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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第3場 ―アザレア大戦―
290/322

Episode237 錬鉄の砂上戦Ⅲ


 近くまで駆けつけた頃にはアガスティアの大樹は横倒しになり、地上の洞窟住居を押し潰して高々と砂煙を巻き上げた。

 同時に、多くの悲鳴が混じり合う。

 それは絶望の声だった。

 神へと祈りを捧げる民衆の声。

 ああ、神よ――こう嘆く声が至るところから聴こえてくる。

 エンペドがクレアティア・エクシィーロに反旗を翻したとしか考えられない状況だ。絶望集めの標的を敵国アザレアから内部に移したのだろう。


「ちくしょう!」


 燃え上がる大樹の幹や破壊された洞窟住居を前にして歯噛みした。

 この戦いは既に戦争の体を成してない。

 盤上の駒すべてを動かすのはたった一人。

 対局運び(ゲームデザイン)を決めているヤツが一人で「どんな殺し合いが一番悲惨だろう」と命を弄んでいる。


「助けてくれ!」


 ドワーフの父子が街の先端に位置する洞窟住居から飛び出した。その頭上に、運命樹アガスティアから焼け落ちた大きな枝葉が落下してきた。


「――固まれ!」


 大枝の落下を時間魔法で止めた。

 傍まで駆けつけて二人の体を支えてやる。


「あ、ありがとう!」

「危ないから早く街から離れろ!」


 その背を押して見送った。

 こんなの氷山の一角だ。

 押し潰された洞窟住居のドワーフはもはや手遅れかもしれない。アガスティア内部に住んでいたエルフたちなんか、地上のドワーフよりももっと酷い状態だろう。幹の中で焼死するか、煙を吸って窒息死してるかもしれない。


 ――助けて! 誰か、助けて!


 ――うちの子がいないの。うちの子を見ませんでしたか!?


 ――この世の終わりだ……神様……!



「く、くそっ……」


 大災害だ――。

 あらゆる絶望の声が耳朶を叩く。

 中には神に祈りを捧げるヒトもいる。

 それは彼らを謀った女神の糧になる。

 皮肉にも程がある……。

 厭な予感がして救出の手を早めた。

 逃げ惑うドワーフの波に逆らって街を進む。

 やっぱりエルフが少ない……。 

 被害はアガスティアの中で暮らしていたエルフ族の方が甚大か。


「エトナ! マウナ!」


 街中を駆け回る。

 広大すぎて仲間を探すのは困難を極めた。

 ただでさえ洞窟住居は迷路のようだった。

 それが今ではさらに酷い。倒壊した洞窟の瓦礫が道を塞ぎ、燃え上がる枝葉が頭上から降り注いで、行く手を阻む――。


 途中、何度も倒れている人を見た。

 息をしているのか分からない……。

 意識があってはっきりと助けを求める人が居れば駆けつけて救助した。

 何度も何度も時間魔法を使う。

 魔力消耗が激しいが、ここで出し惜しみするつもりはない。



 ――ジェイク!


 雑踏や崩壊の音の中、微かに届いた呼び声。

 それは仲間の声だった。


「エトナ!? どこだ!」


 声を張り上げても掻き消される。

 でも、かろうじて向こうにも届いたようだ。



 ――ジェイク……! こっち、こっちよ!


 確かに聞こえる。

 声のする方を目指して走る。

 倒れた大樹とは反対の、街の入り口付近だ。

 俺は即行で向かい、その姿を見て安堵した。

 華奢な肢体に白地の軽装。純白の髪。


「エトナ! よかった。無事だったか」

「ええ……って、顔色が悪いけど大丈夫?」


 向かい合ってエトナの肩に手を添え、早速指摘された。彼女も俺の胸元に手を添えてお互いの無事を確かめ合う。

 少し時間魔法を使い過ぎたか。

 自分で気づかない程度だから大したことない。

 火事場の馬鹿力というやつだ。


「何ともない。それより一人なのか?」

「うん……マウナが見当たらないの」

「はぐれたのか?」

「ええ、多分……」

「多分?」


 違和感を覚えた。自信がない様子だ。

 エトナもこの状況に困惑しているようだ。


「逃げたときはすぐ近くにいたの! でも突然いなくなって……!」


 突然(・・)いなくなって――。

 その因果が一致しない変化は例の羅針盤の力を感じて寒気がした。

 やっぱり、リゾーマタ・ボルガが働いたか。

 ここへ駆けつける最中、グノーメ様の後ろ姿が消えたのを確認した。

 あの瞬間に神の羅針盤が使われたのか?


