Episode211 山岳遠征
翌日には写し絵入りのロケットペンダントをリアから譲ってもらえた。
譲り受けたときには感動で涙が出たほどだ。
器用なもので、シアの全体像を切り取らない程度に背景を切り抜き、そしてペンダントに適したサイズにして収められている。
それを首から提げた。
これで前よりシアを身近に感じられる。
リアには感謝してもしきれない……。
――そんな感激も相俟って、軍事会議の大半を聞いてなかった。
指令書に目を通しながら会議室を後にする。
字面ばかりで作戦が頭に入らない。
とにかく俺の役割は、囮の先行部隊が獣人族を誘い出した後、ハイランダー九騎兵と一緒に乗り込んで制圧する本陣のようだ。
後衛にはラーダ兵も援軍で控えているらしい。
最初から本陣で乗り込めば被害も少なさそうな話だが、こないだのエリンへの襲撃もあって警戒しているそうだ。
徹底している。
ペトロって国は昔から戦闘狂の過激民族で構成されているらしいとはエトナ談だ。
…
国外兵士の待機所に着いた。
空気の重苦しさは会議室と変わらない。
部屋に入るや否や他の戦士に睨まれる始末。
……老兵から新米兵まで様々いる。
彼らは好き勝手、椅子や床に座り込んで装備を点検していた。むさ苦しいおっさん達は俺の黒帯騎士の胴衣姿を見て怪訝な顔を浮かべた。
「おい、ペトロって国はもう形振り構ってる余裕すらねーのか? なんで戦士以外が紛れ込んでやがんだ」
どうやら装備から一般人と思われたらしい。
因縁つけてきた男はラーダの兵士。
ラーダにも柄悪いのがいるんだなぁ。
俺が変な輩に絡まれる原因って主に見た目のせいな気がする。
「兄ちゃん、好奇心で戦場荒らしに来たってんなら悪いことぁ言わねぇ。とっとと失せな」
「いえ、真面目に戦いに来たんですが……」
「じゃあ何だよ、その装備は?」
柄の悪い男は俺の修道士みたいな薄手の羽織り物の戦闘服を上から下まで眺めて鼻で笑った。
舐めていると思われた。
未来ではエリート騎士の正装なんですが。
しかも生まれてこの方、鎧を着たことがない。
着方も分からない。
「貧しくても兵士ならせめて甲冑くらい揃えてこい」
「ロリカ……あ、王都で流行ってた奴か」
エススが着てた鎖帷子の鎧だ。
絶対着たくねぇな……。
俺が困っていると、待機所の奥にいた白銀の鎧を身に纏う男が助け船を出してくれた。
黒髪に琥珀色の瞳が高潔さを際立たせる。
紳士らしく仲裁に入ってくれた。
「やめろよ、ウェス。彼なりの戦術があるんだろ」
ウェスと呼ばれた男は不満そうに頭を掻いた。
「そうは言ってもこちとら遊びでやってんじゃねぇんだ。異端の存在は兵士全体の士気に悪い影響あたえんだろ」
「その辺の軍略はペトロが考えるさ。僕らが考えることじゃないし、それも踏まえた上で彼をスカウトしたんじゃないか?」
「……チッ、悪かったな。ただ間違っても戦場ではウチの隊を乱してくれるなよ」
最後までウェスは俺に注文つけて歩き去った。
助かった……。
あんな暴漢みたいな男に絡まれたらどうしていいか分からなくなる。俺が女だったら助け舟を出した美男子に惚れていただろう。
「彼は責任感が強いんだ。悪く思わないでくれ」
「どこの誰と存じませんが、ありが――」
ふと目が合うと男の容姿に仰天した。
バチバチと脳裡に衝撃が奔る。
黒髪に琥珀色の瞳の青年。
鎧を纏うその姿を俺に見覚えがある。
存じませんがって言ったけど、存じていた!
