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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第1場 ―魔族進攻―
250/322

Episode203 族長の恋


 嗚呼、なんと愛おしき『色違い』の登場。

 その魅力は、妾の視立てでは力強さよりも注目すべきはその色香よ。

 外見以上に内面はたおやかさを秘めておる。


 エンペドにない庶民的妙味じゃ。

 見よ、あの突っ慳貪を。

 界隈への睨み(メンチ)は落魄れた庶民のそれ。体裁に形振り振らず、しかして人を寄せ付けまいと足掻く虚勢は無垢な少年(ショタ)が壮丁へと昇り始めた成熟の一途を垣間見るかのよう……なんたる僥倖じゃ。

 それ即ち、あどけなさから一変して春を覚え、外殻を得始めた男と見るや。

 嗚呼、かつてのエンペドを彷彿としてしまうじゃろう?

 分かるじゃろ。

 このトキメキが分かるじゃろっ!


 ――否、分からせる。

 妾のこの胸の高鳴りは思い知らせるが信条よ!

 元よりこの身は『愛』を識るべくして作られた海神の使者。

 神代の皇女レナンシーじゃ。


「おい、レナンシー。さっさとこっちに来い」

「ほほ、妾に振り向いて欲しくば其方から追いかけるのじゃ」

「あぁ……?」


 ほほ、その虚勢こそ心悸(むねキュン)の始まりなのじゃー。

 あぁ~。


「ゲームに負けたお前が言うことを聞け!」

「おおぅ、おおぅ……よい、亭主関白も小僧だからこその艶も出ようぞ」

「今日という日は洗いざらい吐いてもらうからな」

「何をじゃ? 妾が今更なにを隠す?」

「だから青魔族と大陸を渡った理由だよっ」

「それは隠し貫くつもりじゃ」

「……っ」


 ジェイクが眉間に皺を寄せて詰め寄る。


「今度は冗談抜きでぶっ斃すぞ」

「殺し愛もまた一興よな、ふふ」

「……っ! 俺が話してると拉致があかない。いいから、ギャラ神殿で話聞くから来い」

「イーヤーじゃ」


 ぷいっと顔を背けてみる。

 ふふ、これで堕ちぬ殿方はおらぬ。


「仕方ないな」

「ひゃっ……」


 ジェイクが妾の手を取った。

 強引に引っ張っておる!

 これは完全に堕ちた……堕ちたぞ、この男。


「力づくで連れていく」

「あーれー」


 はい、ここで非力さをアピールして殿方には倒れ掛かる。

 どうじゃ!

 惚れるか。惚れるか、妾にっ。


「具合でも悪いのか? でも時間もないし、尋問には答えてもらうぞ」

「ぁ……」


 ジェイクが妾を抱きかかえおった。

 恋愛条件(フラグ)は立っておったんじゃの。

 嗚呼、もう我が子らのことなどどうでもよい。

 妾は幸せじゃ……。


「しがみつく力があるなら全力で飛ばす」

「え……のぉぉおおお!」


 ジェイクは足も速いんじゃな。

 でも超速の農村疾走(オーバードライブ)もなかなか趣きが深いのう。



     ○



 また仄暗い陰湿神殿に来てしまったのじゃ。

 でもこんな場所でも生涯の伴侶と一緒であれば純白式場(バージンロード)のように華やかに見えるものじゃ。

 幸薄な白髪女が妾らを出迎えて吠えた。


「ちょ、なんでレナンシーがジェイクにお姫様だっこされてるのよっ」

「クク、憐れな生娘よ。この男は妾の美貌の前に(くみ)し――ぎゃっ」


 いたた……。

 ジェイクが乱暴に妾を落としおった。

 愛妾への扱いがなっておらぬな。

 まぁ教育の甲斐があるのは結構なこと。


「具合悪いらしいから無理やり連れてきた」

「なんだそういうこと――って、そんなひ弱な女じゃないでしょ、こいつ!」

「そうか……いつも顔が青いから分からなくて」

「そもそも敵の親玉なんだから情けは無用よ。ジェイクは優しすぎるのっ」


 ふふ、嫉妬とは醜いのう。

 この男は生娘ごときが扱っていい男ではない。

 神には神の階級があり、地上の俗物どもじゃ分不相応もいいところよ。

 この神性(かぐわ)しい男の隣は妾こそ相応しい!

