Episode234 妖精王ティターニア
木登りをしていた。
それも、その辺にあるような木じゃなくて尋常じゃない大樹に剣を突き立てながら登っている。
標高は悠に南アイル山の山頂に達するかとばかりの高さまで到達した。
地上を俯瞰する。
直下の光景は遥か彼方。
砂粒程度にしか映らない。
人生で一番高いところから落ちた経験って『ティマイオス雲海』だったかな。雲の上から地上に落ちたことのある俺に怖いものなんてなかった。
もうすぐアガスティアの枝葉の先だ。
"たまにはお一人で活躍したらどうですか"
昼間、リアにそんなことを言われた。
そう煽られては黙っていられない。
そもそも俺が暗殺者に育てられたこと、忘れられてるんじゃないだろうか。
初任務も単独潜入だった。
冒険者時代もほとんど迷宮にソロ潜入。
むしろそっちが得意分野なのだ。
樹上は太々とした枝が入り組んでいる。
枝自体が迷路を構築しているようだ。
腕や脚を開いて寝転んでも余裕ある。
木登りも終わり、配置に着いたところで夜になるまで寝ることにした。
すっかり夜型になってしまった。
昔を思い出すな……。
光の雫演奏楽団との対決の日々を思い出しながら眠りについた。
日暮れ前には目が覚め、そのまま夜を迎える。
たまに下の方でエルフ族の声がした。
きっと運命樹に住む人々だろう。
この大樹は幹の中が丸々、共同住宅のようになっていて、階層が高い方が身分が上らしい。言い換えれば、妖精王クラスになると最上階に済んでいて当然なのだ。
さらに分かり易いことに、妖精王の家からは領土の全景を見下ろすためのテラスが掘られている。
今、俺が着く配置からそのテラスがちょうど見下ろせるようになっていた。
――妖精王を拉致する。
本来なら不可能な任務だ。
運命樹アガスティアに入れるのはエルフ族だけ。しかも高階層に住んでいるとなれば連れ出すことも難しい。
だが、それはアガスティア内での話だ。
外側ならその限りではない。
「やれやれ。戦争は忙しくて敵わぬな」
標的がテラスに現れた。
無防備なもので、布に穴を開けただけの衣服を被っているだけで、小さなおみ足が月光を反射して暗闇でも位置が把握しやすい。
体型は幼女。薄い色合いの髪。
話に聞いていた通りの容姿だ。
間違いない。
あれが妖精王ティターニア。
その名に相応しく『妖精』のイメージにぴったりの姿だ。
王の威厳があるかと問われると疑問だが。
まぁ、感想はともあれ、早速行動に移す。
「それにしてもアンダインめ。突然手紙を寄越して何かと思えば、我を馬鹿にしおって! 獅子身中の虫だと? 我の戦略が害悪だとで――」
「固まれ!」
時間を静止させて身動きを封じた。
ロープが固定されていることを確認する。
あとはテラスめがけて飛び込むという心算だ。
勝負は一瞬。
――……!
飛び込み、ロープが張ってスウィングする。
そのままの勢いでテラスへと着地。
時間をかけていると隙が生まれる。着地と同時に妖精王を素早く捕獲した。
咄嗟に口元も塞ぐ。
「――も言うぇええ!? ……もご!」
身体に触れた途端、意味がなくなった時間魔法も解いた。
拘束できればほぼ成功だが、まだ油断禁物。
間髪入れず、そのままテラスから飛び降りた。
最初に使ったロープの紐は、木登りのついでに大樹の幹を一周させて縛っておいた。故に、テラスから飛び降りると、そのロープ一周分だけ大きな幹をぐるりと旋回することができる。
特大の空中ブランコである。
あとは狙いを定めて手を離すだけ――。
妖精王が暴れることを心配していたが、特大ブランコが怖ろしいのか、向こうから俺の体にしがみ付いてくる。
湖が見えたところを確認して手を離した。
空の旅である。
「むぐ……! むごぉぉぉぉぉおおお!」
運命樹最上階、妖精王のテラスから地上の湖までの標高差は山一つ分に匹敵する。
そこを何の命綱もなしに落下する。
俺は慣れっこだが、妖精王は数百年生きていて初めての経験なのか、押さえつけた口から絶叫が手の平ごしに伝わった。
おまけに涙も伝う。
俺たちを無下に扱うからこうなるのだ。
少しばかり我慢してもらおう。
妖精王を覆うように抱き締め、身を縮めた。
着水に備える――。
頭から着水!
