Episode230 血戒の口づけ ※
※中盤、生々しい描写があります。苦手な方はご注意ください。
「血の盟約って……ここで!?」
リア先生の提案を聞いて先に反応を示したのはマウナだった。
凄然とする他人の家。
私たちも混乱していたが、一番事態を呑み込めないのはシルフィードさんだろう。唖然として戸口付近から私たちを見守るばかりだ。まるで家主が入れ替わったかのようで申し訳ない。
「それしかありません。準備してください!」
「ま、待ってよ。身を清める泉もないよっ」
マウナが後ずさりした。それは拒絶の顕れだ。
妹の言い分も分かる。
私たちが巫女の修行中に学んだ『血の盟約』とは、もっと高潔なものであり、足並み揃えて契約相手と儀礼を取り交わし、最後には……かなり濃厚に密着する必要がある肉体的な儀式魔法だ。
ヒトと交わす『血の盟約』の方法は、
まず、互いの身を川や森の水で清め合う。
次に両者の頸や手を傷つけ、血を取る。
そして互いのお腹に、それぞれの血で魔法陣を描き合い、あとは陣を密着させ……つまり、お腹を擦り合わせて……体液も交換する……。
こんなやり方だった。
後半はともかく、出端から難しい。
この枯れ果てた大地に身を清めるどころか、一掬いの水が確保できるかも怪しい。
それにシルフィードさんの家に文句を言うつもりはないけど、この家は砂埃も舞い込んでいて、お世辞にも清潔とは言い切れない。私たちが修行中に思い浮かべた『血の盟約』のシチュエーションとかけ離れていた。
でも火急の事態ではある。
ジェイクを蝕む禍々しい瘤は拡がっていく。
それに伴って彼も顔を歪め、今では呻き声すら上げられていない。
魂が追放されかけているんだ。
「水はレナンシーさんが用意してください!」
「なんじゃ。何が始まるのじゃ?」
「いいから! 突然すみませんが、シルフィードさんは桶と刃物を持ってきてください!」
「は、はいっ」
まるで救急の現場を見ているようだ。
リア先生が次から次へとその場にいる者へ指示を出す。
騒然とする中で私は葛藤していた。
マウナのように、この場での『血の盟約』を拒絶しているわけではない。ジェイクが助かる見込みがあるなら何だってしよう。
でも心配なのはジェイク自身の気持ちだ。
「お姉ちゃん……」
マウナが弱々しく私を呼んだ。
目が合う。妹にその度胸はなさそうだ。
――私がやるしかない。もしジェイクに嫌われても、本人を救えるのなら最初からどう思われるかなんて気にしてる場合じゃなかった。
「わかったわ。私がやるわよ」
「ありがとうございます」
「……と、というか、いいのよね?」
「何がですか?」
「その……儀礼の最後のこと……」
嫌われるか心配なのはそこだった。
この『血の盟約』には避けて通れない最後の過程がある。
――体液の交換。
普通に考えればとても恥ずかしいことだ。
交換するモノは何でもいいが、パートナーによっては肉体関係を結ぶ巫女さえいると云う。
隷属魔法は濃密な方法が成功率も高い。
そもそも魔法陣をあてがう為に腹部を密着させるのだから体勢的にも自然体。
つまり、その……交わり方の問題だ。
「そんなこと気にしている場合ですかっ」
私の恥じらいを切迫した態度で叱られた。
叱咤した人物こそ、契約相手の実の娘に当たる人なのだけど、それは免罪符にならない気がした。せめて未来に残されたという奥さんと話が出来れば、まだ罪悪感も薄かった。
