Episode256 戦場と魔獣
――エリン旧王都の市街地。
汚職の現場を目の当たりにした民衆の非難や突発的な暴動による当代国王の不慮の死により、エリンの内政は荒れ放題だった。
もはや旧体制の王政は破綻しつつある。
混乱した内政を鎮める為にも同盟国からの支援が必須だが、そもそも引き金となった汚職がペトロ皇国の皇族が絡んでいたことからも、同盟関係の信用もガタ落ちだった。
最近では新手の新興宗教が立ち上がり、この情勢を機にプロパガンダを始めたという噂も耳にする。
確か、メルペ――何とかと云う名前だ。
「これはいよいよ外交も破綻かな……」
ランスロットはそんな荒んだ旧王都の街並みを、エリン王城の城壁の上から眺めていた。
鉱業国ラーダは、エリンに兵士を駐留させて暴徒の鎮静化と問題解決に向けた支援を行っている。
ランスロットは駐屯地の兵士長を任された。
たまたま暴動に居合わせたことがきっかけで。
「くそっ……」
骨折した腕を眺め、下唇を噛んだ。
あのときランスロットは深手を負わされ、ハイランダー軍を逃がしてしまった。
そのことを後悔していた。
国王殺害の首謀はペトロのジョゼフ皇子と、その彼が率いる『ハイランダー軍』に他ならない。どれほど民衆の鎮静を図ろうとも何らかの形で"示し"をつけなければ、いつまでも暴動は続くだろう。
――せめてハイランダー軍が見つかれば。
エリート兵をかき集めた十騎の軍隊。
中でも一人だけ群を抜いて強く、群を抜いて剣が下手な者がいた。
悔しくも今は街を眺めるしかできない。
剣士として致命的な腕の骨折を負った。
怪我人だというのに体の方はやけに活発で、素振りでもしたいと思うほどにエネルギーがあり余っていた。
ラーダ兵の部下の一人が城壁に上がってきた。
何かを報告に来たようだ。
「兵士長! 兵士長!」
「なんだ?」
「ハイランダー軍が見つかりました!」
ランスロットは慌てて兵士に振り向いた。
噂をすれば影、とでもいうべきか……。
小隊を分散させてエリンの主要都市各所に遠征へ向かわせていたが、それが功を奏したのか。
だが、まだ遠征に向かわせて日が浅い。
一度は逃げたエリート兵の集団が、易々とこんな田舎兵団に見つかるとも思えないが。
ランスロットは疑問を口にした。
「何処だ? まさか投降してきたとでも?」
「それが……」
兵士が兜の奥で息を呑んだ。
そんな小さな物音さえ今は聞き取れる。
「港に上陸し……攻撃を仕掛けてきたそうです」
港町。――船で渡航を試みていたか?
とんぼ返りで戻ってきたのはエリンに攻め込む好機を待ったのか、あるいは"用件"が済んだのか。
「たった十騎だけで暴れているのか?」
「い、いえ」
兵士の唇が震えているのを感じる。
ランスロットは最近、五感も鋭敏になったと感じていた。
「魔獣の群れも従えているとのことです」
「魔獣の群れ?」
ランスロットは嫌な予感がした。
少し前にペトロ北西部の山岳遠征に言ったときにも巨人の魔物『リトー』や蜥蜴『バジリスク』の大群が襲撃してきたことがある。
これは何かの偶然だろうか。
何者かの作為を感じた。
◇
木組みされた粗末な牢屋。
その中にメルヒェン姉妹は蹴り入れられた。
「きゃあ!」
手を後ろに縛られた状態で背後から蹴られたせいで、受け身も取れずに床に転がった。エトナは足だけでバランスを取って何とか起き上がり、膝立ちしてマウナのもとへ近づいた。
「マウナ、大丈夫!?」
「う、うん」
再会を祝している暇もない。
エトナとマウナの二人は気がついたら船上に拉致されており、誘拐した男の目的も分からずに船内の牢に連れられたのである。
「お前たちはそこに居るだけでいい」
黒衣の男は木の格子戸を閉めた。
近くには全身鎧の男が剣を床に刺した状態で仁王立ちしている。
逃げようとすれば斬る、と言わんばかりだ。
「ちょっと! 何だっていうのよ!」
「…………」
男は何も応えず、ただ視線を横に流した。
エトナはそれに気づき、同じ方向を向く。
格子を挟んで、隣の牢屋に誰かがいた。
金髪の男が壁の鉄枷に手首を繋がれ、それに身を委ねるように項垂れている。
