◆ 魂の指環に想いを込めて
※エトナ視点
バイラ火山遠征組が出発して一日経った。
私たち、居残り組がやることは『神の羅針盤』に対抗するべく、風のボルガと土のボルガを作製すること。
なのだけど……。
それはシルフィードさんとグノーメの役目だ。
既にこの身は火・水・風・土の基本属性の魔力を宿していない。
ジェイクとの"契り"が原因だから、それはむしろ本望ではあるけれど、こうして各々が役割分担して頑張る中、何も手伝えない状況は不甲斐ないように思う。
私はこれでもメルヒェン家の長女だ。
失脚したとはいえ、以前はエリンの筆頭貴族。
その誇りを忘れたわけではない。
「ん~……っよし」
グノーメが基地に使っている洞窟住居から外に出て、燦々と照りつける日光に向けて伸びをした。
「いっちょ、取りかかるかねぇ」
やることが『モノ作り』なだけあってグノーメはやる気に満ち溢れている。先日のアザレア偵察で活躍できなかった憂さを晴らしたいのかな。
私はその後を追って外に出た。
グノーメが私の存在に気づいて振り返る。
「ん? なんだよ。エトナ」
「……手伝えることがあったら協力したいのよ」
「協力、だと?」
眉間に皺を寄せている。
手伝われるのが好きじゃないみたい。
職人気質なグノーメだ。
一人で黙々と作業する方がいいのだろうか。
「あたしの手伝いはいらねぇよ」
「でも、これから秘密兵器を作るわけでしょう? そんな大掛かりな作業に取りかかるなら人手があった方がいいんじゃないかしら?」
「大掛かりっつってもなぁ……」
グノーメは頬を掻いた。
「アンダインが言うには『盃』ってのは魔力を一ヵ所に蓄える儀式のことだ。造るといっても、まずは触媒となる鋳型が先なんだとさ」
「ショクバイ? ……イガタ?」
「要するに、盃にする物が必要なんだよ。器の鍛造なんてあたしの得意分野だから手伝いなんかいらねぇってことだよ」
しっしっと手を振られ、あっちに行けと合図を送られた。
そこまでされると引くしかない。
素人が手伝っても邪魔なだけなんだろう。
「むぅ……わかったわよ」
「どうしても手ぇ貸したいってんならシルフィードんとこ行ってやりな。あいつは触媒の用意に人手が要るだろうよ」
「あらそう。シルフィードさんは何処かしら?」
「きっと運命樹の先っぽの方だな」
運命樹の先端……。
妖精剣により幹を斬られた運命樹は、この都市を丸々押し潰す規模で横倒しになっている。
その"先端"ということは街の郊外か。
遠出する支度をして急いで向かった。
日差しが強そうだから帽子も忘れずにと……。
○
巨大な運命樹の幹を横目に眺めながら、街の最端区域を目指して歩いた。アガスティアは本当に巨大で、街のシンボルであったのに今ではそれが障害物になっている事に虚しさを覚える。
しばらく歩くと、街に犇めき合う洞窟住居の数も少なくなり、ようやく運命樹の先端に辿り着いた。
そこは茂みのように枝葉が密集している。
こんなところでシルフィードさんは触媒を?
