Episode239 三人目の賢者
グノーメ様の精霊契約は熾烈を極めた。
それが俗に云う"才能"というものなのか、相性のせいなのかは分からないが、二人の馬が合わないということだけは分かった。
朝早く、陽もまだ顔を出したばかりの砂漠の大地で二人は向かい合う。小汚い格好のドワーフの女性と礼儀正しいエルフの少女が対比的だ。
風は彼女達の熱を冷ますように吹きつけた。
「では続けてください。――あ、腕はこう!
ちゃんと組んで。足もです。
では、私の言葉に続いてくださいね。
精霊に授かりし御子の器を捧ぐ者!
汝、器を認めるならば我が呼び名に応えよ!」
「精霊の……えーっと、御子の……認めるなら答えろ!」
「違います。真面目にやってください」
「んな長ったらしいもん覚えられるかよ」
「そんな適当な言葉では応じてくれません。精霊様との交信は繊細なのです」
「アンタこそ間違ってんじゃねーのか。一回やって覚えてる方がおかしいぜ」
「ティターニア様直伝の儀式を忘れるはずないでしょうっ」
言い合いが続く。
こんな感じでグノーメ様の儀式は、シルフィード様のレクチャーのもとで進められているのだが、一向に成功する気配がない。グノーメ様も最初こそ熱心に取り組んでいたが、失敗続きでやる気がなくなったようで、雑になってきている。
二人を眺めて溜め息をつくレナンシー。
エトナとリアは、すやすやと眠っている。
俺もさっきから欠伸を何度も噛み殺した。
まだ昨日の今日で寝不足だ……。
「ああ、もうやってらんねぇ!」
ついにグノーメ様が匙を投げた。
小さなシルフィード様を突き飛ばす勢いで立ち上がり、歩き出した。
「あっ、どこにいくの、グノーメ」
「うっせえ! ついてくんなっ」
「ティターニア様の仇を取ると言っ――」
「黙れ! ババアの仇は、ぜってー取る」
グノーメ様はひらひらと手を振って立ち去った。
半壊した洞窟住居の物陰に消えていく。
シルフィード様は溜め息をついた。
「もうっ。あんな品性のない人が精霊契約なんて無理ですよ」
続けて不満を漏らす。
……こっちの文化で云う『精霊契約』は人間流に言うと『血の盟約』に該当する。機械工だったグノーメ様に巫女の御業を要求するのは酷だろう。例えるなら、アルバさんに魔法大学で学位を取ってこいと言うようなもんだ。
「まぁまぁ……。ヒトそれぞれ相性というものがあろう。精霊契約の儀式もそれ一つとは限らぬ。彼奴には彼奴なりのやり方があるやもしれぬのじゃ」
「そんな悠長なこと言ってられないでしょう? アザレア軍がこちらの損害に気づいている以上、早く戦力を整えて出発しないと先手を打たれます」
シルフィード様はハーブにハマった堕エルフから見違えるほど変わっていた。妖精王の死と精霊契約が引き金となったのだろうか。
「しかしな、エトナがジェイクと契った折には格式ばった儀式は必要なかったじゃろう? ただただ肉欲に陶酔し、体や唇を貪り合い、熱い情愛に耽りながら……ああ、羨ましいのう」
「勝手に脚色つけるなっ」
「脚色ではあらぬ。妾らも存分に鑑賞させてもらったぞ。なぁ、シルフィード?」
「確かに。こちらが恥ずかしくなるほど愛に溢れてました」
なに……。キスしただけじゃないのか。
エトナは好きだけど、そんな事実があったら変に意識してしまう。
あの日から彼女の様子も異常だった。
二人の言葉がまるっきりの冗談というわけでもなさそうだ。
「何にせよ『血の盟約』も『精霊契約』も契りを交わすこと――男女のそれと似たようなものじゃ。グノーメに精霊への"愛"がなければ成り立たぬだろうよ」
「やっぱり無理ですね。私たちだけで出発することも考えましょ」
「うーむ……」
レナンシーが思い止まっている。
俺は動揺してあまり聞いてなかった。
「リアの意見も聞きたいところじゃが、一晩経ってもアザレア軍が攻めてこぬのは些かおかしいぞ。妾らを掃討する気がないか、向こうの縄張りで罠を張っている可能性もある。先手が必ずしも好手になるとは限らぬからな」
○
ひとまず急ぐ必要はないことをレナンシーも言っていたし、女だらけの輪の中に野郎が俺一人というのも肩身が狭いので、一旦パーティーを離れてアガスティアの街の中で障害物となってる物を片っ端から撤去する手伝いをした。
