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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第5場 ―理想の果て―
316/322

Episode257 ハイランダーの業火Ⅰ


「ガハッ、ハァ……ァア……ああああっ!」


 喉奥が擦り切れていく感じがする。

 つばを飲み込んで誤魔化してるが、この鉄臭さと肺の圧迫感は明らかに人間の限界運動量を超えたときに出るやつだ、きっと。

 こんなに体へ負荷を感じるのはいつぶりか。

 半魔造体(デミ・マギカ)と同じ運動量を普通の人間の体で再現しようとしているのだ。

 そりゃあ負荷がかかるのは当然である。



 土属性の魔力をアーセナル・ボルガに込める。

 駆動音とともに砂塵を後方に吐き出した。

 それに伴ってどんどんスピードが上がる。


 血生臭い平野を駆け抜けた。



     …



 少し前。

 海峡を渡ってラウダ大陸側の港に着いた。

 中型の船舶が乗り捨てられていた。

 船舶ドッグに収容されていないことからも、きっとハイランダー軍が乗ってきたものだと確信して、周囲を調べたが、見覚えのある鎧を着た兵士が無惨にやられていた。


 近づいて確認したらラーダ兵だった。

 エンペド率いるハイランダー軍の仕業だろう。




 そこから王都への街道を走り抜けた。

 森を抜けて何個か村を通り過ぎたら広大な平野に着いた。 


 そこは地獄絵図だった。


 血と、魔力の瘴気と、魔物が犇めいていた。

 今まさに交戦中だったようでラーダ兵が魔物にやられて鮮血を飛び散らせていく。

 視界は不良。以前ほど遠視は利かない。

 それでもハイランダー兵と馬車何台かが平原の中心にいることは分かった。



 その途中、ランスロットを見かけたのだ。

 獣人……というより"人獣"に近い、オオカミ男のような敵の群れに襲われたみたいで、こちらから突進の勢いで攻撃をしてみたが、だいぶ俺らしい戦い方は再現できた。


 でも、反動が大きすぎる。

 ボルカニック・ボルガの切れ味は良いものの、あの剣は『魔力剣』と比べて物理的に重く、あと俺自身の反射速度が追いついてないために右腕が引き千切れて壊れるかと思った。


 右腕は魔力を込めて駆動する魔導義手。

 テストを行ったところ、土属性の魔力に反応して稼働するらしい。

 ついでに左脚もだ。

 これらへの魔力配分を忘れず、火剣『ボルカニック・ボルガ』への炎属性の魔力放出も怠らず、三経路くらいの魔力流動を管理して初めて火剣に記録された『影真流』の剣技が繰り広げられる。


 正直、肉体も限界だが、頭の方も思考回路が焼き切れるんじゃないかってほどに負担があった。

 剣術を再現するだけでこれなのだ。

 火・水・風・土・雷の魔力。

 これら五属性をそれぞれのシーンに合わせて使い分けると考えると、もはや脳がいくつあっても足りないかもしれない。



 それでも今はやるしかない。

 人間、死ぬ気になれば何だってできる。

 ……やり抜いた時には死んでるかもしれないが。



 頭を振って眼前のことに集中する。

 すべきことはエンペドをぶっ殺すことだ。

 体の事は二の次。

 この体にガタが来て使い物にならなくなったとしても、あいつだけは絶対に倒してやる。


 いざとなったらエルジェから貰った竜の血の小瓶がまだ十本くらいある。一本はランスロットに渡したが、左腕に一本、脇に五本、右脚に二本も忍ばせている。瓶が割れたら元も子もないから、なるべく義手に埋め込むか、体に縛り付けている。




