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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第1幕 第3場 ―覚醒―
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Episode24 巻きつく聖典


 夜、ダリ・アモールの街に到着した。

 ラインガルドとの戦いは大したことなかったが、いつまでも休むことができないこの状況が、俺の精神を徐々に追い詰めていく。

 その一方でケアはその華奢な体とは裏腹に、平然としていた。

 これが女神の力ってやつか。


 ダリ・アモールの夜は、昼間の絶え間ない物流や賑やかな喧騒と相反して、穏やかな雰囲気漂う海沿いのオシャレな街だ。

 しかしそれは普段の話であって、今晩はなぜか穏やかではない。

 兵士たちがガシャガシャと重たい鎧を身に着けて、街の周辺を見回りしている。さらにはたまに走り寄っては別の兵士へ近寄り、何か耳打ちして伝令を伝えているようだった。

 もしかしてさっきのラインガルドとの戦闘のせいか。

 腰を屈めて、岩に身を隠しながらゆっくりと街の外壁の門へと近寄った。

 ケアも俺の真似をして後ろから付いてきた。なんかたどたどしい様子が歳相応の女の子らしく、可愛らしく思えた。


「どうしよう……兵士が多いな」

「ジュニアさん、あっち」


 ケアがその小さな人差し指で指差した先は、街の外壁の下を掻い潜るように流れる川だった。川は街へ入るときに運河に代わり、その両岸は石壁で固められていて狭い岸も人工的に作られている。

 以前見かけた船を使った往来も、この運河が利用されているんだろう。


「この運河から街に?」

「……うん」


 まるで専属ナビゲーターだな。川岸から運河へと渡り、街へと侵入した。



     …



 運河を伝って、コソコソと街へ入っていった。

 まるで泥棒のようだ。何も悪いことをしていないのに後ろめたい。


 街の中は外の警備に比べたらまだ少なかった。岸辺を歩き続けて何度か橋の下をくぐったあたりで、運河の下と上とを繋ぐ梯子が、側面にかけられている場所に到着した。

 これでようやく街の通りに出られる。


「上ってもいい?」

「……うん」


 そして、周囲を警戒しながら通りに出た。

 ここは多分、サン・アモレナ大聖堂の近くだ。

 何日間か滞在していたのである程度、この街の地理にも覚えがあった。

 街灯設備が特徴的で豪華だった。


「こっち」


 ケアが先頭を歩き始めたが、その通りを臆することなく堂々と闊歩していた。


「ちょっとケア、兵士に見つかるんじゃない?!」

「………」


 ケアは立ち止まって少し考えたようだった。

 しかし次の瞬間。


「おい、子どもか?!」


 案の定、見つかってしまった。びくりとして振り返ると、松明を持って歩く夜勤の兵士がこちらの様子を見ていた。


「だめじゃないか、こんな夜遅くに出歩いたら………」


 言われながら近寄られ、そしてばっちり顔を見られた。

 俺の顔を見た瞬間、兵士は戦慄の表情を浮かべて立ち止まる。


「右頬の魔族紋章……女の子………」


 そう呟いたと思ったら、慌てて警笛を懐から取り出し、ピィーっと吹き始めた。夜の静かな街に甲高い笛の音が鳴り響く。


「敵だー! 誰か応援を!」


 大声が鳴り響き、周囲からガシャガシャと鎧が駆けつける音が迫ってきた。やっぱり警戒の対称は俺だったのか。

 ケアを担ぎ上げて路地裏へと逃げ込んだ。

 兵士は慌てて俺の後ろをガシャガシャと追ってくる。

 こないだここの兵士たちに追われていたアルフレッドを思い出す。こんな気分だったのかな。


「あぁ、もう、ナビゲーションしっかりしてくれよ!」

「……あぅ」


 だめだこれは。

 なんとか逃げ切りたいが派手にブースターを起動したら街を壊してしまう可能性もあるし、より目立つ。

 どうやって逃げ切るか……。


「ジュニアさん、壁! じゃんぷっ!」

「ジャンプしろって?!」

「うん」


 走りながらそびえ立つ家々を見上げた。ジャンプしても屋根には届きそうにはないが、壁伝いにジャンプすることが出来れば―――。

 ガラ遺跡からの脱出時のことを思い出す。今の俺なら壁蹴りしながら屋根の上までジャンプできるかもしれない。

 ええい、モノは試しだ!


