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魔力の系譜 ~名も無き英雄~  作者: 胡麻かるび
第5幕 第1場 ―魔族進攻―
242/322

Episode196 レナンシー

今週の土日は1話のみ更新です。


 山間を拝める道を歩き進めた。

 なんだか既視感に襲われて、あの森はなんだ、あの山はなんだ、と景色を巡る度にエトナやリアに聞いて回るのだが、自分が知ってる地名はなかった。

 でも、その山だけは絶対に見間違えではない。


「あれは南レナンサイル山脈ですよね?」

「ちーがーうー。もう……何なのよ、さっきから」

「じゃあ何て言うんですか?」

「南アイル山」

「南アイル?」

「そうよっ」

「名前似てませんか?」

「でもLeanan-sid(レナンシー)heなんて名前は入らないってば」


 白い霊峰が地上から聳え立っている。

 山脈が折れるように北方へ続き、エリンドロワ王国の国境になっていた山だ。

 『Leanan-sid(レナンシー)he Is(の島)le』とは、大地から突き出た"島"のように見える事から名付けられた。

 レナンシーは妖精の名前。

 その美しい妖精が吸魔行為を繰り返した末、真に愛する男にはフラれて身投げした伝承が残る山だった。一年中、雪が降り積もっている理由は失恋の果てにレナンシーの想いが雪となって消えずに残っているからだと云われている。

 カレン先生が教えてくれた事だ。

 バーウィッチから王都へ向かう道中の事だから、まだ記憶に残っていた。

 拝める山々もまさにその絶景と同じだ。

 ――この時代はレナンシー伝承が生まれる前か。


「レナンシー エル ナフゥン モージル」


 先頭を歩いていたウォードが俺たちの会話を聞きつけたのか、振り返って何か喋った。

 なんか動揺している。

 ウォードも眉を顰めていた。


「ウォードは何て言ってる?」

「レナンシーは族長の名だ。だそうです」

「え、嘘だろ!?」


 まさかの青魔族の族長だった。

 ちょっと待て……。

 レナンシーが『族長(モージル)』?

 伝承の通りだとしたら、レナンシーは吸魔行為を繰り返している。吸魔行為っていうのは、吸血みたいな物だ。対象から魔力を吸い上げる術。

 しかも美しい姿で男性を誘惑して狙っている。

 最後は愛する存在にフラれ、あの山で身投げするという言い伝えだった――。


「確かに青魔族は美形揃いだし、母親(モージル)と呼ばれるからには族長も女……"美しい妖精"なんて伝承が残っても不思議じゃないな」

「なに一人で納得してるのよ。青魔族問題はエリン全土を揺るがす国家の危機なんだから、ちゃんと話してっ」


 エトナが近づいて俺を問い詰めた。

 顔が近い。――ドキっとする。

 別に恋ではない……と思うけど、メドナさんに楽器を教えてもらった十歳の頃を思い出して心を(くすぐ)られた気分だ。

 憧れだった人を思い出すとそわそわするというもの。

 エトナの顔の接近によって緊張状態に陥った俺は、どこまで話していいか判断できず、最小限言えることだけポロっと漏らしてしまった。


「俺に分かる事は『族長(モージル)』がこれから失恋するって事だけです」


「え……?」


 空気が固まる。

 エトナも、マウナも……双子の巫女同士で顔を見合わせ、目を瞬かせていた。

 伝える部分を間違えたか。



     ○



 青魔族問題の鍵となる『族長』がレナンシー、『新族長』がケアである事が判明した。

 レナンシーという人物とは会った事ないが、これから辿る運命は判っている。

 まぁ伝承通りなら、だけど。

 伝承なんてそのまま伝わるはずもないが、火のない所に煙は立たないとも云う。

 身投げに近い結末を迎えるのは事実だろう。

 エトナからはその件について詰問されたが、レナンシー伝承の話をしてもただの妄言だときっぱり捨て去られて話は終わった。


 何はともあれ、南レナンサイル山脈の原型が見えること、また青魔族たちが"リバーダ大陸を渡ってラウダ大陸の東沿岸に漂着した"という地形関係から推測するに、きっと此処がエリンドロワ王国の東方に当たることは間違いない。