「おーい、兄ちゃん。こっちも頼むど!」
「はーい!」
ドワーフのおっさんに声をかけられた。
変な方言だ。
向かうと、洞窟の壁だっただろう巨大な瓦礫が道を塞いでいた。
倒れた壁を持ち上げ、その下に入り込む。
下から両手で持ち上げてみせた。
「よいしょ……」
「うへぇ、見た目によらず凄え力だべなぁ」
「まぁ、そういう体質なんで」
「すまねぇ。早く道を開いてやらなきゃ、運ばなきゃならねぇもんも運べねぇで……でも、兄ちゃんのおかげで百人力だど」
その言葉を聞いて気分が重くなる。
――運ばなきゃいけないもの。
きっとたくさんの遺体のことだろう。
俺もなるべく弔ってやりたい。
「皆さんに比べたらどうってことないです」
それだけ告げ、丁寧に壁を撤去した。
この壁も誰かの思い出の一つかもしれない。
「俺っちも得意の"土"でなんとか出来りゃいいんだども、人手不足に魔力不足でどうしようもねぇべ。唯一頼りにしてた『アラクネ』も壊れちまったみてえだどよ」
「アラクネ? なんですか、それ」
「ありゃ。グノーメから聞いてねぇか? あの蜘蛛の形をした機械だど」
「蜘蛛って、どう見てもサソリじゃ……」
あれ、蜘蛛のつもりだったんだ。
両腕が太くて尻尾も長いから蠍に見える。
というか、初めて正式名称を知った。
勝手にサソリ型兵器とか呼んでた。
「今、グノーメ様はどこにいますか?」
「アラクネの修理だんべ。運命樹の裏手だど」
ここの作業が終わったら声をかけに行こう。
多分、グノーメ様も焦ってるんだ。
精霊との契約に手間取ってたら、修理も進まず、ここの手伝いもできない。アラクネとかいう機械が瓦礫撤去の頼りにされているなら尚更だ。
不貞腐れて儀式を投げ出したくもなろう。
むしろ頑張っている部類だ。
なんで言わないんだろ……。
街の手伝いなんて立派じゃないか。
○
運命樹の倒木をぐるりと回って裏側へ。
そこには俺がぶっ壊した巨大蠍――いや、蜘蛛の機械があのときのまま倒れていた。時折、腹の中から出た配線が繋がるのに反応して、痙攣する様子も見せる。
突然、尻尾も暴れて騒音も立てていた。
なんだか申し訳ない。
あそこまで叩きのめす必要もなかった。
「グノーメ様!」
「あぁ……? テメェ、そりゃあ皮肉か?」
がちゃがちゃと蜘蛛の腹をいじっている。
振り向きもしない。
「皮肉?」
「様付けなんてよ」
「いえ、そんなつもりじゃ」
「精霊の力も持てねえあたしへの厭味か……ってんだよ!」
語尾に合わせてグノーメ様はアラクネの腹の扉を乱暴に蹴りつけて閉めた。
ストレス溜まってんなぁ。
「でも、グノーメ様のことを尊敬――」
「様呼ばわりなんて鳥肌が立つぜ……。あたしのことは呼び捨てで構わねえ。タイマン張って負けた相手なんだからな」
あの大火災の中での戦いのことか。
タイマンではなかったと思う。
エトナの魔法でアラクネの地中潜伏を無効化したから圧勝できた。
「ん~~! はぁ……うまくいかねえ」
グノーメ様は伸びをしてから悪態ついた。
剥き出しの腹が伸び、程よい筋肉が見えた。
臍も褐色の肌もセクシーだ。
「とにかく、グノーメでいい」
「じゃあ……グノーメと呼びます」
「それでいい。あんときは悪かったな。あたしの勘違いだったみてえだし。こっちからタイマン吹っかけて負けるとは情けねえ話だ」
傷心してるからだろうか。
あの時の彼女に比べると覇気がない。
「いや、二対一です。エトナもいたし」
「あの女は歌ってただけだろ。魔法だかなんだか知らねェが、殴り合った相手はテメェだけ。それで負けたんならタイマンで負けだ」
「でも――」
「でもでもうっせぇな! あたしがいいっつったらいいんだよ!」
「は、はいっ」
怖い。……しかし、元気づけたい。
このままだとシルフィード様に見限られて置いてけぼりにされるし、そうならなくても後の『賢者』の関係が険悪になる。
確か、未来ではシルフィード様やグノーメ様は特に仲良かった。同郷だから、と言っていた気がするが、実際を見るとそんな感じがしない。
俺に手伝えるのは、こっちの方か――。
「えーと、修理を手伝いましょうか?」