「ケア、捕まって!」

「うん!」


 助走なら充分だ。そのまま、俺は壁に向かって跳び上がった。

 自分の予想よりもはるかに高く跳躍できた。


「と、跳んだ?!」


 後ろから追う兵士たちも直線状に逃げる俺が、急に立体の動きをし始めて驚いたようだ。そこから壁を蹴り、向かいの建物を蹴る。それの繰り返しで屋根の上へあがることができた。屋根の上から見る都会の街並みは、それはそれは感動的だった。下からは街灯の明かり。上からは煌々と輝く月明かり。


「屋根の上に逃げたぞ!」


 下から兵士たちがその数を増して俺を指差していた。なんだか人間離れし始めてから、あの下にいる人たちが別の生き物のように思えてくる。

 というか俺って本当にまだちゃんと人間なのか?

 この人間離れした動き……もしかして本当に魔族になったのか。


「ジュニアさん、右」


 相変わらず、肩に担がれたケアのナビゲーションは続いていた。

 俺は黙ってそれに従った。結局のところこの模様を隠さない限りは行動するにも目立つ。封印がどういうものか分からないけど、新しく服も手に入れて、早めに右腕を隠さないと……。

 そういえばケアもローブ一枚で、その下には何も身に着けていない。

 それどころか、パンツすら履いてない。



     …



 家々を屋根伝いに走っていった。兵士たちは俺を見失ってしまったようで、物騒な物音は近くからは感じられなかった。


「ここ」


 ケアはある家の屋根に到着したときに、何の予兆もなく急に呟いた。


「この家に入るのか?」

「ここ、はいる」


 どう見ても普通の家にしか見えない。特別なものがあるようには感じられない。

 家の屋根には突き出た形で出窓や煙突が突き出ていた。さすがに煙突から入るのは無理だと思ったのか、ケアは屋根から突き出る出窓を指差していた。


 俺はこっそり窓に近寄ったが、中は暗くなっており、月明かりの反射で内装はよく分からなかった。両手で視界を覆って、中を詳しく探る。どうやら屋根裏部屋のようで、木箱や布掛けの置物が放置されているおり、侵入できそうだ。

 窓を上方向へ開けようとするが、やはり鍵がかかっていて開かない。

 乱暴にこじ開けたら家主が起きてしまうんじゃないか?


「どうやって入る?」

「あぅ……」


 連れてくるだけ連れてきて、そういうところは手詰まりかよ。


「みぎて、さわって」


 ケアに言われるままに右手で窓に触れた。右手の甲の赤黒い線が光り始めて、窓の取っ手部分が柄に、ガラス部分が刀剣に変化し、鍔のないダガーへと変化した。相変わらず、俺の右腕と同様の赤黒い線がダガーナイフにも入っている。


「この力は、どんな物でも剣に変えられるのか」

「うん」

「はー……理屈は分からないけど便利だな」


 脆そうだが、とりあえずガラスのダガーを持っていくことにした。窓が失われて夜風が家の中へと吹き込んでいった。俺とケアはコソ泥のように建物内に侵入し、木箱を足場にしながら部屋へと降り立つ。

 家主は寝静まっているのか、やけに静かだ。

 屋根裏部屋からは床下へと続く階段がしっかりあった。俺とケアは忍び足で階段をゆっくりと降りていき、家の何階かの廊下に降り立った。

 小声でケアに耳打ちする。


「ここで何をする?」

「……かわ?」

「川?」


 ケアは、1つか多くても2つの単語くらいしか話さないから、伝えたいことがはっきり分からない。

 廊下をゆっくりと進んだ。

 ケアは部屋を見かける度にちょっとだけ立ち止まり、少し考えるように目を瞑ってから、また歩き出すというのを繰り返していた。

 何か感じ取っているのだろうか?

