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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第4場 ―アザレア大戦・裏―
301/322

Episode246 骨肉相食む竜Ⅱ


 どの竜がサラマンドかわからない状況。

 これはどうしたらいいのか。

 背の高い雑草が生い茂る草原で、傷ついた竜を眺めながら茫然とした。今までのパターンなら最初に出会った人物が賢者という可能性も十分に考えられる。

 だが――。


「グルル……グルルル……」


 竜は血を吹き出して呼吸を荒げている。

 竜族の間で骨肉争いを始めているとして、この竜がこんな傷を抱えて他の奴らとの闘いに勝ち抜けるように思えない。

 それに俺たちも焦っている。

 アガスティアを離れて幾日か経ったのだ。

 悠長に竜族のお家騒動の決着を待つ暇はない。


「リアの語る運命論を、今回は俺も信じる」

「どうするおつもりですか?」

「どれかの竜に肩入れして、さっさと『火竜の座(サラマンド)』を決めてやる。それでそいつを引き連れてアガスティアに戻るんだ」

「……」


 リアは応えない。

 ――運命に偶然はないのなら、ここで作為的に選んだ竜が後々、俺たちの知るサラマンドだった(・・・)はずなのだ。

 ならば、やることは簡単だ。


「おい、お前の名前は?」

「我が名……グゥゥ……我が名はジグモ……」

「よし、ジグモ。俺たちがお前を助ける」

「なん……だと」

「助ける代わりに、決着がついたら一緒に来てくれ。今は西沿岸部で酷い戦争が起きてる。竜の助けが必要なんだ」

「……」


 竜は呼吸を止め、目をかっと開いた。

 瞳孔が一気に縮まる。


「ゴアァァアアアァァア!」


 そして咆哮をあげた。

 周囲の草木が揺れ動くほど、大地の底へと振動が伝わった。

 鎌首を向け、怒り狂ったように口を開いた。


「ふざけるな……! これは誇りを賭けた戦い。手を借りて得た火竜の座などに価値はない。手を貸そうというなら刺し違えてでも貴様らをまず八つ裂きにするぞ」


 竜には竜の矜持があるということか。

 それだと、この争いに決着がつくのを指をくわえて待たないといけない。後々の交渉を考えたら、ここで恩を売りつけた方がアザレア大戦への協力依頼もしやすいのだが。


「他のレッドドラゴンと話せますか? 皆さん、戦いの真っ最中ですか?」


 リアがジグモに尋ねた。


「……我らは誇り高き竜族だ。ただ野蛮に血肉を貪り続けているわけではない。力が同等と認めた相手とは話もする」

「では、棲み家に案内してください」

「……いいだろう」


 ジグモはあっさり了承した。

 目は口ほどに物を言うというが、ジグモの目から感じたのは冷酷さ以上の理性だった。リアの要求を呑んだのは言葉通り、俺たちを同等の存在と認めたのだろう。


「ついてくるがいい。但し、同族を売るつもりはない。下手な真似をすれば……わかっているな」

「はい。こちらの目的はさっき話した通りです」


 ジグモは少しだけ俺や青魔族にも睨みを利かせ、すぐまた視線を外すと起き上がった。力む度にあれだけ吹き出ていた血も今はそれほどでもない。

 自然治癒能力が高いのか。

 マナグラムのデータサンプル内に『自己修復』というスキルが存在していたが、竜種も漏れなくそんな能力を持っていそうだ。

 竜の血は強烈な解毒作用も持つ。


 ――弱肉強食の世界。

 こんな無情な世界であの(・・)サラマンドが頂点に立つとは想像もつかない。



     ○



 ジグモの後に続いてバイラ火山の麓に着いた。

 ウォードを初めとする青魔族もおっかなびっくりだったが、徐々に慣れ、魔族としての誇りを取り戻したように堂々と歩き始めた。

 中腹まで登り、竜巣の入り口を潜る。

 ここは未来では冒険者たちにダンジョンの入り口として扱われていた場所である。俺もかつてアンファンやユースティン、ジーナさんの三人と一緒に潜入したからよく覚えていた。


「ヘィト……ポトゥネ オ ヘル……」

「エン、ペガァ パルナ ヌナ エィン、ボロォ メウォ ドレッカ」

「ヌェル パウォ アウェン フィリフラ ポラ」


 何やら青魔族もお互いを励まし合ってる。

 汗だくだ。この環境が苦手らしい。



 しばらく火山洞を進むと熱気が強まった。

 中のマグマの熱か。洞窟は奥へ行けば行くほど空間が拡がり、道も枝分かれした。途中で何度も広い空洞に出たが、そこで他のレッドドラゴンが壁に張り付きながら、じっと見てくる。

