Episode192 リア・アルター
さっきの掘っ建て小屋が点在する広場へ戻ろうとエトナが提案した。青魔族の一団は全員拘束できたが、現状確認のために村人で点呼を取るそうだ。
双子の妹であるマウナと色白魔族のリア先生もそれに同意して、寒々しい洋館から三人揃って外へ出ていった。
俺はその背中を見送って手を振った。
気づいたエトナは怪訝な表情で振り返る。
「あなたも来るのよ」
「え、俺は……」
最初はエトナに付いていくつもりだったが、あの惨状を見れば話は別だ。
『魔族』が敵のような扱いならば、一目見て魔族と勘違いされる俺が突然現われたら、厄介なことになるはず。
どうやら『リア先生』という子も魔族らしいが、彼女は特別扱いのようだ。『先生』と呼ばれるわりに見た目は小さな女の子にしか見えない。
本当に先生?
俺の感覚では先生と呼ばれる存在はイルケミーネ先生とかカレン先生のような、ちょっと年上のお姉さんって感じがするけど……。
でも何処か遠くを見る目と冷静な雰囲気はシアに似てた。
魔族は長生きだし、予想以上に年長者なのか。
「街まで行きたいんでしょう!」
躊躇っている俺をエトナが煽った。
街までの道を教えて欲しければ付いてこいと――。
「それに、あなたの足元に転がってる青魔族は誰が連れてくのよ」
ただの荷物持ちかっ!
転がる青魔族に目を向ける。彼は怖がって余計に暴れ始めた。
「この男とは異文化交流ができそうな気がしたんです」
「馬鹿なこと言ってないで早く来る!」
エトナは俺の冗談に付き合う気がなさそうだ。
まぁここまで言うからには、村人たちが俺を警戒しても庇ってくれると期待しよう。さっさとこの世界に関する情報を探って帰る方法を見つけたい。
○
渋々、エトナの後ろを付いて歩く。
肩に担いだ青魔族は観念したのか、もう暴れなくなった。
可哀想に……。
俺もお前と同じ一介の労働力さ。
お互い辛いよな?
視線で合図したが、目を瞑る青魔族は眉間に皺を寄せて何か考えているようで気づいてくれない。
死を覚悟しているのだろうか。
言い分によっては護ってあげたい。
そういえば、バイラ火山の麓で出会った青魔族――名前は何て言ったか。あの彼ほど美男子ではないけど、魔族もなかなか整った顔をしていた。
ふと背後の視線に気づく。
俺の後ろを歩くのは、まだ自己紹介も済ませてないマウナとリア先生だ。二人ともちらちらと俺の背中を見ている気がして、気まずく、たまに後ろを振り返ると二人揃って目を逸らす始末。
見知らぬ魔族との遭遇が怖いのだろうか。
一応、人間ですけどね!
エトナはそんな微妙な雰囲気を察することなく、先頭切って広場まで辿り着いた。村人たちがエトナの姿を見ると、また恭しく周辺に寄り集まった。
「エトナ様!」
「良かった、襲撃はもうないようね」
五人くらいの普通の人間だ。
服装もそれぞれ厚手の防寒具を着ているだけ。
他にも三人ほどが、さっき俺が近くの木に括りつけた魔族十一体に三叉の槍の矛先を向けて、見張っていた。
こっちの三人の女の子も含めると人間側は十一人。
青魔族は俺が担いでいる奴を含めると十二人。
そして俺という異端児がソロで一人。
人間、魔族ともども死者ゼロだ。
「さすがエトナ様です。巫女のお力で別の魔族を従えたのですね」
村人たちは俺が青魔族を担いでる様子を見てそう告げた。
確かにそういう構図に見えるか。
「この男は居合わせただけ。不審な事だらけだけど、わりと従順よ。わりとね」
「従順な魔族……怪しくないですか?」
村人の代表のおっさんは俺の頭から足までを一通り眺めてそう言った。
そりゃ怪しいに決まってる。
邪見にされるのは慣れっ子だ。
立ち去れってんならさっさと消えますよ。
はは……今の俺ってすごくネガティブ。
「確かに怪しいけど、裏がありそうな雰囲気もない。少なくとも青魔族たちを縛り上げてくれたのは彼だから」
「なるほど、なら安心ですね」
切り替え早っ!
