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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第1場 ―魔族進攻―
245/322

Episode199 族長との戦いⅠ(黒歴史)


「どうしたのじゃ、エンペド。よもや妾のことを忘れたとでも言うまいな?」


 俺は愕然としていた。

 そんな俺を訝しんで、アンダイン様は艶めかしく問いかけてきた。

 なんか声も色っぽい気がする。

 相手を間違えているのはそっちだ。

 どう返事したものか考えていると、エトナが出てきて俺を肘で小突いた。次いで小声で耳打ちした。


「ジェイク、レナンシーと知り合いなの?」

「知り合い……じゃないですね」

「でもレナンシーが失恋するって話は?」

「あー」


 伝承のことを大っぴらに話したのが仇となった。エトナの耳打ちと内緒話する光景を見て、アンダイン様は不愉快そうに眉を顰めた。


「そこな生娘、妾のエンペドに気安く触るでない」

「はぁ……?」


 指差されてエトナも不快さを表に出す。


「貴方はジェイクの何なのよ」

「その男はジェイクという名ではない。エンペドじゃ。妾と交わした情事情愛、愛屋及烏。浮き世でも斯くも貫くと誓った熱き夜伽を妾はまだ昨日のことのように覚えておる」


 アンダイン様は乙女のように、火照った顔を両手で隠した。仕草はまるで初心な女の子なのだが、見た目の妖艶さもあって色っぽい雰囲気は拭えない。

 しかも、ふしだらな事を言われた。

 エトナにきつい目で睨まれ、俺はぶるぶると激しく首を振った。


「はて、魔道探究の修験にアザレアを目指すと聞いて早三年。此処な異国で巡り合うとは、やはり妾と其方の解き分かつ命運じゃ。これぞ惹き合いの魔力――"愛"というものじゃな? ふふふ」


 アンダイン様はご満悦に微笑んだ。

 青い頬を赤く染めて息も荒い。

 なんか怖いな……。

 俺の知る、冷徹でどこか物憂げなアンダイン様とは印象が違う。ネーヴェ雪原にいたアンダイン様は人間を拒絶していたが、今のアンダイン様は明確に俺を求めている感じがする。

 村人もレナンシーと俺が普通に会話していることを不審がっていた。

 俺が武力派のスパイと疑い始めたようだ。

 毅然とした態度で否定する。


「悪いけど、俺はエンペドじゃないです。そもそも貴方と知り合いでもないし……少なくともこの時代では」

「なに? 姿も形もそのものじゃ。魔力の在り方は我が父リィールと同類となったようだが、しかして双子であろうとここまでは似まい。神の魔力を如何に血潮へ留めたかは知らぬが、其方がエンペドではないのならば何故そのような(かたち)を得るとや。いや、在り得るものか。ははん、さては其方――」


 アンダイン様は俺に寄り添うエトナ、その後ろのマウナやリアを眺めてから厭らしい目を向けた。


「別の雌にうつつを抜かしたか」

「だからエンペドじゃ――」

「よいよい、それも愛のカタチと知る。妾の器を試しておるのじゃな? よいぞ、許そう。しかし一度きりじゃ。妾とて弄ばれるのは本意ではない。なによりこやつら枝族の沽券にも関わるのでな。二度は許さぬぞ」


 まったく話を聞いてくれない。

 俺がエンペドと信じて疑わないようだ。

 ……確か、女神曰く転生先には容姿が同一の個体が必要らしいから、親父(イザイア)も俺もエンペドも、外見は丸きり一緒なんだ。

 小さい頃は歳の差もあって何とも思わなかったが、もしかしたら今の俺はこの時代に生きるエンペドと年齢も近く、見た目も似てるのかもしれない。

 でも今の俺は禍々しい魔族紋章を宿している。

 まったく一緒なはずはない。


 ――記憶を辿って色々思い出した。

 そういえばこの人、エンペドに恋い焦がれて、手編みマフラーの回収を俺とユースティンに依頼してきたのだ。片想いを続けて千年も雪山に籠ってたんだから、その熱の入れ具合は半端じゃないのだろう。