 ――ハッ、ハッ、ハッ。


 自分の吐息かと思ったら、黒い野犬が五匹、気づけばアーセナル・ボルガを追走していた。

 こいつは『エマグリッジャー』か。

 北西の獣人族が手懐けていた。

 だが、それとはまた少し違う気がする。

 なんだか、生身(・・)の魔物という感じがしない。


「燃えろ!」


 エマグリッジャーは表皮が油まみれで火に弱い。

 火炎弾を放って狙い撃ちしてみる。

 魔力効率のことも考え、左篭手のアクラアム・ボルガに魔力を込めて火炎を放つ。――普通に魔法が使えることに感動した。


 エマグリッジャーは火炎弾を回避した。

 相手も野を駆ける移動標的であるに加えて、こっちもアーセナル・ボルガのハンドルを握りながらということもあり、狙いがつけにくいのだ。


「雑魚に構ってる暇はないんだよ!」


 アクアラム・ボルガに魔力を込めた。

 イメージするのは大津波だ。

 硝子の筒が青く輝き、狙い通りの場所から水流が怒涛の勢いで溢れ出た。

 五匹のエマグリッジャーは水流に流された。

 小型の敵はこれだけで対処できそうだ。



 

 流されるエマグリッジャーを脇見しながら見送った後、もう一度、前方へ向き直った。


「え……!」


 一瞬、目が見えなくなったのかと思った。

 無数の黒い魔獣の群れが多重に折り重なって目の前に広がる景色を暗黒に染めている。巨人リトー、悪魔ガーゴイル、他にも有象無象の異形の塊が犇めき合って目の前に立ちふさがる。

 他に人間は誰もいない。

 攻撃を受けた兵士は地に倒れ、生き延びた兵士は逃げた。

 その醜悪な光景は、まさに千軍万馬。

 人間一人で臨むには強大すぎる蛮族の数々。


「くそっ……」


 正面に立ちはだかる黒い巨人(リトー)

 アーセナルの車体を横に傾けて、地滑りするように大地に接する。

 泥濘のための水(の魔力)

 ……と左膝関節の駆動(の魔力)。

 二種類の魔力を、まるで手と足を別々に動かすように制御して行使する――!



 ぬかるんだ地面に体が滑り、そして鋼の脚力にて大地を蹴り上げると、逆さまの状態で空高く跳び、そのまま巨人(リトー)の首に接近した。


 右肘と手首の関節の駆動(の魔力)。

 火剣の柄を握りしめ、――。


「あああああっ!!」


 赤の刀身が宙で出現する。

 剣が意志を持ったように巨人の首を一閃した。


 すぱりと裂かれた顎下。首元。

 リトーは緩慢な動きでだらりと裂かれた部位から後ろへ首をもたげていく。頸の切断面が広がるにつれ、巨人は頭部から塵となって消えた。



 過ぎ去った光景はもう振り返らない。

 次はそのまま着地に備えなきゃ。


 ――空圧制御!


 見様見真似の魔術を行使する。

 風の流れをイメージして着地点に気流を作る。

 ぶわりと風圧を感じて体が押し返される感覚を味わい、なんとか怪我なく着地することができた。


「ギギギギギ!」


 直後、気色悪い笑い声が耳に届く。

 他の魔物の群れが一斉に襲い掛かってきた。

 地上にはもう平原を覆いつくすほどの魑魅魍魎が蔓延っている……。



 右腕、左脚の駆動(の魔力)!

