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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第1幕 第3場 ―覚醒―
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Episode26 vsアルフレッド


 妊娠。

 つまりコウノトリさんが新たな生命をお母さんのおなかの中へ運んできた、という事。

 しかしこうして、目の前の母体となった女性を生で見ると、そんなものは子ども騙しでしかないんだという事がよく分かる。

 俺だってまだ11歳前後の年齢とはいえ、どういう原理で子どもができるかくらい理解しているつもりだ。

 それは、リンジーが誰かと男女の関係になったということを意味しているわけであって……。


「――――それで命からがら逃げきったところで、ガラの祭壇が崩れて地中に埋まっちゃったんだよ」

「………」


 リビングのソファに2人で座り、話を聞いていた。

 俺はリンジーのお腹ばかり気になってしまい、序盤の話をほとんど聞き逃していた。


 しかしまとめるとこうだ。

 俺が落ちた後の話だが、真っ先に助けようと魔法を駆使したのはドウェインで、そこに"何かしらの妨害"が働いてドウェインは気絶。そのあと、牛鬼の大群に襲われていたアルフレッドとリズベスを、リンジーの魔法で助けたあと、4人で何とか脱出した。

 ドウェインはアジトへ連れ帰った後、頭がおかしくなってしまったように町を徘徊するようになったとか。


「私が………私が、ジャックのいない理由を聞いたのはその後」

「そうだったんだ……ごめん、心配をかけて」

「心配とか、そんなじゃない……もう絶望だよ。はっきりダメだったって言われたし」

「そ、そう……」


 リンジーがまた目尻に涙を溜めたようだった。


「ジャックの話を聞かせてよ。それにその、頬の傷……痣?」

「その、これは……」

「あ、手首が!」


 リンジーは俺の右手首に食い込んだ巨大な留め金具やボルトネジに目が付いたようだ。聖典で腕の魔族の紋章は隠せても、融合してしまった歪な機械は隠しきれていなかった。


「こ、これ……リンジーの初めてくれたプレゼント」

「え?! マナグラム?」


 右手を取られ、まじまじと観察された。リンジーの温かい左手が俺の手に触れ、奇形化してしもちゃんと俺の腕なんだなと感じる。


「なんでこんな風に?」

「……俺が穴に落ちた後、気づいたら変な場所にいたんだ」

「変な場所……?」

「なんか変な模様が描かれた壁が目の前にあって……その壁に巨人のミイラみたいなのが植え込まれてて………えーっと、磔にされているみたいな」


 リンジーは、固まった表情のまま俺の話を聞いていた。俺の表現力が足りなくて、うまく伝えられない。


「それから頭の中に声が響いて……訳の分からないことを誰かに囁かれて……そ、それから、その巨人のミイラのお腹から、女の子が落ちてきたんだ!」


 あぁ、もう。自分で言ってても訳がわからないぞ!

 でも本当にそのままなんだ。


「その女の子は、自分は女神ケアって名乗ってた。それで、ほっぺたに触ってきたと思ったら俺は気を失って……気づいたらこんなになってたんだ……」


 リンジーは固まった表情で、一度だけ瞬きをした。

 何言ってるんだろうこの子、って顔だ。


「し、信じてくれ。俺だってさっぱり訳が分からないんだっ」

「…………はぁ……」


 リンジーは目を瞑って溜息をついた。

 何なの、その反応……めちゃくちゃな事言い過ぎて失望?

 

