表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第2場 ―ロワ三国―
253/322

Episode206 同盟国の影


 応接間に呼び出され、彼女らの父親に会った。

 暖炉が温い。

 廊下の冷え込みと雲泥の差である。窓の外を眺めると雪がしんしんと降っていた。


 俺は高級な革張りソファに座らせられ、大層にも重鎮扱いだ。

 こういう展開は嫌な予感しかしない。

 俺はもうリバーダ大陸にいくのでお気遣い無用なんですが……。


 ――そう目で訴えるも、父親はエトナと同じように芯の強そうな目をしている。

 オーガスティンと云うらしい。

 エスス似の少女の父親だからなのか、ラトヴィーユ陛下に少し雰囲気が似ていた。

 血が濃い一族だな。

 絶対に未来の王家と血繋がってるだろ……。

 白い口髭の威厳はご子息にも伝わってるので安心ください。

 あと末っ娘の溺愛は控えた方がいいですよ。

 オーガスティンに伝えても意味はないけど。



「君を王城でもてなしたいと思ってるのだ」

「いえ……結構です」


 自己紹介を済ませて開口一番に提案してきた内容がそんなことだった。


「まぁ遠慮せずに。王家に紹介したい」

「なんでですか?」

「青魔族の件はエリンにとって国の存続がかかった大問題だったんだ。一歩間違えれば、隣国の隷属国として不平等条約を突きつけられる事態だった。それを救ってくれたのが君だ」

「……まだ青魔族は近くにいますよ」

「だが、もうじき別の地へ向かうのだろう?」

「俺がリバーダ大陸へ連れていくので、俺が出て行かない限り、連中もずっとエリンにいます」


 オーガスティンは眉を顰めた。


「ジェイクくんは魔族と無関係の身では?」

「無関係ですけど、俺はあっちの大陸に用がありまして。そのついでに青魔族も引き連れて……と」


 族長(レナンシー)を大陸横断の足に使う予定だ。

 族長が動く以上、青魔族の連中もまとめて連れていくことになるわけで。

 それまでは今まで通り、『溢れ者(アウトロー)』はギャラ神殿周辺の集落にいるし、『武力派』は東沿岸の街にいる。

 言い変えれば、連中は俺を待っている。

 エトナとマウナの二人を送り届けたら、すぐお暇して彼らを故郷ネッビアへ連れていかなければならないのだ。



 ――青魔族が忌避する予兆の正体が何か。


 それを俺は知っている。

 終わらない戦争『アザレア大戦』だ。

 レナンシー……真名『アンダイン』もアザレア大戦終戦の功労者にして五大賢者の一人である。

 つまり族長がリバーダに戻るのは必然だ。

 きっと他の賢者と一緒にリゾーマタ・ボルガ封印に向け、勝手に(・・・)貢献してくれるに違いない。

 そう、勝手に……。


 俺は何も関わるつもりはない。

 というか、関わらないようにする。

 アザリーグラードの歴史にも五大賢者のことしか書かれてないし、名も無き英雄は登場しない。

 賢者たちが勝手に一致団結してエンペドを退治して、めでたしめでたしになるだろう。

 その隙に俺はリゾーマタ・ボルガの秘密を探って未来へ帰るつもりだ。



「しかし、しばらく吹雪が続くそうだよ」


 ほら、とオーガスティンは外を手で示した。

 確かにさっきより雪の勢いが増している。


「ここ最近は快晴続きだったからそろそろと思っていた。おそらく当面は東沿岸までの旅路は無理と思うが」

「いえ、俺なら――」

「天候が落ち着くまで屋敷にいなさい。王城まではすぐ行けるから、こっちへの滞在中に少しばかり持て成しを受けるってのも悪くない話だろう?」

「だから結構ですって」


 触らぬ王家に祟りなしだ。

 最近このフレーズが気に入ってる。

 ――触らぬ○○に祟りなし


 これまで流されて生きてきて、あぁそれなら、と二つ返事で引き受けたことは全て裏目だった。

 目的がないなら全て断るが吉。

 此処でのポリシーは"人と関わらない"ことだ。


「何か王家に対して不安が?」


 オーガスティンは、ぶっきらぼうに断り続ける俺に対しても紳士的な態度を切らさなかった。

 眉一つ動かさず真っ直ぐ尋ねてきた。

 エリン王家は知らないけど、エリンドロワ王家では色々あったからな。

 主に黒魔力とか、騎士団とか、民衆の糾弾とか。


「強いて言えば、戦士(ひと)が――」



  "――戦いを求めるその欲望が"

