◆ ターンオーバーⅢ
ターンオーバーⅡの続きです。
エンペドは焦っていた。
現状、リバーダ大陸へ渡る手段が絶たれた。
ラウダ大陸で立ち往生している間に『奴』はアザレア大戦の混乱に乗じてリゾーマタ・ボルガを手にする危険性がある。
奴――イザイアの目的は分からない。
幼少期より植え付けた英雄思想を考えるに、この時代がアザレア大戦の時代だと知れば、自ら解決に向けて動き出すのは目に見えている。
仮にイザイアが前世の自分よりリゾーマタ・ボルガを奪い取った場合、今の自分にとっても大きな弊害になる……。
「ええ? 今は渡航できませんよ。国王陛下が殺害された事件を知ってるでしょう? ただでさえ、向こうも大きな戦争をしてて、入国管理もろくに機能してないって話ですからねぇ」
「……」
「申し訳ないが、お引取りくだせえ」
とある港町まで遥々逃れてきたが、船着き場の船乗りに交渉しても相手にしてもらえなかった。
ハイランダー軍の特権で、というわけにもいかないだろう。
こちらの身分を明かせば、ルゴス国王の殺害犯であることがバレてしまう。既にペトロの者がエリンで大手を振って歩けたのは過去の話なのだ。
本来ならば、先日のエリン王家との交渉でこの東沿岸部一帯の利権を奪い、航路の確保も見越していたというのに……。
問題は国王の死だけではない。
エリンとペトロの蜜月が表面的なものであり、実際には不当な条約を交わすような属国同然に扱われていると民衆の目に晒されてしまった。
ある者の手によって。
「おのれ、海神め……」
エンペドは船着き場から引き返し、ハイランダー軍の潜伏する野営地へ戻った。
「どうだ?」
「渡航規制がかけられているようだ」
「そうか……ジョゼフ閣下を逃がすには北上するしかないか」
ハイランダー兵の一人がそう呟いた。
エンペドはあくまでジョゼフ=ニコラ=パンクレス閣下のためという理由でハイランダーを扇動し、リバーダ大陸を目指していた。
「くっ……」
だが、それも行き詰まりだ。
世界一つを"箱庭"として手中に収め、探求心が飽き足りるまで実験し尽してやろうと、彼は長い歳月をかけて力を手に入れた。だが、平行世界から訪れた"イレギュラー"をこのまま放置すれば、その苦労はほぼ水の泡に終わるだろう。
同じ能力を持つ存在は弊害なのだ。
早く抹殺しなければ、と焦りを感じている。
「北の大地は巨人族の縄張りだったか……」
「治安は悪いが、獣人族の縄張りよりマシだろう。我々の力なら巨人に劣らない」
巨人族に船渡しの能力があるか怪しい。
それに連中は保守的な種族だ。
小国エリンに隣接した土地で暮らすわりに、獣人族のようにロワ三国へ侵略してこないのはそういった種族性の現れだ。そんな彼らが突然現れた人間族に船を貸してくれるとは考え難い……。
ジョゼフ閣下やハイランダー軍はそこまで逃げられれば十分かもしれないが、エンペドには何としても大陸を横断しなければならない理由がある。
この際、手段は何でもいい。
手段は何でも――。
その時、エンペドの脳裏に憎き『海神』の顔が過った。
「……まだリバーダへ向かう方法はある」
「どんな方法だ?」
「なんてことはない。エトナ・メルヒェン女史が亡命に使った方法と同じものだ」
リィールに妨害された渡航だ。
その尻拭いは本人にさせよう。
神が何の為にメルヒェンを庇うのか、気になってもいた。
問題はその居所だが、検討はついている。
◇
その頃、リィールは旅支度を済ませていた。
用件が終わったら、ギャラ神殿に残ったケアと青魔族を連れてアンダインの後を追い、リバーダ大陸に向かうとジェイクと約束していた。
用件の一つであるオーガスティン・メルヒェンの名誉挽回は手際よく終わったし、オーガスティン自身も混乱を極めるエリン内で反同盟派の仲間と結託して居場所も手に入れた。
