Episode227 イリカイ川の戦いⅣ
よく見渡せば、リアの言った通りだ。
小高い丘から見渡すイリカイ川の両陣営の配置、隊列の進行方向、タイミングまでもが昨日と一緒だった。
降り注ぐ丸い岩石。
川底へ身を散らす重装歩兵の絶叫。
その光景は切り取られたマナグラフの焼き増しのように、脳裡で既視感を呼び起こす。音声も、まるで精巧なMana-Gramophoneの繰り返し再生を聞かされたようである。
遠目に見れば……。
兵士たちもまるで役割を熟すだけの自動人形に見えてしまう。でも、そんな慣れは許されない。あそこで甲冑を纏って突撃を続ける古典的な兵士もまた、それぞれの人生があり、それぞれの葛藤があり……生きるために戦っている。
その想いを踏みにじる元凶を見過ごせない。
奴はあの橋の向こうにいる。
「命の尊さと、その奪い方を識ることは表裏一体だと、影真流の師は言っていました。私はその意味を、我が身を以ても理解できませんでしたが――」
同じ方角を眺めながらリアは突然、呟いた。
影真流の師。名を聞かずとも誰か分かる。
「これは……惨すぎます」
小高い丘から憎々しげに橋を睨んだ。
きっとリアが見ているものも、その先に見据えるものも俺と同じ。
彼女は俺よりも冷静に、そして頭を使ってこの三日間の戦況を眺め続けた。故に、この繰り返される狂気は語るまでもなく、非道に満ち満ちていたと感じているだろう。
何度も死んでゆく兵士たち。
――神よ、と祈る声すら聞こえてくる。
皮肉にも、その神が仕組んだ絶望だ。
「その感情をぶつけてやれ」
「はい――行きましょう、ジェイクさん」
作戦開始だ。
◇
少女は静かに暮らしたいだけだった。
その平穏を脅かすアザレア王国こそが唯一の仇敵と信じ、戦争に身を投げ出した。
静けさ――自然を肌で感じ、ひっそりと生きてきた故か、と少女は冷淡な視線を左手に嵌めた弓篭手へ移し、己が運命を振り返る。
自嘲し、矢筒から鏃を一本引き抜いた。
矢を番えて遥か遠方の橋を睨む。
その冷たい視線はまるで鷹のよう……。
千里眼とも称えられる彼女の視界には『侵略者』が映し出されていた。
――真の侵略者が内部にいるとも知らずに。
放った魔弾は『空圧制御』がもたらした軌道自在の蛇。風は矢を加速させ、軌道を曲げ、思い思いに空を翔ける、生きた狩人と化かす自然の驚異だ。
よもや、平穏を求めた力が、斯くも殺戮に使役される力になろうとは……。
少女は皮肉交じりに次弾を番える。
アザレア重装歩兵の翻弄して串刺しにする。
そんな運命を悲観するうちに感情が死んだ。
彼女は事も無げに、次の仕事だとばかりに矢を番えて、その先を見やった。
その皮肉を斬り落とした戦士がいた。
高台から望む、橋の袂。
赤い魔剣を握る黒衣の戦士。
「……」
見たことがある。
少女はその黒衣の戦士を見たことがある。
遥か遠いようで、つい昨日のことのように鮮明に覚えていた。
弓弦を引くその手に、ふと力が込もる。
――あれは『侵略者』だ。
その既視感は少女を鼓舞させた。
何故、そう思うのか。
何故、アレだけは橋を渡らせてはならないと全身が疼くのか……。
それは彼の瞳に隠されている。
信念を宿した目――他の兵士と比べものにならない、真っ直ぐな瞳。
およそ街一つは跨ぐだろう距離で視線が交わる。
「侵略者……」
戦士は信念を賭けて橋を渡ろうとする。
ならば、全霊を賭けて妨げるが弓兵の役割。
次弾を番える。
ふわりと風が彼女の髪を揺らした。
◇
打ち上がる岩石の長距離弾頭を、地上から破壊すべく魔力をぶつけた。
俺は魔力剣を宙に並べて射出する。
リアは魔力の弓矢を直接、撃ち放つ。
街の民家さえもちらほらと残る、遥か遠くの物陰から、そうやって戦場に牽制を加えた。
五、六発は打ち上がったと思われるドワーフの岩石砲弾は意図も容易く空中で砕かれ、粉塵がアザレア兵陣営のテントに降り注いだ。
