Episode235 錬鉄の砂上戦Ⅰ
グノーメ様の説得か。
人となりはどの賢者より知ってる。
だから説得が難しいことも想像できてしまう。
あの人は頑固一徹って感じだ。
その名を聞いて思い出すのは、
――漢気。
――浪漫。
――独特の荒い口調。
やると決めたことは徹底的にやり抜く。
それがグノーメ様だった。
迷宮都市でうじうじしていた俺の尻を引っ叩いて根性というものを叩き込んでくれた育ての親でもある。
今のグノーメ様の様子を聞くに根底にある気質は変わってないだろう。
ただ、他の賢者同様に違和感はある。
"発明の性能を楽しんで殺戮をやめない"
と、妖精王は言った。
グノーメ様が悪逆非道を繰り返している。
俺の知る『土の賢者』から人情味を差し引いた人物だということだ。
それは厄介だ。
これまでの賢者の印象の違いを振り返ると……。
アンダイン 淫乱→引き籠り
ティマイオス お淑やか→パパラッチ
シルフィード ハーブ中毒→冷静沈着
こうまで過去と未来で変貌している。
グノーメ様が荒くれでもおかしくない。
なら説得以前に、こてんぱんにぶちのめした方がいいかもしれない。
説得とは名ばかりの決闘。
やるべきことは至極単純だった。
そんなわけで昼間、砂漠へ戻ることにした。
都市部アガスティアの地上、洞窟住居の一画を宛がわれた俺たち。妖精王ティターニア直々に通され、近隣住民のドワーフから奇異の目で見られたが、身を潜めるにはもってこいだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「一人で大丈夫なの?」
「むしろ単独の方が動きやすい」
今回は俺一人で行く。
血の盟約事件のせいで「最強だが、脆い」という事実が明らかになり、特にエトナから心配の声をかけられる。
この介護老人みたいな扱いは癇に障る。
前も思ったが、俺は単独任務向きなのだ
一人だと余計なこと気にせずに力が奮える。
妖精王の拉致もあっさり成功した。
「グノーメ様とは戦いになる。皆が安全な場所にいてくれた方が俺も楽だよ」
「そう……」
エトナがしゅんとなった。
言い過ぎただろうか。
エトナは今、魔法の調子も悪いから気にしてるかもしれない。
「あ、皆が足手まといって意味じゃなくて――」
「分かってるわ。単純に心配なのよ」
「気持ちは嬉しいけど任せてくれ。グノーメ様をよく知ってるのは俺だけだ」
エトナから返事はなかった。
あまり引き摺ると日も暮れてしまう。
対アザレア殲滅の主戦場は西に引き返して数時間歩いたところ。
そろそろ出ないと夜になってしまう。
夜はグノーメ様も姿を見せないから一晩明かさないといけなくなる。
「じゃあな。リア、二人は任せたぞ」
「いってらっしゃいませ」
「シルフィード様にはハーブを与えるなよ」
「勿論です」
リアがついてれば心配ないだろう。
シルフィード様だってレナンシーだって戦力としては申し分ない。運命樹にいるエンペド・リッジが突然、内側へ牙を向けるとも考えにくい。
エトナとマウナは大丈夫だろう。
○
アガスティアの大樹と太陽から方角を読む。
東へ東へと歩き進めた。
大樹がぼんやり霞むほど遠くまで歩いた。
陽炎のように揺らめいている。これ以上進んだら、帰る場所を見失うだろう。
立ち止まり、周囲を見渡す。
イリカイ川方面へだいぶ引き返したと思うが、まだ巨大蠍は姿を見せないか。
それなら――。
「よし!」
準備体操して意気込む。
助走をつけて跳び上がる。
「せぇぇええええいっ!!」
反響する鬨の声。
敵を引き付ける為にわざと大声を出し、地面に向けて拳で殴りつけた。
壮絶な音が鳴り響く。
これだけ大騒ぎすればどうだろう。
一旦静まり返った砂塵の地は、時間を置いてから地響きがした。
何かが近づいてくる音がする。
きた。きたきた。
ぞわりと悪寒が背筋をなぞる。
――直感が働いている。
次いで姿を現した巨大なサソリ型の機械。
両手の鋏を開いて、遠くから俺という標的を見定めた。
「ようやくお出ましか」
初対面では不意打ちすぎてよく分からなかったが、巨大蠍は頭部の先端に地中潜伏用のスコープが取りつけられていて、それが"眼球"のように見えた。
砂漠から跳び上がるそれは、まるで海中から飛び上がった海老のよう。
それだけ自由自在に砂を駆け回っている。
巨大蠍は以前と同じく、砂の中から跳び上がると同時に砲弾を撃ち込んできた。
攻撃は予想できていた。軽く躱してみせる。
よしよし。勝てる。
