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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第1場 ―魔族進攻―
249/322

◆ アルターⅠ

一方その頃、現代では


 お腹が重たい……。

 吐き気が落ち着けば今度は腰への負担ですか。

 母もこんな経験をして私を産んだのかと思うと、あらためて尊敬しなければと考えさせられた。天国の両親にお参りへいこうにも大陸を渡った先の大森林奥地に埋葬されているため、気軽に行けなくて至極悔しい。



 ある日の昼、崩壊しかけの教会大橋を渡った。

 補修工事が間に合ってないようです。

 身籠った体でこんな橋を渡るなんて、と思われるかもしれませんが、巨人族数名が一斉に渡っても平気だったそうなので私と子ども二人分が乗ったところで大丈夫でしょう、多分。

 いざとなれば空も飛べますし。

 『空圧制御』で精神統一するとお腹が張ることもあるのであまりやりたくありませんけど。


 澄み渡る空気と川のせせらぎ。

 そんな長閑な風景を眺めながら、橋の欄干(らんかん)を撫でて戦いの爪痕を感じ取る。つい三ヶ月前はここで騎士団大逆事件の大決戦が起こったそうですから、色々思い出して気持ちが沈んでしまいます。

 存在を感じても会えないのはつらい。



「はぁ……ロストさん」


 まったく、あの人はいつもいつも私を置いて何処かへ消えてしまうんですから。

 酷い亭主がいたものです。

 しかも一児の母になった途端にですよ。

 父親失格ですね、本当に。

 帰ってきたら――帰ってきてくれたら、ありとあらゆる手で拷問です。

 首輪なんてものじゃ生ぬるい。


 あ、ちなみに私はロストさんのことを忘れませんでした。そもそも忘れてたまるものですかって感じですけど。

 忘却の覚悟をしてましたが無事です。

 リゾーマタ・ボルガ体験は二度目ですが、今回だけなぜ私に作用しなかったのか……?

 ある人からその辺りの事情説明をして頂けると伺って今回は大聖堂に来た次第です。私が安定期に入った頃合いを見計らって手紙を寄越す辺り、一応の気遣いは感じます。

 言わずもがな、某女神ソックリさんの事です。


「あら、シア・ランドールじゃありませんこと?」


 大聖堂前の庭園。

 そこで麦わら帽子を被って造園する女性が声をかけてくれた。

 この金髪の方は聖堂騎士団の人です。


「こんにちわなさい、バナナさん」

「誰がフルーツですかっ」

「あ、間違えました……髪色的に」

「もっと優雅な色をしてましてよっ」


 胸元に垂れる一房の髪を撫でる鳥人間さん。

 確かに黄色というより蜂蜜色をしている。


「……パパイアさん?」

「どちらにしろフルーツ!? というか間違え方に無理がありますわっ」


 片翼の鳥人間パウラ・マウラさんだ。

 魔法大学では特任教授の役職もあるそうで魔術の腕前は一級です。見境なく私を襲ってきた宿敵みたいな人でしたが、最近はひたすら丸い。

 こんなに馬鹿にしても溜息一つで流してくれます。

 敬意を払ってくれる限りは私も応えないと。


「大司教様へご用件なのですよね?」

「はい」

「ご案内差し上げますわ」

「ありがとうございます」


 丁寧に案内してくれた。

 メルペック教会の存続も厳しい中、聖堂騎士団も離散したそうです。

 その実、ほとんどが死別。

 ――内、二名の死は私が関わってますが。

 パウラさんも、今ではリピカさんのお付きの人と化して平和に過ごしていた。



     ○



 司教座(カテドラル)へ向かい、教皇の椅子前と対面する。やけに直角の背もたれで座り心地の悪そうな椅子があります。

 パウラさんは庭作業に戻りました。


「いらっしゃい、シア・ランドール」

「こんにちわなさい」

「それともシア・オルドリッジと呼んだ方がいいかしら?」

「……」


 リピカさんは立ち上がって一歩近寄った。

 赤の帯を首からかけ、白い法衣に金の刺繍がされた祭服を着ている。

 そんな装飾で着飾る余裕はあるようだ。


「その様子ですとリピカさんはロストさんを覚えてますか?」

「当然。リゾーマタ・ボルガの操縦士(ソーサラー)は私だもの」

「……操作した人自身の記憶は書き換わらないんですね」

「術師が術に溺れないことは魔術の大前提だわ」


 魔術師ではないのでそんな心構えなど知らない。

 私は率直に疑問を尋ねることにした。


「じゃあ、私は――」


 なぜロストさんを覚えていられたのか。

 嬉しいことですが、以前オルドリッジ事変の際には完全に忘却の彼方に追いやられました。今回は周りすべての人間が忘れ去っているというのに――つまりリゾーマタ・ボルガの力が使われた後だというのに、私だけ記憶もしっかりしてるのは些かおかしい事態です。