――それでも尚、隊列の役割は変わらない。
中衛のドワーフ魔法部隊は相変わらず岩石の砲弾を造り上げ、砂塵を操って大地を窪ませ、バネ台のようにして打ち上げていた。
『防護壁』はまだ作られない。
「駄目か……。高台のエルフ部隊が橋の戦況を見ながら地上のドワーフ隊に指示を出してる。投石をいくら撃ち落とされようが、防ぐべき攻撃が来ない限り、あの布陣は変わらない」
プランAは没だ。
敢えて防護壁を張られた状態にした方がこっちの魔力も温存できると踏み、影から岩石を撃ち落としたが無駄だったようだ。
ならば、プランBに移行する。
「橋に向かいますか?」
「ああ。レナンシーも準備できただろう」
初日と同様に橋へ闖入して戦場を荒らす。
ある種の挑発である。
――最大の脅威である『鎌鼬』。
これを魔力剣で斬り落とし、射手を見る。
交わる筈のない視線が交差した……。
あちらも俺を見ていた。
当然だ。標的を目視できずに何が弓兵か。
絶対に渡ってみせる。その自信は確かにあった。しかし、敵国の主砲もそれを赦すまいと冷たい視線で俺を射止めている。
その瞳に決意のようなものを感じる。
「魔剣、解除します――!」
「任せろっ」
リアが近接戦闘から狙撃の構えへ。
魔力剣を手放して赤黒い弓矢を生成した。
尖った邪悪な形状。その禍々しさは邪神から受け継ぎ、親子で引き継いだ魔力の結晶。奇しくも此処で、神の陰謀を打ち砕く為に使われるとは、当の本人も予想していなかっただろう。
橋半ばで解放される、赤みを帯びた紫電。
リアの周囲から弾ける魔力の呻り。
それは『魔砲銃』装填準備に取り掛かったことを意味していた。
飛び散る魔力が交戦中の両者の兵を退けた。
舞台は整った――。
始めからこれは弓兵同士の一騎打ちだ。
あとは戦略が勝負を分かつ魔弾の競り合い。
狙いは元よりエルフ部隊だ。
名指しすると『シルフィードの無力化』。
そのためには、ドワーフ魔法部隊が張る数枚の防護壁を『魔砲銃』で破壊し、そして次弾の『魔砲銃』でシルフィードを射貫く必要がある。
つまり、最低二回の装填時間を稼ぐ必要がある。
その主砲を守り抜くのが俺の役目だ。
敵の主砲もそれに気づいた。
互いに砲口を向け合う必殺の弓。
敵側が主砲を防護するものは、ドワーフによる土魔法である。
地鳴り……。
砂場から一枚一枚出現する、聳え立つ壁。
城壁を思わせる幾重も張られたぶ厚い石壁だ。
俺とリアという外敵を視認して初めてその護りは築かれた。
壁の一つには人一人分の風穴が開いている。
櫓を思わせる射手の覗き窓。
その奥の高台に、凛と立つ女性の姿が晒し出されていた。ぎりぎりと弓弦を引くに伴い、風が吹き荒れている。それが彼女の蓬色の髪を舞い上げる。
「魔弾の充填時間は?」
「三十……いえ、四十秒ください!」
一度の充填に四十秒……。
リアの判断は聡明だ。元の三十秒という見積もりをこの場で言い変えたのは、一昨日との壁の厚さの違いに気づいたからだろう。
こちらの覚悟も違う……。
それをクレアティオ側は覚えてなどいないだろうが、あの鷹の目は俺を見ている。
覚悟を受けて一際厚い防護壁を築いた。
故に、破壊にはこちらも特注の『魔砲銃』をお見舞いする必要がある。
――翔け抜ける一陣の風。
背後のリアに因るものではない。
その狩人は俺たちの装填を妨害せんと既に迫っていた。
敵の主砲が放つ『鎌鼬』だ。
砂塵を舞い上げ、低空を翔けて真っ直ぐ、壮絶な勢いで橋に迫る。
空気を切り裂く音が接近している。
「くるぞ……、準備はいいか!?」
「はい――」
ぎりぎりまで引きつける。
ここからが時間の勝負だ……。
リアが魔弾を装填し始めてから既に十秒。
『鎌鼬』は瞬速で、俺の眼前まで届き、
「固まれ!」
ぴたりと動きを停止した。
赤黒い魔力に覆われる橋全域。