「ランスロットか!?」
思わず叫んでしまった。
この時代に来てから未来で見知った顔との対面は初めてじゃないが、不意打ちすぎて動転する。
「いかにも。僕の名はランスロット・ルイス=エヴァンスだが……」
容貌も声も、名前さえ同一の存在がいた。
双子の巫女の登場以来の衝撃だ。
そういえばラトヴィーユ陛下の部屋へ案内されたとき、大きく肖像画に描かれていた。
大英雄『ランスロット・ルイス=エヴァンス』
勇ましく馬に跨って戦場を駆る姿。
エリンドロワ建国史の冒頭にその名を刻んだ大英雄だ。
"伝説は千年経った今でも語り継がれている"
ラトヴィーユ陛下は恭しくそう語った。
その男は戦場では人が変わったように強くなる男だったそうだ。傷を負えば負うほど体を強化させる特殊魔法を秘めていると一説で囁かれている。
不幸にも、子孫へその力が伝わることはなかったようだが――。
「一介のラーダ兵の名を知っているなんて、随分と"通"なんだな……。斯く云う君はエリンの地を青魔族から解放した英雄だろう?」
「あ、え……なんでそれを」
「この界隈では有名な話だ。魔族に似た人間が青魔族を退けたって」
「大したことはしてないです、が……」
偉人を前にして萎縮する。
未来では臆病者だったランスロットが凄然と兵士をやっているみたいで困惑する。
二人が遠い血縁関係なのは分かっている。
でもさすがにここまで瓜二つだと混乱した。
「ま、別部隊だけど戦場では皆が同志だ。何処かで世話になるかもしれない。よろしく頼むよ」
ランスロットは快活に俺の背を叩いて元の場所へ戻っていった。
爽やかだな……。
子孫ともどもお世話になってます。
○
都を経って山岳地帯への遠征に出陣する。
数日の旅で陣営に到着した。
麓からでも荒々しく凸凹に隆起した山岳地帯への尾根が見えた。
その鉱脈を奪取することがペトロの目的だ。
先行部隊はもう出ているのだが、ハイランダー軍や俺、さらにはジョゼフ=ニコラ=パンクレス閣下、エトナやリアは麓の陣営にて待機していた。
他にも軍師や伝令班も居る。
「ジェイクくん、今回は本当によくやった」
「え……何の事です?」
パンくれ閣下が声をかけてきた。
ねっとりとした物言いは俺も苦手だ。
てか、まだ出陣すらしてないんだが……。
「エトナをわざわざ連れてきてくれたじゃないか。今一度、ペトロの――いや、僕の軍事力を見せつけるチャンスだ!」
本人の目の前でよくもまぁ大胆に言えるな。
閣下は羞恥心がないらしい。
エトナ本人は相手にするつもりもないらしく、聴こえているだろうに、聞こうとはしなかった。
「婚姻の儀には特別に君も招待しよう」
「はぁ……」
そんな光景をお目にかかることはなさそうだが、閣下は既にそこまでの未来視が頭に浮かんでいた。
「皇妃エトナ・ベディヴィア・グスタヴ=バリヤンセかぁ……」
呟いた言葉は早口みたいで聞き取れなかった。
だが、デヘデヘした顔つきから想像はつく。
どうやらパンくれ閣下はエトナの名前に自身の姓をくっつけて将来像を妄想したようだ。
うわー、これは痛い……。
子どもの頃に初恋相手によくやるやつだ。
パンくれ閣下は精神年齢も低かった。
…
伝令班からの通達を待った。
先行部隊の交戦を確認したら本陣の俺たちも出陣する予定だ。獣人族が何処に潜んでいるか分からず、誘い出さない限りはどこが戦場になるか分からないからである。
正直、それまで暇だ……。
麓の陣営内のテントを物色して古代の剣製の出来栄えを眺めたりしたが、物珍しくもない。
「そろそろ私は周辺の視察へ向かいます」
リアが突然、断りを入れて席を立った。
もうすぐ本陣の出撃という時に不自然だ。
しかも手ぶらで外出しようとしてる。
危機感がないな。
「何のために?」
「山岳帯には数は少ないですが、強力な魔獣や幻獣が潜んでいます。せっかく大事な場面で魔獣に戦場を荒らされたら作戦を狂わせられるかもしれませんので――と先日レクチャーしたはずですよ」
その話は聞いた。
驚くべき事に、この地帯には蜥蜴の幻獣が現われることがあるそうだ。
その名も『幻獣バジリスク』。
即死の魔眼を宿した危険生物だ。
