Episode193 ジェイク
翌朝。
吹き付ける風の冷たさで目が覚めた。
誰かが戸を開けて小屋に入ってきたらしい。ただでさえ暖房具がなくて寒いっていうのに、余計に寒さを感じる。
まぁ、幼少期の経験で慣れっ子だけど。
「――寝坊助! 早く起きなさい」
「は、はいっ!」
聞き慣れた声に叩き起こされる。
あまりの驚きで申し訳程度に用意された藁編みの掛け布団を引きちぎってしまった。
油断するとこうなる。
「あー……」
ばつが悪そうにエトナを見上げた。
彼女が呆れたように目を伏せて溜息をつく。
「いいから、会議をするから来て」
「会議?」
「昨晩のこと」
「そんな大事な会議に俺が入っていいんですか?」
「まぁ、仕方ないわ。それにあなたの素性もちゃんと聞いてないし」
このままでは不審者すぎるからちゃんと顔を出せという事か。俺もここの集落の事や青魔族の事、そしてこの『世界』について聞いておきたいと思っていた。
素性という単語を自ら出して思ったのか、エトナは"ついでに"とばかりに尋ねてきた。
「そういえば、あなた、名前は何ていうの?」
「俺はロ…………」
「ロ?」
言いかけて踏み止まる。
普通に『ロスト・オルドリッジ』と名乗りかけたが、その名前は禁句だ。
……その名は『イザイア』ともども消した。
ここが別世界、あるいは別の時代だとして、俺が『ロスト・オルドリッジ』として此処に存在しても特に問題は起こらないかもしれない。いや、オルドリッジ姓は問題かもしれないが、ロストは問題ないだろう。
未来の人たちも『ロスト』なんて名前は覚えてない筈だから。
でも明確な名前を持つ事に抵抗がある。
王都では『ロスト・オルドリッジ』と名乗って世間に名を馳せたら、あんな揉め事が起こり、終いには名前を消す運命を辿った。
"『無銘』という起源は怖ろしいわね
こうまで貴方を名無しへ回帰させる"
自死回帰と言ったか。
そこに因果関係がないとしても、あんな末路を辿った俺自身が名を名乗ることを拒絶している。リピカ風に言えば、起源が『無銘』だから自身に名前を付ける行為はNGで、いずれ問題が生じる気がする。
『ジャック』『ロスト』の二つはリンジーやシアに付けてもらった愛称だ。
俺自身が俺に銘打つことは許されない。
禁忌を破れば厄災が起こる
そんな気がした……。
「なに、どうしたのよ?」
「えーっと、名前……なんだったかなぁ」
「馬鹿にしてるの!?」
「ち、違います! うまく説明できないけど名前が無いんです。馬鹿にするつもりはなくて、俺には名前が無い」
「な……」
必死さが伝わったのか、エトナは唖然として俺を見る。
何度そんな顔をされたことか……。
信じてくれたようで彼女は表情を緩めてまた溜息をついた。
「わかったわ……でも呼び名は必要だろうから、なんて呼べばいいか教えてよ」
「それはエトナが付けてください」
「はぁ?」
「あっ……いや、ネーミングセンスが皆無で! 自分の技に『ファースト・アンチノミー』とか付けちゃうような男ですから!」
「なによ、その技……」
「昨晩の、時間を止めた技です」
「中々かっこいい名前じゃない」
ええ……。
俺はそう思わないが。
リピカのやつ、この世界の人と同じセンスなのか。
「でも私に命名しろというのは絶対に駄目」
「どうしてですか」
「名前は人の在り方を示す――親が名付けの習慣を持つのは子の在り方がそうあるように願いを込めるからよ。私があなたの在り方を決めるのは責任が重たい」
変なところに律儀だな。
子の在り方がそうあるように、か……。
イザイアのコピーになるようにと親父と同じ名前を付けられた俺たち三兄弟もまさにそんな感じだ。それなら『ロスト』は存在ごと消失しそうな名前だ。シアは意図してそんな名前付けたわけじゃないだろうけど、文字通り、前の世界から消失した。
「ジャック……」
「うん?」
「以前はジャックと愛称で呼ばれてました」
「なによ、そのペットに付けるような名前。本当にセンスないのね」
失礼だな、おい!
