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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第4場 ―アザレア大戦・裏―
298/322

Episode243 盃を以て盃を制す


 クレアティオ・エクシィーロの首都アガスティアで大勢の人が亡くなってから本質的にアザレア大戦は終わっていた……。

 妖精王ティターニアの自決によって。


 戦争に敗北し、死の螺旋から逃れた市民。

 戦争に勝利し、死の精製を繰り返す市民。


 どちらが幸福だっただろうか。

 刹那の苦しみで安楽を得た前者の方が幸せだったかもしれない。ティターニアは妖精剣によって国民に救いの手を差し伸べたということだ。

 あんな悪逆に比べたら、ずっといい。




 アザレアの偽装市街地からは撤退した。

 未だに降伏しないクレアティオの残党狩りにアザレアが進軍してこない理由がわかった。エンペドは戦争が続いているとアザレア兵に信じさせ、戦場という名の実験場にヒトを投入させていた。

 残党(俺たち)は兵士を鼓舞させる格好の材料なのだ。

 犠牲に目を瞑れば、かなりの収穫だ。

 それならこんな地獄を繰り返さないよう、降伏して軍門に下るのかと問われると決してそうはいかない。

 目を背けるわけにはいかないんだ。

 エンペドと女神の陰謀は仮に戦争が終わったとしても続く。

 それに終止符を打たなければ――。


「はぁ……」

「問題だらけですが……猶予があるとわかっただけでも幸いです。目的が分からないまま敵の出方を待つよりマシですから」


 アガスティアへ引き返す道中、リアは皆を励ますために口を開いた。

 それに応える者は少なかった。

 いつもはアンダインが応えて、次なる打ち手を二人であぁでもないこうでもないと考え始めるのが定番なのだが、そのアンダインは『神の雷(サンダー)』のダメージが大きく、意識を失ったままだ。


「次は同じようにはいかねぇ! 時間があるなら、あたしの知識を総動員して街一つ吹っ飛ばすくらいの兵器を造り上げてやる」

「ダメですよ。あくまで私たちの敵はエンペド・リッジなんだから。一人でも殺したらやってることは同じでしょう?」

「じゃあ、どうすんだよっ!」


 グノーメが握り拳をつくり、それをシルフィード様が諌める。

 ――そうだ。

 敵を殺さずに大将だけ討ち取る必要がある。

 軍と軍のぶつかり合いなら至難の業だが、少数精鋭の今の編制だからこそ望みもある。


「別のルートから街に侵入するのは?」

「エトナと二人で街中を周回しましたが、戦線を敷いている箇所は幾つもありました。私たちがどこから来てもいいようにしてますね」


 それで百の兵しかいなかったのか。

 戦力を分散させて何処でも応戦できるようにしているのだ。

 実質、その全てが実験場だった。


「実験って何の実験なのよ?」


 エトナが素朴な疑問を呟いた。

 妹もそれに加担していることを引け目に感じているようだ。まさかマウナが殺しの実験を手伝っているとは信じたくない。

 事情を話した時、エトナは取り乱すかと思ったが、意外と冷静だった。最悪を想定していた分、妹がロクリさんの保護下にあると分かり、多少は安心したのかもしれない。


「普通に考えれば試作兵器の実験ですが」


 リアが控えめに答えた。


「女神の目的を考えれば、信仰を集めるヒトの死に方の実験と言えます」

「死に方の? 飛躍しすぎじゃないか?」


 いくらなんでも国を巻き込んでそんなことが出来るはずがない。参謀(エンペド)が非道を極める人物だとしてもアザレア王国の王族全員が無情な人物でもないだろう。倫理的におかしいと思えば、待ったをかける人物も内部にいるはずだ。


「きっと色んな思惑と利害が合致したのでしょう。リピ――敬虔な司教が神の考えを説くことには、神族の中でも特に『女神』は気まぐれにヒトの死を精製したがる嫌いがあると云います。魔力と命の流動は同じものですから、死を追い求めるのは魔を司る女神の本質なのでしょう」


