Episode208 王城パーティー
これからよろしく――なんて格好つけた手前、手足が震えてたら情けないよなぁ。とはいえ、深層心理に植え込まれたトラウマは容赦なく俺の膝を笑わせにかかる……。
そんな己を省みて、またぞろ自己嫌悪するまでがいつものパターンだった。
今日はメルヒェン姉妹とともに都入りだ。
ついに王都へ来た。馬車で。
街道の周囲が徐々に賑わっていく様を見て思ったのは、なんとなく街並みはエリンドロワの王都と似ているという感想。
規模は小さいが似た情景が浮かぶ。
まぁ、決定的に違うのは"人"かな。
エリンの都には人間族しかいない。
未来では魔族や獣人族、巨人族の往来も激しかったが、ここは純血な人間族ばかりだった。
――俺なんて、両手に花だ。
重鎮は両手の巫女の方だというのに、そんな上玉に挟まれた俺は、例えるなら自国の王が妾を侍らせてふらっと市街を視察にきたように見えるかもしれない。
本来なら優越感に浸る状況だが……。
「なんだか顔色が悪そうね」
「いつものことだ」
「見栄張らなくても大丈夫よ。誰だって初めて王宮にいくときは緊張するものよ。ましてやジェイクにとっては異国の城でしょ?」
エトナに気を遣われ、確かにと思う。
これが普通の反応であり、また、エトナの言葉も来賓に対しての最低限の心遣い。
――なら、リアのこないだの言葉は?
"はぁ……またですか"
変なやつだ。
初めて会ったときも"貴方が――"と俺の姿に見覚えがあるような反応だったし、何か隠している気がするんだよな。
気のせいというやつか?
あるいは、魔族と人間族との感性の違い?
分からないが、それはともかく王城パーティー、頑張って乗り越えよう。
恩返しのためにも。
二人の顔を立てないとな。
○
詳しく聞いたところ、王城パーティーはロワ三国各国の大物が集まるそうだ。
名目的には『青魔族追放のお祝い』。
実質的には『他国へのお詫びと親愛の印』。
――無事解決しました。
――迷惑かけました。
そんな意図で、わざわざエリン王城を使って大盤振る舞いするのだそうだ。
だから、俺の位置づけも微妙である。
エリン王家は、魔族追放の功労者である俺以上に、ペトロ・ラーダの二国を気にかけている。だから、もしかしたらパーティー中に俺への不遜があるかもしれない、とはエトナ談だ。
むしろその方が助かる。
注目されたくないし。
王城を仰ぎ見る。
城門近くまで来てから馬車を下りた。
メルヒェン姉妹はドレス姿だ。
しかも光沢あるシルクドレス。
外に降り立つとそのエレガントさが際立って、優雅な風格を惜しげもなく晒している。
エトナは華やかな赤を基調としたもの。
マウナは清らかな青を基調としたもの。
その二人が並ぶと眩暈がするほど美しかった。
「目が泳いでるわよ?」
「いやぁ……緊張もあって」
エトナに指摘されて適当に誤魔化す。
傍から見ていたマウナがそっぽを向いて何やら呟いた。
「素直に、綺麗だねとか言えばいいのに」
マウナはあざとくも気づいている。
周囲に聞こえないように小声で呟いていたが、半魔造体の高性能な聴覚を持つ俺には筒抜けである。
まぁ、斯く云うマウナも当然、綺麗なんだけど。
「ジェイクもなかなか似合ってるじゃない。まるで高貴なお家柄って雰囲気だわ」
俺も黒帯の胴衣じゃなく、メルヒェン家に見繕ってもらった夜会服を着ている。さすがにパーティーと聞いて野暮な格好で参加するわけにいかない。
……まぁ実際、高貴なお家柄の生まれだし。
…
王城へ入ると、元から担当でも決まってるのか、俺たち三人の姿を見たメイドが素早く近寄ってきて会場ホールを素通りし、奥の部屋へと案内した。
平たい階段を昇って装飾華美な扉を潜る。
「おお、主役のお目見えか」
くるりと振り返ったのは、ものすごく重たそうなマントを羽織った割腹の良いおっさんだった。
整髪された栗色の毛は清潔な印象を感じさせる。
誰だろう。
エトナが畏まって返事をした。
「主役だなんて――まだ半端者の巫女ですわ、国王陛下」
国王陛下?!
