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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第4場 ―アザレア大戦・裏―
312/322

◆ ターンオーバーⅤ


 リアは魔力を聖典に吸い尽くされた後、命からがらアンダインを背負い、城を脱していた。

 『神の羅針盤(リゾーマタ・ボルガ)』が顕現していた王城の議会場には、羅針盤が停止してからも神性魔力の残滓が充満し、歩く度に彼女の魔力は回復しつつあった。



 廊下を進み、リアは突き当たりに辿り着いた。

 そしてバルコニーから身を乗り出した。

 このまま落ちてしまっても半魔造体(デミ・マギカ)のリアと魔法生物のアンダインであれば、生還できるだろう。落ちる覚悟もできている。そう考えてのことだ。


 さらには一つ、期待していたこともあった。

 ジェイクのことだ。



 彼がアレを倒してくれたのではないか。



『悪の親玉を倒すのは正義の味方の役目でしょう』



 リアはここへ来る前、ジェイクにそう尋ねた。

 現実は物語のようにはいかないとジェイクは笑って返してくれた。その言葉が彼らしいと云えば彼らしく、彼が『名も無き英雄』として人知れず英雄的所業を繰り返す所以なのかなとも感じた。

 縁の下の力持ち――というべきか。


 リアもそんな謙虚な父が大好きだった。

 裏方がお似合いだと本人は語るが、その実、英雄なことに変わりない。だから今回の"イレギュラーな敵"も難なく打ち倒すものだと信じていた。

 ヒーローだから。

 リアにとっては出会う前も、出会ってからも……未来でも、古代でも、変わらず彼はヒーローだ。




 城から見下ろした街では既に熾烈な戦いが始まっていた。

 遠目に見てどちらが父親か判らない。

 まるで彼自身の"影"と戦っているようだ。


 同じ肉体。同じ魔力を持つ者同士の戦い。

 両者の雌雄を決するのは魔力切れか、仲間を人質に取られるか、あるいは技量の差……。いずれも負けず劣らず、ジェイクは"影"に勝っている。


 今日は魔力も温存していた。

 仲間とも離れて単独行動をしていた。

 剣の技量も"影"と比べて卓越していた。



 だが、そういった両者の性能以外にもたった一つだけ、敗因となりうる脅威があった。

 それが聖典『アーカーシャの系譜』。

 リア自身も陥った罠だ。

 オルドリッジの系譜を辿る者に特化した封印法典を"影"は秘密兵器として隠し持っていた。


「ぁ……!」


 時間が止まった感覚の直後、その法典に縛られたジェイクが絶叫を上げている光景が映った。

 その隙を逃さず、"影"は魔剣を振り翳した。


 ――ばさりと斬られた腕が高々と宙を舞う。



「お父さんッ!!」



 呼ばずにはいられなかった。

 その呼び声も虚しくジェイクは敗北した。

 激しく震える体。暴れ出す魔性の肉体。

 それは魂を追放するサインだ。



 そこに現れた夫婦神も敢え無く"影"に敗北し、その最期、大規模な地殻変動を引き起こした。反り上がった大地の流砂がドーム状に彼らを覆うと、元からそうだったように大きな岩が出現して街は徐々に陥没していく。

 大きな揺れを感じたリアはすぐに時を止めた。


「静止!」


 魔力が枯渇しかけているのも厭わず、時間魔法を酷使した。沈みゆくアザレア王城から避難するのも勿論だが、このまま時間が(いたずら)に経過すれば、父の魂が消えてしまう。

 そんな気がしてリアは怖かった。

 アンダインを抱えて地上へ身を投げた。



     ○



 岩のドームに辿り着く。

 既にリアも足を引きずりながらでなければ体を動かせないほど衰弱していた。魔力はまだ少しだけ残っているが、聖典の力で一気に吸い尽くされた反動で緩慢にしか体が動かない。

