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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第1場 ―魔族進攻―
244/322

Episode198 邂逅ヘイトフル


 ケアの後ろについて外へ出た。

 満天の星だった。

 辺りはすっかり暗くなり、虫や蛙の鳴き声が頻りに聞こえてくる。

 冬だったはずなのに虫の大合唱だ。

 ここら一帯だけ気候が違うらしい。


「見ててね」


 ケアは畦道のど真ん中で立ち止まり、祈るように両手を胸元で組む。少し経って、ぶわりと風が舞い上がったかと思えばケアの周囲に魔法陣が浮かび上がり、それが蒼い燐光を放ち始めた。


「わっ……」


 リアが驚いて魔法陣から遠ざかる。

 燐光が眩く光ると同時に、湿地にいた蛙や小動物たちが突然暴れ、宙へと跳び上がり始めた。

 ばしゃばしゃと水しぶきが立った。


「強化系の範囲魔法ですね?」

「ヒールだよ。カエルさんもみんな元気」

「治癒の術ですか。ケアさんも巫女なんですね」


 リアが魔法陣外から声をかけてくる。

 そんな遠ざからなくても無害なんだから魔法陣内部に入ってくればいいのに……。

 ちなみに俺は魔法陣の内側に立っているのだが俺の足元の燐光だけ軒並み消滅していく。反魔力の性質上、無効化してしまうようだ。

 そしてお次は、ばばっと跳び上がった蛙や虫たちに狙いを定め、ケアは手を翳した。


「うむぅ……!」


 変な呻き声とともにケアが魔法を放つ。黄色いオーブ状の魔力弾(バレット)が静かに炸裂し、跳び上がった動物たちに襲いかかった。

 なぜ殺した!

