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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第4場 ―アザレア大戦・裏―
297/322

Episode242 偽装包囲戦


 空を見上げれば、曇天。

 雲行きも怪しくなってきた気がする。

 ――遠雷が轟いた。


「なんで、マウナがあそこに……」


 坂になった街道の先。

 突き当りの四角い家の屋上。

 宮廷魔道師ロクリ・プラト・ティマイオスと並び、マウナは純白の髪を靡かせていた。俺たちを隔てる長い長い坂道にはアザレア兵が犇めき、ジャイアントGまで鎮座している。

 整備された街並みとはいえ、戦場は戦場。

 雑多な光景のせいで、百のアザレア兵に挑む男が俺だとはマウナも判ってないかもしれない。



 それにしても彼女が戦場にいるとは……。


 エンペドがアザレア側に付いた今の世界では、こちらの国の方が文明が発展を遂げているはず。

 ――とはリアの推測だ。

 それは推測通り、そうだった。


 初回訪問と異なる点は今が"戦争中"という事。

 マウナの居場所を特定するなら、俺たちと離れ離れになった要因を彼女の中で何としているか。それをどう受け止め、どう行動するかをマウナの性格や能力から予測する他ない。

 これの究極が女神(ケア)の『予定調和』だ。



 マウナはたまたま此処を訪れた旅人だ。

 そも、旅人は戦争中の国になど寄りつかないものだが、俺たちと行動を共にして結果的に寄りついてしまった。そこで一人残されれば、安全な場所へ避難して当然だろう。

 だから戦場にいるのはおかしい。


 例えば、あらゆる偶然が噛み合い、マウナがアザレア王の目に留まり、巫女としての魔法の腕前をを認められたとしよう。

 しかし、戦争に加担するとは考えにくい。

 マウナは貴重な『巫女』であるが、戦えるわけではないし、そもそも本人も心優しい性格ゆえに争いごとは毛嫌いするタイプだ。

 その辺の性格はエトナのお墨付きだ。

 何か、目的がない限りは――。


「……」


 何故だろう。

 遥か遠くで佇むマウナの眼が怖ろしい。

 冷酷な印象がある。


 優先的に保護した方がいいだろう。

 エトナとリアの二人をつい先ほど、マウナ捜索班として居住区域に送ってしまった。なんとタイミングの悪いことか。二人もまさかすれ違っていたとは思うまい。


「作戦変更だな」


 魔力剣を空中に並べた。

 空に浮かぶイメージを思い描き、宙へ放つ。

 仲間へ合図する狼煙として剣を使う。



 その間、錬鉄の軋む音がした。

 きぃぃん、という凝集音が鳴り響く。

 坂道を仰ぎ見ると、ジャイアントGがまたしても触覚部分を稲光らせ、雷電の魔力を口元へと集めている。顎が豪快に開くと、そこから轟音とともに雷魔法『レールガン』が坂道を駆け下った。

 その弾丸の標的は俺しかいない。


「――ッ!」


 魔力剣を手元にも生成し、振り切る。

 稲妻の軌道が目前まで迫る前に叩き斬り、反魔力で消滅させた。

 鬱陶しいな……。

 しかし、ジャイアントGが『レールガン』を撃ち込んでいる間はアザレア兵も射程に入らないように後退しているため、多勢を相手にする必要がなくなっている状況は嬉しい。

 何度か稲妻を纏う弾丸を斬り捨てたあと、


「ジェイクさん、お待たせしました」


 シルフィード様が空から舞い降りた。

 狼煙を見て、いの一番に駆けつけたようだ。

 器用に体をぐるりと前転させ、気流を操って着陸する様は未来におけるシアの姿と酷似していた。

 シルフィード様は本来の作戦では抑え役だ。


「シルフィード様、援護をお願いします」

「あら? 市街地制圧戦ではないのですか」

「作戦変更です! マウナがあそこに」


 シルフィード様は目を細め、俺が指し示す方を見やった。


「ぼんやりと二つの影は見えますけど……」

「とにかく、戦いが激化する前に避難させます! それまで敵を引き付けて。特にアレ」

「まぁ、なんとも不気味な形ですね」


 坂道に立ち塞がる黒光りする機械を眺め、シルフィード様はそんな感想を漏らす。ジャイアントGは皆一様にして不気味だというが、ゴキブリの姿をしていたら当然だろう。エンペドの目論みはうまいこと嵌っている。