「きっとその子のおかげでしょう」


 リピカさんが徐ろに指差したのは私のお腹だ。

 ロストさんの子を宿している。


「この子ですか」

「まさか神の超越者が増えてしまうなんてね」

「……?」


 訳も分からず首を傾げる。

 リピカさんは一から説明し直すのは面倒だとばかりに瞼を閉じて眉を曇らせた。


「実は貴女をここに呼んだのは一つの提案があるから」

「提案ですか」

「ええ……地下聖堂で話すわ。ついてきて」


 私の返事も待たず、目配せだけしてリピカさんは司教座の奥、教皇用の椅子の裏へと向かいました。ステンドグラスが怪しく光る直下、闇への入り口が開かれていて少し気圧(けお)される。

 大聖堂自体がそもそも閉鎖的で重苦しい。

 そのさらに地下なんて地獄の底へ招待された気分です。

 お腹の子にも悪そうだ。

 でも、私にとってその階下へ向かう階段が希望への道のりに思えてならなかった。



     ○



 地下聖堂は想像より広い。

 相当深くまで掘ってから天井を高くしたようで、圧迫感はむしろ地上の大聖堂よりも解放的かもしれません。

 その洞と柱の合間に台座がいくつもあり、黄色い魔力の塊が漂っていた。

 ――封印指定の聖遺物だ。

 書物で読んだことしかありませんが、すぐにピンと来ました。

 刀剣や謎の幾何学模様が掘られた金属板、さらに私が知っている『黒の魔導書』や『アーカーシャの系譜』までが封印されています。


「こっちにきて」


 手招きされて導かれた台座の上には黄色オーブは存在しない。

 ただそれは剥き出しの状態で台座の上に置かれていた。

 三つの円月輪(チャクラム)……。

 リゾーマタ・ボルガの残骸です。


「まず始めに謝罪させてほしいの」

「え……」

「英雄を失ってしまったのは他でもない、私のせい……。貴女の大事な人を過去へ送る手伝いをしてしまった。本当にごめんなさい」

「過去へ? ロストさんが過去に居る……いえ、居たんですか」

「ええ、間違いない」


 リピカさんは確信があるようで強く頷いた。


「手伝いというのは誰の手伝いですか?」

「――『深祖(しんそ)』と呼ばれる存在よ」

「シンソさんが黒幕のように潜んでいたのですか」

「違うわ。『深祖』に姿かたちもないし、神として現世に君臨することもない。神が各々の世界の舞台監督(ディレクター)として存在する一方で『深祖』はもっと起源的なもの。"そもそも"の部分に当たる万象の根源よ」

「……はぁ」


 日常から逸脱した話は視点が高すぎて理解しにくい。


「まぁ、運命や因果って言葉と同義に思ってもらって構わない。今回、英雄が過去へ送られることは『運命』の力だったという事よ」

「そうですか。リピカさんは運命のお手伝いをしてしまった、と……」

「そう」


 それなら理解しやすい。

 でもロストさんの過去行きが運命づけられたものなら、私に背負わされた運命も悲惨なものだ。いずれ最愛の人と離れ離れになることが予め決定していたという事ですから。


「でも運命を覆す(・・・・・)力さえあれば英雄を取り戻すことが出来るはず」

「……えっ」


 一瞬であれだけ重かった腰が軽くなりました。

 ロストさんが帰ってくる?