「エトナの気持ちも分かりますが、人命救助みたいなものです。あと、お父さんは意識もなく性交は難しいので接吻式でお願いします」
「う、うん……。わかったわ」
臆面もなく、そんな言葉を並べられた。
まるで難しくなかったら濃密な方法を選んでいたと言わんばかりだ。
リア先生もかなり焦っているんだ。
私ももちろんジェイクが心配だけど、『血の盟約』が初めてな上に、そういう行為自体も初めてなので自分が思っている以上に、私は狼狽していて、頭が真っ白になっていて、ためらわずにはいられない状態だったのだ。
だって実質的なファーストキスなのだし……。
「接吻じゃと!? 妾の専売特許よな。何か愛撫めいたものが必要とあらば、妾も混ぜ――」
「レナンシーさんは黙っていてください!」
「お、応さ……」
レナンシーが空気を読まずに口出しする。それをリア先生に凄い剣幕で諌められて萎縮していた。確かに今はふざけている場合じゃない。
「桶と刃物を持ってきました」
シルフィードさんがジェイクの体の横に道具を置いた。
こちらの心情はお構いなしに準備が整う。
レナンシーも大きな桶にばしゃりと水を盛大に落として一瞬にして水が蓄えられた。
こんな水でお清めは大丈夫だろうか。
自然の湧き水でないと神聖な儀礼に相応しくない、とか教本に書かれていた字面が妙に記憶に残っていた。でもレナンシーは神様の子だから、そんな霊験あらたかな人物が用意した水なら地上のどんな水より神聖と云えば神聖か。――なんて、一瞬の間に泡沫のように閃きが浮かんでは消えてゆく。
まずい……。
私もかなり動揺している。
「では服を脱いで!」
「ぬ、脱ぐの!?」
「お腹に血の陣を描くんですから。早く!」
「わ、わかったわよ……!」
上半身の旅装を脱ぐ。
中の下着の帯も取り払って胸を曝け出した。
実の妹も、契約相手の娘さんも、神様の娘も、初めて会った異種族の人も見守る中で何故ストリップみたいな真似させられなきゃならないのよ……!
羞恥心に耐えられるか心配だ。
「応々……」
「あらまぁ……」
異人の二人は私の胸を見て感心してるし。
恥ずかしい……。
恥ずかしいけど、ジェイクを救うためなんだ。
これは仕方のないことだ。
でもさすがに胸元は片腕で隠した。
「お姉ちゃん頑張って!」
マウナの応援もありがたいけど、凝視されていると双子の間柄とはいえ羞恥心がさらに増す。お願いだから余所を向いていて欲しい。でも、そう注意すること自体が痴態を見せつけるようで言葉に出せなかった……。
リア先生に指示されるがままに、桶の水で布を浸して絞り、ジェイクの体を拭いてあげた。何度か拭って私の体の方も拭う。
これでお清めが十分かどうかも心配だ。
彼の肉体は棘が突き出していて、それも蠢いているからちゃんと綺麗にできたか自信がない。
「切りますよ?」
リア先生が私の手首を取ってナイフを携えた。
自傷するようで少し怖い。
「痛っ……!」
ぱくりと裂けた手首からじわりと血が筋のように浮かび上がる。すぐにもう片方の手で掬い、指先で伸ばしてジェイクのお腹で魔法陣を描いた。
『血の盟約』における魔法陣に指定はない。
基本骨子は教本にも提示されているけれど、これは契約の『朱印』のようなものなので、どのような陣形であっても隷属魔法に影響しない。
二人のお腹に描かれた陣が同一であれば――。