全世界のジャックさんが黙ってないぞ。
それにリンジーが付けてくれた名前だけあって、余計に腹立た――でもリンジーも俺をペット扱いしていたか。
エトナ理論では間違ってない……。
俺とのやりとりで時間を取られていることにストレスを感じたのか、エトナは咋に苛々し始めて、腕を組んで指をとんとんと叩き始めた。
「それなら……ジェイク」
「ジェイク?」
「Jackじゃ普通すぎるから読み方を変えてJakeでいいわ」
「ふむ」
ジェイク――なんかしっくり来ないが、まぁいいか。
所詮は偽名だ。
俺はシアが名づけてくれた『ロスト』で在り続ける気でいるが、この世界での偽名として使わせてもらおう。
昔から名前に頓着しない性分だし。
「分かったらさっさと行くわよ、ジェイク」
「はい」
名前を変えてもペットのような有り様だった。
白髪紅眼の少女に連れられる従順なペットだ。
○
牢屋用の小屋から対極に位置する小屋が会議室らしい。
太陽光が反射して煌めく雪道の上を二人で歩いた。
その小屋に辿り着くと、中には木を彫り出して作った武骨な机や椅子が並べられていて、こちらも突貫工事で造った感が満載だった。
エトナが入室すると、中にいた五人ほどの男女が畏まった態度を取る。老人が二人、老婆が一人、おっさんが一人、腕っぷしが強そうな若い男が一人いる。
その五人以外にマウナとリアもいた。
俺は部屋の入り口近くに置かれた丸太の切れ端みたいな椅子に座らせられた。エトナの斜め後ろの位置だ。
五人の男女が俺を不審そうに見てくる。
やっぱり昨晩は一度受け入れムードだったけど"余所者"という感じだ。
マウナとはまだ自己紹介も済ませていないが、興味津々にちらちらと見られた。
リアは無関心そうにぼーっとしてる。
「あまり長々相談してる時間もないから、性急に進めるけど付いてきて」
エトナが集まった面々を見回して声を掛けた。
やはりリーダーのような存在らしい。
彼女は隊長なのか? 団長なのか?
将又、族長なのか?
この集落が何なのか分からない俺にはそれすら判別がつかない。
…
俺の存在は無いように扱われて話が進められた。
そこで得られた情報はいくつもあった。
まず、この集落は俗に言う『林間学校』らしい。
昔から存在する場所ではなく、エトナとマウナという『巫女』の英才教育のために造られた場所だった。
道理で村というよりも臨時の集落という印象なわけだ。
他に子どもが居ないのも頷ける。
ここの大人は『巫女』の教育係や護衛的な立場で、普段はここからさらに北に向かった町で過ごしていた。
『巫女』の英才教育中は、この村の洋館で共同生活を送っているらしい。その洋館っていうのが昨晩、マウナとリアが襲われていた洋館だ。
実はその北にある町やこの森自体が国の最北で国境に位置する。
此処は『エリン』という国の最北だと分かった。
エリンドロワ王国と少し名前が違う……。
エリンには一、二年ほど前、突如として海を渡って青魔族が攻め込んできたそうだ。今はエリンの領土の半分が青魔族で溢れて大変な事態になっていた。
彼女ら双子は『巫女』の英才教育期間にたまたまそんな不運に見舞われた。
エトナとマウナの実家であるメルヒェン家は王族の血を継ぐ数多ある貴族の一つで、故郷もエリンの首都にある。
やはり彼女たちは貴族令嬢だったか。
ちなみに首都というのが此処から正反対の最南にあり、青魔族の上陸以降も帰るに帰れない状況が続いていた。
当初は東の沿岸部だけに蔓延っていた青魔族だが、徐々に生息領域を拡大し、ついには昨晩この最北の森にまで現れてしまった。だから彼女らもこれ以上、此処に居続ける事は危険だと判断した。
――という経緯だ。
『巫女』がどんな存在かは話に出てこなかった。
あと、リアも教育係らしい。
魔族進攻によって魔族を毛嫌いしている筈のエリン人が何故、リアの事だけ受け入れているかも不明である。