――そう、あの『魔眼のモイラ』生誕の秘密を握る"古代幻想種"と呼ばれた怪物。
未来では絶滅していた種である。
だが、モイラさんは不意に古代遺跡から召喚の術式を作動させたせいで現代に一頭蘇らせてしまい、戦ったことがあるとか。
魔眼の対処法はない。
だから逃げるしかない。
鏡による魔眼の反射は同じ呪いを付与されてしまうから避けるべきだ。バジリスクは縄張り意識が強いから、縄張りに入った者に襲い掛かる習性があり、深追いはしてこない。だから遭遇した場合は目を瞑って即座に縄張りから脱するのが一番らしい。
ちなみに俺の反魔力が魔眼に通ずることはモイラさんの片眼で実証済み。
また、それとは別に『エマグリッジャー』と呼ばれる黒い重油まみれの犬型の魔物が群れを成して現われるのだとか。
エマグリッジャーは重油によって視力が失われているから、バジリスクが出没するこの地帯でも優位に生存できたらしい。
片利共生というやつである。
いや……問題はそういう話じゃない。
リアは学者であり、戦士ではない。
視察と云って見回りしたところで偶然、そんな危険生物に対面してしまったら抵抗虚しく命を落としてしまうんじゃなかろうか。
そもそもリアが遠征に付いてきたのはエトナの護衛を買って出たからである。
「私はこう見えても魔族ですよ。人間族のようなひ弱な体と一緒にしないでください」
俺の心配を汲んだのか、そう付け加えた。
エリン王都を目指す旅でも聞いた。
曰く、リア先生は滅茶苦茶強いから怒らせない方がいいと――。
でも旅の最中に戦う姿を見たことないし、魔族と云えど、こんな小さな女の子が魔獣に勝てるとは思えない。
もしかしたら「強い」の度合いが、比較対象のないまま独り歩きして勝手に恐れられているだけなのでは、と思っている。
「自信過剰は命取りになるぞ」
「まぁ、実際に魔物と遭遇した場合は急いで陣営に戻って危険を知らせるつもりです。そんなに無謀な女ではありません」
「ならいいんだけど……」
「実際のところ、お花を摘みにいきたいというのもあります」
あぁ、そういうことか……。
気転が回らずに引き留めてしまった。
本陣が出撃となれば、明らかな戦闘がすぐそこに発生しているということ。その前に緊張で用を足したくなるのも無理はないか。
…
リアを送り出して俺たちは再び伝令を待った。
今か今かと高揚していくのを感じる。
この高揚感は戦地にいるからとかではなくて個人的な理由によるもの。
王城を襲った敵に会えないか期待していた。
正直な話、制圧戦自体はどうでもよかった。
余裕があれば、敵の獣人族を丸々避難させてあげる程度のことはしたい。
遊牧民族に罪はないし……。
土地制圧なら命まで奪わなくていいだろう。
そんな甘い見通しで戦場にきた罰なのか。
外が騒がしかった……。
不吉な予感が湧き起る。
「閣下、囮の部隊がッ!」
「遅いではないか! 伝令は何をしていたっ」
「それが――!」
伝令の男の声を遮るように爆発音が轟いた。
そう、爆発音だ。
……魔法使いが稀少な時代において、不自然な音が荒野に鳴り響く。
俺も外へ飛び出した。
エトナやジョゼフ閣下も同じだ。
麓から土だらけの尾根を仰ぎ見た一同は目を丸くして、開いた口からは一切言葉も出てこない。
尾根の合間から巨人が顔を出した。
至る所から炎魔法による爆発が起こっている。
――それは巨人族のさらに数十倍の巨躯を有した巨大な生き物だった。
腕を尾根に這わせられるほど図体がデカい。
それが這いつくばるように移動していた。
まさしく巨人。
ヒトの種をはるかに凌駕した巨大生物が目に飛び込んできたのだ。
よく見ると下半身はなかった。
上半身と腕だけで這いつくばって移動している。
「なんだ……あれは……」
困惑の声はペトロ第一皇太子のジョゼフから。
混乱は古代人も等しく同じだったようだ。
そもそもあんな巨躯がこの山稜のどこに潜んでいられるというのだろう。
まるで突然、出現したかのようだ。
「リア先生、あれって――!」
エトナが声をかけるも先生は不在である。
さっきお花摘みに行くと言ったきり行方不明だ!