リア先生は、私が自身の血でジェイクのお腹に描いた魔法陣を準え、同じ模様を私のお腹に描いた。彼の血はまるで沸騰したお湯のように熱く、じわりと中に染み込むように感じた。
描いた魔法陣の円環に文字を配列していく。
『世界』を象る古代文字。
『剣』を象る古代文字。
『目』を象る古代文字。
陣が紡がれていく。
"――かつて世界を救いし者、孤高の大地で何を愁う――"
"――幾度の戦火に抱かれよう、無数の剣戟に晒されよう――"
"――彼の者の揺るぎなき眼差しは屍の山にてその意を貫く――"
頭には『詠唱』が浮かんだ。
私がジェイクを見たときからずっと詠い続けてきた或る詠唱。魔法陣も詠唱も、内容は何だっていい。でもジェイクの生き方を見ていると、いつもそんな心象風景が浮かんでくる。
それが刻印に適している気がした。
「では、誓いの詠唱と口づけを……」
リア先生が重々しく促す。
準備は整った。
あとは体を重ね合わせて陣と陣を密着させ、そして体液交換をする。
婚姻の儀における神父の言葉のようだ。
病めるときも健やかなるときも、両者が手を取り合って生きる血戒の魔法。
ジェイクの体に跨る。
下腹部に乗っかると、お互い半裸状態というのもあって恥ずかしさが数倍跳ね上がった。
しかも様子を他者に見られている。
本心では、嬉しい。
これほど『血の盟約』を結ぶのに待ち望んだ相手はいないと言えるほど想い慕う存在だ。あと初めてのキスを捧げる人もジェイクで良かった。
ただ、背徳的だ……。
本人は意識がない上に彼はパートナーがいる。
なんだか私が悪い女みたい……。
「汝はその身を捧げ、我が命運を与りし者」
でも方法がこれしかないなら、嫌われる覚悟でジェイクを救ってあげる。
それが私の覚悟でもある。
「汝の命運もまた、我が身に捧げよ――」
お互いのお腹の血戒が赤く光り始めた。
隷属魔法が発動し、儀式が成立していることを意味していた。
覆い被さり、体を密着させる。
硬い身体だった。さっきまで蠢いていた胴体も、少し鎮静化している。隷属魔法の効力だろうか。
胸を押し当て、その乾いた表面に私の女としての部分が触れた――。
思っていたほど抵抗感がない。
私の剥き出しの肌は、その戦士の皮膚をすんなり受け入れている。
……そういえば、ジェイクにはこれまでもずっと体を抱きかかえてもらったり、負ぶってもらったりしたことがある。肌と肌で触れ合うのは初めてだが、感触は以前から感じていたのだ。
その意味では特別なことじゃなかった。
お腹が熱い。
見ると、お互いの陣が強く輝いていた。
擦り合せた魔法陣が『朱印』として機能した。
「成功してるようですね。さぁ、キスを」
「目覚めのキスですか。ロマンチックですね~」
「歯痒いのう。妾も混ざりたいものよ」
「すごい……これが血の盟約……」
観衆が思い思いに感想を述べていた。
慎重な場面なのだから放っておいて欲しい。
「……」
彼の頬に手を当てて口づけに挑む。
しかし、なにぶん勇気がいる。
今のジェイクは穏やかに眠っていた。あれだけ魘されていたのに、元に戻って端整な顔立ちが私の視界を覆っている。
近くで見るとジェイクは美丈夫だ。
そんな相手の寝込みを襲って唇を奪うなんて魔性の女も良いところだ。
でもこれは人命救助。
落ち着け、私!
勇気を振り絞って唇を軽く重ねた。
――ちゅっと小さく、一瞬だけ。
今の私にはこれが限界だ!
人前なのだから!