ばしゃっと派手な音を立てて湖に突っ込み、あとは水流に身を委ねる。
水流を操っているのはレナンシーだ。
湖の底へと到着する。
湖底の一部をレナンシーの力で気泡に包み、空間を造ることで隠れ家にしている。夜というのもあって異様に寒いが、それは我慢するしかない。
此処なら誰にも見られずに、妖精王との対談が可能というわけだ。
くるりと体を反転させて湖底に着地する。
見事に単独で妖精王の拉致に成功した。
首根っこを掴まれて妖精王は目を回している。
「任務成功だな」
どうだ、と決め顔で格好つけてみた。
メルヒェン姉妹は小さく拍手を送ってくれたが、リアとレナンシー、シルフィード様は別段どうということもなく、敢えなく流された。
労いの言葉一つない。
まぁ簡単な任務だから仕方ないか。
「相変わらずじゃのう。ティターニア」
「……げほっ、ごほっ、あ、アンダイン! 貴様の企みかっ」
「然様。この妾が手ずから差し出した文を、あのような粗末な走り書きで返されたとなれば、さすがに妾の堪忍袋の緒も切れるのでな? 手荒な真似をしてみたまでじゃ」
「たわけ。貴様と交わす言葉など毛頭ないわ!」
突き放すティターニア。
高慢ちきな王なんだな……。
服や髪は湖の水で濡れ、見た目が幼いこともあって悲惨なように見えるが、中身は"王"。王としての威厳はその小さな体に秘めているようだ。
「はぁ……今は其方とくだらぬ舌戦をする暇はないのじゃ。黙って耳を貸せ」
そうだ。
俺たちはこれまで絶え間なく旅してきた。
正直、何日か休みたい……。
でも、それを赦してくれないのが『神の羅針盤』である。
アレが存在する以上、リバーダ大陸では死者が無限に増え続ける。
既に死んだ者ですら死に続ける。
冒涜的な所業を食い止めるまでは休みはない。
「要点だけ話すぞ。
貴国の指揮官エンペドを拘束せよ。
リゾーマタ・ボルガを差し出せ。
それらは神族が一人、ケアの陰謀じゃ。
王ともあろう者が、軍師と秘密兵器を知らぬとは言わせぬぞ」
レナンシーは淡々と告げた。
要点は三つ。最後の一言は扇動。
自国で起きていることを知らないというのは、王として恥だ。ボンクラと罵るほどなのだからレナンシーもティターニアの性格を理解し、矜持をくすぐる言葉を敢えて差し込んだのだ。
妖精王は黙って聞いていた。
だが、聞き終えてしばらく呆然とした後、ぐにゃりと顔を歪め、卑しく嗤ってみせた。
「くっ……クックック、ハーハッハッ!」
「どうした、妖精王。妾の妄言だと嘲笑うか? 己が失態を認めぬか」
「妄言――確かに貴様の妄言といえば妄言か」
「愚弄するか。それは構わぬが、このままではいずれ国は滅ぶ。『虚無からの創造』の名に傷がつくが?」
妖精王は笑いを堪えて顔を歪ませた。
幼女があそこまで醜悪に嗤っている姿は気味の悪さも覚える。
なんだか、こいつも『悪役』感満載だ。
これまで会ってきた悪と同じ匂いがする。
"おっぱい萎め"の第一印象とは雲泥の差だ!