「ロストさんが……ロストさんを取り戻せるのですか。いつ……いえ、どうすれば……?」

「落ち着いて。私も可能な限り手伝うから」


 思わず体が前のめりになっていた。

 リピカさんはそんな私を両手で制す。

 お腹が少しぼこぼこと音を立てた気がします。

 この子も嬉しいのでしょうか。


「まず、ここにある神の羅針盤(リゾーマタ・ボルガ)は過去改変のための魔道具として当初は創ったけれど、作製の過程で女神(ケア)はこんなことを考えたのよ――将来、虚数魔力を持つ者を創ったときのために『トンネル』としての機能も付け加えようと」

「トンネル?」

「ええ、過去と未来を繋ぐトンネル」

「……ロストさんはそれを通って過去へ?」


 リピカさんはゆっくり頷いた。

 つまりリゾーマタ・ボルガの力は二つある。

 存在を消したり、事象を無くしたりする『過去改変』の力。

 未来と過去を繋いで時間旅行する『トンネル』の力。


「空間を五次元で捉えると、物体は時を刻むごとに複数に分裂する。さっき教会大橋を渡ったシア・ランドールと、地下聖堂で私とこうして話をしているシア・ランドール、まだリバーダ大陸にいた頃のシア・ランドール。無限大に貴女は存在している。時間の概念を超越すれば、貴女は万華鏡のように何人でも存在するわ。同じようにリゾーマタ・ボルガもこの世に一つしかないけれど、過去にも創ったばかりのそれがあり、未来にはこうして地下聖堂に存在している。その"過去"と"未来"のリゾーマタ・ボルガを門として通過させる……そういう機能よ」


 優秀なロストさんやユースティンさんなら理解もできたのでしょうけど、私はどうにもその手の話は一切耳に入らない。

 ただ一つ思ったことは、同じようにリゾーマタ・ボルガを通過すればロストさんに会いに、過去へいけるんじゃないかということです。


「なら――」

「それは無理。この門を通過できるのは『神』か『神の超越者』に限られる」


 私の発想をすぐ悟ったのかリピカさんは即否定した。


「私も既に(ケア)ではなくて代行者(リピカ)に成り下がった。神性魔力がないの」

「神性の魔力、ですか?」

「彼の魔法を見たでしょう。あの強烈に歪んだ色をした魔力よ」

「ああ、赤黒い魔力……」

「現代でそれを持っていたのはロスト・オルドリッジとケアのみだった」

「ケアさんにも神性の魔力が?」

「……一応、神の抜け殻だし。残り滓だけど」


 リピカさんは遠くを見る目で呟いた。

 まるでご自身の過去を振り返るかの如く。


「ただ、名も無き英雄には神性の魔力以外にもう一つ、彼自身しか持ち得なかった魔力が存在するわ。それが虚数魔力」

「虚数魔力……」

「乗算しても負と成る、『陰』に特化した規格外の魔力よ。彼が『神の超越者』と呼ばれる所以ね。時の支配者の魔法は『神性魔力』と『虚数魔力』の二つが混合(ブレンド)されて初めて体現したもの」


 魔法大学でも数種の魔力粒子を観察したことがありますが、水の魔力や炎の魔力なども様々な色を持って存在していました。

 私の血も見ましたが、色取り取りでした。

 ロストさんは二つだけ――それも、人智を超える魔力を二つだけ持っていたのでしょう。

 やっぱりロストさんは超人だった。

 見た目だけでなくて本質的にもだ。

 それが私の旦那様だと思うと誇らしくて堪らない。


「あの時は、過去に存在する『陽』のリゾーマタに、現代の『陰』のリゾーマタが結びついてトンネルを開通させてしまった。彼由来の魔力で(ボルガ)を満たした結果、磁力が発生した……と今では考えてるわ」


 磁力……引き合う力ですか。

 申し訳なさそうにリピカさんは嘆いた。

 『深祖』と謂われる運命に弄ばれたことが気に入らないのでしょうか。


「だから裏を返せば、再びこれに『陰』――虚数魔力と神性魔力で(ボルガ)を満たすことが出来れば、きっと彼の向かった時代へトリップできる。同じ時代に向かえば、再び陰陽の引き合いの力で、トンネルを潜って連れ戻すこともできるでしょう」