「エトナ、早くキスをしてください」
「い、今やったじゃないっ!」
「それでは全然駄目です」
「……しょ、しょうがないでしょ! キスのやり方なんて知らないわよっ」
「ですが、あくまで体液交換をしないと」
もっと舌を絡ませてキスしろという事か。
私はこれでも淑女らしく生きてきた一貴族の娘なのだけど……いえ、既に人前で上半身裸な時点でその誇りもズタズタに引き裂かれてしまったが。
「ええい、煩わしい。妾が手本を見せようぞ」
「レナンシーさんは引っ込んでて!」
嬉々として前に飛び出したレナンシーを片手で制すリア先生。少し殺気立っていた。さすがのレナンシーもしゅんとなって大人しくなった。
その鬼気迫る雰囲気に、これは人命救助であることを思い出した。
そうだ。浪漫を求めるものではない。
ジェイクを助けるために必要なのだ。
――そう言い聞かせて理性と誇りを保つ。
「わ、わかったわ。頑張る」
もう一度、挑戦しよう。
ジェイクの頬に手を当てて少し手繰り寄せる。
早くしないと魔法陣の『朱印』の反応も解除されてしまいそうな気がして私自身焦り始めた。
唇を重ね、そのまま強く押しつける。
ここからは未知の体験だ……。
舌先を出して彼の唇を舐める。
ジェイクは薄い唇をしている……。
私の唇は彼にとってどうなのだろうか? 無為な疑問が浮かんだ。今のジェイクは意識がないのだ。そんなこと心配する必要はないけれど、相手にとっての自分がどう映っているか考えてしまうのが乙女の本能である。
その唇を広げるように舌を這わせた。
徐々に彼の中の体液を感じ取る。
少し冷たいとさえ思えた。――多分、それだけ私の方が火照っているのかもしれない。彼の歯や舌を感じる頃には私も次第に抵抗がなくなってきた。
唇を塞ぎ、中では互いの舌を絡ませている。
……なんだか頭がぼーっとしてきた。
舌が溶けそうになる。
こっちは呼吸も荒くなっているというのに、ジェイクは反応もないから虚しい。
でもすっかり興奮している自分がいる。
今、彼の口に蓋をして息を注ぎ込み、体液を交わらせている。その事実が理性をどんどん奪っていく。まるで今までもそうしたことがあるように、私はその行為に没頭していた。
「……はぁ……」
気づけば、お腹の熱は引いている。
体を離して下腹部を見やる。
私のお腹には血戒の印が赤く刻まれていた。
ジェイクのお腹にも同じ模様が浮かんでいる。
これが『血の盟約』の証。
「せ、成功ですね……」
「なんで遠ざかっているのよ」
「いえ、その……失礼しました」
リア先生は赤面していた。
そんな反応されると私も恥ずかしくなる。
マウナに至ってはこっちを向いてもおらず、遠くで壁を見ながら両手を頬に添えていた。
ジェイクは穏やかな顔して寝ている。
これで魂が追放されることなく、繋ぎ留めることが出来た――ということでいいのだろうか。
その鎖の役目を果たしてるのは私だ。
隷従関係を結んだのだ。私とジェイクが。
どうにも実感が湧かない。
○
再び水桶を借りて体を拭き、服を着た。
うう……。罪悪感しかない。
寝込みを襲って唇を奪ったのだ。
この私が、ジェイクの唇を。
嗚呼、ごめんなさい……。
彼は二階の一室のベッドで寝かされてるけど、しばらく顔も見れそうにない。
外からは風の音。
次いで小石が外壁を叩く音が響いていた。
木組みの灯りが小刻みに振動している。
家を借りられて良かった。
――でなければ私たちは嵐に晒されていた。
テーブルを囲んで五人で女子会……とはならないけど情報収集の為のお喋りを交えた。
「シルフィードよ、クレアティオは何故アザレアと戦争しておるのじゃ?」
「それは今に始まったことではありません。昔から続くリバーダ史を貴方も知っているでしょう?」
「妾が記憶しておるのは突然、其方らが平和条約を結んだという事だけじゃ」
「……?」
シルフィードさんは目を見開いた。
信じられない言葉を聞いたとばかりに。
「平和条約?」
「うむ。平和条約はどうしたのじゃ」
「そんな条約……痛っ……」
何か思い出そうとして阻まれた。
そんな様子で蓬色の髪がかかる額を抑えている。
頭を振り、目を瞬かせた。
「私も最近、変なこと続きですよ」
「変なこと? 一体どんな?」