 ――と思ったら黄色いオーブが通過した動物たちは空中でオーブに包まれてふわふわと浮かんだ。

 あの黄色いオーブは何度か見た。

 メルペック地下聖堂で聖遺物を包んでいたオーブだ。

 つまり、あれは封印魔法の類い。

 よく見ると捕えられたのは蛙のような小型の魔物のようだ。


「これがふういん魔法」

「いつからそんな多彩な才能を発揮するようになった?」

「練習したもん」


 ケアが手を下ろすと封印魔法も解けた。

 蛙たちが再び活動を再開して湿地をぴょんぴょんと逃げていく。


「さっきの聖典にはこの魔法をぬった(・・・)の。だからレナンシーもふういんできるよ」

「塗ったって……魔道具の作り方まで学んでたのか」

「最初からしってたよ」


 うーむ。

 腑に落ちないけど見たものは納得するしかない。

 今までのボケっとしたケアは神性の魔力に頭を掻き乱されて気が触れていただけで、これくらいの性能は元々持っていたということである。

 謂わば、『ドウェイン症候群』だ。

 赤黒い魔力に中てられて頭がおかしくなる病をそう命名しよう。

 ごめん、ドウェイン……。

 世話した身からするとその方が覚えやすい。



     ○



 ケアの力を垣間見た所でお開きとなった。

 レナンシーは不死身と言うが、如何な魔法生物といえど俺一人で屈服させられる。過信は禁物だが、本気出せば大丈夫だ。

 大切なのはなるべく怨みを買わないこと。

 無用な戦いを止めさせ、エリンから追放する。

 ――それだけだ。

 ケアは『アーカーシャの系譜』で封印すると言い張ってるが、俺はケアさえ『新族長(ニィト・モージル)』の座から降ろしてあげられればどっちでもいい。

 その後に未来へ帰る方法を探そう。



 考えがまとまったところで宿泊小屋に引き返す。

 夜風に当たると頭が冴え渡るから良い。小屋の戸を開けようとした所で、がばっと中に居た人間に先に開けられた。


「ひゃ、ジェイク……!」

「エトナですか」


 紅い瞳の巫女だった。

 純白の髪が月明かりに浮かび上がる。

 その彼女にドンと胸を叩かれて半歩後退を強いられる。エトナはばたりと戸を閉じて、俺を強制退場させた。


「なんですか?」

「その、さっきは悪かったわね」

「あぁ……」


 リアの予言は見事的中した。


「俺に謝る必要なんてないです」

「でも大人げなかったわ。ケアは貴方の幼馴染なのに強く当たっちゃったんだもの。不愉快な思いしてたら、ごめんなさい」

「……」


 思わず固まってしまった。

 新族長との対談を棒に振った事ではなく、俺の心情を察して謝罪してきたのだ。まさかそんなことで謝られるとは露も思わず、虚を衝かれた。

 俺の態度をエトナも不安に思ったようだ。


「なに? 謝るのは一回だけだからねっ」

「いや、エトナが怒っても無理はないです。俺もケアの態度に苛つくことはありますから」

「え……ジェイクは怒ってないの?」

「まさか。エトナも真剣にケアや青魔族のことを考えてくれただけですよね」


 今度はエトナが固まった。

 目を大きく見開いたかと思えば、穏やかに目を閉じ、満足したとばかりにくるりと回れ右をした。

 長髪が靡き、凛とした背中が映る。


「なーんだ。謝って損したじゃない」

「勝手に謝ってきたのはそっちですよ」

「む、ジェイクのくせに生意気」


 (なじ)りながらも声音は明るい。

 エトナの歩み寄りを察して調子を合わせることにした。


「かたじけない。拙者、礼節に疎いもので」


 当初は怪訝そうに返されたネタだが、今回は笑ってくれた。大仰に振る舞ったのが馬鹿らしかったようだ。

 エトナがもう一度俺に向き直る。

 下から上目遣いで覗き込まれ、ドキっとした。

 目を細めて心情を窺うその仕草は憧れの人を思い出す。

 刹那に浮かべる妖艶さはあの人と瓜二つなのだ。


「ねぇ、ジェイク。私は――」



  "――綺麗なキミの手を染めた、初めての女になれたかな"


 心拍数が跳ね上がる。

 吐息まで感じそうなほど接近され、どうしていいか分からなくなる。エトナが何か言いかけているが、それを聞いたら俺も何か答えざるを得なくなる。

 そこから先は禁断の域だ。

 これはイイ雰囲気というやつだ。



 だが、最愛の人の顔が脳裡に過った。


 刹那に感じる視線。

 小屋の戸が半開きになって、その先から鋭い視線が突き刺さる。青い髪に黄金色の瞳をした少女が、その先にいる気がした。

 シア……?


「じー」

「はっ……ちょっと! 覗きは良くないわ」

「外が騒がしかったものですから、つい」

「まったく、先生なんて呼ばれても子どもなんだから」


 戸の奥から覗いてたのはリアだった。

 エトナは俺からぱっと離れて小屋に戻っていく。

 助かったといえば助かった。

 浮気するわけにいかないんだから。

 それより今、リアから感じた雰囲気は気のせいか。

 確かにシアと同じ気配を感じたのだ。

 俺はポケットから写し絵を取り出して確認した。

 ……似てない。気のせいだろう。



     ○



 翌朝、久しぶりに鍛錬に励んだ。

 話も落ち着いたし、あとはレナンシーのところへ赴いて、ひっそりと青魔族同士の諍いを止めるだけだ。

 景気づけに剣術の修練でもしておこう。

 適当な土場を見つけて剣を振るう。

 魔力剣を抽出して握り締め、上段の構えから下段の構えまでの素振りや自己流の剣技を振るう。


「ダ スキルミンガァ エル……?」


 その最中、魔族語が聞こえた。

 振り返ると若い青魔族の男たちが荷を引き、朝の農作業をしていた。

 俺をきょとんとした目で見ている

 無視もどうかと思い、彼らに手を挙げて合図した。

 おはようございますという意味を込めて。

 でも青魔族の若造たちは何を勘違いしたのか、眉を顰めて俺に歩み寄ってきた。

 何ぞ、何なんぞと言いたげだ。


「ペッシ マウォル ラ メウォ エィヌ ホゥギ ウェンディゴ」

「エル パウォ サット?」

「ヤ。ファーイル ハンス ヴァル アウォ ホルファ アゥ」

「パウォ エル オゥトルレグト」

「ヴィンサムレガスト セゴゥ メル」

「メ イーニギ!」

「メ イーニギ! メ イーニギ!」


 五、六人の若造が興奮気味に俺の周辺に集まってきた。

 なんだなんだと俺もたじろぐ。

 彼らは羨望の眼差しを向けていた。

 訳も分からず混乱していると、一人がジェスチャーで何か伝えてきた。

 俺の魔力剣を指差した後、そのまま俺自身を指す。

 そして自分たちを指して剣を振るう動作をしてみせた。

 デュクシという効果音まで添えて。


「ヴィンサムレガスト セゴゥ メル」


 剣を教えてくれと言ってる気がした。

 ヒトが強さを求めるのは世の常か。

 剣術か……。



 "戦いを求めるその欲望こそが悪だって"



