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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第4場 ―アザレア大戦・裏―
302/322

Episode247 骨肉相食む竜Ⅲ


 エルジェは生前のサラマンドについて語った。


 先代も当然、『火竜の座』の奪い合いに勝ち、サラマンドとなった。

 その先代も、そのまた先代も……。

 有史以前から竜族はこんなことを繰り返して最強の種族の座を強固なものとしてきた。それら先代の記録は残っていないが、代々語り継がれている掟では『火竜の座』の任期はちょうど千年だとか。


 千年……。

 やはり千年という周期には何かあるのか。

 エンペドと俺の間にも千年の隔たりがある。


「任期が千年で、先代も、その前も、その前の前にもサラマンドがいるってことはレッドドラゴンの歴史って何万年続いてんだよ」

「さぁ……」


 エルジェは恍けたように鎌首を傾げた。

 本当にこいつは威圧感の欠片もない。

 人間臭いというか……その堅そうな赤い鱗の内側に人間が入ってるんじゃないかというほどだ。それ故に親しみやすさもジグモの数倍もある。


「サラマンド様も昔は無慈悲で、非情で、それこそ皆が憧れるレッドドラゴンの鑑って感じの人だったらしい。この遺体も安らかそうだけど、生前は気性の荒い人でね」


 エルジェは台座で横たわる鱗に覆われた女性(ヒト)を慈しむように眺めた。


「なんでお前は先代のサラマンドに気に入られていた? 直系の子か何かか?」


 もしかして、そこに秘密があるのか。

 エルジェには他の竜にはない力があって特別可愛がられていたとか? 同族に新たな革命を引き起こす存在だから意思を継いで欲しくて、掟の解消について打ち明けていたとか。

 それなら『サラマンド』はエルジェなのか。

 確かにヘタレなところは似ている。


「竜族に直系の子なんて感覚はないな。ボクも他の竜も卵から孵った」


 血縁は関係なさそうだ。


「――でも、どうだろう。ボクは他の竜と比べると成長も遅くて手間がかかる子だったと思う。普通そういう子はサラマンド様が直々に間引くものなんだけど、ボクは育ててもらえた」

「非道を極めるレッドドラゴンが?」

「うん。あ、でも」

「でも? なんだ」

「その理由ももしかして……」


 心当たりがあるようだ。


「他の誰も知らない秘密だ。サラマンド様も他の竜には絶対喋るなと忠告した」


 エルジェは首をサラマンドの遺体に向けた。この人たちなら喋ってもいいよね、と視線で投げかけているようだ。


「……サラマンド様は数百年前に一度、ニンゲンに負けた」

「ニンゲンって普通の? 獣人や魔族でなく?」

「うん。『ミコ』と名乗るニンゲンらしい」

「ミコ……巫女か!」

「そのときの話は――」




 火竜(サラマンド)にはバイラを離れ、大陸全域を見回る務めがあるそうだ。


 縄張りの生態系を守る為に太古から続けてきた習性らしい。或る日、サラマンドはリバーダ大陸の西沿岸部で大きな入植地(コロニー)を建造する人間族に出会った。

 きっとアザレア王国を建国した先人達だろう。

 自然の調和を乱す人間に怒り、単身で人間族に挑んだそうだ。


 結果は目に見えていた。

 天空の支配者である竜にニンゲン風情が勝てるわけがない。だが、何人もの人間をお得意の火炎で消し炭にしたところで状況が変わった。

 ――ある人間の雌がきっかけだった。

 その雌の隣にいた雄を殺してからだ。

 黒焦げの死体を前に雌が泣き叫ぶと、決意を固めたようにサラマンドを睨んだ。そのときの雌の眼はまるで焔が宿ったように赤かったと云う。


 ニンゲン一人が猛り狂ったところで、とサラマンドは甘く見ていた。近寄り、同じく黒焦げにしてやろうと火炎を浴びせたが、まったく効かなかった(・・・・・・)そうだ。


 その雌は『巫女』を名乗り、サラマンドと同じように火を放った。手先からとてつもない熱量の火砕流を放ち、周囲一帯が焼け野原になるほどだった。それを真っ向から浴びたサラマンドは火に耐性の強い赤竜の鱗の存在も虚しく、重度の怪我を負って逃げ延びたらしい。