「他のみんなは?」

「リア先生とレナンシーは街の人の救助に行ったわ。シルフィードさんは……」


 そこからエトナは矢継ぎ早に俺がいない間に起きたことを話した。

 妖精王を呼んで作戦会議したこと。

 赤黒い"靄"にその現場を見られたこと。

 ――その姿はこの時代の女神(ケア)だ。

 レナンシーが皆を逃がし、シルフィード様の精霊契約の儀式を始めたこと。

 儀式の最中、運命樹が爆発したこと。

 精霊との契約が成功してシルフィード様が気を失ったこと。

 そして、妖精王が消滅したこと。


「そんな……ティターニアが……」

「エンペドを道連れにするって言って……」


 だが、羅針盤が使われた形跡があることから道連れには失敗した可能性が高い。

 エンペドのことだ。運命樹を魔法で爆破したときには既に逃げていたかもしれない。俺は大樹内部の構造まで把握していないから、それが実現可能かどうかは知る由もないが……。

 妖精王の捨て身の一撃が無意味だったなら、これ以上の悲劇はない。


 ――待てよ。

 リゾーマタ・ボルガはどう働いたんだ?

 グノーメ様も消えた。マウナも消えた。

 だが、大災害は無かったことにならない。

 何故か……?


 それにもっと不自然なことがある。

 エトナが、リゾーマタ・ボルガを使われる前後の記憶を保持してる。

 どのように過去を変えたとしても、影響を受けた人物にはそれが本来の道筋として認識される。だからマウナが忽然と消えたことを、エトナがおかしいと思わない(・・・・)方が自然なのだ。

 それにメルヒェン姉妹はずっと二人一緒に行動している。因果が書き換えられたとしても、それが変わるとは考えにくい。

 本当は、まだ羅針盤が使われてないのか?

 状況が把握しきれない。

 頭がこんがらがりそうだ。


「……と、とにかくマウナを探そう」


 まずは人命救助が先だ。

 そういう話は陰謀だらけの盤上を一緒に俯瞰できる仲間と合流して考えればいい。

 今は俺にできることをやるんだ。

 そう思い、エトナと共に街に戻ろうとした。

 その時だった――。



『――~~――ッ!!』



 ガガガ、ビーという不協和音が木霊した。

 反響した電子音はさっき砂漠のど真ん中でも随分と耳にした音だ。

 その音の正体は……。

 考える前に、視界に飛び込んできた。


 がばりと跳び上がった機械の怪物(サソリ)

