Episode194 血の盟約
「少し教えてほしい」
「なんでしょうか?」
「昨日、マウナが言ってた『血の盟約』ってなんだ?」
青魔族の尋問に臨む前にリアに聞いてみる。
地下牢行きの階段前、すっかり俺の住処と化した小屋でリアと二人きりになった。
「血の盟約は、その起源を辿ると古代の巫女が精霊と契約を交わして超自然的な力を借りるものだったそうです。地域によって『口寄せの儀』『隷属魔法』とも呼ばれますね。現在では精霊のみならず、ヒトとも隷属契約を交わす方法が考案されました――それが『血の盟約』です」
「へぇ、闇属性の使役魔法みたいなものか」
「……属性?」
聞き慣れない言葉だとばかりに聞き返された。
この時代では魔法の属性はしっかり分類されてないようだ。
「おそらくジェイクさんの想像以上に堅い契りです」
「堅い契り……奴隷にでもなるとか?」
「はい。ただ、奴隷化するのはお互いなんですけどね」
薄暗い小屋で向けられる冷徹な赤い瞳。
恐怖を植え付けようというリアの意図を感じる。
「……どういう意味だ」
「『血の盟約』を交わした者同士は未来永劫、相手の為に生きるという制約が発生します。どちらも契約相手に危害を加えることはできず、お互いを守ろうという本能が植え込まれます。健やかなるときも、病めるときも、両者手を取り合って生きる『誓いの魔法』です」
「まるで夫婦だな」
「夫婦以上の関係ですよ」
ええ……。
それならマウナは昨日、夫婦以上の関係を俺に求めていたのか。
なんて軽い女だ!
出会ってすぐの男にそんな申し出をするとか。
「夫婦的な……謂わば、繁殖の為の番いとは別ですからベクトルが違いますけど」
そうは言っても依存し合って生きるのは重たい。
俺が生きた時代では廃れていても不思議ではない魔法だ。
というか、その手の話を涼しい顔で語るリアは、見た目が子ども故に違和感を覚える。
実は百歳以上の年齢だったりして。
「血の盟約にはどんなメリットがある?」
「……相棒の裏切りや背信行為を防げますし、お互いの能力を呼応させて身体能力や魔力を飛躍的に向上させられるそうです」
なるほど。何かの競技中に「一緒に走ろうね」と言われた後に裏切られて先を行かれる心配がなくなるわけだな。
「また、魔法による契約なので、ある程度の物理障壁を超えてお互いを引き合うことも可能です」
「物理障壁を超えて?」
「はい。遠く離れていても巫女側は契約相手を召喚できます」
「……転移魔法みたいに?」
「おそらく、そんな感じです」
転移魔法を知らなさそうだったが、ニュアンスで伝わった。
それにしても『血の盟約』、色んな意味で凄い魔法だ。
条件はあるが、黒帯騎士の制度には持って来いの魔法じゃないか。もしそんな隷属魔法が現代に残っていれば、あんなエリンドロワ王都での騒乱も起こらなかった。
持ち帰れるなら未来へ持って帰りたい術だ。
なんならシアと契約を交わしたい。
離れてても呼べるのは便利だ。
「どんな方法で誓いを立てるんだ?」
「……」
あ、また答えてくれなくなった。
黙秘は拒絶の意思表示か。
この子、分かりやすいな。
「何か企んでそうな顔してるので教えません」
「悪かったな、そんな顔で……」
「マウナと夫婦以上の関係になられても困りますので」
「その当の本人が昨日願い出てたぞ」
「まさか……マウナと夫婦以上の関係をご所望で?」
「そうじゃないけど!」
リアは独特のペースがあるなぁ。
こっちも喋りやすいから良いんだけど。
「冗談はさておき『血の盟約』は巫女にしか出来ないので、普通の人がやり方を知ったところで契約は結べませんよ。ジェイクさんが巫女なら話は別ですけどね」
『巫女』って存在がよく分からない以上、その煽りには何とも言い返せなかった。雰囲気的に女の人専用職業って感じもするから、リアも茶化しているだけだろう。
○
質問も終えて地下牢へと入る。
簡素な穴倉で風通しが悪く、空気が籠っていた。
正直、此処に入れられただけで気分が悪くなる。
「うっ……」
臭いに気づいてリアが眉を顰めた。
「肉の臭いがします」
「わかるのか」
そう、俺は昨日暇つぶしと食糧調達を兼て熊を狩りに行き、エトナの火魔法でこんがり焼いた後に熊肉を食べた。
そのとき余ったのを青魔族にお裾分けしたのだ。夜にひっそりと肉を差し出された青魔族たち十二名は半狂乱になって喜んでくれた。
あんな気分の良いお裾分けは久しぶりだったぜ。
「まさか青魔族に夜食を与えたのですか!?」
「え……うん」
「な、なんてことを」
「駄目なのか?」
「彼らは魔性の滾る夜間に食事すると繭を作って変態し、凶暴化します」
「えっ?!」
なんだその魔物的な習性は。
繭を作って変態?
