Episode219 巫女救出作戦
少し長いです(10,600字/読了目安20~25分)
牢獄の椅子に座っていた。
ここはエリン王城の地下牢。
本来、罪人を監禁しておくための場所だ。
私はまだ罪人と決まったわけでもなければ、単なる塗れ衣を着せられただけだというのに、不当な扱いを目の当たりにして余計にエリンという国に嫌気が差す。
結局はこの国も臆病者なんだ……。
「どうだい、エトナ。突然、咎人にさせられた気分は?」
階段を下りて誰かがやってきた。
この鼻につく声は他でもない、あの馬鹿皇子に決まってる。私への嫌疑のかけられ方も不自然だと思ったが、この馬鹿の発案なら納得だ。
皇子に続いて例の兵士達も揃って現われた。
金属ブーツの音が規律よく十騎、足並み揃えて階段を下りてくる。
ハイランダー軍の兵士たちだ。
「ジョゼフ……あなたもお城に来てたの?」
鉄格子越しに仁王立ちする皇子を睨んだ。
金髪金目の高慢チキ。
元からその趣味の悪い金ピカ一色の姿にうんざりしてたけど、今はその三倍酷く見える。私が狭い牢屋に居ることを鼻で笑い、見張り番が使う椅子に踏ん反り返った。
「そうさ。僕こそ君の"白馬の王子"だ。助けに来てやったぞ、エトナ」
「……はぁ? 冗談やめてよね。そもそも貴方の仕業でしょ」
「ふっ、そう思うかい?」
ジョゼフは不敵に笑う。
絶対そうだ。――でも、確かに馬鹿にしては少しやり方が汚いというか、今までこんな姑息な手段を取らなかったジョゼフにしては手が込んでいる。
あくどい手段を使わないからこそ憎めない存在だったが、今回は変だ。
「まぁいい。どちらにしろ君の命運を握ってるのは、この僕なんだからね!」
「どういう意味よ」
「今のエトナを助けられるのは僕しかいない」
顎をあげ、鼻高々にジョゼフは天を仰いだ。
優越感に浸っているようだ。
なるほど。考えたな。
私がペトロへ行けば、ほぼ間違いなく罪人として扱われるだろう。あんな過激民族の上層議員で構成された法廷だ。同盟国といえど外国人である私が裁かれるなら有無を言わさずクロ扱いするだろう。
しかし、ここでジョゼフに頼めば出廷も帳消し。
私に貸しを作れるということか。
「さぁ、僕に助けを請えよ、エトナ! そしたら此処から出してやる」
「イヤよ」
「……自分の立場が分かってるのか?」
「立場? ええ、重々承知してるわ。少なくとも貴方みたいな権力に頼るだけの馬鹿皇子とは違うってことくらいね」
私の煽り文句が鼻についたようだ。
ジョゼフが苛立った様子で立ち上がる。
「ちっ……この女……」
「さっさと消えて。目障りよ」
「――ふんっ! ここで助けを請えばペトロで良い暮らしも出来たものをっ! 法廷で罪状が言い渡されればどうせ僕の物だ。たっぷり可愛がってやる」
引き攣った顔でジョゼフは引き返した。
小物のくせに見栄張っちゃって……。
どうせジョゼフも私がエリンにいるうちは好き勝手にはできない。国際問題になるし、ジョゼフの方がこちらの国で裁かれることになる。
馬鹿皇子は去り際、
「あの臆病者にでも助けてもらうんだなっ」
捨て台詞を吐いて牢屋から立ち去った。
臆病者……。ジェイクのことか。
とんでもない。彼は人間不信なだけだ。
力だけでなくて心だって人より断然強い。
同じ経験をしてもあんな風に平然と人助けを続けられる存在なんて中々いないだろう。
でも、助けは求めたくはないな……。
ジェイクには助けてもらってばかりだ。
また縛り付けることになる。
それに、約束もした。
私がジェイクを未来へ帰してあげられるように、エリンから逃れる手伝いをするんだ。その私が「また助けて」なんて言い出したら約束を破ることになる。
自分のことは自分でなんとかしないと。
そう強がってみた。けれど――。
「白馬の王子様か……」