 巨体が砂を巻き上げて胴体を宙に浮かせる。

 鋏に隠された銃口から砲弾を二発撃ち込まれた。

 咄嗟にエトナを抱き締めて背を向ける。

 背中に重たい二撃――。

 俺が振り向くや否や、巨体は鋏をギュルギュルと回転させて(ドリル)のようにして再び地中へと潜り込んだ。


「なんでアレがまだ動いてんだ!」


 都市へ戻ってくる前、再起不能になるほど破壊したはず。

 それが活動しているということは、


『テメェらがやりやがったんだな!?』


 グノーメ様もまだ健在だ。

 拡声器から響く声からは憤怒が伝わる。

 もぞもぞと地中が蠢いた。


『ふざけんな……ふざけんなよ!』


 しかも怒りの矛先は俺たちに向いている。

 このアガスティアの惨劇を俺たちの仕業だと思っているようだ。

 エトナも俺の袖を掴んで怖がっていた。


「グノーメとかいう人……? ジェイクがやっつけたんじゃないの!?」

「チッ……兵器が二つあったか。それともリゾーマタ・ボルガの影響で破壊された事実がなくなった(・・・・・)か」


 再戦――。

 そんなことはいくらでも在り得る。

 神の羅針盤は因果を操るのだ。

 俺との砂上戦がなくなったのだろうか。グノーメ様の反応を見るに、まだ断定はできない。だが、サソリの機械が二体いるとは聞いてない。


『ゴチャゴチャと……。

 テメェらにも地獄を見せてやる!』


 サソリが蠢く度、大地が揺れた。

 崩壊した洞窟の瓦礫が、敵の遮蔽物を増やして位置が予測しにくい。

 落ち着け……。

 一度は勝利した敵……。

 地上に跳びあがった瞬間、時間を止めるなり、上空へ吹き飛ばすなりして二度と潜伏させなければまな板の上の鯉だ。



 ――背後から爆発音が轟いた。


 そこかと思って振り向いたが、燃え広がった大火が洞窟住居に引火して、内部の何かを爆発させただけだったようだ。

 蠍が跳び上がることはない。



『間抜けがッ! こっちだよ!』

「……!」


 気を取られている合間、反対から瓦礫を削る音が響き、砲弾が放たれた。

 魔法生成の音――。

 その弾丸はドワーフの土魔法の結晶だった。

 砂や土をかき込んで無限に装填される。


 躱す。

 直後、タタタと銃弾の音が続いた。

 鋏の先端から機械の怪物が銃弾を乱射した。


「うっ……!」


 エトナに流れ弾が当たった。

 肩から血が吹き出て傷口を抑えている。

 くそ……!

 何処かから絶え間なく響く爆発音。

 悲鳴。機械の音。エトナの呻き声。

 色んな音が混在していて判別がつかない。


 そうか。

 さっきまではだだっ広い砂漠のど真ん中だったから、静寂の中に蠢く機獣の出現位置が手に取るようにわかった。それにグノーメ様も遮蔽物がないことと、俺が単騎だったこともあって地上に身を晒してくれた。

 だから簡単に勝てた。


 しかし、今はどうだ。

 災禍の中、周囲は常に何かの音が響き渡る。

 遮蔽物もたくさんあって身を潜めたり、何かを囮にしたりすることも可能だ。

 マズい……。


「止まれ!」


 世界すべての時間を止める。

 魔力の出し惜しみなんてしてられない。



 "――アレは酔狂者だ"


 野に放ってしまえば止まらない暴走機関。

 故ティターニアはグノーメ様の人となりをよく知っていた。

 諸悪の根源が内部に潜んでいると知ったとき、真っ先に手中に収めておく必要があると、あのとき考えたのだろう。

 だから俺に連れ戻せと命じたのだ。


 さっきの砂上戦も説得なんて通じなかった。

 冤罪を食らったこの状況では一層、聞く耳持たないはず。

 ならば結局は戦って勝つしかない――!