「要らねえ。アンタ、不器用そうだし」
「ええ……昔はよく魔道具作製を手伝ったのに」
この時代のグノーメが知る筈もないが。
「そこらの魔道具と一緒にすんじゃねえ。こいつはあたしの生涯を捧げた最高傑作だ。パーツ一つ一つが魔道具みてえなもんで、歩脚は内部の蓄魔電池に接続して六足駆動。百五十馬力は出るぜ。掘削用の両手は一見ドリルのように見えるが、第一歩脚の肘関節まで44口径の砲身を搭載して――」
グノーメがべらべらと語り始めた。
内容は分からないが、熱意だけは伝わる。
さすがこの国随一の機械工。
ヒガサ・ボルガの産みの親なだけある。
ティマイオスと良い勝負しそうだ。
「語ってたら弄りたくなっちまったな」
グノーメが今一度、腹の甲板を開いた。
歯車や配線などを引きずり出して、壊れたパーツを一つ一つチェックしていく。気になるものは後ろに投げ出し、だんだん腹から飲み込まれるように中へ中へと入っていった。
「ジェイク。悪いが、あたしが投げたパーツを拾い集めといてくれ。ついでに種類ごとに分けてくれると助かるぜ」
「わかりました!」
懐かしくなって溌剌した声が出た。
魔道具工房の手伝いを思い出す。
このまま分解するんじゃないかとばかりに、グノーメが放り投げるパーツは量を増していった。周囲に散らばる部品をかき集めて、種類ごとに分けて置いておく。
背後から複数の気配。
「わー! すげえ!」
「でっかーい!」
「サソリの化け物だー!」
ドワーフの子ども三人組がアラクネの周りに群がってきた。
これを見て興奮する気持ちは分かる。
男の子なら尚更だ。
「わーい!」
駆け寄ってアラクネの脚を触り始めた。
癒されるなあ……。
最近、戦い続きで碌に休んでなかったし、子どもが元気に遊ぶ姿を見ると、こんな絶望的な状況でも元気が湧いてくる。
心が荒んだグノーメも、この光景を見れば思わず口元も緩むに違いない。アレ系のがさつな人は意外と子ども好きで、たまに漏らす笑顔に女の子らしさを垣間見えるというのが定石――
「クソガキどもッ、汚ェ手で触んじゃねぇ!」
という妄想は一瞬で覆された。
「しっしっ、あっち行きなっ! ガキは汚ェから嫌いなんだよ。あたしの愛馬ぶっ壊したらタダじゃおかねぇ!」
グノーメがアラクネの腹部から這い出て、子どもを追い立てた。
凄い形相だ。微塵も愛を感じない。
「わー! グノーメが出たぞー!」
「サソリババアだー!」
子どもたちも慣れているようで、きゃっきゃとはしゃいで逃げ回った。
「なんだとっ! サソリじゃねぇ! 砲身ねじ込んで手長になっただけだ!」
一定の距離を取り、子ども三人は遠巻きからグノーメの様子を観察している。それに舌打ちをして不満そうに踵を返し、また機械に向き合う。
今度は子ども達がアラクネの尻尾に回り込む。
グノーメが発見して追い立てる。
きゃっきゃとはしゃいで逃げる。
こんなやりとりが二、三回繰り返された。
完全に子どもにからかわれている。
この光景もまた微笑ましいな……。
徐々に追いたてる気力も失せたのか、子どもが近づいてもグノーメは怒らなくなった。触ろうとすると怒るが、最初よりも子どもとの距離が縮まっている。
「グノーメはなんでこんなのつくるのー?」
「こいつが街のみんなを護ってくれるからな……まぁ、漢のロマンってやつだ」
「でもグノーメは女じゃん」
「漢のロマンに男も女も関係ねえ」
「ママが危ないからグノーメに近寄るなって言ってたよ」
「そう言う奴もいる。色んな奴がいるんだ」
「ふーん」
ぶっきらぼうに返事しながらもグノーメはアラクネの修理を進めている。時折、土魔法で臨時の工具を造りながら進める様は手慣れていた。
「僕はこれ好き! かっこいいもん!」
「俺も俺もー!」
「サソリかっけえよなっ!」
蜘蛛だっつの……とグノーメが呟く。
しかし、満面の笑みを浮かべて機械弄りに集中している。
「中を見てみるかい?」
「え、いいの!?」
「ああ。ハッチの中はもっとすげえぜ」
「わーーい!」
それからグノーメは子どもたちを乱暴に持ち上げて腹の甲板の中に押し込んだり、顎の搭乗席から乗せてあげたりして遊んであげた。
本当は子ども好きなんだろうか?