 


「――で、被告レナンシーさん」

「ふむ」


 妾は気づけば神殿の広間に座っておった。

 ジェイクとのカードバトルと同様、机と椅子を用意されている。

 小洒落た趣向も感じぬ簡素な装飾じゃ。

 風情がないのう。

 向かいの机には紛い物二人が並んで座っておる。

 傀儡の女二人じゃ。


「率直に伺いますが、大陸横断の動機は?」

「支族の未来を想ってのことじゃ」

「それは既に聞きましたよ。……その意図としては故郷(ネッビア)が既に青魔族の住める場所ではないということで?」

「否、我が郷は常清らかであり、理想郷であることに変わりない」

「では何故――」


 この紛い物の女……?

 何やら隠しておるな。

 すべてを理解した上で知らぬ存ぜぬの振りで通しておる。

 まるで法螺吹きじゃ。


「……リバーダは今、血塗られた陰謀の渦中じゃ」

「血塗られた? 戦争でも?」

「是非もない。種族が違えば衝突は避けられまい。ましてや此処でも同様じゃろう」


 エリン人どもは妾に何の慮りもないまま攻撃してきおった。

 その無礼は断じて許せぬ。

 妾を誰と心得る。天地創造のリィールの娘ぞ。


「それでは戦争から逃れるためですか。レナンシーさんの実力なら他種族に引けを取らないのでは?」

「ふふ、其方は何か知っておるな」

「……」


 小娘が――。

 容易く誘導尋問に乗る妾ではないわ。



「リア先生も故郷はリバーダ大陸だっけ?」

「ええ、まぁ。ただレナンシーさんの言うことはよく分かりません」


 見苦しいのう。

 まぁよい。妾に害する存在でもなさそうじゃ。

 敷かれた誘導に嵌ってやってもいい。


「アザレアとクレアティオ・エクシィーロの競り合いは避けられぬ。二国間の衝突であれば勝手に戦争でも対立でもしておれ、と妾は思っておった。じゃが――」


 妾がまだ言い終わらぬうちに、ジェイクが反応を示した。

 ジェイクも向こうの生まれかのう。

 ネーヴェ出身のエンペドと血を分けた一族か。


「……アザレアってアザレア王国のことか? クレアティオ・エクシィーロは確か妖精族(エルフ)小人族(ドワーフ)の二種族国家?」

「そうじゃ」

「マジか……"血塗られた"ってまさか」


 何やらぶつくさと考えておる。

 物言わぬ男が好物じゃが、神秘的に考え込む仕草が良いのう。

 ふふ……今一度、夜這いに出るか。


「魔道の力に通じたクレアティオに怯えていたアザレアじゃが、近年はどうも好戦的だった。まぁそれはそれでよい。魔族側の我らにとってどちらに肩入れするつもりもないからの。――じゃが重要なのはここからよ。なんと貴奴ら、突然にも"平和条約"を結びおった」


 そう、突然にも。

 突拍子のない条約がすべての予兆じゃ。


「そうですか……。妖精族、小人族、そこに人間族も加われば魔族にとっても脅威ですよね。それで魔族の存亡も危うく、ラウダ大陸へ来たと」


 リアという傀儡の娘は、わざと意図を理解していないふりをして妾を促した。


「たわけ――如何様な雑種が束になろうと、高潔な神代より生きる妾が怖れることはない。それにクレアティオの連中は元よりバイラの竜種とも交流が深かった。そんな土着どもに今更、流れ者の人間族が加勢したところで取るに足らぬ。それで尻尾を巻いて逃げるなど、魔族の恥じゃろうよ」

