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◆ その後


 それから十年の歳月が流れた。


 或る魔術師の宿願と女神の陰謀、そしてそれに立ち向かい続けた、名前も素性も分からない一人の男の戦いは人知れず幕を閉じ、関わった者の記憶も消し去られた。

 かろうじて残る、記憶の残滓も風化しつつある。


 誰も知らない戦い。

 誰も知らない英雄。

 誰も知らない、名前のない戦士。 



 だが、それらは確かに存在した。

 人々の記憶から風化してしまったとしても、世界の何処かに痕跡は遺されている。


 それは特定の場所で。

 例えば、遺跡、教会、迷宮、王家。


 あるいは特定の物として。

 例えば、聖典、魔剣、指輪、歌。


 あるいは誰かの生き様に。

 例えば、冒険者、暗殺者、魔術師、騎士。

 


 一見ばらばらにも思えるこれらの存在には一本の線で繋がった不思議な縁があり、その線を辿れば、『名も無き英雄』に辿り着く。

 それが理想を全力で追いかけた一人の少年のことだとは誰も知るまい。



 少年はただ一つの理想を追い求め――、


「また、ここに……」


 外套の男が赤茶けた荒野を眺めている。

 左手には斬鉄の得物。

 生身の右手はなく、機械を手をしている。

 荒野には無数の鎧。無数の剣戟。

 無数の屍があった。

 男は息を吸い込んで深く吐き出し、宣言した。


「はぁ………俺の勝ちだ」


 ――そして辿り着いたのだ。この場所に。


 少年はこの景色を探していた。

 何も残らない、血生臭い戦場。

 孤高の戦場。

 幾度の戦火に抱かれても、無数の剣戟に晒されても……それでも抗い続けた者だけがその目に焼き付けることが出来る、哀れな戦士の理想郷。


 屍の山に風が吹きつける。



 帰ろう……。


 俺は戦士だ。戦士になった。

 信念を貫いて、鉄の心で理想に辿り着いた。

 それは十年の歳月が過ぎても変わらない。


 本名、ロスト・オルドリッジ。28歳。

 通称ジェイク、または、ジャック。

 いずれも名無しの愛称だ。

 

 今回の戦場はラウダ大陸北部の獣人族・巨人族・赤魔族の三種族同盟の勢力だった。

 エリンドロワ北方十字軍の逆転(・・)勝利。

 これで多少は異人も大人しくなるだろうか。



     …



 エリンドロワ王国に侵略の意志はない。

 これはあくまで自国の防衛だ。


 乗り心地の悪い馬車に揺られ、揺られ、しばらくすると北レナンサイル山脈北部のもと、十字軍の駐屯地に辿り着いた。

 ちょうどテントの幌が見えたとき、馬に跨って慌てて飛び出そうとする騎士と鉢合わせになった。


「き、貴君は……所属を!」

「北方十字軍第三大隊、遊撃小隊"ソルテール"」

「そうか。遊撃隊ならどうして此処にいる」


 切羽詰まったように尋ねられる。

 遊撃隊なら援軍に向かえ、と言いたげだ。


「敵が全滅したので帰還しました。我が軍の指揮系統も滅茶苦茶で、帰還は進言してません」

「ぜ、全滅……おかしいな。伝令からは自軍の方が全滅の危機に瀕してると聞いたのだが……」


 それで自ら制圧に向かおうとしたのか。

 悪いことしたかもしれない。

 武勲を上げるチャンスを奪ってしまった。

 まぁ、この男に今更、武勲は必要ないか。

 なんたってこの馬に跨る彼こそが、現エリンドロワ王国の騎士王らしいからだ。

 王が勲章を求める訳がない。与える側だ。


 もう四十路を過ぎるというのに大変だ。

 お互い、力を持つ者は苦労する。


「待ってくれ。敵は"全滅した"と言ったか」

「はい」

「貴君が全滅させた(・・・)のではなく?」

「……」

「……」


 目が合う。蒼い瞳は相変わらず優しげだ。

 あどけなさは歳を重ねても変わらないらしい。

 ――俺の顔に、覚えがあるようだ。


「滅相もないです、我らが騎士王。一介の兵士がたった一人で大隊相手に勝てるわけありません。それも人間ならまだしも巨人や獣人なんて、腕力一つとっても敵うはずが……。自分が合流した後、不思議なことに敵軍は全滅していたんです」