 止まった時間の中を駆け抜ける。

 機獣の居場所はこの目で確認できている。

 再び地中へ戻られる前にケリをつけるぞ。



 ――ぞわり。悪寒が奔る。

 魔力が枯渇する気配を感じた。

 さっきの人命救助で消耗してしまった。


「まだ。まだ大丈夫だ……」


 そう自分に言い聞かせる。

 これ以上、災厄を広げる訳にはいかない。

 グノーメ様に罪はないけれど、このまま勘違いされて街を放置し続ければ、救えた命も救えなくなるかもしれない。


 敵の懐に飛び込み、時間魔法を解除する。

 時は動き出す――。

 蠍の顎のあたりを拳を突き上げて殴り上げた。



『あぁ!? なん――テメェは――~――』


 ノイズが反響した。

 拡声器は頭部にあるのだろうか。

 蠍の機械が身を潜める瓦礫ごと宙へと殴り飛ばして上空へと晒し上げる。

 よし、ここまでくれば――。



 しかし、予想以上の速さで巨大蠍は素早く体勢を立て直した。器用に尻尾をうねらせて、仰け反った体を反転して頭を下に向かせる。


既視感(デジャブ)ってやつかァ。

 テメェとは初めてだが、戦い方は知ってる!』

「嘘だろ……!」


 同じ負け方はしてくれなかった。

 作戦変更。巨体の落下を待つのはやめ、こちらから先に仕掛ける――。

 だが、貴重な情報が手に入った。

 グノーメ様は「初めてだ」と言った。

 最初の砂上戦の事実はかき消された。

 すなわち、リゾーマタ・ボルガが使われたことは断定できる。

 その場合、二つ解せないことがあるが……。

 運命樹(アガスティア)が燃え続けている事。

 エトナが因果改変の影響を受けなかった事。



 思考は一旦ストップ。

 無数の魔力剣を宙へと並べた。

 向こうが飛び道具を使うなら、こっちも弾丸に見立てて剣を撃つまで。


「放て!」


 上空へと撃ち上げる赤黒い凶器。

 真っ直ぐな軌道を描いて巨大蠍を串刺しせんと迫った。


『鬱陶しい!』


 バルバルと鈍い音が響く。

 グノーメ様が放つ迎撃は射出された魔力剣を止めることはできない。

 それが魔法の結晶ならば――。


『なんだ!?』


 剣に被弾した弾丸から軒並み消失した。

 魔力剣には退魔の力がある。

 それが魔法の賜物ならば無効化してしまうのだ。

 あとはその巨体を串刺しにできる!


『くそっ――たれがァ!!』


 だが、グノーメ様の戦いぶりはこちらの予想をはるかに超えるほど無茶苦茶だった。暴走機関は理屈を暴挙で捻じ曲げるほどのパワーがある。

 落下しながら蠍の尻尾を捻らせ、巨体の向きを変えながら、なるべく魔力剣を回避すると同時に、鋏を(ドリル)のように回転させて魔力剣を殴りつけた(・・・・・)のだ。


「ええ!?」


 思わず声を上げる。

 その粘りで突き刺さった魔力剣は一本のみ。

 巨体はほぼ無傷な状態で俺に狙いを定めて落ちてきた。


『しゃらくせぇ!!』

「くっ、物理で殴られればあんな脆いのか」


 魔力剣は退魔特化の得物だ。

 魔性の武器には強いが、対物凶器なら普通の競り合いにしかならない。

 ましてや、巨体蠍は鋼の機体。

 俺の拳にも耐え抜けるのだから、対物戦はお手のものなんだ。

 魔力剣はここでは役に立たない。

 ならばこっちも対物攻撃で挑もう。

 容赦なんかいらない。

 相手は俺に根性を叩き込んだ師匠みたいな人だ。遠慮して戦ったと未来のグノーメ様に知られでもしたら、どやされるに決まってる。


 ちょうど蠍が地上へ戻ってきた。

 拳に力を込める。


「オラァ!」

『うぅるぁああ!』


 重たい鋏が重力の助けも借りて炸裂する。

 俺の右拳も、それに応じんと正面から――。


 あれ……?

 お互いの拳がぶつかった。

 力が逃げ場を失って周囲へと散り、衝撃波を生み出した。

 力勝負で負けるとは思わなかったのに、押し負けたのは俺の方だった。


「っ……!」

『ガキが、いきがりやがって!』


 巨体蠍がもう片方の鋏を広げ、俺の首を摘まむ。

 締め付けられて血の気が引くのを感じた。

 そのとき気づいた。

 どうやら魔力不足が深刻だったようである。

 半魔造体(デミ・マギカ)の体はパワーダウンが著しい。

 リアにも散々注意されていたことだ。


『テメェがやったんだろ……!

 この街を……アガスティアをよくも……!』

「グ、グァァ」

『テメェのせいだ! テメェの……!

