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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第4場 ―アザレア大戦・裏―
308/322

Episode251 第五元素のプラトⅢ


 ティマイオスは雷槍ケラウノス・ボルガを頭上に掲げている。

 それは上空の雲から雷を喚ぶサイン。

 己が魔力の限界を超え、自然界の凝縮された力を司る気象魔法の御業だ。

 落雷した稲妻をケラウノスで受け止め、ティマイオスは帯電する槍の矛先をグノーメに向けた。


「これが無限のエネルギー! 天空より神が遣わせた覇者の力ですわ」

「……ケッ、気取りやがって」


 グノーメはそんな魔道師に悪態をつく。

 彼女が跨るアーセナル・ボルガはせいぜい地上を這うことしか叶わぬ人類の機巧。その動力源は土属性を司る精霊力によるもので、ケラウノス・ボルガの動力となる雷とは文字通り"天と地"の差がある。



 ――そのアドバンテージをどう凌駕するかが勝利の鍵だ。

 グノーメは背後に一瞥くれた。


「エトナ。またちょっと暴れるぜ。掴まってな」

「お荷物なら降りるわよ?」


 エトナは後部座席からグノーメを覗き込んだ。

 本来ならマウナを説得するために連れてこられた身だが、此処に居ないのなら邪魔でしかないと、彼女も重々承知していた。


「この勝負、勝利の鍵を握ってんのはお前だ」

「え……わ、私?」

「あぁ。いいから付いてこい!」


 グノーメが単車を蹴ってハンドル部をひねった。

 ――グォオンと車輪が唸る音が鳴る。



 雷鳴が轟いたのも、それとほぼ同時だった。

 地上に再現した雷はケラウノス・ボルガから放たれたもの。

 既にティマイオスは雷槍の攻撃を始めていた。


「話し合いの時間を与えるとお思いでして?」


 横一直線に稲妻の光線が襲いかかる。

 それこそケラウノス・ボルガの攻撃法。

 天空より充填した雷を矛先から射出する雷属性の高位魔法。『レールガン』の上位互換にして『神の雷(サンダー)』の廉価版。

 廉価といえ、一撃で軍隊を蒸発させる力がある。

 通常の人間が触れれば一溜まりもないだろう。



 グノーメは寸でのところでアーセナル・ボルガを動かして回避した。そのまま疾走を開始する。

 だが、平たい屋上の狭い立地では思うように走ることは出来ない。そう考えたグノーメはすぐさま屋根の端から土魔法で緊急の道を築き上げ、そこを駆け抜けた。


「ふふ! 逃げようったって無駄ですわ!」


 ティマイオスはその影を目で追いかけ、雷槍を器用に振り回して次弾を構えた。

 振り回す度に火花のように紫電が飛び散る。

 グノーメも横目に睨みながら土魔法で道を造り続けた。螺旋階段のように生成した道をくねらせ、再び屋上へ舞い戻る。


「逃げたわけじゃ――ねぇんだよ!」


 アーセナル・ボルガへハンドル経由で魔力を通して前方のハッチを展開した。

 そこから出現する岩の砲弾。

 弾丸を二つ発射させ、ティマイオスめがけて攻撃する。


「随分と原始的ですのね……!」


 事も無げに、くるくると雷槍を回して足元へ突き立てるティマイオス。

 ――カン、と小気味いい音が響いた。

 直後、彼女の周辺を電撃の網が囲い出す。

 岩の砲弾は電撃の網に触れ、一瞬で蒸発した。


「……ッ!」


 その光景を視界に収めながらグノーメはティマイオスの脇を通り抜ける。すかさずまた屋根から屋根へと突貫工事の道を造り、疾走した。

 ティマイオスも振り返り、標的を見定める。

 その動きは卓越した槍兵のそれだ。

 "魔道師"を名乗る者にしては異常な変貌を遂げている。

 精霊との契約により人間から賢者へ昇華した彼女は、その身体機能も強化されたらしい。


「チッ……あの槍、意外と厄介じゃねぇか」



「逃げ続けて頂いても構いませんわ!