 それでもアンダインを肩に担ぎながら時間魔法で時を止め、なんとかその場へ辿り着いた。


「うぬ……父上……」


 アンダインがドームに接近してようやく意識を取り戻した。リィールの気配を感じ取った様子で、その瞳は大きく見開かれ、絶望したように大岩を見つめている。


「気がつきましたか」

「…………」


 反応のない様子を横目に、リアはアンダインも同じ心境なのだと気がついた。

 今はどちらも父親の身を案ずる者同士だ。


「こ、これは……父が……」


 震える声が耳朶を打つ。

 リアは時間魔法を解いてアンダインを下した。

 顛末を語る必要はなさそうだ。リアは神の末路を直接見ていたが、アンダインにもこの大岩のドームが何を意味するか、すぐに悟ったらしい。


 リアが駆け寄って岩に触れようとした途端、まるで時を見計らったかのように大岩のドームは崩壊を始め、ぼろぼろと崩れ去った。

 風化した岩の内部から二人――。

 否、一人と一つの遺体がそこにいた。


「ケアさん!」


 泣き腫らした少女の顔。

 その顔つきはこの時代で出会った『抜け殻』のものではなく、リアが未来で長らく通い詰めた大聖堂の教皇リピカのものと重なる。


 ケアはその呼び声にはっとなり、返事もせずに周囲をきょろきょろと見回した。

 傍に倒れる"遺体"を見つけ、みるみる顔が青ざめていく。

 


「イザイア……! イザイア!」



 それは既に、死に体だった。

 リアも絶望しながらそれに近づく。


 無残に切断された右腕。胴体は中心から左脇に裂かれて臓物や血肉が飛散していた。首には墓標を立てるように赤黒い刀身が突き立てられて、その魔性の肉体から養分を啜るようにいつまでも消えずに魔剣は残っていた。

 徹底した殺人。

 これほど容赦なく肉体を甚振る必要があるのかと訴えたくなるほど、無惨な遺体がそこにあった。


「――――」


 リアは言葉にできない感情が頭の中を駆け巡り、黒々とした何かが肩から背に重たく圧し掛かったような感覚に見舞われた。

 肉体は鉛になったようにびくとも動かない。

 慟哭や嗚咽もなく、硬直した。


 こういう時は泣き崩れたり、絶叫を上げたり、阿鼻叫喚に陥ると思っていたリアだが、実際にそんな境遇に直面すると何もないことが分かった。

 何もない……。違う、何も出来ない(・・・・)



「左手……そう、あの人が左手って……」


 ケアはそれでも必死に遺体をまさぐった。

 何かに縋りつくように、一筋の希望を手繰り寄せるように……ジェイクの残された腕を手に取って丹念に調べている。


「ああ……! まだ……まだ()るわ!」


 何かを発見して喜んでいる。

 発見したものは銀に輝く何か。

 だが、喜びは彼の生存を祝してのものだ。


「え……」


 リアも我が目を疑った。

 既に死んだと思われたジェイクの左手の指が、一瞬だけぴくりと動いたのである。

 慌てて傍まで駆け寄り、ケアに問いかけた。


「どういうことですか」

「指輪が残ってるわ! 魂がまだ此処にあるのよ」


 左手には銀の指輪。

 それは『魂の内循環器』――鎖となって彼の魂を肉体へ繋ぎ止める魔道具だ。投げ出された右手にも嵌められているが、今ではそれが二つある。



『あんな呪いが二つもあったなんて……識らなかったわ』



 女神が視た二つの世界。

 エンペドが敗北した世界での敗因がそれだ。


 ――『魂の指輪』が二つも存在する。

 それは神の与り知らぬことだった。

 当然だ。これは虚数魔力を宿した巫女が古代に残した秘密の贈り物だったのだから。『虚数』の巫女のプレゼントは神々に認識されることはなく、想い人へひっそりと此処に届けられていた。


「まだお父さんは無事なのですか!?」


 無事だという返事が欲しい。

 リアは逸る気持ちを抑え切れなかった。


「無事とは言えないわ。この肉体はもう……」

「そんな……!」


 ケアは首を振った。


 魂は無事でも肉体(うつわ)の方が限界だ。

 赤黒く輝く刀身はジェイクの肉体の魔力を搾り取るだけ搾り取り、もはや体内の魔力を滅茶苦茶にかき回していた。

 体外に漏出した神性魔力は猛毒となって、肉体変性を始めている。捌かれた胴体も元通り修復することはなく、歪な棘が植物のように蠢いていた。

 背中からは禍々しい翼のような突起も生え始めている。


 リアは何とかして父を元に戻そうと、首に突き立てられた魔力剣を引き抜こうと手をかけた。


「駄目よッ!」

「なぜ止めるのですか。このままではお父さんの体は滅茶苦茶になってしまいます!」

「引き抜いたら魔力が暴走して変質化が進むわ」


 首に突き立てられた魔力剣は、奇跡的にも肉体変性に歯止めをかける"栓"の役目をしていた。ケアは既にジェイクの遺体の魔力動態を見極め、この肉体は助からないと判断していた。