 アガスティアが倒れた……。

 ってことは……妖精王(ババア)も死んだ!』


 徐々に頸を締められる力が強まる。

 俺も力が入らず、呼吸がうまくできない。


『テメェの――~せいでェ!!』


 狂犬の怒声には涙の気配も感じられた。

 最初の砂上戦とは、力が雲泥の差だ。

 この馬鹿げた力は故郷を滅茶苦茶にされた怒りによるもの。

 拡声器のノイズ音からでも、それは伝わった。

 キーンという反響が耳を劈く。



 ――死ね! 失せろ、戦犯が!


  ――お前のせいだ!


 ――お前なんかいなければ!



 そのノイズは記憶を掘り起こした。

 王都の惨劇。人の恨みを買った過去。

 冤罪。……本当にそうか?


 俺なんかいなければ良かったのかもしれない。


 親に捨てられた少年が始めた物語。

 それは大勢の人を巻き込み、絶望を生んだ。

 戦士になりたい。英雄になりたい。

 その想いがなかったら、こんな復讐の連鎖なんて起きなかった。


『死ねよ。死んで償えよ!!』


 巨大な機獣が弾劾する。

 機獣は罪人を大地へ押しつけた。

 ギャリギャリと足を駆動させて大地を滑り、俺を押しつけて突き進んだ。

 頭や背中に瓦礫が刺さる。

 虚しくも、それは何の痛みにもならない。


『死ねェェェェエ!』


 罵声は続く。ただ、心が痛かった。

 俺は死なない体になってしまった。

 こうして糾弾され続けるのが償いなのか。



「やめなさいよ!」



 慣れ親しんだ綺麗な声。

 それが誰なのかは知っている。

 知っているけれど――。



 "関わらなければ良かったって思ってる?"


 パーティー会場を逃げ出した俺を追いかけてくれた女の子がいた。卑屈になっていた俺に最後まで付き添ってくれた子だ。

 それが今も助けてくれようと声をあげた。

 そうだ。関わらなければよかった……。

 彼女を守るには、俺の抱えた物が重すぎた。


『テメェも仲間か!? このクソったれの!』

「ええ、そうよ!」


 気丈に振る舞うエトナ・メルヒェン。

 他人の振りをすればいいのに。

 なんで俺の味方をしてくれるのか。

 肩口から血を流して傷ついている。

 今の俺なんかよりもよっぽど痛いだろうに。


「何を勘違いしてるか知らないけど、ジェイクじゃないんだから! エンペドって奴の仕業よ! アガスティアが滅茶苦茶になったのも、今みんなが戦争で苦しんでるのも!」

『エンペドだぁ? アイツがあたしたちに牙を向けるわけねぇだろうが!』

「頭でっかち! なんで信じてくれないのよ」

『お前らのが怪しいに決まってんだろッ』


 巨大蠍が(こぶし)を振り上げた。

 まずい……!

 俺は魔力切れとズタボロの心を奮い立たせて立ち上がり、倒れそうになりながらも機体に飛び蹴りを食らわせた。


『ガッ――~~――~!』


 サソリの怪物が街中を滑り、崩落した洞窟住居に突っ込んだ。

 だがすぐに復帰して顔を覗かせる。


『あたしは……あたしは負けられねぇ。妖精王(ババア)の為にも、街のみんなの為も!』


 機械の蠍はまだ動く。

 狂犬は俺たちを殺すだけの殺戮マシン。

 その威勢は頭部のスコープ越しに伝わった。


「エトナ、逃げろ」

「でもジェイクが、また――」


 言いかける途中で口を噤んだ。

 エトナは、俺がどんな気分か分かってる。

 でも卑屈になるのはもうお終いだ。

 いつまでもヘタレでいる気はない。


『上等だ。二人仲良く地獄で懺悔しな!』


 それにグノーメ様も待ってくれそうにない。

 俺はエトナの体を押して機獣と対峙した。

 肉迫する機械の獣。


「ジェイク!」


 拳を構えて相対する。

 正面から突進するかと思いきや、蠍は手前で地中に潜ろうと(こうべ)を垂れた。

 また地中線をやられる。


「固ま――!」


 ぞわり。

 だが、それを止めることは出来なかった。

 魔力が枯渇して時間魔法が発動しない!