人ひとり探すのも大変そうだ……。
どうしようか考えあぐねていると、密集した枝葉の中からガサゴソと音がした。こんな街の辺境では人の気配すらしなかったというのに。
「……ふう、これも駄目ですね」
シルフィードさんの声だ。
茂みの中で何かを探しているようだ。
「シルフィードさんっ」
呼ぶと、密集した茂みから蓬色の髪した色白の少女が現れた。心なしか、最初に精霊と契約を結んだ時より、大人びたように見える。
最初は十歳くらいの姿だったのに、今は私とさほど変わらないくらいの背丈だ。
……精霊力が蓄えられているのかしら。
「あら、エトナさん。こんな所まで何か?」
「私にもボルガ造りを手伝わせてほしいのよ」
「手伝い……?」
「ほら、二人はボルガ造りに忙しいのに私は手持ち無沙汰でしょう? マウナのことも姉として責任を感じてるし、何か力になりたいのよ」
「ふむふむ……。うーん、そうですねー」
シルフィードさんは顎に手を当てた。
そんな仕草がリア先生を彷彿とさせる。
そういえば先生は妖精族の血も混じっているのだった。
「そもそも此処で何をしてるの?」
「あぁ――『盃』の触媒を探しているんですよ」
「探す?」
グノーメは「鍛造する」と言っていた。
シルフィードさんが運命樹の枝葉に目を向けた。
そこでは森のように密集した茂みが木漏れ日を落とす――。
あの中は日陰もあって風通しも良さそう。
涼しそうだ。
「ボルガの触媒は何でもいいんですよ。
アンダインも言っていたけれど、ヒトの体も触媒になるようだし……。でも、私が作ろうとしている『風のボルガ』はこの運命樹の枝を使いたいと思ってます」
「ふーん……枝が触媒になるのね」
私が間延びした相槌を打つと、シルフィードさんはくすっと笑った。
「ふふ、木も一つの命ですから、自然界の力が枝一本一本に通っているんですよ。元々、路が通じているなら加工したときに魔力を通しやすいでしょう?」
「そっか。それで枝を探していたのね」
「はい。せっかくなのでエトナさんにも枝探しを手伝って頂きましょう。ちょうど……これくらい? の太さが欲しくて」
シルフィードさんは両手で尺の幅を示した。
一度では覚えられないが、出来ることがあれば手伝いたい。
「任せてちょうだいっ」
「お願いしますね」
私は藪のようになった運命樹の枝を掻き分け、中に入った。
…
しばらく枝を見つけては、これはどうか、あれはどうかと指で差し、シルフィードさんと一緒にちょうど良い太さの枝を探した。
何本か候補となるものを回収できた。
基地とする洞窟住居まで二人で歩いて帰る。
両手に抱えた太い枝の数々が戦利品だ。
ボルガ造りを手伝えたことに、私は……。
私は……。
実のところ、満足なんかしていない……。
これってただの雑用を手伝っただけよね。
誰にでも出来る事をやらせてもらっただけの、謂わば、子供のおつかいみたいなものだ。私が居なくともシルフィードさん一人で十分だった。
「アガスティアが完全に朽ちる前に素材が回収できて良かったです。今日はありがとうございました」
「いえ、いいのよ」
「おかげで良い握りが造れそうです」
「グリップ?」
意気消沈しながらも話は聞いている。
この人も私を気遣って礼を言ってる節もある。
貴族の社交界を経験してきた私はその辺りの相手の感情に敏感なのだ。
ただ、そんな心情を差し置いても言葉が引っかかり、ふと聞き返してしまった。
「はい、グリップです。弓の」
「その枝、ボルガの素材に使うんでしょ?」
「そうですよ。でも私の構想してる『風のボルガ』は弓になる予定です」
「……?」
首を傾ぐ私を見て、シルフィードさんが苦笑いを浮かべる。
「えーっと、今回はリゾーマタ・ボルガの封印という目的が先走ってピンと来ないかもしれませんね」
陽光に反射する白い肌が羨ましい。
仕草一つ一つが綺麗で、種族の違いに劣等感を覚えてしまう。そういえば、ジェイクの奥さんは妖精族だったかしら。
この人より美人なのかな……。
純血の人間族の私は敵いそうにない。
そんな内に秘めた感情を悟られないように振舞い、続きを促した。
「元々、ボルガは"神秘の力"を顕現する儀式のことです。例えば、リゾーマタ・ボルガは『因果改変』という神秘の力があります。その力の源は四元素属性の魔力で、私たちはその力を弱めるために四つの属性を分散させるボルガを造ろうと考えましたね?」
おさらいするように微笑みかけられた。
「それらのボルガにも同じく神秘の――」
「あっ、わかったわ!」
「気づきました?」