「ジャック、私はジャックの言うことを信じる―――だってジャックは嘘つかないもん」

「あ、あぁ……」

「大変だったんだ……頑張ったね」


 リンジーは優しげな表情で微笑み、俺の頭を撫でてくれた。

 ほっとした。女神を超えるほどのこの温かい笑顔。

 俺も再び目尻に涙が浮かびそうになる。


「こうしてマナグラムの変化を目の当たりにしてるんだし、信じるしかないよ。それで、その場所からは……どうやってここまで来れたの?」

「それは、えーと……」


 俺の右腕に融合した機械、そこから射出される光の粒子、そして赤黒い刻印。

 それが俺に力を与えてくれた。

 どう説明すればいいんだろう。


 そんなタイミングで、階段上からギシギシと誰かが降りてくる音が聞こえてきた。


「あ―――」

「誰だ?」


 その逞しい姿に変わりはない。

 燃えるような赤い髪。我らが赤毛のリーダーの登場だった。


「なにをしている……」


 アルフレッド。無謀のアルフレッド。リベルタのリーダー。

 俺はこの人には一生敵わないと思っている。別に恐怖心を感じているわけじゃないけど……。

 ちょうどいい表現としては、畏敬の念っていうやつだ。

 でも、俺は今、アルフレッドに恐怖心を感じた。

 俺の直感が、アルフレッドの奥に潜む野獣を感じて身震いした。


「アルフィ! ジャックだよ! ジャックが………戻ってきたの!」

「なんだと?」


 リンジーは、そんな俺と反して、以前までと同じようにアルフレッドに接していた。

 俺もソファから立ち上がり、アルフレッドに向かい合った。


「ふ、フレッド……」


 なんとか絞り出した声だったが、以前までのように気軽に呼べない抵抗感を感じた。


「ジャック? お前………ほんとにジャックか?」


 俺の様相の変わりっぷりを見て、確かにそう思うのは仕方ないかもしれない。

 でも、なんか警戒されているような気がする。リンジーが示した包み込むようなものとは違う。


「なんだその顔の………」


 アルフレッドはなんだか以前のような覇気がなかった。

 ドウェインと同様に、やつれた印象を受ける。目のやつれ具合が、瞳を濁したように感じられた。

 その目が、ぎりっと俺を睨みつける。


「おい……! 魔族の紋章じゃねぇか……!」

「え?」

「リンジー、下がれ」


 アルフレッドは身構えた。それは俺に対する拒絶。排除するという強い意志の現れだ。


「フレッドっ! 俺だ! ジャックだよ」

「なんだテメェは! ジャックの名をそれ以上語るんじゃねぇ!」

「アルフィ、どうしたの? ジャックだよ……確かに顔の半分は、ちょっと変だけどさっ」


 険悪なムードをリンジーはなんとか和ませようとしていた。

 でもアルフレッドはそれに応えるつもりはないようである。

 アルフレッドから漂う殺気は余計に増していく。


「……ジャックはなぁ……死んだんだよ……」


 ラインガルドも同じ事を言っていた。でも同じ言葉でも決定的に違うことがある。

 それはアルフレッドが、俺の死をとても悔やんでくれている所だ。

 噛みしめるように吐き出す言葉には、その悔恨の情が感じられた。


「俺は、生きて帰ってきたんだ」

「テメェは違う……」

「俺がジャッ――――――」




 ―――――刹那。


 家の壁が崩壊して、屋外へと弾き飛ばされた。


 あまりにも一瞬の事で、知覚の遅れと見える景色の違いに、認識がずれる。俺はアジトのリビングにいる、という意識と、外へはじき飛ばされたという事実は、俺の頭を混乱させながらも遅れて伝わった衝撃音と背中を地べたに強打した痛みで、すべてリセットされた。


「くっ………いてぇ」


 アルフレッドの繰り出すダッシュパンチは、下手な弓矢よりもスピードがあり、暴れ狂う闘牛の体当たりをくらうほど、重たい一撃だった。

 マジで殺しにかかってきてる。俺を本当に家に侵入した魔族だとでも思っているのか?