「馬鹿めが、アンダイン! エンペドを拘束しろ? リゾーマタ・ボルガを差し出せ? 誠愚かの極みよなあ!」
「なんじゃと?」
「エンペドを招き入れたのも、リゾーマタ・ボルガ作製に知恵を貸してやったのも、この我であるというのに。それを自ら卑しめるとは甚だ気狂いの成り――我に道化を演じろと言うか、神代の皇女よ」
びくりと身体が反応する。
俺やリアは即座に臨戦態勢に移った。
これはもう条件反射のようなものだ。
魔力剣を生成して構える。
戦いになる予感がしたからだ。
戦士の勘というか……妖精王は明らかに敵みたいな素振りを示した。
「其方、それはリゾーマタ・ボルガが何たるかを理解しての言葉か?」
「無論だ。四元素の構成比率を換え、過去の事象に介入する因果改変の現象魔法。それがリゾーマタ・ボルガよ。『虚無からの創造』には相応しい最高傑作であろう?」
クハハと盛大に嗤う幼女。
――きっとこいつは敵だ。
エンペドに与した存在だったのだ。
刀身を下げて姿勢を落とす。
俺はいつでも戦える。
だが、レナンシーは手で俺を制した。
まだ刃を向けるには早いという意味だろう。
「ティターニア、残念じゃが、其方はやはり筋金入りの阿保だったようじゃな。妖精王の尊厳も、たかが一人の人間風情に貶められたか」
「その口ぶり……。そうか、貴様は四元素とは無縁の身。リゾーマタ・ボルガの力が及ばぬ神性の存在であったな。リゾーマタによる折々の改変は見事だっただろう? これで古の魔法も報われようぞ」
「此奴はまったく……話にならぬのう」
レナンシーはついに手を下げた。
俺たちを止める気も失せたようである。
緊迫した空気が漂う。
妖精王は俺とリアが剣を構えている様子を眺めて尚、静かに瞳を閉じた。
眼中にもないとばかりに鼻で笑った。
「そこな傀儡二人は、妖精王たる我と剣を交えようと云うか。笑わせる。
――妖精剣!」
ティターニアは頭上へ片手を挙げた。
湖底にいる為、手を掲げた先は湖中である。
大きな月光が水面を映し出し、オーロラのような照明が湖底を照らし出す。
その月光がティターニアの手に手繰り寄せられ、次第に剣の形に変わった。
「妖精剣?」
「精霊との契約によって授かった呪いだ。斬れぬ物はない。絶てぬ命もない。傀儡二人の命など、一振りで奪えるぞ」
ティターニアの手元に剣が顕れた。
湖から召喚された剣。
それは伝承として記録された書物にもよく描かれる刀身をしていた。
――聖剣。
黄金に輝く剣から、そんな印象を受けた。
神々しさの余り、作り物のようでもある。
かつてアルフレッドが紛い物として造った装飾刀と同じ物に見えた。
性能は未知数。
妖精王の剣の腕前も未知数。
最初からフルパワーで戦った方が良さそうだ。
時間魔法は効くようだから、それが唯一、こちらのアドバンテージ。
踏み込み、いつでも斬れる準備をする。
刹那――。
「ま、待ってください!」
背後からストップの声がかかる。
シルフィード様だ。
「ティターニア様、私です!」
「む、貴様はシ……」
シ! 今、シって言いかけた!
「知らぬ! 誰だ、貴様は!」
でも白を切って誤魔化したー!