魔族に対する差別感覚がイマイチ分からない。
「それで都に帰る方法だけど」
取り急ぎ、メルヒェン姉妹を首都へ帰す方針が決定した。
矢継ぎ早に決まった方針に対してエトナは短い溜め息を吐き、方法の提案に移った。彼女ら姉妹が国を北から南へ横断して帰る方法についてだ。
最悪、ここにいる教育係らに同行してもらうのも手だが、彼らも元々は付近の町出身で、そこに家族もいる。青魔族が迫っているのに家族を置いていくというのは酷な決断だった。
老婆や老人もいるから長旅が出来ない者も多い。
唯一、フリーで動けるのはリアだけだった。
「護衛はリアと、この男にお願いしようと思うの」
「ええ……!」
五人が騒然とした。
突然、注目を浴びて俺自身も戸惑う。
「俺は街に行きたいだけなんですが……」
「今の話聞いてたでしょう。この辺りに大きな街なんてないわ」
「そんな……」
「東部や中部の街も青魔族に侵略されてしまったし、大きな街に行きたいなら南の都を目指すしかない。ほら、私たちと目的地が一緒だわ」
うまくやり込められている気がする。
あまり人と関わりたくないのに。
不満なのは俺だけじゃなく、老翁の一人も抗議した。
「エトナ様、何処の馬の骨ともわからぬ男に護衛を頼むのは危険すぎますじゃ」
「でも昨晩は尋常じゃない力を見たわ。魔族をたった一人捕獲したのよ。護衛には持って来いじゃない」
「しかし彼自身も魔族です。魔族の力は厄災を起こすものですよ」
「それはそうだけど――」
会議が荒れようとしている。
俺はきょろきょろとする事しか出来ない不審者である。
「彼は魔族じゃありません」
その騒然とする空気の中、リアが口を開いた。
魔族である彼女の発言はすぐさま注目を集めた。
エトナも動揺している。
「リア先生、それは一体どういうこと?」
「私が保証しますが彼は魔族ではないです。魔族語も喋れませんし」
「じゃあ、この男は何なの?」
「さて……私にはさっぱりですね」
リアの発言が余計に俺という存在の不確かさを際立たせた。
「あるいは青魔族と一緒に『リバーダ大陸』から渡ってきた別種族かもしれません」
「リバーダ大陸!」
俺はリアの言葉につい大声で反応してしまった。
それは俺がこの世界に来て初めて聞いた共通の単語だったからだ。『リバーダ大陸』というのが迷宮都市アザリーグラードが存在したリバーダ大陸ならば、この世界は異世界ではなくてやはり過去の世界という事になる。
「どうしたの? リアの言う通りなの?」
「あ……」
エトナが振り返って顔を覗き込む。
その表情は困惑というよりも失望のような……。
やっぱり隠し事があるのね、とでも言わんばかりだ。
きっと、エトナは何だかんだ俺のことを信用している気がする。会って一晩しか経っていないというのに庇ってくれる時もあるし。
その俺に裏切られたらショックだろう。
ちゃんと伝える事は伝えておかないとだな。
「俺は……」
でも自分の話をしようにも何一つ話せない。
正確には何て言えばいいか分からないのだが。
「まずは名前くらい名乗ったらどうだね?」
「あ、そうでした――」
口を開きかけて止まる。
名前って言っても愛称が決まっただけだ。
エトナは躊躇う俺に向かって口を「ジェ・イ・ク」となるように動かしていた。
それでいいなら、そう名乗ろう。
「俺は、ジェイクと言います……怪しいと思いますけど、貴方たちに危害を加えるつもりはないです。ここより遥か遠い地で生まれて流れ着きました。青魔族とは無関係です。そ、そうだ……種族のことはよく分からないですが、でも多分、人間……だと思います」
これが精一杯だ。
「ほら、この男は礼儀を弁えてるわ。私は無害だと信じてる」
「エトナ様が言うなら我々はこれ以上の忠告は差し上げられません……」
「事態は一刻を争いますからねぇ」
「人間族というのは信じられないがなぁ」
