Epilogue 古より愛を込めてⅡ
――ちょっと待った。
「ん? ……あれ?」
何の気なしに振り返る。
気づけば、そこは暗黒空間だった。
全面、黒、黒、黒……。
立ってるのか、浮いてるのかもわからない。
俺は確かにその暗黒空間の中にいる。
おかしいな。
さっきまでメルヒェン姉妹に別れを告げ、リゾーマタ・ボルガを通過して、万華鏡のトンネルくぐって、その先にメルペック教会大聖堂の内部が見えたような気がしたのだが――。
それに此処は、初めてじゃない。
きっと三回目だ。
いや、夢を含めたら、もっと来てるか。
「君の肉体が素粒子から再構築される前に、刹那の刻を切り取って、魂だけここに招いたのさ」
ふと声が何処かしらから響いた。
純白の髪に赤い瞳の魔女が、闇から現れた。
「久しぶりですね、メドナさん」
直前に別れのキスをした相手と酷似していて、かつての俺だったら思わず赤面していただろう。
だが、そこはそれ、俺も立派な成人男子。
紳士に冷静に、思い出の殺人相手にご挨拶だ。
「やぁ……えーっと、ジャックくん」
メドナさんも俺の呼び名に困っていた。
「そんな昔の名前に拘らなくていいですよ」
「いやいや、私にとって君はジャックくんだ」
「まぁ……名前なんて何でもいいですけど」
「それに、久しぶりとは酷い言いようだなぁ」
「ええ? 俺は例のアザレア大戦の時代で長いこと過ごしていたので久しぶりに感じてますけど」
「知ってるさ。私も観てたからね」
なんだと……。観られていたのか。
エトナとイチャつく様子も?
同じ姿をした女の子に愛の告白をしたのも?
まぁ、最初はあなたと重ねてましたさ。
でも最終的にはそういうつもりもなく、エトナ・メルヒェンという一人の女の子に惚れたのだから気にしないでほしい。
うむ、本当にそうだ。
って気にしているのは俺の方か。
「ふふ、わかってるから大丈夫だよ」
「はぁ……」
メドナさんはいつだって俺の上をいく。
今回は軽くあしらわれることで敗北だ。
「私も何回か紛れていたかもしれないよ?」
「え、紛れていた?」
「エトナのふりして君に近づいていたかもね」
「嘘ですよね!?」
「はははは。嘘だから安心して」
肝を冷やした。
メドナさんは相変わらず冗談がきつい。
「会ったのは君が一度、魂が離れたときかな」
「ああ、あのとき……」
エンペドの奇襲を受けて魂を移植される前か。
そういえば、地べたを這いずる光景と、目前で手を差し伸べる魔女の姿を見た。
あの応援があってこその、あの修羅場。
またメドナさんに発破をかけられたのだ。
「あのときは……ありがとうございました」
「いや、アレが本来の私の仕事だ。冥府の門番を任されているからね。彷徨える子羊たちを導くなんて聖女らしいだろう?」
「はい。その、メドナさんのご先祖もまるで聖女みたいで、疲弊した心がすっかり癒されました」
もちろんエトナのことである。
メドナさんは眉間に皺を寄せた。
――先祖? と顰め面をして、それから、嗚呼とぼんやり呟いてから妖艶に嗤ってみせた。
その怪しげな雰囲気に少し不安になる。
「そういえば、なんで俺を呼んだんですか」
まさか、また何か陰謀か。災いの予兆か。
災難ばかりで、いい加減、慣れたものだ。
でもさすがに今回ばかりは勘弁してほしい。
戦いは始まったばかりだ、とか。
運命を断ち切って次のステージへ、とか。
そういう息つく暇もない怒涛の展開は疲れる。
それに俺の戦いはしっかり俺自身の手で終わらせてきたんだからな。
「ああ、今回は個人的な挨拶みたいなものだ」
「挨拶……なんだ、それだけですか」
「なんだとは不義理だね。もしかしたら二度と会えないかもしれないのに」
「え……でもメドナさんには死んだら会えるじゃないですか」
「不老不死の君が言うのは面白い冗談だ」
あ……。そうか。
俺はもうそういう次元の存在だった。
神もいない。エンペドもいない。
そうなれば、もう敵無しだ。
まだその自覚がないから困っている。
「ま、君は既にヒトをやめた超常なる存在だ。神の代行者とも、人類の守護者とも云えるだろう。私もこの通り似たような存在だから、いつか何処かで会えるかもしれないけどね。でも、それがいつになるか分からない。だからこの機会にね」
「そうか……。なんか寂しいです」
「私もだ」
メドナさんは微笑んでくれた。
それは裏表のない屈託のない笑顔。
「一つだけ、君とは確執があっただろう? それを最後に清算しようと思ったのさ」
「確執……」
今更、俺とメドナさんに確執などあったか?