奇襲でなければ存外、強敵じゃない。
巨大蠍は砲弾が躱されたと分かると、地上を這いながら移動し始めた。
それなら姿が丸見えだ。
ギュルギュルとした駆動音が鳴り続ける。
どうやら両手の鋏が回転する音らしい。
お次は小さな弾丸が手先から無数に連射された。
タタタ、と小気味良い音が響く。
もちろん俺に向けて放たれたものだ。
悠長に楽しんでいる場合ではないけど、簡単に回避できた。
『ちょこまかと小賢しいな、テメェ!』
一種の拡声器か、巨大蠍からドスの利いた声がノイズ混じりに響き渡る。
ハスキーな大人の女性の声だ。
俺の知るグノーメ様の幼い声とは異なる。
「妖精王の遣いで来ました!」
『……あぁん? 伝令班がガキに変わったなんて聞いてねぇぞ』
話が通じるのか。
望み薄だが、一応説得に挑んでみるか。
「内密に頼まれたことなので!」
『きな臭ぇな。テメェみたいなガキは知らねえ』
「妖精王が戻ってこいって言ってますよ」
『あのババアが撤退命令? この縄張りはあたしの独り勝ちだってーのに、そんな命令下す訳ねぇだろうが――ん?』
巨大蠍が目を細めた。
否、スコープを伸ばして俺に標準を合わせ、何かを見極めている。
『……ケッ、よく見たら、こないだ尻尾巻いて逃げたガキじゃねぇか』
指環を抉られた時か。
そういえばあの日からリゾーマタ・ボルガは発動していない。
『何のつもりか知らねえが、度胸だけは大したもんじゃねぇか』
「ありがとうございます!」
『馬鹿が! 褒めてねぇ。この場で死ねって意味だよ――ッ!』
通信は突然に遮断。
巨大蠍はまた動き始めた。
無数の足が悍ましく蠢き、砂の大地を駆け回り始めた。
グノーメ様、荒れてるなぁ。
話し合いには応じずに「死ね」か。
それなら、やっぱり決闘だな。
グノーメ様は、相手が一人なら地中に潜る必要もないと判断したのか、砂漠で悠々と姿を見せながら巨大蠍を走行させている。
厄介な地中戦にならずに済んだ。
『砂漠の塵にでもなりやがれッ!』
拡声器から聴こえる脅迫。
直後には次から次へと弾丸が飛び交い、騒々しい銃撃戦が始まった。
それらを往なして一直線に駆け抜けた。
敵は機械だから剣ではなくて拳で挑もう。
切れ味が悪そうである。
――駆け抜けるは砂塵の地。
素手だから走りやすい。
『なに!?』
予想もしなかった真っ向勝負に困惑したのは砂漠を制する機械の獣だ。
速攻で正面に回り込み、蠍の顎の部分から拳を突き上げた。
『アアアアアア!』
装甲が硬いな……!
俺のパンチでも砕かれることのない鋼の蠍。
形状を維持したまま、巨体は宙を舞った。
「ふぅ~……」
脚を踏ん張り、真上に吹き飛んだ機械が落ちてくるのを待つ。
あとは、まな板の上の鯉も良いところだ。
二度と地中に潜らせないように、このまま宙に浮かせて徹底的に殴る。
そのための精神統一。
『なんだ、テメェ。何なんだ、テメェはよ!』
だが、グノーメ様はこんなワンパンでヘコたれる人物じゃないことを俺もよく知っている。巨大蠍は尻尾をぐるぐると回して空中で体勢を変え、真下を向いた。
どんな状態だろうが戦い抜くつもりだろう。
『そのパワー……人間かと思えば、さては魔族か。クソったれ! 土に還れ!』
魔族に親でも殺されたのだろうか。
グノーメ様は俺の異様な力に動揺とともに怒りを覚えている。
拡声器から聴こえるノイズに焦りも感じた。
『殺す! 殺す!』
直下に放たれる砲弾、銃弾の雨。
碌に狙いを付けているように思えず、全て外れ、躱すまでもなかった。
小さく砂が跳び撥ねる。
「……」
俺はというと、そんなグノーメ様の様子を見て幻滅していた。
想い慕った賢者だからか。
よく言えば、未熟。
悪く言えば、下衆。
口が悪いのは一緒だが、これじゃゴロツキだ。
未来のグノーメ様はもっと大人で、俺に対する罵倒にも愛があった。
感傷に耽り、自然と握り拳にも力が入った。
頭上から落ちてきたそれを俺は全身全霊かけてぶん殴った。
『――~――~~!』
備え付けの拡声器が壊れたか、雑音が拡散する。
巨大蠍の頭部がもげた。
そのまま左足を軸に、右足で回し蹴りをして横に蹴りつける。
胴体部にヒットし、機体全体がひしゃげた。
「固まれ!」
横這いに吹き飛ぶ機体に時間魔法をかけた。
巨大蠍はピタリと体を止め、内側から飛び散ったネジや歯車のような細かいパーツごと、空中で静止した。
すぐに間合いを詰める。
横に跳ぶ機体に拳を振り上げて殴り、もう一度空高くまで吹き飛ばした。
――そして時は動き出す!
