Episode212 三つ巴の交戦
蠍の群れを見ているかのようだ。
草木も生えぬ荒れ果てた尾根を、一心不乱に這いずり迫る百体のバジリスク群。
それらは俺が斃した三十頭の同族の屍を蹴散らしても尚、まるで黒い雪崩のようにすべてを飲み込んで向かってきた。
本来、バジリスクは一頭ですら強敵だ。
即死を齎す魔眼をそれぞれが持っている。
それが百体……。
この第2ラウンド的に出現した群体のせいで、一挙にペトロ軍やラーダ兵、無所属の傭兵たちの士気は削がれた。
終わりが見えなくなったからだ。
あの百体を斃してもまた際限なく群れが出現する可能性を感じてしまった。
「何もかも終わりだ……狂ってやがる……」
そう呟いたのはウェスと云う男。
軍事会議の後、俺に因縁つけてきた豪傑だ。
まぁ、絶望の淵でも声を発せられただけマシな方だろう。ほとんどの兵は足をすくませるか、奇声をあげて逃げ惑うか、気絶している。
「諦めるな! ――ラーダ兵、動ける者から仲間を連れて逃げろ! 背を向けていれば魔眼に射止められることはない!」
ランスロットが勇ましく叫ぶ。
彼はラーダ兵の統率者らしい。
二転三転する戦況を瞬時に、かつ冷静に俯瞰して的確に兵士へ指示を出した。
ラーダ兵は隊長の声を聞いてはっとなり、身動きが取れなくなってる者を優先して馬へと相乗りさせ、逃げ出した。
彼は俺たちにも声をかけてくれた。
「君たちも早く逃げるんだ!」
「馬鹿王子はどうするのよっ」
エトナが閣下のことを気にかけた。
普段は憎らしく思っていても、さすがに置き去りにするつもりはないのだろう。
「ジョゼフ閣下は僕に任せてくれ」
ランスロットは馬を操り、泡吹いて気絶する金ぴかマントのお偉いさんを拾い上げた。そこにウェスが続いて、同じく気絶したペトロの軍師を担いで馬へ乗せる。
もう野営テントには俺たちしかいない。
「そういえば君たちの馬は……」
「あ、それなら――」
「それなら大丈夫よ。ジェイク!」
俺の言葉を遮ってエトナが応えた。
その直後には俺へ飛びついて首に腕を回したので、自然と俺も彼女を抱きかかえる形になる。
アシは俺のようである。
「さぁ、行くわよ!」
すっかり阿吽の呼吸だった。
どうせ俺も断り入れてお姫様抱っこするつもりだったが、俺に躊躇させないようにエトナから飛びついたんだろう。
「君がいくら駿足でもそれは……」
「心配無用です。ランスロットも早く逃げてください!」
「わ、わかった!」
バジリスクの群れは既に山を降りきり、凸凹の地形を這いながら着実に本陣営まで近づいている。
囃し立ててランスロットを見送った。
決意を改め、エトナへ告げる。
「エトナ、目を瞑っててくれ」
「え……逃げるんじゃないの!?」
「このまま逃げ続けても誰かが死ぬ。訳が分からない状況だが、バジリスクより先に巨人を倒した方が魔獣の湧き起こりも治まる気がする」
――それは単なる直感だった。
だが、先ほど三十体のバジリスクを駆逐した後、巨人が雄叫びを上げたら増援の百体が現われた。
あの巨人こそ怪物群の中枢だ。
上半身だけの巨人はまだ尾根で暴れている。
不規則に爆発も起こっていた。
爆発自体は巨人の攻撃法というわけでもなさそうで、出鱈目に発生していた。
なんだか無目的で演出的だな……。
人為的な狙いを感じた。
「それなら私のこともラーダの兵士と一緒に逃がせばよかったじゃない。お荷物でしょう?」
「いや、俺の傍にいた方が安全だ。もし何処かで死人が出たとき、それがエトナだったら……って考えたら不安になるから離れてほしくない」
「……」
それだけ言うとエトナは押し黙った。
判断は間違ってない。
俺は今からバジリスクを放置して半身の巨人を倒しに行くつもりだ。
片方が手薄になる。
その間、仲間が襲われる不安を排除したい。
……仲間といえばリアは大丈夫かな。
はぐれたままだ。
…
バジリスクの群れを回避した。
文字通り、頭を飛び越えて突進をやり過ごす。
「く……っ!」
エトナは息を飲んで堪えていた。
きっと未体験の浮遊感や風圧が怖いんだ。