威厳は感じたが、王様だったか。
どっかの伯爵貴族かと思った。
それもそのはず、ラトヴィーユ陛下との謁見に比べると重々しさのない会い方だ。
……意外と普通に会えるんだな。
「修業中とはまたまた。此度の騒乱を鎮めてくれたことを心から感謝している。エリン王家から褒章も与える予定だ」
「私たち巫女が国を守るのは当然の義務ですわ。それに、既にお伝えしてますように魔族の長を打ち負かしたのは私たちではなく――あら?」
エトナは振り向いて、俺が思っていたより遠くにいたことに驚いて恍けた声をあげた。そして機嫌でも損ねたか、眉を顰めて慌てて手招きした。
遠くどころか、扉を掻い潜ってから一歩も進んでないから扉付近で棒立ちしている。
俺はぎくしゃくした動きで近づいた。
「ほう、君がジェイクか。確かに訝しい……いや、物々しい雰囲気を纏っているな」
「……」
――戦犯。戦犯。戦犯。
――凶賊。凶賊。凶賊。
「ちょっと……っ」
「あ、はい」
エトナに肘で小突かれる。
なんだかこの光景には眩暈がする。
これがトラウマか。
「萎縮せずともよい。エリンは隣国の二大国と比べれば群小も群小……私自身、王と敬遠されるより、王侯貴族の皆とともに少しずつ国を発展させていきたいと思っているのだ。それに今や、真の権威はメルヒェン家にあると言っても過言ではない」
「陛下……勿体ないお言葉です」
「いや、我が国が未だ諸外国から脅かされていないのはメルヒェンの貴重な才能ゆえのもの。国宝と思っている」
それは巫女の力のことを言ってるのか。
たまたまメルヒェン家と繋がりが出来て、国の情勢については俺も察している。
エリンはロワ三国内でも立場が弱い。
巫女――要するに、魔法使いの存在次第で国力も一気に高まるんだろう。
それから差し障りない世間話を終えて、陛下の部屋から退席した。
大雪はいつ収まるか。
巫女の力で天候を変えられないか。
――といった冗談交じりの世間話だ。
部屋から出たマウナは巫女としての力を褒められたことで上機嫌な様子だったが、反面、エトナは短く溜め息を吐いていた。
俺はそれを見逃さなかった。
なんだか……巫女の話に嫌気が差してる?
○
パーティーが始まるまで会場で待機する間も、やんごとなき雰囲気を纏う貴族男子や貴婦人達からチラチラと見られた。
人目につかないよう、二階の吹き抜けを支える柱に背を預け、影に潜んでいたのだが、余計に怪しいらしくてエトナに怒られた。
……人間族ばかりの中にこんな出で立ちの男が混じってたら目立って当然か。それに、きっと俺がレナンシーを打ち負かしたという話は広まってる。
あの人たちは俺を見てどう思ってんだろ。
赤魔族との貿易協定の話もあったくらいだし、彼らの魔族に対する差別意識が病的なものではないと信じたい。
だが、ジョゼフ=パンくれ何某の手紙には、
"本当はさ、君がエリンを貶めるために
青魔族を仕向けた可能性が考えられるよね?"
