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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第3場 ―アザレア大戦―
279/322

Episode226 イリカイ川の戦いⅢ


 また、西日が迫る……。

 時間の経過は斯くも早く、まだ一歩もリゾーマタ・ボルガに近づくことさえできない無能を呪うように、赤い夕陽は大きく眼を開けてこちらを見つめていた。

 そんな光景に眩暈がする。



 反省会を終えて立ち上がり、赤い眼に背を向けて屋内へと足を運ぶ。

 ――と云っても作戦を実行したのは俺一人。

 一人反省会だった。

 物干しスペースに使われていた場所だろうか、民家の屋上で西日を眺めて打ちひしがれ、自己嫌悪に陥るにはまだ早いと半ば強迫観念に突き動かされて立ち上がった。

 階下に降りて早速聴こえたのは艶めかしい声。


「平和条約はどうしたのじゃ?」


 住人が誰だったかも不明な剥き出しの廃墟で二人が対面している。


「無かったことにされました」

「……ふむ」


 リアは要点だけを話す癖がある。

 俺たちのように事態の全貌を掴める未来人と違って、現地人であるレナンシーにとってはさぞ奇怪な現象に直面したことだろう。それを経緯や原因をしつこく尋ねるでもなく、一言で納得してみせたレナンシーに違和感を覚えた。

 俺が一人反省会をしている最中に、その辺りの事情までリアが伝えたのかもしれないが、それにしてもあっさりしていた。

 いや、妙に感じたのは……。


「平和条約があったことを覚えているのか」


 階下へ降り切る前に疑問を口にした。

 レナンシーは俺の声が聞こえなかったのか、姿だけ見て妖艶に笑ってみせた。


「おお、ジェイクか。川岸で体を投げ出す姿を見たときもそうじゃったが、やはり其方は苦痛に歪む顔を見せる時が一番艶然(セクシー)よの」

「そんな顔してるか……?」


 頬を触って指でこね(ほぐ)す。

 いつもなら言い返すだろう言葉も、今の俺ではそんな気力もなく、素直に受け止めてしまう。

 リアが気遣って会話をフォローした。


「いつものレナンシーさんの妄言と嗜好の押し付けです。気にしないでください。――それより彼女が記憶を保持している理由は私たちと同じです」

「要するに神の魔力か」

「はい。リゾーマタ・ボルガは神造兵器……つまり、神性の魔力を原料にした兵器ですから、同種の力を源とする私たちには影響がないのです」


 レナンシーの瞳の色も赤。

 赤黒い魔力を宿す者にはリゾーマタ・ボルガの過去改竄の能力は作用しない。


「ほう、(ボルガ)とな?」


 不敵に笑うレナンシー。

 何かを知っている。そんな様子で呟いた。


「そうだ。平和条約が無かったことにされたのも、未だに二つの国が戦争をしているのもリゾーマタ・ボルガのせいだ。それを作ったのは――」

「訊くに、其方らは何か勘違いをしておる」


 俺の言葉を遮り、レナンシーは続けた。


「ボルガとは神代から継ぐ儀式のようなもの……"魔力で出来ている"、"魔力を原料にする"という表現は幾許(いくばく)か語弊があろう」

「ボルガが何なのか知ってるのか?」

「応々、知っておるとも」


 ボルガの力。

 今まで翻弄され続けたその兵器の起源を、レナンシーは知っていると云う。

 西日も半分ほど地平線に埋もれた。

 宵闇が空を支配している。

 昏がりで語るレナンシーは、眼と口元だけが赤く際立ち、まるでそこに三つの夕陽が目を開けたようだった。


「ボルガとは太古で云う、(さかずき)の総称じゃ。ヒトが扱う魔道とは、己が肉体(うつわ)に蓄えた魔力を以て自然に干渉する程度の力ゆえ、然したる力は得られぬ……ラウダの地で『巫女』などと呼ばれ、雌ばかり魔道に精通するのは体に特別、(さかずき)の臓物があるからじゃ」

「盃の臓物……?」

「コホンっ」


 リアが大袈裟に咳払いする。

 そちらを見やると頬を赤らめながら下腹部をそれとなく示した。

 その様子を見て察した。

 ……そういえば母さん(ミーシャ)はケアにそこをいじられて、俺というエンペドの複製を産まされたのだ。


「ふふ……当然、魔力は雄でも貯蔵できるがな。肉体の構造ゆえの特性よ。さて話を戻すが『(ボルガ)』とは、魔力を肉ではなく、別の器に注ぎ集める儀式。魔力をかき集め、一点に集約すればそれ相応の奇跡を顕現できようぞ」