「ええ。四つの盃もそれぞれ神秘の力が付くってことね。その力が『風のボルガ』では……弓……? 武器ということ?」
「大正解です! さすがエトナさんは察しが良いですね。でも、ただの弓では神秘でも何でもありませんから精霊の力を借りて特殊な弓を作製します」
「特殊な弓ってどんな弓なのよ?」
「ふっふっふ、それは極秘ですので」
シルフィードさんが悪戯っぽく微笑む。
そこまで言われると余計に気になるわね……。
会話しているうちに私たちの洞窟住居まで戻ってこれた。あっという間だ。それだけシルフィードさんとの会話が楽しかったということだろう。
貴族界ではあれだけお喋りは苦痛だったのに。
「まぁ、魔弾も連発すると疲れますからね……。先日は集中力が限界でした」
突然そんな愚痴を漏らし、家に入っていく。
脈絡が無かったので何を指しているか理解が遅れたが、私にはそれが『風のボルガ』の構想に関係しているように思えた。
先日のアザレア偵察の後、シルフィードさんは誰よりも先に寝床について昏々と眠っていた。
例の風の魔弾は集中力を使う……。
代わりになる力を『風のボルガ』にするつもりなのかしら。
○
物足りない私はもう一度、グノーメに食い下がってみようと思い、彼女の工房へお邪魔した。
グノーメの機械工房は近くにあるらしい。
一日の瓦礫撤去の作業を終えて解散していくドワーフ族の人たちに尋ねて、場所を特定した。
もう日暮れ近く、夕闇が迫っている。
入り組んだ洞窟住居の奥に間口を構えていた。
洞窟内を地下深くまで下りたせいか、地上よりひんやりして壁も湿っている。
私たちが思っている以上にアガスティアの大地に広がる洞窟住居は深くて広いのかもしれないわね……。
カン、カンと小気味良い音が鳴り響く。
その奥がグノーメの機械工房だ。
木製の扉を開けると、むわっと熱気が漂った。
「ごきげんよう」
声をかけても反応がない。
工房の奥からは真っ赤な光源が差し込んだ。
火炉で鉄器を叩く、焼入れ作業の最中のようだ。
エリンでも都に刀鍛冶がいたが、似たような工程をする姿を町の見学で見たことがある。
「ねえ!」
グノーメはハサミで筒状の何かを摘み、入念に観察しながら、また熱したり槌で叩いたりして鍛冶を繰り返している。
しばらくして納得いったのか、その筒状の何かを土製の箱に入った砂の上に晒し、ふらふらと右往左往させて反応を見ていた。
背後から見てて何をしてるかさっぱりだわ。
「っしゃあ! こんなもんでいいだろ」
「終わったかしら?」
「ひゃぁうっ!」
私が声をかけるとグノーメは珍しく女の子のような――実際に女の子なのだけど、甲高い声を上げて驚き、筒状の何かをハサミから落とした。
それがコロコロと私の足元まで転がる。
「何よ、これ……っあつ……!」
触ろうとしてあまりの熱さに反射的に手を引く。
軽率だった。幸いにも火傷はしていない。
「気ぃ付けろよ。てか、来てたのか……驚かせやがって」
「声かけたんだけど気づかないんだもの」
「当たり前だろ! こっちは作業中だぞっ」
文句は言ってるけど怒ってなさそうだ。
グノーメはたどたどしく作業台の低い椅子を跨いでこっちに歩み寄り、ハサミで"筒"をひょいと拾い上げた。
「で、何なの、それ?」
「だからこれが鋳型だよ。ボルガの為に鉄滓を半日ぶち抜き続けて、手塩にかけて製錬した『鋳型』だ」
「これが土のボルガの触媒ってことかしら」
「そういうことだ」
シルフィードさんが樹木の枝を利用するのに対して、グノーメは鉄を打って自ら造ったようだ。
本当に盃の触媒って何でもいいのね。
「アンダインから聞いた話じゃ、これに魔力を通してようやくボルガが完成する」
「ふーん……」
グノーメの拘りはどうでもいいけれど、既にモノが出来てしまってるなら私の出る幕がないじゃない。
「あたしが考えてるボルガは凄ぇぜ?」
「何が凄いのよ?」
「これは一見、筒にしか見えねぇだろ? だが、魔力を通した時に現す姿は機械工の浪漫を詰め込んだ作品に仕上げるつもりだ」
「あぁ、そう……」
「具体的には、まず移動の機能を付ける。今の体じゃ長旅も不都合だ。四輪は難しくても磁力を使って二輪で駆動するような機体で。あとは、その中に弾薬を自動的に砂礫から生成するような――」
熱が入ってきたのか、多弁に夢を語り出した。
ほとんど聞き取れなかったけどシルフィードさんみたいに秘密にすることなく、ベラベラと種を明かしちゃう辺り、グノーメって感じだわ。
「つまり、工廠としての機能をすべて詰める!