   "――死ね。失せろ、凶賊"



「人?」

「あ、いえ……人の多いところが苦手で」


 オーガスティンは面食らったように目を丸くして固まった。かと思えば、少しすると大口開けて笑い出した。


「はっはっは! 青魔族を退いた英雄が人を怖れるとは。また面白い冗談があったものだ」

「…………」

「なに、君を王城へ招待するとしたら王家もそんな無下に扱わないだろう。手厚い接遇で、広い宮殿にて持て成すさ。豚箱に放り込まれるわけではないんだから安心しなさい」


 豚箱なら豚箱でいい。

 俺は大衆に注目されるのが怖いだけなんだ。英雄視されて羨望の眼差しを向けられるような器量は持ち合わせてない。


「それに君が王家に出向いてくれないと、私だけでなく、困るのはエトナやマウナだ」

「え、あの二人ですか?」


 ――昨晩の出来事を思い出す。

 マウナにはからかわれたものの、俺はあの双子の姉妹のことを気に入っていた。

 必要以上に仲良くならないように気を付けてきたが、別れを惜しむ気持ちがあるのは事実である。


「王家への報告の際に経緯説明を求められるだろう。そのときに君の存在を語らざるを得ないが、ジェイクくん本人がいなかったら色々と厄介だ。メルヒェン家を批判して貶める貴族や、不敬者だと怒り出す議員もいるだろう」

「はぁ……」


 そんなこと知るかって話だ。

 でもあの姉妹二人が議会の場でおろおろしている様子を想像すると心苦しい。


「持て成しを受けるだけでいいんだ。それで王家も納得するし、彼らも落としどころを見出せる」


 諸外国への示しとして、王家の威厳として、落とし前つけないと気が済まないってことか。

 政界って面倒くせぇ……。


 まぁ、今回は目的が違うから大丈夫かな。

 エリンドロワ王都へは元から騎士団勧誘を受けて出向いたが、今回は流れ者がたまたま国を救ったから労いたいってだけだ。

 それなら一度の謁見で終わるだろう。



     ○



 オーガスティンはその日のうちに王家へ書簡を送ったらしい。

 青魔族問題のことだ。

 翌日には王宮から従者がメルヒェン邸にやってきたり、オーガスティンの方から王都へ出向いたりと、引っ切り無しに色んな人物が屋敷を入れ代わり立ち代わりで来訪してきた。

 その様子を俺は客室の窓から眺めていた。

 ぱっと見、大騒ぎって感じだ。

 吹雪の中をご苦労なこった……。

 来訪者の服装から察するに、出入りが激しいのは王族や政界を担う人物だろう。


 一方でどれだけ一大事か思い知らされた。

 あんなお花畑な族長を退けるなんて、国の偉い人――もとい、人身御供として美丈夫を何人か送り込めば蹂躙できそうなものだが。


 当主オーガスティンだけでなく、エトナも王都へ出向してしまった。俺を直接招き入れる前の重要参考人として呼ばれたんだろう。

 平和が訪れたんだからもっと幸せそうにしていればいいものを、メルヒェン邸の庭を行き交う人々は皆、深刻そうな顔している。

 忙しいだけかな?