 (わたくし)には天より授かりし無限の魔力があるんですもの。

 あっはははははははは!!」



 ティマイオスは高らかに笑って雷槍を掲げた。

 またしても上空から雷鳴が轟き、ボルガを避雷針とするように落雷する。



 そして雷槍が帯電した。



 どうやら雲をどうにかしない限りはケラウノス・ボルガの強力な魔法は無くならないらしい。

 例えるなら……。


「あいつが端末(デバイス)で、雲が蓄電池(バッテリー)か」


 グノーメは機械工という職業柄そんなイメージが浮かび、頭の中で簡単な模式図が完成した。

 どちらかを壊してしまえばいいのだが、こちらから端末(ティマイオス)に攻撃をしかけても周囲に帯びた電撃の網を前に、原始的な岩の砲弾は無効化されてしまう。

 一方、雷雲はあまりに巨大で対処は不可能。



 ――対処は不可能。


 その思い込みが敵の隙となる。

 グノーメには戦いが始まったときから既に思いついていた攻略法があった。自らも過信のあまりに陥った罠だ。

 だからこそ閃いた。

 何事も過信は禁物なのだ。


「ど、どうするのよっ!」


 アーセナル・ボルガで屋根や臨時の道を駆け抜け続ける中、後部に跨るエトナもグノーメに必死にしがみつきながら不安そうに問いかけた。


「待ってろ! 今、考え中だ!」

「さっき策があるようなこと言ったじゃない!」



 エトナが勝利の鍵。確かにそう言った。

 二度、雷槍と抗戦してもその考えは変わらない。

 問題なのは、そこに至る過程である。


『……グノーメ、聞こえますか?』


 突如、透き通った声が耳元で囁いた。

 グノーメはぶっきらぼうに応答する。


「ああ。随分と遅かったじゃねーか」

『あのですね。簡単そうに思うでしょうけど、これけっこう至難の業なんですよ』

「はいはい。そりゃ悪かったな。

 こっちも気遣ってる余裕はねえ――っての!」


 グノーメは車体を傾け、襲い掛かる『神の雷(サンダー)』の矛を躱してみせた。ティマイオスは逃げ続ける二人を今なお追い続け、雷槍の矛先を向けている。

 不敵に笑い、優雅に攻撃していた。

 余裕な敵の様子にグノーメは苛々している。


『練習では貴方がこんな速さで移動してなかったんですから、なんとか追いついたのを褒めてほしいくらいですね』

「へいへい……」


 グノーメは少し時間差で聞こえるシルフィードの小言を受け流した。

 ――単車で走り抜ける中、どこからともなく語り掛ける存在はシルフィードだ。風の精霊との契約により、彼女は声を"風"に乗せることができるようになった。

 音声を風魔法に変換して飛ばす力である。


「ちょうどいい。早速だが、援護頼むぜ!」

『……標的は?』