 ジグモと一緒でなければ有無を言わさず襲い掛かってきただろう。


「なぜ同族で殺し合いをするのですか?」


 ふとリアがジグモに問う。

 興味本位で尋ねたという感じだ。


「それが我らの掟だからだ。先代が死んだ後はまた最強を決めるために殺し合う……。だが、どうやら貴様はそういう"決まり"を訊いているのではないな?」


 巨体が洞窟の中を這う。

 四つん這いの竜にも十分な威圧感があった。

 対話するリアの姿が不釣り合いに見えた。


「はい。同族殺しは生物種の中でレアケースです。繁殖とは真逆の道を選ぶ意義が気になりまして」

「……貴様の疑問は尤もだが、竜は他種との生存競争の次元を超えた最強の種族。より強い世代を後世に残す方法はこれしかない」

「ふーむ」


 顎に手を当ててリアは考え込んだ。

 ジグモの語る竜種の掟の成り立ちを学説的に解こうとしているようだ。

 学者肌の生来の気質か。

 イザイアやミーシャは魔術師だし、シアの両親は考古学者だ。そんな祖父母の血筋のサラブレッドとして生まれたから血が騒ぐのかもしれない。

 リアにとっては良い見聞材料なのだ。


「ニンゲンも同じだろう。内輪の殺し合いは外敵がいなくなれば自然と始まる。『獣』には競争を求める(サガ)があるものだ」

「獣の性……」

「我らは競争を是とするからこそ最強に至った。ニンゲンは馬鹿だ。それを否定する輩がいるから中途半端なのだ。時に強く、時に弱い。我ら竜族から見てニンゲン以上に不安定で馬鹿馬鹿しい種族はいない」


