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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第3場 ―アザレア大戦―
277/322

Episode224 イリカイ川の戦いⅠ


 贈り物を落とした。

 ラッピングされた小さな箱は想像通りの控えめな音を立てて木の床に落ちた。音に気づいたリアが振り向いて、困惑した顔で俺を見た。そんなに戸惑う姿のリアを見るのも初めてで、厭な予感は的中したのだと思い知った。


「ジェイクさん……お姉ちゃんが……」


 マウナも悲愴に満ちた顔を見せた。

 その目には大粒の涙が溜まっている。


「私の半端な治癒魔法じゃ……駄目だった……」


 よく見るとマウナの目も、隈で真っ黒だ。

 随分と魔力を費やしたようだ。

 エトナの突然死が受け入れられない俺と、エトナの必然死に最善を尽くしたマウナ。この対比。この食い違いに戸惑い、口を(つぐ)んだ。


 何かを言うべきだったのだろう。

 しかし、マウナがこの場にそぐわない小箱を見つける方が先になった。

 俺がウキウキで買ってきた『万年筆』のプレゼント。それは派手なラッピングがされていて、重たい空気が漂う宿屋の一室には似合わない。


「なに、それ……」

「これはその……エトナが元気になるように、買ってきたプレゼント……だったんだけど……」


 歯切れ悪くそう答える。

 マウナは怪訝そうに眉を顰めた。


「怪我の治癒をしてくれる魔道師さんを探しに行ったんじゃなかったの!?」

「怪我? エトナが怪我を……?」

「とぼけないでよっ!」


 いよいよマウナが怒り、叫んだ。

 同時に、目元に溜まった涙が頬を垂れる。

 俺との会話が噛み合わず、姉の死の悔しさが怒りに変わったようである。吐き出された慟哭は直ちに俺との間に壁を作り出す。


 少しの沈黙の後、マウナはもしかしたら俺がエトナの衰弱を見て気が狂ったのではないかと考えたように、悲しむ表情を一瞬だけ浮かべ、しかし直後には視線を姉の遺体へと戻した。



「お姉ちゃんはこの国に着いたときに……砲弾が当たって……右の腕と脚に大怪我負ったんだよ」



 正気を疑ってくれたことが功を奏した。

 ――それで右半身に包帯や布当てがあるのか。

 砲弾が直撃。そして怪我をした。

 平和な国である筈のない事が起きていた(・・・)

 綺麗な肌には似合わない傷。

 どうしてもまだエトナの死に実感が湧かない。


「なに買ってきたのよ……」


 強気に拗ねるその声は、皮肉にも姉が発したかのように同じ口調、同じ声音で呟かれた。マウナは立ち上がり、俺の恩情を少しでも汲み取ろうとして床に転がる小箱を取り出し、その中身を取り出した。


「これは?」

「ペンだけど……万年筆というらしくて、その……エトナが詠唱(アリア)を書き出すのに、いいかなって……」


 だが、それは今のエトナには厭味とも取れるようなプレゼントだった。右手を怪我して字など書けそうにない。そんな状態の彼女に渡していたら、きっと悲しんだだろう。

 呆然と眺めるマウナも同じ結論に至った。

 次第に、俺の理解不能なプレゼントの意味合いを感じ取り、少し治まったかと思えた怒りが沸々と再燃し始めていた。


「――出てって」


 小声で呟かれた。

 何も言い返せなかった。

 窪んだ双眸からだらだら涙が流れていく様をただ黙って見ているしかできなかった。

 マウナの信用を失ったように感じた。

 俺を慕っていた彼女はもう其処にはいない。

 いつもこの仲違いを解消しようと俺の味方をしてくれるエトナも、もう二度と喋ることはない。


「出てってよっ!!」


 動かない俺に怒りが頂点を達したようだ。

 怒りをぶつけ、それが起爆剤になったようにマウナは泣き叫んだ。

 壮絶な悲鳴が部屋中に響き渡る。

 俺はリアに袖を引っ張られ、ようやく自分が部屋に入ったときから一歩も進んでない事に気づいた。そして鬱陶しく思ったことさえあるリアの袖を引く姿に、初めて安心感も覚えた……。