さっき魔族の襲撃があったばかりじゃないのか。なんで魔族と見間違えられる俺を簡単に受け入れられるんだ。かつて『スピードスター』の異名で迷宮都市に名を轟かせた俺でさえ、村人の切り替えの早さにびっくりだ。
これが古代人……いや、異世界人?
「いやー、見た目はこんな厳ついのに意外な魔族もいるんですね」
このおっさん、本人の前で酷い言い様だな。
しかも魔族じゃないし。
何の躊躇いもなく見下されてショックを受けた俺だが、そこはぐっと堪えた。こういうときは第一印象が大事だ。郷に入っては郷に従え……シアが教えてくれたことだ。
「エトナ様とマウナ様と、そしてリアを救って頂き、ありがとうございました」
おっさんに礼を言われ、俺も胸元で片手を振った。
「いえいえ、通りがかっただけですから。気にしないでください」
「しゃ、喋った!?」
驚かれて俺も困惑する。
あ、そうか。
本来、魔族は魔族語を喋らなきゃいけないのか。
さっきの発言も俺には言葉が通じてないと思われてたのか。
「どうもロワ語が話せるらしいわ」
「リアと同郷の者なのか……?」
リアという色白な魔族の少女は呆然と会話を眺めるだけで何のフォローもしてくれない。
まぁ同郷でもないし、そもそも初見だ。
この子も俺以上に困惑しているだろう。
「とにかく、捕えた青魔族たちを牢屋に入れて話し合いは明日にしましょう。危険だから朝まで見張りを交代で立てるわ。二人一組で――」
戦いの熱が引いて寒さに凍え出す人たち、瞼が閉じかけてる人たちの様子を見て、エトナは次々に指示を出した。
やはりエトナが集落のリーダー格のようだ。
今の時刻は深夜帯。いつまた青魔族が襲ってくるか分からず、襲撃を受けた以上は早々にこの集落から避難しなければならないらしい。村人たちが口揃えて言う『ケルベロスの宵』という言葉が引っかかる……。
だが、俺が考えていた以上に切羽詰った状況であることはなんとなく伝わった。
○
村人たちにあっさり受け入れられて戸惑いが隠せない俺だが、なんか普通に来賓扱いで一泊、この村に置かせてもらえることになった。
表面では来賓扱いなんだが、この仕打ちはやっぱり裏があるんじゃ……と邪念が湧く。別に贅沢言うつもりはないけど、こんな寝床を用意されるって。
「ウース……パウォ エル ドレーピン……」
「ラゥトム クメーウィリグ」
「エグ サゥ……セェベルス ヴァル マドカーヤっ!」
「エル パウォ サットっ!?」
「ヤ。デヴィウ アインズ アフゥ ウム パウォ サゥ イ フィスタ スキピティ!」
うるせぇー!