――名付けて『工廠の盃』だ!」
拳をぐっと握り、グノーメは眼を輝かせた。
「……」
だから何なのだ……。
グノーメの語る浪漫が私には全く伝わらない。
でも熱意と機能の多さ、発想力は凄い。
「それって例の機械と同じじゃない? アラクネ、だったかしら」
「いいや、違うね。あの機体は物量がとんでもねぇから持ち運べねぇ。だが、アーセナル・ボルガは神秘の力で多機能をコンパクトに詰め込めんだよっ……クク、今から楽しみだぜ」
なんとなく、どんな兵器になるか想像がつく。
確かにアラクネ級の機械兵器を片手一つで持ち運べていつでも召喚できたら便利この上ない。
――そうだ。アラクネで思い出した。
「ねぇ、グノーメ。確か、アラクネはパーツ一つ一つが魔道具で出来ていたんでしょう? 貴女って鍛冶だけじゃなくて魔道具作りも得意なの?」
「当たり前だ! ドワーフの機械工は土魔法・鍛冶・魔力付与が基本だぜ」
『魔力付与』――。
聞き慣れない言葉だ。巫女の修行中には基礎知識と魔法の発動原理しか学ばなかった。だが、このリバーダ大陸では魔法文明の発展が目覚ましく、魔力をあらゆる発明に応用している。
私も『詠唱』を操る魔術師として、魔道具作り程度なら出来るのかも。
ボルガなんて立派なものは作れない。
でも、ちっぽけな私でも力になれる事はある。
ジェイクのために――。
「私の魔法のこと、覚えてるわよね?」
「ああ。あんな変わり種はエトナだけだからな」
「……ジェイクとリア先生が言うには、あれは獄中魔法って云うらしいのよ。対象を虚構世界に閉じ込めるから『獄中』なんだって」
「物騒な名前だなぁ。聞いたことねぇが……」
グノーメは目を細め、あからさまに厭そうな顔をした。
負けた戦いを思い出すのが嫌なのだろう。
「ねぇ、魔道具のことをもう一度訊くけど」
「なんだよ?」
「――魔法って、何でも魔道具に出来るの?」
私の問いにグノーメは顔を顰めた。
なんだか面倒臭そうな顔をしているけど、自慢話に付き合ってあげたんだから、少しくらいこっちの相談も聞いてほしい。
私が使える唯一の魔法、獄中魔法『三千世界』。
あれは虚数魔力による結界のようなものだ。
もし、それの魔道具を創れるなら必ずジェイクの助けになる。
そう閃いた。
アラクネとの戦いでジェイクの弱点を知った。
胸に食い込んだあの指輪……。
あれが未来の魔道具だというなら、その代用品を私の魔法で造れないだろうか。
いつまた外れてもいいように。
失くしてもジェイクが消えてしまわないように。
彼の魂を閉じ込める、私だけの指輪を。
指輪をプレゼントなんて恥ずかしいかな。
でもどうせ叶わぬ恋だから、最後くらいお揃いの物を用意してもいいわよね。
それくらい、許してもらえるよね。
魂の内循環器の起源は、第一幕【Episode37 剣と弓】にてトリスタンが語っています。
「これは古代の双子の魔術師が作り出したものだ」
この時代の双子の巫女(=魔術師)はメルヒェン家の一組だけです。