エリンは近いうちに大きな反乱が起きる。
最悪、独立戦争に発展するかもしれない。
そうなる前に早急にケアのことも避難させてあげたいというのがリィールの思いである。
――最後の用件も、それと並行して丁度終えたところだ。
「もう思い残すことはないかな?」
「うんー」
「それじゃあ出発しようか」
ひんやりとする湿った神殿内の小部屋にてリィールはケアに声をかけた。
「あぅ。まって」
「む、トイレかい? いや、ケアは偶像だからそれはないか」
「リィール、さいてい……」
デリカシーに欠ける神の言葉に、ケアは眉を潜めて不機嫌そうに答えた。
「じゃあ何だ。もう荷は全部詰めたろう?」
詰めたと言っても手荷物はなく、リィールの神殿空間に運び入れただけだ。
ある一つの『巻物』を除いて――。
「ペロにおわかれ言ってない」
「ペロ?」
そういえば、とリィールは思い出した。
ギャラ神殿周辺に放牧して飼っていた牛はこのまま放して野生に帰すつもりだった。元々エリンの高原地帯で生きていた野生の牛を青魔族が餌付けして手懐けただけだ。まだ野生で生き抜く力は劣れてないだろう。
その中にケアが特別可愛がっていた牛がいた。
リィールとケアは二人揃って外に出た。
世話係の青魔族数人も待たせているから名残惜しくしてたら彼らに悪い。
先んじて故郷に帰った家族との再会を彼らも待ち侘びている。
ケアはぬかるんだ畦道をたどたどしく小走りに駆け、野草を貪る愛牛に近づいた。ペロも見知った顔だからか逃げることもせず――かといって歓迎する様子もなく、ただひたすら草をむしゃむしゃと反芻していた。
「ペロ、げんきでね。ごはんたくさん食べてね」
ケアが小さな体で巨体の牛を撫でた。
ペロもぶもおお、と間延びした声を返す。
それで余計恋しくなったのか、ケアは無理やり背中に乗ろうとしたり尻尾を掴んで引っ張ったりと名残惜しそうにスキンシップを取っている。
長閑な雰囲気が漂う。
ケアはそんなスキンシップの最中でも決して巻物を手放そうとはしなかった。それだけは頑なに他人へ渡そうとしない。
「聖典、アーカーシャの系譜か……」
それに刻まれた言霊は正真正銘、本物だ。
女神の知恵が刻まれた文字なら『魔力』の起源が書かれているかと期待したが、どうやらそうではないらしい。
アーカーシャは『虚』を意味する神代の言語。
書かれた起源は魔力全体ではなく、その一部だ。
女神が『虚数魔力』を創った経緯を伝承のように綴っている。
だから内容が『名もなき英雄』の物語なのだ。
リィールはそれを読み、ジェイクが体験してきた未来やケアが邪神へと変貌した背景が分かった。今まさにリバーダ大陸で起きている厄災のことも。
ただ、分からないのはその目的……。
なぜ、彼女は聖典を創った。
吸血などという属性も付加して『虚数魔力』を封じ込める封印法典をわざわざ用意した動機だけは神にも理解できない。
それも、意思を持たないはずの抜け殻が。
リィールは牛と戯れるケアを眺めた。
無邪気に遊ぶ彼女に禍々しい様子はない。
当然だ。そこに居るケアは女神自身ではない。
女神自身ではない、はずなのだ。
「ケア――」
「んぅ?」
ケアはペロに別れを告げ、手を振っていた。
不意に呼ばれて恍けた仕草で彼女が振り向く。
「いつまでその振りを続けるつもりだい?」
リィールは彼女に問い詰めた。
一瞬、ケアの表情が凍りついたように見えた。
「……」
応えない。
風が吹き抜けて薄紫色の長髪を揺らす。
リィールは確信を持って、続けた。
「君は相変わらずヒトを欺くことが好きだね」
「……?」
「恍けても無駄さ。夫である余の眼を誤魔化せると思ったの?」
首を傾ぐ彼女だが、視線は冷たく、柔い表情だった先ほどのケアとは雲泥の差。