夜中にも関わらず、何か相談し合う魔族たちの言葉が響き渡る。
ここは牢屋と呼ばれる小屋なのだが、牢屋を作る上で鉄材などが足りなかったのかもしれない。地面に掘った穴倉が牢屋にされていて、俺はその入り口である木造小屋に放り込まれた。地下へ続く階段に組み木で蓋がされているだけであり、その階下の暗闇からは存分に声が届く。
これなら早々に街の行き方を教えてもらって出ていけばよかった。
青魔族と同じ穴倉じゃなくて良かったとはいえ、言葉も分からないから彼らの言葉が騒音でしかない。
時差ボケで寝つけないし。
「うるせーよ!」
俺が耐え兼ねて"隣人"に向けて声をかける。
すると、一斉に青魔族たちは静かになった。
静まり返る牢屋。静寂が心地良い。
良かった。注意すればちゃんと言う事聞いて――。
「ナゥフティ! エケァト メイラ、エル パウォ ドラップ ペガァル フウ ウォルバ ハンっ!!」
「オゥ、グゥーヴ! ヴィンサムレガスト ヴェラ ウォリッギ セム フウ、ケア・トゥール・デ・ドゥ!!」
と思ったのも束の間、二倍くらいの声量で騒ぎ始めた。
うわああああ。
俺の怒声に怯えて取り乱したようだ。
悪夢だ。
動物の群れに放り込まれた気分である。
勘弁してくれー……。
煌々と照らす満月にそう祈ると、その願いが届いたのか、誰か人の気配が近づいてきた。その気配は俺が中にいるのも厭わず、遠慮なく扉を開けて小屋に侵入してきた。
「……」
「……」
外の月明かりしかなくて薄暗かったが、目が慣れていたから誰かは分かった。
色白の肌に頬に『魔族紋章』を宿した少女だ。
リア先生である。
「あ、すみません。うるさかったですか。俺が適当に黙らせるんで」
ルームメイト面して彼らを庇う。
これならユースティンとの相部屋のが千倍マシだ。
別に黙らせる自信はないけど、人と荒波立てたくない性分でついそんな事を言ってしまった。俺の言葉を無視して少女は地下牢への階段の前にしゃがみ込み、一声かけた。
「ヴィンサムレガスト ヴェラ ロゥレギュール」
優しく語りかけ、魔族を安心させようとしていた。
「パウォ ムン シャオルパ ペェル」
「エル パウォ サット?」
「……エグ ヴィル エッキ アウォ ベルヤスト」
魔族の少女が語りかけ続け、二、三のやりとりで青魔族たちは静かになった。どうやら落ち着いて寝ることにしたらしい。
コミュニケーションって大事ですね――なんて当たり前の事を感じさせられた。
俺が唖然とその様子を見ていると少女はこっちに目を向けた。
さて、という感じで立ち上がる。
俺は座ったまま、少女を見上げた。見上げたと言っても背が低いから少し顎を上げるくらいで視線がぶつかる。
「貴方は魔族ではないですね?」
いきなり見破られた。
いや、別に詐称してたわけじゃないけど。
「なんで分かったんですか」
「実は魔族にはテレパシー能力がありまして」
「え? テレパシー?」
「はい。声を発さなくてもテレパシーを通じてお互いの存在を感知できます」
「マジですか……」
「貴方からはテレパスを感じませんから」
そうか、それじゃあ魔族相手に俺が魔族だと名乗っても通じるはずがないわけだな。魔族であるリア先生にはバレバレだったわけだ。
「――というのは嘘です」
「嘘かよっ!」
「ふっふっふ、テレパシーで通じ合えるなら彼らがそこで騒ぐ必要もないでしょう。それに交流手段が別にあるなら魔族言語自体が存在する価値はありません」
「それもそうか」
ちっちっちっ、と指を振るリア先生。
何なんだ、初対面でいきなりからかわれたぞ。
リア先生は俺のことをニヤっと嘲笑うような目で見ている。
性格悪そうだな。
小さい魔族なだけに性格も小悪魔ってとこか。
「失礼しました。緊張をほぐすための冗談です」
「はぁ……でもなんで魔族じゃないと分かったんですか」
「それは勘というやつです」
「勘?」
「言葉が流暢ですし、その上どうやら魔族語も喋れないようですし。あと、こう……血が滾るというか、直感でピンと来ますよ」
「なるほど、別種族だと感覚で分かるわけですか」
「生き物とは本来そういうものです。人間族は見た目だけで勘違いする人が多いですが――」
人類が失ってしまった野性の勘ってやつをリア先生は持ってるわけか。そう考えると、この先生もちゃんとした別種族って印象を受ける。
あ、そういえばリア先生が俺を初めて見たとき「貴方が」と何か言いかけていた。
あれはどういう事だろう。
違和感しかない。
普通、初めて見た人には「貴方は」と声かけるものだろう。
どうでもいいことだけど、何か引っかかる。
「えーと、リア先生でしたっけ」
「リア・アルターです。リアと呼び捨ててください」
アルター?