「あのクソ女だ!」


 グノーメは横目にティマイオスを睨んだ。


『ジェイクさんが怒るのでは……?』

「知るかよっ! あいつは謂わば、あたしたちクレアティオの民、全員の敵だぜ。

 妖精王(ババア)の仇を取るんだよ!」

『……』


 ジェイクからは誰一人殺すなと忠告を受けた。

 ヒトを殺めれば、敵の思う壺だからだ。

 それ自体を目的としているエンペドにとっての真の勝利とは、敵味方関係なく、より多くの死を精製すること。


 グノーメもそれは分かっていた。

 だが、この怒りを理性で抑えられるほど――あの男ほど、人間は出来ていない。敵の中でも特にエンペドの側近のように振舞うティマイオスの存在を許せるはずがないのだ。


『着弾まで三十秒、時間をあけます』

「上出来だ……」


 グノーメはハンドルを切った。

 グォォンとアーセナル・ボルガを唸らせて屋根から屋根へ、時には宙を駆けて翻弄した。



 ――三十秒。


 それまでなるべくティマイオスの注意を引く。

 無駄と分かっていても岩の砲弾を連射した。

 ティマイオスはそれらを容易く電撃のバリアで潰し、雷槍のサンダーをグノーメに叩き込んだ。



「ふふ、(わたくし)の魔力に持久戦で挑むと? 間抜けな作戦ですのね! 第五元素の力を舐めないで頂けますかっ」


 一つ隣の建物の屋上へアーセナル・ボルガが降りた直後、狙い済ましたようにティマイオスは雷槍から『サンダー』を放った。

 それが車輪に直撃し、砂鉄の車体が崩壊した。

 着地の折、ズシャリと車体がひしゃげた。


「うおっ!?」

「きゃああああっ」


 落下の衝撃で機体は押し潰され、グノーメとエトナは放り投げられるように屋根を転がった。

 アーセナル・ボルガもただの鉄の筒に戻る。


「あっはは! 隙は与えないと言いましてよ!」


 間髪入れずにティマイオスは『サンダー』を雷槍から放った。

 バチりと稲妻が宙を翔ける。

 道を挟んで向かいの屋上へと迫り来る。


「クソったれが!!」


 グノーメは腕を振り、土の魔力を放つ。

 崩れた車体の砂鉄を再構築させ、防護壁を築き上げた。

 そこに『サンダー』が直撃して何とか防ぎ切る。


「おつむは低そうなのに存外、器用ですのね」

「見た目のことは余計だぜ……っ!」


 サンダーに耐え続ける防護壁。

 短く悲鳴を上げるように壁の一部が弾けた。

 そろそろ三十秒が経過する。



 ――敵の背後から深緑の一矢が迫る。


「……っ」


 グノーメは苦戦するような素振りを見せ、その実この好機を待っていた。視線が逸れそうになるのを堪え、ティマイオスの背後から魔弾が迫っているなど、決してそんな態度を悟らせないよう努めた。