 そしてレナンシーがいるという時代背景的にも『過去』の世界だ。

 あとは具体的に何年前なのかだが……。

 俺の時代では『メルペック暦』という暦が使われて『メルペック暦997年』だった。今はまったく別の暦で『(げき)暦628年』らしい。

 暦の変遷が分からないから、何年前かは検討もつかない。



 旅路は南アイル山から垂直に南下した。

 辺り一帯にはもう雪が積もっていない。

 二日ほど歩いてると岩肌ばかりの荒野に変わる。

 夜は風が強く、寒い一方だ。

 エトナとマウナはそんな旅も物ともしていなかった。

 貴族出身らしいけど逞しいものだ。


「パウォ ムン ブラト コゥマ」

「そろそろ到着するそうです」


 ウォードの通訳を挟むリア。

 昼を過ぎた頃合い、俺が野生動物を狩って食料調達して戻ってくると、炊事していた彼女にウォードが声を掛けて、そう告げた。



     …



 湿地帯だった。

 拠点とはどんな所かと勘繰っていたが、植生も豊富で水場が多い。地面から冷気は漂うものの、湿った草原から幾重にも木々が生い茂り、森林の近くに石造りの建造物が何戸も立っている。

 町造りの様子が遠目から伺えた。

 異文化な建造物を目の当たりにしたエトナはウォードに吠えかかる。


「ちょっと、エリンで勝手に棲み家を造らないでよっ」

「ヴァル エッキ レィーヴィン……ロゥグマルク、テンペル エル プゥーフ」

「なんて?」

「仕方なかった。最低限の神殿は必要だ――だそうです」


 神殿?

 『新族長(ニィト・モージル)』のためか。

 リア曰く、青魔族たちは族長を神格化して崇める習性があるという事だから、その崇拝対象のための殿――神殿をどの地でもまず建てる習性があるのだそうだ。

 神殿造りは青魔族にとって入植地(コロニー)建設の第一歩である。

 文句を垂れながらエトナは後ろをついて歩く。

 『溢れ者(アウトロー)』は新しい居住地を探しているそうだが、行く先々でこんな神殿を毎度造るつもりか。



 村の入り口で二人の若い青魔族が門番をしている。

 ウォードが声をかけて会話を始めた。

 流暢な会話で、リアと喋る時より雑な印象を受けた。

 ネイティブな会話とはあんな感じなのだろうか。リアも魔族なんだから、遠慮せずにネイティブにやり取りすればいいのに……。

 ウォードの姿が誰かと重なった。

 二人の若い門番との会話する光景。



 ――なぁ、ユースティン。

 ――なんだ?

 ――お前、天才なら魔族言語くらい分かるんだろ?



「あ……」


 バイラ火山麓の青魔族の村を彷彿とさせた。

 懐かしい日々。

 何と喋ってるか分からない青魔族の会話に、勝手に吹き替えを入れて遊んだんだ。ユースティンとシアの三人で……。

 あの頃は馬鹿やってた。

 それももう出来ないけど――。


「フウ ゲッタ スリィギウォ イニ ホーピヌ」

「村に入ってもいいそうです」


 リアに袖を摘ままれて促される。

 俺は感傷的な気分のまま歩き出した。

 未来に帰るぞ、一刻も早く。



     ○



 着いた足でそのまま神殿へ通される。

 連れ歩いた青魔族らは村に着くや否や、家族のもとへ会いに行ってしまったが、ウォードだけは律儀に俺たちの案内役に徹してくれた。

 湿地帯の畦道のようなところを進む。

 所々ぬかるんでて、たまにペチャりと足音を立てた。

 青魔族の村人はこの地で酪農でもしているようで、土を耕して農地を作っていたり、そこに牛を引き連れて歩いて踏み固めたりしている光景が目に留まった。

 ――というか、やたら牛が多い。

 牛を連れて荷を運ばせたり、農地を踏ませたり、ただ追い立てたり……。

 どこを見ても、村の中は牛だらけだった。

 事情を知らない青魔族の村人は俺たちの行列に奇異の目を向けていた。


 神殿を正面に見据える。

 大岩から切り出したのか、四角い岩が積み重ねられた神殿だ。

 入り口は穴倉のようになっていた。

 そこに……誰かが……。


「あ……あぁ……」


 少女がいた。

 あのときと変わらない格好で、修道女が着るような黒い服を纏い、呆然とこちらを眺めて立ち尽くしていた。


「ケアだ……ケアがいる!」


 その姿を見て胸が熱くなった。

 ケアの名前を聞いたとき、何とも思わなかった。半信半疑だった上に実感がなかったからだ。この世界にいる『ケア・トゥル・デ・ダウ』が、俺の知るケアだと認識できなかったからだ。