青い瞳が冷徹にリィールを射止める。
「余はこう見えてこの世界を創造した神であるぞ。どれだけ仕草や口調を別のモノに変えようとも本質を見抜くくらい、訳ないさ」
女神はヒトを謀ることが得意だった。
『こっちのケアは饒舌になった気がする。口調もちょっと違う気がするし』
いくらでも口調を変えられた。
随分と昔から。
勘の鋭いジェイクにも最初は気づかれかけた。
『ケア、まずレナンシーを倒すとか以前に俺が感じてる違和感を伝えたいんだが』
『いいよ』
『――お前、本当にケアか?』
その時は肝を冷やしたものだが、愚直な彼は欺き続けることができた。
だが、リィールはそういかない。
観念したようにケアは溜息をつく。
その仕草は驚くほど大人びていた。
「いつから気づいていたのかしら」
「気づくも何も、余は『ケアの抜け殻』と言われてもピンと来なかったからね。最初から君だと思って接していたとも」
「だったら何故、いまごろ――」
ケアは淡々と質問を返す。
リィールは柔らかく微笑んで見せた。
「お別れも近いことだし、最後くらい"ごっこ遊び"はやめようと思ったのさ。それと聖典を調べてから一つ気になることも出来てね」
「ああ、これ?」
事も無げにケアは聖典『アーカーシャの系譜』を持ち上げた。
「そこに書かれた『彼』の物語。最後まで読んだ」
「そう……で、感想は?」
「感想なんてあるものか。余にとっては全部、幻想奇譚のようなものさ。これから拝むこともないだろうし」
ケアは眉間に皺を寄せる。
ならば気になったことは何だ、と言いたげだ。
女神は以前から神の、この勿体ぶった言い回しが嫌だった。
「でも、よく分からないな。未来ではその聖典通りの結末を辿ったとしよう。いや、事実そうなんだろう? 君が見てきた彼の末路は」
「ええ、そうよ」
「――じゃあ、彼は一体、誰なんだい?」
リィールの疑問は至極真っ当だった。
聖典に書かれた虚数魔力の末路はすべて女神と共謀した男に帰着する。すなわち生まれ持って『虚数魔力』を手にした彼自身はもう、死……。
そのとき、森がざわめいた。
鳥が飛び立ったのだろう。
ギャラ神殿から見て東の方角に位置する森だ。
次いで青魔族の悲鳴。
「なん――?」
疑問を口にしようとしたリィールだが、その直後には体が吹き飛び、空に投げ飛ばされていた。
「――ッ!!」
浮遊感に襲われたが、すぐに機転を利かせて水田から水柱を沸き起こしてそこに飛び込んだ。そのまま水流を操作して地上に復帰する。
畦道の方から異質な気配を感じた。
リィールはすぐに水田の土壌を壁のように迫り上げて防護の体勢を取る。
しかし、それも敢え無く追撃が襲う。
その異質な気配は音も気配も一瞬の時間すら感じさせずに背後に回り込み、リィールを蹴り飛ばした。
「っあ……くっ!」
リィールは肉体を滑らせた。
地面を滑って、泥が服にこべりつく。
リィールは自らが成せる天地創造の術を駆使して反撃を狙う。
しかし標的を捉えることができない。
リィールは天地創造の神である。自ら創造した揺り籠で暴れる、有象無象の豪傑たちを手駒にする程度の力は持ち合わせていた。それでも敵わぬ神を超えた存在が現れたということだ。
――否、神を超える存在は既に一人会った。
だからこれが二人目だ。
『君と対になる"何か"あるいは"誰か"は必ず存在している』
その一人に手向けた言葉を思い出した。
まさか先に自分自身がご対面するとは露にも思わなかったが、いま襲いかかった相手こそジェイクと対になる存在だった。
「リィール、見つけたぞ」
「……?」
ようやく小休止を挟んで相手を視認した。
全身鎧にフルフェイスの兜を被った男だ。
その声はどこかで聞いたことがある。