 封印せず放置してる理由はそれですか。

 リピカさんの意図は分かりました。

 すごく期待も持てますし、私にとって朗報この上ないです。

 それなら早いところ、その魔力をお持ちの方にお願いしてロストさんを連れ戻しに――あれ、もしかしてそういうことですか。


「気づいたようね」


 視線は私のお腹へ注がれました。

 虚数魔力を持つ人はロストさんしかいなかった。そんな彼と同じ魔力を持ち得る可能性のある存在はただ一人だ。


「この子ですか」

「虚数魔力には魔力を相殺する反魔力性質がある……最近、身の回りでそんな兆候はないかしら。シア・ランドール」

「……」


 身に覚えがありすぎます。

 まず妊娠を悟っていた頃に既に経験した。

 黒魔力に汚染されたイルケミーネ先生から攻撃を受け、黒魔力が体にかかったとき、私の体に触れた黒魔力は軒並み蒸発して消えてしまったのです。

 それだけじゃない。

 最近は王都市街をお散歩しているとき、魔術の飛び火があっても無効化してしまうことがあります。例えば、修理中の商店街で水魔法による水撒きが行われたときに、身体にかかったと思えば消えてしまったり。あるいは私自身が風魔法で空を飛ぼうとしても、うまく作用しないことがあります。落下による流産が一番心配なので使わないようにしてました。

 でも私自身、一切魔法を使えなくなったかと問われればそうではないです。


「思い当る節はありますけど、私はまだ魔法が使えます。すべてに当て嵌まるかというと……謎です」

「孕んだ状態は不安定なものよ。でも兆候があるなら間違いないわ。その子は英雄と同じ虚数魔力を宿している」


 ――となると連れ戻すのは私の子?

 まだ生まれてもない子にそんな期待を抱くのは無理な話では。


「この子を身籠った私がリゾーマタ・ボルガを通過することはできませんか?」

「シア・ランドール自身に虚数魔力が宿ったわけではない。重要なことは、その人物が『神の超越者』かどうか……『深祖』から逃れて独立した因果を編み出せるかどうかが鍵なのよ。貴女は超越者ではない故に、仮にトンネルを通過できても、過去で存在するはずのない貴女を抹消する『抑止力』が働くことになるわ」

「それは……残念です」


 運命の魔の手から逃れた存在が必要なんですね。

 それが私のお腹の中の子ですか。

 私はぼんやりと台座の上の円月輪(チャクラム)を眺めて考えた。地下聖堂の松明に灯された銀の輪は、どこか陰鬱な印象を受けて気が滅入る。


 ロストさんには会いたい。

 でも子どもまで見送ってしまったら私はどうなるのでしょう。

 残された私一人は……。


「おそらく過去に辿り着いた英雄は訳も分からず何かしらの陰謀に巻き込まれている……いえ、巻き込まれた(・・・)。帰りたいと思う願望があっても、彼の在り方そのものが徹底的に帰らせてはくれない……英雄だから。その忙殺の果てに未来への帰還を諦める可能性は大いにあるわ」

「そんな……」


 じゃあ私はもう二度とロストさんと再会できないというのですか。

 酷い話があったものだ。


「だから案内人(ガイド)が必要なのよ。事情を知り、彼に未来へ戻る方法を諭し、そして最後の帰還(ゴール)まで導く案内人が」

「でも……でも……」


 決断が必要だった。

 リピカさんの提案は即ち、求人だ。

 ロストさんの案内人として子を差し出すか、あるいはロストさんを諦めて子どもとともに未来を生きるか。

 首から提げたロケットを取り出す。

 そこには魔相念写機(マナグラフ)によって撮られたロストさんとのツーショットがある。

 会いたい……。

 一緒に生きていきたい。 

 そう願っていたのに……。



 ――わかったよ。これで最後だ


 ――本当に?


 ――あぁ、約束する。



 約束くらいちゃんと守って欲しいものです。

 私だけでなく子にまで迷惑かけるなんて本当に父親失格ですね。


「少し考える時間をください」

「焦らなくても大丈夫よ。リゾーマタ・ボルガの力は時を超える。英雄は既に過去の人なのだから、貴女が焦ったところで英雄譚はとっくの昔に完成済み――名も無き英雄の詩はもう存在する」


 そうですね……。

 これは現在起きている話ではなく既に過去の出来事。

 名も無き英雄(ロストさん)の物語は彼が生まれてくる遥か昔にはもう結末を迎えていたのです。

 ならば、その痕跡は残っているのでは?



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