「ふむ……じゃあ何を怖れているのですか?」


 何を、か。

 其に明確な答えなど見つからぬ。

 謂わば、妾が感じているのは(ひず)みのようなものだからな。

 人間どもは『予感』や『直感』などと呼ぶが、生来より神の性質を持つ妾には未来予知の類いも可能なのじゃ。

 ――血塗られた陰謀が密かに蠢いている。

 ただそれだけよ。

 その(はかりごと)は、少しでも関われば調和崩壊の災厄が訪れる気がするのじゃ。それなら我が支族がその災厄に染まらぬうちに、逃がしてやるが母親の役目というもの。

 正体は掴めぬとも忌避本能ゆえの亡命よ。



     ○



 解放されて夕闇の畦道を歩む。

 とはいえ妾には水の力があり、脚を使って歩くことなど断じて在り得ぬが……。


 悩ましくは支族のこと。

 盟約を結んだ勝負で敗北した以上、妾には『エリンの侵略・進攻を辞さなければならない。また如何なる攻撃手段もエリンでは放棄する』という制約が発生しておる。

 即ち、この地では争いもできず、青魔族どもを連れてまた旅に出なければ新天地は見つからぬ。


 ……どこか理想郷が見つかればよい。

 しかして連中は妾の分身から煉り上げ、水源豊かなネッビアの地に馴染むように出来た肉体じゃ。

 水辺の生息を好むのは性なのじゃ。

 ラウダ大陸東沿岸はまだ水質も良かったが、他は如何ほどか。

 内陸へ向かう訳には行かぬ。

 北上すれば良い土地も見つかるだろうか。

 本当なら理想郷(ネッビア)に帰りたい。

 戻れるものなら――。


「レナンシー!」


 嗚呼、こんなところで白馬の王子が。

 後ろから駆け寄られ、妾も動きを止める。


「進攻の時はどうやって大陸を渡った?」

「……やけに今宵は情熱的じゃの」

「その下りはいい。舟か? 向こうに渡る船を持ってるのか」

「ふふ、海神(わだつみ)の娘に舟の所有を問うか。愚問よな――海域を分けて地を歩いた。さしたる距離ではないからの」


 ジェイクが妾に詰め寄る。

 心悸(キュン)死してしまうではないか。

 うつけ物め。其方のせいだというのに、さらに追い打ちをかける言の葉の棘……。

 不躾な男よな。


「……そうか。海を裂いて海底を歩けるのか。ところでリバーダに戻るつもりはもうないか?」

「妾の意志では毛頭ない。じゃが、行く宛てがないのは事実であり――」


 ジェイクはさらに妾へ詰め寄った。

 おのれ、湯気が出るであろう。

 手も声も震えようぞ……。

 なんじゃ……この男、真剣に妾に惚れおったか。

 そも、妾はこんなにも弱々しい女だったか。


「もし俺が青魔族を守ると言えば、どうだ」

「ジェイクが、我が子らを……?」


 妾とともに子の未来を護ってくれるのか。

 それはつまり……。

 それはつまり、縁談の申し出に他ならぬ。

 な、なんて大胆な男なのじゃ。

 こんな下賤な土地で高貴さも感じさせない畦道で、実直にも婚姻の申し出とは愚直にも程があろう。

 その真っ直ぐは嫌いではない。


「ならば、妾とともに青魔族の未来を……!」

「未来――そうだ、俺は未来のことを考えてる。だからリバーダ大陸へ一緒に戻ってくれないか? きっとレナンシーの感じる予兆はリゾ……俺の探し求めたものと関係がある」

「妾と一緒に……未来を……」


 身体が火照る。

 体表に湯気が漂っていた。

 これじゃ。妾が求めていた安寧の地はこの男そのものだったのじゃ!

 妾はジェイクに抱きついた。

 これが応えじゃ。妾はその求婚を受け入れよう。


「え!?」

「よいぞ。妾と二人で歩もう! 未来へ……っ! ともに生きるのじゃ」

「あ、いやそういう意味じゃなく――」


 何たる幸せ!

 やはりエリンを攻めたことは運命に他ならない。

 これはエンペドと決別した妾に与えられた最後の『愛』の好機なのじゃなっ!



「ジュニアさん! 危ないっ」


 如何なる状況も邪魔者とは付き纏うものよな。

 傀儡の女のもう一方が神殿から現れた。

 しかも先の低俗な巻き物まで持ってわざわざ出向いてきおった。

 あんな半端な封印法典、何の意味も成さぬわ。


「レナンシー、ジュニアさんから離れてっ」

「愚かな傀儡よ。今この男から求婚してきたのじゃ! 妾ではない。これはこの男の望みよ、ふふ、ほほほ」

「求婚? どうしてそうなった!?」


 ふふ、ジェイクよ、恥ずかしからずともよい。

 妾を娶れることを誇りに思え。

 神の娘ぞ。神族の仲間入りになるのじゃ。

 これで其方も永劫を共にできる。その皮を剥いで新しい魔造体(マギカ)も与えてやろうぞ。魔法生物として悠久の時を生きられるのじゃ。

 魔道の修験者が求める不老不死よ。


「ケア、大丈夫だ。レナンシーはもうここでは戦えない。そう約束したからな」


 しかしジェイクは新妻である妾を放って傀儡のもとへ行ってしもうた。

 しかも頭撫で撫でまでしてるではないか!

 何たる侮辱。


「ジェイク、妾への寵愛はどうしたのじゃ! 妾は一途な想いしか認めぬぞ! 新妻の妾よりもその傀儡を選ぶかっ」

「え、うん」


 え、うん……?

 え、うんと申したか、この男。

 妾よりも傀儡(ダッチ)な妻を選ぶと。


「そもそも本命は別にいるし……それに幼馴染のケアを優先して守るのは当然だろ。力もない女の子なんだから」


 本命は別にいて、

 幼馴染の方が大事で、

 力もない女子(おなご)の方を守る……じゃと……。

 う、裏切られた……。


 裏切られたのじゃ!