     ○



 宿屋を出て、霞んだ空を眺めた。

 入国したばかりのアザレアの空は澄んでいた。

 それを見て、ようやくエトナの死が現実のものとして受け止め始めた。

 胸の奥底に鉛が埋められたような絶望感。

 空を仰いでいるのに体は沈むようだった。


「リゾーマタ・ボルガです」


 一緒に来てくれたリアがぼそりと呟いた。

 俺を気遣っている。

 それは分かっていた。

 平和で楽しげだった王国内の姿が、軍国のそれに変わっているという事実。原因はリアが口に出した極悪兵器の正体を知る者なら容易に想像がつく。

 でも問題はそこじゃない。


「エトナが死んだ事実は変わるのか?」

「それは分かりません……」

「さっきまで生きていただろ!」

「……」


 リアの表情が曇る。

 余裕なく、追い打ちをかけて言葉を並べた。

 並べてしまった。


「お前だってエトナとマウナをこの国に残した方が得策だって言ってたじゃないか。それなのに、何でこんなこと――」


 言いかけて、はっとなる。

 こんな事を追及しても意味がない。

 リアは弱々しく唇を噛んだ。

 普段は感情を表に出さないくせに今のリアはとても人間らしい。

 目尻も下がり、不安そうだった。


 その弱気な姿を見て冷静さを取り戻した。

 リアも神様じゃない。――いくらこの時代の知識がたくさんあっても、リゾーマタ・ボルガの過去改竄を体験するのは初めてのことだろう。

 先ほどの宿内の様子から察するに、リアも急にエトナが死んだことに戸惑いと悲しみと不安を覚えているようだった。


「悪い……」

「いえ。大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。俺がしっかりしないと……」


 決意を改める。

 リアの不安げな表情も少し解れた。


「――理由ですけど」


 突然、リアが喋った。

 あまりに突然だったので何のことだろうと思って見返したのだが、目を合わせてから、「わからない」と答えた理由のことだと意思疎通した。


「なんだ?」

「理由は、平和条約が消された途端に彼女が死ぬ運命を辿ったこと……。つまり、平和条約の有無が"エトナの死"という因果に紐付いているとも考えられます」

「なら、また条約が在ったことにすれば……」


 リアが首を大きく振った。


「アザレア大戦は始まってしまいました」

「ああ……」

「羅針盤がエンペドの手中にある限り、戦争が終着することはありません」


 平和条約が『復元』されることはない、と言いたいのだろう。

 あの野郎はとことん憎い。

 自然と握り拳に力が入った。


「だったら、エンペドから奪うぞ」

「はい。いずれにせよ私たちがすべきことは変わりません。エトナの死の事実がこれからどう変わるか分かりませんが、変わらないのならこちらから変えるまでです」


 いつになくリアが情熱的だった。

 それに安心感とともに違和感を覚えた。

 硬直した俺を不審がるリア。


「なんですか?」

「いや、珍しいことを言うなと思って」


 もう少し冷酷なイメージがあった。

 少なくともこれまではそうだった気がする。


「実は、人が死ぬのを初めて見ました」

「え……嘘だろ?」

「本当です。魔物や獣狩りはよくしてきましたが、身近な人が死ぬのは初めてです。――その、なんと云うか……辛い光景でした。エトナの痛々しい姿も、マウナの泣き叫ぶ顔も。特にマウナは懇意にして頂いたエスス女王陛下と瓜二つなので、余計に助けてあげたいと思いました」


