を振るわせていた。

 ふっふっふ、ざまぁみろ。



     …



 翌朝、民俗学の研究チーム5人に加えて、リンダと俺の7人でガラ遺跡に向かって出発した。

 ここのプロフェッサー、ガウェイン・アルバーティ先生は民俗学・人類学の専門家であるというのに、魔法学の知識、実践術にも長けている。各属性の魔法のランクも、相当の熟練者であるとか。ぜひマナグラムを見せてもらいたいものだ。

 だが人のマナグラムの測定値を聞くのは一般的にマナー違反とされている。身長と体重もそうだけど、誰しも自分の魔力量とか、むやみに公開したくはないしな。


「イザイアくん」

「……はい?」


 アルバーティ先生に声をかけられた。


「君の各属性のランクを教えてくれ。得意魔法を知っておきたい」


 いきなりこの先生マナー違反なこと聞いてきたよ。まぁこれから危険地帯に入るうえで、戦力を把握しておきたいんだろう。


「……炎と氷と雷はS、他2つはAですけど」

「ふむ、さすがオルドリッジ家の本家筋だな。つまり一通りの魔術はマスターしているということだな?」

「ええ、上級魔術だったら」

「魔力操作は?」

「Sです」


 アルバーティ先生は目を見開いて驚愕の声を浮かべた。Sランク1つ持っているだけで優秀とも言われているから、それも当然の反応なのだろうけど。


「素晴らしい。そんな君が大学で落ちこぼれ扱いなのは変な話だ」

「やっている事がまだ未開拓の分野ですからね。成功すればS、失敗すればG-。そんな研究です」

「そもそも時間にテコ入れを加える魔法なんて、発想自体が素晴らしいと私は思うがね」

「ありがとうございます」


 先生はそれ以上、聞いてこなかった。俺1人で1小隊分くらいの戦力はあると安心したようだ。



     …



 ガラ遺跡に到着。

 朽ち果てた遺跡の数々は、独特の涼しさが漂っていた。ゴーストでも湧いているかもしれない。


「なんか怖いところだね……」

「そう? イザイアくんがいるから大丈夫でしょ」


 ミーシャは怯えていた。それに対してリンダは勝手なことを呟いていた。

 ゴースト系の魔物は聖属性の上級魔術"インテンス・レイ"で一掃できる。インテンス・レイは術者の周囲から無数の光線を放ち、霊源に対して誘走する攻撃魔法だ。自動追尾システム付きの便利な魔術。

 中級のゲオ・ルミナンスも範囲魔法だが、そっちは地面に聖属性の円陣を展開させてその円陣内の魔物を攻撃するものであるため、上級魔術の方が利便性は高い。


「祭壇周囲の遺跡には様々な刻印が刻まれているらしい。今日はそこを調べて各自スケッチだ」

「はーい」


 ミーシャや他3人の学生はスケッチブックを取り出して祭壇近くの建造物へと歩いていった。リンダも何故かスケッチブックを取り出している。


「なんでリンダもそんなもの持ってるんだよ」

「なんか記念に描いておこうかと思って」


 興味だけで何でもやってしまうのがリンダ。彼女の原動力は、ここ何か月かの仲でしかない俺ごときでは理解ができない。


 俺はあくまで護衛役のため、ふらふら遺跡の周辺だけを見て回っていた。そんな中、祭壇の台座そのものをスケッチしているミーシャが目に入った。美人が真剣に絵を描いている姿は、それ自体なかなか絵になる。