「う……」

「う?」

「うわぁぁぁぁん!」

「泣いた!?」


 大失恋じゃ。

 もうおしまいじゃ……。

 青魔族の未来も。妾自身の『愛』も……!

 なんて情けない。なんて悲愴な運命。

 父よ、妾は『愛』の命運に翻弄されてしかいないのじゃ!


「おい、どこにいく!」

「あー、ジュニアさんが泣かしたー」

「俺が悪いのか? てかケアもレナンシーが憎いんじゃないのか」

「女の子は泣いてたら皆仲間だよ」



     ◇



 まずい……!

 レナンシーがいなくなった。

 せっかく未来へ帰る糸口を掴んだのに。

 ――糸口とはリゾーマタ・ボルガの事だ。


 アザレア王国とクレアティオ・エクシィーロの戦争。これは迷宮都市でシルフィード様から教えてもらった。

 しかもその二国間に突然の平和条約が結ばれた経緯まで知っている。

 経緯の中心人物はエンペド・リッジにある。


 古代の魔術師エンペド・リッジは『ボルガ』の秘密を探るためにクレアティオ側へ取り入った。

 その結果、リゾーマタ・ボルガが完成した。



 今は平和条約が結ばれて何年経っただろう。

 エンペドは終わらぬ戦争の筋書きを作り、女神のために兵士から『絶望』を蒐集する気だった。

 ――過去改変で『終戦』をなかった事にする。

 その企ては決して見逃せないものだが、リゾーマタ・ボルガがこの時代に存在するなら俺が未来へ帰るヒントはそこにある。

 求めた答えはリバーダ大陸にあるのだ。


 リアが聞き出してくれたおかげだ。

 エリン人にとっては青魔族さえ追放できれば関係ない話だが、その辺りの背景までしっかり尋問してくれるのがリアの良いところである。



 しかも、レナンシーは海を裂いて大陸横断の道筋まで創り出せるという。

 この時代の造船技術がどれほどか分かったもんじゃないが、エリン王家に船便の工面をお願いするより手っ取り早いだろう。

 それもご覧の通り、棒に振りかけている。

 レナンシーは何処に行ったんだ。

 村周辺の森を隈なく探し回ったが見つからない。


「はぁ……くそ、アンダイン様ってあんな人だったのか。面倒くせえ……」


 村の外れでへたれ込んでいると、ケアがとたとたと覚束ない足取りで駆け寄ってきた。


「一人になれるところに行ったと思うよ」

「一人になれるところ?」

「失恋したら一人になりたくなるから」


 失恋……。

 アレが失恋になるのか?

 思い込みで話進めてただけじゃねーかっ! 

 ――でも俺も焦っていて変なこと言ったかな。

 思わせぶりだったかもしれない。

 反省しなければ。


 それにしてもレナンシーが失恋とは。

 まるで例の伝承そのままじゃないか。


「ん、伝承そのもの……?」


 はっとなり、また駆け出した。

 南レナンサイル山脈の伝承に則るならレナンシーはあの霊峰で身投げするつもりだ。

 という事はレナンシーの行先は南アイル山!

 急ぐぞ。

 それより本命の男って俺のことかよ。



     ○



 とりあえずケアも連れていく。

 俺一人ではまた変な勘違いされて説得に失敗しそうな気がするからだ。ケアを背中に負ぶり、自己最速記録を更新する勢いで必死に走った。

 レナンシーに行方不明になられたら終わりだ。


 南アイル山付近からギャラ神殿の村へは二日の旅路だった。

 なら全力疾走と跳躍移動で数時間の距離か。

 レナンシーが山に辿り着く前に追いつければいいが、あの人も水の波乗りで移動できるからきっと移動は早い。


 ついぞ追いつけずに南アイル山の麓へ着いた。

 霊峰を平原から見上げる。登山道なんて無さそうなほど切り立った崖が聳え立っている。


「ケア、悪いけど滅茶苦茶に跳び上がるから覚悟してくれ」

「……はぅぁー……」

「おい、ケアしっかりしろっ!」


 ここまでの走りでケアは既に気絶してやがる!

 目を回していた。

 まぁ気絶してるなら都合いいか。

 助走をつけて跳び上がる。


 うおおおおっ!