うん……少しそんな状況に憧れる。
もちろん私の王子様は一人だけだけど。
妄想に耽っているうちに迎えが来た。
どうやら私は早急にペトロへ護送されることになっていたようだ。馬車を用意されたらしく、ジョゼフやハイランダー軍とともにペトロへ送られる。
これで私の人生も終わりか。
不思議と達観している自分がいた。
この状況を怖いと思えないのは、やっぱりジェイクという大きな存在と出会ったからかな。
◇
城門の兵士達の時間を止め、城内へ侵入した。
リアは器用だ。
俺は時間を、ここからここまで、と範囲指定して止められるだけで満足していたが、リアに至ってはその指定範囲を三ヶ所同時に作れるらしい。
どういう事かというと、城門の兵士二人が立っている二ヶ所、見張り台の兵士が立っている一ヶ所を別々に静止させていた。
「あんな技を何処で覚えた?」
城内に入ってから問い詰める。
なんか悔しい。
父親なんて実感はないが敗北感が凄い。
「創意工夫によるものです」
「そうか……なら俺にもできるかな?」
「無理じゃないですかね」
「なんでだよっ」
「私はお父さんのコピーじゃないですよ。お母さんの子でもあります。器用さは母譲りかと」
「お父さんって呼ぶなっ」
悔しい……。
でも連れてきて良かった。
俺一人だったら強引に第一関門を突破した。
魔力枯渇状態で、さらに力を使えば、エトナを助け出した頃にはぶっ倒れて、きっとまたメルヒェン家のお世話になっていた事だろう。
それにリアは地下牢の場所も知っていた。
この城は覡暦の終わりの戦争で半壊して建て直したり、老朽化の影響で増築したりして、未来のエリンドロワ王城とはまったく違う構造をしているらしいのだが、基本骨格は同じで地下牢の位置は一緒なのだとか。
そんなことまで熟知して来たのか。
この娘はどんな人生を歩んだのやら……。
厨房裏口から裏庭へ回り、別棟の建物に入る。
その奥から螺旋階段が地下へ伸びていた。
二回転半も下ってようやく鉄扉を発見。
俺とリアは半ば蹴り破る勢いで開けて、地下牢へ転がり込んだ。
「エトナ!」
その狭い空間に六ヶ所しか牢屋がない。
でもどの牢屋を見ても、もぬけの殻だった。
「遅かったようです」
「え……!?」
「もう出発したのだと思います」
「他にも牢屋があるとか……」
「これでも私はこの五年間でロワ三国中の地形を確認しました。もちろん街の構造や民家の中、王城の細部も知り尽くしてます。牢屋はここだけです」
そこまで言うからにはそうなのだろう。
というか今、平然とおかしなことを言っていた気がする。それほど徹底的に準備をする辺り、オルドリッジの血筋を感じて恐怖した。
「わかった……。なら護送用の馬車を追うぞ。行き先はペトロだな?」
「はい。この分だと今頃は黄昏の谷ですね。でもそれだと戦闘が――」
リアが言いかけてる途中で飛び出した。
とにかく早くエトナを助け出す。
ペトロ国からの通達ってことは、きっとジョゼフ=ナントカ閣下が絡んでるんだろう。奴はエトナに惚れ込んでいたみたいだし、政略結婚を妨害された今となってはどんな強硬手段に出ても不思議ではない。
エトナもそれは望んでいなかった。
○
王都西側の街門の上に降り立った。
リアに時間を止められて追いつかれ、一旦そこへ向かうように指示された。その彼女も瞬時に門の上へ現われ、また時間静止魔法を使い始めた。
腕を摘ままれて静止時間を共有する。
……こいつ、魔力が俺より多いのか?
既に六回以上も世界全域の時間を止めていた気がする。
「なんだ?」
「確認です。ジェイクさんはエトナを連れ戻した後はどうされるのですか?」
「どうって……メルヒェン邸に届ける」
「……」
「何か問題があるのか? その後はちゃんとリバーダへ向かう」
「先ほどの立て看板が気になりまして」
立て看板?