などと疑いの目を向けられてる節もあった。
――凶賊。凶賊。凶賊。
――戦犯。戦犯。戦犯。
視線が怖い……。
だが幸いにも、その視線は王城の入り口に一斉に向けられた。
やってきたのは十人ほどの兵団を引き連れて誇らしそうに闊歩する一人の男だ。
煌びやかな会場に似合わない剣呑な雰囲気。
場が騒然とした。
「ジョゼフ=ニコラ=パンクレス閣下よ……」
「おお、閣下だ。怖い怖い」
会場のヒソヒソ話を盗み聞く。
あいつがパンくれ……閣下?
軍事国家らしい敬称だ。
俺に怪文書を送り付けてきた奴である。
くせのあるブロンド髪に金色の瞳。外套や礼服も金ぴかで高圧的な印象だった。
うん、絶対に性格が悪い。
パンくれ閣下は苛立ちながら会場を見回し、すぐさま俺を見つけるや否や、脇目もふらずにずんずんと近寄ってきた。
「やぁ、ジェイクくんというのは君だね?」
いきなり来た。か、関わりたくねえ。
「僕がペトロ第一皇太子のジョゼフ=ニコラ=パンクレスだ」
「どうもこんばんわ。ジェイクです」
背後で侍る軍団の存在もあって気圧される。
なんだこの人。
初対面でいきなり突っかかってきたぞ。
「忠告したはずだ」
「なにをですか?」
「エトナに近寄るんじゃない!」
人目も憚らず、ド直球な言葉を吐き出した。
いや、憚るのは下々の臣民の方だ、とか言い出しそうな高慢ささえ感じる。
エトナはうんざりした顔で前に出た
「ジョゼフ閣下、場を弁えてください」
「なに? 慇懃無礼な女め。一体、こんな野蛮な男のどこを気に入ったというんだい」
エトナにさえ睨みつけている。
紳士さを微塵も感じない皇子だ。
ペトロって国がそういう気質なんだろうか。
「野蛮はどっちよ。随分のんびりな会場入りね」
「違う――ここまでの道中、何度も蛮族どもの襲撃があった! それもこれも、どうせこいつの仕業だろう!?」
パンくれ閣下の言葉に会場がざわついた。
蛮族の敵襲。
もしパーティー参列中の隣国の皇太子を狙った暗殺があったとしたら大問題だ。
「酷い圧政と侵略で色んな人間に恨まれてるんだから、あんたなんて命を狙われて当然よ。それに、ジェイクならずっと私たちと一緒にいたわ」
「なんだと――」
エトナ、強いなぁ……。
自分だけでなく国まで愚弄されてパンくれ閣下は顔を歪めて怒りに震えている。俺とエトナがずっと一緒にいたという事実も、嫉妬心を駆り立てたかもしれない。
周囲はひやひやしていた。
収拾がつかなくなる前に、気転を利かせた使用人たちが動き、パーティー開始を早めるように大臣へ掛け合いに行ったようだ。
「まぁいい。僕のハイランダー軍の前には敵も尻尾を巻いてすぐ逃げ出したからね。威厳を見せるのにちょうど良い機会だったさ」
パンくれ閣下は誇らしそうに後ろのハイランダー軍の凄さを示した。
ハイランダー軍は十人弱の精鋭部隊って感じだ。
重たい甲冑を纏い、いかにも兵士という印象。
視界が悪い上に敏捷性も低そうだが実戦は本当に強いのだろうか。
まぁ能ある鷹はなんとやらと言うし。
わざとそれらしい格好をして素性を隠しているのかもしれない。
……にしても暗殺か。
何処でも陰謀が蠢いてるんだな、この時代。
○
パーティーはエリン国王――ルゴス・メルクリウス・アイルという名前らしい――が挨拶して始まり、旋律の細い生演奏と賑やかな社交の時間が穏やかに流れた。
建前では「青魔族問題が解決してよかったね」という雰囲気だが、ペトロやラーダからの来賓は腹のうちでどう思ってるか分かったものじゃない。
そんな中でも巫女の人気は変わらなかった。
エトナとマウナは自国他国問わず重鎮から頻繁に声をかけられている。魔法使いの存在が珍しいからか、ヒーローのような扱いだ。
反面、俺に至っては社交の場に混ざれるはずもなく、美味そうなご飯だけひたすら食べ、交流する気なしのオーラを漂わせ続けた。
喰うことに特化した野獣的な在り方だ。
だが、この場に参列した以上は何事もなく終われるはずもなく――。
「ではお集りの紳士、淑女の皆様。今日は特別に青魔族問題解決の功労者にして、我が国の英雄であるジェイク殿にもパーティーに参加して頂いてます。一度、お披露目を」
わあっと喝采と拍手が浴びせられ、一気に俺へと注目が集まった。
何か喋るのか……?