 ある部屋に辿り着いたときケアは完全に立ち止まった。


「ここか?」

「……うん」


 目的のブツはこの部屋の中にあるらしい。恐る恐る、部屋に手をかけて開けてみる。部屋には鍵がかかっておらず、普通に開いた。

 中には誰もいない。誰かの寝室のようにベッドが置かれていて、スタンド型の鏡も、本棚も、クローゼットもあるふつうの部屋だ。ベッドサイドテーブルにはロウソクも灯っている。

 もしかして誰かすぐ戻ってくるのか?


「何を探せばいいの?」

「かわー」

「もしかして、動物の皮とか?」

「……うん」

「それは、特別なものなのか?」

「うん」


 動物の皮。一見してそんなものなさそうだけど。


 ―――ト、ト、トと、規則正しく誰かが廊下を歩く音が耳に届いた。

 まずい! この部屋の主だったら侵入がばれる!

 俺の直感スキルが頭の中で警告を発していた。慌ててクローゼットを開放し、ケアと二人で中へ隠れる。


「ケア、頼むから喋られないくれよ」

「……あぅ」


 クローゼットにかけられた衣類は派手なものばかりで、女性用の服が多い。綺麗にしているのか、生活臭はしない。

 ということはこの部屋の主も女性?

 クローゼット内のブラインド穴の隙間から、部屋の中が覗くことができた。足音が近づくにつれて、息を潜める。


 ―――そして徐に、ガチャリと扉が開いた。部屋の中にあらわれた人物は背が高く、背筋をピンと伸ばした男だ。男は口髭を生やしていて服装も正装用のものなのか、小奇麗な茶色いジャケットの下にはさらにベストも着ており、気品さが窺えた。

 というか、俺はこの人を見たことがある。

 どこの誰だったか。ダリ・アモールでの日々を思い出す。


 あ、そうだ。ダリ・アモール観光協会の人だ。名前は確かアル……アル……アルマンドさんだ。

 リズとリンジーが踊り子のアルバイトをするときに仲介してくれた人だ。とても品が良さそうな男性で、紳士というのはこういう人のことなんだろうな、と感じたのを覚えている。それにしても半年ぶりに地上に出て、その日のうちに2人も顔見知りに会うなんて。

 世間は狭いなー。

 という事は、ここはアルマンドさんの部屋なのか?

 にしてはこの女性用衣装の数々。あるいは奥さんの部屋だろうか。


「…………」

「…………」


 ケアと二人で息を殺した。

 早く出てってくれ。侵入者は俺たちの方だけど。


 アルマンドさんは部屋に入るなり、ジャケットを脱ぎ、ベッドに置いて綺麗に畳み始めた。几帳面な人だ。

 人間観察してるみたいで罪悪感が増してくる。人間の見たくない部分も見えてしまいそうで末恐ろしい。そしてアルマンドさんは小脇に抱えた何かの布きれのようなものを広げた。

 それはタータンチェック柄のオシャレな布だった。腰かけかと思いきや、どうやらワンピースのようである。

 奥さんへのプレゼント?

 しかしアルマンドさんはその広げた小可愛いワンピースを鼻に押し当て、おもむろに匂いを嗅ぎ始めた。


「……!」

「………あぅ!」


 へ、変態だ!

 これは見てはいけないやつだ。

 それは人間が決して侵してはいけない大人のプライバシーというもの。俺とケアがそこに足を踏み込んだ初めての瞬間だった。一方でアルマンドさんは誰もいないと思っているため、ワンピースの匂いを堪能し続けることに余念がない。無我夢中で女性ものの衣類に鼻を押し当て、変態的行為を続けていた。


 外では紳士的で気品高そうな振る舞いをしている人でも、個室の中というブラックボックスでは日夜なにを繰り広げているのか分からない。

 この光景は後に、俺にとってのトラウマになること間違いなし。しかもケア、こいつは少女であるが、その前に女神だ。

 アルマンドさん、神の面前ですよ……!