 シルフィード様がリアのように「生理的に無理」とか言い出さなくて良かった。


「あのゴキブリは少し面倒です。もし陽動が必要ならアンダインとグノーメの二人にも支援要請を。今はマウナの保護が最優先です!」

「了解しました」


 背中のロングボウと腰の矢筒に手を伸ばし、シルフィード様は冷静に準備を始めた。最後まで見届けることなく、俺は颯爽と駆け出した。

 場を離れる直前、既にシルフィード様の取り出したる矢じりからはギュルギュルと風が凝集する音が鳴り響いていた。

 少女に似合わない不敵な笑みを零す。

 ――『鎌鼬(かまいたち)』だ。やる気満々らしい。




 坂道を全速力で駆け上がる。

 魔法で時間を止めれば、援護や引き付けなんて必要ないのだろうが、時間魔法は移動目的で使わない方がいいのはイリカイ川の橋で経験済みだ。

 使うなら、敵の目を晦ます程度に控えよう。



 また、遠雷が耳に届く……。

 突然に天気が悪くなった気がする。



 駆け上がる最中、鏑矢の甲高い音が鳴った。

 どうやらシルフィード様が他二人の賢者も呼びつけたらしい。マウナの保護と聞いて手堅く増援を選んでくれたようだ。

 ありがたい。

 俺は坂道に潜むアザレア兵やジャイアントGの脇を突き進むのが煩わしくなり、家の壁を蹴り上がって屋根上を伝って進むことにした。

 人間離れした動きにアザレア兵はどよめく。


「な、なん――――っあぁああ!?」


 そこに『鎌鼬』の猛攻が被弾した。

 兵たちがよそ見をしている所にちょうどシルフィード様の魔弾が直撃した。シルフィード様は狙撃も然ることながら早撃ちにも通じている。ひょっとすると、先ほどの鏑矢は、次弾の『鎌鼬』を射る前に敵の注意を逸らすための作戦も兼ねていたのかもしれない。

 街道に突き刺さった一本の矢は爆風を舞い上げ、アザレア兵を巻き込んで周囲に吹き飛ばしていく。

 決して殺さないでください、とお願いした為か、シルフィード様も『鎌鼬』の使い方を考えたようである。あの人もアザレア大戦の元凶と怒りの矛先をちゃんと理解していた。


 それだけで街道は一気に静かになった。

 元々、百程度の兵士しかいなかったのだ。

 残党が六人だけとはいえ、手を抜きすぎだ。

 エンペドは俺たちを舐めている。


 最後の跳躍でついにその屋上に辿り着く。

 蹈鞴を踏んだ後、落ち着いて呼吸を整えた。

 ここはちょうど坂道を登り切った突き当たりに当たるようで、振り返ると戦いの全景が見渡せた。また、遠くに流れる巨大な大河――イリカイ川やそこに架かる大橋も遠目に拝めた。