 達観的な言葉に度肝を抜かれた。

 レッドドラゴンって賢いんだな。

 竜種がサラマンドの印象しかない俺たちにはカルチャーショックだった。


 そして同時に不安も募る。

 リアも同じ事を考えたようで目配せしてきた。

 ――ジグモはサラマンドじゃない。

 俺たちが知る"彼女"と本質的に何か違う。


「我らにもイレギュラーはいるがな……」


 そのジグモはようやく見えてきた巨大空洞の内部を鋭く睨み、此処だと合図した。棲み家へ案内しろと聞いて連れてきたのが此処か。

 どうやら此処が竜の棲み家の中枢らしい。



     …



 そこはヒト風に言えば玉座のようだ。

 熱気が凄まじく、空洞の周囲からは絶え間なく底へと流れる溶岩マグマに既視感を覚える。

 ここはきっとあの場所だ。

 サラマンドと初めて会い、殴り合った場所。

 中央に台座のようなものがある。

 それを体で守るように包み、眠る竜がいた。


「あれがサラマンド……?」

「違う。アレは竜の中でも一級の面汚しだ」

「どういうこと?」


 ジグモが先陣を切って奥へ進む。

 鱗を纏う足が地を踏みしめる度、まるで玉座の間が振動するように地響きが鳴り、ジグモの強さを誇張するかのようだ。


「おい、腰抜け――」


 台座近くで眠る竜をそう呼んだ。

 竜はびくりと反応して体を起こした。動作一つ一つがのっぺりしていてジグモが外で見せたような洗練された動きとは正反対だ。

 目つきも鋭くない。

 竜というより大きなトカゲのようだった。


「ジ、ジグモ……やぁ……」

「いつまで其処にいるつもりだ。エルジェ」

「いつまでって……」


「ガアァァァアア!!」


 ジグモは突然咆哮をあげて、エルジェと呼ばれた竜に突進した。

 弱気な竜はエルジェと云うらしい。


「ひっ……!」


 エルジェは怯えて鎌首を後ろに引く。

 まるで威圧感が全くない。


「この面汚しが……ッ! 貴様も戦え! それがレッドドラゴンの掟だ。誇りを捨てるのか。ならばここで奈落へ突き落すぞ!」


 ジグモの口元から火種が燻る。

 火焔をお見舞いしてやろうとしているらしい。じりじりと後退するエルジェの背後には奈落の底――溶岩のマグマ溜まりが蠢いている。

 いきなり怪獣バトルが始まりそうで俺たちも唖然とした。


「あ、あとで戦うから……。ここはサラマンド様の玉座だよ。争ったらそれこそ掟破りになる。そうだろう?」

「ふんっ、腰抜けが」


 どうやら玉座の間では戦闘禁止らしい。

 つまりここは竜にとって安全地帯。

 そこに居座り続けるということは戦闘を避けている……すなわち『腰抜け』ということか。


「此処は一体? どういうことですか?」

「貴様らが『火竜(サラマンド)』に用があるというから、まず先代の姿を見せてやろうと思ってな。まだこんな腰抜けが居座っているとは……」


 よく見ると武骨な岩肌で形成された台座の中央にヒトが眠っていた。エルジェは台座ではなく、そのヒトを包むように眠っていた。


「それが先代のサラマンドだ」


 俺とリアは遠慮なく台座に近づいた。

 青魔族たちは入り口付近で留まっている。

 近づいて眺める――。

 驚いた。俺たちの知るサラマンドの擬人化した姿と見た目がそっくりだった。竜種の頂点に立った竜はヒト型になるのか?


「精霊化した姿……」

「どうした、リア?」

「精霊はヒト型を取ります。仮に人間やエルフ、魔族以外の知性体が精霊契約をした場合、霊長の姿に成り代わるそうです。この竜は『精霊』だったのでしょう」


 じゃあ、この先代サラマンドこそ、俺たちの知るサラマンド?

 なんてことだ。

 死者蘇生の秘薬を巡る旅でも始めろってか。

 でも精霊は不老不死だった気がする。


「やぁ、ボクはエルジェ。お前たちは?」


 あれこれ考察している俺とリアにエルジェは気さくに話しかけてきた。

 観光客にでも話しかける口調だ。

 先代の火竜を弔いに来てくれたとでも思ったのだろうか。


「リア・アルターです。こちらはジェイクさん」

「よろしく……あれ、人間がなんで此処に?」


 一間置いてようやく疑問に思ったらしい。

 エルジェという竜は相当とぼけた性格なようだ。


「話すと長いので、それは追々……それより先代のサラマンドさんは何故亡くなったのですか?」


 エルジェは先代の死という言葉を聞いて目を潤ませた。円らな瞳は竜というよりも本当に蜥蜴のようである。

 泣くつもりか? 弱そうな奴だな。

 竜種は皆揃って非道だと聞いたはずだけど。


「火竜の座には任期がある。時が立てば自決しなければならない掟だ」


 ジグモが代わりに答えた。

 それもまた掟か。

 リアは深くは尋ねなかったが、先程の問答からそれも最強を究める生態だと察したようだ。


「自決なら精霊と契約した者でも死を選べます。妖精王のティターニアがそうだったように」

「……『火竜の座(サラマンド)』を巡る戦いは竜族版の精霊契約の儀式なのか?」

「そういうことでしょう」

「くそ……」


 骨肉争いは避けて通れなさそうだ。

 サラマンドを対リゾーマタ・ボルガ部隊に引き込むためには精霊契約が必要だ。

 この先代サラマンドが生きていれば迷わずに連れていったが、どうやら俺たちの知るサラマンドは先代と別の人物らしい。

 どの竜が『サラマンド』になるか分からない。

 誰かに肩入れしようにも断られる。


「お手上げだ。指をくわえて待つしかない」

「ジグモさん、火竜の座を決める戦いはいつまで続くのですか?」

「さぁ、こちらが聞きたいほどだ。

 先代のときには三十年続いたと言われている」

「三十年!?」


 そんなの待ってられるか!

 こっちは一日二日の域で話をしてるんだ。

 こうしている間にもエンペドや女神(ケア)は俺たちの侵攻がないことに気づき、別の手を打ってくるかもしれない。

 ただでさえ少ない戦力も分散している。

 レナンシーはネッビアで『水のボルガ』を。

 シルフィード様とグノーメも『風のボルガ』『土のボルガ』を創るためにアガスティアに居残り。エトナもだ。

 そこにエンペドの魔の手が忍び寄ったら……。


「くっ」


 此処でもサラマンドとなった奴に『火のボルガ』を創らせなければ、リゾーマタ・ボルガ封印の道は潰える。こうなったら柄でもないけど適当な竜を捕まえて火竜の座に成り上げるしか――。