エトナに視線を向けると、ほら頑張ってと目配せして促してくるのみだ。
司会役の大臣の隣へ向かう道筋が開かれる。
貴族たちが別れて道を作ったからだ。
「……」
――その喝采の道が絞首台への十三階段に見えた。
拍手の渦があの日の光景を彷彿とさせる。
王宮騎士団の軍事パレードでの栄光。
それとは裏腹に、決戦のときには市民は一様にして"死ね"と言った。
『死ね。失せろ、凶賊』
幻聴は何処から聴こえてくるのか。
人は……羨望や憧れだけで生きてはいない。
そこに嫉妬や妄執、憎悪が必ず存在する。
この場の王侯貴族もどうだろう……。
建前ではエリンの窮地が救われたことを祝福している。しかし、ペトロやラーダの国では、それで損した人間もいるかもしれない。
俺を悪だと思っている人間はたくさんいる。
パンくれ閣下もそうだ。
「ハァ、ハァ……」
――子どもの頃、英雄になりたかった。
親に捨てられ、誰からも認められなかった俺は、誰かに認めてほしくて戦士を目指した。
その栄光の道は通過してからが地獄だった。
ふと見ると、十三階段の道筋に、これまで乗り越えた"敵"が並んでいる。
エンペド・リッジ。
アンファン・シュヴァルツシルト。
そして――メドナ・ローレン。
白い髪に赤い瞳の魔女は確かにそこに存る。
同じ容姿の少女に影が重なった。
「ジェイク?」
『――ジャックくん。君は本当に、戦士になりたかったの?』
かつての敵が語りかける。
その歩んだ道を否定するように。
「俺は……」
『これが君の目指した理想だ』
「違う……」
『賞賛を浴びても、糾弾に呑まれても、孤高であれと意志を貫く戦士が君の目指したものだ』
違う、幻聴は彼女の言葉じゃない。
メドナさんは俺を赦してくれた。
これから俺が歩む道のりが、綺麗で崇高なものだと讃えてくれた。
俺に敗北の道は似合わないと――。
『戦いは新たな戦いを生む。憎しみ、憎まれ――憎悪の渦中で錬鉄を振るうしかない戦士なんかに、人を救えるはずがないんだよ』
そこにいたのは少年時代に斃した魔女。
囁き、諭し、俺の爪痕を抉ってくる。
だから言ったじゃない、と愉快そうに悲嘆する。
凶賊の末路が見えたように。
ここに凶賊の末路があるとばかりに。
"英雄"の末路がすぐ其処にあるように。
「う、うぁぁああ!」
逃げ出した。
会場を出て人目につかない場所を目指す。
トラウマはそう易々と乗り越えられなかった。
「ちょっと、ジェイク!」
「見ただろう!? 疚しいことがあるから逃げ出した。あの魔族は何か企んでるんだ」
「馬鹿王子は黙ってなさい!」
誰かの声と複数の困惑の声が耳朶を叩く。
もう何も聞きたくない。
俺は一体、何になりたかったのか。
どうして戦って人を助けたら悪なのか。
まだ迷いがある。
返り咲いた善意は、誰かの悪意に負けてしまう。
もっと心を強くしないと駄目だな……。