     …



 岩壁登攀(クライミング)ってこんな感じか。

 けっこう辛かったけどなんとか登りきった。

 南アイルの山頂は中腹の断崖絶壁とは比べ物にならないほど平坦だった。

 気候が違うようで至る所に雪が降り積もってる。

 そのだだっ広い山頂のど真ん中で問題の人物は膝を抱えて座り込んでいた。


「レナンシー!」

「っ……妾にとどめでも差しに来たか。乙女心を弄んでおったのじゃろう」

「んなわけあるかっ」


 そもそも乙女とすら思ってなかった。

 ――あ、そういう言葉は余計に追い詰めるか。


「いや、その、こないだまで敵同士だったから全然気持ちに気づかなかったし……」


 なんで真面目に対応してるんだ、俺は。

 この女、俺以上に支離滅裂で付き合いきれない。

 言い澱んでいるといつの間にか復活したケアが口を挟んだ。


「レナンシー消えろ。ジュニアさんに迷惑!」

「ほれ見ぃよ! やっぱり弄んでおったのじゃ」


 なぜ追い打ちをかけた、ケアーっ!

 泣いてる女の子は皆味方とかさっき言ってなかったか?!

 この場にいる全員ブレブレすぎて纏まらん。


「もう身投げするのじゃ。腹を切っても死ねんからの。妾の心核を潰すには身投げしかあらぬ」

「待て。というかあんたには本命がいるだろ、エンペドっていう悪の化身みたいな男が」

「悪の化身……あんな純真無垢な男に悪意の一つもあるわけなかろう」

「え――」


 エンペドの印象が違い過ぎて愕然とする。この時代ではまだ悪の道に染まってなかったのか。


「そうだ。エンペドにもう一度、想いを伝えてこいよ。もしかしたら気持ちが伝わるかもしれない」

「貴奴は既に(つが)いがおる」

「番い?」

「人間族で云うならば、嫁じゃ」

「えええっ」

「妾はそれでもよいと告げたのじゃが、女の方が許してくれぬかったわ……。故に其方との出会いは『愛』の宿命を背負わされた妾の最後の希望と思ったのじゃ」


 そういうことか……。

 俺がエンペドの千年越しの子孫なら、エンペドにも嫁がいて子もいないとオルドリッジ家が存在しない。


「浮世は辛辣すぎて堪えられぬ! 妾が愛を……愛を感じる日はいつ来たるとや!」


 堪り溜まったものが爆発したレナンシーはぼろぼろと涙を流して駆け出した。

 なんか可哀想だな……。

 身投げなんてされたら堪ったものじゃないから俺も駆け寄ろうとしたその時だ。


 山頂のさらなる頭上、雲をも貫く天空から光が差し込んだ。

 ケラウノス・サンピラーみたいな稲光だ。

 階段状の閃光が降り注いで帯を作る。



「――アンダインよ」



 重々しい声が天空に響く。



「はっ……父上じゃ」

「父上!? アンダインの父上ってまさか――」


 見上げるとそこには閃光の階段からゆったりと歩いてくる神々しい人影。

 輪郭がぼやけていて実体が掴めない。

 でもケアと比べると対のような容貌をしていた。

 薄緑色の長い髪に白い布服を纏っている。

 割腹の良いおっさんタイプを想像していたが、シルエットはすらっとした細身で若い青年風の印象を受けた。


「い か に も。我が名はリィール・トゥラム・デ・ルゥ。星の統禦者にして地と海を司る者よ」


 こいつが神……。

 さすがは神とだけあって荘厳な雰囲気だ。

 名前はよく拝見してたけど、なにげに初登場じゃないか。

 ケアより存在感薄かったよな?

 ちらりとケアに一瞥くれた。

 何故かワナワナして拳を震わせてる。


「ばーかっ! ばーか! ばーーかー」


 突然、ケアが神を冒涜し始めたー!

 ちょっとちょっと!

 神様だぞ。

 お前も女神様だったかもしれないけど、もう女神じゃないお前より立場は上だろう。


「ばかリィール! ばかっ! ばーーっか!」

「……」


 その罵倒をリィールは無言で受け止めていた。

 怒りが爆発するんじゃないかと冷や冷やする。レナンシーも呆然とケアを眺めるだけだった。

 何の恨みがあるのか、鳴り止まない暴言。

 レナンシーの事と言い、ケアは神族の連中に恨みでもあるのか。

 それもこれも女神の記憶が残ってるから?

 でも恨み辛みがあろうが不敬すぎないか。

 恐る恐る海神リィールを見る。

 突如として神前に突き出され、俺もどうしていいか分からない。


「ぎゃわいい……」


 しかし予想に反してリィールはケアが必死に罵倒する様子を見るや否や、表情を緩めて涎まで垂らし始めた。

 目つきはイヤらしくデヘデヘしている。

 敬神の念が崩壊していく音がした。



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