俺が操る時間魔法が、世界の時間と隔離して、この時から空間一つを静止させる。
ただ一人を除いて――。
「自家静止……開始」
リアは魔弾を装填しながら俺の時間魔法を"防御"した。時間魔法は、静止領域を奪い合う椅子取りゲームのような魔術である。
静止させた橋全域のうち、リアの体の輪郭だけは彼女自身が切り取って体感時間を保持している。
「弾幕、来ます……!」
十五秒経過。リアが叫ぶ。
主砲が『鎌鼬』を装填中、それを支援する援護射撃が飛来する。
頭上から降り注ぐ矢の雨。
それは橋へ降り注ぐと同時に赤黒い支配領域に囚われ、その動きを止めていた。
俺たちを穿たんと矛先を向ける大量の鏃。
針山地獄のように、それは時間が経つに連れて累積していく。
――敵が張る防護の土壁。
――俺たちが張る時間の隔壁。
どちらが堅固な護りを築いたか、それがこの勝負の鍵となる。
◇
およそ在り得ない光景を見た。
陰鬱な赤色をした大気が橋を覆っている。
少女が目にしたものは針山だった。
裁縫で針を指し留める綿布を連想させる。
エルフ弓兵が放った弾幕も、自らが放った魔弾でさえも、その赤い大気は差し止める。
――何故だ。何故だ何故だ何故だ。
侵略者はあちらだというのに、まるでその護りは完璧だった。
矢筒から鏃を引き抜く。
番え、風の力を纏わせる……。
彼女にとってその工程は、これまでのような作業ではなくなっていた。
侵略者を排除する為の意志を持った射撃。
――構え、風の力を集め、放つ。
威力は弾数を重ねる毎に底上げしている。
焦るようでいて、しかし前弾を上回る魔力を編み込み、そして必殺を放っている。その証拠に、敵に差し迫る速度も違えば、舞い上げる砂塵も徐々にその嵩を増していた。
しかし、何射放とうが、一矢も届かない。
赤黒い大気が世界を隔絶している。
鏃の先端が刺さった部分から止まり、矢羽根から風が猛々しく、悲鳴をあげるように軋み、暴れている。
「……っ」
あれは本当に悲鳴かもしれない。
静けさを愛し、自然とともに暮らし、そして知らぬ間に身に着けていた風を操る力『空圧制御』。それをこんな荒々しい戦場で使役し、猛威を奮い、気づけばヒトの絶叫ばかりを吸い上げている。
――撃てます……!
――合図を待て! もう少し……!
橋の男女はそんな会話をしていた。
少女は橋の上で抗い続ける二人の口元を見て、そう読み取った。
敵が構える赤の魔弾から凄まじい渦が生じている。魔力の渦。おそらくアレを撃たれれば、こちらの護りは破壊されるだろう。
だが、それがどうしたと言うのか……。
ドワーフ隊の魔法使いは千を超える。
数枚の防護壁を粉々に壊したところで、また壁を増設すれば済む話。いずれこの競り合いは、両軍の魔力総量を比べる意地の張り合いに落ち込む事だろう。相手はたかが二人程度が披露する魔力。
千の魔力貯蔵に敵うものか。
そう考え、気を抜いて構えを解いた。
「え……」
視線を落とし、そして右を向いた時にはまた別の脅威が目に飛び込んだ。
高々と飛沫を上げる青の魔法。
砂塵すら舞い上がる乾いた大地に似つかわしくない青が、クレアティオの陣営に迫っていた。
◇
対岸の左手で打ち上がった水魔法。
それはレナンシーからの合図。敵の軍勢を葬る準備が整ったことを意味する水しぶきである。
「今だ!」
「……魔砲銃!」
リアの指先から矢筈が離れた。
加速度的に速度が上げる『魔砲銃』が静止空間を突き抜け、射出された。
こちらに牙を向けていた無数の鏃を飲み込み、一点を貫くように、凝集された神の魔力が翔けていく。
軋むような轟音を立て、赤黒い魔力が大地を抉り、魔性の矢は一心に突き進む。
必殺の矢が遠ざかる光景を見守った。
――この時点で四十八秒。
レナンシーの合図を待ったことでさらに長くなった。あと時間魔法に消耗できる魔力は三十秒程度分と考えておいた方が良さそうだ。
