Episode200 族長との戦いⅡ(口説き)
※ちょっと短め(4500字)です。
決闘を申し込まれて少し冷静になった。
まさかその内容がカードゲームだなんて。
アンダインの――いや、紛らわしいからレナンシーと呼ぼう。俺以外の全員はあの狂言女をレナンシーと認識しているから目線合わせだ。
レナンシーの意表をつく提案は作戦だろう。
あれは罠以外のなにものでもない。
一旦、宿泊小屋に戻って旅のメンバーと相談することにした。
『溢れ者』代表でウォードも付いてきてくれた。武力派の青魔族に脅され、向こう側に与する村人もいる一方で、ウォードは徹底的に俺たちを応援する姿勢でいてくれる。
「ジェイク エルト ステルカリ エン レナンシー」
「ジェイクさんがレナンシーより強いと信じてくれているようです」
「……」
リアの通訳も聞き慣れたものだ。
強さを比べれば――。
どうだろう。まだ手合せしてないけど、さっきの殺意のままにレナンシーを斬ろうと思えば斬り伏せられた気がする。それでも踏み止まったのは、俺の中で迷いや違和感が残り続けているからだ。
迷い……というか。
この場でレナンシーを滅したら未来はどうなるか、という後々考えなければいけないことを置き去りにして今を過ごしている気がする。
それは超常的な何かーーリピカの云う『抑止力』とか、そういうものじゃなくて俺自身の迷いだ。
でも、そんなことを考え出したらきりがないし、横行する理不尽や暴力を合理的な判断だと信じて見過ごせるほど、俺は出来た人間じゃない。
レナンシーは憎むべき存在だ。
「エトナはインクライズを知ってますか?」
「し、知るわけないでしょ。ていうか、さっきは……ありがと……」
「なんですか?」
「あ り が と う。一回で聞き取りなさいよ、この朴念仁……耳切り落としてちゃんと穴があるか確かめたらっ」
「すみません、お礼される覚えがなかったので」
「……え、だって命を救――」
エトナは顔面真っ赤だった。
よく見ると目尻に涙も溜まっていた。
泣いていたのか……。
そうか。怖かったんだろうな。
レナンシーに突然殺されかけたんだ。
エトナは貴族で、さらには巫女で、『林間学校』で英才教育を受けていたくらい大事に育てられてきた。そんな子が急に"死"を感じたら怖いに決まってる。
雰囲気を変えよう。
「それよりカードゲームですけど、誰か挑戦できる人はいませんか?」
「そもそも『かーどげーむ』って何でしょう……」
マウナが首を傾げて聞き返した。
エトナも同じような反応だ。
……まずそこからの説明が必要か。
リアは先生と称されるだけに知っていたようだ。ウォードも当然知っている。
カードゲーム文化は魔族が由来か。
エリン人も祝辞や護符、占術でカードを使うらしいが、それをゲームに使う事はないそうだ。とはいえ、俺も『ウォーリア』しかやった事ないから知識も乏しい。
どういう物か知っている程度だ。
『インクライズ』は光・闇・剣・弓の四種類の属性に、GからA、さらに最上級Sまでの八つの等級のある計三十二枚のカードである。
これを使ったゲームは幾つもある。
レナンシーの提案が『ウォーリア』というゲームなら俺もルールを知ってるけど、もし他のゲームを吹っ掛けられたら手合いを知らない。そこは引き受ける交換条件としてこっちがゲームを指定するしかなかった。
一通りの説明を受けたが、双子の巫女は飲み込めずに心此処に在らずとばかりに呆けていた。
「ジェイクがやってよ」
「そうです、ジェイクさんしか出来ません」
他人事のように投げられる始末。
「ジェイクなら負けてもレナンシーと力で張り合えるでしょう? 暴力は最後の切り札になる」
「それじゃ引き受ける意味ないじゃないですか」
「そう言ってるのっ」
言われて、はっとなる。
この双子は俺の力に絶大な信頼を置いている。
最初から力で組み伏せれば良かろうと言いたいのだ。