エトナがどんな容疑で出廷されるか掲示されていたものか。
街中の人がそれを読んで信じていた。
完全に晒し者だ。エトナが可哀想だ。
「……」
「何かあるなら言ってくれ」
「いえ、優先順位で考えたら今はエトナの救助が先ですね。時間魔法を解除します」
意味ありげにリアは躊躇していた。
それはエトナを助けることを否定しているのではなく、その先の"不都合"を考えているようだ。冷静になれない俺では考えつかないような先を読んでいるのだろう。
「――と、その前に少し作戦を」
「作戦?」
「ジェイクさんにもアレは見えるでしょう」
「ああ。ばっちり見える」
リアが指し示した先には三台の馬車と何頭もの馬が荒野を駆けていた。
常人には見えないだろうが……。
俺たちは半魔造体特権で視力も良い。
あれがエトナを護送している馬車だろう。
まだ黄昏の谷にいる。
今なら追いついて連れ戻せる。
「あの騎馬兵がハイランダー軍です」
「だろうな」
「彼らは歴史に名を残すほどの勇兵です。実際に私も対峙して、その強さを知っていますが――おそらく今のジェイクさんでは五分五分か、多少劣る程度でしょう」
「そんなに強いのか?!」
「まぁ、ジェイクさんが魔力不足で弱体化していると思ってください」
「なるほど……」
リアの力が頼り、ということか。
本当に連れてきて良かったな。
わざわざ背中で担ぐ必要はなかったようだが。
思い返しても恥ずかしい。
「ただ、今回は救出戦です。ジェイクさんがエトナを抱えて逃げに徹したとしても、もしかしたら不覚を取る可能性もあります」
だんだん解説がじれったくなってきた。
「だから何だ? リアが援護してくれ」
「もちろんです。――では、私は援護だけでいいということですか?」
何の確認なのかよく分からない。
リアの横顔を見ても、その顔は無表情で質問の意図は分からなかった。
「……そこは臨機応変にやってくれ。まさか指示がないと動けないってわけじゃないよな」
「ええ。すみません……ただ、こんな事態は予想外で、今の私は"予定調和"の外側にいます。例えば、私が本気を出してハイランダー軍のうち、一騎でも殺してしまえば、それが間違った因果を導き出し、とんでもない抑止力が働くことも――」
静止した時間の中、リアは不安そうにリピカみたいなことをごちゃごちゃ語り出した。
そんなこと気にしていたのか。
それは無意味だ。
「いいか、リア。何事も全力でやれ」
「全力でいいんですか?」
「ああ。運命に偶然はない……。お前がどんな存在だろうと俺たちの決断はすべて正解だ」
夫婦神からの託言だ。
リィールもケアも口を揃えて言っていた。
――"運命に偶然はない"と。
「本当にいいんですね?」
「信じろ。最初の父の教えだと思え」
「あー。都合のいいときだけ"父親"ですか」
「……う、悪いか。ちょっとはお前を受け入れようと努力してるんだ」
悪戯めいた口調で揶揄されて赤面した。
リアはそんな俺と目を合わせて微笑んだ。
「わかりました。……今のお父さんはちょっと格好良かったです」
それだけ言うと再び荒野の先を眺めた。
時間魔法を解除し、時は動き出す。
リアは先駆けて跳び上がった。
俺もその後を追う。
リアとの仲もゆっくり深めていこう。
○
荒野を駆け抜けると、すぐに気づかれた。
当然だ。元より隠密での救出は不可能。
ハイランダー軍は散開して右に五騎、左に五騎と丁度半々に分かれた。
うん……?