 それから先代のサラマンドは変わった。

 ひ弱な下等生物だと思っていたニンゲンに負けたことが不思議だったようだ。

 悔しさよりも興味が勝った。

 しばらく先代のサラマンドはニンゲンの生態を観察した。

 そして行き着いた強さの秘密が、


「愛情というものらしい」


 その答えはどこかで聞いた気がする。


「ニンゲンは弱い。弱いからこそ最強を超えるときがあるって言ってたよ」

「それで愛情について学ぼうって?」



『――愛は、ヒトが絶望の中でも強く生き抜くための最後の切り札だった』


 女神が最期に語った言葉。

 神の連中も同じことを言っていた。



「竜種は生粋の戦闘種族だから、学ぼうって気はなかったと思うよ。きっと最強への道の一つとして興味を持ったのかな。――今ならサラマンド様がボクを育ててくれた理由も分かる気がする」


 冷酷無慈悲では真の最強にはなれない。

 力を爆発させる感情が伴って、初めて頂点を超えるのだろう。

 そういえば――。



『バイラ火山にいる理由もねぇし、俺様も退屈だった。お前らと一緒に行動しようじゃねぇか』


『お前が"面白い"奴だと思ったからだ』



 そうか。サラマンドの奴……。

 散らばったピースがまた繋がった。

 竜種は冷酷非道を極める奴らばかりだと皆口々に言うが、俺たちの知るサラマンドは決してそんなことはなかった。人間は下等だと馬鹿にしながら時には力を貸し、時には一緒に笑い合う仲間だった。

 ……あいつは先代の意思を継ぎ、愛を学ぼうとしたのか。


「エルジェ」


 つまり、その意思を継ぐ存在こそが『火竜』。

 ――こいつがサラマンドだ。


「先代の意思を継ぐと言ったな」

「うん……。でもダメだ。異端であるボクは身内に排除される。他の竜がもうすぐやってくる」


 昔は随分と臆病者だったようだ。

 でもそんな違いは千年も経てば有り得る。

 他の賢者もそうだった。


「まだチャンスはある。俺たちと一緒に来い!」

「ええ? どういうこと?」

「お前が『火竜(サラマンド)』に――」



 刹那、大空洞の天井から何かが突き抜ける音がした。


「臆病者なだけにまだちゃんと居たな! さぁ、こいつは掟を破る臆病者だ。『火竜の座』を競う前にまずは一族の面汚しを排除するぞ」


「グォァァアアア!」


「グガォォオオオォォォオ!」


 ジグモを先頭に次から次へとレッドドラゴンの群れが現れた。空洞から押し寄せる様はまるで洞窟に犇めく蝙蝠のように悍ましく、大群を形成して天井の岩肌を覆い尽くしていた。

 その数、ざっと見て二十体近くは居る。

 この中の誰かが火竜の座に就く可能性があるということである。皆、サラマンド級の強さを誇示するレッドドラゴンなのだろう。

 その竜が二十体だ。

 普通の人間が見れば卒倒しただろう。


「カント ヴィリベット!」

「グウォ ミン グゥーヴ……!!」


 玉座の間の入り口付近に控えていた青魔族も悲鳴を上げた。まさか突然戦闘になると思っていなかったようで一人は意識を失って倒れた。

 まして、相手は誰もが怖れる竜だ。


「もうお終いだ……サラマンド様、ごめん。育ててくれた恩を無駄にした……」


 エルジェは絶望したように体を伏せた。

 首を地べたに這わせ、先代が横たわる台座へ寄り添うように寝転がった。

 情けねえな、こいつ……。

 やっぱりサラマンドはヘタレだった。


「諦めんじゃねえ!!」

「ひっ……」

「サラマンドの意思を継ぐんだろ! お前が!

 お前自身が、まずこの逆境を乗り越えろ!」

「そんなこと言ったってボクは……」

「口応えすんな!」


 その間にも赤竜の群れは舞い降りる。

 ――魔力剣を手元に生成した。

 リアも既に両手で赤黒い双剣を構えている。


「リア、準備はいいか?」

「魔族の方々を守りながらは骨が折れますね」

「竜の方は俺がなるべく引き付ける!」

「わかりました」


 溶岩すら煮え滾る玉座の間でリアは涼しげに答えた。間髪入れずにウォードたちの方へ滑るように駆け抜け、迫り来る竜に対して双剣を構えた。


「我ら種族の問題に手出しするか、ニンゲン!」


 ジグモが足の爪を伸ばしながら吠えた。


「違う。これは、俺たち自身の闘いだ!」


 もはや竜だけの問題じゃない。

 こっちはアザレア大戦で人間、エルフ、ドワーフ、魔族まで巻き込んだ大規模な戦禍の真っ只中だ。それを終わらせるために障害になるなら、竜の骨肉争いは俺たちの問題でもある。