「そうか」


 騎士王は馬を下りた。

 もう出撃の必要はないと判断したのだろう。


「……でも、この世には"万夫不当の英雄"が存在する。古代に一騎当千を果たしたとされる戦士の逸話もあるくらいだ。貴君も知ってるだろう」


 頭の方も強化されているのか、冴えている。

 お惚け学生だった頃のお前が懐かしい。

 これ以上はボロが出そうだ。退散しよう。


「その手の話は五万とあります。事ここにあらせられる騎士王様以外、単なる逸話に過ぎません」

「いや確かに、存在するはずなんだ……」

「失礼します」


 今だ。と隙を見て立ち去った。

 時間魔法に頼るか悩んだが、この男の身体感覚は普通の人間のそれを遥かに凌駕している。時間を止まって俺が動いただけの僅かな世界のズレも感知される危険性がある。


「あ、そういえば貴君の名…………いない」


 駐屯地の影に素早く隠れた。

 うまく逃げおおせたようだ。

 そのまま軍人の中に紛れて遠くへ向かう。


 俺は名前の無い、一介の戦士だ。

 何処かに所属する、誰かの駒の一つ。

 それが気楽であり、英雄なんて偉大な称号は似合わないし、その名に相応しい誰かが他にいる。

 だから頑張れよ。騎士王ランスロット。



     ○



 何日か掛け、普通の移動手段で、普通の交通費を払って、普通な顔して家に帰った。

 数日前まで、エリンドロワの全域が注目していた異人戦争の戦禍の渦中にいて、最後の勝利を飾った戦士とは誰も思いもしないだろう。


 それがいい。

 俺の望みは名誉でも名声でも何でもない。

 あの荒野が見れたら満足だ。



 王都中央通りの商業区。

 王都内でもっとも商人が犇めき、客の呼び込みの小競り合いで活気づく通りを歩いた。


 いらっしゃい、いらっしゃい。

 うちの魔道具は最新式でおすすめだよ。


 そんな客引きの声に寄せられて顔を覗かせた。


「よう、兄ちゃん。うちの魔道具を見てってよ」

「えーと……」

「勇ましい兄ちゃんだね。魔法武器かい?」

「いや、変わった家具を探している」


 シアから頼まれていたのだ。

 戦争に向かうと言った返事が「いってらっしゃいませ。帰りにある物を買ってきてほしいのですが」というその辺に散歩へいく人を見送るような扱いで送り出された。

 もう慣れたものだが――。


「家具なら最新式のものがたくさんあるよ」

「何種類くらいある?」

「そりゃあもう数えきれないくらいだ。最近の流行りは映写機かな。魔力粒子をフィルムに焼き付けて回転させ――」

「悪いけど、他あたる」

「兄ちゃん。待ってくれ! 何を探し――」


 あの手の商人は典型的なアホ商人だ。

 とは昔、冒険者のリーダーに教えられた。

 売りたいものの意図が見え透いていて、こっちの要望も聞いちゃくれない。カモにされる。



 その後、何軒か見て回り、目的の品を買った。

 なんでこんなものが必要なのか分からない。



 王都西区へ帰ってきた。そこに新居がある。


 西区を選んだ理由は、魔法文明の発展が盛んな王都では、南区や東区を中心に目新しいオブジェクトも増え、人も増え、俺たち一家が目立つからだ。

 何年か住んでいるのに、まったく老けない一家がいたら気味が悪いだろう。


 また、西区は自然との調和や教会の景観を大事にしようとしていて、それはエスス女王陛下の意向でもあるので人の流入が激しくなることはない。


 あと西区は教会の大聖堂もある。

 リピカとも交流を続けるつもりだし、何かにつけて蓑隠れするのに教会の後ろ盾は助かる。



 家に辿り着いた。

 教会手前に流れる川から少し離れた森の中。

 意外と立地が良くて便利だし、夏場の虫に目を瞑れば、風も涼しくて、静かで、お隣さんとの騒動もないから気に入っている。


「お帰りなさいませ」

「ただいま。ほら、買ってきたぞ」


 ガシャリとそれを居間のテーブルに置いた。

 シアは目だけでそれを追い、


「なんでこんなもの必要なんでしょう?」


 と惚けたことを言った。

 投げ出された魔道具が悲壮感を漂わせている。


「俺が聞きてーよっ! シアが頼んだんだろ」

「あー、元を辿ればエトナさんです」

「エトナの方か。あ、もしかして、あいつ……」

「庭にいるので聞いてみたらどうですか」


 それだけ言うとシアは奥へ引っ込んだ。

 その先は台所だ。

 様子を覗くと大量の飯を作っている。

 数人じゃ食べきれない量の飯である。


 後を付いて台所に入り、声をかけた。


「それ、どうかしたのか?」

「あら、聞いてないんですか。今日"皆さん"遊びに来るそうです。夜はパーティーですよ」

「ええええ」


 俺たち家族にとっての"皆さん"とは言わずもがな、賢者たちのことである。



 賢者五人には何年か掛けて一人ずつ会った。


 ジェイクって男を覚えているかと尋ねると、律儀に覚えていたのはシルフィード様とアンダインくらいだった。さすがに千年も時間が流れると、どんな人物か忘れていたらしい。