待て。数が合わない。
確かハイランダー軍は九騎の兵で構成されたエリート軍団じゃなかったのか。
十騎に増えたのか。元から十人いたのか。
まぁ、今はそんなことはどうでもいいか。
奴らは馬車を守るような形に騎馬を配置し、俺たちを近づけまいとしている。
空を飛ぶ渡り鳥のような配列だ。
統率がよく取れている……。
確かに、真っ当な騎馬戦ならそう配置すれば俺たち二人が後方からどう追おうが接近は難しくなるだろう。馬上で戦う上では機動力さえ制限すれば、それ以上進めなくなるのだから。
――でもそれは真っ当な騎馬戦の話。
俺たちは別に騎馬兵ではない。ただ単に走って彼らを追い駆けている。つまり、このまま白兵戦へと持ち込める"走衆"なのだ。
一見してシュールな光景だろう。
馬以上の速度で走る人間……それも持久走で延々と走り続けるなんて人の所業ではない。
「なんだコイツら!」
「ええい、走り続けろ! どんなに足が早かろうが体力が保つものかっ」
「それが……敵二人、どちらも一向に速度は落ちません。もうすぐ追いつかれます!」
「なに!?」
馬車内の誰かとハイランダー軍の一人が言葉を交わしていた。
完全に混乱している。
ふふ。人智を超えた力の前では戦術など意味をなさないことを教えてやろう。
この状況は圧倒的有利。
並走し続ける限り、相手は馬という足さえ失えば戦力を失うのだ。
とはいえ馬を傷つけるのはさすがに可哀想だ。そこで俺は加速をつけて跳び上がり、ハイランダー軍を一人一人、馬から蹴り落とすことにした。
「とぅっ!」
「――うぎゃあっ!」
一人、墜とした。
騎手を失った馬は徐々に速度を落として荒野を駆けて離脱していく。
達者でな。自由に生きろよ。
心の中でそう念じて次のハイランダー兵に狙いを定め、跳び蹴りを喰らわせた。
「せいっ!」
「うああぁぁ……」
断末魔の声は遠ざかり、音程が変わる。
どこが互角なんだろうか。
十人中、既に二人も撃墜した。
リアは俺の馬鹿みたいな攻撃法を真似するつもりはないようで様子を覗っていた。
軽蔑するような視線すら向けている。
一刻を争うんだ。邪道だが、許せ。
現状、騎馬兵である彼らが不利だ。
相手も馬鹿ではないようで、すぐに事態を把握して対処した。
三台の馬車中、後続の二台が減速した。
同じくハイランダー軍の騎馬兵も減速する。
そしてついに進行を止めた。
すぐさま八騎が馬を降り、臨戦態勢になる。
「ジェイクさん、前の馬車を!」
リアが叫ぶ。
――そう、馬を降りたのは悪手だ。
俺は助走をつけて馬車二台とハイランダー軍の頭を跳び越した。
彼らの相手はリアが引き受けてくれる。
後は護衛が不在の馬車を追い駆けるだけだ。
「奴を行かせるなっ! ハイランダー!」
馬車内の男が顔を出して指示を出した。
よく見ると、その男は山岳遠征でも見かけた軍師だった。
指揮系統はその男が担っているらしい。
呼び声に合わせてハイランダー軍のうち三騎が振り向いて、俺を追いかけようと走り出した。
そこに立ち塞がるのはリアだ。
同じように跳躍して、俺とハイランダー軍の間に割って入った。
「ジェイクさんは先へ行ってください!」
典型を超えて様式美な言葉を投げかけ、俺を促してくれた。
我が娘ながらかっこいいな。
「ああ、頼んだぞ!」
信頼して任せることにした。
踵を返し、先行する馬車を追いかける。
きっとジョゼフ閣下やエトナはそこにいる。
…
リアの援護もあり、難なく馬車へ辿り着く。
交戦もせずに走り抜けることができた。
「エトナ!」
「ジェイクなの!?」
顔は見えないが、未だ慌しく荒野を駆け続ける馬車の幌から声が聞こえた。
エトナの声だ。
「助けにきた! 待ってろ!」
助走をつけて突っ込んだ。
革製の幌は無惨に破け、俺は見事に馬車内に着地した。
内部を見渡す。
エトナは後ろ手に縛られていた。