 そのアルマンドさんはさらにワンピースを自分の胴体に押し当て、長い鏡でチェックしていた。

 女装癖……この人、女装癖があるんだ。

 アルマンドさんは自分とチェック柄のワンピースの相性を、真剣な眼差しで確認していた。


「ふむ」


 ふむって……。

 そしてガチャガチャと腰のベルトを外し始めた。

 え? 着るの? それ着るの? 無理無理!

 ケアにも絶対見せてはいけない!


 ―――ゴトッ。


 あ、しまった。ケアの目を隠したタイミングで、クローゼット内の何かを蹴ってしまった。


「ふむ……?」


 アルマンドさんはワンピースをベッドに置き、そしてクローゼットに近づいてきた。終わりだ。クローゼットはそれほど大きくないため、隠れられそうなところはない。

 そしてクローゼットは開け放たれた。

 部屋に侵入していた罪悪感。

 見てはいけないものを見てしまった罪悪感。

 もう罪悪感の塊。


「子ども!?」


 アルマンドさんも狼狽の色が隠せない。部屋の中に魔族のような少年と虹色の虹彩を輝かせる少女の2人が、先ほどまでの自分の行いを見ていたと気付いたんだ。

 この気まずさ。

 悪いのは俺たちの方だが、変態はアルマンドさんの方である。


「子どもがここで何をしているのだ?」

「お、俺たちは………その……」

「あぅ………」


 何も言えることはない。

 だって俺もここに来た理由はよく分かっていないんだ。ケアに連れてこられて、動物の皮を探すという曖昧な目的で来ただけだ。

 もう泣きたい気分だ。


「む、この紋章は……?」


 アルマンドさんは俺の右頬に気付いた。そして俺の右頬から右腕に至るまで、入れ墨模様をまじまじと観察し始めた。


「アーカーシャの系譜!」

「え……なんですか?」

「なぜこの紋章が!?」

「いや、お、俺は――――」

「サードジュニアさん」


 その名を呼んだのはケアだった。ケアは相変わらず少女モードのままだったが、上機嫌そうに俺を紹介していた。


「サード、ジュニア?」

「ジュニアさん、ジュニアさんー」

「サードジュニア……第三の息子………そうか、そういうことか……!」


 アルマンドさんもなんだかさっきまでの奇行のことは忘れて、何か納得したようである。

 訳が分からない。



     …



 アルマンドさんは温かいココアを持ってきてくれた。それをケアと二人で飲みながら、ベッドに座らせてもらって一息つく。

 束の間の休息。


「先ほどは失礼しました。私はアルマンド・バロッコ。この街で観光協会の経営委員を務めている者です」


 アルマンドさんは子どもの俺たちにも敬意を払って接してくれた。さっきの変態行為に目を瞑れば、やはり礼節を重んじる紳士の振る舞いだ。しかし、俺の感覚では1週間前に会った人でも、この人からしたら半年前に見かけた子ども。

 覚えていないのも無理はない。


「私は観光協会内でこの街の史跡や文化遺産の保全活動も行ってますが、個人的な興味もありましてな。この街の歴史や文化の研究もしています」


 さらに加えたら女装にも個人的興味があるんだな。


「今から20年ほど前、私もまだ幼い頃のことです。ある魔法大学の研究家たちがガラ遺跡で発見した遺物がありまして……」


 そう言うと、アルマンドさんは棚の中から一つの麻の布で包まれた巻物のようなものを持ってきた。


「これです。当初はある地域の魔法大学へ持ち去られたものですが、大学へ厄災が降りかかり、呪いがかかっていると言われて現地のダリ・アモールへ戻されたのです」


 麻布を取り外し、巻物を取り出した。それは羊皮紙で書かれているようだった。動物の皮ってもしかして羊皮紙のことかよ。


「これは"アーカーシャの系譜"と呼ばれています。おそらくガラの文明人たちが書き記した聖典のような物ではないかと……」

「なんでそれをアルマンドさんが?」

「当初は大聖堂のドルイドの手によって保管されておりましたが、そのドルイドが急に手放すと言いだしたのです。その理由はよく分かっておりません。ある事件が起きて封印指定となり、魔術封印を施した際にも何名かのドルイドの助手たちが死亡したと伺ってます」