「ああ――」 


 気づいたことがある。

 そういえばボルガ・シリーズと呼ばれる兵器の数々は魔力を通すことで本来の力を発揮した。



 炎の魔力を通し、持ち手を剣豪へと覚醒させる火剣ボルカニック・ボルガ。


 水の魔力を通し、無尽蔵の魔力を水魔法に変える氷杖アクアラム・ボルガ。


 雷の魔力を通し、雷撃を高速生成して放つ雷槍ケラウノス・ボルガ。


 風の魔力を通し、標的を追尾して貫く必中の風弓エアリアル・ボルガ。


 土の魔力を通し、砂鉄を吸い上げて単車と工廠を造る土偶アーセナル・ボルガ。



 ――どれも、元は単なる筒だ。

 あの筒が"盃"の代わりだったのか。

 筒に仕組まれた設計図通りに魔力を貯蔵し、奇跡を顕現する兵器。

 それがボルガ・シリーズの正体。

 ボルガとは特定の物を指す言葉ではなく、力を呼び起こす儀式の事だったのか。


「……して、その儀式がクレアティオ・エクシィーロで行なわれ、合紋(あいもん)、宿縁の類いが掻き乱されていると?」

「そうだ」

「妾が感じた負の予兆もそれ故か」

「あと……それを造ったのはエンペドだ」


 言うか言うまいか迷ったが、いずれ封印に携わるときに知ることになる。

 レナンシーを信じて伝えることにした。

 もしエンペドの所業と知って奴に与し、敵に回るというなら最初から話をつけておいた方が余計な徒労も重ならない。助けが減って敵の戦力が増えるという意味では徒労ばかりだが――。


 レナンシーはきょとんとしていた。

 こちらの不安げな表情を読み取ったようで、唖然とした表情が徐々に卑しく、嘲笑うようにニタリと崩れ始めた。


「よいぞ。妾の心核を震わす其方の"陰り"……最高じゃ。妾も其方の助けとなろう」

「え……いいのか?」

「なぜ戸惑うのじゃ?」

「エンペドを敵に回すってことだ。レナンシーも望まないだろう」


 これまでの言動でもそんな様子は見て取れた。

 レナンシーはエンペドに惚れ込んでいる。

 俺に付き纏うのは瓜二つの顔立ちをしているからで、本命はそっちにあるはず。


「妾はジェイクが悶え苦しむ様が愉しうての」

「はぁ……?」

「ふふ、見損なうでない。妾は其方の姿勢を応援しておるのじゃ。苦悩、落胆、絶望……そういった類いの禍害を其方は求めておる。其方自身がな。その矛盾した在り方は特別じゃ。その傍に居たい。生涯を共にしても飽き足らぬ」


 昔、誰かに似たようなことを言われた。

 正義の為の悪を求めていると。

 面倒な奴だと。

 俺自身はそんなつもりはないのに……。


「まぁ、それにリゾーマタ・ボルガとやらは素晴らしい。宿縁をすり換えるなど、都合が良すぎて渇欲も湧いてしまうゆえ……ひひ」


 目をとろんとさせて焦点が定まらず、舌舐めずりもしてみせるレナンシー。

 だいたい妄想している事は読める。

 羅針盤がこいつの手元にあったらとんでもない逆ハーレム空間を創り出しそうで恐ろしい。

 そのふざけた願望を口にしたのは、空気を切り替えて俺たちに「気にするな」と暗に伝えたかっただけなのだと信じたい。いや、信じよう。ちゃんと彼女は賢者として神の羅針盤を封印してくれると……信じよう。



     ○



 腹ごしらえも済ませて夜に作戦会議だ。

 焚き火もつけて――三人とも火魔法すら使えないので原始的な方法で火を熾し、川や森から取れた食材を持ち寄って焼いて食べた。

 魔法生物(レナンシー)は食事をしないらしい。

 綺麗な水さえ飲めればいいのだとか。

 便利な体だ。そういう訳でレナンシーだけ川辺に向かい、「絶対に覗くでないぞ」と覗いて欲しそうにこちらを見つめながら立ち去ってしまった。


「明日はさっそく川渡りでも?」


 レナンシーの物欲しそうな視線を相手にもせず、リアがそう切り出した。

 海さえも二分させる海神の力を持つレナンシーさえいれば、イリカイ川の激流も簡単に堰き止められるだろう。そうすれば戦闘を無視してクレアティオ側に潜入できる。

 その方が効率的だった。


「……当初の正攻法でいきたい」

「正攻法というのは、正面突破ですか」

「ああ、アザレア兵を手伝ってイリカイ川の橋を制圧。戦いを停めさせる」


 真っ直ぐリアを見ながらそう伝えた。

 最後に目が合う。

 焚火に照らされる瞳は余計に表情が読めない。でも俺の意図は汲み取ってくれただろう。リアは視線を外してまた焚火の方を見た。


 今日試した三つの方法のうち、最後の全力疾走で思い知らされたことがある。

 やっぱり迷いがある。

 戦いを放置したまま敵国に入ったら後悔する。

 気分的にも正攻法で川を渡った方が清々しいだろう。それに、レナンシーが仲間に加わったことで、昨日出来なかった事が出来るようになった。

 これが極めて重要だ。


「いいですよ。明日は橋を制圧しましょう」


 リアは素直に応じてくれた。

 不満そうな様子もなく、躊躇う様子もなく、ただ別の考えが頭にちらついているだけのような素振りで、俺の作戦を受け入れた。


「効率の話はしないのか?」

「しません」

「リアらしくないな」

「……色々と考え直したことがあります。昔からお父さんを連れ戻すことを使命に生きてましたから、私は先を見据えて、それに対する最短ルートばかり描きがちでした」


 歯痒い……。

 苦労をかけた、なんて一言じゃ済まされないくらい俺はこの娘の人生を奪った。

 何も憂うことなく楽しく過ごせる時間があったら、もう少し性格も違ったんじゃないか。健気で真っ直ぐな女の子に育ったんじゃないか。――そんな考えが過ぎって喉元が重くなる。言葉に詰まる。