時間魔法を解除して小休止。
「リア、次弾だ!」
「はい!」
リアは休む間もなく、次の矢を番える。
俺は魔力を温存して敵の砲撃が迫るまで待機。
――爆裂音が轟いた。
ちょうど第一射の魔弾が壁を破壊した。
幾重にも張られた板のうち、三枚半ほどが倒壊してその先が露わになる。
高台に立つ女性。敵の主砲、シルフィード。
そしてそのさらに後ろにはエルフの弓兵の群れが困惑している様子が見て取れた。
彼らが矢の弾幕を放つ隊のようだ。
エルフ達は困惑しながらも、すぐ気を取り直して矢を装填し始めた。彼らには高々と聳える護りがある。壊れても壊れても、また造られる土魔法の恩恵がある。
そう安堵して用意する凡庸な弓矢。
ドワーフの魔法隊が防衛を築き上げる。
自らの役割は敵陣に向け、より多くの矢の弾幕を張る事だと気持ちを切り替え、熱心に役割を熟そうとしていた。
だが……壁を築き上げる者は既にいない。
エルフ弓部隊の前を横切る濁流
悲鳴が少し、橋まで届いた。
砂塵の大地では在り得ない『タイダルウェイブ』が彼らを襲っている。
――レナンシーによる神級の水魔法。
海神の娘だからこそ引き起こせる大規模な水害を、申し分なく、完璧と云えるタイミングで枯れた大地に流し込んだ。
ドワーフの魔法部隊は突然やってきた水に成す術なく、足を取られ、水に呑まれ、とてもじゃないが土魔法を用意する余裕がない。
エルフ達も巻き込まれないよう、逃げ惑った。
クレアティオ軍は前衛のドワーフ尖兵以外の隊列は総崩れ。アザレアはもう遠距離からの脅威に怯える必要はない。
「ここまで成功すれば勝ちですね」
リアは『魔砲銃』を用意しながら呟いた。
「いや……」
しかしまだ一人、闘志を示す者がいた。
高台で凛と背筋を伸ばすエルフ。
護りもなく、隊列も乱れ、戦場を制したのはアザレア――否、俺たち二人とレナンシーという異端中の異端だったが、勝者が異分子である故か、彼女もまだ意地を見せている。
闖入者により、もはや戦争ではなくなった。
始めからこれは弓兵同士の一騎打ちだ。
「リア」
「わかってます」
その眼差しは真っ直ぐ敵の弓兵を捉える。
「時間稼ぎは三十秒くらいしか出来ないぞ」
「不要です」
「……そうか。なら、任せた」
後ろに下がり、その背を見守ることにした。
のそりのそりと後退して戦線離脱。
俺の方は、もはや緊張の糸が解れている。
その小さな背が大きく見えた。
リアは、おそらく人生で初めて意味のないことをしようとしている。
――『俺が俺らしく生きる為に必要だ』と言った言葉が頭に残ってます。
――私も今、意味を探している最中ですから。
信条を賭けるとはそういうことだ。
リアだけは敵の弓兵の一騎打ちに応じた。
それに意味などない。雌雄は決した。
だが、まだ抗い続ける一騎がいて、それに正々堂々と対する事がリアにとっての答え探しになる。
以前までなら無駄だと吐き捨てたことだ。
既に赤の魔弾は装填済み。
対するは歴史上、最も名の知れた魔弾の射手。
必殺必中の魔弓エアリアル・ボルガの生みの親、風の賢者シルフィード。
奇しくもそれは母親の育て親だ。
リアにとって、これは挑戦でもあった。
かの弓兵も矢を番えていた。
風が吹き荒れ、ぶわりと舞う一房の蓬色の髪。空圧制御により、気流を纏う鏃の様子が遠目からにも見て取れた。
破壊の一矢を橋に放たんと猛禽の目がこちらを睨んでいる。
赤の魔弾は橋の上で呻りを上げる。
赤みを帯びた紫電が稲光り、ばちばちと強烈な音を立てて魔力の渦を纏わせている。
まるで鏃の矛先に開門した冥界の穴のよう。
リアはまだ魔力を溜めている……。
――造作もなく、既に『鎌鼬』は放たれていた。
必殺の一撃であれば、どちらが軌道を定め、どちらが先に矢を放ったかが勝敗を決する。しかし、それは二射目までの時間や余力がない者の一撃だ。