 腹部の急所に、容赦のないダメージが入る。


「ぐ……ふっ……」


 無様に涎が飛び出ていた。

 ふらふらと立ち上がったその時。


「まだまだぁぁあ!」


 俺がようやく立ち上がったタイミングを、まるで見計らったかのように。

 迫り来るは炎の刀剣ボルカニック・ボルガ。炎を纏う重厚な剣。

 それを握りしめる赤い戦士もまた、炎のようだった。


 いつのまに取り出したのか、アルフレッドは相変わらずのあの愛剣を持ち出しており、俺めがけて一直線に駆けつけていた。

 あの一閃。食らったら死ぬかもしれない。

 俺という存在を完全に消し炭にするつもりだ。


 しかし時間がない。あれを受け止める準備がない。


「――――おらぁ!!」

「うぁあっ!」


 またしても吹き飛ばされる。

 頼みの綱の右腕で受け止めるつもりが、女神の加護はその勢いまでは止められなかったようだ。


 赤い戦士が、視界では徐々に小さくなる。

 遠ざかるのは俺の方。町はずれの森まで弾き飛ばされた。

 なんて怪力野郎なんだ、あの赤毛は……。


 土埃が高らかに舞い、自然界で悠々自適に育った木々は、俺の体でその枝葉を散らした。

 そのまま俺は太い幹に直撃し、ようやくその動きを止めた。右の脇腹は深々と斬り抉られている。

 ところどころ傷口が焼け焦げていて、焦げていない傷口からはどろどろと血が流れ滴っている。

 そうか……。

 右腕の力は聖典により封印され、むき出しの生身の体はただの人の体でしかないんだ。

 だからアルフレッドの魔法も一部、食らってしまった。


 しかしダメージは深刻のように思えて、体はまだ動かせる。あふれ出る血が体を濡らすたび、俺はその体温を上昇させた。


「……かっ……はぁ……はぁ…」


 口からも血が滴る。

 右腕は無傷だった。

 これが女神の加護の力――――反魔力の力ってやつだろうか。


 俺はまだ死ねない。せっかく生きて帰ってきたっていうのに、ここでアルフレッドに認められないまま葬られるわけにはいかないんだ。

 転がる草葉を握りしめた。

 徐々に体のボルテージが上がっていくのを感じる。

 視界は赤く染まり、拡張された視野は遠距離の隅々まで見渡せた。


 そして赤い戦士はゆっくりと歩み寄ってきていた。

 重たそうな刀剣を引きずりながら。草っ原に焦げ跡をつけながら。


「フレッドッ……!」


 認めないなら無理やり認めさせてやる。

 俺に倒せないと思っているのか?

 いつまでも俺が"ジャック"のままだと思っているのか?


 ――――やってやる。


 俺の意志に呼応するかのように、ぶわりと聖典が浮き上がって俺の周囲を漂い始めた。

 右腕の赤黒い刻印が点滅し始める。それと同時に周囲の無数の草や葉が赤黒い刻印を纏って、小さなナイフへと姿を変えた。

 俺は、この感情が怒りなのか何なのかよく分からないまま、その無数のナイフをがむしゃらにアルフレッドに向かって投げつけた。

 近くにいるように見えて遠くにいるアルフレッド。

 しかし投擲されたナイフは一直線に凄まじい速度で向かっていった。


 遠くからでも確認できる。

 アルフレッドはこんな迎撃じゃ、びくともしなかった。

 重たそうな刀剣を軽々と振り回し、俺の投げつけたナイフを叩き斬った。


「……なんだと?!」


 その疑問めいた悲鳴は、アルフレッドのものだった。

 お得意技の魔力纏着。その刀剣に纏った炎は俺の投げつけたナイフによって霧散した。

 その瞬間を、俺は見逃さない。

 太そうな枝を無理やり折り、すぐさまそれを木刀に変えた。

 赤黒い刻印を纏う木刀。


「今だ!」


 スラスター展開!

 光の粒子がブースターとして俺の右腕を押し出し、俺の体はそれに引っ張られた。

 お返しだよ、フレッド!


 森から脱出し、草原に立ち尽くす赤い戦士めがけて、一閃振るう。アルフレッドはそれを、再度湧き立たせた炎の剣で受け止めた。

 本来であれば、力の差は歴然。


 非力な木刀と、牛鬼すら叩き斬るほどの重厚なグレートソード。

 その二つは魔力という、自然界の法則を打ち破る力で拮抗しあった。

 純粋な炎の魔力と、俺の反魔力。

 バチバチと稲妻を飛ばし、アルフレッドの炎は霧散し、俺の木刀は本来の枝の姿に戻ってばらばらに砕けた。

 そのまま俺は後方へ激しく弾き飛ばされたが、光スラスターを展開させて体制を立て直し、四つんばいで着地した。

 もはや戦闘に入ると余計な力が入らず、より巧く自分の力を使いこなせている。


「なんなんだテメェは……!」


 またしてもアルフレッドは愛剣に炎を纏わせた。

 俺は地に着いた手で素早く、土から生成した剣を作り上げて、そのグリップを握りしめた。

 その2人の仕切り直しは、コンマ1秒の間しかなかったかもしれない。

 お次はずっしりとした土製の剣だ。木刀で弾かれる程度の脆弱な愛剣なら、お次はどうかな?