 雷の魔道師は余裕の笑みを浮かべている。


「…………くっ」


 その笑みは勝利を確信してのものか。

 こちらの狙いを看破してのものか。

 しかし今、雷槍という端末(デバイス)はグノーメとエトナに矛先を向けている。寸前で魔弾の存在を察知されようとも、急に攻撃から防御へと動作変更できようものか。

 順調に必中の魔弾は迫っている……。




「本当に、お馬鹿さんの寄せ集めですわ」



「――!」


 だが、甘かった。

 ティマイオスは振り向きもせず、雷槍を持つ手とは反対の手を掲げ、パチンと指を弾いた。

 刹那、雷雲が轟いて小さな稲妻が落雷する。

 それがシルフィードの魔弾に直撃し、虚しくも爆散した。

 風の力を纏った魔弾は、弾けるとともに暴風を散らせた。


「今のが切り札? 子供騙しも良い所です」


 魔弾の爆風を背後に、鼻で笑うティマイオス。

 それでもグノーメはティマイオスを睨み続けた。

 やはり、と彼女は心の内で考えを巡らせる。


 当初の作戦を成功させる過程。

 その順番(・・)が整理できた。



「さぁ、覚悟はできまして? 第五元素の前では土であろうが、風であろうが、古代妖精種の魔法など無力に等し――」



 刹那、グノーメは目の前の防護壁を解いた。

 体を反らすとグノーメの(・・・・)背後から迫る二射目の魔弾が軌道を曲げて通過した。

 シルフィードの援護は一発ではなかったのだ。


「え……!?」


 ティマイオスは一瞬戸惑うも雷槍を立てた。


「くっ、悪あがきを……!」


 バチッと紫電が網目状に展開してバリアを成す。

 間一髪のところで防いでみせた。



 グノーメはその隙を見逃さず、足元に転がった『盃』を蹴り上げ、宙で掴むと屋根からジャンプして再度アーセナル・ボルガを出現させた。

 グォンと車体が唸りを上げて走り出した。

 エトナを置き去りにしたまま。


「エトナ! 合図したらアレをやれ!」


 去り際に突然、注文をふっかけられる。

 エトナは遠ざかるグノーメの背中を見て慌てふためいた。


「アレって何よ!?」

「あの女を地獄(・・)に放り込むんだ! 得意だろ!?」



 ――ああ、とエトナは悟った。


 それが私の役目か。察して、そう呟く。



 エトナが唯一と使いこなす獄中魔法。

 それが端末(ケラウノス)蓄電池(サンダー)を分け隔てる攻略法だった。

 慢心は隙を生む。

 グノーメもその魔法にやられて蜘蛛型兵器(アラクネ)の地中潜伏を無効化されたのだ。

 それは世界と自己を隔離する究極の結界魔法。

 雷雲を排除するにはもってこいの策である。


「本当にいつも急なんだから!」


 文句を垂れながらもエトナは右手を翳して魔力を込めた。

 彼との『血の盟約』で結んだ絆の魔法。

 虚数魔力をその歌に乗せ、彼女は『詠唱(アリア)』を紡ぎ出した。



 "かつて世界を救いし者、孤高の大地で何を愁う……"



 "幾度の戦火に抱かれよう。無数の剣戟に晒されよう……!"




 グノーメはエトナへの指示と並行して、ティマイオスの引き付けを忘れず、岩の砲弾を放ち続けた。アーセナル・ボルガを操縦し、さらには地上と屋上とを繋ぐ滑走路を築き上げながらだ。

 目まぐるしくもすべての工程を熟すのは彼女の器用さ故。機械工として設計図通りに作品を造るときもこんな膨大な数の情報処理を淡々とやってきた。

 だから特に苦でもない。


『グノーメ……!』


 シルフィードの声が囁きかけた。

 今度はそちらへも指示を送らなければ。


「いい狙撃だったぜ、シルフィード。次も頼む」

『でもサンダーが邪魔しますよ』

「今度の標的は一射目と二射目で分けろ」

『標的を、分ける?』

「最初の一射は――」



 シルフィードはグノーメの作戦を聞いて思わず黙り込んだ。その作戦は無謀な彼女だからこそ立てられる、正気とは思えぬ戦術だった。



『はぁ……狂犬の異名は伊達じゃないですね』

妖精王(ババア)が認めるだけあるだろう?」

『――ええ』


 シルフィードは風魔法の通信の中、不思議と笑いが込み上げてきた。最初はあれだけ馬が合わないと感じたドワーフの機械工が今では相棒のように感じられる。


『さすがはティターニア様です』


 その言葉は少なくとも通信相手のグノーメだけに向けられたものではなかった。


「んじゃあ、弔い合戦の締めを飾るぞ! 二射目は合図するまで待てよ!」

『了解です』


 グノーメとは長い付き合いになるだろう。

 今は亡き王の姿を想い、シルフィードは清々しく応えた。



     ◇



 高台の上から主戦場を望む。

 シルフィードは魔弓エアリアル・ボルガを構え、屋根から屋根へと駆け抜ける小さな影を視線で追い続けた。


「風の精霊たちよ。ここに力を解放します」


 ぶわりと吹き上がる一陣の風。

 それがシルフィードの蓬色の髪を巻き上げた。

 深緑の魔力を纏う風が次第に、禍々しく反った木製の弓へと伝わっていく。――その魔力を養分とするように、弓は先端の(リム)はメキメキと伸長させ、枝や葉が小さく生え始めた。


