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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第2場 ―ロワ三国―
272/322

◆ ターンオーバーⅠ


 何事にも誤差というものはある。

 リゾーマタ・ボルガが時空座標を定めて、そこへ跳躍(ジャンプ)するための道標だとしても、干渉を受ければ誤差というものは生じよう。時空転移に干渉した時点で、位相さえも複素数魔力iの強度次第で変調を来たすのだ。



 まず、男が降り立った『古代』とは、未だリゾーマタ・ボルガが完成していない時代だった。

 おかしい、と思った。

 女神の託けによるとリゾーマタ・ボルガは時間を越えるトンネルの門だと云う。すなわち、門を潜れば当然、同じように門をくぐって出るものと考えていたが、送り込まれた先は懐かしき古代における我が生家だ。

 ――ネーヴェ高原奥地に立つ山小屋。

 男は此処で初めて異界の空気を吸った。

 地球と似て非なる世界。魔力の存在。

 当時はそれらに胸を躍らせたものだ。


其方(そなた)、いつの間に其処に……何奴!?」


 ぬらりと液状から固形に具現化する生物。

 魔法生物アンダインは男の記憶そのままに何故か我が生家に居座っていた。


「――ふむ、久しいものよ。貴様こそ何故ここにいるのだ。この家はリッジ家の所有物であったはずだが?」

「何を言うておるのじゃ。妾は正妻となるべくこの家を庇護する者。所有者にそう託されたのじゃからな。不届きはしておらぬ」


 男は(ふる)い記憶を辿る。

 若き自分自身がアザレアへ向かう際、付き纏って一向に離れようとしないアンダインを疎み、そのような事を口走っていたようだ。


「その所有者が私のことだ」

「エ、エンペド! そ、其方……本当じゃ。エンペドじゃ! 妾のエンペドが帰ってきたのじゃ!」


 アンダインは狂喜乱舞して男へ飛び掛かった。

 しなやかな肢体を滑りつかせ、ねっとりと肉体へ絡みつく。全身を使った愛撫のようである。


「おお、妾が恋しうて戻ってきたか。そうか。そうなのじゃな?」


 男は答えられなかった。

 この淫蕩女のことなどどうでも良いが、不要な言葉は後々に悪影響を与える可能性もある。ましてやこの女はリゾーマタ・ボルガ封印に携わる、のちの賢者の一人だ。


「さてしも、まだ此処を発って半月も満たないというのに……其方、随分と面妖な姿に成り代わったのじゃな?」


 アンダインは男の容姿の違和感を指摘した。

 面妖な姿とは、おそらく肌色や体表の刻印のことを指している。

 この肉体はよく馴染むものの、魔造体の浸食により変性していた。古代の肉体と瓜二つとはいえ、印象はだいぶ違うのだろう。

 当時の男の容姿は色白だ。

 見た者が驚くのも無理はない。


「苛酷な魔道探究の果てに変質したのだ」

「ほほう。さりとて妾は一向に構わぬ。いや、その容貌の方が端麗(イカ)しておるぞ!」

「そ、そうか……」

「さぁ、再会を祝して妾と熱き夜伽を――」


 粘着しようと迫る魔法生物を往なして、男は生家から出た。

 背後から届くなじり声を男は無視した。

 しかし、貴重な情報は手に入れた。


 ――此処を発って半月も満たない。


 ならば、リゾーマタ・ボルガは未完成。

 おまけに随伴した女神は不在。

 空を仰ぎ、ここが確かに古代におけるネーヴェ高原であることを確かめたが、しかし、さてどうしたものか。

 やり残したことは山ほどあった。

 いずれもリゾーマタ・ボルガ完成を待たなければどうしようもない事だ。

 それに、当時の自分と何処かで顔を合わせようものならタイムパラドックスの果てに時代ごと崩壊する可能性も危惧される。



     ●



 男は大陸を渡った。

 覇道の弊害となる伝説、伝承、神造兵器の類いは消しておくべきと判断し、世界中を旅していた。

 いずれ運命が交れば女神とも遭遇するだろう。

 そう考え、魔獣の宝玉集めに着手した。

 ――そして、ついにそれと出遭った。


 イフの世界の賜物。

 男が古代へ辿り着いた時点で未来は崩壊し、あらゆる可能性が潰えた。その大渦の中、巻き込まれて泡のように発生しては消えゆく並行世界もあっただろう。

 その中に、"己が敗北した世界"もあったのだ。


 そして何の因縁か再び彼奴(・・)と遭遇した。

 あらゆる伝承以上に危険な存在だ。

 優先して消すべきは彼奴(イザイア)だった。



 山岳地帯での混乱の後。

 西部軍国のペトロは軍事会議を開いた。

 反省すべきは高位将官として本陣に加わっていた皇族第一皇子だろうが、会議は他国も交えてのものだったようで釈明と他責が主だった。

 参列国はペトロとラーダの二国のみ。

 敗走後の緊急招集のために致し方ないものだ。


「――そこで、遊牧民族どもはその聖域荒らしの厳罰を要求している」


 ジョゼフ=ニコラ=パンクレスはそう公表した。

 それは戦争相手に与する旨の発言だ。

 反感を覚えたのは諸外国の兵士も同様だった。


「閣下、発言を」

「許可する。なんだ、ランスロット・ルイス=エヴァンス?」

「我々に犯人捜しをしろと? その要求を呑むことは奴らに対する敗北宣言に等しい。三国の領土拡大を根差すなら、無視して抗戦すべきでは?」

「……」


 ジョゼフ=ニコラ=パンクレスは苦虫を噛み潰したような表情を見せ、口を閉した。ランスロットの相棒のウェスも、そんな煮え切らない閣下の態度に不満な様子だ。軍国主義ペトロにしては弱腰な決断だったからである。