その向かいの座席にはジョゼフ閣下や他二人の臣下が目を丸くしていた。
どうやらエトナは無事らしい。
……なんか乱暴なことをされていないか不安だったけど、着衣も乱れてないし、如何わしいことはなかったようである。
「こ、この化け物め……っ!」
ジョゼフ閣下は装飾刀を腰から抜いた。
文字通り、それはお飾りだ。残念だが、化け物呼ばわりはもう何度も何度も経験してきて何とも思わない。
瞬時に後ろへ回り込み、首を絞め落とす。
気絶する程度まで締め上げた。
ここまで来れば救出成功だ。
事態を把握した馭者も馬を止めて逃げた。
「よし、エトナ……帰ろう……」
ほっとしたのもあって少しふらついた。
そういえば俺は貧血状態だった。
歯を食いしばって手を差し出す。
……だが、一向にエトナは手を取らない。
どうしたんだろう。
しばし呆然としてるとエトナは首を振った。
「ううん。ジェイク……駄目よ」
「え!? なんでだよっ」
エトナが俺の助けを拒んでいる。
意味が解らなかった。
望んでペトロへ行きたいとでも言うのか。
「……だって……私は……」
エトナの声が徐々に震え出す。
俯いていて顔は見えないが、その顔が涙に濡れていることはすぐ気づいた。
「だって……助けて貰ってばっかりで……」
手を縛られているせいで、エトナは涙を拭うこともできずに垂れ流していた。
ぽたぽたと袖を濡らしていく。
「ジェイクが優しいから……また貴方に負担ばかり……かけちゃうじゃない」
そんな理由で――。
俺はてっきりエトナの矜持が傷ついて、彼女なりに気高に振る舞うために助けを拒んだのかと思った。
でもそうじゃない。
エトナは芯から優しい女の子だ。
俺のことを気にしてくれたんだ。
小型の魔力剣を造って、エトナの手を縛る縄を切ってあげた。ハンカチみたいな洒落たものなんて持ってないから直接手で濡れた顔を拭いてやる。
泣き顔を晒すのは乙女の恥だろう。
「馬鹿だな。俺が勝手にやってることなんだから負担に思うわけないだろ」
「だってジェイクは他にもやることが……」
他にやること――まぁ、リアの正体も判明して本来の自分の目的を思い出した。
だが、それはそれ。これはこれだ。
「エトナのピンチには駆けつける――そう言っただろ。ほら、観念して俺に助けられろ」
「……なにそれ。ほんと馬鹿」
「馬鹿? なんでそうなる」
「またそういう台詞言うからよ……っ」
エトナは不満そうだが、ちゃんと俺の手を取って立ち上がってくれた。
観念したようである。
「でも……ありがと」
「それでいい。さぁ、帰ろう」
慎重に馬車から下ろしてあげた。
しばらく座りっ放しだったようで着地すると同時にエトナは少しふらついた。
ふらふらコンビだ。
早く屋敷で休ませてあげよう。
そう思って歩き出そうとした刹那――。
「ジェイクさん! 一人、違うのが……!」
遠くから叫ぶリアの声。
その直後、飛び込んできた鎧兵の剣技はハイランダー兵のそれを遥かに凌駕していた。
咄嗟にエトナを突き飛ばして遠ざける。
魔力剣を即時生成し、男の剣戟を受け止めた。
「……っ!」
「……」
重鎧に身を包んでいて姿は確認できない。
でもエリート揃いのハイランダーでもさらに飛び抜けた力を持つことは瞬時に理解できた。
振り翳した剣の重みが違う。
そしてその速さも俺やリアと同程度。
――生身の肉体を超えた魔造体のそれだ。
競り合う刃を介して問いかけた。
「誰だよ、お前……っ」
「……」
答えない。無言を貫いていた。
重鎧の兵士は俺の魔力剣を力技で押し返し、そこから繰り広げたのは目にも止まらぬ速さで振るい続ける剣戟の雨霰。
流派なんてない滅茶苦茶な動きだ。
なんだコイツは……。
その滅茶苦茶な動きを受け流すも、重鎧の兵士は最終的に俺を蹴りつけて間合いを取った。
踏ん張るも、敢え無く足を滑らせた。
剣を突き立てて姿勢を保つ。