「え……ジョゼフ……?」
そこにいたのはペトロ皇国の第一皇子、ジョゼフ=ニコラ=パンクレス閣下だった。
薄暗い牢屋で表情はよくわからないが、それでも目を細めて確かめてみると、髪はボサボサで無精ヒゲも伸び、以前の高慢チキで金ぴか衣装に身を包んでいたような派手な頃とはかけ離れた風貌に変わっていた。
やつれて、無様に涎も垂らしている。
食事もろくに取っていなさそうだ。
「ジョゼフに何したのよ……!」
「何もしていない。神の謀りがきっかけで気が触れたようだ。尤も、自業自得といえばそれまでだが」
「……」
エトナは言葉を失った。
ジョゼフ閣下は視線に気が付いたようで、顔をあげて虚ろな目を向けた。
顔を歪ませて掠れた声で笑い始める。
「グヒッ……僕が……世界でいちばん……ヒヒッ……いちばんだ……ッヘヘヘ」
エトナのことも誰なのか認識していない。
しゃっくりをするように笑い、虚ろな目で天井を見上げると、たまに勝ち誇ったように腕を伸ばして暴れ出す始末。
鉄枷の鎖が引っ張られ、ジャラりと音が鳴った。
「ふむ。追い求めた女を連れてきても駄目か。私も精神医学の分野は専門外だが、認知療法というもので何とかなるとは思ったのだが……もしや手遅れかもしれぬ」
男は虫けらを見る目でジョゼフを観察していた。
エトナとマウナは恐怖で身を寄せ合った。
手遅れ、という一言が背筋を凍らせる。
男はジョゼフを利用しようとしていて、彼の治療の為に自分たちは連れてこられたのだと察した。
それが無駄骨と分かれば自分たちはどうなる。
「仕方あるまい。あちらの大陸に行けばまだ利用価値もある。――お前、見張っていろ」
全身鎧の男が剣を握り締め、音だけで応えた。
エトナは怪訝な顔を浮かべる。
それに気づいたように黒衣の男は足を止めた。
「何か言いたそうだな」
「……いいえ、何でもないわ」
「お前の疑問を当ててやろう。まず扱いの差か? あの皇子は鉄枷を嵌められている。お前たちは縄で縛られただけで多少は身動きが取れる。牢屋も二つに分けられ、随分と丁寧な接遇だ。何故か。――そう思ったのだろう」
まんまと言い当てられた。
だが、それでもエトナは押し黙った。
この手合いは下手な事を喋らない方がいい。
間違っても煽り文句を口走ってはならない。
「私は無駄な物が嫌いだ。無論、汚物もな」
「……?」
「例えば、お前たちのどちらかをあの皇子と同じ牢屋に押し込めたとして、閣下が欲情して汚物を垂れ流したら船が汚れる。または暴れてお前たちを嬲り殺しでもしたら、それもまた汚れる。そんなことをしても無駄だ。それだけだ」
それだけ言い残して黒衣の男は立ち去った。
甲板へ出る為の階段をゆっくりと登り、そのうち姿が見えなくなった。
――船が汚れるから。
それだけの理由で命拾い、または操も守られたと考えると安心はできなかった。
ジェイクと同じ顔をした男だ。
意外と紳士なのか、と感じる節もあるが、騙されてはいけない。エトナは、震えが酷くなっていくマウナをより強く抱きしめた。
「大丈夫よ。ジェイクが助けてくれる」
「……お姉ちゃん、それよりも」
マウナはきつく抱きしめる姉を突き放し、顔を見上げた。
そして今度はマウナがエトナに抱きついた。
「生きてて良かったぁああぁあ!」
「ああ……」
そういえば、とエトナは思い出した。
何故か自分は死んだことにされていたのだ。
そんな無邪気な妹の様子を見て、エトナは少し癒された。
しばらく船で揺られて一日ほど経過した。
食事は与えられたが、パンや木の実くらいで二人とも満腹にはならなかった。それなのにジョゼフに至っては譫言のように「僕が一番偉い」「僕が世界一だ」と力なく呟き続けるだけで食事を取らない。
あんな様子なら襲われる心配もなさそうだから、いっそのこと同じ牢屋に入れてもらえた方がジョゼフの口に無理やり物を詰め込んでやることもできただろうに、それさえ叶わないことにエトナは心苦しくなった。
陸に着き、船を下された。
その港町は見たことがある。
ラウダ大陸から海を渡る前に一度寄った町だ。
その時は青魔族が占拠した直後だったのもあって人の気配もなかったが、現在は誰か居る。