 娘の人間性を心配していたけど、そういう感情が湧くなら大丈夫そうだ。

 これから背中を預けることもあるだろう。

 その熱い思いがあるなら信頼できる。

 人の死か……。

 思えば、俺は昔から人の死ばかり見てきた。

 自ら奪った命もあった。



 ――綺麗なキミの手を染めた、初めての女になれたかな……。



 あの光景が脳裡に過る。

 崩壊した大聖堂と横たわる魔女の亡骸。

 突き立てられた剣はまるで墓標のようだった。

 あんなことはもう二度と――。


「絶対にエトナを救い出すぞ」



     ○



 エンペド・リッジはアザレア王国の参謀役だ。

 戦争が始まったとなれば、必然的に王の傍に仕えて戦略を立案しているはず。

 そう考えた俺たちは王城に乗り込んだ。

 伝令係なのか、城門を馬に跨った兵士が何度も出入りしている。


 物々しい雰囲気が漂う。

 城門の(やぐら)から顔を出す兵士も、頻りに行き交う兵の中に不審者がいないか、冷徹な眼差しで見張っている。

 煩わしいので見張りの兵士を包むように時間魔法を使い、動きを封じて城内に侵入した。


「ジェイクさん、狭い範囲で時間を止めるとしても、その魔法は一日十回程度に控えてください」

「なんでだよ? 世界全域でも六回も止められる。小さい範囲なら乱用しても問題ないだろ」

「時間静止魔法の魔力効率は、範囲が広かろうが狭かろうが発動させるだけでごっそり魔力を持っていかれます。確かに展開する領域次第で維持費(・・・)は変わりますけど、発動時の消費量は大して変わりません」


 そういえばこれまでも予想以上に魔力の減りが早いと感じたことがある。

 そういうことだったのか。


「よくそんなこと知ってるな」

「リピカさんと山ほど実験してマナグラムで随時測定してましたから」

「マナグラムじゃ俺たちの魔力は測れないはずだ」

最新型(・・・)は測れるんですよ」


 最新型――。

 大学在籍中にマナグラムの改良研究をしていたけど、完成していたのか。

 研究が無かったことにされなくて良かった。

 それともイルケミーネ先生の実力かな。

 いずれにせよ『アリアフリー』の魔力測定不能の不具合も解消されているといい。俺の努力も多少は実を結んでいるのが分かって嬉しかった。



 城内では時間を止めずとも、慌ただしく動き回る兵士たちから相手にもされなかった。

 内部は混乱していて余裕がないのだろう。

 城の通路にあったはずの寄贈品のシャンデリアが無くなっている。さらに綺麗に彩られた天鵞絨もなく、無味乾燥とした石の廊下が続いていた。

 リゾーマタ・ボルガの影響か……。

 先日案内された通りに廊下を突き進むと、角を曲がったときにロクリさんとばったり遭遇した。


「っとと……貴方たちは旅の方々……」


 そう反応してくれるということは、一応戦争中の状況でもロクリさんと知り合っていた事実は変わらなかったようだ。それが分かって安心するとともに、次いで発せられた言葉でどんな巡り合せだったか想像することが出来た。