 着地と同時に生身の左腕を振るい、――。


 伸縮の盾を振り回した。

 コボルドやゴブリンのような形をした魔物を殴り飛ばす。



 反動で体が軋みを上げている。

 生身の人間が耐えうる強度限界を超えている。


「ぐ――――」


 その限界も魔力で補填した。

 アクアラム・ボルガの魔力効率に頼り、体全体に魔力を通すように補正した。肉体強化の魔術なんて習ったことはなかったが、こんな感覚か。



 強襲は止まらない。

 大群で襲い掛かってくる犬や人型の魔物を、ボルカニック・ボルガへの炎の魔力配分で、かつての自分の剣戟の秘技を再現し、その悉くを斬り捨てる。


「あああああ!!」


 一秒間に十の斬撃――影真流『ソニックアイ』。

 その五月雨の刃に巻き込まれた黒い異形から先に焼き切られて体を霧散した。



 ピシリ……。そのカウントダウンが聞こえた。


 体が軋む。

 まるで足の爪先から剣の切っ先まで、装備すべてが体の一部として、崩壊へのカウントダウンが始まったかのようだった。

 生身(エンペド)の体が悲鳴を上げていた。

 少しでも魔力配分を間違えれば、時限式で身を滅ぼす諸刃の剣。それが魔導義肢を組み込んで誤魔化した生身の限界だった。


 既に関節ががちがちに固かった。

 鉄骨で出来ていればそれも当然だが、どうも普通の腕や手の方も酷い有り様。



「ム……騒がしいと思えば」



 そんな満身創痍で、ようやく辿り着いた。

 嗚咽を垂らし、血反吐を吐いて、顔を上げる。

 視界の先に仇敵がいた。


 動悸が早まっていく。

 声が聞こえる程度には接近しているはずなのに、その間隙に透明の壁が存在するように、遥か遠くにいるように感じられた。


 ――ドクン。


 もうじきに動かなくなるかもしれない。

 そんなタイミングで……いや、動ける間に辿り着いたことは僥倖だった。



「エンペド――――」

「貴様か」



 戸惑いもなく、奴は俺の襲来を受け入れた。



「今さらそんな体で何をしにきた?」


 俺がなんでこんな体になったのか、とか。

 俺がどうやって生き延びたのか、とか。

 そんな気怠い質問をする気はないらしい。

 エンペド自身、もはやこの世すべてにおける勝者だった。


 完全体。

 生物の概念も超えた、無敵の存在。

 そうなった男には、何かに戸惑い、何かに捉われたりすることは"無駄"らしい。


 発生した事象が気に入らなければ改変できる。

 やってきた人間が牙を向けたら抹殺できる。

 興味を抱けば永遠の時の中で観察できる。



 それが今のエンペドだった。

 ――故に、何かに動じることはもうないのかもしれない。

 俺は、そんな男と勝負をしにきた。

 ただの人間として。



「くだらぬ」


 エンペドが一歩、退いた。

 こうして借り物の体でやってきた俺そのものを『無駄』だと吐き捨てるように、その場から立ち去ろうとしている。

 もはや執着がないのかもしれない。

 今では俺の方がエンペドに固執している。

 こいつを――自分自身(こいつ)をただ、倒したい。


「ハイランダー。アレは歩く屍だ。処分しろ」


 冷たく言い放つと、背後に控えていた重装備の鎧を身に纏った兵士が二名、前に出てきた。一人は両手斧を肩に担ぎ、一人は大剣を肩手に握っている。

 ゆっくりと……。

 断頭台で死刑囚の首を刈る処刑人のよう。


 俺はこんな奴らを相手にしている暇はない。

 だから、やるからには最初から全力で。


 こっちが朽ち果てる前にエンペドに追いついて、勝負を挑まねばならないのだから――。


「お前、戦士じゃないな。魔術師……?」

「魔術師がそんなおかしな体で何ができる」

「ハッ――ハッ、ッア――」


 変な呼吸をしているのは自覚していた。

 もはや自分の意思と関係なく、肉体は生きようと本能的に足掻いている。それを操る俺自身が、自ら死に向かうのだから体が拒んで当然だった。


 地を蹴り、走り出した。

 機械の右手で火剣の柄を握りしめ、


「あああああああああああ!!」


 絶叫を上げて、その導火線に火を灯す――!