「――――」


 視線は真っ直ぐ、標的へ。

 猛禽のような鋭い視線が、千里眼となって主戦場を狙う。

 ぎり、と引かれた弓弦はシルフィードのか細い腕が引いているとは思えぬほど張り詰める。

 生成された魔弾の矢は風を纏った。

 番えた矢は解放を待つ猟犬のように暴れ、唸っている。



 狙いを定めた。

 飼い主は猟犬に標的の"臭い"を覚えさす。



「さぁ、食らいなさい!」



 とうとう猟犬は放たれた。

 まるで砲弾が火薬の力で押し出されるかの如く。

 ズドンという轟音を上げ、猟犬は空を翔けた。



 澄ました視線で二射目を番えるシルフィード。

 この二匹目こそ、復讐の一矢となるだろう。



     ◇



 放たれた猟犬を、狂犬の名を持つ機械工は片目に見やった。

 タイミングはばっちりだ。

 クレアティオが誇る主砲は狙いの精度や射速、飛距離のみならず、放つ時節すら優れている。


 グノーメはアーセナル・ボルガを巧みに操り、雷槍の攻撃を躱し続ける。――逃げ惑うように見せ、その実、一射目の猟犬に自ら近づいていた。




「お次はなに? 攻守ともに完璧なこの私にどんな手を使っても無駄でしてよ!」


 魔道師は槍をくるくると操り、矛を振るった。

 一振りするだけで高電圧の稲妻が大地を駆ける『工廠』に襲いかかる。


「ハッ、気取ってな! この世に完璧なんてないってことを思い知らせてやるぜ」

「ふふふ、それは地上の愚かな生命体に限った話でしょう? 我が統べるは高層(プラト)の魔! 第五元素ケラウノスの力を手に入れたこの私が、此処に『完璧』を顕現しますわ!」