 聞いただけで身の毛がよだつ。それをしれっとした顔で手に持つアルマンドさん。


「それを呪い好きの私の父が大聖堂から買い取ったのです。周囲からはやめておけと言われたのですが……私も父も、この聖典による呪いを受けることはありませんでした」

「………それで、そのアーカーシャとかいうのと、俺は何の関係があるんですか?」


 アルマンドさんはよくぞ聞いてくれましたとばかりに、その聖典を一部広げて見せてくれた。


「まず第一章のところです。この記された魔族語を翻訳したところによると"万象の彼方を見つめしもの、偉大な息子たちを引き連れる。その第三の息子、女神の加護により呪われし大地を解放しむる"」

「……ジュニアさん」


 ケアが反応した。


「そうです。サードジュニア、つまり第三の息子、あなたのことではないでしょうか?」


 確かにオルドリッジの三男。

 イザイア・オルドリッジは万象の彼方を見つめしもの?

 あんな暴君が偉大な感じで語られているのは癪に障るが……。

 しかし、実際にここには女神がいて、この右腕もケアによるもの。

 それが女神の加護?

 呪われし大地を解放しむる…?

 もし俺のことだとして何をするんだろう。


「さらにですよ、この紋章! これはこの聖典が"アーカーシャの系譜"と呼ばれる所以にあたるところですがっ」


 アルマンドさんは戸惑う俺を置いてけぼりにしてどんどんヒートアップしていった。巻物をどんどん展開されて、べらべらと長い長い尾を引いて部屋中を満たしていった。

 羊の皮にしては長すぎる。


「この第三章! ここからは図式が記されております。魔族語の図解ですが、これは研究家たちの報告では生命や魔力の"系譜"であると、魔族語でアーカーシャと書かれています!」

「は、はぁ……」

「この系譜、貴方のその右腕から右頬に刻まれた紋章と丸っきり同じなのですなっ」


 アルマンドさんは鼻息が荒かった。

 俺とケアが呆然とそれを見上げ、アルマンドさんも自分自身がヒートアップしていたことを自覚したのか、コホンと咳払いした。


「私は子どもの頃からこの聖典の謎ばかり追っておりました。なぜこの聖典だけは独自の文化を持つはずのない魔族の言葉で記されているのか、なぜ我がバロッコ家がこの聖典を持ち得たのか―――」


 アルマンドは目を瞑り、感傷に浸っているかのようにしみじみ語り始めた。そんなアルマンドさんを後目に、俺とケアは顔を見合わせた。


「……ジュニアさん、封印、これ」


 ケアが聖典の尾ひれの一部を持ち上げる。するとそこから虹色の光が放たれ始めた。


「服、脱ぐ……服!」

「服?」


 そう言われて、ぼろぼろの上着を脱いだ。

 幾何学的に刻まれた赤黒い線が俺の肩口までびっしりとあった。


「――――そして私はこの観光協会に務めることになったのです……ん?」


 語りが止まらなかったアルマンドさんもその事態に気付き始めた。長い尾を引いた聖典はふわふわと浮かびながら、さらなる強い光を帯び始めた。


「こ、これは………そうか、貴方が……いえ、貴方様がやはり女神の化身!」


 その聖典は素早い動きでぎゅるぎゅるとコイル状に巻きあがると俺に向かって襲いかかってきた。


「ひっ」

「……大丈夫」


 抵抗するように右腕を突き出したが、そこに聖典がぐるぐると巻きついた。それがぐぐぐっと俺を締め付けて、肩から右手首まで覆う。赤黒い魔力波と聖典の虹色の光がバチバチと抗うように反応していたが、少しすると収まった。