 そう、ペトロ軍は弱気だった。

 魔獣の宝玉を知らないロワ三国は、またの強襲に怯えている。

 魔獣の群れが本国へ攻めれば壊滅は免れない。

 それを怖れているのだ。

 滑稽だった。宝玉はこの会議を盗み聴く黒外套の男の手中にあり、もうその脅威を恐れる必要はないというのに。


 およそ、獣人族も馬鹿ではない。

 それを逆手にハッタリで脅しているのだ。

 面白い。……そう考えた黒外套の男は、時間を止めてその軍事会議の部屋に侵入した。この状況は周囲を謀り、彼奴を誘い出すのに都合が良かった。


 ――動け、と念じて再び時間を進める。

 フードを目深に被り、正体を隠した。ここで彼奴と瓜二つの男が現われたら余計に面倒な事態になる。この容姿が役に立つときまでは素性を隠しておこうと男は考えた。



「犯人はエリンの者でありますな」



 突如として現われた黒外套の男に兵士たちはどよめき、戸惑いの声が会議室に響き渡る。

 兵士たちは得物に手をかけた。

 混乱の中、ジョゼフ=ニコラ=パンクレスは引き攣って声を荒げる。


「だ、誰だ、貴様は!?」

「突然、申し訳ない。私は魔道を究めて旅歩く異邦人です。あなた方と敵対の意思はありません」


 柔い口調で伝えると少し緊張の糸も解けた。


「異邦人? 一体どこからこの皇室に……」

「それは今、関係のないことです。魔道とはあなた方の理解を超えるもの。屋内侵入なども容易く出来る故、各々の術士の道徳が問われる世界なのです」

「道徳だと……」


 閣下は戸惑いながら言葉を復唱した。

 彼はこの時点で憔悴しきっていた。

 己の理解を超えることが幾度となく続き、自慢のハイランダー軍が世界最強の座に及ばないことを感じていたからだろう。

 今のジョゼフ閣下は貶めやすい。


「はい。魔道はその力に溺れて道徳(モラル)を失う術士が後を絶たない。此度の貴国に見舞われた悲劇も、同盟国内でそんな不遜を働いた者がいる、ということです」


 同盟国内では貴重な魔法使いがいた。

 巫女の名で崇められ、慕われる存在が。


「そ、そうか……! 時折、同盟関係に反骨精神すら見せていたが、やはりあの女が……」


 一度、疑念の矛先を向けてしまえば簡単だ。

 黒外套の男はニタリと嗤ってみせた。

 エトナ・メルヒェンへの勅令書が送られたのもこの直後のことである。



     ●



 男はペトロに取り入った。

 エトナ・メルヒェンへの指名手配は多少、大袈裟に伝えた方が引き渡しの確実性も増すと伝え、エリン王族へも脅しをかけた。

 事の重大性を理解したエリン王族のアイル一族はエトナ・メルヒェンの引き渡しに応じた。


 協調性の高い民族は明確な悪を作りたがる。

 自らが多勢にいて少数を非難していれば、これは『正義』の為なのだと行為を正当化できる。一元化した正義の名の許に安堵感と愉悦に浸って他者を排斥できる。

 ――それが人間というもの。

 (エンドー)も日本で幾度となく味わった事だ。



 男は半魔造体(デミ・マギカ)の力を示し、不慣れな剣術も力と速さで補って、ハイランダー軍の予備兵として戦場に出向くことを許された。

 そしてハイランダー軍は十騎の編成で戦犯の護送に迎え出た。

 すべて手筈通り。

 誘い出してしまえば彼奴の排除も簡単だろう。

 愚直な男ゆえ、不意打ちに弱い。

 重鎧を身に纏って異分子の抹消に駆り出た。



 しかし、不意を突かれたのは男の方だった。


「ジェイクさん! 最後に一回だけ時間を止められますか!?」

「あぁ……?」


 背後の小さい敵影がそう叫ぶ。

 ジェイク。それがこの時代の彼奴の名か。