しばらく眺めていたが、子ども好きというより、自分自身も童心のまま、気が合う友達を見つけたというような様子だった。
…
「グノーメ、ありがとうー!」
「またねー!」
日暮れも近づき、修理も少し進んだらしい。
子どもたちも満足したようで親元へ帰ろうとしていた。
「もう二度と来んじゃねえぞ!」
「いじわるー!」
言うは乱暴だが、表情は明るい。
彼らの親たちも街の整備で大忙しだろうから、子どもは暇で遊び場を探しているのかもしれない。
「グノーメ様……いや、グノーメ、本当は子ども好きなんですよね?」
「いいや、嫌いだね。この辺で遊んだら危ねえから付き合ってやったまでだ。追い払ってどっかで野たれ死んでたらバツが悪ぃだろ」
確かにこの辺は瓦礫だらけだ。
子どもが遊んだら怪我するかもしれない。
壁が崩落して下敷きになったら大変だ。
「優しいじゃないですか」
「ケッ、面倒くせー。修理も全然進まなかったじゃねえか」
蜘蛛型兵器『アラクネ』はというと、頭部の損傷が激しく、まだ地中運転は出来ないが、地上で移動したり、腕や尻尾を動かす程度なら出来るようになった。
一日でこれだけ進めば十分だろう。
アザレア軍や精霊契約の儀式を考えたら早く済ませたい気持ちもわかるけど。
「さーてと、そろそろシルフィードんとこで練習に戻るかぁ」
気怠そうに呟いた。また喧嘩が始まるのか。
と、そのとき。
――うああああっ!
幼い悲鳴が耳に届く。
近くだったようでグノーメにも聞こえていた。
「今の声、さっきのガキどもじゃねぇか!」
先ほどの会話もあって嫌な予感がする。
俺とグノーメは声のする方へ駆け出した。
○
「た、助けてー!」
"手"が見えてスピードを上げた。
迷路のように入り組んだ街の一画に、大穴が開いていた。
子どもが穴の淵に片手で掴まっている。
滑り込んで手を掴み、引き上げた。
「大丈夫か!?」
「うわぁぁあん、怖かったぁあ」
きっと突然、地面が崩れたのだろう。
天然の洞窟を利用したこの街の住居は地盤が滅茶苦茶で、地中深くまで洞が続いている場所も一部あるようだ。
「他の子はどこにいった?」
「わかんない……みんな一緒にいた」
「まじか……」
残りの二人は穴に落ちてしまったのか。
その穴を覗き込む――。
暗くて何も見えない。
「おい、どうした、ってんだ、一体」
遅れて来たグノーメが肩で息しながら尋ねた。
意識してなかったが、俺があまりに早く走り過ぎて付いて来れなかったのだろう。俺は子どもの証言を話して、大穴の下に残りの二人が落ちた可能性があることも伝えた。
グノーメは舌打ちして腹這いになった。
覗き込み、穴の暗闇に向けて声をかける。
「おーい、いるのか!?」
――――……。
返事がない。
声が出せない状況なのか。
あるいは、あまりに深くて届かないのか。
最悪のことは考えたくない。
「クソっ!」
グノーメが起き上がって走り出した。
「何処に行くんですか?!」
「アラクネで地中から探す」
「まだちゃんと動かないんじゃ?」
「んなこと構ってる余裕はねえ!」
「待ってください。俺が飛び込んで探します」
「見つけたとこで戻ってこれねぇだろっ」
……ああ、どうだろう。
登攀は得意だ。
昔、ダンジョン最下層に閉じ込められて脱出した事もある。
でも子ども二人を抱えた状況ならどうだ。
一人はおぶって、一人は抱えて――。
二人とも意識がなかったら?
硬い岩盤が邪魔して登り難かったら?