こんな超人的な肉体を手に入れてから色んな人を抱えて移動することは何度かあった。
イルケミーネ先生とか、ケアとか。
両者とも悲惨な有り様だったが、エトナは覚悟の上だとばかりに堪え抜いてみせた。
着地し、蹈鞴を踏んで小休止。
エトナに声をかけた。
「大丈夫?」
「ええ……この速さにも少し慣れてきたわ」
「そうか。まだ距離があるけど――」
山を仰ぎ見ると、上半身だけの巨人はまだ峠の奥にいるらしく、山々の尾根の凸凹に隠れて頭部だけがギリギリ見える状態だ。
麓からは全体像が見えたのに。
近づけば近づくほど遠くに感じるな……。
この駄々っ広い山脈は遠近感も狂う。
山岳地帯を舐めていた。
「がんばる……。それよりも急がないと死人が出るでしょう?」
「そうだけど――」
「待って! ジェイク、後ろ!」
抱えた彼女が俺の背後を指差した。
振り返ると、先ほど飛び越えたバジリスク百体が進行方向を変えて並行移動していた。
突進の向きを変えたようだ。
何故か標的は俺達になっているらしい。
慌ててエトナの目を手で覆った。
あれを直視したらマズい。
「目を瞑るから大丈夫よ」
「あぁ……見えなくて怖いよな? 合図するまで少し辛抱しててくれ」
「うん、貴方のこと信頼してる」
嬉しいことを言ってくれる。
なるべくエトナの信頼に応えたい。
目標は死傷者ゼロだが、こうなった以上は先に逃げたラーダ兵の心配は必要なさそうだ。バジリスクの敵対心が俺たちへ向いているなら、あとはエトナを死守すればいいだけの話だ。
「そういえば、なんでジェイクには魔眼が効かないのかしら」
「生まれつき魔法が効かない体なんだ」
「なによそれ……私たちの天敵じゃない。てっきり目を瞑っても戦えるとか、そんな達人技を会得してると思ったわ」
酷い言われ様だ。
目を瞑っても戦える師匠はいたけど。
『心眼』がまさに達人技だな。
そういう意味で、師匠はやっぱり凄い。
「俺に出来ることはそんなに大したことじゃない。時間を止める力と、魔法を打消す力と、魔力で剣を造る三つ程度だ」
「十分、大したことなんだけど……」
あとは脅威的な身体能力か。
今はエトナが目を瞑っているから見せられないが、心象抽出で軽く二十の剣を宙で生成した。
牽制がてらバジリスクへ放つ。
それで前列の十弱の個体が死んだ。
だが、本当に牽制程度にしかならず、蜥蜴の幻獣はまだまだその勢いを失っていない。
離脱した方が良さそうだ。
「まだ目を瞑ってろ! 走るぞ」
「わかったわ!」
エトナは俺の懐部分を強く握りしめた。
顔を埋めるようにしがみつく。
それでいい。
その方が動きやすいし。
○
山道もお構いなしに駆け登った。
南アイル山の岩壁登攀より何倍もマシだが、俺もさすがに疲労感を感じ始めた。おまけにブーツの方が先に耐えられなくなったみたいで靴底に穴が空いた気がする……。
靴内部に石コロの存在を感じた。
痛くはないけど、もどかしい。
……一旦、振り返る。
どうやらバジリスクは引き離した。
安全確認できてエトナに目を開けさせる。
彼女を降ろし、俺自身も服の汚れを叩き落としたり、靴内の石を払ったりと装備を整えた。
あとは巨人のもとへ向かうだけなのだが、山の中からはちょうど凸凹の山脈に隠れて姿が見えなくなってしまった。たまに例の炎魔法の爆発音が轟くから、意識を集中すれば方角は探れそうだ。
ただ、それだけ山岳奥地に入ったって事だ。
単独潜入になったが、本来の目的を忘れたわけではない。この山岳帯を縄張りにしている獣人族を制圧するのが今回の任務。
これから獣人族と遭遇する事もある。
アレはこちらを誘い込む罠だった可能性もあり、攪乱の結果に一人ずつ兵力を削ぐ作戦だったかもしれない。
「一体、怪物は誰の差し金かしら」
同じ思考に至ったか、エトナが呟いた。
「やっぱりヒトの仕業だと思うか?」
「当然でしょ。バジリスクは普通、群れを成さないし、巨人なんて聞いたこともないわ」
「……」
確かに巨人族とは体躯が異なる。
俺のこれまでの人生でバジリスクはもちろん、あんな上半身だけの巨人は見たこと……ない……。
ない……?