 情報が回ってこないから雰囲気が分からない



 暇を持て余し、廊下を散歩していたとき、


「あ、ジェイクさん」


 リアとすれ違った。

 相変わらず地味な服装で、長くて青みがかった黒髪を雑に結わえているだけだった。色白だし、小奇麗に着飾れば美少女になるだろうに残念だ。

 頬の魔族紋章も神秘的でチャームポイントだ。

 見てくれに無頓着なのかな。


「リアか。なんか久しぶりだな」

「そうですね」

「王都へ行ってたのか?」

「いえ、ずっと屋敷にいました」

「あ、そう」


 食事も基本、使用人が部屋に運んでくれていたからあまり顔を合わせることがなかった。


「リバーダ大陸へ行くんですよね?」

「そのつもりだったんだけど、なんか王家に招聘されるらしくて、それを先に済ませてからかな」

「はぁ……またですか」

「そうなんだよ、また王家に――」


 ん、今「また」って言ったか。

 俺がこの時代で王家に招聘されるなんて初めてのことだ。


「またってどういう意味だよ」

「あ、いえ――」

「いえ?」

「よく人に頼みごとをされる人だなと思いまして」

「あぁ、そういうことか。そんな星の下で生まれたみたいで」


 そうだよな……。

 また王家に行く事になった、なんて嘆きを共感できるのは、この時代ではケアくらいだ。

 過去の人間なら俺がエリンドロワ王家に出向いて一騒動起こした事実を知ってるはずがなく、エリンドロワなんて国の名前すら知らない。


「リバーダ大陸へ向かうなら私もご一緒していいですか?」

「リアも? どうして」

「興味本位というやつです」

「職務怠慢になるんじゃないのか?」


 教育係が教え子を放ったらかしにして長旅に出たら問題じゃなかろうか。


「彼女たちの教育課程はとっくに終わってます」

「え、そうなのか……。というかリアは二人に何を教えてたんだ」


 先生、先生と呼ばれていたが、実際なんの先生なのかさっぱり知らなかった。


「私は言語学者なので魔族語を主に――実は、青魔族が攻めてくる前は北アイル山の向こうの赤魔族との貿易協定を結ぼうという動きがありまして」

「赤魔族……? 青魔族の次は赤魔族かよ」


 リアは言語学者だったのかっ。

 確かに魔族語だけでなくてロワ語も流暢だ。

 通訳まかせっきりで悪いと思っていたが、それが彼女の本職なら気負う必要はない。


「メルヒェン家は代々、外相ばかり務めてるので当主様も二人には魔族語を教えたいらしいです」

「青魔族とは戦いになったってのに?」

「青魔族と違って、赤魔族は利益至上主義なので儲け話があれば食いついてきます。意外と計算高くて賢い種族ですよ」


 魔族にも色々いるんだな……。

 そういえば王宮騎士団のガレシアも赤い肌の魔族だったから、その先祖だろうか。

 まさか緑魔族や黄魔族までいるとか?

 そのうち一斉に襲ってこないか不安だ。


「なんですか、その顔……。魔族は主に青魔族と赤魔族と魔族亜種しか確認されてませんよ?」

「その三種族だけ?」

「大別するとって感じです。私やジェイクさんのように体表に魔族紋章を宿しただけの種も確認されるため、それらを総称して"魔族亜種"と呼んでます。厳密には同族かどうかも不明です」


 なるほど。

 赤とか青とか、明確に色分けできるなら同種として認定しやすいが、リアは色白だし、一見、人間族との区別も付き難い。


「ありがとう。勉強になった」

「いえいえ」

「ついでにもう一つ教えてほしいんだが」

「何なりと」


 リアは優しいなぁ。

 敵に回さなくてよかったって思う場面は何回かあったけど、味方だと心強い。


「エルフやドワーフはこの近くにも住んでるか?」

「その二種はリバーダ大陸に生息してます」

「そうか……」

「何か?」

「いや、ボルガについて教えて欲しくて」


 リゾーマタ・ボルガの原理は『ボルガの力』に基づいている。それは古代エルフや古代ドワーフの知恵から成り立ったものだ。

 もしリゾーマタ・ボルガに頼らずとも、未来へ帰るための道具をこっちで造れるなら、わざわざアザレア王国へ向かう必要もないと考えただけだ。


「ふむ、実は私もボルガに興味があります」

「なんで?」

「神秘の力って憧れるじゃないですか」

「……ふーむ」


 一応、この時代の教養人でも『ボルガ』のことは聞き覚えがあるらしい。



     ○



 四、五日ほど経ってエトナが帰ってきた。

 王都の往来は大変そうだけど大丈夫だろうか。

 庭先まで迎えに出ることにした。

 馬車を下りたエトナは疲れ切った表情で、ふらふらと屋敷の扉へ歩いていった。


「大丈夫ですか?」

「あ、ジェイク……」


 声をかけてようやく俺の存在に気づいたらしい。

 北の森から旅した時の快活さとは雲泥の差だ。


「なんだかエトナらしくない」

「あ――あはは、気にしなくて大丈夫よ。ただ、ちょっと面倒なことになっててね」

「面倒とは?」

「うーん」


 エトナが眉間に皺を寄せた。

 お疲れのところを聞くのは悪いかな。

 俺の後悔を余所に、エトナはごそごそと手元に抱えた紙の束から色々と漁り出して何かの書状を手に取った。侍女に荷を持たせればいいのに、そういうところで意地を張るタイプだ。