 ダメだ、要らぬ力は争いを招く。

 俺がここで剣術を教えようものなら、巡り巡って誰かを傷つけるかもしれない。

 一時の親切は偽善に終わる。

 俺が首を振ると魔族の青年たちはがっかりした様子で立ち去った。以前なら快く教えてたかもしれないけど、今の俺は閉鎖的だ。

 偽善者になれば誰も救われない。

 一時の救世欲が満たされるだけで、後々自分自身へ呪いとなって返ってくる。

 そんな末路を辿ると俺は学んだのだ。

 追い払って剣術の鍛錬を再開する。


 まず上段の構えで振り下ろす。

 何回か剣を振るい、その後、中段の構え、下段の構えの素振りをしているときに背後の気配に気づいて、ふと振り返った。

 慌てた様子で青年たちが農作業を再開した。

 直前まで俺の素振りを真似て農具を振っていたようである。

 これでは教えているようなものだ。



 それなら、と俺は意地を張って別の剣技の練習を始めた。魔力剣を宙に生成し、それを跳び上がって回し蹴りし、木の幹に打ち付ける修練だ。

 これは『影真流』にない我流の剣技。

 四方八方に魔力剣を生成して空中に並べ、それを蹴りつけて木へと打ち付ける。足蹴りで剣を真っ直ぐ飛ばす技なんて簡単にできるものじゃない。

 ふっふっふ、これは猿真似できまい。


 ――直後、ガツンと俺の後頭部に農具が直撃する。

 痛くはないけど視界がぐらついた。

 振り返ると、農具を無理やり宙に放り投げた青魔族の誰かが、跳び上がって取っ手を蹴ったようだ。それが滅茶苦茶な方向に飛来し、ついには俺に直撃したようである。


「エギ フィリルゲフォーゥ……」


 すまなそうな顔で俺を見ている。

 諦めて農作業に集中してくれよ、もう。


「はぁ……剣の振り方も知らないのにいきなり剣舞はな」


 溜飲を下げて呟いた。

 『影真流』か『聖心流』かの基本でも覚えて出直してこいってものだ。

 そういえば……と、ふと思い出す。

 確か魔族独自に伝わる剣術があった。

 一人で多数を相手にするため、変則的な動きで敵を翻弄する『機神流』だ。魔族である彼らはその流派を知らないのだろうか。それともレナンシー伝承みたいにこれから伝わる流派だったりして――。



 "機神流なんて練習するから馬鹿ちんの魔族みたいな頭になっちゃうんじゃなーい?"