 しかし、魂だけは無事である。


 せめて別の肉体(うつわ)があれば、残された女神の力で魂を移し替え、存在そのものは救うことができよう。イザイアとまったく同一の遺伝子型と表現型を有す肉体さえ用意できれば――。


肉体(うつわ)があれば…………っ!」


 ケアは、はっとなった。


「リア・アルター! 今から言うことをよく聞きなさい」

「何か父を救う手立てがあるのですか」

「城に戻ってアレを引き上げるの。出来る!?」


 有無を言わさぬ問いに、リアは覚悟もままならない状態で頷いた。



     ○



 地中深くに沈みゆく城の内部がエンペド・リッジという男の墓場だった。

 敗北の爪痕を刻んだ痛ましい姿で倒れている。

 光も届かず、灯りも消え失せ、暗黒の中へと沈んでいく。

 周囲は、ごごごという振動音が鳴り響く。

 アザレア城が地中深くへと沈んでいる。


「ケアよ……」


 エンペドはその沈みゆく暗黒の中、虚空に向かって神の名を呼んだ。

 赤黒い靄がその中に浮かび上がった。


「はい」

「なぜ私は負けたのだ」

「リィールが妨害しました。その娘のアンダインが改変に最初に気づいたのが大きな敗因です」

「クッ……クックッ……」


 エンペドは皮肉にも笑っていた。

 その虚空を眺める目に既に光は失われている。

 諦めたような雰囲気を思わせる。


「もう終わりか。前世に比べたら極めて短い生涯だった。四半世紀ほどしか生きておらぬではないか」



 その会話の様子を城内に舞い戻った混血の少女リア・アルターは息を潜めて見守っていた。



 アザレア王国の参謀。

 『稀代の魔術師』として後世に名を遺したエンペド・リッジの最期である。その男は四肢が切り離され、血塗れの議会場で倒れたままだ。

 それでも往生を遂げたと満足しているのか、足掻く様子は見せたりしない。ただ目を瞑り、暗黙の中でアザレア城の城内でひっそりと息を引き取ろうとしていた。

 女神はそんな哀れな魔術師に語り掛けた。


「貴方は人々に絶望を与え、神の恐ろしさを民に知らしめてくれました。時が流れれば、この事件も風化します。しかし、その名は後世に語り継がれることでしょう」

「それは予定調和か?」

「はい」

「ふ……そうか……」


 ケアは最後に一言だけ伝えた。


「貴方にもう一度、チャンスを与えます」


 エンペドは驚いたように目を見開いた。身体は既に自由が効かないのか、ピタリとも動かなかったが、その反面、頭だけを起こして少しでもその話に耳を傾けようと力を振り絞っていた。


「な……に……」

「後世では貴方が遺した子孫が魔術師として繁栄します。その中で、貴方とまったく同一の遺伝子型と表現型を持つ子が生まれる可能性が極めて少ない確率で存在します。もしその子が生まれた場合、魂を移し変えることができましょう」

「それも、予定調和……か?」

「いえ、無限に拡散する未来の一つです」

「ほう……期待するな、という事か」


 エンペドは溜息をついた。

 可能性では諦めるしかない、と言いたげだ。


「だがな、ケアよ……私が再びこの世に生を与えられようとも、それは意味のないこと。その時には戦争の在り方も異なり、女神も剥製となっているかもしれぬ」

「意味はあります。貴方の考えからヒントを得ました――それが虚数魔力です」

「虚数……まさか、時間を超えようと?」


 女神はそこで提案した。

 虚数魔力を創ろう。世界を支配しよう。

 それがすべての始まり。

 此処から二人の因縁が始まった。リアはその姦計の一頁を目の当たりにして息を呑んだ。

 利害が一致した二人。

 一つの戦いが終わりを告げる中、悪の魔法使いは高らかに笑い、陰謀の成功を祈願した。


「クックック………はーっはっはっは……!」


 死に体と思えぬほどの笑いが城内に響く。

 その声は枯れ果てて聞こえなくなり、エンペドは死んだ。



 やがて女神である赤黒い靄も姿を晦まし、リアはようやく行動を開始した。その部屋の中に入り、エンペドの遺体を担ぐ。


「こうして見ると確かにそっくりです……」


 リアとしては複雑な気分だ。

 安らかに永眠したエンペドの顔は父の生き写しのようだった。いや、父の方がエンペドの生き写しと言うべきだろうか。

 急いでその遺体を担ぎ、城内を後にした。



 "――魂を移植する方法が残されてるわ"