軋みを上げて砂塵の大地を翔ける『鎌鼬』。
その背後には、既にシルフィードが二射目を構えて力を溜めていた。
装填時間が雲泥の差だった……。
リアの放つ『魔砲銃』は主砲の名に相応しく、一撃までの装填時間が長い。
一方で、シルフィードの『鎌鼬』は元より連射用。威力も最凶クラスだが、その特長は早撃ちにある。
『鎌鼬』の二撃目が放たれた。
射程半分ほど遅れて翔け出す風の刃。
リアはまだ魔力を溜めていた。
これはどちらが先に敵を射貫くかの戦い。
客観的な判断や生死によらず、先に射貫いたかどうかが二人の勝敗を決める。
鎌鼬が翔ける――。
二人を分かつ射程の半ばまで一撃目が迫った。
そこでようやく放たれる『魔砲銃』。
リアは敵の二射を見極め、魔弾を放った。
既に射程の差は倍以上開いている。
一撃目の鎌鼬は橋の袂まで迫っていた。接近まで僅か二、三秒といったところだ。この時間差を埋めるには時間魔法を頼る方が理に適う。
しかし、リアはそんな素振りを見せない。
……当然だ。これは技の見せ合い。
相手を別の力で無効化する行為は道理に反する。
弓の勝負において敗北を認めることになる。
一射目の鎌鼬の軌道が逸れ出した。
その破壊の弓矢は軌道自在だ。対する『魔砲銃』の射線から外れ、周り込んで射貫かんと方向を変え始めた。
……しかし既に遅い。
否、一射目は放つタイミングが早すぎた。
特大の弩砲と化した『魔砲銃』は間近まで迫った鎌鼬を呑み込んで宙を貫いた。
一射目が無効化され、対する二射目の狩人は射程半ばまで迫っている。
その射線上を翔ける『魔砲銃』。
低空を翔ける二射の速度は同等だ。
弩砲は二射目までも呑み込もうと開口し、砂塵を高々と舞い上げた。
轟音が、この場を見守る全兵の耳を劈く。
だが、その射線を躱してこそ『鎌鼬』。
風の魔法を纏う疾風の矢は上下左右へと軌道を不規則に変え、螺旋を描き――
――……!
二射目の『鎌鼬』と『魔砲銃』が交差した。
空気が軋む。
一直線に突き進む赤黒い尾を、疾風の『鎌鼬』は縫うように翔け抜いた。身を翻し、一心不乱に獲物へ襲い掛かる様はまるで宙を舞う蛇のよう。
すべてを呑み込む"冥界の穴"さえ躱せれば、先に放たれた『鎌鼬』が一足先に標的へ到達できる。
――はずだった。
リアの狙いはそこにある。
軌道を乱されたことで交差する際、僅かに鎌鼬は減速した。故に一直線にしか進まない、最短ルートを選んだリアの『魔砲銃』が相手までの飛距離に一歩リードする。
まだ……っ!
そんな悲鳴が聞こえた気がした。
視線の先。遥か遠方の高台で、凛と背筋を伸ばして立つ女性は目を見開き、その交差の瞬間を括目している。
――そう、射程距離の遅れを凌駕してこそ風の賢者。
『空圧制御』の力は遠く離れた『鎌鼬』にも作用して、より速度を高めた。
甲高い音が鳴り響く。
鏑矢のような音を立てて、二射目の『鎌鼬』が急加速した。
「……!」
リアの背がびくりと反応した。
それは秒ともつかぬ速度の一撃だった。
俺たち半魔造体の動体視力を以てしても追うのがやっとだ。その僅かの間にリアが『鎌鼬』を防御する術はない。
剣を抜こうものなら弓兵として敗北を意味する。
――『鎌鼬』が橋まで辿り着く。
乱気流を纏う一矢は砂塵を呑み込んで、大きな砂嵐となっていた。
耳に届いたのは、遠雷。
高台の上の女性を穿った魔弾の呻りだ。
ほぼ同時に到達したと云える両者の鏃は、何故か『魔砲銃』の被弾した音しか耳に届かず、『鎌鼬』は姿を消した。
砂埃だけが橋一帯を覆って視界を遮っている。
シルフィードもその光景を直視した。
魔砲銃に肉を穿たれ、粉々に弾けた右半身に構うことなく、驚嘆しながら瞼を震わせていた。
口から血を吐き、高台からぐらりと落ちる。
敗北。――その言葉を瞳に浮かべながら、蓬色の髪が尾を引いて砂塵の大地に身を散らした。