 祭壇を凝視しながらすらすらと動くそのしなやかな手。

 ミーシャは指が細く、とても綺麗な手をしていた。

 これはちょっかい出さずにはいられない。


「ミーシャ、祭壇にはなんて書かれてるんだ?」

「あっ、イザイアくん?! えと、その……」

「良かったらスケッチ見せてくれ」

「……えー、恥ずかしいよ」


 美女がもじもじしている姿はなかなかに興奮した。


「よいではないか、よいではないか」

「絶対に無理ー!」


 今日は決してイチャつきに来たわけではないが、どうも昔から弱い者を見ると弄りたくなる性格なんだよな。


「こら! ミーシャをいじめないでよ」


 そこにリンダが邪魔しにきた。ちっ、俺とミーシャの2人きりの時間を邪魔しやがって。


「別にいじめてたわけじゃない。どんなスケッチをしているのかと覗きにきただけだ」

「ミーシャが嫌がってたじゃん。ねぇ?」

「わ、私は平気だよ」


 スケッチブックを抱えながら顔を真っ赤にして上目遣いに覗いてくるミーシャ。艶々の髪から覗かせるくりっとした瞳。狙っているんじゃないか、とも思えるほどかわいかった。


「まったく、イザイアくんがエロいおっさんにしか見えなくなってきたよ」

「待て、俺はまだ24だぞ。おっさんとは失礼だな」

「振る舞いがおっさんだよ!」


 リンダは最近暴言が多い。それだけ仲良くなったと思えば納得するが、そんなに老けた顔しているのか俺は……。

 ショックだ。


「ところでミーシャは、なんで祭壇を?」

「……えと、この祭壇にはね、魔族文字が書かれているの」


 リンダは俺の落ち込みなんてどうでもいいようで、ミーシャに会話を振った。 


「魔族の文字?」

「不思議なんだよ。他の場所には魔族文字なんて一つもないのに、この祭壇にだけ」


 周囲の遺跡には無く、この祭壇にだけ魔族文字?


「へ~、何か意味があるんだろうな。なんて書いてあるんだ?」

「翻訳できるところだけ読むけど、えーっと"臓物……捧げる……摂理………万物と地平線……?"」

「なんだって?」

「ごめんなさい。単語しか分からなくて」


 ミーシャは申し訳なさそうな顔で俺を見た。


「いや、いいんだけど変な言葉が羅列してるな」

「………"三番……息子"」


 ミーシャが続きを訳そうとした瞬間だった。

 大地が大きく振動し始めた。


「……なに?!」


 俺は即座に身構えて、魔力をすぐ放出できるように右手に魔力を込める。


 ――――キィィィィィィィン。


 しかし俺の魔法に応えるように、祭壇は光を帯び始めた。相変わらず忙しない音は祭壇の下から響いてくる。


「おい、どうした?! なにがあった?!」


 アルバーティ先生も急いで駆け寄ってきた。


「先生、それが――――」


 言いかけた途端、視界がぐらついた。

 足場が一瞬にして無くなった。地盤が崩壊して穴が発生したのか?

 俺はその現実味のない光景に、穴へと落ちながらも心ではなぜか疑問を巡らせる余裕があった。


「きゃあああああ!」


 そして俺とリンダ、ミーシャの3人が祭壇の脇の穴から地下深くへと落ちていった。



     ○



「あっ、つー……痛いなぁ……」


 落ちながらも、俺は下降の方へ炎魔法で小爆発を起こさせ、その風圧で3人の落下速度を弱めて対処した。

 かなり深くまで落ちていた。体は強打しながらも、なんとか底に怪我なく到達できた。

 俺は暗闇の中で、魔法で火を灯した。近くにミーシャもリンダもいる。


「すまん。もうちょっと上手くやれば痛くなかったかもしれん」

「ううん、イザイアくん、ありがとう……」


 ミーシャが俺に礼を伝えてきた。俺は魔法の松明で周囲を照らし出した。


「……なんだこれ?」


 目の前には巨大な壁画があった。驚くほど綺麗な平面だ。少し離れて遠くから確認したところ、先ほど見かけた魔族文字のようなものが大きな文字で壁画に刻まれている。

 そして変な樹形図を示すように、幾何学模様が描かれていた。


「地下深くにこんな壁画が?」


 火の出力を強めて、明かりの範囲を拡大させる。徐々に壁画の範囲が明らかになり、俺たちがいる場所がどれだけ異質な場所なのかが明るみになった。

 周囲は赤黒い光を放つ魔石が岩肌から突き出ていた。普通、魔石ってのは緑から青色の波長で、虹のようなスペクトルで輝いているものだ。変な魔力の源はあそこから放たれているようだ。