美丈夫だらけの魔族が、醜い魔物へと変貌するのか。
夜に食事するだけで、そんなことがあるわけ――。
「――というのは嘘ですが、凶暴性が増すのは間違いありません」
「おぉいっ」
「なんですか?」
「リアは嘘つきだな……」
この二、三日でもう二度も嘘をつかれた。すぐ否定するから良いものの、それが彼女の癖だとしたらとても面倒な口癖だ。
「嘘つきじゃないとやっていけない世界もあるんですよ」
「そんなものか?」
「そんなものです」
――嘘つきじゃないとやっていけない。
人間族と単身で共生してる魔族なんて中々いないだろうし、やはり複雑な事情があるんだろうな。
でも嘘ばかりでは都への旅路が思いやられる。
彼女の解説は話半分に聞いておこう。
階段に降りきると、ひんやり冷えた地下洞に辿り着く。
昨日も思ったが、よく掘ったものだ。
その奥に青魔族たちが手枷足枷を嵌められた状態で暴れていた。広さ的には三十人くらいは収容できそうな地下シェルターのような場所だ。窮屈ではなさそうだが、興奮しきった青魔族同士はお互いの体をぶつけあって暴れ、動物のような有り様になっていた。
「キゥ! キーゥ!」
「クメース ヴェグナ ヴェルゥーム ヴィウォ アウォ レンダ イ スリィーク オフェピレグ アウガァアア!」
「エグ ピリィトゥール!」
「オオ グゥーヴ! ケア・トゥール・デ・ドゥ!!」
すごい剣幕だ。
各々の顔面に血管が浮き出ている。
夜間にご飯あげるだけでこんな凶暴になるなんて。今後の青魔族飼育メモに書き記しておいた方がいいな……。
リアは一度肩を竦め、魔族語で声をかけた。
「ヴィンサムレガスト キィール」
青魔族は俺たちに気づいて睨む。
目が血走っている……。
やはり下手な善行は偽善にしかならないんだなと思い知らされた。
リアの尽力で落ち着きを取り戻した青魔族たちは、急に意気消沈して地面に項垂れ始めた。二日待たされて、何かこちら側が決断したことに気づいたようだ。
彼らも彼らで知性がある。
雰囲気くらい察するだろう。
○
一人一人を地下牢から地上の小屋へ連れ出して尋問を開始する。
まずはリーダー格の男からだ。
洋館で犬のような魔物を連れて襲ってきていた奴である。俺に「クメウォ」が「誰だ」という意味だと気づかせてくれた、初の異文化交流に心躍らせてくれる友人(仮)である。
俺自身に尋問の役割はないが、お願いしたらリアが通訳してくれた。
以下はそのやりとりを通訳したものである。
「"まず忠告ですが、全員の証言が一致しない場合、隣にいる彼が貴方たちを皆殺しにしますので気をつけてください"」
「エギっ!?」
「え!?」
通訳の分まで聞いて、俺も驚いた。
「ジェイクさんが驚かないでくださいよ」
「だって殺さない方がいいってリアも言ってたのに」
「常套文句というやつです」
なるほど。俺が間抜けだった。
しかし、青魔族の男も動揺していた。
「"こないだは殺さないって言ったじゃないか!"」
「"悪意を感じれば同族だって躊躇せずに殺します。それが我々、いえ……彼のやり方です"」
「"……わ、わかった。正直に話す"」
勝手に俺が残酷な人間に扱われている。
リーダー格の青魔族も、あの夜中のことを思い出して顔を引き攣らせる。こちらの真剣な雰囲気を感じて身を強張らせた。
「"まず貴方のお名前と出身を教えてください"」
「"俺はウォード……出身はネッビア"」
リアに半信半疑で解説を頼んだら、『ネッビア』とはリバーダ大陸にあるネーヴェ高山を超えた奥地にあるそうだ。
ネーヴェって言ったら俺の時代では雪原地域だった。
水の賢者アンダイン様が引き籠ってた氷の城があった。
そのさらに奥地なんてあったのか。
「"家族はどちらに? 何人いますか?"」
「"それがお前らに何の関係がある?"」
「"……ふふっ。当然、裏切ったらあとで人質に取るためですよ"」
「"な、なんだと"」
リアが凄く極悪そうな顔してニヤついた。
怖いな、この幼女!?