 死の精製……。

 昔、オルドリッジの屋敷であの陰謀コンビと戦ったとき、似た話を聞いたような気がする。

 かつて女神だったリピカが言うからにはそうなのだろう。


「戦後の文明技術の発展を考えたらアザレア王家も雷魔法の応用に目が眩むのでしょうね。ティマイオスもおそらく魔法の発展が目的ですね」

「思惑は様々ってな……。兵士は無実でも、王家や魔道師はどこまでシロなのやら」


 リアはこくりと頷いた。

 魔術師というのは冷酷な奴らが多い。

 研究を突き詰めているうちに人道的な感覚が麻痺するのかもしれない。

 そういえばティマイオスも学園が『黒魔力』で汚染されたときには自分の学生すら切り捨てようと平気で言い出した。


「汚染か……悪い考えは伝播するからな」


 どこまで悪の奸計に因るもので、どこから純粋な繁栄願望か不明だ。

 でも元凶はエンペドと『神の羅針盤(リゾーマタ・ボルガ)』だ。

 そこはブレることはない。



     ○



 アガスティアに一日かけて戻ってきた。

 野営もしながら明け方に着いたのだが、民家に入った途端、シルフィード様が倒れるように眠った。

 魔弾を撃ちすぎて精霊力が枯渇したようだ。

 心なしか、身体も出発時より幼くなった。

 すれ違うようにアンダインが目覚めた。


「情けない。妾としたことが不覚を取るとは」

「なんか顔が白いぞ……。大丈夫か?」


 顔色が悪いときは普通「顔が青い」と言うが、この女は元から全身が青い分、不調のときには白くなるようだ。


「あの雷で体内の魔力が一気に分解されたようじゃ……。よもや斯様な形でジェイクに弱点がバレてしまうとはの」

「別に俺にならバレてもいいだろ」

「ふふ。有事(・・)のときに弱点を突かれれば手込めにされてしまうじゃろう? 其方になら慰み者にされても良いが、妾の趣向ではない」

「……おいおい、勘弁してくれよ」


 また卑猥なこと言い出した。

 冗談を言う元気があるなら大丈夫そうだ。


「起き上がれるか?」

「無理じゃ」

「そうか。なら、しばらく休んでろ」

「妾にも接吻してみよ」

「は? なんで?」


 妾にもとは何だ。にもとは。


「姫の眠りには口づけが定番じゃろ?」

「もう起きてるだろうが!」


 阿保らしくなってその場から離れた。

 こんな状況でも発想がピンクすぎて相手にしてられない。



 家の居間では昨日の今日だというのに一睡もせず、リアとエトナとグノーメの三人は偵察の成果を振り返っていた。


「攻めるのに空からは難しいのか?」

「サンダーで、上空は一発でやられます」

「あの気色悪い虫を壊して進めばいいじゃない」

「壊したところでリゾーマタ・ボルガの力で復活しますね」


 近づいても気づかれなかった。

 かなり議論が白熱しているようだ。

 居間の机の上にアザレア王国の地図が広げられていた。三人で囲いながら、あれやこれやと指を差して提案し合っている。


「ジャイアントガーディアンの破壊は死傷者を減らす為の最低条件ですが、その前にリゾーマタ・ボルガを止めないと繰り返されます」

「ガーディアンは無視して突き進めばいい」

「そこは慎重にしないと……。マウナもいます」


 今やマウナも人質のようなものだ。

 エトナと引き合わせてマウナを説得し、救出する必要もある。それにリゾーマタ・ボルガを破壊させることは俺とリアには厳しい選択だ。

 未来へ帰る道を断つことになる。

 エトナは分かっているのか、羅針盤のことは触れてこない。


「マウナの説得のため、エトナを最前線に配置する必要があります。しかし、その場合、エトナの護衛で戦力を割くことになります。こちらの戦力を前線へ集中させてガーディアンを放置すれば、今度はアザレア兵が神の雷(サンダー)で排除されますね……」


 二進も三進もいかない……。

 ジャイアントGの破壊を優先しても『神の羅針盤』で実験は繰り返される。

 羅針盤とマウナの対応を優先してもサンダーを使われる。


 時間魔法を使えば同時進行も可能だ。

 静止時間の中でジャイアントGを破壊し、そのまま城を目指してマウナと羅針盤を止めればいい。だが、俺とリアはそもそも羅針盤を破壊したくない(・・・・・)