リィールは肉体が壊れていないか心配になったが、まだ動きそうだ。大きく肩で息をしていると男は兜を取った。
「え……?」
そこにいた全身鎧の男は紛うことなくリィールもよく知る男だった。そもそも、これからその彼に会いにリバーダ大陸へ渡ろうとしていた。
「君が何故ここに……いや、なぜ攻撃を……」
リィールは混乱した。
神でも解せぬことはある。
それは当然だった。――リィールは、未来で起こった時空の歪みや神を超えた予期せぬ超常を体験したことがない。
だが、すぐ察した。
ケアが綴った『アーカーシャの系譜』の末路が答えだ。
書き手であるケアが見てきた"彼"とは、いま対峙している男の方なのだ。つまり、今まで正体を欺き続けたケアはこの男の仲間なのだろうか。
疑念を向け、ケアに一瞥くれた。
「……」
ケアは畦道の端、神殿付近で立ち尽くしている。
愛牛のペロは先の騒ぎで逃げ出したようである。
彼女は無表情で何を考えているか分からない。
対する鎧の男もリィールの視線に気づき、そこで初めて女神に気づいた。
「ケ、ケア……貴様、今まで何処にいたのだ!」
「……」
「よもやこんな地に……海神と共にいるということは古代の? いや、その姿をしてるということは私の知るケアで間違いないのだな」
「エンペド……」
女神にエンペドと呼ばれた男も動揺していた。
伏し目がちだが、女神ははっきり応えた。
「ようやくこの時代で会えたわね」
そう静かに返事をした。
その返事の意味を理解し、リィールは落胆した。
やはり予想通りだった。
なぜケアが目を伏せたのかの意味は理解できないが――。
「うむ。貴様が不在なまま、かなりの時が過ぎた。だが都合が良い。ちょうど『予定調和』が役に立つだろう」
鎧の男はケアに歩み寄る。
その顔はリィールの知る人物に瓜二つだが、仕草や歩き方は威厳があり、堂々としている。
「これからリバーダへ向かう。知ってるかわからぬが、奴が……イザイアが生きている。奇しくもこの時代で鉢合わせた。原因は分からぬが、『時間魔法』による時空の歪みが齎した弊害だろう。我々の目的のためにも奴は邪魔だ。抹殺にいくぞ」
「……」
エンペドは相棒に語りかけるように話した。
リィールはその光景を眺めて疑問符ばかり浮かんでいた。イザイアという名前は聞き慣れないが、予想するにきっとアンダインと一緒に先にアザレアへ向かった彼のことだろう。
ケアは何故か返事をしない。
その様子にエンペドも不審に思った。
「どうしたのだ。イザイアだ。奴がきっと――」
語り草から察するにエンペドにとって"イザイア"という存在は女神と共通の宿敵のようだ。だが、ケアはその提案を受け入れる様子も見せず、手に握りしめた聖典をするすると広げた。
「それは? 貴様、それは確か、奴の」
「知ってるわ」
「なに?」
「イザイアとはもう会った。彼は元気よ」
眉間に皺を寄せるエンペド。
女神は既に彼と会っている。それを憎悪もなく語る姿にエンペドは怒りすら覚えた。対面しているのなら何故すぐ始末してくれなかったのか。
未来で共謀した時には、躊躇いもなく肉体を奪い取ったというのに。
そう、その封印法典を使って、あっさりと解いた……。
しかし何故、とエンペドは怪訝に思った。
アーカーシャの系譜は古代に来るときには不必要と判断して置いていった。
それを女神が今、手にしている……。
刹那。ケアがぶわりと聖典を放った。
聖典は宙へ舞い、蜷局を巻いたかと思うと蛇のようにエンペドに向かって襲い掛かってきた。
「な――――ぐぉぉぉああああぁぁあっ!」
聖典がエンペドの首に巻きつく。
そこから赤黒い魔力が火花のように飛散した。
吸っている。
噛みつき、人の生き血を啜る蛇のように魔力を吸っていた。
「ケア……君は一体……?」
吸血の属性を纏う聖典に首を絞められ、のたうち回るエンペド。