やはり最終決定権はエトナにあるらしく、渋々、村人も折れた。斯くして俺は不本意ながらも彼女たちと一緒に首都を目指す事になった。
まぁ、情報を集めるために首都を目指すのは最良の選択だ。もしかしたら帰還には遠回りになるかもだけど、焦らずじっくりやろう。
未来に帰る方法なんて簡単に見つかるとも思えない。
出立は旅支度をして三日後だそうだ。
何事もなければ一ヶ月弱の旅路だが、青魔族に支配された土地を歩くことになるので、どれくらいの期間を要するかは未知数である。
旅のメンバーはエトナとマウナとリアと俺の四人。
見ず知らずの一匹狼が重鎮な姉妹二人のお供をしても大丈夫かと思ったが、リア先生さえ一緒なら問題ないという話が出て決着がついた。
評判ではリアはとんでもなく強いらしい。
――ってことは昨晩の青魔族の襲撃も俺が助けなくても大丈夫だったんだろうに、一体どこに尊敬する要素があったんだろう。
リアの事は知れば知るほど謎だらけだ。
…
そして今度の議題は青魔族の処遇だ。
捕らえたは良いものの、今後どうするかという話である。
「ひとまず彼らは貴重な情報源よ。出発前に一人一人事情聴取していきましょう」
「事情聴取? 青魔族が上陸した目的は分かってないんですか?」
俺がつい口を挟む。
「魔族がラウダ大陸に上陸してまだ一年ちょっとなのよ……それに言葉が通じないから交渉の手段もなかったわ。この国で通訳が出来るのはリアくらいだし、王家から隔離された私たちが勝手に接触して交渉するわけにもいかない」
「へぇ……」
リアの方を見る。
そんな貴重な逸材がこんな辺境にいる理由は何だ。
エトナとマウナへの教育係らしいが……。
益々リアが謎めいた存在に思えた。
「今なら拘束されているから彼らに一方的な尋問ができる。ほとんどの人間が魔族に敵わなかったから、こんな機会これまでなかったけど」
あなたのおかげね、と添えてエトナは俺にウィンクした。けっこう可愛いところもある。
「事情聴取のあとはどうしますか、エトナ様」
「うーん……」
「殺しましょう、エトナ様。この地に捕え続けることも難しいです」
会議のメンバーは怖ろしく血気盛んだ。
殺すなんて……。
言葉が通じないとしても、彼らには彼らの意思があって家族とかもいるだろう。この時代では異種族に対する扱いはこんなものか。
「そんな……殺すなんてよくないよ」
今まで黙っていたマウナも初めて口を開いた。
俺と同じ感想を漏らしてくれて安心する。
マウナは平和主義者のようだ。さすがエススに似ているだけあって性格も温厚なのか。
「マウナ様、彼らは街を侵略したんですよ」
「そうだけど……」
マウナが村人たちに威圧されて物怖じした。
「待ってください」
「リア先生?」
「青魔族を殺せば、あとで争いの素になります」
「忌むべき相手にそんな人道的措置は必要ない!」
「復讐は復讐しか生みません。平和を願うなら、私怨を抑えて被害を最小限に食い止める事が先決です」
「私もリア先生に同感……まぁ、尋問の結果次第では何かしら対処は必要だけどね」
エトナもどちらかというと平和主義なようだ。
良かった……。
最初はちょっと怖い少女だと思ってたけど、外見だけでなく本質もメドナさんに似ているらしい。
○
明日一日かけて青魔族へ尋問することになった。
エトナとマウナの二人は旅支度や巫女としての旅の儀礼(?)が必要らしく、尋問は魔族語が喋れるリア主体で実施する。
彼らを捕まえた俺も同席する事になった。
余所者の俺が贔屓されている気がするんだが、一体どういうことか。
来て一晩で俺も村人の一員みたいな扱い。
それだけ人手が足りてないのかな……。
会議が終わって颯爽と外へ出る。
エトナや他の村人は雑談モードに移っていた。
俺はそそくさと雪道を歩いて寝床へ戻った。
隣人の騒音被害が深刻な物件だが、今の俺にとってあの小屋が唯一の居場所である。