変な苗字があったものだ。
「いや、それは……」
「先生とは、自身が思う先人に対する敬称です。私はむしろ貴方の力を尊敬してますし、きっと貴方は私以上に多くの経験をしてきたように感じます。だから先生と呼ばれると逆に不愉快です」
「そうですか……。何か違和感が残るけど、それならリアと呼ばせてもらいます」
貴方の力?
犬のような魔物をワンパンで倒して、青魔族を捕まえたのを見せただけだが……。まぁ窮地を救ったように見えたなら尊敬されても不思議ではない。
拘りが強いみたいだから怒らせないように従おう。
「リアは初めて俺を見たときに"貴方が"と言った気がします。何を言いかけたんですか?」
「耳聡い人ですね……」
悪かったなっ!
この世界の人たちは不躾な会話が普通なのか。
「ふーむ……まぁ、知り合いに似てただけです」
「ほう」
「人違いで『貴方が何故ここにいるの』みたいな事を言おうとしたのだと思います、多分」
「……そうか。俺の見た目が魔族なら、リアの知り合いの中に俺に似た人がいても不思議じゃないか」
「そういうことです」
会話が進むと次から次へと気になることが出てくる。俺は真夜中にも関わらず、リアへの質問が止まらなかった。
この子もきっと眠いに違いないだろうに。
「リアはなぜ人間族の言葉が喋れるんですか」
「……」
「なにか?」
突如として俺の質問に答えてくれなくなった。
「いえ、なんだか敬語を使われることにも違和感を覚えます」
「そう、ですか……」
「だから敬語はやめてください。尊敬する人間に敬語を使われるのは不愉快です」
なんだ、この子。敬語が不愉快だなんて。
ちょっと変わってるな。
魔族だし、文化の違いだろうか。
他人行儀は失礼を極めるとでも?
「わかりま……分かった。じゃあ、やめる」
「それでいいです」
「で、リアはなんで人間族の言葉を?」
「それは私の生い立ちに関することです。言いたくありません」
「……そうか、それは悪かった」
軽く謝ったら、リアは体の向きを変えて入り口の方へと歩いていった。
「眠いので寝ます」
「そ、そう。おやすみ――あ、そういえば自己紹介が」
結構です、と言ってリアはすぐ外へ出てしまった。
凍える風が室内に入り込んで冷たい。雪は降ってないようだが、あまりにも寒々とした風で、俺の心情を反映しているようだった。
……何か不愉快なこと言ってしまったか。
最後明らかに態度がおかしかった。
もしかしたら壮絶な人生を歩んできて、生い立ちの事を聞かれるのは不愉快だとか。
結局、ここに訪れた理由も分からなかったし、何がしたかったんだろう。俺が魔族ではないと気づいていながらも、そして俺を尊敬すると言いながらも、俺の存在自体には無関心だった。
何故こんな姿してるかとか、力の秘密も探ろうとしない。
それに自己紹介も断るなんて。
意味が解らないぞ……。
リアとは少しお近づきになれた気がしたが、やっぱり打ち解けられない壁がある。そう思うと物悲しさがより一層、湧き起ってきた。
……俺は本当に元の世界(時代?)に戻れるんだろうか。
シアやエスス、ランスロットの顔を思い出す。
彼女たちは俺が消えた後も無事にやってるだろうか。諸悪の根源は消え去ったから、王都の市民も元通りになったと思うけど。
イルケミーネ先生も元通りかな?
ユースティンは先生を救い出せたかな?
モイラさんやティマイオスも大丈夫だろうか。
色んなことをやり残した気がする……。
思い出して目頭が熱くなった。
「く……うっ……シア……絶対戻るからな」
写し絵に映る青髪の女の子を見て俺は鼻を啜った。
めそめそしていても何も始まらないのは分かってる。だから俺はこの状況での最良を選択し続けて、いつかは帰還に辿り着かなければならない。
でも夜な夜な枕を濡らすくらい許してほしい。
――……サクッ。
外から誰かが雪道を歩き去る足音が聞こえた。
今の、誰かに聞かれたか。
もしかしてリアがまだ近くにいて俺の様子を探っていたとか。
……まぁ関係ないか。
元の世界にさえ戻れれば、ここでどう思われようとも。