 恋は盲目と言う。これでは弁明も難しい。



「ジュニアさん~!」


 そこに助け舟が入る。

 ケアがギャラ神殿からトタトタと駆けてきた。

 畦道を必死に走り、村までやってくる。

 しかし、焦ったケアはぬかるんだ道に足を取られ、盛大に転げそうになった。

 すぐ駆けつけて体を支えてやる。


「あぅ……ありがと」

「どういたしまして。それより、もたもたしてるうちにレナンシーの方からやって来たみたいだ。レナンシーってアンダイン様だったのか」

「うん。レナンシーたおす」


 なぜかケアも見境いがない。

 決意表明は頼もしいけど、ケアに何とか出来るのだろうか。俺はケアを抱えてアンダイン様のもとへ再び舞い戻った。


「なんじゃ、その娘」


 アンダイン様はケアを見てもピンと来ないらしい。しかしケアを観察して何かに気づいたのか、俺の方を向いて不満を告げた。


「ほう、ただの溜め池(・・・)か。エンペドよ、妾をとことん愚弄する気か。然様な傀儡の女まで用意しているとは。恋しければ妾のもとへ――」

「レナンシー、ここで会ったが八年めー」


 アンダイン様の言葉を遮り、ケアが突如声を上げた。八年目とはだいぶ短い気がするが、きっと百年目の言い間違いだろう。

 ケアは両腕に抱えた聖典を放り投げた。

 それは『アーカーシャの系譜』だ。


 ――というか、ケアの突然の攻撃に驚いた。

 まぁ、聖典で動きを封じた後に、青魔族ともども強制退去を命じるのも手。ケアの横暴さには一瞬戸惑ったが、先手必勝とも云うし、ケアの判断は間違いじゃない。

 もしアンダイン様が怒り狂って暴れても、最悪、俺の力で無理やり抑え込める。


 放り投げた聖典が宙で展開した。

 まるで意思を持った生き物のようにアンダイン様へ襲い掛かる。俺が初めてアレに巻きつかれたときと同じように獣皮紙は蜷局を巻き、その美しい肢体を拘束せんと迫った。


「ふむ」


 アンダイン様は聖典の軌道を見極めた。

 聖典から黄色い閃光が弾けた。

 ばちばちと激しい音を立てる。

 確かにあれは魔道具として性能を有している。

 エトナやマウナも見たことのない現象に、きゃぁと悲鳴をあげて目を覆った。



 アンダイン様は聖典を握りしめる。

 『アーカーシャの系譜』は俺の神造兵器と化した右腕すら封印していた究極の封印法典。あれに包まれたら魔性の生き物――魔物や魔法生物、魔族などは一溜まりもない。

 握りしめた手先から、ぐるぐると腕へと聖典が巻きつき始める。


「やったか!?」


 眩い光を堪え、アンダイン様を見やった。

 黄色い閃光は反応を弱め、勢いを失っていた。


「――何の余興じゃ。こんな生半可な魔道具で妾を拘束できると思うたか」


 あれ……。

 全然効力がない。

 アンダイン様は聖典を細い指で握りしめ、忌々しそうにケアを睨んでいた。


「あぅ」


 その威嚇にケアは怯む。

 俺に潤んだ瞳を向けて「助けて」と言わんばかりに目で合図してきた。

 駄目じゃん! 

 やっぱり聖典は紛い物だったのか。


「ふむ。これは……」


 しかし聖典を引き剥がして、書かれた魔族文字に目が留まったアンダイン様は何かに反応し始めた。

 書かれているのはポエムだ。

 ケアと俺の思い出が赤裸々に綴られたポエム。


「なんと、こ、これは……」


 アンダイン様が動揺している。

 もしかして文字そのものに魔力が込められていたのか? 言霊自体が魔術として体を成すという話は、魔法大学在学中に聞いたことがある。


「グハァ!」


 アンダイン様が突然、噎せた。

 一体どんな呪詛がその魔族文字に宿っているというのか。リアが訳した限りではケアのポエムしか書かれていなかったはずだが、見る人物によっては相当ダメージを与える呪いになっているようだ。


「おお……ぐぉぉ……」


 アンダイン様が悶え続けている。

 さすがだぞ、ケア。

 元女神の名は伊達じゃないな。

 俺はケアの方に振り返って親指を突き立てて合図した。しかし、ケアは意に介さないようで茫然としている。

 アンダイン様の反応が予想外だったらしい。


「こんな恥辱的な寓意(ぐうい)をよくも大胆に書き記せたものじゃ。妾の秘蔵の稗官(はいかん)の数々もちゃんと処分してきたか心配になってしもうたよ」

「え……?」


 なに言ってるんだろう。

 首を傾げているとリアが袖を引っ張ってきた。


「ポエムを見てご自身の過去と照らし合わせてしまったようです」

「過去って、アンダイン様もポエムでも書いてたのか」

「それは分かりませんが、きっとあの人にも誰かに知られたくない過去の産物があるのでは。あのポエムのような」



  "――大事な魔道具って何なんですか?"