「"それをわかってて話すわけがないだろっ"」
「"では仲間の方々に拷問して吐かせます"」
「"なっ……"」
淡々と語る。敢えてそう話すことでこちらが躊躇しない事を匂わせていた。
リア・アルター、怖ろしい子。
「"か、家族は一緒に大陸を渡ってこっちに来た。嫁が三人と子どもが六人だ"」
「"へ~、大家族ですねぇ? ちなみに私は独り身です"」
「"ひぃ"」
リアが幸せそうな家庭事情を聴いて超煽ってる。
その心情を察してウォードも取り乱した。これ以上、相手の神経を逆撫ですることは避けたいと思っているように見える。
俺も同感だ。
「"良いですねぇ……お子さんはまだ小さいのですか? いやー、どんな子なのか非常に気になるところです。それに奥さんが三人もいるなんて、さぞ勝ち組人生を歩んでこられたんですねー。そろそろ転落も怖くなる頃合いですか? 一度幸せを手に入れると失うのが怖くなるものですよねぇ? 是非、一度お会いしたいものですね、ウォードさんのご家族にィ"」
「"ひ、ひぃいいっ!"」
にィ、の部分で口を卑しく歪ませるリア。
家族に待ち受ける悲運を想像してウォードは絶叫した。それが地下牢の方まで響き、他の青魔族たちも驚いて騒然とし始める。
「クメウォ ゲロゥイスト!?」
「クメウォ エル ペィルっ! トルトゥエっ!?」
これが古式尋問……!
悍ましい。平和の時代を生き抜いた俺にはこんな話術は無理だ。
リアはやっぱり『リア先生』だ。
先生と呼ばせてください、姉御!
「"わかった、何でもするから家族だけはっ"」
「"ん? 今何でもするって言いました?"」
「"あ……"」
リアが言質を取る。
薄暗い部屋で口元を歪ませるリアは極悪人そのものだった。ウォードは元々青い肌をさらに青ざめさせてリアを見る。まずいことを言ってしまったとばかりに。
冷や汗もだらだらと流し始めた。
「"では貴方は今から我々エリン側のスパイです"」
「"スパイだと!? そんな同胞を裏切るような真似――"」
「"大 家 族"」
「"ひぇ~! ……な、何をすればいいんだっ"」
後のないウォードが軍門に下った。
まさか国家を揺るがす一大事がこんな辺境の森の集落で、解決に着実に近づいているとはエリン王家も想像していないだろう。
リア、有能だな……。
教育係より、国の中枢機関で参謀か交渉人か罪人処刑の役回りをした方が適任じゃないのか。
「"まずエリンに侵略に来た目的と大陸を渡った経緯を教えてください"」
脅迫して精神的に追い込み、本題に入る。
これが尋問か……。
覚えたくないけど、平和ボケしてる未来人の俺にはちょうどいい刺激だった。
「"俺たちも最初は侵略が目的でラウダへ来たわけじゃないっ"」
「"ふむ"」
「"ただ新しい生活を求めて来たんだ"」
聞くに領土拡大の為ではなく、亡命の為だった。
「"青魔族はリバーダ大陸でおよそ数百年過ごす種族だと聞きます。その貴方達がなぜ今更、故郷を離れようとしたのですか?"」
「"分からない"」
「"とぼけると家族がどうなっても知りませんよ"」
「"ほ、本当に分からないんだっ! 族長の決断だ!"」
「モージル?」
「魔族言語で母親という意味ですが、おそらくウォードさんの言う『母親』とは青魔族の長のことを指しています」
魔族の長……強そう。
その『族長』が青魔族を率いるトップらしい。
彼ら下々の者は訳も分からず、族長の言うことを聞いて故郷を離れたようだ。
リアの解説によると『魔族の長』の権限は絶対的なもので、彼らの中では神格化されているのだそうだ。魔法生物から進化派生した彼らは、そういった血族の起源を神と崇める習性があり、親や長老のような存在には逆らわない。
つまり「大陸を渡った経緯」はその族長に聞く必要がある。
そして故郷を離れ、ラウダ大陸へと上陸した彼らが待っていたのはエリン人からの迫害や一方的な追放攻撃だった。
異民族ならぬ異種族が突然現れては、さすがにエリンの民がいくら温厚でも、驚いて受け入れられるはずがない。これまで人間族だけで暮らしていた国なだけに、エリン側も言葉が通じず、また言葉を理解しようとする者もおらず、結局、青魔族側は武力行使をする羽目になった、というわけだ。
そんな時に通訳できるリアが双子の巫女を教育していた、というのだから運命とは中々うまく嵌らないものだな。
嗚呼、コミュニケーションの大事さよ……。
偏見って良くない。
「"エリンといえどロワ三国に属する人間族国家です。武力行使なんて後々の同盟国からの報復は怖くなかったのですか?"」
「"怖いも何も族長の判断だ"」
モージルの判断ミスが目立つ。
戦争の一歩手前みたいになってるじゃないか。
「"族長さんはどちらにいますか?"」
「"東の沿岸部にいる"」
「"その人と我々の代表とで対談する時間をください"」
「"む、無理だ……"」
「"大 家 族"」
「"それだけはどうしても無理なんだっ"」
ウォードは顔をぶるぶると震わせ、汗をだらだらと流し始めた。
酷く怯えている。怖いらしい。
「"実は……俺たちは族長から逃げた『溢れ者』なんだ。今更どの面下げて族長に会えばいいか分からない"」
ん? 青魔族たちは『族長』を神格化してるんじゃないのか。
それに抗うとは、これまたどういう事だ?