いや、何処かであったか?
巨人……巨人……。
ネーヴェ雪原の村には巨人族しかいなかった。
他に巨大生物と遭遇した思い出はない。
じゃあ、何処で見たのだろう。
これだ。
大事なことを忘れている。
レナンシー伝承みたいなどうでもいい与太話は覚えているのに肝心な事は忘却の彼方だった。
「とにかく早いところ巨人を倒して――」
――……。
悪寒がした。
邪悪な、そして何処か懐かしい気配。
慣れ親しんで、憎んで、滅ぼした筈のモノ。
そんな矛盾した気配を俺は山間の奥から感じた。
「……ッ」
頭が割れそうになって視界が眩む。
「ジェイク、どうしたの?」
「あ……いや、何でも……」
今一度、山を仰ぎ見る。
其処に誰かいる。
北アイル山脈の山岳帯でも一際高い山頂に。
誰だろう。遠目に確認する。
……襤褸の外套が棚引いている。
山頂に誰かいるのは確実だった。
だが、その存在を確かめようとすればするほど頭が痛くなる。
「魔法を使い過ぎたんじゃない?」
「か……かもな」
「私も巫女の修行中に似た症状になったことがあるから分かるわ。無理しすぎなのよ」
確かに久しぶりに色々使った。
長時間の時間静止一回。
百本は超える多量の魔力剣生成。
俺の魔力は短時間の時間静止六回で枯渇することが分かっているから、魔力剣の生成を消費分として考慮すれば、些か使い過ぎたのは否定しない。
だが、枯渇するほど使ったわけじゃない。
どうも邪悪な気配に悪寒がして……。
「もう、本当にジェイクは無理ばっかりして……。わ、私だって心配になるじゃない。そこに惹かれ……こほん、良い所だってのは分かってるけど――って、ちょっと!」
ふらっと立ち眩みがした。
傍にいろと言ったのにみっともない姿だ。
エトナに支えられ、何とか踏み留まる。
こんな状態じゃ、彼女も不安だろう。
情けない。
「ジェイク、しっかり……!」
身が裂かれるような痛みが襲う。
まるで自分が分裂してしまうんじゃないか思うほどの、引き裂かれる痛み。
――……。
だが、俺はそんな状態でも、また別の気配を敏感に感じ取っていた。
先ほど山頂から感じた邪悪なモノとは別の、剥き出しの敵意は感じられる程度の存在。
何かの攻撃が迫り来る。
「エトナ……! 危ない」
俺の体を支えてくれているエトナを、そのまま包み込むようにして何かから遮った。
「え?」
その直後、背中にそれが突き刺さる。
手を回して引き抜き、確認した。
一本の矢だ。
しかも弓で放つ大型の矢ではなく、吹き矢で吹いたような小型矢だった。
こんな物では痛くも痒くもない。
だが、未だに割れるような頭痛は続いている。
それが予兆だったとばかりに、岩肌から次々に小型矢が飛来した。
ひゅんひゅんと凶悪な音が響く。
随分と原始的な攻撃じゃないか。
「きゃあ!」
「この……っ!」
頭痛を堪えて魔力剣を生成して携える。
飛来する小型矢をエトナに刺さりそうなものから先に叩き落とした。
何本か俺の体に突き刺さる……。
どうでもいい傷だが。
少しして吹き矢の攻撃は収まった。
俺が殺気を放って岩肌を見やると、もぞもぞと岩肌から何かが這い出した。
まるで擬態していたと云わんばかりに、鈍色の毛並が現われた。一人現われたかと思えば、次いで別の岩肌から、また別の岩肌から……合計六、七人程度の獣人族がぞろぞろと出現した。
獣人族……。
揃いも揃って犬系統の獣人だ。
すぐ傍に潜んでいたのか。
やっぱり怪物の大群はこいつらの差し金か?