「君は古代において戦士となった。アザレア大戦やハイランダーとの闘いで英雄的な活躍をし、その最後、君自身もそれを認めただろう?」
「ああ――」
確執とはそれか。
俺は戦士になる。それは争いを生む種になる。
俺とメドナさんの主張はそこで衝突した。
命を賭して戦い、メドナさんは自害を選んだ。
「さぁ、どうだったかな? 理想の戦士になった感想は。多くのものを取りこぼし、時には糾弾され、時には後悔する。そんな毎日を歩んでみて、迎えた理想は君の目にどう映った。ん?」
まるで煽るような言葉尻。
妖艶に嗤う魔女は、何か期待するように、答えが決まりきっていると言わんばかりに、俺の顔を覗き込んでいる。
敢えてネガティブな言葉を選んだのも、そういうことなんだろうな……。
俺は迷いなく答えた。
「――とても綺麗なものでした」
足掻いて足掻いて、そうして得た勝利。
戦場はそういう勝利こそ清々しい。
俺は間違っていなかった。
メドナさんは答えを聞き届けると、すらりと居直り、そして微笑んだ。
「そう……。その答えが聞けて私も報われた」
「これは譲れません。今回は俺の勝ちですね」
「そうだね。どうやら私の自害にも価値があったらしい。あのとき、君を助けて良かった。
――ありがとう。よく頑張ったね」
それだけ言うとメドナさんは半歩下がった。
そしてまた半歩。一歩。二歩。
後ずさりするように闇に溶け込んでいく。
「また会えますよね?」
「どうかな。でも私は君を観ているよ」
「うへぇ、それは変な真似できないな」
「はは。私に似た彼女には紳士的によろしく」
「はぁ、はい。え――――?」
闇は溶けていく。
対称的に、眩い光がすべてを埋め尽くした。
眩しすぎて手で視界を覆った。
○
大聖堂の内部に飛び出した。
勢い余って、祈祷用の長椅子の数々を吹き飛ばす始末。
重く圧し掛かる雰囲気の聖堂に爆音が響いた。
「えええ!?」
「きゃあああ!?」
こちらの登場に不意打ちを食らう誰かの悲鳴。
起き上がり、周囲を確認する。
リアが頭から長椅子を貫いている。
小さなお尻だけが視界に飛び込んだ。
「リア!? 大丈夫か。しっかりしろ!」
「いてて……最近、私の役回り雑じゃないですか? 言語学者は顔面も商売道具なんですよ?」
意味不明な主張はさておき、腰を掴んで引っこ抜いた。
足をじたばたさせて「お父さんのえっち。変態」と叫ばれたが、別に変なところは触ってないから誤解されるような叫びはやめてほしい。
特にこの反響しやすい聖堂内部では――。
ここはメルペック教会大聖堂だ。
覡歴の末期にこんな建物はどこにも存在しない。
つまり俺は無事、未来に帰れたということだ。
「成功したのか?」
今一度、俺は周囲を見渡す。
教会の司教座の祭壇に、神の羅針盤リゾーマタ・ボルガが赤黒い魔力をその内部に貯蔵してふわふわと浮いている。
その直下。
二つの人影があった。
一人は、さっき古代でも一緒だった修道女の黒い服を着た女。
これまた何も変わっていない。ただ、仰天したように目を瞬かせている様子や息を呑む姿は、だいぶ人間らしくはなっている。
リピカもあぁ見えて千年前から変わったのか。
賢者たちと一緒だな。
それよりも、もう一人の方。
海のように青い髪を三つ編みにして横に流した小さな女の子だ。
女の子というのは不適切か。
もう婦人とも呼べる年齢。
確かに何も変わっていない。再会前におめかしでもしてくれたのだろうか。なんか前は無頓着だったファッションにも少し手が加わっている気がした。
「シア……! シアだ!」
俺はその名を叫んだ。
当然、俺のことは覚えているだろう。
リアからその経緯を聞いている。
一度は羅針盤の力で存在を抹消した俺だが、そのときにリアを身籠っていたシアは、体内を循環していた神性魔力の恩恵でリゾーマタ・ボルガの影響を受けることがなかったらしい。