「奇跡……これは奇跡の御業!」


 アルマンドさんはその奇跡との遭遇に、嬉々として歓声を上げた。


「これが封印?」

「……うん」

「ふーむ」


 なんか羊皮紙が腕にぐちゃぐちゃに巻きついたようにしか思えないんだが。


「素晴らしい! バロッコ家に聖典が納められていた理由は、すべてこの時のためでしょうか! そして貴方様、貴方様が女神様だったのですね?!」

「……あぅ」


 おっさんに顔を近づけられて、ケアも不愉快そうに避けていた。


「こ、これはご無礼を。女神様、私めができることなら何なりと致しましょう」


 アルマンドさんは跪いて、頭を下げた。ケアは特に何か命令するわけでもなく、ぼーっとその様子を眺めていた。俺はその様子を脇目に、ボロボロの服を着直そうとした。

 そのときふと思い出す。


「……あ、そういえばアルマンドさん」

「はい、なんでしょう。サードジュニア様」

「ずうずうしいですけど、なにか新しい服を恵んでくれませんか? 見ての通り、俺もこんななりで実はケアも……その、ローブ1枚しか着てないんです」

「左様でしたか。それでしたら容易いことです」


 そしてアルマンドさんは俺たちが最初に隠れていたクローゼットを開け放ち、いろんな女性衣装を取り出した。

 ケアのような小さな子向けの衣装もあるのか。

 この人、本当はかなり危ない人なんじゃないか?



     …



 ケアに与えられたのは、修道女が着るような黒と白のシンプルなワンピースと黒いカジュアルブーツだった。特徴的な淡い紫色の髪色にマッチして、神聖さがより高まった。ケア自身も気に入ったようにふりふりとスカートを振って喜んでいた。

 リズとリンジーの踊り子衣装選びのときも思ったが、なかなかアルマンドさんはセンスがあるのかもしれない。しかしこんなにさまざまな衣装を持っているという点は警戒を示さずにはいられない。まさかある時期から急に増えたという子どもの誘拐事件もアルマンドさんが絡んでいるんじゃ?


「どうされましたか? これは私の服飾集めの趣味の一つですよ」

「そうですか」


 まぁこうして恵んでもらえるんだから、親切な人であることには変わりない。俺にも服を恵んでくれたが、着なれないシャツやベストだった。

 これは動きにくい。


 ―――ドン、ドン、ドン!

 突如、階下の方から乱暴に戸を叩く音が鳴り響いた。


「バロッコさん、ちょっとよろしいですか?! アルマンド・バロッコさん!」

「む、こんな夜ふけに来客ですか……」


 アルマンドさんは面白くなさそうな表情を浮かべて部屋から出ていこうとしていた。


「女神様、サードジュニア様、少々お待ちくださいませ」

「………敵ー! 兵士! 敵ー!」


 そこにケアが懸命に叫んでアルマンドを呼びとめた。


「なんと? 敵と言いましたかな?」

「敵ー、助けて」

「なるほど、敵ですか……女神様、仰せのままに」


 ―――ドン、ドン!


「アルマンド・バロッコ! 開けなければ、ダリ・アモール近衛兵の名において粛清を下す!」


 叫び声は続いていた。


「乱暴な下賤どもですな。ここは私が引き止めましょう。どうぞ裏口へお回りになって、お逃げください」

「そんな………こんなにいろいろ恵んでもらったのに、何かお礼を」

「私はアーカーシャの系譜の謎に迫るために生きておりました。その謎の答えが一つ得られ、そして女神様と英雄になる貴方にこうして謁見し、衣装のお世話ができた。それだけでも天恵です」


 ついには扉は、蹴り破られようとするかのように大きな音を立てている。アルマンドさんはそれに対応するため、静かに部屋を出ていった。


「ジュニアさん、行く」

「うん。アルマンドさん、ありがとう……!」


 部屋を出て、ゆっくりと一階に下りた。


「バロッコ、貴様なにを隠している?」

「隠す? この街のために何年も生きている私が何を隠すと仰いますか?」


 入口の扉で兵士とアルマンドさんが応対しているのが目に入り、気づかれないようにそそくさと一階の裏口を目指した。


「うちの兵士たちがこの家から怪しい虹色の光が放たれるのを見たそうだ! 家の中を調べさせてもらうぞ!」


 アルマンドさんはちらりと後方を見て、俺とケアが家のキッチン側の裏口から脱出するのを確認した。


「どうぞ……私には何のことだかさっぱり分かりませんがね」



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