「あ、貴方は旅のお方!?」

「やっぱりこの時間の流れでもロクリさんと巡り合っていたか」

「何のお話ですの……そ、それより貴方が何故、クレアティオ軍に味方を?」


 マウナよりも先にティマイオスの方に反応されて俺も困惑した。

 この人も話せば通じるのだろうか。


「味方というか、戦争を終わらせるためです」

「終わらせる? 負けも同然のくせに? 見苦しいですわね。クレアティオは敗北したんですのよ。抵抗は止めた方が身の為です」

「違う、そうじゃなくて」


 味方しているつもりはない。

 だが、こうしてアザレア軍と対峙している以上はそういうことになるのだろう。つまり、今はアザレア王国と敵対関係の構図だ。

 現状、ティマイオスにエンペドの真の目的を明かしたところで信じてもらえないだろう。敵対関係にある人物の言葉を易々信じるような間抜けではないことは知っている。

 ここにやってきたのはティマイオスを説得しにきたわけじゃない。隣に佇む純白の髪の少女を保護しにきただけだ。


「今はそれ所じゃなかった! マウナ、なんでこんなところにいるんだ。早くエトナの――」


 言いかけたところで気づいた。

 マウナが俯き加減で震えている。それは、怯えているというよりも、どこか怒りに打ち震えているような雰囲気だった。


「……」

「……どうした?」


 覗き込むとマウナが突然、顔をあげた。

 目くじらを立てている。

 その目尻には、涙が一粒溜まっていた。



「今更なにしにきたのよ!」



 凄い剣幕で一瞬、唖然とした。

 何が「今更」なのか、時間の流れを不連続に体感し続けてきた俺には事情がさっぱり分からない。


「何しにって、マウナを連れ戻しに……」


 ――以前の光景を思い出す。

 宿屋の一室で突然、大切な人が死んでいた。

 何の前触れもなく死は訪れ、俺は持っていた贈り物の小箱を落とした。それは死者の手向けには不釣り合いでマウナの顰蹙を買ったのだ。


「連れ戻す? ふざけないでよ……」


 マウナの呼吸が荒い。

 ぽたぽたと涙を流している。

 誰かを思い出して怒りに心頭していた。


「私の居場所を、唯一の居場所を……」


 居場所。それが何かは検討がつく。

 どうしてそういうことになっているのかの理屈は置いておくとして、マウナが此処まで怒りや悲しみを爆発させるほど慕っている人物は、世界中どこを探しても一人しかいない。

 この現象は今までの中で最も奇っ怪だ。


「居場所を奪った張本人のくせにっ!」


 あぁ、そうか――。

 数日前までアガスティアまで楽しく旅をし、現地でも何の隔絶もなくやってきたはずなのだが、今の世界では俺は嫌われていた(・・・)らしい。

 イリカイ川の戦いに挑む直前、死んでしまったエトナへ場違いなプレゼントを買ってきていた(・・・)ときのように。



「ねぇ、返してよ……! お姉ちゃんを、私のお姉ちゃんを返してよ!!」



 慟哭が静かな市街地に響いた。

 また、雷鳴の音。少し近くから。



「……」

「うぐっ……うう、あああっ、あぁああっ」


 マウナは少女のように泣き出した。

 傍にいたロクリさんの袖を掴み、その場で泣き崩れそうになるほどだ。ロクリさんはその脆い身体を支え、起こしてあげた。


「ジェイクさん。もう一度警告しますわ。早く抵抗をやめた方が身の為です。それは貴方自身だけじゃなくて、この子のためにも」


 分かったことがある。

 何故かエトナが死んだことになっている。

 ――だが、本人は生きている。『血の盟約』でリゾーマタ・ボルガの魔の手から逃れたことによる弊害なのだろうか。

 訳が分からないが、そうとしか思えない。


「でも、エトナは……」


 途中で口が噤んだ。

 真実を伝えても、きっと信じてくれない。

 以前もこの街でエトナが死んだとき、マウナは俺を拒絶した。口で何か言うよりも実際に会わせた方が手っ取り早いだろう。

 事実、エトナは生きているのだから。


 次第に雨が降り始めた。

 ぽつぽつと頭を叩き、頬を濡らし、大粒の雨が全身を叩いていく。さっきから轟いていた雷雲がここまで到着したようだ。

 だんだん雨は強まった。


「とうとう、完成(・・)しましたわね」


 雨を手に溜めて眺める宮廷魔道師ロクリ。まるで自身の製作物を自賛するよう呟き、空を仰ぐ。

 無防備ながら俺も空を見上げた。

 頭上は黒々としたぶ厚い雲が覆っている。

 やけに距離が近い……。


「では、私たちはこの辺で。この一帯は雷雨に見舞われますわ。貴方のお仲間にも注意した方がよろしいかと思いますわ」

「え……?」


 ロクリさんは得意げに笑った。

 満足げな表情は懇意にしていた魔法大学理事長のティマイオスと同じもので、懐かしささえ感じる。


「わかりませんの? 貴方がたは勘違いしていたのです」