なりふり構わず駆け出した。
倒れた長椅子の隙間を縫って、これでもかという速さで回り込む。
「ロス――ぐふ」
「ああ……あああああ……」
情けなくも涙が出てきた。
この子を十六年もの年月、待たせていた。
俺は一年ぶりですら寂しいと思った。
その十六倍だと思えば、どれだけ辛かったか。
想像しただけで悔しくなる。
「ロストさん」
「しまった、力入れすぎた。痛かったか?」
「いえ……もっと強くお願いします」
シアは俺の背に手を回して優しく包んだ。
その言葉、その仕草だけでもはや語ることはなかった。
あれだけ悩んだ"最初の言葉"も通り越し、俺たちはお互い奇妙な時間間隔のズレを軽くすっ飛ばして元通りになった。
大切なものを壊さないように、もう離さないように力強く抱きしめる。
シアの感触。匂い、手触り。
そのすべてを今一度、大切にする。
「だいぶ、時間が経ちました」
「リアに聞いた。……ああ、聞いたよ」
俺たちの娘から事の顛末は聞いたのだ。
あらためて考えると、今こうして抱き締めている子との間の子供なんだと思うと、不思議な気分になっている。
「そちらは何年ですか。何年後のロストさん?」
「一年経った。一年後のロスト」
「ああ……私は」
「言わなくていい。全部わかってるから」
シアは腕にさらに力を込め、俺を引き寄せた。
胸に、服を通してじわりと熱を感じた。
ああ……泣いているのだろう。
どれだけ辛かっただろうか。
何年かけても、きっと埋め合わせできない。
「ああ、なんて感動の場面ですか。娘ながらに、いえ、娘だからこそですか。心の底から嬉しいです」
後からリアが歩み寄ってきた。
顔を上げて、そちらを向く。
何やら入りづらそうにしている。
「お母さん、お久しぶりです」
シアも顔を上げた。
きょとんとした目は相変わらず。
目尻に涙が溜まった様子も全部愛おしい。
「……リアちゃんが出発した直後に入れ替わるように二人が飛び出しました。リアちゃんとは久しぶり感がないです」
「酷い!?」
「何年後のリアちゃんですか」
「六年後です! もう数え年で二十一を迎え、お母さんとも十歳差程度まで縮まりました! まったく、私も功労者なんですよ」
ぶつぶつと文句を垂れるリア・アルター。
もとい、リア・オルドリッジ、二十一歳。父親より三歳年上の独身。
俺たちのあべこべな年齢を強調した。
「お前もこっちに来いよ。三人で再会を……」
「結構です。いつでもお祝いはできますし」
「冷めてんなぁ。こういうのは――」
すっと足を運び、リアの背後に回り込む。
神速を超える俊足で、通常の人間なら目で追うこともできない回り込み。
リアを無理やり組み伏せようと肩を掴みかかる。
しかし、はっとなったリアはすぐに体を回し、忍び寄る俺の手を片手で払う。そして掌底で俺の胸を突こうとしている。
さすがは神の領域に足を踏み込んだ存在。
だが、武術は俺の方が一枚上手だったようだ。
「あうっ!」
「――その場の雰囲気ってやつがあるだろ」
突き出された腕を掴み、背に回って羽交い絞め。
これで完璧だ。
そのまま体を押し、シアのもとへ連れていく。
シアは突然の親子バトルに面食らっていたが、じたばたもがくリアを迎え入れると、正面から優しく抱きしめた。
「リアちゃん、本当にごめんなさい……大変だったでしょう。お母さんはもうリアちゃんを何処にもやりません」
「……ッ……む……ぐぐ……!」
顔を真っ赤にして暴れていたリアだが、次第に鎮まり、母の抱擁を受け入れた。俺も拘束を解いて背後から重ねるように抱き着いた。
「これからは三人一緒だ」
「背面から抱き着くとは破廉恥ですね」
「照れるな照れるな」
血縁だから感じられる絆がある。
俺はまだ家族の愛を直接知らない。
それもこれから少しずつ学んでいけばいい。