 名も無き英雄の大元(オリジナル)の魂は『イザイア・オルドリッジ』という男のものだった。故に女神やエンペドは彼を『イザイア』と呼ぶ。

 イザイア・オルドリッジは、エンペド・リッジと遺伝子型、表現型ともに全く同一の存在である。だからこの時代のエンペド・リッジという肉体にイザイアの魂を移すことは可能である。

 ケアは危機に瀕した状況でそう提案した。


 皮肉にも……エンペドの肉体は、これまで『イザイア』の魂を納めていた半魔造体(デミ・マギカ)の肉体よりも良く馴染むことだろう。

 半魔造体は神性魔力が染み込んだ猛毒の壺。

 そこに強制的にヒトの魂を留めていたのは魂の指輪『プレゼンス・リサーキュラー』だったが、豊潤な魔力を秘めただけの純粋な"人間"であるエンペドの肉体(うつわ)にはそういった類いの毒気がない。



     …



 リアはエンペドの遺体を、奇形化していく肉体の傍まで運び出した。

 並べてみると白と黒の正反対の存在だ。

 裏表のような対称的な二人に驚いた。

 白が人間(エンペド)で、黒が半魔造体(イザイア)



 この魂の移植は、弱体化を招くだろう。


 神性魔力や虚数魔力を失った父は実質的に『時の支配者』でも『神の超越者』でもなくなる。未来への帰還の道が断たれることも意味していた。

 リアは嘆いた……。

 だが背に腹は変えられず、彼の命脈を保つためには致し方ない。仮にこれで未来に帰れなくなったとしたら、リアは彼とともに生涯をこの時代で生きていく覚悟も決めていた。



 エンペドの遺体には足りない部品があった。

 稀代の魔術師はリゾーマタ・ボルガを巡る戦いに敗れ、右腕と左脚が切断されている。

 それを補填したのは単純な鉄骨や歯車――。


 リアはそこかしこで悪神の襲撃にあった五人の賢者を助け出し、グノーメの力も借りて人工の腕と脚を用意した。

 それらを埋める血肉は元のジェイクの体から移植して、ケアが封呪の魔族紋章を刻み、何とかエンペドの体を基本骨子として肉体に融合させていく。

 まるで継ぎ接ぎ人形のような体である。


「魂の移植はどうやるのですか」

「元の肉体に繋がれていた"鎖"を外すわ」

「指輪を外す……のですか」

「ええ。魂は本来あるべき器に納まるもの。近くに『抜け殻』があるのなら自然と引き寄せられて生体憑依(ターンオーバー)は可能となる……この私がそうだったように」

「ターンオーバー……」


 リアは父親の救命の中、抜け殻(ケア)であるはずのリピカに似た少女の正体が何なのか悟った。

 悪神エンペドと同じ並行世界からやってきた女神の成れの果て。それが自分たちが過ごした未来からやってきた『抜け殻』に引き寄せられ、折り重なった存在なのだろう。

 ――即ち、この少女こそメルペック教皇リピカ・アストラル。女神だった頃の記憶も持ちつつ、女神であるはずがない少女の原点だ。


「交代、ということですか」

「……エンペドは望んだ肉体を手に入れた。イザイアはそのエンペドの体に……」


 後にリピカとなる少女が嘆く。

 『神の羅針盤』『虚数魔力』『半魔造体』『アーカーシャの系譜』――すべてケアが生み出してきた凶悪兵器の数々。それが今ではすべてエンペドの物となった。

 文字通り、英雄の選手交代というわけだ。

 エンペドの場合は反英雄となるだろうが――。



 こんな結末は望んでいなかった。


 果たしてあの悪神に勝つ方法があるのか。

 これまでも立ち塞がった悪を倒したのは『名も無き英雄』の暗躍があってのもの。

 その彼も、今では敵との力の差は歴然だ。



 最強最悪の男と弱体化した英雄。

 それでもリィールは"希望は残ってる"と言った。


 勝てる方法は必ずあるということだ。




第5幕 第4場 ―アザレア大戦・裏― 完。


アザレア城でのエンペドとケアのやりとりは第3幕 第3場「Intermission3」にも収録されています。

次回から主人公視点に戻ります。

最終章スタートです。


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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
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【魔力の系譜~魔道具一覧~】
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