 雨に騒音に囲われてもはっきり聞こえる。


「ここは包囲戦用に組んだ布陣でなく、謂わば、実験場ですわ」

「実験?」

「はい、エンペド先生と私の発明品の」


 ティマイオスは『雷の賢者』だ。

 それは未来で揺るぎない事実であり、その名にまつわる逸話が有って然るべきだ。発明家、学園の理事長、そんな肩書きの数々に埋もれて根本的なことを忘れていた。

 こいつは雷の賢者だったのだ――。


「ちょうど避雷針に最適な方々(・・)と伺ってますの」

「何の話だ?」

「ふふふ」


 ロクリさんが不敵に笑う。

 そのときだ。ピカっと稲光が輝いた。

 呼応するように宮廷魔道師は呟く。

 ――直撃は必至と確信したようだ。


「いでよ、神の雷(サンダー)!」


 はるか頭上で魔力反応。

 ジャイアントGが上げる凝集音とは比べものにならないほどの高エネルギーの音が轟き、そしてその"魔砲"が放たれた。

 この場で最も高くにいる俺へと落雷した。

 一筋どころか一束の高電圧が降りかかった。


「ぐっ……!」


 バチバチと全身を何かが駆け巡る。

 別に痛くも痒くもないが、不快感が凄い。

 電撃で体が勝手にねじ曲がるようだ。

 魔法としての雷は、俺の体に触れた途端に軒並み消失していくのだが、この魔砲『神の雷(サンダー)』が魔力以外の要素も加わって力を得ているのか、電撃自体は消えずに全身を痺れさせる。


「あら、想像以上に頑丈ですのね」

「そういう……体質なんでね……っ」


 身動きが取れない。

 ロクリさんはくるりと踵を返し、マウナを丁重にリードしながら立ち去ろうとした。屋上から階下へ向かう外の階段へとゆっくり歩いていった。


「ま、待て……っ!」

「ここに居たのは"立ち合い"ですわ。先ほども申しましたが、この一帯は雷雨に見舞われます。危険ですから避難しませんと。私の可愛い『お人形(弟子)さん』が傷ついたら大変ですもの」


 ロクリさんはそれだけ言い残し、マウナを庇うように歩き去った。マウナも何も言わず、振り向きもせずにロクリさんに付き添って歩く。


「マウナ……っ!」

「……」


 返事はなかった。

 エトナが死んだことになったこの世界では、その死も俺のせいになっているのだ。本人の意志はともかく二人をアザレア王国に連れてきたのは俺だ。


 "こんなお人形さんのような子にお願いされたら見せないわけに行きませんわ。もう私のお人形さんにし――ゲフンゴホン"


 前にそんな願望を垣間見たときは笑い話に出来そうだったが、今では到底笑えそうにない。

 雷鳴がさらに轟く。

 暗雲は濃くなっていた。

 背後にはシルフィード様の放つ魔弾とそれに対抗すべく士気を高める兵士の鬨の声が響き渡った。俺だから平気だったが、サンダーがあの坂道の戦士たちに落雷したら大惨事じゃないか。 


「おい……自国の兵士も危険に晒すのかっ」


 彼女が立ち去る直前、背中に向けて叫んだ。

 立ち止まって、機嫌良さそう振り向いた。


「ええ。実験ですもの」

「なんだと……」


 雷魔砲の出力を図る実験で、仮に兵士の装備が耐電仕様になっているのならまだいい。でも、そういうつもりではないらしい。俺の視線で何を訴えているか気づいたロクリさんは無情にもこう答えた。


「彼らの中では作戦も、クレアティオ軍の残党を殲滅する市街地包囲戦ということになってますわ。もうすぐ戦争は終わる。――いえ、既に終わってる。だから士気も高いのです。戦場に見立てたこの実験場にヒトを送り込むには、貴方たちがちょうどいい材料だったのですわ」


 全身に鳥肌が浮き立つのを感じた。

 血が滾る。これは、命を弄ぶ壮絶な罠だ。


「アンタが考えたのか……?」

「エンペド先生の発案ですの」

「そうか。それで、ヒトが死んでもなんとも思わないのか」

「彼らの死は"永遠に終わりません"から」

「……なんだって?」


 気になる言葉を残し、ついに立ち去った。

 直後、ピカりと稲光りが視界に映った。

 気づけば坂道の黒い機械兵器も、その数を増している。



     ○



「なんじゃ!? 緊急事態かの?」


 シルフィードの鏑矢の音に気づき、颯爽と駆けつけたのはアンダインだった。遊撃兵として反撃の機を伺っていた魔法生物は、いかなる状況もすぐ対応できるように柔軟に構えていたため、いち早く駆けつけることが出来た。


「作戦は一時中断みたい。マウナさんが近くにいると、ジェイクさんが」

「ふむ。リアとエトナは無駄足だったか」

「そう――かもしれないわっ」


 シルフィードはアンダインと会話しながらも魔弾の狙いを定めて撃ち放っていた。相手を傷つけないように弓矢を射るというのはかなり難しい注文だが、『空圧制御』の力で矢じりの射速を変え、攪乱用に風を爆散させれば可能だった。