「ロスト・オルドリッジ」
親子三人水入らずに水を差す存在がいた。
いや……そもそもここは大聖堂であって、俺たちの方が水といえば水か。
メルペック教皇リピカ・アストラル。
この司教は未来から過去を此処でループした。
「ご苦労様。すべてやり切ったわね」
「お前は最初から知ってたのか?」
リピカは目を伏せた。懺悔するように。
その姿は重苦しい大聖堂内部の雰囲気に合致している。
「……いいえ。抜け殻の記憶と多少の齟齬はある。あの子にも知らないことはあり、十六年前の王都大逆事件の全貌なんて邪神に知る由もなかった」
「そうか……。その、色々ありがとう」
「素直なのね」
「出自が分かって信用できたってとこかな」
飼い犬が長い時間をかけて戻ってきた。
そんな気分である。
十歳から、と考えるとリピカが一番、長い付き合いだ。
「それは光栄ね。これから貴方たちも悠久の時を過ごすことでしょう。狭い世界よ。賢者ともども末永く、よろしく」
"貴方たちも悠久の時を"。
それの意味するところは分かっている。
人智を超えた代償は不老不死である。
老わず死なずのこの身なら、リピカや五大賢者とは長い付き合いになることだろう。それがどんな辛いことかは生きてみないと分からない。
だが、既に千年生きた彼女たちを知っていると、それもまた賑やかで楽しそうな気がした。
「さあ、まだ言っていない言葉があるわ」
リピカは視線を反らしてシアの方に向いた。
何か促すように目配せしている。
シアは、そうでしたと気づき、居直り、俺を見上げた。
小さな顔に、上目遣いのあどけない視線。
それと久しぶりに対面して胸が熱くなる。
「ロストさん、お帰りなさい」
シアは優しい笑顔でそう言った。
俺も思わず、頬が緩んだ。
旅を終え、ようやく安寧の日々を迎えたのだ。
「ああ、ただいま」
戦いは、世界のどこかで起こっている。
俺もまだまだ戦場を目指す。
あの日見た孤高の戦場を、いつかまた、この目に焼き付けられるように。
「ところで――」
「ん?」
シアが首を傾げて、仕切り直した。
何やら聖堂の奥、俺の背後に視線を投げる。
「そこの女の人は誰ですか」
「女の人?」
シアが指を差した方向を辿る。
薄明りに照らされて誰かが佇んでいる。
俺とリアの不時着で、無惨に散らかった長椅子の、その荒れた聖堂に居たたまれない様子で立つ、一人の女の子――。
「え――え、ええええええええええ!?」
絶叫を上げた。俺だけでなく、リアもだ。
そこには見慣れた純白の髪の少女がいた。
何を隠そう、俺はさっきまでその子と別れを惜しみ、ハグをしてキスまでしていた。
「エトナ!?」
「……うん、どうしたものかしら」
この時代に在り得ない人物がいる。
もしかして不老不死の御業で彼女も千年間生き抜いたとでもいうのか。
「そうか! お父さんと結んだ『血の盟約』が生きているとすれば……エトナにも虚数魔力がある。既に体も魔造体へ変質が遂げていたなら時間旅行も可能です」
リアがお得意の考察を既に始めている。
つまり一体どういうことなんだ。
頭が混乱していて状況が整理できない。
だってあの時、しっかり別れを告げて、あんなしんみりした雰囲気の中、見送られたわけだ。それに今生の別れだと覚悟して、やることまでやった。
「ジェイク、さっき、なんか巻き込まれて……」
「そうか……巻き込まれたのか」
なるほど。そういうことか。
巻き込まれたなら仕方ないよな。うん。
抜け殻のときと同じってことか。
そういえばリゾーマタ・ボルガを潜る直前に、背後で慌てふためくメルヒェン姉妹の声が聞こえた。
いや、しかし――。
エトナはメドナさんの祖先じゃないのか。
あそこが血縁となって、獄中魔法『三千世界』はメドナ・ローレンへ受け継がれる……のだと思っていた。
"――先祖?"