 そしてさらに上を見上げると、その先には巨人のミイラが壁に磔になっていた。

 磔というか、もはや腰から下はめり込んでいる。


「ガラ遺跡ってのは地下にも広がってるものなのか?」

「……今までの調査ではこんなもの発見されてなかったよ……」


 ―――ゴト………。


 狭い空間に物音が響き渡った。

 物音は後ろからだ。俺は驚いて振り返って、空中に浮かぶ灯りをそちらの方へ向けた。

 そこには何もいなかったが、明らかに人工的に作られた石造りの棺があった。人が1人入れそうなほどの大きさの棺だ。


「…………」


 3人とも緊張感のあまりに何の声もでなかった。俺は護衛として付いてきた。この2人の命に責任がある。確かめようと、ゆっくり近寄って棺の石蓋を空けてみた。

 そこには骸骨が納められていたが、ヒトの骸骨にしてはちょっと歪な骨格だ。


 頭蓋骨は普通のヒトのものだが、右腕の前腕部分が歪んでいて、ボロボロの"機械"のようなものが骨と融合してしまっている。ガラの古代文明にこんな機械めいた物を作る技術があったのか?


 さらには両足ももはやヒトのものではなかった。両足の大腿骨から脛骨に至るまで右腕のようにごちゃごちゃした歯車が組み重なって、無理やり脚を作り上げたようになっていた。

 だが左腕部分、あと肋骨や脊椎は普通の人間のようだった。


「骸骨だ。誰かが埋葬されている」

「えぇ……何なのここ?」


 リンダもさすがに怯えきっていた。よくよく見ると、骸骨の傍らにボロボロの紙切れが折りたたまれて納められていた。


「なんか書物のようなものもあるぞ」

「ねえ、イザイアくん……もう戻ったほうがいいんじゃない? ちょっとここ怖いよ」

「待て。紙になにか書かれているかもしれない」


 その折りたたまれた紙に触れようとした瞬間だった。


 ――――ふわ……。


 紙が虹色の光を帯びて浮かび上がり始めた。


「………!」


 そして今までぼろぼろだった紙が、虹色の光によって綺麗に折り目もなくなり、そしてシュルシュルと巻き上がって巻物のようになった。

 ただの紙きれだと思っていたが、高価な羊皮紙で作られたようである。その書物は巻き終わると、光を失って俺の手元へすとんと落ちてきた。

 俺はそれをさっと掴んだ。


「今の反応……何かの魔道具か?」

「おかしいよ! 絶対ここ危ないところだよ!」


 リンダが驚きの声を上げて俺の様子を遠巻きから見守っていた。


「"これ"は持って帰ろう。アルバーティ先生も気になるはずだ」

「やめようよ、ここって神様が祭られてたんでしょ? 祟りか何かが……」

「リンダ、私もその巻物興味ある」

「ええ、ミーシャまで」


 俺は上着の内ポケットに巻物を仕舞い込んだ。とりあえず面白そうなアイテムはゲットできた。

 この遺骨については後日、さらに調査隊を送り込んでもらってからの方がいいだろう。なにぶん、まずはここから脱出しないといけないし。



 "―――あなたは、境界……歩くものですか?―――"



 急に耳に声が届いた。


「む……」

「どうしたのイザイアくん?」



 "―――時の……事象の……膨大な魔力……――――"



「なんか聞こえるな」

「……えぇ、やめてよ」


 俺はその声に耳を傾けた。



 "―――わたしは、根源から派生した魔の起源そのものです―――"



 頭に響き渡る声はゆっくりと語り始めた。



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