さらに、この勝負は謂わば――きっとエリン人にとっては国の存亡を賭けたものになる。あくまで俺たち一向は青魔族の『溢れ者』勢力に加担してレナンシーと対峙しているが、ここで打ち負かせば、エリン領土から青魔族らを退くことも出来る、願ってもないチャンスだ。
そう考えると二人にとってゲームは茶番にしかならない。
「でも……」
"戦いを求めるその欲望こそが悪だ"
「ジュニアさん」
「……?」
「戦わなくていいんだよ」
傍らに立つケアが黒帯胴衣の裾を引っ張って声をかけてくれて、女神のように微笑んだ。
この子は俺の経験や葛藤を知ってる。
心の悲鳴が聞こえているんだ。
「戦いときに戦って、遊びたいときに遊んで――理想もたまには寄り道していいよ」
ケアは……俺のブレーキ役だった。
もっと自分に素直でいいと言いたいのだろう。
どうも俺には、状況や周囲の人間のことを天秤にかけて判断する癖がある。それがお人好しと呼ばれる所以で、人々の願望器だ、ガラクタだと揶揄されるきっかけになった。
「わかった……」
やりたい事を正直に伝えよう。
今は戦いたくない。
レナンシーを力では敵わんと屈服させたんだ。
それなら今度はゲームでも叩き潰す。
エンペドと間違えられ、エトナに理不尽に攻撃され、苛々していた。
横暴な存在を徹底的にひれ伏させるのは良い気分だろう。
「俺がゲームして勝ってくる」
○
レナンシーへ勝負に乗ると伝えた。
生の対戦を見たことがあるゲームは『ウォーリア』以外に無いから、それを提案した。
幸いにもレナンシーも呑んでくれた。
「ウォーリアは定番じゃ。それでよい」
すんなり受け入れた事を不審に思う。
罠――すなわち、インチキやイカサマ、細工をして俺を嵌めようとしてくる可能性はある。確か、ダリ・アモールにいた悪党は水魔法『水鏡』で対戦相手の背面を盗み見してカードを読んでいた。将来の水の賢者ともあれば、それ以上に高度な魔法を使い、俺を欺く可能性がないとは言い切れない。
アルフレッドはそんな状況を逆手に取って最後は度胸で相手の慢心を誘い、勝負に勝った。あれから七年も経って俺も当時のアルフレッドと近い年齢になっただろうか。
それでもあんな度胸は持ち得ていない。
アルフレッドがどれだけ偉大な男か、ひしひしと感じる。
俺は精神が未熟のまま強くなってしまった。
それに、まだ迷っている事がある。
実はこの戦いには俺にしか出来ない必勝法がある。
きわめてズルい方法だ。
"ねぇ、ジェイクは時間が止められるんじゃなかった?"
"そうですね"
"なら、ゲーム中も――"
時間魔法だ。
俺には『時の支配者』の特権がある。
如何な魔法生物のレナンシーといえど、時間を止めるという神を超越した能力の存在は知るまい。時間を止めている間、相手のカードを盗み見る、カードをすり変える、といったズルはやり放題である。
当然、俺の信条に反することである。
ズルするつもりはない。
勝負には最後まで切り札は取っておくもの。それが正しい判断だと思うし、国の存亡を考える中でエトナの助言は理解できる。
だが……。
「なぁ、レナンシー」
対戦場所のギャラ神殿に向かう途中――畦道でレナンシーに声をかけた。
レナンシーは周囲の池から水を操り、水流で腰を押し上げる形で椅子にしてまるで宙に浮く様に移動していた。
「なんじゃ。さては怖気づいたか? ははん、惚れた腫れたの色欲男が――妾を口説き落とそうとしたところで今更遅い。勝負は辞さぬぞ。それに妾はエンペド一筋じゃ。其方のような紛い物に目移りするとでも思うたか」
「はは、冗談きつい……。あんたに惚れられたら人生おしまいだ」
「言い得て妙じゃ。浮世の契りは"人生の墓場"とも言うからのう。よもや縁付けまで考えていようとは。良い。良いぞ、もっと口説いてみせるのじゃ。あるいは妾の心胆を震わす言の葉も吐き出すやもしれぬ。我が一途を鞍替えせしめば、其方の勝ちを認めてやってもよい」