その光景を見てリィールは声をかけた。
そこにいる女神は誰なのか。
「私は確かに貴方と一緒に古代に戻った女神。
……でもその先の未来も識っている。彼と王都へ行った。パウラに育ててもらった。大聖堂で別の私にも出会った。それはこの肉体に残された記憶……」
エンペドは絶叫してのたうち回っている。
引き剥がそうとするも剝がれない、虚数魔力特化の封印法典。
それはジェイクの体でも実証されたものだ。
「この青い瞳に映るそんな未来も輝いて見えた。
――ただ、それだけよ」
吐き捨てるように後悔するように、ケアは苦しむエンペドに向けて告げた。
これが……目的だったのか。
リィールはその二人の間にある隔絶を垣間見て、納得した。
彼女が聖典を創った理由。
それは懺悔のようなものだったのか。
かつての共謀者に、引導を渡すための。
ドドド、と蹄の音が長閑な水田に鳴り響いた。
馬の群れが森の方からやってくる。
リィールはお次はなんだとそちらを見やった。
確かめるに、エンペドと同じ鎧を着た兵士が隊を成して畦道を馬で駆ける。
その馬に、縄で縛られた青魔族の仲間が引きずられていた。
目を放した隙に拘束されていたようだ。
青魔族たちは槍を突き立てられ、すぐにでも殺されそうな状態だ。
――リィールにはそれが脅しに見えた。
颯爽と駆けつけた兵士たちはすぐにエンペドの下で降り、聖典を引き剥がした。
「……っ」
ケアは片目を瞑り、下唇を噛んでいる。
これは彼女にとっても不測だったらしい。
現れた仲間――ハイランダー兵のことは考えていなかったようだ。
彼らによってあっさり助けられたエンペドが呼吸を荒げながら起き上がる。
ふらふらだった。
随分、魔力を吸われたようだが、なんとか起き上がる力はあるようだ。
――訂正。
起き上がるや否やエンペドは瞬時に動き、ケアを羽交い絞めにした。
片手に魔力で武骨な剣を生み出し、それを喉元へ立てる。
それだけの力がまだ残されているようだ。
「くっ……はぁ、はぁ……ケアよ、血迷ったか」
「う……あぁ……」
ケアは苦しそうに喘いだ。
「何の真似だ。貴様、私に牙を向くとは……ふざけているのか? よもやこの場で私の殺意を煽ったとでも言うか」
「くっ……」
「アーカーシャの系譜だと? このような物まで用意して」
エンペドの文句は淡々としていた。
だが、怒りは言葉とともに増長しているようで徐々に羽交い絞めにする腕に力が籠っていく。魔力剣も喉に突き刺さっていた。
あと少しで串刺しにされてしまう。
神に肉体的な死の概念はないものの、ここでケアの肉体を破壊されればリィールが積み重ねてきたことが無駄に終わる。
「や、やめろ!」
リィールが叫ぶ。
後から現れた兵士たちは、手透きの者から得物を構えてリィールに対峙した。事態が予想外のことばかりで、神とはいえ、理解が追い付かないことばかりだった。
だが、彼女は少なくともリィールの知る女神だった。
正体がかつて邪神に堕ちた存在だったとしても、今はジェイクやエトナの味方をするべく男に立ち向かった。
疑ったことを申し訳なく思う。
彼女は慙愧の念で『アーカーシャの系譜』を創ったのだから。
ケアを助けたい。
それは予てからのリィールの願いだ。
ただ、エンペドと呼ばれる男の能力は桁違い。
ジェイクと等しく神を超える存在だろう。
ケアが人質に取られる状況でどう挑めばいいのか――。
エンペドは歪んだ顔で嗤った。
「少々予期せぬことがあったが、私の目的は変わらない。クク……リィール、貴様の力を貸せ。この堕ちぶれた女神を解放してほしいのだろう」
「……」
それはリィールが慕う彼と同じ顔。
だが、別人と云えるほど、酷く歪んでいた。
※次回更新は2017/4/15~16の土日です。