さっきの高慢な様子から一変し、ティターニアは動揺している。
「私のことを覚えてないのですかっ」
「……ど、どうやら我が氏族同様、耳長の娘のようだが、見たことがない。貴様のような田舎娘は砂漠でひっそりと生きておれ!」
動揺のあまりにボロが出ている。
砂漠でひっそりと生きろなどというのはもはや指示のようなものだ。シルフィード様が突然、そんな生活をさせられていたのは、妖精王の差し金なのだと理解できた。
きっとティターニアは嘘をついている。
アザレア大戦に関する重大な事だ。
もしかして……。
妖精王は敵ではないのかもしれない。
そもそもリゾーマタ・ボルガの性能を熟知し、これまでの改変について把握しているのならば、自軍の敵将だったシルフィード様を覚えていないはずがない。
「知らないなんて嘘です。お返事の中におっぱい萎めと書かれてました。私のことを知ってなければ書けない内容ですよね」
レナンシーが「いや、それ妾が気づいたことじゃぞ」と突っ込んでいるが、シルフィード様は全く聞いていない。シアと出会った時にも思ったけどエルフ族って全員ちょっと変わってるよな……。
王宮騎士団のリム・ブロワールも変人だった。
総じてマイペースな人物が多い気がする。
妖精王も多分に漏れず、変人だった。
「ぐぬぬ、我としたことが勢い余ってそんな文言を書き綴っていたか」
「ほらやっぱりです。どうしてですか?」
「……」
「どうして妖精王ともあろうお方が、私たち氏族へ嘘をおつきになるんですかっ」
妖精王は憔悴して汗を流し始めた。
その仕草は先ほどまでの自信に満ち溢れた『王』たるものではなく、見た目通りの幼いもの。化けの皮が剥がれる瞬間だった。
そういえば――。
"あの御方は氏族の進言にはどんな些細なことでも耳を傾けるお方です"
シルフィード様が言っていた。
その言葉から想像した姿は、慈愛に満ちた王という印象だ。
きっと本来はそういう人なのだろう。
剣戟を交える相手ではない。
突然召喚された『妖精剣』には興味が湧いたが、また敗走したらさすがに格好がつかないので、今のところは戦闘が回避できて幸いだった。
「わかった、我の負けだ。シルフィード」
観念した妖精王。
外では威勢がよく、身内には甘いようだ。
「お前のことは敢えて軍務から遠ざけていた。その動機はただ一つ、お前自身の未来の為だ」
白状した内容もやはり同胞を想ってのもの。
戦いから遠ざける。
例えば、ティターニアがシルフィードの親だったらどうだろう。
至極当然の動機だ。
「お前は此度の戦争で、一度死んだのだ」
「え……死……? 私が、死んだ?」
殺した張本人は真後ろで申し訳なさそうに目を伏せている。
リア、悲しいけど戦争なんだ。
割り切るしかない。
「……我は風魔法に長けたお前の命が惜しかった。お前は我ら妖精族の未来を背負って立つ存在だ」
「ティターニア様――」
次第に"お涙頂戴"な雰囲気になった。
一触即発の緊迫した空気が様変わり。
なんだ、この茶番は……。
「そんな……私は、ティターニア様から戦力外通告を受けたものとばかり思って……」
「馬鹿者。戦力外であるはずがなかろう。古来より伝わりし風の力をこれほど正統に受け継いだ者は他に居まいぞ」
「あ、ありがたきお言葉です……」
「お前は生きよ! 生きて未来へ進め!」
「はい……。はい……!」
感極まって泣き崩れるシルフィード様。
俺たちは蚊帳の外で二人を冷静に――否、半ば冷ややかな目で眺めていた。そんな茶番はさておき、妖精王が羅針盤の恩恵に与っていること自体が問題なのだ。
エンペドと共闘関係という事なのだから。
「ティターニア、其方の恩情は理解した。しかし、それは破滅の道じゃ。妾の先の言葉も――」
同じ考えに至ったようで、レナンシーが再度警告を挟んだ。
「破滅? 王たる者、国の存続に尽力して当然であろう。羅針盤は唯一、死に逝く者の命運を救える魔道具。それを使い、アザレアに勝利することのどこが破滅だと云うのか」
「……」
それは真っ当な考えだ。
自国の損害や戦死者を極限まで減らし、戦争相手から完全勝利を得る。
どんな価値観の国でもそう考えるだろう。
でも、そうではない……。
俺たちが妖精王に伝えたいことは根底から違っていた。
『神の羅針盤』の用途はそうではない。
きっと皆、同じ違和感を覚えた。
リアが進言した。
「妖精王、貴方はリゾーマタ・ボルガを使って戦争をし続ける気はない、ということですか?」
そう。羅針盤が造られたきっかけは『終わらない戦争』の為。