  "――妾の黒歴史じゃ!"



 あぁ、そういうことか……。

 例の『黒歴史』というやつか。

 アンダイン様は噎せ返ったままに涙目で頬を赤らめ、見たくないとばかりに聖典を放り投げた。そしてぷるぷると体を震わせ、意気消沈してしまった。

 聖典は力を失い、ひらひらと地面に落ちていく。

 ケアがそれを慌てて拾い上げた。


 なんだか知らないけど聖典が効いた!

 見えないところで黒歴史で黒歴史を抉る激しい戦いが勃発していたらしい。あのポエムは、同じようなものを書いたことのある人物の精神を着実に抉る秘密兵器だったのだ。

 これだからケアの潜在能力は侮れない。



「じゃが、妾がここに来た用件とは関係ない!」


 辱めを受けた直後だというのに(かぶり)を振ってアンダイン様は気を取り直した。

 さすが賢者となりうる女性。

 もう恥がどうとかいう次元を超越するのが賢者たる器量なのだろう。


「そうだった。アンダイン様、『溢れ者(アウトロー)』の彼らを許してあげてください。彼らはただ戦いたくなかっただけなんだ」

「許すもなにも妾は立腹などしておらぬ。我が子らの自由意思を尊重するのは母親(モージル)の役目じゃ」


 なら何故ここにきた……。

 アンダイン様の背後に控える青魔族の一団は明らかに武装している。ぱっと見、戦いに来たとしか思えない。


「我が子らが好き勝手に縄張り(テリトリー)を拡大させたことは不本意であるが、喜ばしいことでもある。人間共と戦う上で拠点として利用させてもらおうと思っただけじゃ」

「なに?」


 村人と戦う気はなくとも、エリンには戦争を吹っ掛けるつもりらしい。

 それに黙っていないのが、エトナだった。

 一歩前に踏み出して、水流で高い位置に居座るアンダイン様に物申す。


「なんでそんな好戦的なのよ!」


 鬼気迫る表情でアンダイン様を睨みつける。

 それを上から見下ろし、アンダイン様は不敵に笑ってみせた。

 日も高くなってきて、日差しが俺たち人間側を牽制するように差し込んでくる。長閑な湿地帯、穏やかな気候のわりには剣呑な雰囲気が漂っていた。


「あなたの目的は? エリンを侵略しようって?」

「生娘はエリンの者か。何処ぞの前哨(ぜんしょう)とも分からぬ娘にこちらの目的など明かすわけがなかろうぞ。妾を侮るでない」

「戦争するってんなら人間側も黙ってないわよ。エリンにも同盟国がいるんだから」

「ラウダの地の矮小な人間どもがいくら束になったところで妾に敵うわけがなかろう。魔力源泉豊かなリバーダであれど妾に敵う種族は指折りじゃ」

「くっ……」


 アンダイン様は椅子にしている水流から一筋、水弾を取って手元でくるくると回し始めた。

 それは牽制だ。

 移動に使ってた大波の水魔法も神級の域。

 あんな魔法を簡単に操作するアンダイン様に、魔力弾(バレット)しか扱えない巫女が挑んだところで敵うはずがない。それがロワ三国内では百年に一度しか生まれないんだ。

 侵略されれば確実に青魔族に軍配が上がる。


「ジェイク、あなたは助けてくれるんでしょう」


 小声でエトナから声を掛けられる。

 まぁ、理不尽な悪は葬るのが正義の味方のやることだ。でも俺は正義の味方になる自分が怖ろしい。


「エンペドよ。其方、よもや妾ではなくその生娘に加勢するつもりじゃあるまいな」


 赤い眼光が突き刺さる。

 まるで猛禽のようだ。

 板挟みだ。美人二人に取り合いされる状況は悪くないけど、片や俺が忌み嫌う存在と人違いされることは癪である。


「いちいち弁明するのも面倒だ……とにかく戦いなんてやめてください」

「それはできん相談じゃ。こちらも枝族の未来がかかっておる。リバーダには戻れぬのじゃ」

「どうして?」

「それは目的に関わる話じゃ。明かせぬ」


 青魔族一団は『族長(レナンシー)』に付いてリバーダ大陸を去った。

 どうやらその土地には居続けられない理由があるようだ。

 青魔族の未来を考えての決断……?