『……』
機体から声はしない。
通信機器が壊れたからか、あるいは中の人物が気絶したのか。
俺から見て、ただの巨大蠍にしか見えない敵。
中に人が乗っていると分かっていても、あまり他者を害している気がしない。
宙へ再び跳び上がった巨大蠍へ、俺も跳躍して追いつき、殴って蹴ってを繰り返し、最後には踵落としで地上へと叩きつけた。
ガシャンと派手な音を立てて、ついぞ機械は動かなくなった。胴体はひしゃげ、首はもげ、尻尾はあらぬ方向に曲がっている。
細かい部品は大地に散らばっていた。
無惨な有り様だ。
でも……あれだけ攻撃を食らわせても木端微塵になることなく耐え抜いた。
俺の拳は岩石でも簡単に打ち砕くのだ。
それに耐えられるのは凄い。
鋼の機体。まともな人間には装甲を破れない。
さすがアガスティア随一の機械工。
『土の賢者』の名も伊達じゃなかった。
近づいて様子を確かめる。
機械のもげた頭部から、緋色の髪をした女が放り出されていた。
短髪でゴーグルを装着している。
取り去ると、気の強そうな顔が確認できた。
「これがグノーメ様か……」
大人だとこんな姿なんだ。
小人族にしてはスラっとしている。
幼い姿しか見たことないから驚きだ。
まぁ、とりあえずこれで任務完了。
やっぱり一人の方が楽といえば楽だ。負けが続いていて自信をなくしていたけど、存分に力を奮えば強敵にも圧勝できる。
普段はヒトのことを気にしすぎなんだろうな。
足並みを揃えようとするから隙を突かれてやられてしまうのだ。
これからは一人で生きた方が――。
いや、これ以上は考えないでおこう。
突き詰めると一人ぼっちが加速する。
○
気絶したグノーメ様を背負い、ついでに蠍の機械も尻尾を掴んで引き摺りながら砂漠を歩いた。
帰りは目印があるから楽だ。
運命樹アガスティア。
その葉から妖精たちの運命を読み取る大樹。
西日を背景にする大樹は神々しく思えるほど、光り輝いていた。
「綺麗だな……」
本当に、未来で拝めないのが惜しい。
アザレアの花々を見たときにも思ったことだが、諸行無常とはこの事か。
だが、何かおかしい。
花なら分かるが、あれほどの大樹が未来に"無い"のは不自然ではないか。
枯れ果てた幹が砂漠に転がっててもいい。
それすら無いというのは何故か――。
厭な予感が過ぎった。
これは最近にも感じた悪寒だ。
メルヒェン邸が全部燃えてしまったときと同じ感覚が襲う。
臭い。――そう、同じ臭いがする。
何かが焼け爛れる焦げ臭さ。
焼け爛れる……?
目を細めてアガスティアを拝む。
西日の逆光で陽炎のように朧気に映っただけかと思った。
でも違う。これは陽炎なんかじゃない。
本当に輪郭が不確かになっていた。
「木が燃えている……」
火事。否、それ以上の大火災だ。
陸の孤島と呼ばれる南アイル山の山頂にも届こうかという『運命樹』が燃えているのだ。
――既視感。何故だろうか。
俺が目を離すと、よくこんなことが起こる。
誰かの陰謀とも思えるほどに。
きゃーー!
うわーーっ!
神様助けてっ!
耳を澄ませば、クレアティオ・エクシィーロの民の逃げ惑う声が届いた。
俺の方は困惑のあまり、言葉が出ない。
どさり。背中から何かが落ちた。
それがグノーメ様だというのは分かる。
でも気に留めるほどの余裕はなかった。
呆然と燃え盛る大樹を眺めた。
刹那――。
ぴかりと白い閃光が地上から運命樹に向かって放たれた。一筋の光線は剣のように平たく、それが運命樹を貫通して真っ二つにした。
さらなる悲鳴。
光線に斬られ、ゆっくり倒れる運命樹。
何者かが放った攻撃か。
一体、あの国で何が起こったのだろう。
咄嗟の大混乱にどうしていいか分からない。
「はっ……」
背後から女性の声。
気絶していたグノーメ様が起きたようだ。
「なんだ、ありゃあ!」
「……」
「アガスティアが……あたしたちの国が……」
グノーメ様は悲嘆を漏らしたが、すぐ気を取り直すと歯軋りを立てながら真っ直ぐ俺の方に近寄ってきた。
「テメェの仕業か!」
胸倉を掴まれ、ぶん殴られた。
「クソったれ。テメェに構ってる場合じゃねぇ!」
そう言い放つとグノーメ様は、俺のことも、愛用のサソリ型機械のことも放置して走り去った。その後ろ姿を見て自分も何をすべきか悟った。
他の皆はあそこにいた。
助けにいかないと……!
すぐグノーメ様に追いついた。
先を越す勢いで走っていたからだ。
だが、追い越す直前、その背は幻影のように霞んで消えた。
「あ、あれ……?」
消えた? 何処に行った?
まさかリゾーマタ・ボルガが使われた?
でも運命樹アガスティアは相変わらず猛々しく燃え続けている。
その結果が変わることはない。
一体、なにがどうなっているんだ。
疑問ばかりで頭がおかしくなりそうだ。
外野からでは何も分からない。
……とにかく、皆を助けにいこう。
次回はエトナ視点から始まります。
主人公不在の間にアガスティアで何が起きたか分かります。