事態はもっと複雑な様子だ。
「"俺たちは人間と戦いたくねぇ……『溢れ者』の間で今、ひっそりと暮らせる土地を探している最中だった。俺たちは北の森を探索していた部隊で、たまたまアンタたちと遭遇した"」
「"という事は『溢れ者』は他にもいるのですね?"」
「"ここから南に七日ほど歩いた土地に俺たち『溢れ者』の拠点を置いてる。そこに『新族長』もいるんだ"」
ニート・モージル?
何だろう、響きからして全然働かなさそう。
なんでそう感じるか分からないが、モージルより弱そうだ。
いや、偏見はよくないか……。
なんだか青魔族という一つの母集団の中にも分裂した派閥があるみたいで、話が複雑だな。
一旦、整理してみよう。
まず青魔族は隣のリバーダ大陸にある故郷を離れ、ラウダ大陸に上陸した。
故郷を離れたのは族長の判断で、彼らも理由は分かっていない。
しかし、エリンに来てみれば迫害され、人間と戦うことになった。族長も戦おうと決断したからだ。
戦い嫌いな青魔族は徒党を組み、『溢れ者』として逃げ出した。
『溢れ者』にはまた別の族長『ニート・モージル』という、何ともやる気がなさそうな族長がいて、そいつのために今、ウォードたちは必死にラウダ大陸で新生活を送る土地を探している、という経緯だ。
外野の俺にとっては関係なさそうな話だ。
救済衝動が湧かないうちに――俺が偽善者にならないうちに早く帰りたい。
しかもエリンが抱える青魔族問題を解決するには、青魔族内の内乱状態を和解させて全員まとめて故郷へ帰さないといけないようだ。
「ふーむ……」
「どうする?」
リアは色々と考え込んでいた。
魔族特有の尖った耳がピクピク動き出して可愛らしい。
「都に向かって彼らと王家とを取り次ぐにはまだ情報が不足してます」
確かにアウトローだけと交渉しても母体である族長に話が通らなければ、青魔族全体と和平交渉は握れない。
「"では私たちを『溢れ者』の拠点に案内してください"」
「"それなら出来る。新族長とも会わせる"」
「"――疑問なのが、これまでの『族長』を裏切って『新族長』に付いたというのが些か信じられません。それほど霊験あらたかな方が部族にいたのですね"」
「"あぁ、霊験あらたかなんてものじゃない。彼女は女神だ。女神が舞い降りたんだ"」
「"舞い降りた? 女神様のお名前は?"」
ウォードは祈るように天井を拝み、そして息を大きく吸い込んでからその名を呼んだ。本当に崇めてますってオーラがびしばし伝わってくる。
「ケア・トゥール・デ・ドゥ」
ケア……。
通訳なしでもその名は聞き取れた。
ケア・トゥール・デ・ドゥ。
発音を直せば「ケア・トゥル・デ・ダゥ」だ。
俺は唖然とした。
ケアは女神の方か? 少女の方か?
なんとなく直感で少女の方だと思った。リゾーマタ・ボルガに一緒に呑み込まれて先に往った彼女だ。
色々思考を巡らせて思い至った結論はこうだ。
――確かにあいつは働かない。
ニート・モージルの肩書きにぴったりだ。