リアの講義でもあんな巨人の話は聞いてない。
「どこの勢力か不明だが、怖れることはない! ハイランダー軍の力があればなっ! さぁ出撃だ」
ジョゼフ閣下は裏返った声でそう叫んだ。
混乱と恐怖を押し殺すために変な声が出てしまったようだ。
ハイランダーの九騎兵は勇ましくも各々の得物を手に取り、馬に跨って出撃した。
大剣、長剣、槍、メイスなどそれぞれだ。
鋼鉄兜に隠されていて素顔は見えないが、こんな状況でもしっかり出陣する涼しげな仕草はさすがエリートの軍隊だ。
……確かにアレでは戦略など関係がない。
獣人族がこちらの作戦を見極め、奥の手として怪物を用意していたのか、それとも偶発的に怪物が出没したのかは不明だ。
しかし、ペトロ軍は既に囮の小隊を山へ送ってしまっている。あの大爆発では生きている保障もなかった。そうなれば総力を駆使してあの巨大な怪物を駆逐するべきだろう。
勝てるなら、だが……。
裏を返せば巨人が暴れている今、アレさえ押さえれば山岳帯を制圧したも同然と云える
しかし、まだ戦火は熾烈を極めた。
巨人が這いつくばる尾根の狭間から、何かの群体が地面を張って凄まじい勢いでこちらに向かって突進してきた。
最初はあれが獣人族かと思った。
だが、よく見たら全く別の生き物だった。
「あ……か……怪物が……」
エトナが掠れた声で呟いた。
異形を前にして陣営の皆は固まっている。
それは這いつくばる蜥蜴の群体。
本来、少数でしか棲息していないはずの生物が群れを成して山々から一斉に降りてくる。
「バ、バ……バジリスクだーー!!」
ペトロの軍師が叫んだ。
叫んでも誰一人として受け入れられない。
それはまさに地獄絵図――。
山の尾根には上半身だけの巨人が一体。
そしてその山々から一心不乱に幻獣『バジリスク』三十頭余りが襲ってきているのだ。
獣人族との戦闘の予定だったのに、とんでもない怪物群と遭遇してしまった。
バジリスクとの遭遇は想定していない。
遭遇したとしても一頭程度だと考えていた。
圧倒的絶望感……。
壊滅のビジョンが見えた。
先に出撃したハイランダー軍はバジリスクの進攻を見てすぐさま馬を止め、引き返した。
そして一直線に進むだけでは間に合わないと思ったのか、九騎の兵は散開してバジリスクの群体を陽動する戦術に出た。
だが意味を成さない……。
バジリスクの目標は迷わず此処の本陣営。
無敵の魔眼を持つ幻獣が三十の群れを成して真っ直ぐ襲ってきているのだ。
これは普通に死ぬ。
「ひゃ……ひゃ、ひゃぁああああ!」
「うああああ!」
何が起こるか分からないのが戦場。
それを熟知した手練れた戦士たちですら情けない声を上げて逃げ惑った。
軍師や伝令は腰を抜かして倒れている。
「ジェ……ジェイク……逃げましょう」
エトナが青ざめながら俺の袖を引っ張った。
確かにこれはどうにもできない。
エトナは俺の機動力を知っているし、逃げ切れると判断したのだろう。
しかし、逃げ切るなら数人連れてが限界だ。
一人一人連れて逃げることも出来るが、俺の魔力が切れるか、バジリスクの群体がここまで辿り着くかの時間勝負になる。
後衛部隊のテントからラーダ兵が姿を現した。
ランスロットが自国の兵士に声をかける。
「やれ……ラーダ兵も退散だ! これは既に戦闘どころじゃない! 各自馬に乗って離れられる限り遠くへ行くんだ!」
冷静な判断だ。
ルイス=エヴァンスの祖先は頼もしかった。
一方でジョゼフ=ニコラ=パンクレスは泡を吹いて気絶している。どうしていいか分からない脅威を前に、頭が絶縁したようだ。
この閣下も見殺しにしたら国際問題だな。
「ジェイク、は、早く……!」
状況を俯瞰する俺をエトナは囃し立てる。
ふと目が合って俺の表情から何か察したようだ。
「まさか……こんな時でも全員助けようなんて思ってないでしょうね……?」
既に主戦場は戦士以外も巻き込んだ。
この野営テントにまで範囲を広げている。
そんな状況で誰が全員救えるなんて思う?