 ティマイオスは電磁の網を周囲に纏わせた。

 今まで以上の激しい紫電が飛び散る。


「へっ……だから何だってんだ」


 グノーメは旋回してティマイオスに迫った。


「今度は自爆でもするつもり? 捨て身は敗北を認めた愚者の策ですわ!」


 長い屋上を駆け抜ける。

 ティマイオスは一直線に迫る対象を見定めて雷槍ケラウノス・ボルガを構えた。

 電撃を纏いながら火花を散らす――。


「そこです!」


 サンダーを一発撃ちこむ。

 グノーメは軌道を見極めて横に反れた。

 その背後に魔弾が追従して迫っているのをティマイオスは見逃さなかった。


「ふふふ、なるほど……! 貴方は囮ですのね。その後ろの魔弾こそが本命。私の注意を引きつけて背後に魔弾を隠し、直前で身を翻して私を穿つ。

 ――間抜けですわ! 丸見えですもの!」


「……っ!」


「ふふふ、どちらも潰して差し上げます!」


 グノーメは、しまったという顔を浮かべた。

 しかし突進を止めない。

 真っ直ぐティマイオスへと迫る。


 ティマイオスは雷槍を天空へ掲げた。

 暗雲から落雷が起こり、ケラウノス・ボルガへと雷の魔力が装填(チャージ)された。

 そうして軋みを上げて築かれる電磁の網。

 ティマイオスは稲妻のバリアをグノーメが間合いに入るその刹那に展開させた。ぶわりと広がる電子網がグノーメへと迫る。

 あれだけ広く電撃の結界を造られたら……。



 否、そうさせることが狙いだった。

 グノーメはにやりと笑ってハンドルを切った。

 アーセナル・ボルガは急旋回して垂直に軌道を変える。


「エトナ、シルフィード――今だっ!!」




 言葉を受け、エトナは最後の節を詠唱した。


「――彼の者の揺るぎなき眼差しは、屍の山にてその意を貫く。

 孤高の戦士に祝福あれ……!」


 透き通った歌声が戦場に響き渡る。

 赤黒い魔力が世界を支配した。

 顕現したのは戦士が目指した荒野の心象。


 アザレアの街を赤く染め上げ、無限に広がる荒野が紡がれた。

 三人は突如として荒野の世界に誘いこまれた。



     ◇



 風の音に乗せ、シルフィードは少し遅れて合図を聞いた。

 標的は既に定まっている。

 シルフィードは二匹目の猟犬を放った。

 解放の瞬間、高台から望む風景がぐにゃりと歪に曲がり、まるで絵の具を零した画板のように変色し始めた。


「え……!?」


 硝子細工を見るようだった。

 覆われた結界の中に一つの惑星が広がっている。

 赤く染まる荒野の風景――。


 曇天が広がるアザレアの街から隔離された球体は世界を浸食していた。



 しかし、必中の魔弾は既に放った後だ。

 球体の内部の者を標的に、矢は猛烈な勢いで球体へ迫る。

 即時にそこへ辿り着いた。

 猟犬は球体に近づくと軌道を反らし、まるで衛星のように、その結界の周囲を飛来し続けた。まるで中の獲物が出るのを待つ、獣の動きをしている。



     ◇



「なんですの……この魔法は……」


 燻る雷槍を前にティマイオスは悲嘆した。

 これまで世界の支配者のような気でいた彼女は、己が万能が崩れ去るのをひしひしと感じていた。


 見たこともない魔法。

 およそ再現不可能な神秘の魔法。

 これこそ神がもたらす奇跡の力だった。


 擬似的な自然支配ではない、本当の世界創造を成し遂げる神性魔法……。頭上を見上げても高層(プラト)蓄電池(バッテリー)は消滅していた。

 ――否、この荒野に元よりそれは存在しない。



 ここはエトナ・メルヒェンが紡ぐ世界。

 戦士の理想を追いかけて、孤高の大地でも信念を貫く少年の姿を想って映した心象世界だった。


「で、ですが、こんな結界に閉じ込めたところで何になるというのです。貴方がたの直接攻撃の手段なんて、たかだか原始的な…………え!?」


 車体を唸らせて走る小さなドワーフ。

 ティマイオスは二度目の驚愕を味わった。


 その狂犬に追走(・・)し続ける猟犬がいた。

 先ほどの高電圧のバリアに巻き込み、蒸発させたかと思っていた『追尾の魔弾』が、今なおグノーメの背後を追いかけている。



「ま、まさか、標的は私ではなく……」



「お察しの――通りだぜっ!」



 グノーメは進路を変えて荒野を駆ける。

 障害物だらけの街に比べたら随分と走りやすい。

 猟犬に追われながら優雅に滑走するアーセナル・ボルガの姿をそこに垣間見た。

 ――それは狂犬が演出したチキンレース。

 味方の攻撃を自らに狙わせることで、この心象世界へと魔弾を誘い込んだ。仮にティマイオスのみを標的としていれば、あのときの電磁バリアによって魔弾は消滅していただろう。



 グノーメは直前にその電磁バリアを回避した。

 その背を追いかける魔弾もまた、電磁網を回避するのだ。


「ふ……本当にお馬鹿さんですわ。それではいつかは貴方に当たるだけでしょう。それに、どうやら誤解しているようですが、ここで貴方がたを抹消するのに天の恩恵は不要でしてよ。ケラウノス・ボルガに残された『神の雷』で葬って差し上げます!」

 