「先日聞いた、ジェイクさんの『意味のないことが必要だ』と、『俺が俺らしく生きる為に必要だ』という言葉が頭に残ってます」

「……」

「……」


 リアは途中と思える段階で、話すのを止めてしまった。何か続けて喋るかと思い、黙って聞く側に徹していたのだが、何も語らない。


「それで?」

「いえ……それだけです」

「よく分からないな」

「分からなくていいです。私も今、意味を探している最中ですから」


 普段の理路整然とした喋り方ではない。

 今のリアは釈然としない。支離滅裂だった。

 こちらの困惑に気づいたようで、リアも付け加えるように言葉を発した。


「――あと、あの橋の戦いで気になっていることがあります。もしかしたらアレは"突破すること"自体に意味があるかもしれません」

「どういうことだよ」

「昨日のアザレア兵の数と、今日のアザレア兵の数が変わってません。ちなみにクレアティオ側のドワーフ尖兵も今日だけ数えましたが、多分、ほぼ同数だと思います」


 ドワーフの砲撃やエルフの弾幕攻撃を受け、悲鳴や絶叫をあげて倒れた兵士たちは大勢いた。

 俺が今日あの手この手でイリカイ川を渡ろうとしていた裏で、リアはそれぞれの兵士の数を数えていたというのか。


「兵士を補充したんだろ?」

「増援分を考慮しても不自然です。今のアザレアの現状から、少しずつ兵士の数も減るはずでは……? それに今日、ジェイクさんが橋を駆け抜けたとき、まるで両者とも、その……」



 ――俺を初めて見たような反応だった。


 それは俺も感じた違和感だ。

 昨日の時点で俺たちは戦場に乱入した。

 その異分子が同じように今日も現れたら、少しはどよめき以外の反応があってもいいのではないだろうか。せめて「またかよ」とか「一体誰なんだ」とか声に出してもいい。それもなく、ただ突然の闖入者に困惑し続けるだけの両者の兵士達。



「リゾーマタ・ボルガだ」

「はい。きっと一日だけの戦闘を繰り返している。羅針盤には時間を巻き戻す能力はないので、毎日毎日、あの戦いをその日に起こるように操作している……と考えられます」


 エンペドが何処かで戦果を見ていて、翌日には同じ衝突を繰り返すように羅針盤を操っているという事か。

 そのとき、直感的に閃いた。


「それならエトナが死んだ日も変わっている?」

「エトナは……イリカイ川の戦いが飛び火して事故死しました。時系列でどうなっているか予想はつきませんが、『イリカイ川の戦いの前日譚』が『エトナの死』を誘発するのなら、きっと彼女の死も毎日同じ日に繰り返されています……」

「……」


 なんてことだ。

 "前日に負傷して、今日という『イリカイ川の戦い』の最中に息絶える"。

 そんな運命を毎日繰り返している。

 怒りで血が沸騰しかけた。


「くそ……」

「言い換えれば、戦いを停めれば彼女を救える可能性があります」

「待て。戦いを制してもエトナが死んだ事実は変わらないんじゃないか?」

「いえ、多分……変わります。きっと変える(・・・)と思います」


 妙な言い回しに、間を置いてから気づいた。

 変えるというのは、そう仕向けた元凶が故意に変えるって事だ。


「エンペドが?」

「はい。彼の目的は『絶望蒐集』です。攻略されてしまう戦いは無かったことにして、別の戦いを始めるでしょう。戦死者を生きていたことにしてまた殺戮を繰り広げた方が、より多くの絶望と信仰が集まるでしょうし、その方が――あ……」

「効率的?」

「すみません……」


 リアは伏し目がちに返事をした。

 また効率重視で思考を巡らせたことを恥じているようだ。それに助けられているから遠慮する必要はないのに……。

 この子もオルドリッジの末裔。

 気質が似通っているから祖先の考えることが手に取るように分かるのかもしれない。でも、そのおかげでやるべきことが明確になった。


 イリカイ川の戦いを制圧する。


 一度でいい……。

 アザレア側が勝利を納めたという一度の結果に意味がある。それでエトナが生き返るかどうかは、まだ可能性の話でしかないが、そういうことなら俺たちがやるべきことはただ一つ。

 明日、あの橋を突破する。



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