「先日は災難でしたわ……。まさかドワーフの長距離弾頭が花公園にまで飛来するなんて」


 俺たちが森から王城裏の花公園に入った直後、敵国の砲撃がたまたま直撃した――らしい。


「お連れの女の子は……?」

「……」


 何も答えられなかった。

 死んでしまった……。でもまだ救える。

 確かに今はエトナが死んでしまった世界かもしれないが、口に出せば認めてしまったことになり、二度と救えないような気がした。

 表情で察したロクリさんは下唇を小さく噛み、悔しそうな表情をしてくれた。

 察してくれたのか。

 あるいは怪我の状態から助かる見込みがないと分かっていたのか。


「許せない。あんな可憐な少女の命を……」

「ロクリさん、俺たちも一緒に戦います」

「お気持ちはわかりますわ。でも相手は魔法に長けた二種族で構成された列強国です。若くて純粋な……それも異国の方の命が奪われることはアザレア王も望みませんのよ」


 思想は立派だが、戦犯はこの城に居る。

 この国は戦う相手を間違えている。

 いずれ賢者となりうるならロクリさんにはその事実を先に伝えてもいいかもしれない。

 信じるかどうかは別にして。


「それに敵国には近年、優秀な軍師が流れ着き、その勢力も増していますの」


 しかし、また食い違いがあった。


「――その名はエンペド・リッジ。クレアティオ・エクシィーロの最高指揮官ですわ」


 憎々しげに呼び捨てた名は先日まで『先生』と呼び、敬っていた存在と同一人物には思えない。

 違和感だらけだ。

 エンペドがアザレア王国に居ない?

 敵国の軍師になっている?

 そんな歴史は史実通りではなかった。

 そうか。そう書き換えたか。



     ○



 先日見せられた発明品も消えていた。

 ジャイアントGやティマイオス手稿もない。

 エンペド不在のアザレア王国では魔法使いの存在が稀であり、ロワ三国で云う『巫女』に当たるロクリさんが魔道顧問として高官に就いていた。

 エルフやドワーフの対魔法戦の戦術を検討しているのだという。


 そのロクリさんに突っ返された俺たち。

 城門前でお役御免となったことをひしひしと感じながら呆然と突っ立っていた。

 正規兵として参戦できなかった……。


「エンペドがクレアティオ側の軍師だと?」

「意図は容易に想像つきます。羅針盤の完成直後に早速使ってみた。あるいは、最初あちら側に味方した方が理に適っていたのでは」

「理に適うっていうのは……」

「絶望蒐集です」

「……あの野郎」


 アザレア大戦は絶望を集める戦争。

 まずは強国に付いた方が戦死者をたくさん作って恐怖に(おのの)かせ、絶望に貶められる。

 ――と考えたのか。

 糞野郎が……。


 城門から町を見下ろすと、第一印象の華やかさから一変して寂れた景色に変わっていた。

 曇天でどんよりした街。

 灯されることのない街灯。

 繁栄した文化は潰え、疲弊した市民は荒廃した道で足を投げ出して倒れている者もいる。

 以前まで住んでいた街だろうに……。

 奴は情の欠片もないというのか。

 歯軋りが自分の耳にも届いた。


「クレアティオに向かいましょう」

「ああ……っ!」


 話に聞いていた以上に悲惨な光景だった。

 確かに血塗られた歴史だ。



 景色や城の方角から自分たちの位置を頭に思い浮かべ、クレアティオ・エクシィーロの方角へと駆け抜ける。

 しばらく草原を走ると大河が見えた。

 イリカイ川だ。あの大河が国境だった。

 アザレア王国とクレアティオ・エクシィーロの領土を二分する川。

 当然、戦いもそこで起きていた。



 小高い丘から遠目に確認する。

 イリカイ川には一つだけ大橋が架かっている。

 鉄で出来た頑丈そうな橋だ。

 いつ建てられたものか不明だが、平和条約が敷かれていた時にはあそこが両国間の貿易路になっていたかもしれない。

 ――だが、今はそこが主戦場。


 川向かいから打ち上がる魔法の数々。

 砂埃も高々と舞い、丸い岩石が対岸からこちらの陸地へと立て続けに飛来していた。その岩石の飛距離は物理法則を超えたもので、街の近くまで飛んでくる砲撃もあった。

 あれがエトナを襲った長距離弾頭か……。

 そのさらに背後。ここからでは視認できないが、何処からともなく空気を切り裂いて鎌鼬(かまいたち)のような疾風も襲いかかり、橋を渡ろうとする歩兵に直撃していた。不自然に弧を描いて飛来する鎌鼬はまるで生き物のようだ。