「そいつはどうかな!」


 大きく旋回して助走をつけるグノーメ。

 アーセナル・ボルガは無限の荒野でさらに加速して音速に迫っていた。この世界でのドライブは心地よささえ感じられる。

 それほど何もない、ただ平坦な荒野なのだ。



「真正面から叩き込んでやる……!」


「次こそ粉々にして差し上げますわ!」



 今一度、グノーメは正面から一直線にティマイオスへと向かっていく。一旦止まれば、その身に背後から猟犬が穿たれるだろう。

 引くことも出来ぬこの状況。

 それを優勢と取ったティマイオスは、冷静に雷槍を構えてサンダーを装填した。



「うぉおおおおおおぉぉおお!!」



「っ……何故、ですの……」



 だが、真に優勢はどちらであるか。


 味方のいないたった一人の戦いでティマイオスは健闘した。その孤独感を満たす存在は、無機質な天空の雲の恩恵だけだ。

 それが荒野の結界によって絶たれたとき、ティマイオスを満たしていた充足感が、偽りだったと悟ってしまった。


 万能たれと願い、人類の魔法文明の発展に貢献し続けたティマイオス家の中でもロクリ・プラト・ティマイオスが寄与した魔術功績は大きなものばかりだ。


「愚かなドワーフの分際で!!」


 その後ろ盾に稀代の魔術師がいた。

 彼の天才の目指す理想の世界を創ろうと突き進み続けた。

 ――稀代の魔術師エンペド・リッジ

 正常な倫理観を放棄し、幾度となく繰り返した第五元素の支配実験の数々。



 "兵士どもの死に終わりはない"


 "死んでも何事もなく生を繰り返すだろう"


 "そんな神秘の魔法があるのだ"



 その言葉を信じて血肉を捧げ、ティマイオスは賢者となった。精霊との契約を追えて手に入れた、無限に漲る雷の力は彼女の孤独を満たした。



『彼らの死は"永遠に終わりません"から』



 それは不幸なことではないのか……?

 一瞬掠めたその"答え"を捨てたことをティマイオスは後悔していた。

 後悔していたのだ……。


「天空を統べる高層(プラト)の魔法。それが……私が目指した文明の最高峰……」


 自身に言い聞かせるように呟いた。

 ティマイオスは雷槍ケラウノス・ボルガを構えてサンダーを放った。


「私の発明は万能です!!」


 雷槍を突き、その矛先から一筋の稲妻が光った。

 稲光りは屈折しながらも、真っ直ぐグノーメへと向けて襲い掛かる。



 捉えた――。

 躱しようもなく、神の雷は地を這う狂犬に裁きを下した。


「……!?」


 ティマイオスは我が目を疑った。

 突如として猪突猛進に迫っていたアーセナル・ボルガが姿を晦ましたのだ。



「いっけえええええ!」



 否、姿を消したのではない。

 アーセナル・ボルガは元の砂鉄に戻ったのだ。

 音速に迫る勢いで走り続けた『工廠』の魔法を、グノーメは自ら解いた。

 必然的に宙へ放り出される小さな体。

 グノーメはアーセナル・ボルガが消えてなくなる直前に単車から跳び、ティマイオスの脇を頭から飛び込んで荒野に身を投げた。


 ズシャアァと滑る褐色肌の少女。



 併せて『鉄の筒』が後を追うように宙を舞う。

 弧を描いて舞う鉄筒をティマイオスは目で追いかけた。


「はっ……!」


 違う。それを追いかけてはならない。

 本命はそれではないのだ。彼女がわざわざ危険を冒して連れ込んだのは――。



 それは天罰をもたらす筆誅の魔弾。


 ギンと凶悪な音を立てて正面から矢が迫る。

 魔弾が標的としていたのはグノーメではなかった。シルフィードの千里眼が見定めていた標的はアーセナル・ボルガの本体にしてハンドル。

 今まさに宙を舞う鉄筒だったのだ。



 その両者の間にいるティマイオス。

 軌道に入れば、いくら必中の魔弾といえど"標的以外"をも穿つだろう。


「こ、この……小癪なっ!」


 ティマイオスは後から迫った狂気の魔弾を前に雷槍を振り回して大地へ突き立てた。

 かろうじて電磁バリアの展開に成功する。

 自分の四方周囲に電磁の網を纏う。

 その網に、猟犬として標的を追い続けた魔弾は捕らわれた――。


「はぁ……はぁ……敢え無く失敗、ですわね」


 命からがら紡いだ電磁バリアによって、ティマイオスは精霊力の大半を失っていた。蓄電池(バッテリー)となる雷雲さえあれば、こんなことにはならなかっただろう。しかし、何はともあれ彼女らが目論んだ攻撃手段はすべて防ぎ切った。