「……ハァ……ハァ」
「ジェイクっ! 大丈夫なの?」
魔力不足がここに来て仇となった。
もっと温存するか、遠慮せずにリアの血を吸っておけばよかった。
後方にいるリアを見やると、他の数騎のハイランダーとまだ交戦している。時折こちらに視線を送っているので余裕はありそうだが――。
直感が告げている。
立ちはだかる重鎧の兵士は実力が段違いだ。
そういえばハイランダー兵の中で一人だけ浮いている兵士がいた。
十騎に増えていたのはそういうことか。
一騎、別の存在が混じっていたんだ。
重鎧の兵士は有無を言わさず、また俺のもとへ飛び込んできた。
剣士としての腕前は酷いもので、剣筋もぶれているし、構え方も整っていない。しかし、その男はまるで棍棒でも振り回す鬼の如く、神速の域で俺の体に剣を叩きつけてくる。
「くっ……!」
このままだとマズい。
今のところは何とか応戦できるが、本調子じゃない上にいつ倒れるか分からないほど眩暈がする。
重鎧の兵士は荒野を滑り込み、低姿勢で俺めがけて飛び込んできた。
まるで狂犬のようである。
飛び掛かる剣筋は稚拙なものだが、それ故に動きも予測できずに苦戦する。
「ジェイクさん!」
「なんだ!?」
リアが遠方で必死に叫んでいた。
そちらを見やると、ちょうどハイランダー軍の残党を最後まで打ち倒したようで、魔力剣を手放して、手元に弓矢を生成していた。
「最後に一回だけ時間を止められますか!?」
「あぁ……?」
無理な注文をしてくれる。
でも意図することは伝わった。
俺は対峙する相手を気合いの一声で突き放し、エトナのところへ駆けこんで抱きついた。
守るように地面に伏せさせる。
「いくぞ、リア――止まれ!」
範囲なんて滅茶苦茶だ。
限界まで魔力を使い尽くし、時間静止の範囲を広げてその男を拘束した。
「自家静止……開始」
リアの詠唱が聴こえる。
俺が静止させた時間領域でも彼女は自由に行動できる。
そして魔性の弓矢を構えて集中し始めた。
赤黒い弓は歪なカタチをして大きくなる。
刺々しい形状の弓と螺旋状の矢に、蜷局を巻く様に赤黒い魔力が凝集し、肥大化していく。
「――魔砲銃!」
そうして放った特大の矢。
錐揉み状の渦が発生し、その矢は荒野のすべてを飲み込んで軌道を翔け抜けた。
対称となった重鎧の兵士に直撃しても尚、勢いは止まらず、そのまま貫いて黄昏の谷に一直線の溝が出来た。
重鎧の兵士は跡形もない……。
俺も我慢の限界で時間魔法を解除した。
リアの放った矢が消えると大地に一陣の風が吹き抜け、何事もなかったように静まり返った。
「なんだ、今の……」
「魔砲銃。私の必殺技です」
歩み寄ったリアが得意げに答えた。
「やりすぎだっ」
「何事も全力でやれと言ったのは誰ですか」
「限度があるだろ! さすがに引いたぞ」
「それ、お母さんにも言われました」
「そりゃそう――! ……うぅ、眩暈がする。とにかく、リアのせいであの敵が何だったか分からなかったじゃないか」
「現実にはそういうこともありますよ。正体不明の敵、深まる謎……なんて、圧倒的な力の前では一瞬で無かったことにされます。伏線ブレイカーです」
「……」
駄目だ、この娘。
比較対象ができたおかげで俺がまだ常識人だということがよく判った。
それよりもエトナは――。
視線を下に向けるとエトナは俺に包まれる形で目を回し、意識を失っていた。
対する俺も眩暈がして立ち上がれない。
「帰りは徒歩ですね」
「あぁ……悪いな」
「いいです。約束してくれましたから」
「約束?」
「リバーダ大陸」
「ああ、分かってるよ……」
これでエトナともお別れだ。
寂しいな……。
でも俺はこの子と出会えて良かった。
人間不信を治してくれたのはエトナだ。
――"また負担ばかり掛けちゃうじゃない"。
そう泣いてくれた心優しい少女。
その言葉と涙があれば俺はまた頑張れる。