「見とけよ。人間の強さってやつを!」

「グァァアア! 竜種をなめるなァァァ!」


 レッドドラゴンが咆哮を上げる。 

 ジグモがまず先頭に迫り来る。その強襲は大きな図体のわりに素早く、まるで赤い隕石が落下してきたかのようだ。

 片足を引き、くるりと回って衝突を躱した。

 その振り返りの直後に大地を蹴って跳ぶ。

 ジグモの背面へと回った拍子に翼を魔力剣で斬りつけた。


「グガアァァァアア!!」


 煮え滾る鮮血が飛び散った。

 ジグモは片翼をばたつかせて大地でふらつく。

 その背中を踏み台にして跳躍した――。


 飛び掛かる赤竜三頭とすれ違い際に胴体を切り裂いた。

 三頭とも絶叫にも似た咆哮をあげ、落ちる。

 大口を開ける別のレッドドラゴンと正面で対峙。口元から火種が燻っていたので、その長首を蹴りつけてやる。

 メキっと鈍い音がした。

 構わず俺はその竜の首根っこを両腕で抱え、跳躍する勢いのままに後方へと投げ飛ばす――。


「ゴ……!!」


「オラァ、お前が壁役だ! 固まれ!」


 空中に投げつけられた竜が時間魔法によって宙でピタりと静止した。

 静止した竜の背を蹴って方向転換に使う。

 突然、宙で進行方向が変わったことに他の竜は困惑していた。

 一頭の竜の顎に飛び膝蹴りを食らわせる。

 続け、宙転して踵落としを脳天に叩きつけた。

 ばくんという音が鳴り、竜は力を無くしてひらひらと落ちていく。

 まず一群を蹴散らした。


 ――小休止。リアの健闘を見る。


 リアは俺のように跳び上がったりせず、地上で駆け回りながら双剣を振るっていた。地上で迫り来る竜を三、四頭ほど切り刻んで倒している。

 青魔族を守る為に持ち場を離れないように立ち回っているらしい。

 華麗な剣捌きには我が娘ながら惚れ惚れする。



 上空から俯瞰するに残りの竜は五頭ほど。

 直接攻撃を食らわせた奴よりかなり少なくなっているが、俺とリアの猛攻を見て何頭かは尻尾を巻いて逃げたようだ。



「ガァァァァアアアア!!」



 空気が振動する。

 地上にいるジグモが一際大きい咆哮をあげた。


「グゴォオ! エルジェ、覚悟しろ……!」


 ジグモは臆病なエルジェと対峙している。

 台座を挟み、両者とも譲らない。

 だが、エルジェは弱腰で、台座の間合いを利用しながらジグモを近づかせないように逃げ惑っている。


「一族の恥晒しが! 貴様のような腑抜けは此処で死ね!」

「グァアァア……!」

「咆哮のつもりか? 負け犬の遠吠え程度だ。

 咆哮はこうやるのだ。


 ――ガアァアアアアアァァァアア!!」


「ひい……っ」

「生まれながらに負け犬の貴様は元より間引かれる存在だったのだ。ここで我が引導を渡すぞ!」


 ぐるぐると台座を中心に二体は睨み合った。

 怪獣バトルの再来だ!

 時折、ジグモが火炎を吹き荒らすが、エルジェは台座に隠れて回避した。

 その熱い戦いを見物中、竜一頭が俺めがけて飛び掛かってきたが、蹴り飛ばしてやった。呆気なく赤竜は洞の壁に背中を打ち付けて落ちた。


「いつまで先代に守られる! 先代は死んだ」


 ジグモもとうとう怒りが頂点に達した。


「こんなもの、ただの死骸に過ぎん!