 俺はそれを右手で引き抜いた後に軽く振るい投げ、すぐさま両手で握りしめ、再度アルフレッド目がけて踏み込んだ。



 間合いが広くても―――――。


 "ジャック、間合いが広くても、瞬時に相手に迫る方法はある"


 トリスタンの言葉を思い出す。

 踏み込み、そして地をしっかり駆ける。

 走って相手に飛び込むのではない。地を踏みしめ、駆けるときはヘビのように地を這う。

 大地との接地面を感じるのだ。


「うぁあ!!」


 アルフレッドは襲いかかる俺を一瞬睨んだかと思ったら、同様に俺めがけて踏み込んだ。

 俺の心臓はドクリと鼓動したかと思うと、その光景は一気にスローモーション空間へと誘われた。

 時が止まったような感覚。

 もし時間を魔法でコントロールできたらこうなるんだろう。

 おかげでアルフレッドの動きは詳細に目で追える。

 これも女神の加護の力なんだろう。


 ――――両者接近のとき、赤と黒の剣はその主を軸として、何度も斬撃を重ね合わせた。

 およそ瞬き2秒の合間、11回の斬撃が弾け合う。

 上段には下段より、中段には上段より、下段には中段より。

 流れるような剣術に、目の前の赤毛の戦士は苦悩の表情を浮かべていた。


 俺にとってはスローな世界も、アルフレッドにとっては常時速度での弾き合いだ。それでも一本も取ることが出来なかったことに、俺は自分の未熟さを感じずにはいられない。


 11度目の斬撃で、両者下段からの振りかぶりにより、剣先が弾け、綺麗な円を描きながら両者の2本の剣は頭上高くへと舞い上がった。

 アルフレッドの剣は纏った炎を散らし、俺の剣はボロボロと元の土のように崩壊した。


「――――ふっ!!」


 得物を失ったアルフレッドは、すぐさま拳闘術へとモードを切り替える。

 俺もそれを見極め、殴り合いに応じることにした。


「ああああ!」


 俺は雄叫びを上げた。

 アルフレッドを拳でねじ伏せられるとは到底思っていない。

 だが、予想以上にくたばらない俺に対して焦りを感じているのはアルフレッドも同じこと。

 動作が怒りにまかせて大振りになっており、キレがなくなっている。―――拳の方が剣術よりも繊細だと教えたのは、どこの誰だったかな。


 2,3の叩き合いをやり過ごした後、アルフレッドは焦ったのか、大振りな右ストレートを俺めがけて振るってきた。それを屈んで避け、腹部に渾身のボディーブローを叩き込む。


「ぐぁ…っ!」


 アルフレッドは後方は足を引きずりながら飛ばされたものの、丁度のタイミングで落ちてきた愛剣を、滑りながらも華麗にキャッチした。

 その愛剣を地面に突き、支えにしながら肩で息をしていた。


「はぁ……はぁ………ふ………ふふ……」


 だがまだその闘志は消えていない。俺を睨みつけながら、久しぶりの強敵を前にした狂戦士のような酔狂の目で見据えていた。


「まだ……まだ終わっちゃいねえよ……!」


 アルフレッドの威勢を張った声。


「俺に…………勝とうなんざぁ……! 10年、早ええんだよッ!」


 刀剣に再び炎が湧き起る。その勢いは、減弱するどころか益々高火力に燃え上った。

 俺は咄嗟に地面から突貫工事の剣を引き抜いた。


「ぅぅううるぁああああ!!」

「俺だって負けねぇよッ! あああああああ!」



 これで最後になろうかともする、渾身の剣を振り抜く。



 お互いの剣が、再び弾け合う。



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