○
数時間かけてメルヒェンのお屋敷の近くまで戻ってきた。
エトナはリア小さな背を借りながらだ。
徒歩なのでかなり時間がかかった。
でもエトナとの別れが心惜しかったから時間がかかってくれて助かった。
おかげで気持ちも整理できた。
日暮れも近くなった今となってはマウナの喜ぶ顔が頭に浮かび、足取りも早くなる。
俺のすっきりした気持ちとは相反して、リアの表情はどんどん曇っていく。負んぶに抱っこで歩かせていたから疲れが溜まったのだろうか。
「どうしたんだ、リア?」
「やっぱり後先考えて行動するべきだったと反省しています」
「ああ……さっきの魔砲銃のことか?」
最初見たときは気が動転して怒ったが、この際どうでもいい。
リアのおかげで助けられた。
俺も気持ちよくエトナやマウナとお別れできるんだ。新たな敵のような存在も、リアの言う通り、死んでしまえば無かった話。
気にしなくていいのに。
――だが、そういう訳ではないらしい。
リアは首を小さく振って否定した。
「じゃあ何のことだよ?」
「立て看板の話です」
「ああ、それか。それが一体……どういう……」
屋敷が見えるところまで来て絶句した。
――赤い風景が目に焼き付く。
夕焼けで赤く染まる平原。
周囲も赤いが、それは一際赤かった。
赤く……赤く、燃え上がる炎。
メルヒェンのお屋敷が燃えている……。
広大な敷地に城のような屋敷があったはずだ。
それがすべて燃え上がっていた。
「か、火事!?」
「小火騒ぎの範囲ではないです。あれは意図的に放火されたものです」
「は……」
放火された? 一体、誰に……。
血の気が引いて衝動的にリアから離れ、屋敷まで駆けつけた。力が湧かず、怠い身体を引き摺るように駆け寄る。
「嘘……だろ……」
マウナは? オーガスティンさんは?
後から色んなことが気になってくる。
焼け野原と化した庭園の前。
門の近くで二つの影があった。
赤い炎に灯されている。
マウナとオーガスティンさんだ。
二人の命が無事でまずは安心した……。
マウナは地べたの上で眠っている。
姉と同じように気絶して倒れているようだ。顔も蒼く、魔力切れで倒れた人の様子と同じだ。きっと魔法を何度も使ったんだ。
水魔法で火事を消そうとしたとか……。
それを前に項垂れるオーガスティンさん。
「オーガスティンさん、一体なにが……」
「あ、あぁ……ジェイクくん……大変だ」
「誰がやったんですか?」
力無く項垂れながらもオーガスティンさんはなんとか冷静に答えようと努めてくれた。でもあまりの事態に言葉がうまく出ないようだ。
「王都の市民が大勢……やってきて……」
それは信じられないことだった。メルヒェン家は市民に慕われていたはずだ。数多ある貴族の中でも随一というほど。
そのはずが、市民がやってきて放火?
信じがたい話だ。
でも現実に起きたんだから信じるしかない。一番の被害者である当主がそう言うんだ。続けて、オーガスティンさんは悲愴に満ちた目で訴えた。
「頼む……娘たちを連れてってくれないか」
「連れてって……どちらに、ですか」
オーガスティンさんの言葉は要領を得ない。
自宅が放火されてすべてを失ったんだからそれも仕方ないが。
「リバーダ大陸へ行くのだろう……早く、この子たちも避難させないと……」
ああ、そういうことか。
リバーダ大陸へ……。
それは一向に構いませんが……。
いや、え……構うぞ、それ。
連れていくと大問題だ。
だって俺は未来へ帰るんだ。最後まで面倒見切れないし、何よりそんな……気持ち的にも追いつかない。ちゃんと別れを覚悟して来たのに。
リアに担がれて眠るエトナ。
地面で横たわって眠るマウナ。
双子の巫女をぼんやりと眺めた。
――どうやら俺はまだ、
巫女と関わり続ける"運命"らしい。
第5幕 第2場終わりです。
結局4人揃ってリバーダ大陸行きに。