というよりも、警備している。
それが武装したラーダ兵なのだから驚きだ。
一体、ロワ三国では何が起きていたのか、エトナとマウナは知る由もない。
何やら物々しい雰囲気を感じ取ったエトナとマウナだが、それ以上に唖然としたことは黒衣の男がその警備して回っているラーダ兵の前へ平然と歩いていき、警告も無視して剣を構えたことである。
男の手には濃紺色の魔力を宿した宝玉が握られていた。
◇
兵士長ランスロットが自ら現場へ急いだ。
その道中、相次いでやってくる報告で、どうもハイランダー軍は港の制圧に成功し、徐々に旧王都へ向けて進軍しているという事が分かった。
馬に跨り、相棒のウェスや部下と急行した。
旧王都や近隣の主要都市配置の兵から先に集めたが、緊急招集のため、百程度しか集まらなかった。
遠方へ向かった隊も向かっている最中だ。
おそらく後ほど合流できるだろうが、それでもこの戦い、止められるかどうかは心配だった。
ハイランダー軍と"魔獣の群れ"。
その組み合わせは異様だ。
反乱行為を犯している以上は敵対の意志があるのだろうが、ペトロ皇帝の立場を考えても、それが皇国全体の意志とは思えない。
『ハイランダー軍』が独断で反旗を翻したと考えた方がよさそうだ。
「お前、その腕で大丈夫か」
馬で並走しながらウェスが尋ねてきた。
「ああ、実は左手で剣を振る練習もした」
「はは、冗談だろ?」
「本当さ。なんだか怪我なんて気にならないくらい力があり余っててね。体を動かすついでに利き手以外の戦法も考えていたんだ」
「……大人しそうに見えて戦闘狂みたいなとこあるよな」
「大隊の兵士長が現場で使い物にならなかったら話にならないだろ? 僕はまだまだ前線で鍛錬を積むべきだと思うんだ。ほら、あの山岳遠征でエリンが用意した傭兵の腕前をウェスも見ただろ」
「ああ。あの無礼者なぁ」
ウェスは鎧も着ずに外套一枚で同盟国の軍事会議にやってきた世間知らずの男を思い出した。
「彼はきっと体が頑丈なんだろう。僕ももし必要なかったら鎧なんか捨てて戦場を走ってみたいよ」
「いつかあんなスタイルで戦う時代が来るのかねぇ……」
「もしかしたら」
「へっ、まさか」
ランスロットは戦場に向かう前、こうしてウェスとよく取り留めのない会話をしていることが多い。
雑談はリラックス効果がある。
死地に赴くようなときは特に必要なのである。
今回が本当の死地にならないことを祈る。
○
突然、ハイランダー軍と出くわした。
南レナンサイル山脈の麓の平野を超え、丘を越えた先もまた森や平野が続く。
このエリンの豊かな自然は見慣れたものだ。
だが、今は地獄を見るような気分だ。
伝令から聞いていた交戦地点よりずっと近く、何より彼らが交戦していないという事実が、先に衝突した先遣隊が軒並みやられたのだということを思い知らされる。
「おかしくねえか? 魔獣とやらがいねえ」
遠くの平野にはハイランダーの十騎兵。
馬車なども何台か連れている。
それしかいない。
「伝え聞いていた魔獣というのが、もしかしたら幻術の類いか、あるいは先遣隊との戦いで魔獣だけ討伐しきったのか……」
しかし、ハイランダー軍は交戦した後とは思えぬほど涼しい顔で進軍している。しかも徒歩で。
魔獣だけ討伐したというのも変な話だ。
「チャンスかもしれねえぞ」
「…………」
「今のハイランダーは歩兵だ。こっちは馬もいるし、機動力なら負けねえだろう」
「それはそうだが――」
ウェスがランスロットの指揮を待っている。
あくまで指揮権は兵士長の役目だ。
罠の気配を感じてもハイランダーは敵。
ここで止めなければならない。
敷いては、こちらの兵力は百に対して敵はたった十騎。例えばこれが罠で、魔獣をどこかに潜ませていたとしても、十人の人間が手懐けられる獣の数なんて、せいぜい十かそこら。
そも、ハイランダー軍は母体数が知れていた。
ペトロからの援軍はない。
こちらは援軍が後から合流する。
「…………」
「どうする」
「突撃だ。冷静に考えて、今なら拘束できる」
「よっしゃあ、突撃だぁああああ!」
――うおおおおおお!!