 遠くに居ても、その狂気は轟いてきた。


 圧倒的だった。

 アザレア王国側の兵士は隊列を組んで橋を渡ろうとしているが、魔法の力の前に為す術もなく、各小隊の兵士一塊ごと吹き飛ばされ、イリカイ川に落ちて身を散らしていた。

 惨い……。

 戦争というより一方的な殺戮に近い。


「リア、ここから援護が届くか?」

「橋までは何とか……しかし、対岸のドワーフの群衆までは狙撃できる自信がありません」



 小さくて見えづらいが、対岸のドワーフの隊が魔法攻撃部隊。橋の袂で待機するドワーフの隊が白兵戦用の配置らしい。エルフの影は見えない。


 この小高い丘から大橋まで数キロある。

 普通の弓兵なら射貫こうなんて発想さえ浮かばない距離だ。

 それにリアの『魔砲銃(マギ・フリンテ)』は威力こそ神級魔法に匹敵するが、巻き添えを喰らって死者を出すだろうし、死人が増えるのはエンペドの思惑通りである。

 そもそもドワーフたちを殺す気もない。

 あの橋を渡ってクレアティオ・エクシィーロに入国したいだけだ。


「橋の近くまで近寄って時間魔法で止める。その間に対岸に渡って身を隠すってのはどうだ」

「……私も、まだ(・・)それしか思いつきません」


 自信なさそうにリアが答えた。

 俺は彼女の自信のなさを(ただ)すこともせず、丘から跳び上がって崖を滑り落ち、平原に足をつけたと同時にそのまま駆け出した。

 リアも後ろから付いてきた。



 走り続けて橋に近づいてきた。

 もうすぐ着くと思った途端――。


「あ、お父……ジェイクさん、待った」

「……?」


 追走するリアが声をかけてきた。

 急停止したことで大地が抉れて土が撥ねる。


「なんだ?」

「多分、橋を渡り切るまで魔力が保ちません」

「まさか。俺のことを舐めてるのか」

「いいえ――それだけ橋が長いということです。遠目には距離感がいまいち分からなかったのですが、丘から此処まで走っていた時間から推測すると、おそらく橋の横断に二分弱かかります」

「たった二分だろ」

「体感、二分の静止は危険域です」


 今まで自分が戦闘中に何秒、時間を止めることが出来ていたか測ったことはない。確かに戦闘中なんて瞬発的な動きばかりだし、体感数秒しか……最長でも数十秒が関の山かもしれない。

 それを二分……。

 ちょうど魔力が枯渇する頃合いか。


「魔力切れは弱体化も招きますし」

「……あっちの国に着いてからのことを考えても余力は残した方がいいか」

「そういうことです」


 少し冷静になろう。

 エトナの死の事実は焦った所で変わらない。裏を返せばリゾーマタ・ボルガを横取りできれば、どのタイミングだろうとその事実は書き換えられる。


「それにあの惨状……間近で見たらジェイクさんは助けずにはいられないと思いますが?」


 リアが視線を外し、橋の袂を見やる。

 今でも飛来した岩石が粉々に砕ける音や疾風が駆け抜けて空気を切り裂く音、それらに襲われて身を散らす兵士達の悲鳴も耳を劈く。


「そうかもしれない……」

「私も同じ気持ちです。真っ向勝負で橋を切り抜けましょう」

「アザレア兵を手伝うってことか」

「はい」

「……良案だ」


 それでこそ我が娘。

 正攻法や真っ向勝負が俺たちのやり方だ。


 ――"それでこそリベルタ流だ!"