 だが、集中力は摩耗する。

 この制圧戦が終われば、次は本陣だろうか。

 ここの兵士の少なさからすると、他にも要衝があるのだろうか。まだ正念場とは思えない状況に、シルフィードは先々を考えて目が眩んだ。


「敵の引きつけなら妾に任せよ」

「お願いっ」


 アンダインは足元に水流を生み出し、滑るように地面を滑走し始めた。壮絶なスピードで街道の坂道まで近づき、水魔法の力で兵士を転ばせるなど、弄ぶように相手をし始めた。

 ジャイアントGも機動性が低くて、水流で自在に市街地を駆け巡るアンダインを捉えることが出来ていない。


 ――親玉が現われたぞ!

 ――高射部隊、あいつに狙いを集中させろ!


 アンダインの登場は元々、事前に聞かされていたように兵士たちも統率が取れていた。ジェイクの登場のときとは雲泥の差だ。

 敵国の親玉はこちらの戦力を一部しか把握していないらしい。シルフィードは風の魔力を手繰り寄せ、お得意の魔弾を生成しながら考えた。


 アガスティアで女神に作戦会議を見られたとき、たまたまジェイクはグノーメを押さえに単独で向かっていた。ならば、グノーメも戦力に数えられていないだろうか。

 否、エンペドはクレアティオ軍の内部を知り尽くしている。必然的にグノーメも残党に加わっていることは想定しているはずだ。


「はぁ……はぁ……」


 その彼女が重い荷を引き摺って現われた。


「やっとですか?」

「頼むから鉄屑(スクラップ)を修理する時間をくれ……」

「もう戦いは始まってるんですよ」


 グノーメは今まで、役に立ちそうな兵器を即興で造り上げるために後方で機械いじりをしていた。しかし、シルフィードの鏑矢の合図を聞いて中断し、駆けつけてきたらしい。――駆けつけた、といってもアンダインと比べるとかなりの時間差があったのは否めない。

 手ぶらのグノーメは足手纏いになっていた。


「とりあえず、一個つくってきたからこれで応戦するぜ! 何すりゃあいい?」


 シルフィードは魔弾の照準を合わせながら、ちらりとグノーメに一瞥くれた。『アラクネ』の第一歩脚砲身(アームバレル)を引き抜き、単独で撃てるよう加工した武骨な小銃を手元に携えていた。


「あの坂道のアザレア兵を引きつけてください! 殺したらダメですよ。アンダインに続いてっ」

「よっしゃあ! 腕が鳴るぜっ」


 物騒に言い合うシルフィードとグノーメは見た目が幼いこともあってか、傍目に見たらお遊戯会のような有り様だ。

 魔弾を構えるシルフィードも十二、三歳の可憐な少女といった風貌だが、グノーメにいたっては五歳児の外見である。その少女が小銃片手に戦地に走る姿は滑稽なもので、いつまで立っても坂下にさえ辿り着かない。

 この場で唯一の"大人"はアンダインのみだ。

 グノーメがたどたどしく走っている最中。



 ――ピカっと稲光りが空を切り裂いた。

 何かに避雷したようだ。雷は何かに直撃した状態で帯電し続け、続け様に空から同じような雷電のエネルギーが送り込まれ続けている。


「なんだぁ、ありゃあ!」

「自然発生した雷雲とは思えませんね」


 シルフィードには避雷した黒い影がジェイクのような気がしてならなかった。遠目すぎてちゃんと確認はできないが、人影のようなものが見える。


「何かしらの魔力で生成した……雷?」

「おい、あれ見ろ!」


 グノーメが指差したのは坂道の方だ。

 そこにはゴキブリの大群――否、話に聞かされたジャイアントGという機械兵器が何体も街の路地裏の奥から出現していた。


「アザレアもあんな器用なもん造れるのか」

「関心してる場合じゃないでしょっ!」


 ジャイアントGは各々足踏みした。

 何事かと見守っていると、後ろの脚部から固定用の鉄杭を突き出して街道にその大きな巨体をがっちり固定させ、身動きが取れないようにした。

 すると、頭部を上にあげ、今まで『レールガン』の砲身に使っていた筒を天高くに向けて直立し始めたのである。


「雷の力を利用した投射機か何かか?」


 クレアティオ側の妖精族の間では見たこともない魔力に、グノーメは長年の機械工としての勘から推測する程度しかできない。

 シルフィードでは原理すら理解できない

 グノーメがその姿に魅了されているが、ゴキブリの群れが後脚を固定させて直立し始める姿は気味悪すぎて目を背けたくなる。


 その反応はシルフィードやグノーメだけに留まらず、何故かアザレア軍の兵士も同様だった。

 なぜか自軍の動きに困惑している……?