少しでも多く生き残れば幸いだったと後に口をそろえて証言するだろう。
それは諦めにも近い。
――仕方なかった。
――お前は生きて帰れてよかったな。
なら誰かが諦めるわけにはいかない。
それを可能にする力があるならな。
「エトナ……」
「な、何よっ……早く逃げるわよ!」
「俺がやったって誰にも言わないでくれ」
それだけは伝えておく。
俺の力を知る彼女は豪語してしまう。
それが原因で、後に嫉妬で凶賊呼ばわりされるのは懲り懲りだ。
「止まれ……!」
「え、それってどういう意――」
止まれと念じれば世界は静止する。
それは簡単な魔法だった。
赤黒い魔力は空間すべてを埋め尽くし、時空からこの世界を隔離する。
さて、『固まれ』じゃなくて『止まれ』は魔力消費が激しい。世界の時間を止めても俺の時間がない矛盾した魔法がこれの正体である。
――駆け出す。
獣のように低姿勢に。
魔力剣を生成すれば、すんなりと右手にそれは収まり、剣士としての姿勢も心構えも完結する。
陽動作戦に出たハイランダー軍の脇を通り抜け、速攻でバジリスクの大群のもとまでやってきた。
間近で見るとすごい迫力だ。
背後の巨人と比較して小さく映っていたが、接近すれば一頭一頭が馬車一つ分くらいの体躯を持っていた。
まず剣を振るって斬りつけてみる。
体表は魔性の装甲ではなく、生物的な普通の硬い皮膚らしい。
ならば、退魔の剣では斬るよりも刺す方が利に敵っていた。
案の定、突き刺せば硬い鱗の奥で反応あり。
反魔力の反応でしゅうしゅうと音を立てて、バジリスクの腹の中の臓物が自壊していく様子が伝わった。
それなら手間を省いて――。
「一斉射撃だ!」
空中に魔力剣を必要量生成する。
五十本余りを宙に並べて「放て!」と命じる。
バジリスクの大群すべての個体に魔力剣が見事に突き刺さり、大量の蜥蜴の串刺しが完成した。
付近に味方がいないから流れ弾の心配はない。
時間もないし、魔力も温存したいし、早く時間を戻さないと。
すぐさまエトナの目の前まで駆け戻った。
先ほどの位置と同じ場所に立つ。
そして時は動き出す――!
「――味よ? ……ってあれ、貴方もしかして」
エトナが俺の立ち位置に疑念を抱いた直後。
人間ではなく幻獣の悲鳴が上がった。
真っ直ぐ突進していたバジリスクの群れは勢いのままに地面に滑り込んで倒れた。
遠目に確認したが、全個体絶命している。
おまけに反魔力の剣は幻獣の魔性の臓物を侵し尽くし、その後は霧散して証拠も隠滅できた。
よし、完璧だ。
「バジリスクが突然倒れたぞっ!」
「なんだ? どうなってやがる!?」
「とにかく避難は中止だ。自滅かもしれないが、アレも所詮は生き物! 勝てない相手じゃない!」
逃げようとしていたラーダ兵がその光景を見て馬を止めた。
士気を取り戻したようだ。
エトナはラーダ兵の連中を気にも留めず、俺に対して唖然とした顔を向け続けた。
――どうだ、全員救ってみせたぞ。
そう、おどけた態度を取ってみせる。
「はぁ……」
「なにか?」
「何だかもう次元が違い過ぎて……」
呆れたように溜め息をつくエトナ。
だが、まだ終わったわけじゃない。
バジリスクを滅しても巨人はまだ健在だ。
しかも何やらこっちを見ている。
「とにかく態勢は立て直せそうね。将官と軍師がこの様なら、どう判断するかは各隊に任せられそうだけど――」
ペトロの将官ことパンくれ閣下は泡を吹いて気絶してる。
軍師の男も腰を抜かしたまま気絶していた。
各隊と言っても俺は遊撃手だからな。
巨人はどうすればいいだろう。
――オオオオン、と大きな雄叫びが上がった。
バジリスクと同族意識があったか不明だが、それらの屍を見た半身の巨人が叫んだ。
するとその下腹部から――。
巨人の下からまた群れが発生した。
それは紛うことなきバジリスクだった。
またか……。
どこから現われたか不明だが、アレだけの個体数は不自然すぎる。
しかも今度は三十どころか、その倍……いや三倍くらいだろうか。
百体近くのバジリスクがいる。
遠目に見て黒光りする硬い皮膚の装甲は、もはや幻獣というよりも蟻の群れのような光景である。
「アレをどうにかしないとダメみたいだな」
「や、やっぱり逃げるわよっ、ジェイク!」
次回更新は2016/11/23(水)の祝日です。
※大英雄ランスロット=「Episode132 ランスロットの挑戦Ⅰ」の終盤参照です。
主人公はランスロット覚醒の四幕最後を知らないので特異能力が子孫にも伝わったと知りません。