 育った環境は同じなのだ。

 冒険者のもとで育てられた。

 今はその流儀に倣って共闘すべきとき。



     ○



 高々と打ち上がった岩石を宙で打ち砕く。

 木端微塵になった岩はぱらぱらと地上の兵士へ降り注いだ。



 困惑の声と集まる視線。

 今のは跳躍ついでに岩石を一つ墜したまで。

 俺はそんな兵士らの様子を尻目に、勢いを殺さずイリカイ川に架かる大橋の真ん中に降り立った。


 正規兵でなくとも行動に示せば一目瞭然だ。

 ちょうど進軍中のアザレアの重装歩兵の前に降り立ち、どよめきが聞こえた。

 味方アピールは必要ない。

 進行方向が一緒であれば友軍か助太刀と理解して、彼らも信頼してくれるだろう。


 橋は所々、崩壊していて戦いの爪痕がくっきり残されている。頑丈な造りをしているらしく、大きな欄干が削れているものの、まだ安定していた。



 振り向きもせずに対岸の(たもと)へ。

 滑るように足を運び、袂で防護壁を築いてその影に身を潜めるドワーフへと一直線に駆けた。

 走りながら右手に魔力剣の生成。

 得物を手に振り被る。



 ――そこに一陣の疾風が迫った。


 正体不明の高速の軌道が、生きた蛇のように稲妻を描いて俺を穿たんとやってきた。

 動きを予測して、それを叩き折る。

 魔力剣に斬られた疾風は、ばちばちと紫電を放って姿を晒し出した。


「これは……?」


 単なる"矢"だった。

 風の力を得た一本の矢が、ただ思い思いに軌道を変えて飛び交っていただけだった。


 ――この魔法は『空圧制御』か。

 嫌な予感は的中した。


 空を見上げると、次いで放たれた矢の二本が左右に散開し、地上に降り注いできた。

 躱そうと思えば簡単な二本の矢。

 だが、それらは地上に近づいた途端に垂直から水平へと進行方向を変え、また生き物のように弧を描き、軌道を変え、変則的な動きで背後に回った。


 それらを見極めて斬り捨てる。


 剣士の力を舐めないでほしい。

 この程度の魔弾を叩き落とすなど、今まで造作もなく熟してきたことだ。



 しかし、降り注ぐものは矢に限らない。

 遠方から岩石が放出され、橋付近に飛来する。

 その数――五、六個はある。

 兵士たちは悲鳴をあげて後退した。

 俺もさすがにあの大きさの飛来物を全部叩き割るのは骨が折れる。

 あれは、あいつに任せよう。

 ……今はこちらにも魔弾の射手がいた。



 赤黒い流星が一直線に打ち上がった。

 赤黒い魔力の尾を引いて輝く同数の砲弾――リア・アルターが放つ魔弾が正確に岩石の数々を迎撃して、粉々に打ち砕いた。


「よくやった!」

「感謝の言葉は不要です! 先に進んで!」


 遠くからリアの声援が聞こえてくる。

 あいつの援護があれば完璧だ。

 そう安心して前を向き直り、再び走り進めようとした。


 しかし、振り向いたときに見た対岸の光景は、先ほどまでのそれとは変わり果てていた。


「え……」


 橋の袂にはドワーフ歩兵が防護壁を張って待機している。それは変わらないのだが、何故かそのさらに背後――はるか後方に一枚一枚、大きな土造の壁が張り巡らされていた。

 しかも、街の外壁ほどの高さはあろうかというほどの巨大な壁だ。

 それが幾重にも、折り重なるような配置で聳え立っている。


「なんだ、あれ……」

「敵も作戦を変えたようですね」


 気づけばリアが近くまで来ていた。


「ドワーフの土魔法か?」

「多分、そうです。岩石の砲弾が撃ち落とされると考え、術士も攻撃から防御の魔法に技を切り替えたのだと思います」

「なら、あとは突き進むだけだな」


 敵も読み誤ったようだ。

 防御態勢に移ってくれれば、橋を渡るのも簡単だ。一度渡りきってしまえば後は地続きの荒野が続くのみ。大回りでもいいからクレアティオ・エクシィーロの都市部へと辿りつける。

 ――しかし、そう簡単にはいかなかった。



「待って、あの隙間!」


 リアが叫ぶ。

 隙間とは、不自然に空けられた壁と壁の間である。重なるように配置されているため、正面から見ると壁なのだが、奥行きを考えると一枚一枚の巨大な板が交互に重なって、隙間が出来ていた。