 でもあそこにいるのは間違いなくケアだった。

 俺と生きて、ともに女神の陰謀で生み落された副産物だ。


「ケアーー!」

「ちょっとっ……ジェイク、どうしたの?」


 脇目も振らずに駆け出した。

 あの子は俺と同じ境遇だった。

 青魔族勢力でもエリン勢力でもない。

 俺と同じ外野(アウトロー)だ。

 あっという間に神殿前まで駆けつけて、ケアの前で足を止めた。


「ジュニアさんー」


 ケアが微笑む。

 あの頃と同じ名で俺を呼んで――。


「おひさしぶり?」

「ケア……お前、よく独りで……俺はお前を、巻き込んでしまって……」


 俺は膝をついて項垂れた。

 不甲斐ない気持ちで一杯になったからだ。

 この子は巻き込まれて俺と一緒に時間旅行した。

 でも途中で逸れてしまって離れ離れになった。一人では何もできないのに、俺が保護者として面倒見ていかなきゃいけないのに――。

 ぽんぽんと、ケアは跪く俺の肩を叩いた。


「ううん、たいへんなのはジュニアさん」


 ケアにしては滑らかな発語。

 俺ははっとなって彼女を見た。


 なんだか許されたような気がして涙が出た……。

 俺を間近で見ていたケアだからこその言葉だ。

 "同郷"の存在と対面して俺は泣いた。

 泣きながらケアを抱きしめた。

 こんなに嬉しくて泣いたことはなかった。

 ――そうだ、大変だった。

 辛かった。悲しかった。

 それを分かってくれる人が誰一人いなかったからだ。

 でも此処に、この時代で唯一の仲間がいた。


「だいじょうぶ。みんな元気」


 みんなとは俺が気にかけていた王都の皆の事か。

 そんな気遣いまで言うようになったのか……。

 涙を流しながら抱きしめる俺の背を、ケアは優しく撫でてくれた。その小さな手がとても大きく感じる。確かにこの子なら女神と崇められても不思議じゃない。



     ○



 エトナたちもケアと顔合わせして入村の許可を貰った。

 俺が取り乱していたので、一度宿へ移り、荷を整理してから話をさせてもらう事になった。


族長(モージル)ってイメージじゃないわ」


 質素な宿を宛がわれ、俺たち四人は集まって話す。

 茅葺き屋根と木材で造られた小屋だ。

 テント生活より何倍も贅沢である。

 俺も顔を洗ってきて、気持ちを切り替えた。


「ジェイクの幼馴染にしては魔族というより人間っぽいし……」


 勘違いされっぱなしだが、俺は人間だ。

 リアの言う通り、人間族は見た目だけで判断しやすいな。

 それにケアは自動人形(オートマタ)だ。

 一連のエトナの言動にはケアの第一印象を受けて、がっかりしている様子が窺えた。青魔族とエリン王家との対談を臨むにしても新族長がアレでは頼りがないと思ってるのだろうか。

 そこにマウナが意見する。


「『溢れ者(アウトロー)』だけでもエリンの味方になってくれるんじゃないかな?」

「味方ってつまり……先にこの村とだけ和平交渉を結ぶように取り計らうって事?」

「うん」

「無理よ。都の人は青魔族と接触したこともないし、きっと青魔族の一部に平和主義がいるなんて理解できないわ。一方の魔族とは対立して、一方の魔族とは手を握り合うなんて複雑な話は持っていきにくい……」