どっちにしろ力技で何とでもなるだろう。
「大丈夫です。 って、あれ!?」
既に彼女の姿がない。
アラクネに乗るために引き返したようだ。
「相変わらず人の話を聞かないなぁ」
とにかく穴の下に入ってみよう。
二人がかりで探せば早く見つかる。
「君はお父さんかお母さんに伝えて!」
「う、うん!」
半泣きの子どもを見送る。
その後、穴に飛び込んだ。
…
想像より地中は深く、かなり下まで落ちた。
手を壁に添えて滑り落ちたのだが、空洞が中で広がって、結局落ちた。
中は鍾乳洞のようだ。
底から石筍が密に突き出ている。
ニヒロは砂漠地帯だから砂ばかりと思ってたが、幻想的な地下迷宮のようだ。
よく見ると、天井には太い根が這っている。
そこから水が絶え間なく垂れていた。
あれは運命樹の根っこの部分か……。
この辺りは湖もあるし、水が伝って垂れているのも納得だ。
「ん、あれは……」
徐々に目も慣れ、ようやく二人を見つけた。
突き出た石筍の細い尖端に、それぞれ引っかかっている。
気絶してるが、奇跡的に怪我はなさそうだ。
でも、どうやって助けよう。
悩んでいるうちにドドドと振動した――。
洞窟の脇から機械の腕が突き出して『アラクネ』が顔を出す。
グノーメが来てくれたようだ。
一人ずつ下ろし、アラクネに乗って来た道を辿れば地上へ脱出できるだろう。
顎の甲板を開けて本人が中から降りてきた。
「クソ、暗くて見えねえ。頭部外れてりゃ使いもんにならねぇな」
「グノーメ!」
「ジェイクか。どこだ!?」
「こっちです。子どもたちはあの棘に引っかかってます」
合流して居場所を示す。
よし、と拳をばきばきと鳴らし始めて、グノーメは手を地底に添えた。そして魔力を込めると、橙色の光の粒子が漂い始めて、あれよあれよといううちに地底から台座が生えた。
それを階段状に並べると、意図も容易く石筍の先端へ昇り詰め、棘に引っかかった子ども二人を両脇に抱えて連れ戻した。
唖然として口が塞がらない……。
「ん、なんだよ?」
「なんですか、その魔法……」
「土魔法に決まってんだろ」
「そんな才能があったんですか!」
「失礼だなっ。あたしは機械工だぞ。土魔法も使えなくて工具が操れるかよ」
さも当然のように語っているが、こんな精密な魔法は難しい芸当だ。
創造物の精度が目覚ましい。
イリカイ川で戦ったドワーフたちが造っていた防護壁と比べても、断面がきめ細かい。生成速度も変わらないのに、こんな突貫工事で精巧品を造るなんてただ者じゃないぞ……。
職人の技って感じだ。
「ほら、ガキども積んでさっさと出るぞ。
――お前もせっかくだから乗っていけよ」
グノーメは『アラクネ』の腹の甲板を開けて、乱暴に子どもを放り込んだ。本来、人が乗る場所じゃないのにそんなところに詰め込んで平気だろうかと心配したが、きっと首の搭乗席部分は一人乗りしか出来ないのだろう。
無理やり二人で乗り込んだ。
「もっとそっちいけ! 体に触んな!」
「これ以上は無理ですよ!」
搭乗席は『蜘蛛の目』の部分がガラス張りなため、そこで視野を確保する構造なようだが、今現在は頭部がない。
代わりに首を鉄板で蓋しているため、視界が真っ暗なのだ。
「……どうやって前方を確認するんです?」
「確認なんかしねえよ」
「はい?」
「勘で掘り進めるしかねえだろ」
まじか。
全面死角のまま地中を進むだと……。
ここに来るときも何も見えないまま、地中を潜ってたってことか。
滅茶苦茶すぎるだろ!