鬨の声はあげられた。
およそ百のラーダ兵たちは、この圧倒的有利な局面に士気が一斉に高まった。ハイランダー軍のエリート兵一騎でも倒せば、武勲を上げられる。
丘から平野に一斉に駆け下りた。
平野を駆る大勢の蹄の音。
馬の嘶きや兵士たちの勝ち鬨が響き渡る。
ランスロットも先陣を切って飛び出した。
ハイランダーは足を止め、突如飛び込んできたラーダ兵装の小隊に目を向けた。
ハイランダー兵も皆、重鎧に身を包んでいる。
左手に長剣を携え、ランスロットは馬を駆る。
そして敵との距離まで目下、それぞれの得物が確認できるまで接近したとき、先頭にいた黒衣の男が右腕を天高く掲げた。
その動作が、やけに緩慢に見える。
手には黒い水晶玉のようなものがあった。
「……!?」
黒い水晶玉は強く輝き始めた。
それに呼応して周囲に"濃霧"が発生した。
濃霧といっても漂うようなものではなく、いきなり焚火でもしたのかというほど、点々とした"黒煙"だった。
その直後のことだ。
ラーダ兵がハイランダー軍に辿り着く直前に、黒煙の中から『野犬』が飛び出した。野犬というにはあまりにも大きく、頭部も異常に発達している。
それがラーダ兵の騎馬に襲い掛かった。
黒煙から現れたのは『野犬』だけではない。
二足歩行の『人狼』や大陸北部に棲息すると聞く『犬人』、はたまた遥か遠くの地に棲息していると聞く悪魔『ガーゴイル』まで、突如として発生した。
すべて暗黒じみた濃紺の魔力を纏っている。
「なんだ――――ッ!?」
幻覚を疑ったランスロットだが、それらの魔物は牙を剥き、馬に直接攻撃をしてきた。
凄まじい速さでの奇襲に対処もできず、先陣を切った前方の兵士から先にやられていく。
伝え聞いていた"魔獣の群れ"だ。
ランスロットは機転を利かせて手綱を引き、すぐに退避した。進行方向を変えたものの、『野犬』や『人狼』が先回りして攻撃をしかけてくる。
一体、こいつらは何なのか――。
「ハァ!」
考える間もなく、反射的に利き手と逆の手で剣を振るう。
練習の成果もあって、まともに振ることはできたが、黒い魔獣の腕力はランスロットのそれを遥かに上回り、腕が引き千切れるかと思うほど背後に吹き飛ばされた。
「うぁあああっ」
――ヒヒィンと馬が悲鳴をあげた。
足をやられ、馬が転倒し、ランスロット自身も落馬した。
間髪入れずに魔獣の猛攻がやってくる。
ランスロットはすぐさま立ち上がり、剣を構えて応戦するも、また突進を受けて後方へ飛ばされた。
体を平原に滑らせ、岩に堰き止められる。
「ごはっ……!」
背を強く打ちつけ、口に血の味を感じた。
目を開き、天を仰ぐと、そこには空を覆い尽くすほどの巨大な手が迫っている。
体を転がしてその場から退避した。
……休む暇は一切ない。
そのまま起き上がり、巨大な手の主を確認すると、山岳遠征で見た半身の巨人『リトー』がいた。
「ハァ……ハァ……」
思考が働かない。
突然湧いたこの魔獣の大群は何なのか。
確かに十騎だけだったはずのハイランダー軍が、まるで召喚したように魔物の群れを従えた。
周囲を見回すと、ラーダ兵のほとんどは絶命して倒れている。まだ交戦している仲間もいるが、それでも最初に突撃した兵士の数から比べると寂しいものだった。
突然の地獄絵図――。
平原は一気に血生臭くなり、黒い瘴気と一緒に鼻を刺すような血の臭いが現実を思い知らせた。
先遣隊もこれにやられたのか。
ランスロットは突撃を指示したことを呪った。
百騎、対、十騎だったはずの戦いが、今は十騎、対、千騎とも映るほど形成が逆転した。
信じられない数の『魔獣』がラーダ兵を全滅に追い込もうとしていた。