「……昔、志願兵としてクレアティオ軍で訓練を受けていた記憶があります」
シルフィードさんは壁に掛けられた大きな弓を眺めた。怪訝そうだ。その弓が壁にかかっていることが不自然だと言わんばかりだ。
「弓は唯一、私が誇る分野ですからね」
リア先生が小声で「存じてます」と囁いた。
シルフィードさんは有名人なのかしら。
「その私が、特に腕が落ちたわけでもないのに前線から退いている……。この現状を違和感に思うこともなく、私はこれまでひっそりと此処で暮らしていたようなのですね。変でしょう?」
自嘲するように言葉を締めた。
シルフィードさんは戦う意志も能力も経歴もあった筈なのに、何故か正規の兵として今の戦いに参戦していないと云う。
「それはきっと――」
「どうやら策士に化かされておるようじゃぞ、シルフィードよ。庇を貸して母屋を取られる、とはこの事よのう」
リア先生が何か言おうと身を乗り出していたが、知り合い二人の会話に割って入ることは難しかったらしく、後に続くレナンシーの言葉にかき消され、眉を顰めた。
先生らしさを発揮できないのが不満な様子で、思うように話せずにムっとする仕草はジェイクに似てるな、と傍から先生を見てて笑えた。
「どういうこと?」
「獅子身中の虫じゃ。貴国の真の敵は内部に坐する男よ」
「それって……まさか……」
シルフィードさんは思い当る節があるようだ。
はっとなり、口元に手を当てた。
「クク、違和感の正体もそいつの奇術よな」
「そんな……エンペドさんが?」
「そうとも。小童の過ぎたる悪ふざけじゃな」
エンペド。
その名前は耳にしたことがある。
確か、ジェイクから未来の話を聞かされたとき、時折『元凶』や『悪の魔法使い』という代名詞で濁されて語られていた。だけどジェイクがうっかり名前を漏らしているときもあった。
それが確かエンペドという名だ。
その人が私たち……ジェイクの宿敵なんだ。
夜も更けた頃合いで女五人は解散した。
部屋を借り、マウナと同室で眠ることにする。
レナンシーはシルフィードさんに或る書き物をさせて、それを手に立ち去った。
どういう意図があるか不明だ。
でも、レナンシーは大陸横断のときもそうだが、砂漠地帯で合流してからも頼もしいばかりだ。ある程度、その名案に任せてしまった方が事もうまく運ぶ気がした。
――しかし、私も何か役に立ちたい。
国を追われてジェイクのお荷物のようになってしまっているのが悔しくて堪らない。ロワ三国では讃えられた巫女の力も、こっちの国ではほぼ役に立てていない状況。
私にしか出来ないことって何かしら。
◆
その夜、夢を見た。
広い敷地。
高々と並ぶ"観客席"がぐるりと包囲する。
そこに埋め尽くされた黒い観客の数々。
――死ね。失せろ、凶賊!
――戦犯が!
――よくも虚仮にしてくれたな!
――お前なんかいなければ良かった!
――さっさと消えろ!
――死ね! 死ね! 死ね!
ただ、ひたすら罵声が浴びせられる。
それは不条理な呪詛の言葉だった。
<私>自身、そんなつもりはなかったのに持ち前の運の悪さと不器用さで、たくさんの人の心を踏み躙ってしまった。
そう感じさせられた……。
裏切り。悪性の押しつけ。異端排斥。
人を誰よりも愛し、救おうとしただけの<私>は、知らぬ間に人の思いを無下にしていた。
未熟な思想で他者の矜持を蹂躙していた。
"違う、これは人の欲望の最たるモノ"
心の中の私は<私>を俯瞰した。
理不尽に悪役を押し付けられたに過ぎない。
『ああ……これが……』
嘆きの声が漏れる。
そこから半歩下がると<私>と私は分離して、<私>の背中を見守ることができた。<私>はこんな理不尽を押し付けられても、しっかり前を向いて罵詈雑言を受け入れている。
今、どんな顔をしているんだろう。
たくさんの人間を助けたつもりが、それ以上の人間に裏切られた。その不条理を受け入れても平然と立っていられるなんて常軌を逸している。
彼はこんな経験をしてきたんだ……。
人に怯えて当然だ。
正常な人間にこんな呪いは抱え切れない。
だというのに、初めて出遭った彼は、ただ怯えていただけだ。
こんな狂気を経験しても信念を貫けるんだ。
……なんだかそれは、とても悲しい。
私には<私>が悲しく映った。
※次回更新は2017/1/21~22の土日です。