 ――グガァァアア!」


 雄叫びを上げ、ジグモは台座を爪で破壊した。

 同時に女の形をした遺体が吹き飛ぶ。


「サ、サラマンド様……!」

「これで障害はなくなった。さぁ、死ね!」


 吹き飛んだ女は玉座の間から奈落へと落ちた。

 その底にはマグマ溜まりがある。無惨にもそこに突き落され、先代サラマンドの遺体は消えた。


「サラマンド様の遺体をよくも……!」

「死骸に何の価値がある。我ら竜族は力こそがすべてだ。最強に至るためにこうして争いを続けてきたのだ!」


 ぴたりとエルジェの動きが止まった。

 何か――雰囲気が変わった。

 エルジェは一際大きく口を開けて吠えた。


「ァァアアアアアア!!」

「ようやくやる気になったか。だが、それが最期だ――グヌ!?」

「許さない。許さないぞ、お前……!」


 エルジェは首を低くしてジグモに突進した。

 一度は不覚を取ったが、不敵に笑うかのようにジグモは呼吸を荒げた。端を切ったように尻尾でエルジェを殴りつける。エルジェは倒れて地面に体を滑らせた。

 そこにジグモの追撃が襲う――。

 レッドドラゴン二頭が揉みくちゃになる様子は傍目から見てどっちがどっちだかわからなくなる。かろうじて体格の差で判別つくくらいだ。


 エルジェが仰向けのまま胸を切り裂かれた。

 なんとか立ち上がって尻尾を振り回すも、ジグモは容易く回避した。

 よろめいて後退し、玉座の端に追いやられる。

 背後にはマグマが蠢いていた。



「先代が何を宣ったかなど、もはやどうでもいい。今となっては無様な死に体だ。竜は気高く、誇りを持って殺し合う。それが我らレッドドラゴンの繁栄の道なのだ。消えろ!

 ――ゴォアアアァァァアアアア!」



「サラマンド様は最期まで竜族の未来を考えた! 否定するのは許さない!

 ――オアアアアアアアァァァア!」



 俺も地に降りてその戦いを見届けた。

 リアも既に他の竜を倒している。


 両者、口元から火を吐いた。

 火力はどう足掻いてもジグモが勝る。

 火炎同士がぶつかり合うとエルジェの吐いた火は容赦なく押し返され、その勢いに呑まれる。そしてついには――。


「ぐっ……グァァアアアァァ!」

「カハハッ、弱者は死ぬ運命にあるのだ!」


 エルジェは完全に火に飲み込まれた。

 そして足を踏み外し、マグマの中へと落ちた。

 ……落ちてしまった。

 レッドドラゴンは火に耐性があるが、さすがに溶岩に晒されたら終わりだろう。


「ようやくこれで『火竜の座』を決める戦いが始められる。――いや、もはやその必要がない程にほとんどの同族がくたばっているな」


 ジグモは倒れる同族を見てカッと痰を吐くように笑った。

 ほとんどが俺たちの手で虫の息になっている。


「すなわち我こそが火竜! 『火竜の座(サラマンド)』にふさわしい竜族最強ということ!」


 ジグモは勝利の雄叫びをあげる。

 威風を示すべく、上空へ炎を吹き荒らした

 だが、その後方――。

 先ほどエルジェが落ちたマグマ溜まりから火柱が上がっているのを俺もリアも確認していた。


「どうした。本物の火竜が恐ろしいか?」

「……いや、後ろを見ろ」


 溶岩から高々と垂直に上がった火柱。

 その中に人影(・・)が見えた。


「な、なんだと……」




「お前に火竜(サラマンド)はふさわしくねえよ」



 ハスキーな声が大空洞に重たく響いた。

 その口調は先ほど落ちた弱虫の竜のものとは思えないほどに様変わりしている。

 だが、その声は間違いなくエルジェのもの。

 ――俺たちの知るサラマンドの声だ。


「お前は一族の中でも一級のクズだ……!