 唸りをあげ、赤く煌めく再演の剣。

 かつての自分の剣技を振るうため、俺は魔力をありったけ放出してその鉄柄に通した。



「……!?」


 ハイランダーの二騎は、油断していた。


 歴戦の戦士は敵の技量を見極める心眼を持つ。

 きっとこの男たちも俺の肉体性能が酷く低く、死に体であることも察していた。

 だが、そんな目測に収まるつもりはない。



 俺が今までどれだけ意地汚く、



 "――君ならあと少しで手が届くはずだ――"



 意地汚く、こんな事を続けたと思っている!


 既に前のめりになった体は、ボルカニック・ボルガ自体が引っ張るように俺の腕を動かさせ(・・)――もはや使役される側に落ちるような、そんな無様な剣術でハイランダーの振り上げた一閃を受け止めた。

 ぎちぎちと歯車が留め金から外れそうになる。

 黙らせる。魔力を通し、鎮まれと命じる。


「なんだ、この男!? こんな魔術があるのか」


 大剣の男は拮抗する火剣越しに俺を見た。

 兜の奥から瞳が見えた。



 驚愕している。

 俺という死に体から脅威を感じている。


「フン!」


 左から大斧鉞の一閃が忍び寄る。

 もう一人のハイランダーの攻撃が迫る。

 俺を上半身と下半身に切断しようとしている。

 火剣により魔力を込め、大剣を押し返し、目の前の男を仰け反らせた。


 左からの斧鉞が目前に迫っていた。

 伸縮の盾を極限まで厚くして左手で構えた。


「ガ――――ッ!」


 ガン、と振動を残した重たい音が反響した。

 左腕がねじれる。弾けそうになる。

 残響が頭と腕で木霊して、痛覚を麻痺させた。


「そうだ……今はただの魔術師風情……」


 荒い呼吸を黙らせて言い聞かせる。

 俺にできることを今一度、頭の中で反芻する。


「――燃えろ」


 炎の魔法を燃え上がらせる。

 刀身に拘る必要はない。

 ハイランダー二騎は突如湧きおこった炎に顔を焼かれて驚き、尻もちをついた。


「もっと……もっとだ……ぁああああああ!」

「ギャァアアアア」

「熱ッ、熱ァァァアア!」


 鎧ごと焼き払った。

 蒸されると感じたのか、ハイランダー兵は二人揃って兜を脱ぎ、篭手を取り、胸当ては取れずに無様に地面でのたうち回っている。

 左脚へ魔力を込め、機械仕掛けの足を動かした。

 のたうち回るハイランダー兵の一人を蹴り飛ばした。

 もう一方は顔に火傷を負って気絶している。

 こいつらの相手をしてる場合じゃない。



 "――ほら、あと少し。あと少しだ。頑張れ"



 魔力を込めた。

 もはやこの身は魔力で突き動かさなければ一歩も動かない鋼の肉体。機械仕掛けの、魔導(ゼンマイ)式の、人間をやめた屍だ。


「エンペドぉぉおおおああ!!」


 力の限り、叫ぶ。

 まだ勝負すらしていない。

 魔獣の群れやハイランダーとの戦闘で、かなり力を使ってしまった。

 肉体は悲鳴を上げて、もう活動停止を願うように生身の筋肉から先に弛緩しきって動くことがない。



「はぁぁ……」


 その平原の先、黒衣の男が振り返った。

 長い溜め息をつきながら俺を見た。

 凍てつくような蔑視の視線。


「虫唾が走る。――醜さを隠すことさえ辞めたような、虫けら如きに追い回されるというのは」


 エンペドの眼前に赤黒い魔力が漂っている。

 それが細長く具現して怪しい刀身が現れた。

 それを手に取り、事も無げに振り払う。


「手向けなど渡すつもりはない。ただ捻り潰す」

「――――ハッ――ハッ」


 犬のように呼吸を整えた。

 人類史上最強の敵に、非力で斜陽な俺が、無様にも勝負を挑む。



 それでいい……。

 かかってこい。かつての英雄(オレ)に勝ってみせる。

 まだ奥の手は残されているのだ。

 神や賢者に託された秘密兵器の数々が。




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【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
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