 少し話が見えてきたな。


「ふむ。その人間どもを殺してしまえば加勢の必要もあるまい」

「え……?」

「妾の恋人に近寄る悪い虫は見るに堪えぬのじゃ。ここで朽ちよ」


 アンダインは突然、エトナに狙いを定めて手元で回していた水弾を放った。

 肉眼では捉えられない速度だ。

 通常の肉眼では、という意味で俺には目で追えた。

 ――エトナの前に飛び出て素手で二、三発の水弾を掴む。

 ぱしんと水弾は弾け飛び、消滅した。

 エトナは目をぎゅっと瞑っていた。


「……」



 ――――……。


 久しぶりに腹が立った。

 命を軽んじるその態度に、憎き仇敵(エンペド)を思い出した。王都の戦い以来に血の気が騒ぐ。

 殺気を漂わせた。


「其方はエンペドではない……?」

「だから、そう言ってんだろうが」


 さすがのアンダインも殺気を感じてくれたようだ。

 あんな下衆と一緒にされて俺も苛ついてた。増してやいきなり攻撃に出たアンダインが一気に憎らしくなった。

 未来で賢者となる人物がこんなだったとは。


「殺し合いがしたいなら、まず俺が相手になってやるよ」

「ジェイク……」


 カチっとスイッチが入った気がした。

 救済衝動とはまた違う……。

 お人好しで人助けするのではなく、俺の性分がこの存在を認めない。アンダインがこんな冷酷な下衆だったのはショックだが、それ以上にやっぱり許せない存在はぶちのめしたい。


「ふむ、凄い殺気じゃ。其方は神殺しの格式(ステータス)でも生来に授かったか。妾の覇気の前に怯まない男も稀に見るぞ」

「だったらなんだ。しかけたのはそっちだからな」


 魔力剣を生成して手に取る。

 軌跡を思い描いて、どうやって戦闘不能に持っていくかを考える。魔法生物は核となる部分を削がない限りは死なないそうだ。

 剣を構えて大地を踏みしめる。


「――待たれよ。今の其方には負けそうだ。その娘への不当な攻撃を詫びよう」

「ああ……?」


 アンダインは急に態度を改めた。

 命乞いをし始めたように見える。

 俺は剣の切先を下げて、構えを解いた。


「妾もここで無碍に引き返す訳にはいかぬのじゃ。願わくば、妾と一勝負をして賜れ。妾が負けたら其方らの願いを聞こう」

「さっき"負けそうだ"って認めたじゃないか」

「ふふ、狼藉な男よ。平和的交渉には別の手合わせもあるのじゃ」


 沸騰した頭も冷えて俺も冷静になってきた。

 魔力剣を消してアンダインの提案に乗ることにする。

 アンダインは両の手のひらの上に水球を二つ造り、その水球に手を突っ込んで何かを取り出した。

 現われたのは青いカードの束だ。

 そのままカード束を巧みに操ってシャッフルさせると、最後には片手に束ねた。


「これはインクライズというカードじゃ。青魔族に代々伝わる賭け勝負の伝統競技よ。ルールは確と教えよう」

「インクライズ……?」

「ゲームじゃ。妾とゲームで一戦交えよと申しておるのじゃ。……許しを請う妾を無惨に斬り捨てるなら諦めよう。じゃが、其方の良心に訴えて公平な勝負を求めておる、ふふふ」



  "――フレッド、それなに?"


  "――インクライズだ"


  "――賭け事なんかでよく使われるんだ"



 そのカードゲームは知っている。

 俺も昔遊んだことがあった。

 青魔族発祥のゲームだったのか。



次回更新は2016/10/15~16の土日です。



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