否、これはもはや全滅だ。勝てる術はない。
魔獣一体一体の戦闘力も高いのに自軍の兵力がまったく足りないのだ。
「……」
ランスロットは息を呑んだ。
まさか本当に、これが死地になろうとは。
そう絶望に打ちひしがれた最中にも攻撃の手は止まらない。人間の倍の体格はある『人狼』三頭が、己が獲物だと競争するように跳び込んできてランスロットに鋭い爪を向けた。
背後に跳び、剣で迎撃しながら爪を弾き返すが、他の個体の爪が肩を切り裂き、血が噴き出した。
「あああああっ!」
膝をつき、もはや此処までという時だ。
「ランスロット!!」
風切り音を何倍も強めたような音が平野に響く。
霞んだ視界の中で声の主を確認した。
"二輪の歯車"が平原を疾走している。
それはおよそ在り得ない速度で迫り、
「――電磁網!!」
見たこともない魔法の力で、雷撃がその周囲に展開されて突進してきた。
バチバチと激しい雷鳴が聞こえる。
その直後、猪の体躯を模した機械の二輪は電撃の球体を覆った状態で人狼に体当たりして、それらを弾き飛ばした。
突進したかと思いきや機械は土くれに。
乗っていた男は転がるように平原に滑り込む。
人狼は標的をその男に変えた。
発達した脚部で大地を蹴り、一気に男へと肉迫していく。
「こんの……っ!」
男は盾を構えて魔力を込めた。
すると盾は突然大きく広がって男一人を丸々埋めつくすサイズになり、人狼の爪をすべて防いだ。
男はすぐに盾のサイズを戻し、お次は腰から鉄の筒を引き抜いた。それにも魔力が込められたような反応を示すと、鉄筒は真っ赤に燃え盛り、そこから赤い刀身が出現した。
――圧巻だった。
赤い剣は人狼三体を目にも止まらぬ斬撃で切り裂くと焼き切るように黒い肢体を"分解"した。
ばらばらになった『人狼』三体は黒い濃霧を霧散させて消滅した。
「カハッ、ハァッ、ハァッ……!」
男は何かの反動で苦しんでいる様子だ。
よく見ると腕や足の一部が人間のものではない。
「き、君は誰だ!?」
命を救われたものの、明らかに怪しい風貌に不信感を拭えなかった。
戦士のようには見えない。
武骨な鎧は着ているが、魔法も行使していた。
……どこかで見たような顔だが、こんな歪な姿をした男は見たことがない。ましてや魔法を『巫女』以外が使うのを初めて見るランスロットは、立て続けの不可解な現象に頭が混乱していた。
「誰だっていい。いいから此処を離れろ!」
「な……」
「ん? 怪我してんのか」
男の視線がランスロットの肩と腕に向く。
「そうだ。これを飲め!」
「え……え!?」
男の鉄骨だらけの右手から突然、小瓶が飛び出して投げつけられた。そこには真っ赤な液体――どう見ても血のようなものが入っている。
「これ飲んで傷治せばお前は強くなる! らしい! って陛下が言ってた! 説明は後だ! 余裕あったら馬車の中の女の子二人を連れて逃げてくれ。頼んだぞ!」
それだけ言い残すと、男は再び鉄筒を握り絞めて大地に向かったダイブした。
すると、先ほど消えた猪型の二輪の機械が大地の砂や土を吸い上げて再び造形化した。それに跨った男は、またしても平原を駆け抜けて『魔獣』の群れに飛び込んでいく。
「…………」
開いた口が塞がらなかった。
血を飲んで傷が治るとはどういうことか。
陛下というのは何処の誰なのか。
様々な疑問と混乱で頭がおかしくなりそうだ。
だが、その強い視線は、どこかで同じ戦地を駆けた戦友のような信頼感も感じられるとランスロットは思った。
元より傷だらけで死にかけた身だ。
覚悟して、小瓶の血を一口飲んだ。
ふつふつと煮え滾るように体が火照り始める。