「どうせ地中潜ってたら先なんて視えねえ。進行方向は勘だ!」
「ひぇえ」
グノーメは操縦席のレバーを握りしめて魔力を込めた。それに伴って胴部から尾部の方で駆動音が鳴り、機体が揺れ動き始めた。
明らかに異常な揺れ方をしている。
「おおおっ」
「チッ……まだ調整が足りなかったか……」
「大丈夫なんですか!?」
「進むしかねぇ!」
地中の岩盤にぶち当たったのか、少し突き進んだところで激しく揺れ、ついに動きが止まった。背後の胴部の方から何かが燻るような音がし始めた。
「なんだ!?」
しかも、異様に煙たい。
操縦席の方まで煙が漂っているみたいだ。
でも視界は真っ暗。
グノーメが握りしめるレバーに漂う魔力の輝きしか光源がない。
「げほっげほっ」
「熱いっ……熱いよ……」
子どもの咳き込む声。熱がる声。
無理が祟って胴部の魔力配線が焼き切れたか。
意識が戻ったことだけは不幸中の幸いだ。
「一旦、引き返しましょう」
「引き返せねえ。このアマ、ビクともしねえ」
「えええ!?」
このままでは生き埋めだ。
子どもの命も危うい。一回飛び出して、外を自力で掘り進めた方がいいかもしれない。――そう思い、顎下の部分を蹴り破ろうとしたが、完全に地面に埋まってしまっているのか、俺の力でも開く様子がなかった。
これってかなりマズい事態じゃ――。
「ちくしょう!」
グノーメが突然、操縦席前面を叩いた。
責任を感じているのだろうか。
「あたしのせいか……。アンタ一人に任せてりゃ、こうならなかったってか」
緋色の髪に隠れて表情が見えない。
でも悔やんでいる様子は声音から伝わる。
なんて声をかければいいのか……。
この時代のグノーメ様は未熟だった。
初めて戦ったときも思ったことだ。
暴言を吐き散らし、突っ走って空回りして、失敗している。
この人は自分の力が制御できてないだけで、本当は凄い力を秘めている。さっきの土魔法の芸当を見せられたときも驚いたものだ。
――そうだ、土魔法だ。
グノーメ様には土魔法の才能があるんだ。
「げほっ! ごほっごほっ」
「すまねえ。あたしが……こんなだから……」
涙も膝元へぽたぽたと垂れ始めた。
グノーメという少女が泣いていた。
子どもの咳き込みが警鐘として耳朶を叩く。
「土魔法の力だけで周辺を掘削できませんか?」
「え……」
「魔法は俺も素人ですが、イメージの仕方次第では土から創造するんじゃなくて破壊することもできるかと思ったんです」
確証はない。
俺も魔法なんて二種類しか使えない上、土魔法なんて未来では失われた古代魔法という扱いだ。どういうことまで出来て、何が出来ないかなんて、魔法大学でも教えられなかった。
でも、土そのものを操ることも出来よう。
イリカイ川の戦いではドワーフの土魔法に足元を掬われた。
「や、やってみる!」
「お願いします!」
辺りは真っ暗だが、グノーメの全身に魔力が輝き始めるのが見えた。緋色の髪の少女は、まるで土壌に溶け込むように、砂色に輝いている。
「あたしが……守ってやらなきゃ……」
目視もせずに魔法を放つなんて難しい。
でも――やるべきことは破壊のみ。
創造する物がない以上、何も見えずとも魔法は形を成すはずだ。
「妖精王の代わりに……!」
操縦席から瞑想に耽るグノーメの姿は、どこか神々しい。艶やかな褐色の肌がそれを際立たせた。
「頼む。妖精王、力を貸しやがれ!
――爆ぜろぉぉおおおお!」
橙色の魔力が渦を巻き、ぱっと爆散した。
眩しい。――直後、周囲の土壌もその魔力に巻き込まれたように掻き回されていく。それくらい強い振動を感じた。
目まぐるしく景色が変わる。
次に視界に光が差し込んだときには、空の景色が見えた。
地上に戻ってこれたようだ。
「うあぁっ!」
土壌が上空へと舞い上がり、それがボタボタと時間差で落ちてくる。
傍に倒れていた子どもを庇った。
二人ともさっきの渦で目を回したらしい。
「はぁ、どうなるかと思った」
体を起こして周囲を見回す。
アラクネは無惨な姿で遠くに転がっていた。せっかく修理したのに、胴体も半壊して操縦席も剥き出しだ。地上へ戻った拍子に俺たちも投げ出されたらしい。
グノーメはアラクネの傍に倒れていた。
「グノーメ様、凄まじい魔力放出だったな。あんな魔力を秘めてたなんて……」
起こしてあげようと近づいた。
何か違和感を覚える。
「グノーメ……"様"?」
倒れているのは『グノーメ様』だった。
未来でよく見た土の賢者の姿。
緋色の髪に褐色肌の女性ではない。
――幼女がいる。
体を仰向けにして顔を覗き込んだ。
絶句。寸分違わず、よく知る顔だった。
「まさか精霊との契約が成立したのか……」
精霊力に順応するまで全盛期の肉体を維持できず、一時的に幼くなると云う。
確かに「力を貸しやがれ」と叫んでいた。
精霊ってあんなので応じるんだ……。
子ども二人を親のドワーフへ帰してあげ、軽くなってしまったグノーメの体を抱き上げて仲間へ報告しに行くことにした。
※次回更新は2017/3/11~12の土日です。