攪乱させて一人一人あぶり出して叩く。
事前にこちらの戦力を知っていれば、良い戦術にもなりえる。
――だが、最初に現れた犬の獣人は予想外のことを口にした。
「お前が聖域を侵してこうなった」
突然言い放たれる理解不能な言葉。
いや、ちゃんとしたロワ語なのだが、言っている意味は分からない。
そいつがリーダーだろうか。
どこか王宮騎士団のボリスに似ていた。
痩身の体格。
装備も軽装で、灰色の毛並と同色の外套を纏い、身体にはダガーナイフや投擲用ナイフを仕込んでいるようである。
「聖域を侵した? 何の話だ」
「とぼけるな。魔獣の宝玉を奪った」
「はぁ……?」
魔獣の宝玉?
何だろう、それ。
そんなアイテムがこの山脈に隠されていることも初めて知った。
「さっきから山を荒らしているだろう」
「荒らしているのは巨人だろ?」
「それをお前が喚んだのだ」
「……」
意味が解らない。
あらぬ誤解を受けていた。
冤罪をよく受けてきたからこそ分かる。
巨人の存在も、バジリスクの群れも、魔獣の宝玉とやらも、すべて俺の知らないところで誰かが齎し、そして罪を擦り付けられている。
「宝玉ってなんだ? この山に何か特別な力が眠っているのか?」
古代エルフ族に伝わる『ボルガ』のような?
「太古より眠る"魔物の魂"だ。魔物が産み落とした宝玉……お前が蜥蜴と巨人の宝玉を盗んだ」
巨人は『リトー』という魔物なのか。
聞き馴染みがない。
宝玉と云えば、ソルテール村のメラーナ洞窟でもガーゴイルの宝玉というのがあって、クエスト報酬にされていた気がする。
古い記憶だ。
俺は毅然として否定した。冤罪だし。
「俺じゃない。別の誰かだ」
「お前だった。俺は見た」
「……」
犯行現場を見たってことか。
俺が盗むところを?
……何言ってんだろう。
獣人族の長らしき男は声音を変えない。
淡々と冷徹に、俺を犯人だと決めつけた。
さっきの悪寒と云い、陰謀の匂いがする。
「ジェイク、こういう手合いは話が通じないわ」
エトナが小声でそう助言した。
確かに、これ以上は問答無用だ。
そもそも俺は頭が張り裂けそうなほど痛くて、悪寒がするし、余裕がない。
山頂から感じた邪悪な気配のせいだ。
もう一度山頂を眺めたが、さっきの襤褸外套の存在は忽然と姿を消していた。
……何はともあれ万全の態勢じゃない以上、逃げた方がいいかもしれない。それに巨人やバジリスクの群れの出現が宝玉のせいなら、犯人捜ししないと収束しないのだ。
そこまで来ると俺の役目じゃない。
この状況をロワ三国側が知れば、
放置するか、
手伝って鉱脈の採掘権の一部を握るか、
混乱に乗じて侵略するか、
――の三択を選ぶだろう。
俺みたいな一介の傭兵が考えることじゃない。
逃げた方が良さそうだ。
「逃がすものか。聖域の守護者として墓暴きはひっ捕らえ、骨になるまで生贄として野に晒し続けなければならない。それが獣人族の掟だ」
惨い掟だな……。
くすんだ髪の獣人族は、それこそ犬みたいに腰を低く落として身構えた。
ボリスと同じ構えをしている。
獣人はその戦闘態勢が適しているのか。
間髪挟まず、その男はナイフを投擲した。
続いて左右の二匹が吹き矢で攻撃してくる。
俺はそれら飛び道具を捕まえ――
「え……」
――ようとしたが、巧く体が動かない。
掴めず、体にすべて突き刺さる。
特に痛くも痒くもないのだが、らしからぬミスにショックを受けた。
「ジェイク、ほんとに大丈夫なの?」
「本調子じゃないみたいだ……」
「そういうときもあるわ。早く逃げましょ。身体は動かせる?」
「あぁ……」
思っていたよりも深刻らしい。
何だろう。魔力の枯渇だけとも思えない。
「危ない!」
ぼーっとしていた所に別の獣人族がナイフ片手に俺に跳びこんできた。
そこにエトナが炎魔法を使い、攻撃した。
突然の炎の出現に獣人族も驚いて逃げる。