『間抜けがァ!!』


 隙を突かれ、巨体が足元から飛び出た。

 そのまま体が宙に放り投げられた。

 クソ……。地中に潜られるとこっちから攻撃も出来ないし、時間を止めて攻撃をしようにも魔力が足りなくて使えない。


『お前が……憎い……失せろ。元凶!』



  "――死ね! 失せろ、戦犯!"


 追撃が襲う。物理的にも精神的にも。

 巨体が飛び出て(ドリル)が胴体を抉り、地面に叩きつけた。

 せめて、一撃離脱を何とかできれば……。

  "せめて、俺が死ぬことができれば……"


 ぶるぶると首を振った。

 変な考えがトラウマの中に反響する。

 面倒くさい病を抱えてしまったもんだ。



 蠍の攻撃の手はやまなかった。

 幾度も殴られ、銃弾を浴び、肉が抉れる。



  ――幾度の戦火に抱かれよう。


   ――無数の剣戟に晒されよう。



 また歌声(トラウマ)が……。

 始まりの物語で聞かされた歌だからか。

 やけに明瞭に、その歌声が再生された。


『あぁ? 歌……?』


 だが、それは幻聴ではなかったらしい。

 対する蠍の拡声器からグノーメ様の困惑の声が聞こえた。



  ――彼の者の揺るぎなき眼差しは、


   ――屍の山にてその意を貫く……!



 聞き違いではない。

 それは現実に歌われているものだ。

 ボロボロになりながら歌のする方に向く。


「ジェイクは……」


 その少女は泣いていた。

 俺が悲惨な目に遭う姿を見守り続けた少女。

 いつも応援し続けてくれた少女が紡ぐ詩。

 その詩の原型は、そこにあったのだ。


「ジェイクは元凶なんかじゃない!」


 慟哭の声が崩壊した街に響く。

 逆しまに顔が見えた。

 憧れの女性(ヒト)に似た白い髪に赤い瞳。

 その赤の瞳が、きらりと輝いた。



「いつだって私の――英雄なんだからぁ!」


 声に呼応するように大地を震わせた。

 世界がぐにゃりと歪んでいく。


『な、なに……!』


 夥しい魔力がエトナの体から拡散していく。

 赤黒く空間を染め上げていく。

 砂嵐が舞い上がったのかと思った。でも拡散した魔力の靄は一帯を包み込み、俺とグノーメ様、そして世界を変えたエトナ自身の三人が、その赤い大地に放り出された。


『なんだ、ここは……』


 砂漠の大地と似て非なる世界。

 赤茶けた土が支配する荒野だった。

 周囲の瓦礫や倒壊した街も存在しない。

 俺たちの姿勢や立ち位置は変わらず、世界だけが変わり果てた。

 これは、メドナさんの魔法だ。



 "これが私に与えられた奇跡の力"


 黒い魔女はステージの上でそう語る。


 "紡いだ物語で無数の世界を作り出す――"



「獄中魔法『三千世界(トゥー ル モンド)』……!」


 なぜその魔法を使えたのか。

 それに発動時の赤黒い魔力は、魔相学で分類するなら明らかに"神性"の色。

 いきなりそんな力を宿したのか?

 そも、最近エトナは魔法が不調だったはず。


「ハァ……ハァ……」


 肩で息をするエトナ。

 その強い眼差しが俺に刺さった。

 瞳には充足感があった。


「ジェイク、今のうちに倒して!」

「あ、あぁ――」


 圧し掛かった機体を蹴り飛ばして起き上がる。

 体勢を立て直して起き上がる。

 大地は戦いやすい荒野。

 足を踏みしめても、砂漠の戦闘とは明らかに違う気がした。

 なんだか力が漲ってくる。

 これもエトナの魔法の恩恵なのか。


『なんだか知らねェが……場所変えたくらいで負けるわけねぇだろうが!』


 グノーメ様も巨体を操縦して体勢を立て直す。

 また地中に潜ろうと、鋏を回転させて地面に突き立て、頭を垂れた。

 しかし――。


『掘れねぇ! 何なんだ、いったい!』


 荒野の大地は機獣の侵入を赦さなかった。

 そうか。此処は魔力で紡がれた虚構空間。

 荒野の下には土なんてない。

 濁った空も、赤い大地も、霞んだ地平線もすべてが虚構のもの。

 それ以外の余剰はないのだ。


 そうと分かれば蠍は野晒しだ。

 俺にも力が漲ってくる。形成は逆転した。

 もう魔力を使う必要はない。

 あとは滅茶苦茶にぶん殴ってやるだけ!