 俺たちには未来へ帰る目的がある……。

 躊躇う俺たちを見てグノーメは怪訝な顔をした。


 結論、リゾーマタ・ボルガをそのままに復活し続ける(・・・・)ジャイアンドGを薙ぎ払い、その間にエンペドを拘束するのが理想的な結末だろう。

 それは今の戦力では厳しすぎる。

 ジャイアントGの群れを無効化し続けられる仲間は今のところいない。


「ガーディアンを一斉に片付けつつ、羅針盤の攻略も同時に行う方法ですか」


 リアが頭をひねった。

 個々の能力を勘案しながら際限なく戦術をシミュレートしているようだ。

 それでもなかなか妙案は浮かばない。


 ――俺には一つだけ偵察に向かう前から気になっていた事がある。

 それが一つの閃きへと変わった。


「火竜の力だ」


 三人とも驚いたように振り向いた。


「あら。ジェイク、いたのね」

「ジャイアントGを一斉に葬り続ける方法が一つある」


 それで足りなかったピースは揃う。


「竜族のレッドドラゴンの力を借りる」

「竜!? そんなのと遭ってたかしら?」


 エトナが目を瞬かせた。知らなくて当然だ。

 火竜の棲家はニヒロ砂漠よりも遥か東のバイラ火山にある。


「竜種の力を借りるってか。あんまり良い奴らじゃねぇがなー」


 グノーメは竜族を知っているらしい。


「ジェイクさん、何故サラちゃ……こほん、サラマンドの力がガーディアンの殲滅に良いと?」

「ジャイアントGは火に弱い。ロクリさん自身もそう言っていたし、俺もアレが火にやられて簡単に倒される所を見たことある」


 だいぶ昔に。

 アザリーグラードの迷宮でユースティンが炎魔法で簡単に焼き払っていた。あんな初歩的な魔法で対処できるのだ。火竜が撒き散らす高熱の火焔に曝されれば一溜まりもないだろう。

 奇しくも今のパーティーに炎魔法を使える仲間はいない。エトナも『血の盟約』以降、基本属性の魔法が使えなくなってしまった。


「そういえば言っていたような……聞き流してました」


 リアはロクリさんの魔道具紹介の時、震え上がって聞いてなかった。アザリーグラードの迷宮も知らないからその弱点にもピンと来ないのだろう。


「ジャイアントGの相手はサラマンド一人に任せれば済む。羅針盤の力で何度復活しても、地上の虫が何匹か這い出た程度にしか思わないだろう」

「待って。もう仲間の一人に数えてるけどサラマンドって竜が協力するとは限らないじゃない」


 エトナの言う通りだ。

 問題はどう仲間に加えるか……。

 最後の印象ではサラマンドはアルフレッドやリンジー、リナリーにペット扱いされていたから容易に思えてしまうが、初対面では死闘を繰り広げたものだ。

 未だに古代(こっち)では遭っていない。

 どんな性格をしてるかも分からなかった。


「それに距離ですね……」


 リアが苦い顔をして呟いた。


「確か、ここからバイラ火山までは徒歩の旅で二、三ヶ月かかります。リバーダ大陸の東の最端に位置する山ですし」

「二、三ヶ月!?」


 エトナが驚いた。

 リバーダ大陸は広い。たまたまアザレア王国が西沿岸部に位置し、アガスティアもイリカイ川を隔ててすぐの地点に栄えていたから今まで移動も何とかなった。

 バイラ火山までは本当の長旅だ。

 エリンで旅した二、三週間とも比べものにならない。

 事実、俺がアンファンたちと遠征した際は往復で半年かかった。


 それに今は猶予があるとはいえ、アザレア軍と対峙している最中である。数日や数週間ならまだしも、数か月もこちらの動きがなかったらエンペドや女神も何か仕掛けてくるに決まっている。