「も、もうこんな掟はやめよう……!」


 突然、エルジェがジグモに訴えた。

 あまりに突然のことで皆、口を噤んだ。


「エルジェ、何をふざけたことを」

「ボクはうんざりだ。なんで仲間同士で殺し合いなんかしなきゃいけないんだ」

「この腑抜けめ。争いを放棄するなら死ね。貴様のような敗者が生き続ければ竜族は衰退する」

「これはボクの言葉じゃない。

 ――先代のサラマンド様が言ってたんだよ!」


 エルジェは目に涙を溜めていた。

 様子から察するに、エルジェは他のどのレッドドラゴンよりサラマンドと懇意にしてもらっていたようだ。


「ふざけるな! 先代が口を利けないことを良いことに、この無礼者めが。この場で処刑してやる!」

「本当だ! 本当に言ってたんだ!」


「グォォォオオオオォォオオ!!」


 ジグモが怒りのあまりに咆哮を上げる。

 エルジェは怯みながらも必死に抗弁しようと、同じく咆哮をあげた。

 共鳴して大空洞が振動する。

 岩肌から崩れた石が溶岩溜まりに落ちた……。


「最強を誇る我らレッドドラゴンの長が、そのような戯言を言うものか。妄言も大概にしろ!」


 ジグモは翼を広げて飛び上がり、すさまじい速さでエルジェに襲い掛かった。足の爪で体を裂き、エルジェの図体を倒すと翼をばたつかせ、奈落の底へ突き落そうと低空飛行した。


「グォアアアアゥゥグググ!」

「ギャアアアア!」


 ド迫力の怪獣バトルが始まった。

 俺たちは完全に蚊帳の外だ。

 エルジェが玉座の間の端まで追いやられ、ついに逃げ場がなくなった。ジグモは本当にこの場でエルジェを殺すつもりらしい。


「固まれ!」


 俺は二人の周辺の時間だけ魔法で止めた。


「考えたことは一緒でしたか」


 振り向くとリアも同じポーズをしていた。時間魔法を発動する寸前だったようだが、今回は俺の方が先に機転が利いた。


「……ああ。エルジェって奴が嘘吐きかどうか分からないが、先代のサラマンドの言葉に骨肉争いに決着をつける鍵がある」

「ですね。アザレア大戦の史実上、火の賢者サラマンド生誕は今なはずです。生誕の秘話がそこに隠されています」


 顔を見合わせて頷いた。

 先代と一番親しいエルジェは何か知ってる。

 ここで死なせるわけにはいかない。



 俺は飛び出した。

 前に立ち塞がり、魔力剣を生成した。

 ジグモの鋭い爪と抗うためである。


「動け!」


 時間は元通りになり、ジグモが飛び上がってエルジェへと襲い掛かる。しかし、俺は既に二人の間に入って迎え撃つ準備ができている。


「グォオォ―――グムッ!?」


 右腕の爪が袈裟方に降りかかってきた。

 その爪を魔力剣で弾き返す。――凄まじいパワーだが、腕を弾き返した。

 俺が突然現れたことに困惑していたが、目くじらを立てて睨んできた。


「貴様、我らの仕来りを妨害するのか」

「ここで殺すのは掟破りじゃないのか?」

「竜族にとって闘争をやめた者を間引くのは何よりの優先事項だ! 部外者が口を挟むな!」

「ダメだ。今こいつに死なれる訳にいかない」


 ジグモの動きが止まった。

 息を荒げて首もぶるぶると震わせている。

 相当怒ってるみたいだ。

 しばらく睨みを利かせていたが、勝てないと判断したのか後ずさりし始めた。

 ジグモは翼をばたつかせ、低空に飛び上がる。


「弱者に味方したことを忘れるな……」


 それだけ言い残してジグモは飛び去った。

 天井には大穴が空いていて別の洞へ続いているようだ。


「あ、ありがとう……だが、ボクは裏切者だ。掟に背くと宣言してしまった。きっとみんな集中してボクを殺しに来る」

「先代がやめろって言ったんだろう?」

「サラマンド様の言葉にはもう意味がない……。でもボクはその意思を継ぎたい。みんなで殺し合いなんてふざけた仕来りは……終わりにするべきだ」


 単なるヘタレかと思ったらエルジェも確固たる信念をもって此処にいたようだ。

 

「エルジェさん、詳しく教えてください」


 きっと何か鍵があるはずだ。この玉座で横たわるサラマンドが、どういう意図でそんなことを言い出したのか。

 それを代弁できれば骨肉争いも終わる。

 早く火竜を連れて戻らねば――。



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