 大地を駆け抜ける。

 驚くほど素早く動けた。

 そのまま膝で蠍の顎を蹴り砕いた。


『ゴ――~――~~ッ!』


 ノイズが響く。

 拳で頬に当たる部分を殴り、頭部をもぎ取った。

 そして回し蹴り。

 巨体は荒野に体を滑らせる。

 ――まだ。再起不能にするには弱い!

 走って追い抜き、横滑りする巨体を待った。

 力を込める。

 滑ってきた蠍をぶん殴り、脚と左の鋏が付け根から外れた。


『~~――――!』


 尻尾を掴む。ジャンプして振り回して地面に叩きつけた。

 がしゃんと音を立てて動かなくなる機体。

 いつかの焼き増しだ。

 歯車や金具などの部品が周囲に散乱した。


「はぁ……終わったか」

『――――』


 蠍は動かない。駆動音もしない

 近づくと半開きの搭乗席がゆっくり開き、中から緋色の髪の女が這い出た。


「うっ……妖精王(ババア)、すまねえ……」


 泣いていた。悔しいに決まってる。

 俺だってこんな惨劇、悔しくて仕方ない。

 でもグノーメ様は怒りの矛先を間違えた。

 戦う相手は俺たちじゃないのだ。

 アガスティアの災害を抑えたら、ちゃんと事情を伝えないと……。

 その役目は俺じゃないけど。


「ジェイク、勝ったの!?」

「ああ、おかげさまで」


 勝ったのはいい。

 それより、この世界は何だというのだ。

 この虚構世界――メドナさんしか使う筈のない獄中魔法が完全に再現された。

 実は、正体はメドナさん本人でしたとか?

 まさかな。


「この魔法は? 何か隠してるのか?」

「これは……」


 エトナが意識して空を見上げた瞬間、そこから徐々にまた世界が歪み、赤茶けた大地は光が弾けるようにぱっと消えた。

 再び俺たちはアガスティアへと戻った。

 周囲は瓦礫や燃え広がる木屑ばかりだ。


「最近、夢でよく見るのよ。ひょっとしてジェイクの体験したことかなって」

「夢? 俺の体験?」

「私によく似た人が『詠唱(アリア)』を使って魔法を使う場面。ジェイクの体験でしょ」

「……なんでそうだと分かる?」


 夢なんてぼんやりしたものだ。

 ましてや、それを"俺の体験"だと確信しているのも不思議な話だ。


「だって『血の盟約』を結んでからだもの」

「……」


 思わず黙り込む。

 血の盟約が発端で夢を見るようになった。

 今まで使っていた魔法も使えなくなった。



 "『血の盟約』ってなんだ?"


 "――巫女が精霊と契約を交わして

 超自然的な力を借りるものだったそうです"



 俺との契約で魔力が混ざったのか。

 『三千世界』で虚構世界を紡ぎ出したのも虚数魔力と神性魔力の恩恵か。

 あ――。

 神の羅針盤(リゾーマタ・ボルガ)の影響を受けないのも合点がいく。

 そうか、そういうことか。

 エトナも俺と同じ体質になったんだ。

 それはまた、可哀想に……。


「あ、早くマウナの捜索とみんなの救助を再開しましょ!」

「そうだった!」


 ひとまずグノーメ様のことは放置だ。

 ん? それならマウナは一人だけ羅針盤の影響を受けて別の因果に導かれた?

 大変だ……。それはもっと厄介だ。




第5幕 第3場 ―アザレア大戦― 完。


次回はロワ三国舞台の余話です。

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