 驚いたことはそれではなく、その敵影が『時間静止魔法』を知っていたことだ。そして直後には時間を削り取られ、何か高エネルギーの波動が荒野を駆け抜けた。


 驚いた……。

 時間を止められた。

 虚数魔力を有するこの肉体でも時間静止魔法は効力を発揮して体感時間を削り取られるらしい。

 肉体の方は無事だった。

 高エネルギーの熱量は諸共しないようだ。

 その特性が学べただけでも僥倖か。


 ――であれば、彼奴の倒し方は一つ。

 胸に秘めた銀環にその秘密がある。

 交戦中、男は彼奴の半魔造体の胸部にちらつくその銀の輪の存在を見落とさなかった。


 『Presence Recirc(魂の内循環機)ular』


 無理に繋ぎ止めた魂は、その銀環さえ剥ぎ取ってしまえば容易に排出されることだろう。

 次の手に向け、男は作戦を練り直した。

 なんとしてでも滅ぼす……。

 お前は此処に居てはいけない存在だ……。

 男はリゾーマタ・ボルガが仕向けた時間旅行の誤差(ズレ)こそ、この抹消に加担した世界の抑止力かと考え、高揚した。


「イザイア・オルドリッジ――。

 貴様を抹消することが課せられた使命か」


 荒野に響くその声は同じ声。

 二人の因縁を終わらせる舞台は古代に用意されていた。



「ガハッ……なんだこのザマは!? エトナはどこへ行ったっ」


 ジョゼフ閣下が目を覚まし、荒れ果てた大地に声を荒げた。フルフェイスの兜が無事であることを確認して、妄執に捕らわれた愚かな皇子に近づく。

 手を貸して起き上がらせた。


「逃げられました」

「なんだとっ」

「しかし、これで彼女の容疑は確実でしょう。すぐにエリンへ引き返し、王族を通じて報告を。市民にもこの事態を公表して逃げ場を失くすのです」


 少しずつ追い詰めて、狩る。

 男にとって根回しは得意技だった。かつてアザレア王国に参謀役として取り入ったときにも同じ手を使ったものだ。


「なるほど。貴様の助言は役に立つ。僕直々の側近にしてやってもいいぞ」

「光栄です、閣下」


 男はニヤリと嗤う

 憔悴したイザイアを嵌め落とす。

 しかし、それはそれとして第一目的は時間旅行による世界支配だ。

 イザイアの抹消は目的ではなく通過点。

 それは念頭に置いて計画を立て直した。



 ――半魔造体(デミ・マギカ)のエンペドには余裕があった。

 力も叡智も、すべて持ち合せている。

 復讐に捕らわれて未来で消滅した黒魔力(エンペド)とは、その実力も雲泥の差だった。




 たとえエンペドを倒しても、第2第3のエンペドが主人公の前に現われるだろう。


 「Episode198 邂逅ヘイトフル」でレナンシーが主人公とエンペドを見間違えたのも、この姿のエンペドを見ていたからのようです。

 山岳遠征で山頂にいた黒外套もハイランダー軍十騎目の重鎧兵士もエンペドです。

 ちなみにハイランダー軍は全員存命。ラーダ兵(ランスロット率いる軍)はペトロの決断に懐疑的なため、エトナ護送には関与していません。


 長らくお待たせしました。

 次回から大陸横断してリバーダ大陸へ向かいます。

 賢者たちの若かりし頃の姿も必見です。

 ※次話は12月29日(木)12時に予約済みです。



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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
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【魔力の系譜~魔道具一覧~】
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