 エトナが書状を斜め読みするように視線を走らせると、


「……やっぱり後で説明するわ」

「それでいいですよ」


 説明するのが面倒だと思ったらしい。

 まずは疲れを取ってからで構わない。

 多分、わざわざ説明すると宣言したということは俺に関係する話なんだろう。



 まさかまたアレか。

 王都での騒乱とまったく同じ展開で考えると、俺を専属騎士にしたいと王都が騒ぎ出したとか。

 それをメルヒェン家が庇ってくれてる?


 エトナが屋敷内へ立ち去った後、馬車に一緒に乗ってた侍女へ頭を下げてから俺も戻った。

 ――そこで気づいたが、庭に何か落ちてる。

 手紙の封筒だ。

 エトナが落したのだろうか。

 放置しておけば、雪に濡れて読めなくなってしまうだろう。

 送り届けてやるか。


 だが、封筒の宛て名を確認すると『ジェイクくん』と書かれていた。

 俺宛ての手紙だと?

 なんでそんなものをエトナが持ってるんだ。


 まぁ、俺宛てなんだから読んでもいいよな?

 封を切って中の手紙を取り出してみる。


 ファンレターは勘弁してほしい。

 謝礼状とかなら嬉しいな。

 どれどれ……。



 ========


 やぁ、ジェイクくん。


 この手紙を読んでいるということは、

 エトナはちゃんと届けてくれたようだね。


 嬉しいよ。

 まず  まず、そうだな。

 一つ始めに言っておくことがある。


 君にどんな目的があるか知らないが、

 その前にまず宣言しておこう。


 エトナは僕の女だ。

 勝手に人の女に色目を使わないでくれるかな。



 君も巫女の力が狙いなんだろう?


 ははっ、慌てるな。

 大丈夫、僕にはすべてお見通しだから。


 冷静に考えれば分かる話だよ。


 本当はさ、君がエリンを貶めるために

 青魔族を仕向けた可能性が考えられるよね?


 僕は騙されないよ。


 聞く話によると君も魔族なんだろう?

 人を欺く下賤な種族のやり口はよく知ってる。

 今のうちに正体を明かした方がいい。


 なんでそんな忠告ができるかって?

 それは僕のバックには

 とんでもなく強い兵団が付いているからさ。


 聞いて驚けよ。

 天下も恐れる『ハイランダー軍』さ。

 どうだ。今ちょっとびびっただろ?



 あ、そういえば自己紹介がまだだったね。


 僕はロワ三国西部ペトロ国 第一皇太子 ジョゼフ=ニコラ=パンクレス・ド・ベディヴィア・グスタヴ=バリヤンセだ。


 つまりだ。

 この同盟国内で一番偉い王子ってこと。

 分かるかい?


 僕の権力のすごさを、君みたいなちっぽけで

 矮小な頭脳しかない魔族でも

 感じてくれただろう?


 この手紙を読んで、ちょっとでもびびったなら、

 早くメルヒェンのお屋敷から出てった方が

 身のためだよ。


 それとも挑戦してみる?

 うちのハイランダー軍にさ。


 むしろこの手紙を読んで挑戦してこなかったら

 君がペテン師だったことが判明するけどね。

 悔しかったらいつでもかかってきなよ。

 僕も王城パーティーに参列するからさ。


 会えるのが楽しみだよ、低能ペテン師くん。


 あとエトナには絶対近づくなよ。

 ちょっとでも近づいたら

 僕の『ハイランダー軍』が総勢で

 ぶっ殺しにいくからね。

 それじゃあね。


 ========



「なんだこれ……」


 そっと手紙を畳んで封筒に入れ直す。

 政界はやっぱり闇が深い。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆ ―――――――――――――― ◆
【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
   ――――――――――――   
【魔力の系譜~魔道具一覧~】
◆ ―――――――――――――― ◆
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