 防ぎ切ったはずなのである。



 ティマイオスが敵をぼんやりと視界に収めると、その狂犬は意気揚々と叫んだ。


「エトナ、やれ!」


 グノーメは倒れたまま遠くの仲間に声かけた。


「わかったわ……!」


 その合図で荒野の世界は崩壊していく。

 世界を浸食していた結界がなくなり、再びアザレアの街へと戻される三人。



 ――その好機を待ち侘びていた"猟犬"がいた。




「え……」



 狙い澄ましたように魔弾は進行方向を変えた。

 天から堕ちる稲妻のように、射速を失うことなく駆け抜ける二射目の天罰。

 暴風を吹き荒らしながら神速で迫る猟犬だ。

 それがギン、と凶悪な音を立て――。



「ごふっ……」



 ティマイオスの胸を背から穿った。

 突き刺さった魔弾はまるで釘のように彼女の体を屋上へ打ち付けた。


「二、二発目の魔弾……。結界魔法は、魔弾を時限式にするための、罠……?」



 敵の連携は見事なものだった。

 ティマイオスは彼女らの結束に敗北したのだ。


 どくどくと胸から血が溢れ出る。

 失意を感じたティマイオスは血だけではなく、頬を伝って涙が流れ落ちるのを感じていた。

 全知全能の力を手に入れ、満たされていたと思っていた心の充足感はすべて偽りだった。それは倫理観を失った自身に下った天罰か――。

 血も涙も捨てたはずのこの身にも、まだそれは残っていたらしい。


「テメェの――いや、アザレア軍の負けだ」


 グノーメは既に死に体の魔道師に告げた。


「…………はい」


 それ以上は口にする力は無い。

 風の力を宿した狂気の矢はティマイオスの体内で力を放出し続け、精霊の力を搔き乱してゆく。このまま放置すれば、精霊契約を交わして不老不死となったティマイオスも長くは保たない。


 ティマイオスは息絶えるように項垂れた。



 だが、破滅の矢を引き抜く存在がいた。


 それをぶっきらぼうに放り投げる小さな影。

 杭を抜かれたことでティマイオスは投げ出され、無様にその場で倒れた。朽ちた体だが、自然と天上からの雷の精霊力によって回復していく。


「なぜ……情けを……」


 ティマイオスに情けをかけたのは闘い抜いたグノーメ本人だった。


「テメェは負けを認めた。なら終わりだよ」

「ふ……あまりにヌルい考えですわね……」

「ヌルいんじゃねぇ。テメェのクソみてぇな死に様なんか見たって得なんかねぇってことだよ。それに妖精王(ババア)を殺したのはお前じゃない」



 弔い合戦はまだ終わってない。

 復讐の相手はエンペドであり、この魔道師を殺した(・・・)のは戦争を一度終結させたという結果を創るため。

 軍の負けを参謀が認めたならそれでアザレア大戦は終わりなのだ。


「私を生かしておけばまた……争いが生まれるかもしれませんのよ」

「それはねぇな」

「何故そう断言できますの」



「――だってお前、後悔してんだろう?」



 グノーメは涙をぼろぼろと流すティマイオスの顔を見、真っ直ぐ言い放った。虚を突かれたティマイオスは顔をさらに歪めて大粒の涙を流し続ける。


「う……うぅ……ああぁああ……!」


 ティマイオスは泣き崩れた。

 孤独に耐えて魔法文明の発展に貢献し続けた。

 でもそれは何も意味がない。

 文明を築くのはいつの時代も大勢のヒトだ。稀代の魔術師にもそう反発しようとして出来なかった。

 それを彼女はずっと後悔していた。

 後悔しながらも依存して、悪の道に堕ちた。



 グノーメは魔道師に手を差し伸べた。


「最後にケジメをつけに行くぞ」


 ティマイオスはその手を握り返した。

 それぞれの叡智をぶつけて凌ぎ合った敵同士だというのに、なぜかその手は温もりに溢れている。



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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
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