"私に似た彼女には紳士的によろしく"
あのとき、メドナさんは怪訝な表情をした。
そして、よろしく、と言った。
まだエトナが体現した魔力の系譜は、こちらの想像を超える道筋を辿り、受け継がれていくのか。
「……」
「色々と事情がありそうですね」
シアが整然と歩いていく。エトナのもとへ。
顔を合わせることはないだろうと予想していた二人が対面した。
エトナも、さっきの一部始終を見ていたなら、シアが俺の嫁であり、リアの母親であることは既にわかっているはずだ。
「貴方は古代からやってきたのですか」
「え、ええ。多分……そう、みたい。ここがジェイクの云う千年後の世界だっていうなら」
エトナの願いは叶えられた。
未来に行ってみたいという願い。
求めていた、魔法が特別ではない世界。
「ジェイク?」
「あっ、そう呼んでいただけよ。そこの彼には助けてもらって……貴方が奥様よね?」
背後からではシアの表情は分からない。
だが、旦那の浮気相手と面しているわけだから良い気分はしないだろう。シアもその辺り、察しが良い子だから、俺とエトナがただの友人に留まらなかったという事実には気づいている。きっと。
「ご、ごめんなさい。お邪魔するつもりはなかったのよ」
「……」
男として、俺があそこに割って入るべきか。
リアに一瞥くれる――。
フォローしますと頼もしく言い放った我が娘は、ただこの修羅場を愉しむように、ふふと小悪魔めいた笑いを浮かべているだけである。
この人でなし!
いや、一番の人でなしが俺なのは自覚してるが。
シアは少し俯いた。
肩を震わせている。悲しんでいるのか。
涙を啜っているようだ。
そりゃあ、往年の待ち人とようやく再会できたのに、その人物が別の相手と恋路を歩んでいたなら落胆して当然だ。
それに再会の喜びも半減しただろう。
だというのに――。
「ありがとうございました……」
シアは涙交じりに、突然お礼を告げた。
エトナもその様子に困惑している。
「え……その……」
「ロストさんは孤独な人です。自ら矢面に立って、周りの皆を幸せにして、それでどこかで独り、膝を抱えている。そんなロストさんが、一人で古代に送られて寂しい思いをしてないか、私は心配でした」
エトナは頬を掻いた。
思い当たる節があると言わんばかりである。
俺が心配されるのは全時代共通らしい。
「まぁ後でロストさんへお仕置きはしますが」
「そこはちゃんとするのな……」
してくれた方がありがたいけど。
「でも私は、あなたに感謝します――シア・ランドールと言います。見ての通りのエルフです」
感謝の意を込めてシアは自己紹介した。
エトナはそれを唖然として見ている。
その器の大きさや、シア・ランドールという人物の度量に感服している。エトナも気を取り直して、表情を引き締めた。
「こちらこそ挨拶が遅れてしまったわね。――エトナ・メルヒェンよ。エリン外相メルヒェン家の長女で『巫女』をやっている……いえ、やっていたわ」
よろしくね、と右手を差し出した。
シアはその手を握り返し、また一言。
「千年前にですか?」
「そう、千年前にね」
二人が同時に笑いを零した。
何の冗談だ。長すぎる、と顔を見合わせて笑っている。
「予定調和です」
「はぁ?」
「おそらくお母さんならこうすると思いました」
リアは俺の隣でその結果を評している。
「まぁ、本人が思う以上にお父さんは大切に思われているということですよ。フォローなんかしなくてもこの通りです。あとはどう事を運ぶかはご自身で頑張ってください」
「事を運ぶって?」
「イカダの上でも話したじゃないですか」
イカダとはサラマンドを探しにバイラ火山を目指した時のことだろう。久方ぶりの親子の時間で、色んな話をした覚えがある。
エトナへの想いがどうなのかとか。
もし二人が同じ時代にいたらどうする、とか。
そういう話。
"――ジェイクさんなら二人の女性を抱えるくらい、訳ないですよ"
娘はそんなことを堂々と提案したのである。
まぁ、それがどうなるかは先の話。
どちらにしろ、エトナが虚数魔力や神性魔力を持ち、半魔造体としてリゾーマタ・ボルガを通過できたなら、これから長い付き合いになるはずだ。
リピカ、賢者たち、俺やリアといった超常なる存在と同じく"不老不死"ってことなんだから。
そうだ。古代の巫女が来てくれたのだ。
せっかくだから『血の盟約』を教えてもらおう。
俺と誓いを交わせば、シアとも数百年どころか、さらに長い時間を一緒に過ごすことができよう。
本人が同意するかは分からないが。
そうすれば家族三人……いや、四人なのか。
まぁ、どう転ぶかはさておいて、皆で幸せに暮らせる。
戦士として、所帯持ちとして、
憂いなく俺は生きていけるだろう。
戦いを乗り越えた先には綺麗な景色もあり、穏やかな未来もあった。
ああ、俺は幸せ者だ。
(【完】→終幕に続く)
次の1話で完結します。
アフターのようなものなので、本編はお終いです。