エンペドは戦争を終わらせない。
故に『勝利』という結果を齎す筈がない。
「戦争を続けるだと? なぜ我がこんな多忙を極めるものをいつまでも続けなければならん」
ああ……。
すれ違っていた糸が繋がった。
妖精王ティターニア。
こいつもやはりエンペドに騙されていた。
同族への恩情を山車に使われたのだ。
…
ティターニアへ諸々の事情を伝えた。
レナンシーが語るだけでは反発も買う為、時折シルフィード様からの言葉も借りてエンペドの目論みを理解させようと努めた。
「……ふむ。道理で」
色々と聞き終えた後、妖精王はそう呟いた。
道理で。何か思い当る節があるのか。
「実は十か二十か前の年、アガスティアの葉を読み解いたときに悍ましい物を見た」
アガスティアの葉。
後でシルフィード様の解説を聞いたところによると、運命樹アガスティアの葉にはクレアティオ・エクシィーロの民の運命が一つ一つの葉に記されているのだと云う。
さらに大樹内部から見る幹の年輪は、まるで進化の系統樹のように、種族全体の未来、系譜が記されているのだとか。
妖精王はそれを読み、国を統治してきた。
神のお告げのようなものである。
「その系譜を辿る"線"が、忽然と切れていた」
「どういうことですか?」
「我らの運命は一本の線として記される。葉からは葉脈を読み、幹からは年輪を読む。その線が全て切れているという事は――」
「――『種の絶滅』ということかのう」
レナンシーが躊躇なく答えた。
「そういうことだ。千年から先の"線"が無い。我らが絶滅するという意味だ」
「ええ!?」
シルフィード様が声を挙げた。
ついでに妖精王は、それを目の当たりにしたこともあってエンペド発案の『神の羅針盤』を求めたことも付け加えた。
「だが、これは不自然なことだ。例えば個々の未来が徐々に潰えるならまだしも、千年の時が経った時点で一斉に消え去る……。種が絶滅するというより世界そのものが存在しなくなる、という意味に思えてな」
それはエンペドが仕組んだ予定調和。
千年後、エンペドの後釜と成り得るイザイア・オルドリッジが生まれ、奴が復活する。そして俺の体を乗っ取り、過去に戻った時点で千年後から先の未来は消える『予定』だったのだ。
しかし、予定は既に無くなった。
リアの存在がその証拠である。
この子が存在する限り、未来は必ず存在する。
それともまだ、消滅の可能性があるとでも?
時間魔法が誕生して矛盾が生じ、イレギュラー要素として運命樹に刻まれているのか。
分からない……。
でもなんとなく嫌な予感がする。
それはいつか海神リィールが漏らした不吉な言葉と重なった。
"つまり、君がこの時代に送られた以上は君と対になる何か、あるいは誰かは必ず存在している……それにだけは、気をつけて"
何か重要な見落としがある気がした。
今から立ち向かうエンペドより、さらに怖ろしい脅威が潜んでいる気がするのだ。
「ジェイク、と言ったか」
「は、はい……」
「貴様の存在は異様だ。覡暦の創始期から生きている我ですら信じられないほどにな」
未来人。時間魔法の力。
それは日頃から運命を読み解くティターニアにとって特に奇異に思えたかもしれない。
だからこそ懐疑的だった。
「我は氏族のことしか頭になかった。だが、もしアザレアとの戦争が不毛だと云うのなら、このような『出来レース』を続ける気はない」
「はぁ……聡明な判断だと思います」
「だから貴様に頼みがある」
「頼みですか?」
シルフィード様じゃなくて、敢えて俺に頼むとはどういうことか。
どうせ碌なことじゃない。
「時の支配者を名乗るなら、その力を示せ。
我が野に放った狂犬を説得して連れ戻すのだ」
説得――。
狂犬とは比喩で人語を介する荒くれ者なのか。
「それが出来れば貴様の力を認め、エンペドを差し出そうぞ」
「わかりました。その狂犬ってのは?」
「アガスティア随一の機械工『グノーメ』だ」
「え……」
「アレは酔狂者だ。一度放ってしまえば発明の性能を楽しんで殺戮を止めない。いずれグノーメの土魔法の力も必要となろう」
グノーメ様と戦えというのか。
……一応、確認の為に伺う。
「まさか巨大蠍の機械に乗ってる……?」
「知ってるなら話が早い。早く連れ戻せ」
やっぱりアレはグノーメ様だったのか。
既に一回負けてるんだよなぁ……。
一撃離脱の戦術をする、砂の中を駆け回る厄介な敵だ。
しかも倒すのではなくて説得とは。
暴れ馬の調教なんてしたことないぞ。
※次回更新は2017/2/12の日曜日です。