「それなら問題あるまいよ」


 背後からレナンシーの声が聞こえた。

 懐を肌蹴させたまま壁に寄り掛かっていた。

 隙間から巨乳が目に飛び込む。色っぽい。


「大丈夫か? あんまり無理するな」

「其方らの声が耳をくすぐって寝つけぬのでな」

「そりゃあ悪かったな……」


 詫び一つ入れると、にこりと微笑んだ。 


「バイラ火山までの道のりは砂漠を突っ切れば苛酷じゃが、イリカイ川を北上してネッビアを経由すれば大した時間はかからぬぞ」

「それはかなりの迂回路になるのでは?」

「然り。じゃが、その方が速い」


 毅然とレナンシーは言ってのけた。

 ネッビアは青魔族の故郷だ。

 普通に考えれば直線距離より遠くなる気がするのだが……。


「イリカイ川を上れば(・・・)ネッビアまでは一日もかからぬ。ネッビアが水源じゃから、そこからバイラへ流れる川を下れば七日足らずで火山地帯へ到達するぞ」

「川をのぼる?」


 レナンシーは病弱な顔をしながらも不敵に笑ってみせた。


「妾の専売特許と言ったであろう?」


 そして手の平に水球をつくり出した。

 自在に操り、蜷局を巻くように腕に纏わせる。


「そうか。海神(わだつみ)の力だ!」

「然様。筏でも用意すればすぐに河流を操って導こうぞ」

「さすがレナンシー!」

「ふふ。礼を期待しておるぞ、ジェイク」

「え……」


 顔が引きつるのを感じた。

 さっきもキスをせがんできたし、何をさせられるか分かったもんじゃない。俺が硬直しているとエトナが強引に咳払いして存在を主張した。


「まぁ、それはそれとし……いずれは話せばならぬと思っていたのじゃが」


 興が過ぎたと反省したのか、レナンシーが言葉を被せた。


「エンペドのお縄を頂戴し、亀甲縛りに晒したとして羅針盤をどうするか……ということじゃが」


 途中で聞き捨てならない緊縛様式の名が聞こえたが、この場にいる皆レナンシーのピンク脳は慣れっこで誰も反応しない。


「んな忌々しいもん、ぶっ壊すだろ、普通」


 グノーメが事も無げに言う。

 俺とリアが同時に息を呑んだ。

 破壊されたら未来への帰り道を失う。


「それは無理じゃ」

「あぁん? なんでだよ」

(ボルガ)とは儀式そのものじゃ。器が壊れたところで成立した儀式は破壊できぬ」


 眉間に皺が寄るのを感じた。

 器を破壊できれば儀式をやめさせることができると考えていた。


「今の『神の羅針盤』は何かに(ボルガ)の役目をさせているのじゃろう。その器が破壊されれば新たな器を求めて別の存在を『盃』にする。それが何になるかは分からぬが、最悪『ヒトの(さかずき)』を依り代にするやもしれぬ」

「ヒトの盃……」


 レナンシーとこっちで再会した時の言葉を思い出した。



『ラウダの地で巫女などと呼ばれ、雌ばかり魔道に精通するのは体に盃の臓物があるからじゃ』



 それは女性に備わる特有の生殖器官。

 ボルガを破壊した場合、誰かが『神の羅針盤』の代役をさせられるのか。

 それが此処にいる誰かだったら――。

 偶然にも今の仲間は女の子ばかりだ。

 血の気が引いた。


「破壊すればどう飛び火するか分からない災禍(パンドラ)の箱というわけですか」

「うむ。今の形状のまま封印した方がよかろう」


 封印。――あぁ、それで。


「そも、羅針盤の根源はその名の通り『四元素(リゾーマタ)』じゃ。四元素の魔力を吸い上げ、機能を弱めることが封印の唯一の方法と考えた。四元素とは……」

「火と風と水と土、ね」


 エトナが反応した。

 巫女修行で培った知識だろうか。


「その通りじゃ。リゾーマタ・ボルガ一つに傾いている魔力勾配を分散させてやる。それで力は弱まり、封印の体を成すじゃろう。理屈の話じゃが」


 だが、それは的を得ていた。

 未来で見てきた事から帰納的に導き出すなら、リゾーマタ・ボルガは破壊ではなく封印されるものだ。

 その封印のために生まれたのが――。


「魔力勾配を分散……どうやるの?」

「遠回しになったが、妾も火竜の助けが必要と考える理由がそれじゃ。火と風と水と土、それぞれ単味の魔力で妾らの『ボルガ』を造る」

「ボルガをつくる?」


 封印していたのは五つの『兵器』。

 足りないと感じていたもう一つはコレだ。


「目には目を。歯には歯を。と云うじゃろう。

 盃を以て盃を制すのじゃ」


 ボルガ・シリーズ。

 神の羅針盤を封印したのもまたボルガだ。




※次回更新は2017/3/25~26の土日です。

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