 アザレア大戦で共闘した奴だと伝えると全員思い出したものの、俺の容姿にはぱっと来ず、俺がジェイクだと伝えると皆、仰天した。

 あれだけ死地を駆け巡ったのに薄情なものだ。

 まぁ、それだけ存在が希薄なんだろう。

 無銘の男にはありがちな話だから慣れた。


「料理、手伝おうか?」

「大丈夫ですよ。それよりエトナさんに」

「ああ」


 シアがテーブルの魔道具に一瞥くれた。

 そこを片付けろという意味にも感じられる。



     …



 魔道具を持って裏庭に出る。

 リアがいた。裏庭の花壇の手入れをするついでに"弟たち"の面倒を見ている。

 これが何の花、これが某の花という感じで。

 講義の真っ最中のようだ。


「三歳児と二歳児に伝わるのか」

「帰ってたのですね。これは英才教育ですよ」

「うーむ……」


 まぁ、自然に触れさせるのは良いことだ。


 リアは姉にしては歳が離れ過ぎだが、母親代わりになってくれるのはシアもエトナも助かっている。

 俺も助かっている。



 三年前、子宝に恵まれた。

 長男はシアの子で、次男はエトナの子。

 異母兄弟というわけである。

 名前はロアとアイク。

 ロストのロと、ジェイクのイクから取った。


 家庭事情はご覧の通りで、重婚。


 メルペック教皇の許で誓いを交わしたのだから、神の許しは貰っている。世間体的にどうかというのはあるが、そもそも俺たちにとって世間体は在って無いようなものだった。

 どっちにしろ、俺もシアもエトナも身寄りがない為、肩寄せ合って三人暮らす以外に道もなく、さらにはお互い好き同士なら、こうなることは必然だったかもしれない。



 ちなみに子どもをもう増やすつもりはない。


 不死が増えたら生態系的にマズい気がする。

 後に『不死魔族』と呼ばれる存在の伝説がここから始まったら後味が悪いし……。 

 一応、"守護者"としてその辺は気を配る。

 リアもそれを理由に結婚も、子を持つこともしないと宣言する始末だ。

 理由にしているだけにも聞こえるが。


「あら、ジェイク。帰ってきてたの」

「ああ。ただいま」


 エトナが庭の奥から戻ってきた。


「それ買ってきてくれたのね。準備するから運んでほしいんだけど」

「なぁ、これってもしかして」

「いいから運んでちょうだい」

「はい」


 俺はエトナに言われるがままに、魔道具を庭に設置していった。どれも稀少な『反重力魔法』が付与された魔道具で、けっこう値が張る。

 それは、宙に浮かぶ踏み台とか。

 他にも、宙に浮かぶ燭台とか。

 あとは、宙に浮かぶ譜面スタンドとか。


 シュヴァルツシルト財団の発明だろう。

 買い手の用途はともかく、何故これを開発しようと思ったのかは謎である。彼らの財団のトップは、とにかく何でも浮かせてみたいという理念で物を作っているらしい。

 ユースティン……。無茶しやがって。


 これをてっきりシアに依頼されたと思って不思議だったが、エトナの依頼と分かった瞬間、用途はすぐ察した。



 設置が終わり、少し離れたところから眺める。

 周囲の木々と溶け込んで、いい感じの古風なステージの完成だ。


「これ……演奏会か」

「そう。ジェイクも好きでしょ?」


 エトナは相変わらず俺の過去を夢で見ている。

 その中で垣間見た幼少期の思い出を、俺の記憶の底から堀り出してくれるのだ。


「今日は賢者パーティーをやるらしいな」

「そう。だからその余興を、私が腕を振るってやるつもり。ジェイクも手伝って」

「楽器を弾けって?」

「そう! ほら、来て」


 エトナは自らも弦楽器を取り、俺にも別の弦楽器を渡した。けっこう楽器を買い込んでるらしい。


 俺はそのステージに立ち、椅子に座った。

 エトナはステージの真ん中に立って、マイクスタンドの前に立った。

 庭の奥、花壇の方からリアと二人の息子が手を叩いて、わーっと声援を送ってくれた。


「じゃあ、練習(セッション)しましょうか」

「俺に弾ける曲は限られてるぞ」

「じゃあまずは弾けるものからでいいわ」


 となると、必然的にあれか。




 俺は楽器を握り、弦を弾いた。

 その曲は懐かしくも心に染み渡る曲だ。



 戦士の理想を謳った詩。

 古代の『名も無き英雄』を綴った詩。


 きっとこれを聞いた誰かは、ふと思い出す。



 あの日々に、あの荒野で、

 戦場を駆け抜けた彼の、その姿を。

 その背中を。



 少年はただ一つの理想を追い求め――



「どうかしら?」

「ああ、最高だ」



 ――そして辿り着いたのだ。

 この至高の場所に。





【全編 完】


ご愛読、誠にありがとうございました。

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