 そこからまた『鎌鼬(かまいたち)』が現われた。

 同時に三本もだ。


 風の力が纏った矢が、壁の隙間を縫うように飛び出して、大橋の中腹にいる俺たちを襲った。

 簡単に斬り落とせるが、これを相手にしていると一向に前へ進めない。



 しかも、その鎌鼬とは別に、巨大な壁の向こうから通常の矢が弾幕を張って上空から飛来した。


 矢の雨を降らせて戦力を削ぐ作戦だ。

 橋まで飛んできた矢の弾幕は、アザレア兵のうち何人もの人間に刺さって、兵士が大勢倒れた。

 なるべく助けようとしたが、『鎌鼬』の相手に翻弄されているうちに矢の雨は降り注ぎ、守りきれなかった……。


「壁の向こう側に大量の弓兵が潜んでます」


 リアが遥か遠くの壁を睨む。

 俺たちなら岩板の折り重なりが視認できるが、一般兵では一つの壁にしか見えないだろう。

 上空や壁の隙間から突然矢が現われるのだ。

 これでは戦いにならない。


「でも、どうやらあの変則的な矢を放つ狙撃手は一人だけのようです」

「俺もそう思う。矢の弾幕と本数が圧倒的に違う。空圧制御で矢の軌道を操れる弓師は一人だけなんだろう」


 敵のエルフやドワーフの中で一人だけ。

 空圧制御の魔法……。

 それはまさか。


魔砲銃(マギ・フリンテ)であの壁を破壊できないか?」

「やってみます」


 リアが赤黒い弓矢を生成して構えた。

 魔力を蓄えて準備している間に、また矢の弾幕が打ち上げられた。


「まずい、次弾が来るぞ」

「お父さん、私が構えている間は援護をお願いします!」

「わ、わかった……!」



 もう呼び名を注意している暇はない。

 魔力剣を無数に宙へと並べて迎撃用に揃える。

 しかし、それを容易し終えた途端、また壁の隙間から『鎌鼬』が二本、顔を出して高速で大地を駆け抜けた。

 俺たちめがけて飛び込んでくる。

 上空からも正面からも攻撃の手が止まない。


「くっ、駄目だ……。カバーしきれない」


 リアがちらりと俺を見て、魔弾の準備が不十分だと言いたげに不満そうな目を向けた。

 その間も『鎌鼬』が大地を翔ける。

 リアはぎりぎりまで魔力を溜めて、ついぞ、その一撃を放った。



「――魔砲銃(マギ・フリンテ)!」



 以前、黄昏(クレプスクロロ)の谷を駆け抜けたものより威力が弱かった。

 矢を放つと同時に『鎌鼬』は橋まで辿り着いて俺たちを襲った。なんとか援護が間に合い、俺もそれらを切り落とし――さらには上空から飛来する矢の弾頭を魔力剣を射出して撃ち落とした。

 だが弾幕の数は圧倒的だ。ほぼ無駄だった。



 リアが放った魔砲銃は、一直線に荒野をかけて、その巨大な壁に直撃した。

 相当ぶ厚く張られているようだ。

 壁の一部分だけ欠けた。


 一部分だけしか……破壊できなかった。



「……」


 すぐドワーフの術師たちの土魔法によって、補修されて壁は元に戻ってしまった。

 駄目だ。俺たちの力だけじゃ――。



 横腹が欠けた壁の隙間。

 その先の高台で立つ女性が一瞬だけ見えた。

 壁が魔力で修復される一瞬だけ。


 それなのに、女性が誰であるのか悟った。

 エルフ特有の緑色の長い髪。

 きつく結ばれた口元と透き通った鼻筋。

 冷徹な鷹の目は、ただ俺たちを射止めている。



 風の賢者シルフィード。

 未来(いぜん)には助けられた存在が過去(いま)はこうして牙を向く。

 『鎌鼬』は(のち)の風の賢者が放ったものだ。



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