 直後、雷がまたしても避雷した。

 今度は単独の稲妻ではなく、複数の稲妻が同時にジャイアントGの天高く向けた砲身へ、無数の光の筋が発生させながら地上に舞い降りた。

 直撃したジャイアントGは、巨大な胴体を通して帯電し、体内でエネルギーを変換したような反応を見せると、今度は後脚から増幅された雷の魔力を地上に一斉に放出した。



 ――…………ッ!!


 ピカっと青い光源が発生したかと思うと、



 悲鳴がシルフィードの耳にまで届く。

 悲鳴にもならない絶叫だ。


「…………」


 言葉を呑んだ。

 百余り居たアザレア兵は一斉に感電死した。

 友軍機であるはずのジャイアントG、そして誰が生み出したかもわからない『暗雲』から放たれた雷が機械を経由して地上に降り注ぎ、死んだ。


 体をぴんと張った状態で倒れる兵士。

 真っ黒に焦げてしまった兵士。

 影も形もない者もいた。



 シルフィードとグノーメは顔を見合わせる。

 一体、自分たちが戦っていたのは誰なのか、この坂道の地獄絵図を目の当たりにして分からなくなったからだ。

 そして、巻き添えを喰らった仲間が宙を舞う姿も目に焼き付いた。

 青い身体をした魔法生物。

 魔族の長であるアンダインである。

 いかにも雷に弱そうな見た目をした神の娘は、皮肉にも人為的に落とされた『神の雷』に触れて感電した。


「アンダインが!」


 シルフィードが悲鳴をあげた。

 その直後、アンダインは突然と空中で姿を消した。

 一瞬不安を覚えたが、


「ハァッ……ハァッ!」


 突如として真横に現れた英雄が、アンダインを抱えた状態で膝と手を地面についていた。ジェイクがアンダインを保護して、時間魔法で時を止めている間にこちらまで運んでくれたようだった。

 しかし、安堵している状況じゃないのは一目で気づいた。

 ジェイクもまた避雷したようで黒い胴衣はボロボロになり、アンダインは青かった表皮が真っ白になって陶器のような艶肌を晒していた。

 意識がなく、倒れたままだ。


「クソッ、はめられた!」


 ジェイクは悔しそうに地面を叩いた。


「ジェイクさん、一帯なにが?」

「……」


 ジェイクの横顔は悲愴に満ちていた。雷に打たれた以外にも、もっと悲惨なものを見てきたかのように瞳孔を開いて呼吸を荒げている。


「これは包囲戦なんかじゃない! エンペドはもう真っ当な戦争をするつもりがない!」


 鬼気迫る表情で訴える黒衣の英雄。

 終わらない戦争『アザレア大戦』の最低限の形式(ルール)であり、至極当然のように考えていた『戦争』の体は、既に意味を成していないことに彼は気づいてしまった。

 むしろそれを逆手に取られたと云える。



 "――エンペドは戦争を終わらせない"



 それは先入観でしかなかった。

 既にエンペドは、戦争による絶望蒐集は効率が悪いと判断して次のステージに進んでいたのだ。それがこの市街戦を想定した巨大実験場――。


「それはつまり、どういう……」

「アレを見てください」


 シルフィードは坂道を再び見やった。

 そこでは百のアザレア兵が、こちらの突撃を今か今かと待ち侘びて迎撃の布陣を取っている。

 感電死して全滅したはずの(・・・)アザレア兵だ。

 それは『神の羅針盤』による再現実験。


 感電死したアザレア兵がもう生き返っていた。

 リゾーマタ・ボルガが即時使われたようだ。

 命への冒瀆を感じ、シルフィードは言葉を失った。


 彼らが剣を取る動機は単純だ。

 残り僅かな少数の残党を駆逐する。

 そうすれば戦争は終わる。未来は明るい。

 家族との幸せな日々を願い、剣を取る。

 ――残党(俺たち)がいる限り。



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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
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