 確かにややこしい事態だ。

 既にこの領土問題を外野から見てる俺含め、エトナやマウナも何となく魔族を受け入れ始めた。

 でも突然に話だけ振られた王家は戸惑うだろう。


「いっそのこと、私たちが単身で『溢れ者(アウトロー)』勢力に加勢して、武力派の『族長(モージル)』に交渉にいくとか」


 マウナはさらに気転を利かせてそんな意見を加えた。

 エトナも目を瞑って悩み始めた。


「んー……」

「それなら交渉の責任はエリンに及ばないでしょ?」

「まぁ青魔族も私たちの身分なんて知らないでしょうし、トラブルに発展しても単なる青魔族同士の(いさか)いってことには出来るわね。でもそこまでの労力を――」


 双子の巫女同士の話し合いが白熱しかけた最中。

 ばんばんと木製の扉を叩かれた。

 誰かがノックしたようだ。

 出ると、顔を出したのはウォードだ。


「クメウォ セグヤ フヨゥレッガ?」


 ――そろそろいいか、と言っているらしい。

 どうやらケアと話す時間を作ってくれたようだ。荷の整理も終わった頃合いを見計らって呼びに来てくれた。



     ○



 日が傾きかけている。

 もう夕暮れが近い。

 そんな中、再び歩いて神殿へ向かった。

 赤く染まり、哀愁漂わせる畦道だ。

 族長は立場的に一番偉く、村人の住処よりも離れた神殿で暮らす仕来たりがあるらしい。ケアも普段、そこで寝泊りしているようだ。


「ケアと青魔族は一体いつから合流したんだ?」


 俺がウォードに語りかけた。

 隣を歩くリアがそのまま通訳してくれた。


「半年前だそうです」

「半年前……」


 リゾーマタ・ボルガ通過時に"先に往った"と思っていたが、俺が着くよりも半年も先にこの時代へ来ていたのか。


「なぜ彼女を族長に?」

「"不思議な力を使えるからだ。人間との戦いで傷ついた我々を癒してくれた"」

「癒しの力……」


 治癒魔法か?

 ケアが魔法を使っている所は見たことない。

 しかし、女神の抜け殻である以上は魔力がない事もないだろうし、パウラさんが保護している間に仕込まれたとか……?


「お姉ちゃんと同じ力が使えるんですね。ケアって子も巫女なのかな?」

「エトナも治癒魔法を使うんですか?」


 マウナの話を聞いて、そのままエトナに聞き返す。

 エトナは赤面して慌てて言葉を添えた。


「勝手にバラさないでよっ」

「いいじゃん。ジェイクさんにくらい」


 治癒魔法を使えることの何が恥ずかしいのか、エトナは必死に隠そうとした。双子の巫女は何かと隠し事をしたがる。

 俺はウォードに『癒しの力』について詳細を尋ねた。

 ウォードも言葉で言い表せないのか、身振り手振りを使って表現しようとしたのだが、何とも珍妙な動きで伝わらず、彼自身も諦めた。


「スヤ トルァ ピヴィ エル ヴィロゥイースト」

「"百聞は一見に如かずだ"」


 まぁ、それもそうか。

 きっと治癒魔法の事なんだろう。

 巫女は百年に一度しか生まれず、魔法が使えるものは限りなく少ない。それならば青魔族が治癒魔法を見ても驚くのは当然だろう。

 ウォードは再び神殿の前まで俺たちを連れてきてくれた。

 

 神殿前には牛を連れた青魔族の女二人がいる。

 物騒なことに、刃の長い鉈を持っていた。


「え……なにするのよ」

「ヘゴォア ヘッリ マティウォ ティル モージル リィーウォトギ。ヴェイスル エル ギャラ」

「"族長の仲間にはご馳走を振る舞う。あれはギャラの材料だ"」

「ギャラってなんだ?」


 リアは通訳しっぱなしで可哀想だ。

 不満を漏らすことなく続けてくれた。


「牛肉料理だそうですよ。神殿もそれに因んで『ギャラ神殿』と呼ぶらしいです」

「ギャラ神殿……?」



 ――この土地では昔、牛の所有量で財力を比べ合ってたみたいなんだ。



 女神崇拝のための牛を捧げる儀式……。



 ――なんで牝牛と魔力の神なの?


 ――古代文明人は牛との共生が必須だった。


 ――それで日頃の魔力源が牛にあるという感覚だったようだねぇ。



「ガラ……遺跡だ」


 この土地はガラ遺跡があった場所だ。

 ドウェインが教えてくれた女神伝承発祥の地。

 俺が初めて力を授かった地。


 ここだったのか……。

 古代文明人は残酷だなぁ、と十歳当時の俺は漠然と考えていたが、あの話は青魔族の儀礼が発祥だったんだ。未来から転移してきたケアが女神伝承の発祥だった。

 つまり、ケアが此処にいることは必然?

 それなら俺自身も――。



伝承の伏線どんどん回収していきます。

第5幕は展開早めでいきます。

(次回更新予定日:2016/10/8~10の土日祝)


※カレン先生が教えてくれた『レナンシー伝承』

 「Episode122 いざ王都へ」の中盤、南レナンサイル山脈を横切るときに話を聞いてます。

※ドウェインが教えてくれた『ガラ遺跡の女神』

 「Episode11 ガラ遺跡Ⅰ」「Episode14 魔力の女神ケア」で話を聞いてます。


これまで寄り道的に登場した伝説等は、ほぼ主人公が関与してます。

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【魔力の系譜~第1幕登場人物~】
【魔力の系譜~第2幕登場人物~】
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