レナンシーはなんか浮き浮きしていた。
会話が噛み合わない。
放っておいて別の告白をすることにする。
「俺は時間を止める能力がある」
「……」
俺の告白にレナンシーは押し黙った。
赤い猛禽の瞳は俺を冷徹に射止めてくる。
「こらっ、何で言っちゃ――んぐっ!」
「きっと秘策があるんですよ」
リアがエトナの口を押さえて止めてくれた。体格的にリアの方が小さいはずなのに、あの少女、なかなかに力がありそうだ。
レナンシーは俺を真っ直ぐ見続けている。
何か考えているのか、何か狙い澄ましているのか、理解できない。
少しして目元を緩ますとレナンシーは穏やかな口調で告げた。
「其方はやはりエンペドではないのじゃな」
「最初からそう言ってる」
「クク、今の戯言はなかなかに妾の心核も踊ったぞ。しかしてそんな戯言を信ずるとすれば、其方がエンペドではないことに確信も持てよう。あの小童ならば勝つために手段を選ばぬ。そんな姦策に優れた術、種はおろか奇術すら感じさせずに欺き貫くぞ」
そうか。
じゃあ告白して良かった。
俺はあんな奴にはなりたくない。
「脅しにも聞こえぬ。知ってしまえば妾も警戒せざるを得んのじゃ。刻を止める魔道に妾が抗う術はあるか?」
「俺と手を繋げばいい」
「な――」
レナンシーの青い顔が赤く染まる。
目も猛禽から乙女の潤んだ瞳に変わっていく。
レナンシーは片手で頬を隠した。
「ほ、ほうほう……今のもなかなか……」
「手を繋いでいれば同じ時間が共有できるからな」
「グハァ! おぉぉ、なんとっ……それはそれは、キュンとくるのう……手を取り合い、同じ時を……ハァ~……揺蕩う妾を赦して賜れ、エンペドよ」
「なに言ってんだ?」
レナンシーが妄想に耽って何かを考えている。
時間魔法の対策方法はちゃんと伝わっただろうか。
目の色が変わった気がして怖い。
「ふふ、其方は存外にも――いや、見た目通りの愚直な男じゃ。じゃが、その愚直は頗るイイ。す・こ・ぶ・る……のう……。妾とて久方ぶりに淫蕩に堕ちてしまいそうじゃ」
一人でぶつくさと喋り続けるレナンシー。
何をしでかすか分からない。
真っ当にカードゲームなんて出来るのか怪しくなってくるが、聞いているのか聞いていないのか分からないから最後の確認で、時間魔法対策のための新設ルールを提案してみた。
「……だから、やる時は手を繋ぐか体を触れ合わせた状態でやる。それで文句ないな?」
「ムォォオ! キタのじゃあーー!」
「なんだ!?」
レナンシーがついに奇声を上げた。
大空を仰いで吠え散らした。
顔を赤く腫らして青肌が沸騰しているように湯気を立て始めた。
突然の出来事に俺ももちろん、他のメンバーも驚いて警戒態勢に移る。レナンシーが引き連れた武装型青魔族も各々の槍やカトラスを構えて攻撃に備えていた。
それだけ異常事態だという事だ。
「嗚呼、妾の敗北じゃ。続きは夜にお預けじゃのう」
なぜか敗北宣言された!?
うっとりした目で見つめられ、俺も困惑する。
「いや何で夜まで待つんだよ……今からやるぞ」
「なんとっ! 其方は青空のもと、斯様な面前での愛撫が嗜好であったか。良いぞ、妾もそんな場面は初めてじゃ。快楽の極みは何処に転がってるとも分からぬゆえ……」
開いた口が塞がらない。
解説の得意なリアに状況説明を求めて目線を送るが、なぜか軽蔑の眼差しを送られる。
レナンシーは火照った顔をぱたぱたと仰いで、以前より俺に接近してトロっとした瞳を向けてきていた。
気でも触れたのか……。
何が引き金でレナンシーをこんな状態にしてしまったか分からないが、"人生の墓場"は確かにこの先のギャラ神殿にあるんじゃないかという予感を感じてしまう。
いや、勝負はちゃんとやるぞ。
俺は擦り寄るレナンシーを振りほどき、先行してギャラ神殿を目指した。
よくも記念すべきEpisode200を。
おのれ、レナンシー
性の悦びを知りやがって。許さんぞ