人と関わらないように頑張ろう。
次の予定は明日の尋問だけだ。
それまで適当に森の動物でも狩って腹ごしらえして早く寝よう。生肉は食べれないからエトナに魔法で火種だけ借りるかな。
なんかこの野良生活、迷宮都市の暮らしを思い出す。
青魔族たちにも何か飯を用意してやるか……。
もしかしたら餌付けできるかもしれないし。
「ま、待ってくださいっ」
足早に歩き去る俺に誰かが声をかけた。
エトナと似た声だが、あの子は俺に敬語なんて使ってこない。
「あっ――」
声の主――マウナが踏み固められた雪に足を滑らせて転びかける。すかさず倒れそうな体の正面に回り込んで支えてあげた。
もう条件反射の類いだ。
俺は息するように人助けしてしまう。
「あ、しまった」
「はっ……ありがとうございます、ジェイクさん」
「いえ、どういたしまして。それじゃ」
昼間に間近で見ると、やはりエススにそっくりだ。
でも赤の他人である。
ぱっぱっと小奇麗なコートの裾に付いた雪を払って上げて踵を返した。
「待ってっ!」
「はい?」
「あの、ジェイクさんにお願いがあります」
「そんな大した者じゃないですから。それじゃ」
「待ってよ!」
白銀の髪がふわりと舞う
目をぎゅっとして懇願する様子を見て思わず踏み止まった。
「なんですか?」
「その……私と『血の盟約』を結んでくださいっ」
血の盟約?
何言ってんだ、この子。
……字面を想像するだけで怖いぞ。
さっき平和主義っぽい子だと思って安心したけど、前言撤回だ。
超物騒な子かもしれない。
「血の盟約って何ですか?」
「私たち『巫女』に許された主従契約……の魔法……です」
言ってて恥ずかしくなったのか、マウナはその蒼い視線を下げて頬を赤く染めた。
その姿を呆然と眺める。
主従契約の魔法だと?
エスス似の少女に言われると「黒帯騎士になってくれ」と言われている気分になる。確かに今の俺はちゃんと黒帯の胴着を着てるが。
「主従契約……っていうのは、つまりマウナさんの専属騎士になってくれと?」
「ぜひマウナと呼んでください」
「分かりました。マウナの専属騎士になってくれと?」
「いえ、違います」
「違うんかいっ!」
即答で否定されて思わず突っ込んでしまった。
「『血の盟約』による主従契約は騎士の誓いより、もっと重たくて――」
もじもじと赤裸々に言い淀むマウナの様子を眺めて、彼女が今話している事がかなり勇気の要る話なんだという事が伝わる。まるで魔法学校の生徒が異性を校舎裏に呼び出して愛の告白をするレベルで気恥ずかしい事だと感じさせた。
「マウナ、駄目ですよ」
その背後から突如、先生が現われた。
教師というより我が儘な子を注意しにきた母親みたいな雰囲気だ。
「リア先生っ!」
痴態を見られた子どものようにマウラは狼狽した。
「出会ったばかりの人に『血の盟約』をお願いするとは何事ですか」
「だ、だって昨晩のお姿が……」
「軽い女だと思われますよ」
「ええ……だってあんな強い方は中々いないし」
「とにかく彼は駄目です」
マウナが俺に一瞥くれてまた頬を染め、顔を逸らした。
なんかよく分からないけど、もしかしたら黒髪令嬢展開が発動しかけている可能性が高い。
これはより一層気を引き締めた方が良さそうだ。
リアがマウナを引き留めているうちに俺も適当に受け流して小屋に戻った。「検討しておきます」とだけ言い残して立ち去るくらい雑な流し方だ。
明らかに検討する気が無いときに言うやつ。
素っ気ない方が好感度も下がるだろう。
リバーダ大陸やラウダ大陸の名称から、ここが同じ世界の別の時代という事はほぼ確定したが、しかし、俺の知ってる常識とはかけ離れた文化や魔法があって未だによく分からない事ばかりだ。
長旅も疲れそうだが、警戒心は怠らずにしよう。
『血の盟約』が何かは次話で分かります。