「ありがとう、エトナ」
「は、初めて実戦で使ったわ……」
「その調子で頼む……なんだか五感も働かない。それに奴ら、火を怖がってるぞ。エトナが天敵かもしれない」
獣人族は魔法が得意でないと聞く。
魔法を相手にするなんて初めてかもしれない。
しかも、結局のところ奴らは"獣"だ。
火を怖れるのは本能なのだろう。
「見ろ! あの炎の秘術……! 聖域を焔で侵したのはあの女の仕業だ!」
疑いは次の疑いを生んで糾弾に繋がった。
今度はエトナも共犯扱いだ。
しかしエトナは気にしないとばかりに不敵に笑ってみせた。話が通じない蛮族の言葉をいちいち気にするつもりはないようだ。
頼もしい女性である。
構わず炎魔法を披露して獣人族を追い払う。
「私がジェイクに頼られるなんて、これが最初で最後かもしれないわね」
「そんなことない……前も……確か……」
エトナには何度も助けられている。
それは未来でも――。
未来でも彼女に酷似した女性に何度だって助けられた。
ピンチの時も、心が疲弊した時も――。
「きゃっ」
エトナが攻撃された。
よく見ると腕から出血していた。
獣人族が攻撃対象をエトナへ移したようだ。
吹き矢が問答無用で彼女に飛来している。
「テメェ……!」
大切な人が傷つけられて頭に血が昇る。
瞬時に移動して吹き矢の射手を殴った。
一撃で山間の荒野を吹き飛んでいく。
だが、追撃は次から次へと襲いかかった。
「……やっぱり無理。逃げましょう」
「わかった」
抵抗は諦めるしかない。
くそ、エトナを傷つけてしまった。
俺がちゃんと戦えなかったからだ。
来たときと同じようにエトナをお姫様だっこして駆け出した。
…
体調が万全じゃなくて動きが鈍い。
獣人族の敏捷性と山岳地帯に慣れた彼らの動きの方が少しだけ勝っていた。
何度も追いつかれそうになる。
彼らの攻撃手段は飛び道具が中心。
ナイフや小型矢が容赦なく飛び荒れた。
「はぁ……はぁ……」
「ジェイク……?」
エトナが平然と語りかけた。
おかしいな……。
俺が抱えて走ってる間はいつも怖がって目を瞑っていたのに今は平気そうだ。
――それだけ機動性が落ちたという事か。
走るのが遅くなっているんだ。
しかも、意識も朦朧としてきた。
何だと言うんだ。
戦意もあるし、魔力だって余力があるはずなのに、邪悪な影を見てから原因不明の不調続きだ。
獣道になっていた崖沿いを駆けている時、ついに獣人族の追っ手に取り囲まれた。
断崖絶壁……。
絶対絶命である。
「捕えろ!」
追っ手が差し迫った、その時だ。
天から無数の赤黒い流星が降り注ぐ。
あれは王城パーティーでも見た光景。
赤黒い雨霰はその存在を主張するように、怪しく輝きながら地上に次々と突き立てられた。
追っ手の足止めには十分だろう。
しかしすぐ後には、その魔弾の射手が大地へ降り立ち、黒い外套を翻して獣人族を翻弄して討伐していく。
小柄な体にしては驚異的な力。
翻った外套の隙間から見える白い肌。
そこに居たのは……。
お前は……。
「ジェイク!」
エトナの声が聞こえた。
そのまま落下する浮遊感を味わう。
……俺はどうやら限界だったらしい。
力虚しく、崖下へと落ちていった。
それを引き留めようと手を掴んだエトナも、俺に引き摺られる形で一緒に落ちた。
「きゃあああああ!」
「くっ……」
巻き添えにしたくなかったが、エトナが俺の袖を引っ張って放さなかった。
エトナのその背後……。
小柄な黒い外套の面容が崖下から覗けた。
落ちる最中、ロケットペンダントが視界を遮って、シアの穏やかな顔と魔弾の射手の顔が重なった。
弓矢による攻撃。
小柄な体。
宙をかけるような俊敏な動き
まさか、シアが……?
黒外套の女の子は辛そうにこっちを見ていた。
次回更新は2016/11/26~27の土日です。
巨人は第一幕でガラ遺跡の最下層に出てますね。
ミイラ姿で。