 何が誇りだ。誇り高き竜が先代の遺体を捨てるものか」


 火柱は徐々に内部のヒト型に纏う。それが胴体から腕へと蜷局を巻いた。竜の名残りの大翼。ぎらりと輝く鱗に、鬣のような威圧感を示す髪。

 ――少女が姿を現した。

 先代のサラマンドと瓜二つである。

 腕に蜷局を巻いた火柱は次第に手繰り寄せられて一本の剣へと形を変える。


「そんな馬鹿な……貴様が『火竜の座(サラマンド)』だと……」


 ジグモは認めたくないようだ。

 しかし、その威圧感に戦力差を感じて後ずさりしている。


「声が――」

「グァア……アアアウ!」

「声が聞こえたんだ」


 大空洞に顕現した次代の『火竜』は静かに呟いた。

 それに対してジグモは咆哮を上げる。

 ――負け犬の遠吠えはどちらだったか。


「それは先代の声だ。……いや、先代だけじゃない。きっと歴代の『火竜』の思念のようなものがボクに語り掛けた」


 炎を纏う竜の少女。

 翼を羽ばたかせ、そして玉座へと舞い降りた。


「いま、この大陸で何かが起きている。それを片づけなければ我ら竜族も終わりだと――」

「グォォオオウ! 何を……何をごちゃごちゃと!」

「ボクはわかった。ボクが選ばれた理由が」


 ジグモが口から炎を燻らせた。


「認めん。認められるわけがない!」

「お前が認めなくてもなぁ! アアアアアア!!」


 エルジェは手元で燃え盛る剣を構えた。

 赤い刀身。それが唸りを上げて燃え盛る。



『――こいつはただの紅蓮剣(ボルケーノ)だ』



 既視感が襲う。

 俺が対峙した際にも見た刀剣だ。

 剣というよりレッドドラゴンお得意の火炎放射の機能を宿した兵器。


「火竜の王剣を……貴様、本当に火竜に」

「ほら、真の火竜の力を見せてやるぞ……!」

「ウグゥゥウ……」


 エルジェが紅蓮剣を振り翳した。

 刀身には猛り狂う焔。

 それが蛇のように蠢く。放たれるのを今か今かと待ち詫びているようだ。


「グォオオオオオオォォォオ!」


 ジグモは折れかかった翼を必死にばたつかせ、空を飛んだ。

 揺らめきながらも逃げていく。

 最後の咆哮には怒りも感じられた。

 その後を追い、何頭かのレッドドラゴンも一緒になって玉座の天井の洞を抜けて逃げた。


 ――エルジェは剣を振らなかった。


 燃え盛る剣を解き、手透きにさせる。

 そして台座があった場所までふらふらと歩いて跪いた。


「ハァ……ハァ……」


 エルジェは肩で息をしていた。

 慣れない体に戸惑ってるようにも見える。

 眉間に皺を寄せて悔しそうな顔をした。


「くっ、サラマンド様……う、うぅ……」


 目をぎゅっと瞑り、崩壊した台座に額をつけた。

 そこに在った姿を嘆いているようだ。

 俺はその新たな賢者へ歩み寄った。


「うぁぁぁ、サラマンド様、ぁあぁあ!」

「もうお前がサラマンドだろ」

「……」


 はっとなり、ぐっと嗚咽を飲むエルジェ。

 まだ小さい存在だ。

 少女のような姿をしたサラマンド。

 それが凛と立ち上がった。


 ――やっぱりか。

 臆病者でヘタレなエルジェこそ、竜族で最強とされる『火竜(サラマンド)』に選ばれた。

 俺もリアもその生誕をこの目で見届けた。

 最初こそ情けない姿を見せられたが、サラマンドへの尊敬の念はむしろ膨れ上がった。未来でのあいつの振舞いにも先代を継ぐ意思があったのである。


「ジグモを逃してよかったのか?」

「当たり前だ。殺せば、ボクもこれまでの竜たちと同じ。絶対に同族は殺さない……。それでもっと強い竜になってやる」

「……」


 もっと強い竜か。

 未来のサラマンドを思うに、その願いは叶うかどうかは答えづらい。

 絶対に未来の話はできない。

 あと必然的にボクっ娘になっていて、そこは笑えた。千年の歳月で後々あんな傲慢な俺様ドラゴンになると思うと時の流れの残酷さを感じさせる。


「先代の声っていうのは?」

「マグマの中で体が溶ける感覚を味わいながら聞いたんだ。リバーダの調和を乱す厄災が起きている。それに挑めるのは"心"を宿した新たな『火竜』でなければならないって」


 調和を乱す厄災……。

 言うまでもなくアザレア大戦だ。

 歴代のサラマンドの思念体のようなものは既にリバーダ全土での不穏な気配に気づいていたようだ。アンダインが青魔族を連れて大陸を横断する切っ掛けになったのと同じ気配だろう。

 確かに、この戦争は真っ当な心の持ち主じゃないと対抗できない。

 冷酷非道を極める『悪』に挑めるのは、信念を持った『正義』だけなのだ。

 だからエルジェは育てられた。

 弱い存在として。

 人の愛情を解す新たな『火竜』として――。


「そういえば、お前たちはボクに一緒に来てほしいと言っていたけど、もしかして先代の語りかけたことと何か関係あるのか?」

「そうだ! こっちは今、重大な問題を抱えてる」


 エルジェを『火竜の座』に成り上げるために遠路遥々来たわけじゃない。


「エルジェに助けてほしいんだ!」


 俺は西沿岸部のことを話した。

 それが"リバーダの調和を乱す厄災"の正体だ。



サラマンドが仲間になりました。

次回はジェイクとリアの旅の最中のアガスティアの様子を挟みます。


※次回更新は2017/4/8~9の土日です。

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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
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