 何故かティマイオスを思い出した。

 俺の自己流の剣技を見て理事長はそんな捨て台詞を吐いた。今、その田園風景の先には俺の剣舞を真似ようと必死に回し蹴りを練習し始める青魔族が映る。

 まさか……。

 確かに俺の我流と『機神流』の両者は、どちらも多勢を相手にするために編み出されたという点で共通している。

 いや、まさかね。

 そんな都合よくすべてに自分が関与してるわけがない。

 思い上がりもいい所だ。

 気にせず修練に勤しむことにする。



     ○



 ――ある朝、事件が起きた。


 ギャラ神殿の村で過ごして何日か経った。

 経ってしまった。

 長居するつもりはなかった。

 本当はケアに『アーカーシャの系譜』(ポエム)を見せてもらった翌日にでもレナンシーのところへ乗り込もうとしていた。

 嘘じゃない。

 だが、ケアのぼけーっとした雰囲気や青魔族の農作業や家畜の世話をする光景を見せられ、その長閑な暮らしぶりに呑まれて、気づけばまったりしていたのである。

 さすが穏健派の『溢れ者(アウトロー)』。

 村の者は一人残らず心穏やかにする魔力がある。



 村生活二日目、ケアに「いつ向かう?」と尋ねた。

 ケアは「明日いくよ」と言った。



 三日目、ケアに「いくぞ」と声をかけた。

 ケアは「ペロにお別れ言ってない」と言った。

 ペロはケアが愛でてる牛だ。



 四日目、ケアに「お別れは?」と尋ねた。

 ケアは「角で服をやぶられた」と報告した。

 ペロはケアが嫌いらしい。



 五日目、マウナが村の家事手伝いに奔走した。

 火おこしや水汲みに便利だと村人に気に入られたようだ。

 ペロもマウナを好いていた。



 六日目、ケアの服の修繕が終わった。

 装備を確認して「今度こそ行くぞ」と伝えた。

 ケアは「心のじゅんび」と言って神殿に引き籠った。



 七日目、青魔族の若造が果敢に攻めてきた。

 剣の稽古を求めてきたようだが返り討ちだ。

 まだまだ免許皆伝には修行が足りぬ。



 八日目、エトナが「一体いつ行くのよ」と不満を漏らした。

 俺は「そろそろ行きますか」と答えた。



 九日目、面倒になって一日ゴロゴロした。



 十日目、リアがロワ語の授業を開設した。

 村人が俺たちと挨拶や会話ができるようにだ。

 わざわざ通訳を挟むのが面倒になったらしい。



 十一日目の朝、朝食を摂ってるとき「そういえばレナンシーのところ、いつ行くんだっけ」と思い出した直後、ついに事件が起きた。

 レナンシーが村にやってきた。

 向こうから襲撃にきたのである。

 俺たちがのんびりしている間に拠点を特定されたようで、満を持して軍団引き連れてやってきた。



 その朝、突然地響きが鳴り、不審に思って食事の手を止めた。半ば我が家のように扱っていた宿の戸を開けて外に出た。

 朝焼けが差し込む時間帯。

 巨大な波が村に迫っていた。

 ガラ遺跡は比較的内陸だから海から津波が迫るとは考えにくい。

 おそらく魔法の類いだろう。

 未来の魔法分類学でも、あの規模の魔法は神級に位置づけられる。地形変動も引き起こすほどのビッグウェーブだ。逆光で正体が見えないが、その大波の中心に美しい肢体の女性が足を組んでいた。

 文字通り、雪崩れ込んできた。


「大変だ、みんな!」


 俺は大声をあげる。

 村人も早朝から騒然として家を出てきた。

 ビッグウェーブは美しい肢体の女性だけでなく、波乗りの要領で強硬派の青魔族も連れてきた。

 村まで近づくと大波は勢いを弱めた。

 武装した青魔族たちは大地に降り立ち、足を組んだ女性だけが小さな水流を椅子のようにして座り、すすっと流れるように移動してきた。

 ユースティンもよくあんな風に水魔法を移動手段に使っていた。


「はてさて――」


 その女性は前進とともに足を組み変えた。

 綺麗なおみ足に思わず釘づけになる。

 その青い肢体、そして透き通る声は……。


(わらわ)と仲違えて、のうのうと斯様なコロニーを造っておったとは」


 ある程度近づいて逆光も消えた。

 姿を現れたのは族長(モージル)だが、見覚えがある。


「あなたがレナンシー?」

「如何にも。妾は海神(わだつみ)の使者にして、この枝族(しぞく)を統べる神代の皇女レナンシーじゃ」


 違うと思った。

 青い肌に真っ赤な瞳。

 この口調も態度も間違うはずがない。


「アンダイン様だ……」


 水の賢者アンダインだった。

 なぜこんなところに?

 アンダイン様がいるなら他の賢者もいるのか。

 いや、古代だからそんなはずは……。

 ――そういえば五大賢者は千年ほど前から賢者になった。

 つまりこの時代にも俺と交流のあった賢者たち、具体的にはグノーメ様やシルフィード様、サラマンドやティマイオスがまだ賢者になる前の姿で存在しても不思議じゃない。

 千年前のアザレア大戦で賢者となったからだ。

 その五人がいるなら戦犯であるアイツも――。

 混乱していたのはアンダイン様も同様だった。


「なぜ其方(そなた)は我が真名を知っておるのじゃ」

「え、いやだって、あれ?」


 やはりアンダイン様本人だった。

 この人が青魔族の『族長(モージル)』か。

 レナンシーは別称なのか。


「静まれよ。ふむ、頗る見れば――なに、狐に化かされたか。妾の真名を得ていて当然じゃ。其方こそ何故ここにおるのじゃ。その滾らせた神性は真理探究の賜物か? エンペドよ」

「……」


 今、俺をなんて呼んだ?


「然様な魔力で妾を欺けると思うたか。ふふ、小童の考えることは甚だ小賢しいが、それもまた一興じゃ。許すぞ、エンペド」


 エンペド・リッジがいるんだ。

 転生前のエンペドがこの時代に。



次回はレナンシー(アンダイン様)とのガチンコ勝負です。



※『機神流』……「Episode147 賢者の発明品」にてティマイオスに指摘されてます。


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